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<title>Living alone in the US, age 45！</title>
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<description>アメリカでの学生をしながら一人暮らし。只今、博士論文を製作中。身の回りで起こること、感じたこと、思いついたときに、思いついたままを書いていきます。</description>
<language>ja</language>
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<title>サバイバル</title>
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<![CDATA[ アメリカに来る前に、たくさんの人から、アメリカの大学院は競争ばかりで大変だ！と言われた。。<br>でも、実際にこっちに来てみると、人との戦いというよりも、ひたすら自分との戦いだった。。。<br><br>人に足を引っ張られてということもあったけど、それは、大学院とは関係のないところで、日本人コミュニティー関係だった。。。<br><br>アメリカ人や、他の国からの留学生に足を引っ張られたり、意図的に嫌がらせをされたという経験はほとんどなかった。。<br><br>でも、人によっては、かなり熾烈な争いを体験し、その競争に勝ちながら生き残ってきているという場合もある。。<br><br>生物学に近いような学部の人から、その学部内のどろどろした人間関係についてよく、愚痴を聞かされていたが、あまりにも、私の住む世界と違っていたので、まるで、映画の中の話のようで。。<br><br><br>自分の友人でも、アメリカ人だけではなく、中国人仲間でも足を引っ張られたり、だまされたり、利用されたり。。。<br><br>人間不信に陥って、精神を病みかかっている人もいる。。<br><br>論文のテーマについても、友人と話し合って、というような、悠長なことを言っていたら、そのテーマを取られてしまう。。<br><br>私も、修士論文を書くとき丁度同時期にテーマを決めている人がいて、その人に、研究の方法について自分のコンセプトを話したら、そのままとられた経験があった。。。<br>まあ、私ぼ場合、とられても、結局全く違うテーマと研究方法で研究をしたので、全く被害はなかったが。。。<br><br>テーマが決まらず、途方に暮れていた友人に、自分の教わったテーマを見つけるためのプロセスを教えてあげたら、泣きながらお礼の電話をしてきてくれた。。。<br><br>私より若いが、もう４０歳を過ぎた女性。。独身。<br><br>いくら優秀でも、気が強くても、女が一人で海外で生活するのはよほどの精神力と体力と、そして、運が人ようだ。。<br><br>もし、そのどれにも恵まれていなかったとしたら、ここは地獄だ。。。<br><br>とにかく、この世界を生き残るためには、類稀な気力体力精神力そして運が必要だ。。<br><br>私は、優秀ではないが、たまたま、その３つに恵まれたらしい。。<br>
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12004541958.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Mar 2015 03:27:23 +0900</pubDate>
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<title>たかが博士論文、されど博士論文</title>
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<![CDATA[ 長かった、留学生活も、後残すところ一日となってしまった。。。<br><br>感無量という言葉だけでは言い表すことのできない、複雑な感情が体の中で湧き起っている。。<br><br>一言で、留学と言ったら、簡単だが、中年になってからの留学は、能力的なものだけではなく、精神的にも、肉体的にも、かなりハードだった。。。<br><br>中国人の友人で、博士課程に在籍しているのだが、まだ、必修科目を取り終えていなくて、これから論文のテーマを決めなくてはならないひとがいる。<br><br>博士課程の必修科目を履修するだけでも、かなり大変なことだと思うが、論文のテーマを決めるのもかなり一苦労。。<br><br>簡単に決めれる人もいれば、テーマだけで２年くらいかかる人もいる。。<br><br>博士論文を書いたことのない人からすれば、「そんなの、適当にきめればいいじゃん」と、いわれるかもしれないが、そんなに簡単なことではない。<br><br>自分の意志だけではなく、お金のこと、時間のこと、指導教官のこと。。<br>指導教官は基本的に最低３人必要で、自分で選べるのだが、先方が受け入れてくれない場合もある。<br><br>いくら、優秀な先生が自分の学部にいたとしても、その先生に受け入れてもらえるとは限らない。<br>受け入れられたとしても、大概の場合、そういう先生は自分の研究で忙しくて、学生の指導の時間がなかなか取れない。。というのが実情。。<br><br>なので、有名な先生を目指して、その大学に入学したとしても、その恩恵を受けられるかどうかは、定かではない。。。<br><br>いい先生に巡り合えば、自分の至らないところをカバーしてもらいながら、研究のプロセスを丁寧に教えてもらえる。。