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<title>「かんもく」パパが人生から得たこと</title>
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<description>「選択性緘黙症」の50+男性です。生きるのは大変でしたが、得たものも多くありました。少しでも後に続く人たちの力になれますよう。</description>
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<title>秋田の「トーストマスターズ」新クラブ、ついに始まりました！</title>
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<![CDATA[ <p>秋田で、トーストマスターズのクラブを始めました！</p><p>といっても、一人でできるわけではないので</p><p>地元の有志と、他クラブの方々の助けを借りながらですが。</p><p>「秋田ボーダーレススピーカーズ」</p><p>(Akita Borderless Speakers)</p><p>という名前です。</p><p>&nbsp;</p><p>「トーストマスターズ」を</p><p>ご存じない方のほうが多いですよね。</p><p>パブリックスピーキングを通じて、</p><p>コミュニケーションとリーダーシップを学ぶ、</p><p>国際的な非営利団体です。</p><p>20人前後でクラブを結成し、スピーチ、論評、司会などの役割を</p><p>持ち回りで担当します。</p><p>だから「先生」はいません。</p><p>&nbsp;</p><p>日本には英語で例会を行うクラブが多いですが</p><p>英語・日本語のバイリンガルのクラブもありますし</p><p>中国語やフランス語のクラブもあります。</p><p>秋田ボーダーレススピーカーズは、バイリンガルにしています。</p><p>&nbsp;</p><p>私自身はアメリカと日本をあわせ</p><p>6年くらい「トーストマスターズ」の経験があります。</p><p>「場面緘黙」で苦しんだ私ですら</p><p>スピーチや司会ができるようになったので</p><p>その効果は絶大です。</p><p>スピーチのみならず、回ってくる役割をこなすには</p><p>いろいろ準備がいるので、なかなか大変です。</p><p>でも何よりも、楽しい場所なのです。</p><p>だから続けられたのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>秋田にトーストマスターズができたのは、</p><p>とても意味あることだと思っています。</p><p>興味のある方、ぜひどうぞ！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 12 Jul 2021 22:25:00 +0900</pubDate>
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<title>隠れた名著ー藤木正三牧師の著作</title>
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<![CDATA[ <p>私はクリスチャンではありませんが、</p><p>キリスト教関係で、感化を受けた本がいくつかあります。</p><p>三浦綾子の「道ありき」</p><p>トマス・ア・ケンピスの「キリストにならいて」</p><p>高見敏弘「土とともに生きる-アジア学院とわたし」</p><p>などです。</p><p>&nbsp;</p><p>そのなかで、20代後半の時期に座右の書となったのが</p><p>藤木正三牧師による断想集「灰色の断想」と「神の風景」です。</p><p>あまり知られていない書で、隠れた名著といえるかもしれません。</p><p>本はもう持っていませんが、次のリンクを見つけました。</p><p><a href="http://www.ekyoukai.org/FujikiShozo/FujikiShozo.htm" target="_blank">http://www.ekyoukai.org/FujikiShozo/FujikiShozo.htm</a></p><p>&nbsp;</p><p>例として、3つの断想をコピーします。</p><p>&nbsp;</p><p align="left"><span style="font-style:italic;"><a name="Seishun"><b>青　　春</b></a></span></p><p align="left"><span style="font-style:italic;">　青春とは凝縮した人生なのです。だから、人生のすべてを見てしまったような経験を、若い日に誰しも持つはずなのです。以後の人生はそれに幅と深みを加えてゆくだけのものです。人生の不幸は短命ではありません。それは、以後の人生に幅と深みを期待するような経験を青年期に持たないこと、そして幅と深みを加えるだけの成年期を何かそれ以上の、新しい発見をする時期のように誤った期待をもって生きることです。人生は長命でないとわからないようなところもありますが、長く生きておればわかるというものではありません。</span></p><p>&nbsp;</p><p align="left"><span style="font-style:italic;"><a name="Seken"><b>世　　間</b></a></span></p><p align="left"><span style="font-style:italic;">　顧みてくれる人がいないような時にも、見回せば、共にいてくれる人は一人ぐらいは必ずいます。批判する人がいないような時にも、よく見れば、反対している人がかなりいます。それが世間というものです。世間のそういう一面的でない性格のおかげで、私どもは、時に失望しても思いつめないですむのであり、時に傲慢になっても反省へと導かれるのであります。世間は、たしかに雑然かつ茫洋としていますか、それは世間の叡智ともいうべきものであるのです。世間は決して、私どもを追いつめはしません。しかし、甘やかしもしません。</span></p><p align="left">&nbsp;</p><p><span style="font-style:italic;"><a name="Wakatteimasu"><b>わかっています</b></a></span></p><p><span style="font-style:italic;">　どう生きたらよいのかわからないといいます。本当でしょうか。わかっている筈です。それがわからないほどに私たちは鈍感ではありません。わかっているのですが、その通りに生きたくないだけです。思い通りに生きたいので、それを正当化するためにわかっていることを裏切ろうとしているだけです。そして裏切ろうとしても裏切りきれないジレンマを、どう生きたらよいのかわからないというのです。それを口にする時、何かへの裏切りを感じませんか。わからない筈は決してありません。わかっています。必ずわかっているのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p>通俗心理学やスピリチュアル系の本には、</p><p>ストレスからの自由や幸福を約束する内容が多いです。</p><p>それぞれ、それなりの真実はあると思うのですが</p><p>良くも悪しくも、読者のニーズにあわせています。</p><p>人生の迷いのまっただなかにあった20代後半の当時、</p><p>そのような本は、心に訴えるものではありませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>藤木牧師の断想集は、その深い内省と、</p><p>甘やかさない真実な言葉で、心に染み入ってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>それから20年以上がたち、</p><p>今はそれなりに世間と折り合いをつけて生きていますが</p><p>当時は真摯に迷いを生きていたなあ、と思います。</p><p>&nbsp;</p><p>実はそれも、過去形ではないのでしょう。</p><p>今は今で、別の形の迷いが始まっています。</p><p>藤木牧師の言葉にもう一度、立ち返りたいと思う日々です。</p><p>&nbsp;</p><p>「灰色の断想」と「神の風景」は</p><p>絶版になっているのか、オンラインでも高額になっています。</p><p>もっと知られてほしい本です。</p><p>若い人と一緒に、読み直してみたいものです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/littlebear-2021/entry-12676096171.html</link>
