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<title>光はみなもと☆みなもとは光</title>
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<description>私の身に起きた不思議なこと、目には見えないけれど感じる確かなこと。魂のご縁、クリスタルたちとの繋がり、犬との暮らし――…日常の生活の中で、この世と地続きにある目には見えない世界のことを書いています。</description>
<language>ja</language>
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<title>お腹の中から見えたもの</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12667024874.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">前回</a>の続きです。</p><p>「行きます！行きますよ！行けばいいんでしょ！！」</p><p>半ばやっけぱちな気持ちで手を挙げた後、そこから一瞬、間が開いたような感覚があり、次に目を開けてみると、私は一人で別のところにいました。</p><p>目の前には、望遠鏡を覗くときのような丸い穴があり、その穴をそっと覗いてみると、女の人の手が見えました。</p><p>その手には、昔の床屋さんがひげ剃りのときに使うようなI字型の剃刀が握られていました。</p><p>「あ、あの女の人のところに来たんだ」</p><p>雲で出来たトンネル越しに、他の子どもたちと一緒に見ていた女性の手にあった“小さな光るもの”は、剃刀でした。</p><p>それが、私が母のお腹の中から見た最初の光景であり、この世に生まれてからも忘れることができなかった記憶です。</p><p>&nbsp;</p><p>私は幼少期、恐らく幼稚園に上がるか上がらないかくらいの頃に、母に、「お母さんのお腹の中からずっと見ててん」と言ったことがあったそうで（このときのことは<a href="https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12666426803.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">こちら</a>に書いています）、そのときに母が、「何が見えたん？」と聞いてみると、「なんか剃刀持ってた」と答えたそうです。</p><p>ずっと後になってから、私を身籠もったとき、母が妊娠を望んでいなかったこと、また、様々な要因から当時、心身のバランスを崩していて、そのために自暴自棄になっていたことを知りました。</p><p>その事実を知ってからは、母に対して罪悪感を抱いたことや自分自身の生まれてきた意味のようなものを考えたりもしましたが、今ではそのすべての体験が自分にとっては必要なものだったのだと思っています。</p><p>一時的に母との間に感情の凝りのようなものができたこともありましたが、今では口喧嘩したり軽口を言い合ったり、親子でいられる時間を楽しめるようにもなりました。</p>
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<pubDate>Thu, 08 Apr 2021 18:00:24 +0900</pubDate>
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<title>お腹に入る前のこと</title>
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<![CDATA[ <p>母のお腹に入る直前のこと、私は他の子どもたち4、5人と一緒に、横一列に並んでいました。</p><p>私の左側には、大人の男性とも女性ともつかない方が一人、立っていました。</p><p>大人も私たち子どもも皆、同じ格好をしていて、白いシーツに首と腕の部分だけ穴を開けたような、足首までストンと隠れる簡素なワンピースのようなものを着ていました。</p><p>そして、目の前に現れた雲で出来たトンネルのようなものを覗き込むようにして、皆で一人の女性を見ていました。</p><p>その女性は、何だかとても荒れた雰囲気で、自暴自棄になっているようでした。</p><p>手には小さな光るものが見えました。</p><p>しばらく皆で様子を見ていましたら、私の左隣に立っていた大人の方が、すっとその女性のほうを指差し、「この中から一人、あの方のところへ行ってもらいます。誰が行きますか？」と言いました。</p><p>私を含め、その場にいた子どもたちは皆、黙ったまま下を向いてしまいました。</p><p>女性の荒れた様子から、その場にいた全員が、“行きたくない”と思っているのがアリアリと伝わってきます。</p><p>その場に気まずい空気が流れました。</p><p>どれくらいの時間が経ったのか、そもそも時間というものが存在したのかも分かりません。</p><p>私は無言のプレッシャーのような、何とも言えないその場の重い空気に耐えられず、下を向いたまま、目を固くギュッと瞑り、手を挙げました。</p><p>「行きます！行きますよ！行けばいいんでしょ！！」</p><p>そのときの私の心情としては、まさにそんな、やけっぱちめいた気持ちでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12667024874.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Apr 2021 22:27:26 +0900</pubDate>
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<title>視点の置き場所</title>