私は、幸運なことに、先生に恵まれた。。<br><br>でも、友人はどうも先生が有名すぎて、学生の指導に手が回らないらしい。。<br>これは、珍しいおｋとではなく、こういうケースの場合は、自分で勝手に論文を書いて、途中で読んでもらって、あってるか、間違ってるかだけ教えてもらえる。。という感じだ。。<br>どこがどう間違っているのか、どんな文献を読めばいいのかまでは教えてもらえない。。<br><br>ひたすら自分で、模索するのみ。。これは、本当に大変なことだと思う。。。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12004527333.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Mar 2015 01:31:50 +0900</pubDate>
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<title>男女の差</title>
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<![CDATA[ 知り合いの女性で、結婚前は、随分勢いのある、気が強くて、しっかり者というイメージの人が、結婚してから、瞬く間に、生気を吸い取られて、まるで別人のようになってしまった人がいる。<br><br>結婚してから２０年以上たつけど、未だ離婚はしていない。。。<br><br>才能もやる気にも、恵まれいても、結婚相手によって、これほどまでに違うのか。。<br><br>私は、才能にも、やる気もやや足りなサ気味なのだが、幸いなことに、結婚相手がよかったのか、いろいろいやな思いはしても、生気を吸い取られている風ではない。。<br><br>５０歳近くになって、アメリカに一人で留学させてもらっていることだけ考えてみても、かなり恵まれていると思う。。。。お金があるわけでもないのに。。。<br><br>やりたいことを、やりたいだけ、やれている気がする。<br>自分の才能のなさについては、かなり失望する時もあるが、それ以外については、本当に、すべてのことに感謝しています。。<br><br>才能に特に恵まれていなかったことが、私を幸運に導いてくれたのかと思うことはあるけど。。<br><br>もし、私が、もっと優秀だったら、周囲の人は私のことを助けてくれなかったのではないだろうか。。<br><br>危なっかしくて、見ていられないから、ついつい手を出してしまう。。<br><br>私は、そういう人たちに支えられてきていると思う。<br><br>そして、そのお蔭で、自分の実力以上の経験をさせてもらっているんだと思う。。。<br><br>私が思うのは、どんなことでも、受け止め方次第で、プラスのこともマイナスになるし、逆にもなる。<br><br><br>どんなにどん底にいるときでも、「これは、次に幸せが来たときに、その幸せを２倍に味わうための試練なんだ」と思えば、どんなことでも耐えられる。<br><br>私は、大変な時、誰も自分を認めてくれ時でも、人を見る目のない人たちだから、せめてはいけない。。いずれ、わたくしの実力がわかるときがくるでしょう。。。？！<br>と、心の中で思いながら、苦しい時を耐えていた。。。<br><br>周囲から見れば、気がくるっているのか、最悪のばかか。。。<br><br>自分の実力を、思い知れ！といわれることもあったけど。。<br><br>自分の力を信じてここまで生きてきた。。。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12003744233.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2015 05:18:55 +0900</pubDate>
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<title>男女の差</title>
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<![CDATA[ 私の周り、というか、自分の知っている女性について考えてみると、高校時代からの女性の友人知人で、優秀といわれていた人たちの中で、いわゆるキャリアと呼ばれる人たちがどのくらいいるのだろう。。<br><br>結婚してから知り合った女性について考えてみても、その人の実力に見合ったポジションについている人の数は、少ない気がする。。<br><br>それに比べて、男性の知人に関していえば、かなりの確率でその人の実力通り、いや、それ以上のポジションについている。。<br><br>やっぱり日本はまだまだ、男性優位の社会なのか。。と、思い知らされる。<br><br>どんなに優秀でも、結婚したら、多くの場合男性を立てて、仕事の調節をするのは女性。<br><br>優秀な人ほど、気を使う傾向がある。。<br><br>アメリカでも、日本よりはましかもしれないが、女性の研究者の数は、男性に比べればまだ少ない。。それに、まだまだ、個人的に男女差別をする男性教授も少なからずいる。。<br><br>私の指導教官は、フェミニスト。。。だから、いつも女性をサポートし続ける。<br>社会の中で弱者といわれる人たちの見方をする。。<br>アメリカで言えば、白人以外の女性については特に理解を示す。。<br><br>それだけ、大変な差別の中で生きているということを知っているから。。<br><br>依然話した「ドクトラルスタディー」の授業の中で、白人の女性教授が、<br>「自分が、ドクターに入った時、周囲から、なんで、女の癖にドクターなんかとる必要性があるんだ。。行って、なにか得になることでもあるのか？」<br><br>白人でも、女性は男性に比べれば、差別を受ける。。<br><br>白人の男性が、如何に優遇されているか。。<br><br>白人でもなく、男性でもない人たちがアメリカで暮らしていくことのむずかしさを、この９年間で垣間見た気がする。<br>