<pubDate>Sat, 22 May 2021 22:08:05 +0900</pubDate>
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<title>秋田でトーストマスターズクラブを始めます！</title>
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<![CDATA[ <p>「トーストマスターズ」って、御存知ですか？</p><p>&nbsp;</p><p>アメリカ発の非営利教育団体で、</p><p>有志の人たちがクラブを結成し、</p><p>Public Speaking, つまりスピーチを通して</p><p>コミュニケーションやリーダーシップを学ぶものです。</p><p>&nbsp;</p><p>「トースト」は食パンを焼いたあれではなく、「乾杯」のToastです。</p><p>つまりToastmasterは「乾杯の音頭をとる人」。</p><p>トーストマスターズは、そのような人前に出る場面で</p><p>効果的に話せるよう訓練することを目的とし、</p><p>1924年にアメリカで設立されました。</p><p>&nbsp;</p><p>レベルに応じたマニュアルがあり、</p><p>メンバーは言葉の使い方や身振り・手振りの使い方、</p><p>ボキャブラリーなど、プロジェクトに従い</p><p>話し方の技術を学んでゆきます。</p><p>&nbsp;</p><p>「先生」も「生徒」もおらず、メンバーは</p><p>「スピーカー」「論評者」「司会」などの役割を持ち回りで担当し</p><p>お互いを教えあうシステムです。</p><p>&nbsp;</p><p>アメリカでは津々浦々にクラブがあり、</p><p>マニュアルの全プロジェクトが終わると証明書が出され</p><p>就職活動や昇進審査でアピールできます。</p><p>それだけ社会で認められた教育組織です。</p><p>全世界143ヵ国で、会員数は35万人以上に上るそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>私自身は、アメリカ滞在中に知人に勧められて参加し</p><p>日本のクラブと通算して5年間、メンバーをしていました。</p><p>会費が月換算で1200円くらいと安く、</p><p>大変ですが楽しいこともたくさんあり</p><p>英語力に加え、スピーチや司会の能力がかなり伸びました。</p><p>2000人を前に英語でスピーチをしたこともあります。</p><p>&nbsp;</p><p>「かんもく」障害を抱える私は、人前で話すのは本来、苦手です。</p><p>いまでも、準備したスピーチはこなせるのですが</p><p>日常のおしゃべりに参加するのが難しいです。</p><p>でも、トーストマスターズのおかげで、</p><p>「人に伝えること」の真髄を学んだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>私にはもう、コミュニケーションについて</p><p>「うまくやること」に興味はありません。</p><p>大事なのは、何を目的にするか。</p><p>楽しませることなのか、他人をアクションに巻き込むためなのか、</p><p>情報を共有するためなのか。</p><p>目的によって、話し方は異なります。</p><p>当然といえば当然なのですが</p><p>意識しなければ、世間の暗黙ルールに縛られた会話で</p><p>毎日を漫然と過ごしてしまうものです。</p><p>&nbsp;</p><p>日本には200を超えるトーストマスターズクラブがあります。</p><p>英語、日本語、英日バイリンガル、他言語のクラブもあります。</p><p>&nbsp;</p><p>ところが・・・</p><p>私が住む秋田県には、まだクラブがありません。</p><p>それなら自分が作ろう！ということで</p><p>一年発起し、ほかの有志と一緒に</p><p>クラブ立ち上げの作業中です。</p><p>5月27日にはZoomで、第1回の例会をやる予定を立てました。</p><p>&nbsp;</p><p>私は東京出身ですが、秋田市に住んでいます。</p><p>子供たちは、よい幼稚園や学校で、すくすく育っています。</p><p>自然、食べ物と人間に恵まれた秋田県は、</p><p>「秋田プレミアム」と言いたいくらい、豊かな場所だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>英語ができる人も結構、周囲にいるのですが</p><p>運用力を伸ばす機会がありません。</p><p>もっと活躍できるのに、何ともったいない・・・と思う日々です。</p><p>トーストマスターズが飛躍の場を提供できると、信じています。</p><p>クラブ設立、必ずやります！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" contenteditable="false" style="display:inline-block;max-width:100%"><a class="ogpCard_link" data-ogp-card-log="" href="https://district76.org/ja/" rel="noopener noreferrer" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" target="_blank"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">トーストマスターズ日本 | スピーチ、プレゼン、リーダーシップ | Toastmasters,Japan</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img alt="リンク" class="ogpCard_icon" height="20" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%" width="20"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">district76.org</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img alt="" class="ogpCard_image" data-ogp-card-image="" height="120" loading="lazy" src="https://district76.org/ja/wp-content/uploads/2021/01/global_og.jpg" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)" width="120"></span></a></article></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/littlebear-2021/entry-12672497451.html</link>
<pubDate>Tue, 04 May 2021 19:54:55 +0900</pubDate>
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<title>（創作童話）ルルちゃんのかくれんぼ</title>
