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<title>激安ブランド市場のブログ</title>
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<title>服がファッションメディアをにぎわわせているのも</title>
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<![CDATA[ <p> </p><p>小規模の会社にも、伸び盛りのところが少なからずありますし、人材に対して柔軟な姿勢を持っています。これから転職してフアッションの仕事につこうと考えるなら、会社選びのポイントとしては、小さい優良企業を。「とらばーゆ」や「サリダ」などでは、定期的にフアツションの仕事の特集をしているので、ぜひそうした観点からチエックしてください。</p><br><br><p>常に数多く（ココティエ」の服がファッションメディアをにぎわわせているのも、そんな小林さんのセレクトが支持されているからこそ。「質のいい上級ヴィンテージウエアを買いつけることで、刺激的なスタイリストのかたたちや、尊敬できるスタッフといっしょに、今の時代の『ココティエ」らしいヴィンテージフアッションを形にしていきたいですね。大胆にチャンスを生かし、謙虚に積み重ねて、『ココティエ一スタイルを作っていきたいと思っています」</p><br><br><br><p>● やり直しは早いうちに考えよう異業種からフアツションの仕事についている人の場合、だいたい二十代半ばで転機を迎えています。すぐに転職をして目標に近づいていく人もいますし、働きながらスクール通いをして、実力をつけている人もいます。すぐに転職するようでは、どこでも長続きしない、とは限りません。</p><br><br><p>● 賢い会社選びのポイント咳「大より小」バプルの頃の考え方だと、大きい会社に入ることがステイタスでした。けれど、実際に女性が頑張ろうとしても、大きい会社は男社会の場合が多く、実力重視といっても経歴偏重だったりします。一般的に言って、女性がチャンスをつかむのに、大きい会社ばかりをねらうのは得策ではありません。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/lkrewmnxvb/entry-11328963525.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Aug 2012 11:48:01 +0900</pubDate>
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<title>イデーでの経験で意識するようになった</title>
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<![CDATA[ <br><p>  94年8月帰国。この時、小林さんは再びインテリアの世界へ進むのではなく、すでに気持ちはフアッションに傾いていました。また、パリから戻ったばかりの「新たな自分」のポジションで、何かをやろうという気持ちが心をとらえてもいました。</p><br><p><br>  ところで、パリ留学は最初1年の予定でしたが、1年暮らしてみて、小林さんはもう少しここでさまざまなものを見てみたいと感じるようになり、9カ月の延長<a href="http://www.vivi-brand.com/cartier/" target="_blank">カルティエコピー</a>をします。さらに異文化を求めて、パリを拠点に数多くの旅行を体験し、イデーでの経験で意識するようになった「真の豊かさ」を実感。テントと鍋をしょって、モロツコやエジプトへも行きました。</p><br><br><p>「ヴィンテージウエアは、好きな人にゆっくり見てもらいたいので、人通りのある表通りより、静かな裏通りのほうが理想でした。まさにそうした物件でした。</p><br><br><p>　空は晴れているのに、高い木立に遮りれて光が地上まで届かない。ひんやり湿って、うっすらと暗い寺の境内におびただしい数の露店が立っている。露店といっても祭りの日の屋台とは違い、玉じゃりの上にじかにシートや布を敷いて品物を並べただけの簡単なものだ。ハンガーに無造作にかけられ、色とりどりの滝のように流れ落ちる幾枚ものきもの。黒<a href="http://www.vivi-brand.com/cartier/" target="_blank">カルティエアウトレット</a>く煤けた鉄の古道具。茶色の職鰹に重ねて入れられた、小さな蘇蹴。日本^形。そして器たちー。</p><br><p><br>  京都西九条の東寺で毎月開かれるというこの市に、念願かなってやって来たのはミラノから帰ってきた年の春のことである。日本の古いものがごちゃごちゃと並べられた、ちよつと獄滅な感じすらあるこの市が、私には像かしくもあり、また珍しくもあって、いつしか夢中になって店を巡っていた。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/lkrewmnxvb/entry-11328125961.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Aug 2012 11:09:06 +0900</pubDate>