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12003742675.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2015 05:00:52 +0900</pubDate>
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<title>女性の生き方　８</title>
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<![CDATA[ 1週間後に帰国して、自分で様子を見て。。特に体調に変化はなかったので、病院にもいかなかった。。<br><br>それが、保険には入っていたけど、１００％カバーしてくれるわけではなく、結局自分で２０万円ほど支払った。。。<br>もし保険に入っていなければ、６０万。。。<br><br>１泊の入院で。。６０万円て・・<br><br>やっぱり、アメリカの医療制度は最悪だ。。と、思った。<br><br><br>日本にしばらく滞在して、年が明けてから、アメリカに戻ってきた。。<br><br>今度は約２か月の滞在。<br><br>最後の最後まで、修正を加えて、<br><br>最終ディフェンスに臨んだ。<br><br>何度も、練習したけど、朝早くいって、実際にスクリーンを見ながらプレゼンをすると、全く、言葉が出てこないことに気が付いた。。。<br><br>これはいけないと思い、指導教官が席をはずしてから、練習をした。。<br>場に飲まれてはいけない。。とにかく、自分のやってきたことを、自信をもって話す。<br><br>そして本番。<br>５人の審査員の先生と、５人の観客。。<br><br>手が震えそうになるが、とにかく落ち着いて。。<br><br>３０分間のプレゼンテーション。<br>アメリカに来て９年近くいても、英語で何も台本なしに話すのはきつかった。。<br><br>それでも、練習した時よりもスムーズに英語が話せて、今までで最高の出来栄えだった。。。<br><br>審査員の先生たちも、安心したような顔。。。<br><br>１時間近くに及ぶ、質疑応答があり。。<br>うまく答えられなかったこともあったけど、先生たちがなんとかフォローしてくれて。。<br><br>それから３０分の審議の後。。結果が告げられた・<br><br>「おめでとう、ドクター・・・」<br><br>本当に、長かった。。。
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12003740362.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2015 04:29:06 +0900</pubDate>
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<title>女性の生き方　７</title>
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<![CDATA[ いろいろなことがあった中でも、去年の6月の末に起こったことも、かなり衝撃的だった。<br><br>日本に一時帰国の1週間前に、いきなり、わたしは倒れた。<br>真夜中の12時ごろ。<br><br>いつも、ワインをグラス1杯飲んでからベッドに入るのが常になっていたのだが、その日はちいさなビール缶をのんで、次の日のお弁当の用意をしにキッチンで料理をしてから、部屋に戻ろうとした時だった。<br><br>頭と顔に衝撃が走り、何が起こったのかわからないが、自分はどうやら床に倒れているらしい。。<br><br>ちょうど、隣の住人がキッチンにいて、驚いて声をかけているのがわかった。。<br>それから間もなくして、救急隊員が来た。。<br><br>血圧と血液検査をその場でして、血圧が異常に低いのと、貧血を起こしているといわれ、このまま救急病院に運ぶ。。といわれ。。<br><br>「日本でも救急車に乗ったことなんてなかったのに」<br><br>とにかく、近くの病院に連れていかれ、次々にドクターが訪れ、一人一人に症状を聞かれそのたび、説明。。。<br>その間ずっと、点滴がうたれていた。。<br><br><br>次の朝は、指導教官がいつものように、アパートまで迎えに来ることになっていたので、連絡しておかなければと思い、テキストメールを送っておいた。。そうすると、1時間後、午前1時過ぎくらいに、けいたいにでんわがかかってきて<br>「どうしたの？！どこにいるの？１何が起こったの？！今すぐに言ってほしい？」<br>矢継ぎ早に質問されて、向こうの動揺が伝わってくる。。<br>命に別条はないらしいことを伝えて、お昼ごろに迎えに来てほしいことを伝えた。。。<br><br><br>そのあと、いろいろな検査が次々に行われ。。。ほぼ3時間。。<br>明け方に病室に運ばれ、しかも監視付きで、1時間ごとに血圧検査。。