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<![CDATA[ <p><b><span style="font-weight:bold;">先週末に突然思いついて、創作童話を書きました。</span></b></p><p><b><span style="font-weight:bold;">子供たちが幼稚園だったときを思い返しながらです。</span></b></p><p><b>よろしければどうぞ。</b></p><p>&nbsp;</p><p><b>*****************************</b></p><p>&nbsp;</p><p><b>ルルちゃんのかくれんぼ</b></p><p>&nbsp;</p><p>「いーち、にーい、さーん、しー、ごー、</p><p>もーいーかい？」</p><p>&nbsp;</p><p>テツちゃんのこえがします。</p><p>ふゆのあるひ、ようちえんのごごの休みです。</p><p>そとでは、ゆきがふっています。</p><p>ねんちょうぐみのルルちゃんは、</p><p>なかよしのテツちゃんとカオリちゃんと、</p><p>かくれんぼをしているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>ルルちゃんは、いそいで言いました。</p><p>「まーだだよ！</p><p>まーだだよ！」</p><p>&nbsp;</p><p>「・・・じゅーきゅう、にーじゅう！</p><p>もーいーかい？」</p><p>&nbsp;</p><p>「もーいーよ！」</p><p>ルルちゃんは、ようぐしつにかくれていました。</p><p>ほうき、モップ、そうじきや、</p><p>うんどうかいにつかうハチマキ、</p><p>はっぴょうかいのおようふくなどで、</p><p>うすぐらいへやはいっぱいです。</p><p>&nbsp;</p><p>「カオリちゃん、みーつけた！」</p><p>テツちゃんのこえがしました。</p><p>ルルちゃんは、じっとしていました。</p><p>となりのへやにストーブがあるので、</p><p>ようぐしつも、ぽかぽかです。</p><p>ルルちゃんは、うとうとしてきました。</p><p>&nbsp;</p><p>きがつくと、うすぐらくなっていました。</p><p>でも、いつまでたってもテツちゃんはきません。</p><p>ルルちゃんは、ずっとまっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>「どうしたのかなあ？」</p><p>ルルちゃんは、ようぐしつから出ました。</p><p>ろうかは、がらんとしていました。</p><p>テツちゃんも、カオリちゃんも、みあたりません。</p><p>それどころか、だれもいないのです。</p><p>きょうしつも、しょくいんしつも、きゅうしょくしつも、</p><p>からっぽでした。</p><p>&nbsp;</p><p>ゆきは、やんでいました。</p><p>まどから、オレンジいろの日が、ななめにさしています。</p><p>いつのまにか、ゆうがたになっていました。</p><p>「みんな、かえっちゃったのかなあ・・・」</p><p>ルルちゃんは、こころぼそくなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>だれも、ルルちゃんをむかえにきません。</p><p>「だれかきて！おなかすいたよう！」</p><p>ルルちゃんはこころぼそくて、なきだしました。</p><p>でも、だれもきてくれません。</p><p>そのうち、よるになってしましました。</p><p>ルルちゃんは、ないてないて、</p><p>つかれて、ねてしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>あくるあさ、ルルちゃんがめをさますと、</p><p>まわりは、あかるくなっています。</p><p>そとはまた、ゆきがふっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>まもなく、こどもたちがようちえんにきました。</p><p>ぼうしとてぶくろを、いりぐちではずして、</p><p>みんな、おしゃべりしながら、</p><p>きょうしつにあるいてゆきました。</p><p>テツちゃんも、カオリちゃんも、</p><p>せんせいもいました。</p><p>&nbsp;</p><p>「ねえ、どうしてみつけにこなかったの？」</p><p>ルルちゃんは、テツちゃんにたずねました。</p><p>でもテツちゃんは、だまってとおりすぎました。</p><p>ルルちゃんがみえないようすでした。</p><p>カオリちゃんにも、ほかの子にも、せんせいにも、</p><p>ルルちゃんがみえないようでした。</p><p>&nbsp;</p><p>「かわいそうにねえ・・・」</p><p>「ストーブがきえてなくて、わるいガスがもれていたみたいで・・・」</p><p>「きをうしなって、にげられなかったんですな・・・」</p><p>おまわりさんがきて、せんせいとはなしています。</p><p>「どうしたんだろう？」</p><p>ルルちゃんには、なにがおこったのか、わかりませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>その日、ルルちゃんはきょうしつですごしました。</p><p>せんせいもいました。</p><p>だれにもみえていなかったけど、</p><p>ルルちゃんはみんなといたかったのです。</p><p>おえかきをしたり、みんなとうたをうたったりしました。</p><p>&nbsp;</p><p>ゆうがたになって、みんなはかえりました。</p><p>ルルちゃんはまた、からっぽのようちえんにのこりました。</p><p>そうして、またよるをすごしました。</p><p>&nbsp;</p><p>そのつぎのひも、そのつぎのひも、おなじでした。</p><p>ルルちゃんはようちえんで、ずっとすごしました。</p><p>なんしゅうかんも。</p><p>&nbsp;</p><p>3がつになり、テツちゃんとカオリちゃんはそつえんしました。</p><p>4がつになり、あたらしいこどもたちが、にゅうえんしました。</p><p>&nbsp;</p><p>いちねんがたち、にねんがたちました。</p><p>そうして、つきひがすぎてゆきました。</p><p>もう、なんねんたったのか、</p><p>ルルちゃんはおぼえていませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>またはるになり、あたらしいこどもたちがようちえんにきました。</p><p>ねんしょうさんをむかえるのも、なんどめだったでしょうか。</p><p>「あっ！」と、ルルちゃんはさけびました。</p><p>めのまえをとおりすぎた、おとうさんとおかあさんは、</p><p>みおぼえのある人でした。</p><p>「テツちゃん！カオリちゃん！」</p><p>&nbsp;</p><p>そうです、テツちゃんとカオリちゃんは、</p><p>おとなになっていました。</p><p>けっこんして、こどもがいました。</p><p>3さいになったので、ようちえんにつれてきたのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>テツちゃんとカオリちゃんが、はなしています。</p><p>「もう、にじゅうごねんぶりだね。なつかしいね。」</p><p>「ルルちゃんがいて、いっしょにあそんだのも、</p><p>ずいぶんまえになっちゃったわ。」</p><p>「いっしょに、がっこうにいきたかったなあ。」</p><p>テツちゃんが、かなしそうなかおをしました。</p><p>&nbsp;</p><p>ルルちゃんは、むねがいっぱいになって、さけびました。</p><p>「テツちゃん！カオリちゃん！わたし、ここにいるのよ！</p><p>どうして、さがしにこなかったの？」</p><p>&nbsp;</p><p>そのとき、ようちえんバスがつきました。</p><p>バスから、ちいさいこどもたちが、おりてきました。</p><p>テツちゃんは、目をほそめていいました。</p><p>「２さいクラスのこどもたちだね。かわいいなあ。</p><p>　ミミも、いつまでもちっちゃかったらいいのに、って</p><p>　おもうことがあるよ。」</p><p>テツちゃんはそういって、手をつないだこどもをみつめました。</p><p>「あら、おおきくならなかったら、こまるじゃないの？」</p><p>おかあさんになったカオリちゃんが、わらいました。</p><p>&nbsp;</p><p>テツちゃんはまだ、おもいでにふけっています。</p><p>「どこかにね、あのときのぼくとカオリが</p><p>　ようちえんのどこかにまだいるんじゃないかって、</p><p>　そんなかんじがする。</p><p>　ルルちゃんもね、あのときのままで、</p><p>&nbsp; いるんじゃないかって。」</p><p>&nbsp;</p><p>テツちゃんは、ルルちゃんのほうをみました。</p><p>そうして、ハンカチで目をふきました。</p><p>&nbsp;</p><p>ルルちゃんは、じっとしていました。</p><p>テツちゃんにはやっぱり、みえていないようすでした。</p><p>でもルルちゃんは、まんぞくでした。</p><p>「わたしのこと、おもいだしてくれたのね。」</p><p>&nbsp;</p><p>にかいのこうどうで、にゅうえんしきがはじまりました。</p><p>おかあさんたち、おとうさんたちが、いすにすわっています。