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<title>そんな女の子の一人でした</title>
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<![CDATA[ <p>でもそれは、会社員よりもスタイリストよりも『収入が低い』道になりかねない。ライバルはすごくたくさんいて、仕事の数とギャラは少ないんですから。だから、そのライターのアシスタントになるなんて無謀です。それは強調したいですね」</p><br><p><br>フアツションセンスこそ共通言語<br>  流行の服をフアッションメーカーのプレスから集め、センスよくコーディネートし、雑誌のファッションページを作り上げる。7l年に「anan」や「non•no」などの、フアッション雑誌が登場した頃から、プロのファッションスタイリストが登場し、活躍し始めました。まだ数少なかったスタイリストたちは、今でいう「カリスマ性」を持った存在で、おしゃれな女の子たちのあこがれの的。押田さんも、そんな女の子の一人でした。</p><br><br><p>  日置さんはl0年以上のキャリアの中で、ポール•スミス、ジャン•ボール•ゴルティエ、トム•フォードなど多くの一流デザイナーのインタビューをこなし、また外国のファッション関係者とも多彩な親交があります。</p><br><p><br>「コレクションはいい時と悪い時があるんです。親しすぎると、そのへんを客観的に論じにくくなる。インテリアなど、私生活の取材もおもしろいんですが、その人の本質はなんといっても作品自体に出ていますよね」<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/lkrewmnxvb/entry-11325682223.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Aug 2012 12:16:46 +0900</pubDate>
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<title>最悪」をやるしかない</title>
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<![CDATA[ <p>　　どんなひんしゅく物のファッションに身を包んでも、趣味のワン•オプ•ゼムへと回収される。なにをしてもいつも先まわりされている。だったらもう、「最悪」をやるしかない。で、悪趣味な色づかい、下手なコーディネーション、不健康メイクというわけだ。これ、おしゃれにいっさい無縁な人の服装と紙一重なところが、なかなかアプナイ。</p><p><br>　　けれども、そういう悪趣味な服やメイクのあいだからのぞく身体は、つるつる、さらさら。とても清潔感がある。そのアンバランスがまたちよっと不気味。</p><p><br>これまで、いつもからだを加エしないでいることはなかった。髪を切ったり、新生児の間に形を整えるために頭部を板で挟んで固定したり、顔のいくつかの部分を彩色したり、プラジャーで乳房を持ちあげたり、コルセットで腰を絞りこんだりー十九世紀の踊り子のなかには、細いウエストをつくりあげるために、肋骨を何本か手術で取り除いたものもいるー、ハイヒールで足の形を紡錘形に歪めたり、ときには皮膚に軟削をほどこしたり……。</p><br><p>つまり、ファツションのためにからだのパーツを変形するなんて平気でやってきたわけで、その意味ではピアッシングなんてかわいいものだ。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/lkrewmnxvb/entry-11324010749.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Aug 2012 12:29:02 +0900</pubDate>
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<title>水際を全面的にコンクリート</title>
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<![CDATA[ <p>  際というのは、危うい場所である。異物と触れるところ、じぶんがじぶんでなくなりだすところだからだ。しかしそれはまた、エネルギーが異様に充満しているところでもある。水際は植物がもっとも勢いよく生える場所で、だから防災のためとはいえ、水際を全面的にコンクリートで覆うのは、自然の生命の破壊であることはまちがいない。もっともわたしたちの食いものを見たらすぐにわかるように、ひとはひと以外の生命を日々殺し、裂き、</p><p><br>食することで生き長らえているわけだが。<br>  危うくかっ力の沸騰する場所という意味で、「駅がい」はすれすれの危ないところをさす。