<br>病室にはトイレがあるが、ドアを開けたままにしろと言われ。。<br><br>「なんなんだ？」<br><br>朝10時くらいに、主治医が来て、「ただの疲れだと思うから、十分休養して栄養をしっかり採って」といわれ、何の処方箋も出されずに帰された。。。<br><br>指導教官が迎えに来てくれて。。。<br><br>「大変だったね」<br><br>といって、またいろいろ話を聞いてくれて。。。<br>レストランに連れていってくれて、お昼を済ませて。。<br><br>またオフィスに二人で戻った。。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12003739094.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2015 04:05:57 +0900</pubDate>
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<title>女性の生き方　６</title>
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<![CDATA[ 今思い返せば、大変なことが起こるときには重なるもので、一昨年の夏は、本当に大変だった。。<br><br>それはちょうど日本に滞在していた時で、1年かけた研究のほとんどが使えなくなって、ほぼ同時期に本当にお世話になった恩師の先生が亡くなって。。<br><br>泣くに泣けないとは、このことか。。。と、思い知らされた時だった。<br><br>1か月くらいは、ショックで、何もできず。。<br><br>その時に、指導教官がアメリカから何度もメールや、スカイプで励ましてくれて、何とか乗り切った。。<br><br>その1か月後くらいに私の本格的一人暮らしが始まった。。<br><br>女子寮のようなところで、一人部屋だが、キッチンバストイレは共同。。<br>家賃は350ドル。。光熱費水道代込。。。<br><br>いろんな人が住んでいて、結構面白かった。。。<br><br>毎日、8時くらいになると、どこからか、トランペットのような音が聞こえてきて、それが、未だ習い始めたばかりらしくて、1時間くらい、聞くに堪えないような音を聞かされたり。。<br><br>キッチンに行ってみると、アフリカ人の女の人が、ガンガンにアフリカンミュージックをかけ、大声で歌いながら、料理をしていたり。。。<br><br>或る時には、合気道を教えているというアメリカ人の男の子が話しかけてきて、合気道について熱く2時間くらい語られたり。。<br><br>本当に、いろんなことがあった。。。
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12003737576.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2015 03:51:00 +0900</pubDate>
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<title>女の生き方　５</title>
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<![CDATA[ プロポーザルディフェンスは、予定より6か月ほど遅れていた。。<br>それは、研究を進めていくうえで、いろいろなことが起こり、自分が論文を読んでまとめればいいだけでの作業ではないので、自分がどれだけ一生懸命やっても、防ぎようのないハプニングが起こる。。<br>これは、きっと、私だけに限ったことではないと思う。。<br><br>どんな研究でも、予想をはるかに超えたハプニングが起こる。。<br><br>博士論文のプロジェクトの中で、半年、1年予定が延期することはざらだ。。<br><br>書いたことのない人には理解してもらえないかもしれないけど。。<br>本当に、ささいなことでも、ものすごく時間がかかる。。口で言うのは簡単だけど、物事を実際にやってみると、口で言うほど簡単ではない。。これは、ビジネスでも、どんなことでも共通していえることだと思う。。<br><br>はたで見ているのと、実際にやってみるのとでは、全く違う。。<br><br><br>悲しいかな、実母には、私のこの大変さはつたわっていない。。<br><br><br>とにかく、何があっても、へこんでいるわけには行かないので、自分のできる限りのことをやって、後は天命を待った。。<br><br>運よく、そのハプニングの後は、特に深刻な事態に陥るようなことはなかった。。<br><br>しかし、それでも、調査協力を依頼していた団体から、「今すぐ調査票を送ってほしい」<br>とか、「調査票の数が足りないので、もっと送ってほしい」とか。。<br>とにかく、協力的な団体だったので、すごく好意的にいろいろと取り計らっていただいたのだが、先方の要求にこたえるのは、かなり大変だった。。。<br><br>アメリカの大学、いや、いかなる研究機関でも、研究に関することの詳細を審査機関に報告して承諾をしてもらわなければ、何もすることはできない。。<br><br>たった一枚の手紙でも、すべてその内容を報告しなければならない。。<br><br>だから、調査票を追加するために添付する手紙の内容もすべて報告して承諾してもらわないといけない。。<br><br>「今すぐ、送ってくれ」といわれても、審査機関の担当者が、いつもオフィスにいるわけでもないし、オフィスにいても、他に重要な仕事があればそちらを優先されてしまう。。