</p><p>こどもたちがくるのを、まっているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>ルルちゃんは、からだがかるくなるのをかんじました。</p><p>うでも、あしも、とうめいなブルーになってゆくのです。</p><p>はるの、きんいろのひざしが、ルルちゃんをつつんでいます。</p><p>&nbsp;</p><p>ルルちゃんはゆっくりと、ひかりにとけてゆきました。</p><p>「さようなら。わたしは、もういなくなるけど</p><p>　ほかにも、みえないこどもたちがいるの。</p><p>　おもいだしてくれるのを、まっているのよ。</p><p>　こどもだったときを、おぼえていて。</p><p>　ちっちゃいときを、わすれないで。</p><p>　おとなになってからも、</p><p>　ときどき、さがしにきてね。」</p><p>&nbsp;</p><p>あたらしいこどもたちが、いちれつになって、</p><p>せんせいにつれられて、こうどうにはいってきました。</p><p>ミミちゃんもいます。</p><p>テツちゃんとカオリちゃんは、いとおしそうにみています。</p><p>&nbsp;</p><p>はれたそらが、いちだんとあおくなったようです。</p><p>そとでは、うすみどりのくさが、ひざしにゆれていました。</p><p>&nbsp;</p><p>（おわり）</p>
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<link>https://ameblo.jp/littlebear-2021/entry-12671503763.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Apr 2021 20:57:18 +0900</pubDate>
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<title>「はじめに関係がある」～ハコミ・セラピーの視点</title>
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<![CDATA[ <p>「はじめに関係がある」</p><p>&nbsp;</p><p>宗教哲学者マルティン・ブーバーの名著</p><p>「我と汝」にある言葉です。</p><p>&nbsp;</p><p>最近、コミュニケーションという言葉に</p><p>かなり疲れを感じています。</p><p>反発すら感じます。</p><p>なぜだろう・・・と考えていたのですが</p><p>コミュニケーション「術」に</p><p>話が集中するからのようです。</p><p>&nbsp;</p><p>人間関係や仕事が「うまくいかず」</p><p>悩んだり苦しんだりする、</p><p>だから「うまくやろう」として</p><p>特効薬のような「術」がほしくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、私もこのようなメンタリティーから</p><p>自由ではありません。</p><p>でも、それが変わったとすれば</p><p>心理療法「ハコミ・セラピー」の</p><p>2年間のトレーニングを受けたからです。</p><p>&nbsp;</p><p>「ハコミ・セラピー」には</p><p>「コンタクト」という技法があります。</p><p>相手と一緒にいて、何となく「疲れているのかな・・」</p><p>「悲しいのかな・・」「エキサイトしているかな・・・」と</p><p>感じるものがあります。</p><p>それを「悲しい？」「怖い？」などと言葉に出して</p><p>相手への共感を示すのです。</p><p>外れてしまうこともあるのですが、</p><p>その場合は相手が訂正してくれますし、</p><p>少なくとも自分の誠意は伝わります。</p><p>&nbsp;</p><p>講師から言われたのは、相手を理解しようとする</p><p>純粋な意図があれば、それは伝わるものだ、</p><p>ということです。</p><p>&nbsp;</p><p>発達心理学によると、乳児や幼児のときから</p><p>人間は共感を示すのだそうです。</p><p>例えば悲しそうな顔をした母親の顔を見せると</p><p>心配そうな表情を見せます。</p><p>つまり人間には、相手を感じる本能がある。</p><p>なのに、どうして他人に共感できなくなるかというと</p><p>「ノイズ」が入るからです。</p><p>&nbsp;</p><p>ノイズというのは、自己防衛反応のことです。</p><p>人間は生命体として、自分を守ったり、</p><p>サバイバルや子孫繁栄のために、</p><p>危険なものを遠ざけ、好ましいものを近づけようとする。</p><p>それ自体は悪いものではありません。</p><p>しかし、他人の内面を感じようとするときには</p><p>障害となりやすいです。</p><p>&nbsp;</p><p>自己防衛反応は、自我の目覚めとともに、</p><p>どんどん固くなってきます。</p><p>そうして、個人と個人は分離してゆきます。</p><p>&nbsp;</p><p>ふだん、「自分」と「他人」は別々にあり、</p><p>その間をつなぐためにコミュニケーションがあると</p><p>私たちは考えます。</p><p>しかしハコミ・セラピーは、反対の視点をとります。</p><p>「あなた」と「わたし」は、そもそもつながっている。</p><p>はじめにあるのは関係で、個人個人ではない。</p><p>&nbsp;</p><p>人間が生まれたときは、「自分」と「他」の区別はありません。</p><p>3歳くらいになり、自我が目覚めてから、</p><p>始めて「自分」が「他」から分離するのです。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、他人に共感する感性は</p><p>なくなるわけではなく、埋もれるだけです。</p><p>&nbsp;</p><p>私たちの日常は、想像以上に</p><p>自己防衛反応で動いているものです。</p><p>それは完璧主義だったり、罪悪感や不安だったり、</p><p>苛立ちであったり過剰な優しさであったり</p><p>いろいろな形をとります。</p><p>これらは、みなノイズです。</p><p>&nbsp;</p><p>心を落ち着かせ、ノイズを下げると</p><p>共感の感性は、自然と現れてきます。</p><p>「努力」「がんばり」では達成できません。</p><p>ハコミ・セラピーの講師からは、</p><p>「努力を今の80%にしてください」と</p><p>よく言われました。</p><p>&nbsp;</p><p>私は教育機関で、人相手の仕事をしています。</p><p>注意するのは、自分の感じているのが</p><p>「共感」なのか「反応」なのか、の区別です。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば「この人冷たそうだな」「カワイイな」などと思ったら</p><p>それは「反応」で、自己防衛本能から来ています。</p><p>でもボワーッと、「何か気ぜわしいような・・・」などと</p><p>通奏低音のように聴こえる何かがあると、</p><p>「共感」からくる感じであることが多いです。</p><p>これを感じるためには、自分の心が落ち着く必要があります。</p><p>&nbsp;</p><p>部屋のエアコンを誰かが消したとき、</p><p>急に静かになって、「ああ、今までエアコンの音がしてたんだ」と</p><p>気づくことはないでしょうか？</p><p>ノイズが下がり、共感を感じられる瞬間は、</p><p>これとよく似ています。</p><p>&nbsp;</p><p>最近、よく知られてきた「マインドフルネス」は</p><p>ノイズを下げる習慣をつけるのに、とても効果的です。</p><p>マインドフルネスのことは、また改めて書きたく思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/littlebear-2021/entry-12670523166.html</link>
<pubDate>Sat, 24 Apr 2021 22:14:43 +0900</pubDate>
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<title>ロマンティックであれ</title>