都市でいえば、場末や町はずれというのが、む<a href="http://www.vivi-brand.com/rolex/daytona/" target="_blank">ロレックスデイトナレプリカ</a>かしからそういう場所に当たっていた。<br>　家についていえば、敷居がそれにあたるのだろう。家族の内と外をきびしく分離する境界として横木が置かれている。それを踏もうものならかならずや崇りがあるといわれてきた。内と外がそこで分けられるところの敷居、それをかつては陽どいった。意識されるものと意識されないものの境を識闘というのも、そこからきている。</p><p><br>  そういえば、英語のクリティカルという言葉にもそういう意味がある。クリティカルというとふつう「批判的」と訳されるが、クリティカル・ピリオドといえば更年期だし、クリティカル・イルネスといえば重病を意味する。クリテイシズム（批判）が正当なものと不当なものを区別する行為を意味するのと同じように、生死がかかっている危機や天下分け目の重大時はクライシスという。ともに語源は同じなのだ。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/lkrewmnxvb/entry-11323228468.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Aug 2012 14:01:47 +0900</pubDate>
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<title>自分のクリェイティビティを売る</title>
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<![CDATA[ <p>   TUGBOATをクリェイティブェージェソシーと呼べない二番目は、アカウソトェグゼクティブやアカウソトプラソナーがやっばり必要ではないのか、という疑問だ。これは2l世紀に広告会社の営業がどんな木質機能を持っのかにつながる大事なテーマだよね。</p><br><br><p>クリェイティブディレク夕ーというのは、なんというか…自分のクリェイティビティを売る、という意味では、画家みたいなところもあるわけだよね。</p><br><br><p>とすると、間に画商がいて、アイデアや創造行為に値段をつけたり、それが価値があると説得したり、あるいは、ちょっと関係が悪くなったときに、お互いには会話ができなくても、それを間に立ってうまく調整するような人が必要な時もあるだろう。クライアソトだって「その案、嫌です」って本人に言いにくいわけでしょう?</p><br><p><br>  長くクライアソトとっき合うときに、ものをつくるクリェイ夕ーの立場と、もう一人クリェイ夕ーを選ぶ立場の二枚でいた方が、関係がより持続的になるんじゃないかいうことがあるのではないか?<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/lkrewmnxvb/entry-11318106689.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Aug 2012 12:43:33 +0900</pubDate>
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<title>誘惑の発火点</title>
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<![CDATA[ <p>  身体の教化、これが求められるのは、自然的なものをわたしたちの生存から消去することができないからである。身体という、&lt;わたし〉の可視的で物質的な存在、その抹消はそのまま&lt;わたし〉の死を意味する。とすれば〈肉〉の否定は、その消去、抹消によってではなく、その系統的な変形というかたちでしか遂行されえない。そしてその変形作業には、ふたたび可視的で物質的な手段が必要となる。別の意味次元への存在の変換は、物質的なものによって媒介されるのである。</p><br><br><p><br>  ところが物質的なものの作用はかならず別の作用を、あるいは反作用を連鎖的に惹きおこす。そしてこのことが、拘束という手法で身体に規範的に関わってゆくファッショソの運動のなかで、それが設定する一定の意味の枠のうちには回収できないような、ある別の意味の偶因的な発現を促してしまうのである。</p><br><br><br><p><br>身体を徹底的に締め上げることによって〈肉〉の沈黙を強要するコルセットは、皮肉にもその表面に逆の効果をも及ぼしてしまう。たとえば輪郭線、コルセットは極細のウニストを作り上げることによって、反比例的に、胸部と瞥部を異様に豊満に見せる。授乳と生殖?妊娠といった自然的営みを想い起こさせる身体部位が強調される。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/lkrewmnxvb/entry-11310518122.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Jul 2012 11:29:34 +0900</pubDate>