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<![CDATA[ <p>私は以前、Amebaさんとは別のところでブログを書いていたことがありました。</p><p>そちらのブログでも、主にクリスタルにまつわる自身の体験等を書いており、“自身の体験談”という意味においては、内容的に今のこちらのブログとそう違いはありません。</p><p>ただ、1つだけ、以前のブログとこちらの今のブログでは大きく異なる点があります。</p><p>それは、視点の違いです。</p><p>以前のブログでは、あくまで“読み物”として、なるべくご覧下さる方に少しでも楽しんで頂けるように、私の体験したことの中から、どなたかお一人でもお役に立てそうなものを、明るい気持ちになれるものを書こうと思っていました。</p><p>未熟ながら、自分なりに“視点”の置き場所を私自身ではなく、ご覧下さる方のほうへ向けて書いていました。</p><p>ですが、結果的にそのことが、私に記事を書くことを躊躇させるようになっていきました。</p><p>だんだん私は自分の立ち位置が分からなくなっていって、「一体私はなに目線、どの立ち位置で書いているんやろう？」と思ったのです。</p><p>そして私は、ブログを書くことから遠ざかるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>今のところ、このブログの視点は、あくまで私自身です。</p><p>ご覧下さる方がいらっしゃるかどうかも、今はあまり意識していません。</p><p>意識していることがあるとすれば、ただ正直に、等身大の私自身の言葉で、視点で、自分自身が感じた“本当のこと”を書くということだけです。</p><p>それだけは、この『光はみなもと☆みなもとは光』というブログを書くにあたって、私自身が守っていかなければならない大切な約束事であると感じています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12666804002.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Apr 2021 20:25:24 +0900</pubDate>
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<title>書くこと＝形にしたことで分かったこと</title>
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<![CDATA[ <p>アメーバブログさんで、この『光はみなもと☆みなもとは光』というブログを始めるにあたり、最初の記事、<a href="https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12665810528.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">「はじめまして」</a>の中で私は、“これから何が始まるのか、私自身これからどうなっていくのか、今はまだ私にも分かりません。ただ、これまでの私自身の体験やこれからのことをこのブログに書き記すことで、何かしらの形になっていく、そう感じています。”と書きました。</p><p>3月31日に上記の記事を書いて、投稿した後、私はお風呂に入ったのですが、髪を洗い流しているときに、ふと、“自分の中でこのブログがその役割を終えるときが来たならば、最後の記事の締め括りに書く言葉はきっと、この言葉になるのだろうな”と感じる言葉が脳裏に文字で浮かびました。</p><p>それは、このブログを実際に始めなければ見えなかったもの、気づかなかったことでした。</p><p>このときに私は、“書くこと＝形にすることで、分かることがある。形にしないと、分からないこともあるのだ”と、目には見えないけれど確かにいつも私と一緒にいて下さっていると感じる方々から、自分自身が書いた記事を通して、私にとって大切なことを教えて頂けたように感じて、とても嬉しかったです。</p><p>始めるまでは時間がかかり、グズグズしていた私が、「このブログを始めて良かった」と感じた瞬間でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12666633482.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Apr 2021 22:39:48 +0900</pubDate>
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<title>お腹の中の記憶</title>
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<![CDATA[ <p>大人になってから母に聞いた話で、私は幼少期、恐らく幼稚園に上がるか上がらないかくらいの年の頃だったと思いますが、母に、「お母さんのお腹の中からずっと見ててん」と言ったことがあったそうです。</p><p>母が、どうせ子どもが適当に吐いた嘘だろうと思い、半分は揶揄うような気持ちで、「どっから見てたん？」と聞くと、「おへその穴から」と私が答えたので、「何が見えたん？」と重ねて聞いてみると、そのときの私の答えが思いもかけないものであったにもかかわらず、確かに母にとっては身に覚えのあることでもあったので、「何で知ってるん？！」と、とても驚いたと言っていました。</p><p>そして、思わず自分の子どもながら、そんなことを話し出した私のことを「気持ち悪っ！」と思ったと、正直に話してくれました。</p><p>今は胎内にいたときの記憶を親御さんに話すお子さんも珍しくないようですが、今から30年以上前の当時は、まだSNSもなく、一般家庭にインターネットが普及していなかったこともあり、他のお子さんの体験について見聞きする機会もなかなかなかったため、そんなことをいきなり言い出した私に、母がびっくりして思わず“気持ち悪い”と思ってしまったのも無理はなかったと思います。</p><p>このときのことは、私もうっすらとですが覚えていて、それは、私にとっては母の胎内に入る前の記憶とも重なるものでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12666426803.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Apr 2021 23:08:48 +0900</pubDate>