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<![CDATA[ <p>中年になり職場でもシニアな層に入りました。</p><p>50を過ぎますと体力も目立って落ちてきます。</p><p>何か「寄る辺なさ」を感じる毎日です。</p><p>仕事では自信があるふりをして判断などするのに</p><p>この心細さはどうしたことか。</p><p>&nbsp;</p><p>どうがんばってもカッコよくはならない、と</p><p>自然体になるのは悪くないですが、</p><p>少しは反撃したくもなってきます。</p><p>&nbsp;</p><p>それで・・・</p><p>ロマンティックさを持つのって、大事だと思うのです。</p><p>これは、恋愛ばかりではないのです。</p><p>若い人の特権でもありません。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、ヨハネス・ブラームス。</p><p>相当なイケメンで、才能に恵まれた大作曲家だったのに</p><p>生涯を独身で過ごしつつ、</p><p>ピアニストのクララ・シューマンに思慕を抱き続けました。</p><p>恩人であったロベルト・シューマンの妻を</p><p>ロベルトが精神を病み亡くなった後も、支え続け、</p><p>その子供たちや家計の面倒まで見たそうです。</p><p>でも、ついに結婚することはありませんでした。</p><p>ブラームスの音楽は屈折している、といわれますが</p><p>堅固な構成のなかに、優しさや情熱がたたえられています。</p><p>&nbsp;</p><p>ロマンティックはもともと、歴史と深みを持っています。</p><p>音楽でいえばモーツアルトやベートーヴェンより</p><p>ちょっと病んだもの、退廃的なものが入ってきた時代。</p><p>青年期特有の悩みや屈折に語りかけてくるので</p><p>私は大学時代に、「ドイツ・ロマン派」に親しむようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>仕事や家庭で忙しい日常ではありますが</p><p>美しいものに触れたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>プルーストの「失われた時を求めて」を完読するのを</p><p>20代のころから目標にしていたのですが、</p><p>48歳のときに挑戦し、1年8か月かけて読了しました。</p><p>物語に織り込まれた様々な時代背景、</p><p>音楽や服装への言及、洗練と偽善にあふれた社交界。</p><p>重層的に折り重なる印象や記憶を、作者とともに歩む</p><p>とても贅沢な時間でした。</p><p>もっと時代背景を勉強して、また読み返したいです。</p><p>&nbsp;</p><p>やりたいことは、たくさんあるのです。</p><p>リルケの「ドゥイノの悲歌」を、誰かと一緒に読みたい。</p><p>本居宣長のように「源氏物語」を味読し、「もののあはれ」を聴き取りたい。</p><p>&nbsp;</p><p>フランスにあるテゼ修道会を尋ね、音楽あふれる礼拝に参加したい。</p><p>画家アンリ・マチスが南仏に建てたチャペルに行ってみたい。</p><p>&nbsp;</p><p>スペインの巡礼の道を歩いてみたい。</p><p>絵心のある人と一緒に、きれいな絵本を作ってみたい。</p><p>&nbsp;</p><p>ロマンティックの泉は尽きません。</p><p>どなたかご一緒しませんか？</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/littlebear-2021/entry-12669335298.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Apr 2021 20:28:42 +0900</pubDate>
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<title>詩は「ことば病」を癒す</title>
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<![CDATA[ <p>最近、やたらと気疲れします。</p><p>胸のあたりに苦い酸のようなものがあって</p><p>内部から臓腑を侵食されている感じ。</p><p>頭の右側には鈍重な「かたまり」があって</p><p>考えもフィーリングも塞いでしまい、何も考えだせないので、</p><p>選択したり決めたり、を迫られるのがとても苦痛です。</p><p>&nbsp;</p><p>ときどき、このような状態に陥るのですが</p><p>だいたい、茫洋とした不安が背景にあります。</p><p>それも「人に～と思われる」ことが怖い、のたぐいです。</p><p>自分の中に不安があるのではなく、黒い霧のようなものに</p><p>気がつくとすっぽり包まれていた、という感じです。</p><p>&nbsp;</p><p>心理学によりますと、大人はだれしも&nbsp;</p><p>"Belief System" 「思い込み」を持っています。</p><p>私の場合、不器用さがトラブルを生むことが多かったので</p><p>「自分はいつ失敗して、人に迷惑をかけているか分からない」</p><p>「根本的に欠陥があって、いつかは見破られ、社会からドロップアウトする」</p><p>などを信じてしまっているようです。</p><p>「思い込み」は地雷なようなもので、</p><p>ちょっとしたきっかけで「発動」されてしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、「思い込み」は、必ず言語で組み立てられています。</p><p>言語には、あらかじめ論理構造が組み込まれているので、</p><p>誰でも気になることは、徹底的に論理でつきつめようとします。</p><p>人間より言語が先にいって、暴走してしまうのです。</p><p>しかも「思い込み」は無意識まで染めてしまうので</p><p>茫洋とした「気分」に変化し、存在にすら気がつかなくなります。</p><p>&nbsp;</p><p>また個々の単語は、AからBを区別するようになっています。</p><p>「机」と「花」を区別するくらいなら誰にも異論はありませんが</p><p>「差別」「社会的正義」などがテーマになりますと、</p><p>概念 vs. 概念の争いになります。</p><p>分離や分断は言語の構造上、必然的に生まれるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>長年、不安やストレスと向き合ってきて、</p><p>「ことば」が、大きな要因となっていることが分かってきました。</p><p>もちろん、言語を廃止せよといっているのではありません。</p><p>でも言語の乱用は、病的なストレスにつながるように思います。</p><p>便利だけど、麻薬と同じで、中毒のようになってしまう。</p><p>「ことば病」は、現代人に共通なものではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで・・・</p><p>詩が、とても大事なものだと気がつきました。</p><p>詩は、世間的・論理的な言葉の使い方ではありません。</p><p>主張を押し付けることもしません。</p><p>「あなた」と「わたし」を包み、</p><p>共通のスペースにおいてくれるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>次の詩は、アメリカの詩人ユーセフ・コマンヤーカ（Yusef Komunyakaa）が書いた</p><p>「父の歌」(Songs of My Father) の一部です。</p><p>黒人としてアメリカ南部に育った彼は、</p><p>父親のことを長い詩に書きました。</p><p>&nbsp;</p><p>下に抜粋したのは、父親が赤い自転車に子供の自分を乗せ、</p><p>農道を走ったときのことを描いたものです。</p><p>（下手な拙訳で失礼します。）</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-style:italic;">あの日、通り過ぎる車のボンネットから日光が照り返し</span></p><p><span style="font-style:italic;">熱気と臭い排気ガスが、竜の雄叫びのように</span></p><p><span style="font-style:italic;">俺たちをかすめ、自転車を揺らした。</span></p><p><span style="font-style:italic;">でもあんたは、咲き誇るハナミズキの花のなか</span></p><p><span style="font-style:italic;">血の一筋のように、俺を乗せて漕いでいったのだ。