<br><br>今言って、すぐに、というわけにはいかない。。<br>スリルにあふれる時間だった。<br><br>その日の午後5時までに、郵送しないと、次に日の朝には届かない。。。<br>その時間はすでに、午後2時を過ぎている。。3時間弱で、ことはなせるのか・・<br><br>そしてある時には、1000近くの調査票のパッケージを、一晩で作り上げなければならず、午前3時半までかかって用意した日もあった。。<br><br>そんなスリルに満ちた状況を何度も経験しながら、調査は進んでいった。。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12003735398.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2015 03:13:47 +0900</pubDate>
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<title>女性の生き方　４</title>
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<![CDATA[ 3年間かかって、ようやく博士課程で必要な単位数をそろえて、ようやく論文に取り掛かれる。。<br><br>でも、その時には、修士論文の時のテーマでは、博士論文は書くことはできないことはわかっていた。。<br><br>資料の検索をゼロから始めた。。<br><br>自分が、興味のあること。。経験から出た疑問。。<br><br>私にとっては、アメリカに来てから経験したことは、授業を取ったことと、生徒や学生を教えさせてもらったことだけだった。。<br><br>その経験から、テーマは決まった。<br><br>自分の関心のあるテーマとよく似たテーマの論文を探して、ひたすら読みまくった。。<br><br>「この論文をお手本にすれば、博士論文が書けるかもしれない」<br>そう思える論文に出会えるまで、いろんな博士論文を読み漁った。。<br><br>ようやく、納得のいく論文を見つけて、その論文のお手本に自分の論文の構想を練った。<br><br>指導教官をはじめ、何人かの先生にみてもらい、自分の研究のコンセプトが間違っていないかどうか確認して、少しずつ、研究を深めていった。。。<br><br>先生のアドバイスに従って、修正を加えながら、肉付けをする。。<br><br>第1章から第3章まで書き終えるのに、それはそれは長い時間がかかった。<br>何度も書き直しをして。。。<br><br>1年半ほど前に、5人の審査委員の先生たちの前で、プロポーザルディフェンスのプレゼンテーションをした。<br><br>これは、自分の研究の構想が実現可能で、この研究を行うことに意味があるのかどうなのか、ということを審査されるものだ。。<br><br>そのに至るまでに、構想を練り始めてから、1年半の月日が経っていた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12003697379.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Mar 2015 00:04:15 +0900</pubDate>
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<title>女性の生き方　３</title>
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<![CDATA[ プロジェクトは無事終わり、幸運なことに、日本の学会でも発表できた。<br>最初に発表した時には、大変な数の人が、興味を示してくれた。。<br>「これは、手応え有り！」とおもった。。<br>でも、現実はそう甘くはなかった。。<br><br>日本にも、すでに似たようなコンセプトで活動をしている人たちがいて、その人たちの中でも、派閥があり、私の入る隙間はなかった。。。<br><br>その現実が少しずつ分かってきたときには、すでに博士課程のプログラムは始まっていた。。<br><br>博士課程のプログラムの最初に、絶対に取らなければならない授業がある。それは、「ドクトラルスタディー」<br><br>博士課程とは何ぞや、博士という称号の意味とは、博士論文とはいったいいかなるものか。。すでに博士号を取得している教授陣の話を聞いたり、この大学で博士号を取った先輩を招いて、苦労話を聞いたり。。そんなことから始まって、具体的な博士論文のテーマの決め方、論文の書き方、資料の見つけ方。。困った時にヘルプを求める場所。。。などなど、詳細を教えてくれ、そのうえで、博士になることの意義、責任について、こんこんと叩き込まれた。。<br><br>子の授業のおかげで、博士論文の書き方の基本を習得でき、それから始まった、たくさんの授業の内容も、できるだけ論文につなげられるようなものを取っていった。。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/light-world-45/entry-12003693167.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Mar 2015 23:48:24 +0900</pubDate>
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