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<title>巨大なヨーヨーと母のお腹の中</title>
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<![CDATA[ <p>子どもの頃、家の近くにあったスーパーとその隣の八百屋さんの間には、幅の狭い用水路がありました。</p><p>正確な年齢は覚えていませんが、恐らく私が小学校の低学年か中学年の頃だったと思います。</p><p>ある日、スーパーへ行こうと、その用水路の前の道を通りかかったとき、普段は用水路のことなど気にしたこともなかったのに、その日はスーパーと八百屋さんの間に流れる用水路に目が留まりました。</p><p>そこに、見慣れないものがあったからです。</p><p>パンパンに膨らんだ、大人の腕で一抱えはあるであろう大きさの、お祭りの屋台でよく売られているヨーヨーのようなものが3つ4つ、お世辞にも綺麗とは言えない用水路の水に浮かんでいました。</p><p>例えばそれがただの大きな風船であれば、ここまで私の記憶には残らなかったかもしれません。</p><p>でも、それは、“大きな風船”と言うには一種、異様な存在感を放っていました。</p><p>何よりも私の目を引いたのは、その大きさではなく、独特の色、模様でした。</p><p>色鉛筆の“肌色”のような地の色に、全面的に絵の具のようなベッタリとした質感の赤や青、白、黄色などの線が無作為に流れるようなマーブル模様を描き、その大きさと相まって、少し離れたところからでも嫌でも目に留まる存在感でした。</p><p>しかも、それが1つではなく、3つ4つと連なっているのです。</p><p>気になった私は、吸い寄せられるように用水路に近づき、道の上の欄干に手をかけて、よく見てみることにしました。</p><p>その屋台のヨーヨーにしては大きすぎる不思議な模様の物体は、先頭の1つが用水路の中の木の枝やゴミに引っかかり、そのせいで流れていくこともなく、その場に留まり連なっているようでした。</p><p>近くで見てみると、質感はあくまで屋台のヨーヨーのような厚めのゴムのような感じで、口の部分は凧糸のようなもので縛られていました。</p><p>その何とも言えない不思議な色模様を見ていると、私は何故かこころの内でポッと、「お母さんのお腹の中みたい」という気持ちが湧いてきて、同時に、母のお腹の中にいたときの手触り、質感が蘇ってきました。</p><p>それは、頬の内側の粘膜よりももっと細やかにザラザラとした触感で、何故かお日様の下で瞼を閉じたときのような、血の色の向こうに温かな光が透けて見えている感じでした。</p><p>いま考えてみると、胎内にいるときにはまだ目も開いておらず、光を感じることはないと思うのですが、でも、このとき思い出した母の胎内にいた頃の光景、質感は、今もありありと覚えていて、私にとっては、それは紛れもない自身の記憶であり、実際に母のお腹の中で体験したことなのだと感じています。</p><p>未だに、あの不思議な模様をした、屋台のヨーヨーにしては大きすぎる謎の物体が何だったのか、どうしてあの場所にあったのか、その後どうなったのかも分かりません。</p><p>試しに母に聞いたこともありますが、母は、「そもそもそんなものがあったなんて知らん。覚えてない」と言っていました。</p><p>このときの私のように、何がきっかけで思い出すのかは分かりませんが、ある日ふとしたことで、蘇る記憶もあるのだと思います。</p><p>そして、記憶というのは普段、意識に上らないだけで、本当の意味ではどの光景も経験も想いもすべて、忘れることなどないのだと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12666197152.html</link>
<pubDate>Fri, 02 Apr 2021 20:46:09 +0900</pubDate>
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<title>この世で最初の記憶</title>
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<![CDATA[ <p>この世で最初の私の記憶は、お昼寝から目が覚めたところから始まりました。</p><p>お昼寝から目が覚めたら、私に添い寝しながらお腹をトントンしてくれていたはずの母がおらず、部屋の襖が半分ほど開いていて、襖の向こうの階段の下からは話し声が聞こえていました。</p><p>そのとき、「あぁ、お母さんは下のお部屋におるんやな」と思ったことを、はっきりと覚えています。</p><p>当時の私はまだ歩くことができず、移動手段はハイハイだったのですが、お布団から開いている襖のほうまで行く間、手足を前に進めるたび、自分の首からぶら下がるクマさんのアップリケが付いたよだれ掛けがリズム良く前後に揺れているのが視界に入ってきました。</p><p>部屋に敷かれていた深緑色の絨毯とともに、その光景が何故かずっと今も脳裏に焼き付いています。</p><p>そして、揺れるクマさんのよだれ掛けと一緒に、ハイハイのまま半分開いていた襖から部屋を出た私は、部屋を出てすぐの踊り場から、母の声が聞こえてくる階段の下を覗き込みました。</p><p>そこから僅かな時間、私の記憶は途切れ、次に気が付いたときには、ほんの一瞬のことでしたが、私の視界は別の場所に移っていました。</p><p>次に気が付いたとき、私の視界にあったのは、クマさんのよだれ掛けではなく、ちょうど階段下の真向かいにあったトイレのドアにぼよんとぶつかり、その衝撃に身を弾ませている自分自身の姿でした。