</span></p><p>&nbsp;</p><p>詩では全体に、粗暴であった父親の姿が描かれるのですが、</p><p>この部分では、人種差別の社会で荒波にもまれながら</p><p>家族を守る、お父さんの姿が浮かび出てきます。</p><p>そばを行き交う車に押されながら、</p><p>子供を乗せて、赤い自転車を力強く漕ぎ、</p><p>「血の一筋のように」</p><p>ハナミズキの白い花のなかを進んでゆく。</p><p>とても美しい一節だと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>私はこの詩を、アメリカ南部出身の友人と読みました。</p><p>彼は白人でした。その彼と日本人の私が、アメリカ黒人の体験を</p><p>詩を通して共有する、その時間は特別なものでした。</p><p>&nbsp;</p><p>仏教学者としてアメリカで活躍した鈴木大拙が、</p><p>「「詩」の世界を見るべし」とのエッセイを書いています。</p><p>そのなかで彼は、フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユによる</p><p>「労働者に必要なのは、詩だ」との言葉を引用しつつ、</p><p>次のように述べます。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-style:italic;">それを、労働者が手を動かし、足を動かすということと関連づけて、</span></p><p><span style="font-style:italic;">そこにポエジイを見ることができたら、まあ、労働者は助かるですね。</span></p><p>&nbsp;</p><p>自分のなかにある「思い込み」</p><p>他人との間にある「分断」</p><p>これらを乗り越えるのは、詩です。</p><p>&nbsp;</p><p>およそ義務や責任ばかりの仕事の毎日でも、</p><p>詩の心で見ることで、生命力が萌え出てきます。</p><p>&nbsp;</p><p>わたしたちに本当に必要なのは、</p><p>情報でもテクノロジーでもなく、</p><p>「詩」なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/littlebear-2021/entry-12667305513.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Apr 2021 11:40:45 +0900</pubDate>
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<title>古き良きゴガクの時代</title>
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<![CDATA[ <p>私には妙なクセがありまして、</p><p>いちばん興味のあるものを、大学の専攻とか仕事の専門にできないのです。</p><p>なにか正式なタイトルがついた瞬間、頭がカタくなってしまって</p><p>素敵なものが変質してしまう、と無意識に感じるようです。</p><p>&nbsp;</p><p>その最たるものが語学です。</p><p>英語以外にドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語を学んできました。</p><p>英語は大学院留学を果たし、いちおう仕事でも使いますが</p><p>他の言語は、実利に結びつけたことがありません。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、ドイツ語とフランス語では小説など自由に読めますし</p><p>ロシア語とスペイン語も文法は固めているので、</p><p>辞書があれば解読できます。</p><p>それでも通訳、翻訳、先生など、</p><p>語学を全面に出して仕事をしたことはないです。</p><p>&nbsp;</p><p>語学にハマったきっかけですが・・・</p><p>高校が私立で、大学へエスカレーター進学できたので、</p><p>受験勉強がいりませんでした。</p><p>高校3年になって運動部を引退し、</p><p>何かやりたいと思い、選択授業の第2外国語をとろうと思いました。</p><p>本当は中国語をやりたかったのですが、それはなく、</p><p>ドイツ語とフランス語しかありませんでした。</p><p>迷ったあげく、両方とることにしてしまったのです。</p><p>おそらく高校でも前例がなかったと思います。</p><p>それから、語学との長い付き合いが始まりました。</p><p>&nbsp;</p><p>ということで、全く専門家ではありませんが</p><p>自分なりに、外国語学習について分かったことを書いておきます。</p><p>&nbsp;</p><p>新しい外国語の学習には「離陸期」があります。</p><p>飛行機が飛び立つときには、ガーッと圧力がかかりますね。</p><p>同じように、語学も発音・基礎文法と2000語くらいの基礎ボキャブラリーは</p><p>集中的に勉強したほうがよいです。</p><p>「継続は力なり」より「集中は力なり」です。</p><p>&nbsp;</p><p>ロシア語とスペイン語は独学したのですが</p><p>ロシア語は6か月、スペイン語は1か月で文法を仕上げました。</p><p>毎日、5時間は勉強したと思います。</p><p>できるだけ、6か月以内に、ここまでのレベルに持っていったほうがいいです。</p><p>&nbsp;</p><p>なぜ集中的にやるか？</p><p>言語には、「構造」があるからです。</p><p>2年も3年もかけてしまうと、文法の「構造」が見えなくなります。</p><p>私は視覚的に考えるほうですが</p><p>例えばドイツ語やロシア語の格変化、フランス語の動詞の変化などは</p><p>頭の中に表を出して、使う部分にスポットライトを当てるイメージをします。</p><p>そのような把握は、全体像が見えていないとできません。</p><p>6か月以内に文法を終えると、全体像が見えやすいのです。</p><p>ここまでが離陸期。</p><p>&nbsp;</p><p>その後は「上昇期」で、目指すは新聞が読める程度。</p><p>「慣れ」と「ボキャブラリー」がテーマです。</p><p>文法は、基礎知識がすでにありますから</p><p>読んだり書いたり聴いたりして、文章の構造に「慣れる」こと。</p><p>&nbsp;</p><p>ボキャブラリーについても書きますね。</p><p>新聞を読むには、1万語くらい必要です。</p><p>1万語、って大変に思えますが</p><p>大学受験の英語は、3,000-4,000語くらいのレベルです。</p><p>そこまでは、対訳本などを読んでいると結構、身に付きます。</p><p>ドイツ語を勉強したときは、大学の図書館にこもり、</p><p>児童文学作家エーリヒ・ケストナーの作品10冊くらいを</p><p>日本語訳とつきあわせて読みました。</p><p>&nbsp;</p><p>これを、さらに1万語レベルに上げるには？</p><p>私は、「奇跡の英単語」で一世を風靡した長崎玄弥先生が</p><p>著書に書いておられた方式を実行しました。</p><p>次のやり方です。</p><p>&nbsp;</p><p>1) 5,000-6,000くらいの中学生向け辞書または単語集と、色付きのマーカーを用意します。</p><p>&nbsp;</p><p>2) マーカーを使って、分かる単語は横線で消し、見たことはあるが分からない単語には点をつけます。</p><p>最後のページまでこれをやります。</p><p>&nbsp;</p><p>2) 2回目は点のついた単語だけ見てゆきます。</p><p>覚えた単語には横線を引いてゆき、まだ覚えていない単語はそのままにします。</p><p>&nbsp;</p><p>3) 3回、4回と繰り返すと、点のついた単語をぜんぶ線で消せます。</p><p>&nbsp;</p><p>4) そうしたら別の色のマーカーを使い、今度はページ毎に1単語ずつだけ、覚えたい単語に点をつけてゆきます。</p><p>最後のページまでこれをしたら、最初のページに戻り、</p><p>新しく点をつけた単語を見てゆきます。</p><p>これを何度も繰り返し、全部に線を引けるまでやります。</p><p>&nbsp;</p><p>5) あらたにページ1単語ずつ、4)の作業をやります。マーカーの色は変えても変えなくてもよいです。</p><p>　これを繰り返すと、やがてこの辞書（または単語集）を「つぶす」ことができます。</p><p>&nbsp;</p><p>6) そうしたら、もっと語彙数の多い辞書を選び、1)-5)の作業をします。</p><p>&nbsp;</p><p>英語では、1冊目に5,000語の単語集、2冊目は8,000語の中学生向け辞書、</p><p>3冊目は10,000語の中学生向け辞書をつぶしました。</p><p>このくらいの語彙があると、新聞はだいたい読めるようになります。</p><p>同時にアルク社の「ヒヤリングマラソン」、続いて「タイムマラソン」をやったので</p><p>1年半くらいの間に、英語力は飛躍的に伸びました。</p><p>&nbsp;</p><p>ドイツ語とフランス語でも同様のことをして、</p><p>どちらも最後には、1万語の辞書をつぶしました。</p><p>その後は、辞書を引きながら、</p><p>原書の文学作品をひたすら読んでいました。</p><p>&nbsp;</p><p>英語でも他の言葉でも、3,000語くらいのボキャブラリーがある人は、</p><p>書いて覚えるのはやめたほうがいいです。要領がよくありませんから。</p><p>読んでわかればよい。</p><p>それも「10の単語を見て10個全部を覚える」のではなくて</p><p>「100の単語を見て90を忘れる」がベターです。</p><p>時々の関心によって、記憶に引っかかる単語は変わってゆきます。</p><p>できるだけ、自然な記憶に任せたほうがよいのです。</p><p>&nbsp;</p><p>このやり方の優れているのは、</p><p>単語と単語の間の関係が見えてくることです。</p><p>例えばinformationは日本語に入っているので</p><p>すぐわかりますね。</p><p>辞書で、その近くにあるinform（知らせる）、informative（知識を与える）や</p><p>Informer （密告者）、または反語のmisinform（誤った情報を伝える）が</p><p>関係していることは、すぐ察しがつきます。</p><p>そうして、一つの単語をきっかけにして</p><p>5語くらいが、芋づる式に頭に入ります。</p><p>&nbsp;</p><p>どうしても覚えにくい単語はあるものでして</p><p>英語なら ingenious （発明の才に富む）とingenuous（無邪気な）の違いは、</p><p>何度見ても、なかなか覚えられませんでした。</p><p>でもそのような単語は、ふるいに残る小麦粉のタマのようなもので</p><p>ごく一部です。</p><p>&nbsp;</p><p>「上昇期」まで終えた人は、「安定期」に入ります。</p><p>飛行機なら、急上昇を終わり、シートベルトを外してよい時です。</p><p>あとは仕事をしながらの合間でも、</p><p>雑誌や本を原書で読む、ナチュラルスピードでヒヤリングをする、</p><p>などの習慣的な勉強で、自然と語学力が伸びてゆきます。</p><p>この段階では、その外国語は楽しくなっているので、</p><p>苦痛な「勉強」ではなくなっているはずです。</p><p>&nbsp;</p><p>英語以外の新しい言語を学ばれる方は、</p><p>少なくとも「離陸期」、できれば「上昇期」まで終えることをお勧めします。</p><p>ここまで来ると、いったんその外国語から離れても</p><p>知識が抜けません。体系化された知識だからです。</p><p>&nbsp;</p><p>私はこれを内心、「知識の冷凍保存」と呼んでいました。</p><p>英語以外の言語は、仕事で使う見込みはなかったので、</p><p>大学にいるうちに「離陸期」か「上昇期」までは達成して</p><p>あとは「冷凍保存」しようと決めていたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>逆に言うと、どちらも達成しない旅行会話などを学ぶのは、</p><p>時間がもったいないと思います。</p><p>断片的な知識で、すぐ忘れてしまうからです。<br>&nbsp;</p><p>私の場合、フランス語には10年間、触れなかったのですが</p><p>30台始めに、シェアハウスでフランス人数人と同居することになり</p><p>興味がこうじて、再び勉強しました。</p><p>上級ヒヤリング教材でシャドーイングをしたら、</p><p>半年くらいで一対一の会話はこなせるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>ロシア語に至っては、25年間もほっておいたのですが</p><p>5年ほど前から、仕事のかたわら対訳本を読んで、</p><p>勉強を再開しています。</p><p>50を過ぎてもボキャブラリーが伸びるのがわかり、嬉しいです。</p><p>&nbsp;</p><p>私が大学生だった1980年代後半は、</p><p>けっこう味のある参考書がたくさんあったものです。</p><p>上に引用した長崎玄弥先生、ドイツ語の大学者・関口存男先生、</p><p>「20か国語ペラペラ」を著した種田輝豊氏などから、</p><p>私はインスピレーションを受けました。</p><p>&nbsp;</p><p>最近は、英語が強くなりすぎて、書店でも</p><p>他の外国語のコーナーが寂しいです。</p><p>振り返ると、私が外国語に没頭した当時は、</p><p>古き良き時代だったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/littlebear-2021/entry-12665056451.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Mar 2021 12:45:57 +0900</pubDate>
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<title>マイ武士道「シャンバラ勇者の道」</title>
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<![CDATA[ <p>以前にチベット出身の仏教指導者</p><p>チョギャム・トルンパのことを書きましたが</p><p>今回もそのことで。</p><p>&nbsp;</p><p>幸いにしてトルンパは、多くの著書を残しています。</p><p>といっても、自ら書いたわけではなく、</p><p>彼のセッションを弟子たちが録音し、書き起こしたものです。</p><p>そのなかでも主著といえるのが、自己修養の書</p><p>"Shambhala: The Sacred Path of the Warrior"です。</p><p>「シャンバラ - 勇者の道」（出版社：めるくまーる）という題名で、</p><p>和訳されています。</p><p>私は留学中に、授業の教材として触れましたので</p><p>英語版に親しんでいます。</p><p>&nbsp;</p><p>このWarriorという言葉、</p><p>「勇気ある人」を意味するチベット語が</p><p>元になっています。</p><p>だから和訳も「勇者」なのですが、</p><p>私はわりと「戦う人」Warriorという訳語が好きです。</p><p>&nbsp;</p><p>トルンパの弟子であったアメリカ人の先生に言わせると</p><p>日本語では「武士」が、本当は一番近いのだそうです。</p><p>あまりにも昔のサムライのイメージなので</p><p>訳語にあてられなかったでしょうが。</p><p>&nbsp;</p><p>ともかくも「シャンバラ勇者の道」は、仏教をベースにした</p><p>現代人向けの「武士道」と呼んでも</p><p>差し支えないものと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>トルンパという人は20歳くらいから英語を学んだのですが</p><p>英語の達人で、言葉の使い方が大変に巧みでした。</p><p>晩年にはアメリカ人に対し、英語の発音法を</p><p>教えていたそうです。</p><p>そのような人ですから、「シャンバラ勇者の道」には</p><p>「おやっ」と思えるような言い回しが多いです。</p><p>&nbsp;</p><p>Warriorも、「相手を打ち負かす強い人」ではありません。</p><p>瞑想を通じて、じかに自分自身と世界を刻々と体験し、</p><p>そのなかを浸透している善さ、健全さに気づくこと。</p><p>無意識の不安や逃げを直視し、</p><p>覆い隠されていた、感じやすく傷つきやすい心に気づくこと。</p><p>その気づきが、真に勇気あるWarriorの誕生なのだと</p><p>トルンパは言います。