</p><p>私は、部屋を出た後、2階の踊り場から、母の声が聞こえてくる階段の下を覗き込んだ拍子にバランスを崩し、ハイハイの体勢のまま階段を上から下へと転がり落ちたのです。</p><p>そのことに気が付いた瞬間、私の視界はまた元に戻り、今度は感情が爆発するように大きな声で泣きました。</p><p>まさに火が着いたように、瞬時に全身が熱くなったのを覚えています。</p><p>痛かったというよりも、そのときの私はただただビックリして泣いていました。</p><p>実際、階段を一番上から転がり落ち、階下のトイレのドアに勢いよくぶつかったにも関わらず、私はたんこぶ一つ、かすり傷一つなく、おかげさまで無事でした。</p><p>これは私の感覚ですが、今から思えば、あのとき一瞬、視界というか視点が変わったのは、まだ1歳になるかならないかという“赤ちゃん”と呼ばれる年齢だったこともあり、階段を転がり落ちた衝撃で少しだけ肉体と霊体の間にズレが生じたのだろうと思います。</p><p>後に、私がこのときのことを母の口から聞いたのは、正確な年齢は覚えていませんが、確か小学生のときに、以前住んでいた家の話になり、私が、「前のお家は深緑の絨毯で、階段のすぐ下にトイレがあって、私が階段の上から落ちたときにぶつかったんよね。あのときはびっくりしたわ」と話したら、母のほうがびっくりした顔をして、「なんでそのこと知ってるん？　お母さんあんたに話したことないのに。誰に聞いたん？」と言っていました。</p><p>母からすれば、私がそんな1歳になるかならないかという頃の記憶があるとは思えなかったのだと思います。だから、誰かから聞いた話を私がしていると思ったのでしょう。でも、私は何故かそのときのことをとてもよく覚えていて、3歳になる前に引っ越しをした、その深緑色の絨毯のある家の間取りや家具の配置も鮮明に記憶に残っています。</p><p>きっと私自身にとって、そのときのことはとても衝撃的な出来事だったから、覚えていたのだと思います。</p><p>私の母のように、大人になると、“赤ちゃん”と呼ばれる頃の記憶はほとんど残っていないと思われがちですが、意外にそうでもなく、特に本人にとって衝撃的だったことは、結構はっきりと覚えているものなのだなと、今回、改めて自分自身のことを振り返ってみて思いました。</p><p>そして、今の私にとっては、当時を振り返り、一番衝撃的だったのは、階段を落ちたことでも、一瞬とは言え自分の視界というか視点が別の場所に変わっていたことでもなく、最初に感じた自分の感情というか思考でした。</p><p>お昼寝から目が覚めて、横で添い寝をしてくれていたはずの母がいないと分かったとき、殊の外、冷静に、「あぁ、お母さんは下のお部屋におるんやな」と、自分自身で状況判断をしていたことです。</p><p>これは、よく犬猫さんたちのような人以外の動物さんに対しても、彼らにはできないと思われがちなことですが、“赤ちゃん”であっても、人以外の動物さんたちも、ちゃんと自分の置かれている状況や相手の反応から、もともと備わっている五感や六感を用いて、その場その場でさまざまなことを感じ取り、自分自身で判断する力を持っている、最初からその力が備わっているということなのだと思います。</p><p>むしろ、赤ちゃんや犬猫さんたちのような人以外の動物さんたちのほうが、その備わっている力をフルに活用できているのかもしれません。</p><p>赤ちゃんや犬猫さんたち人以外の動物さんたちから教わること、思い出させてもらうことは、実はとても多いのではないかと、この記事を書きながら改めて思います。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12665983967.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Apr 2021 20:33:14 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして</title>
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<![CDATA[ <p>私は今、４頭の犬たちと一緒に暮らしています。</p><p>1頭は約10年前に保護団体さんから里親として譲って頂いた男の子で、私にとっては家族でありパートナー、相棒です。他の3頭は、いわゆる“野犬”と呼ばれるお母さん犬から生まれた同胎きょうだいで、約1年前、ご縁あって保護しました。</p><p>このブログのタイトル『光はみなもと☆みなもとは光』は、先住犬である相棒と一緒に、そんな“元・野犬”きょうだい3頭との関係を深めていく中で、ある日ふと頭の中に聞こえてきた言葉です。</p><p>この言葉が聞こえてきたとき、私は、漠然とですが、この言葉をタイトルにして何かを書くことになるのだろうなと思いました。</p><p>ですが、なかなか踏み出せず、数ヶ月の間グズグズとしていたのですが、最初の1歩を踏み出さなければ何も始まらないと思い、今日、このブログを始めることにいたしました。</p><p>これから何が始まるのか、私自身これからどうなっていくのか、今はまだ私にも分かりません。</p><p>ただ、これまでの私自身の体験やこれからのことをこのブログに書き記すことで、何かしらの形になっていく、そう感じています。</p><p>もしお付き合い下さる方がいらっしゃいましたら、嬉しいです。</p><p>どうぞ宜しくお願いいたします。</p>
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<link>https://ameblo.jp/lightissource33/entry-12665810528.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Mar 2021 23:48:53 +0900</pubDate>
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