</p><p>&nbsp;</p><p>こうして、自分自身との向き合いから説き起こし、</p><p>生活をエレガントにすること、</p><p>社会に良い影響をもたらすこと、</p><p>リーダーシップの取り方に至るまで、</p><p>人生で大事なことが、全てといっていいくらい</p><p>この本に書かれています。</p><p>&nbsp;</p><p>もし、この本にご興味がおありでしたら、</p><p>読むだけではなく、オーディオ教材を並行して使用し、</p><p>また「マインドフルネス」など、</p><p>瞑想をすることをお勧めします。</p><p>&nbsp;</p><p>教材について。</p><p>英語になってしまいますが、</p><p>トルンパの直弟子であるペマ・チョードロン（Pema Chodron)のオーディオブックは、</p><p>大変すぐれたものです。</p><p>あと私は使用していませんが、"Shanbhala Warrior Training"とのタイトルで</p><p>いくつかオーディオブックが出ています。</p><p>&nbsp;</p><p>「かんもく」の私は、昔から恐怖感がとても強く</p><p>臆病者とみられないよう、とても気を張っていました。</p><p>でも、ビクビクも感じすぎる心も、トルンパによれば、</p><p>生え始めたばかりの鹿の角のようなもの、だそうです。</p><p>最初は、「なぜ自分にこんな恥ずかしいものがあるのか」と思いますが</p><p>角が成長し固くなるに従い、「そもそも、これは自分にあるべきものだ」</p><p>と気づく。それがWarriorの成長なのだと。</p><p>&nbsp;</p><p>だとすれば、私が小心者なのは、</p><p>あながち悪いことではありません。</p><p>世が美しくあり、少しだけ人のお役に立てれば、</p><p>充分、生きていてよかった、と思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/littlebear-2021/entry-12663541715.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Mar 2021 19:04:48 +0900</pubDate>
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<title>デフォルトの男</title>
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<![CDATA[ <p>森喜朗さんの発言が女性蔑視として問題になり</p><p>東京五輪・パラリンピック組織委員会会長を辞任するに至ったのは</p><p>まだ記憶に新しいところです。</p><p>&nbsp;</p><p>私はどんな理由であれ、バッシングが好きではないので、</p><p>発言そのものについての意見は控えます。</p><p>でも、テレビで森さんがインタビューに答えておられるのを見て</p><p>私は次の疑問を抱きました。</p><p>&nbsp;</p><p>自分は男性である、という前提があって</p><p>「女性理事がたくさん入っている理事会は時間がかかります」</p><p>との発言があった。</p><p>でも、自分が男であることに、どうしてそこまで確信が持てるのか？</p><p>&nbsp;</p><p>ふざけているわけではありません。</p><p>森さんはどう見ても男に見えますし、</p><p>男性的なガッツがあったから、様々な要職を占めるに至ったのでしょう。</p><p>だけれど、内面で自分のことをどう感じているかは、別のことです。</p><p>もちろん、何の疑問もないのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>私は40歳のとき、アメリカのカリフォルニアで</p><p>「ビジョン・クエスト」というプログラムに参加しました。</p><p>人生の転換点にある人たちが参加し、将来への方向性を得るため、</p><p>一種のイニシエーションとして、自分のための「儀式」をします。</p><p>2人のガイドと一緒に2週間、山の中でキャンプをしますが、</p><p>そのうち4日間はそれぞれ一人で過ごし、断食します。</p><p>4日間のあいだに、自分で考えた「儀式」をするのです。</p><p>&nbsp;</p><p>「儀式」をする数日前、他の参加者と一緒にキャンプをしているとき、</p><p>私はこんな夢を見ました。</p><p>自分は15歳の娘になっていて、老いた母を支えるため、</p><p>宿屋で住み込みの仕事をしています。</p><p>たぶん大正時代くらいで、そんな少女が珍しくなかった時代のことです。</p><p>そのうち母が訪ねてくることになり、</p><p>私は「カモシカうどん」を作って、母に食べさせるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>その夢が私の日常をゆるがすことはなく、</p><p>今日まで、私は普通の「男」として生きてきました。</p><p>50を超えた今は、まぎれもないオジサンです。</p><p>だけれど、あの夢を思い出すと、不思議な気持ちになります。</p><p>このとき私は、自分が15歳の少女であることに、</p><p>何の疑問も持っていませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>思い返してみると、私は「男っぽい」ところがない少年でした。</p><p>女装すれば女性に見えるような中性的な顔でしたし、</p><p>野球、スーパーカーやプラモデル（時代が古いですね）、</p><p>プロレスや戦隊ものに全く興味がなく</p><p>美しいもの、綺麗なものが好きなほうでした。</p><p>正直、「カッコいい」より「綺麗」と言われたかったです。</p><p>20歳くらいまでは、男性を好きになることもありました。</p><p>これらのことを恥ずかしく思って、必死に隠していました。</p><p>&nbsp;</p><p>社会人になって、男性中心のサラリーマン社会に入ると、</p><p>どうしても違和感があって、自分が宇宙人みたいに思えてくるのです。</p><p>会社の新人研修で、みんなで拳をあげて「オーッ」なんて言ったり、</p><p>プロ野球の話になったり、女の子の話になったりすると</p><p>無理して話に合わせようとしている自分がいました。</p><p>そんな時期を過ごしつつ、徐々に日本のどこにでもいるような</p><p>普通のオジサンになった気がします。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、外から男として見られることは受け入れるのですが</p><p>内面で「男」を実感することが、あまりないのです。</p><p>かといって女性はすごく違うし、到底なれないと思います。</p><p>女性でないから、デフォルトで男をやっている、という感じです。</p><p>&nbsp;</p><p>性的アイデンティティーは人間の根本的なことですから</p><p>デフォルトの男であることは、無意識に不安定感を生んできました。</p><p>職場で上司として、家庭で父親として振る舞うとき</p><p>自分が「充分に男でない」と感じてしまい、</p><p>外からのイメージに合わせようとしてしまうのです。</p><p>でも、何かの「フリ」をするのは、絶対にうまくゆかないものです。</p><p>それで、森喜朗さんの発言を聞いたときの、上の疑問になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>ゲイ、レスビアン、トランスジェンダーなどの性的マイノリティーで、</p><p>カミングアウトを経て、自分にプライドを持つようになった方々を見ると</p><p>とても励まされます。</p><p>外より刷り込まれた「男」からは、そろそろ自由になりたい、</p><p>自由になれるのだ、と思うようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>そうしたら、自分は誰に、何になるのか？</p><p>その答えは、まだ出ていません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/littlebear-2021/entry-12662114673.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Mar 2021 15:56:09 +0900</pubDate>
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