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<title>ボディ?ボリティックス</title>
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<![CDATA[ <p>  高層住宅のヴェラソダに立って、あるいは断崖の先端に歩みよって、吹き上げる風にあおられながら、おそるおそる下方をのぞきこむ。瞬間、背すじを冷気が走りぬける。毛細血管が真空になって、頭が庫れる。脚が震える。ふと、何ものかが耳もとで嚇くーここから飛び降りる勇気があるか?まなざしが下方に吸いよせられ、固定される。</p><br><br><p>自殺なんて考えたこともないひとが、一瞬思いつめたような面もちになる。何かの予感に金縛りになっているかのように。恐怖の感情は、わたしたちの秘かな落下願望を塞ぎとめ、凍結する防衛線であるどころか、逆に、その願望が怪しく赤きだすようにけしかける。こわいこと、恐しいことがとり愚いて離れなくなるのだ。</p><br><p><br>  あるいは、あられもない姿を人目にさらし、まわりの視線をいやという投ど感じて、すぐにでもその場から身を隠したいのに、そんな気持ちと裏腹に、焦り、慌てふためき、おろおろするばかりで、動きがまったくとれなくなってしまうとき。心臓がいきなりのたうち、血液が逆流し、皮膚の間際まで洪水のように押しよせ、身体の表面が恥ずかしさで文字どおりまっ赤に染め上がる。</p><br><br><p>顔がこわばり、手足がひきつる。そこでその場をなんとか取り繕おうと次の動作に移るものの、筋肉が座傘し、取ってつけたような仕草になって、動作全体が余計にぎくしゃくしてしまう。うろたえて顔はますますほてり、それが他者の好奇の眼をさらに誘いこむことになる。「顔を赤らめることが隠したいとおもう途惑いを引き立たせてしまうように、含養はそれが鎮めなくてはならぬ欲情をたかめてしまう」<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/lkrewmnxvb/entry-11310517347.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Jul 2012 11:27:31 +0900</pubDate>
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<title>服がメインの方じゃないの</title>
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<![CDATA[ <p> 山田 多分、竹原が言ってるのは、服の方でしよ?後藤が言ってるのは高級皮革製品で、カバンとかでしよ。カバンは、多分ルイ?ヴィトンが先駆者利益を得てると思うんだ。で、竹原が言ってるプランドは、ディオールとかイヴ?サンローランとか、服がメインの方じゃないの。カバン主体っていうか皮革製品主体は、ヴィトンが一番最初だからっていうことだと思うんだけど。</p><br><p><br>  竹原 いや、ルイ?ヴィトンは会社できたのは最初だけど、その前、ヴィトン買う前からみんな他のものを知っていて……カバンでも。例えばその中のエルメスとかをヴィトンよりも前に知ってて、だから必ずしもそうなのかな、って思ったんだけど、後藤君の話を聞いていて。</p><br><p><br>  橋本  他のラグジュアリー?プランドを知ってたってこと？竹原うん。だからルイ?ヴィトンが日本にできる前から、（ブランド）プームが起きてたんじやないかなと。</p><br><p><br>  梅岡 プームについて言いますと、秦さんがはじめる前から、プームはあったんです。だから、例えば日本人旅行客とか並行輸入業者がパリのルイ?ヴィトンの店に行列するとかいう事態を受けて、ルイ?ヴィトンは、ルイ?ヴィトンジャパンを出した。</p><br><br><p>だからその前から日本人はルイ?ヴィトンを持っていたし、日本でも売っていたというのは確かにあると思います。で、他のプランドもあった。<br></p>
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<pubDate>Wed, 11 Jul 2012 12:01:14 +0900</pubDate>
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<title>マーク自体を受け入れるんだ</title>
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<![CDATA[ <p> 後藤 それはそうですけど、そうですね、ちよっと直感的な連想なんですけれども、でもこんな連想も面白いんじゃないかなという気持ちの発言なので……（苦笑）。</p><br><p><br>  橋本 僕はおばさんたちにたくさんイン夕ビューしたんですけど、何でルイ?ヴィトンのデザインが好きなんですかと聞いたとき、家紋って言葉はやっばり聞かれなかったんだよ。やっばりそこまで知識のある人は少なくて、「合わせやすい」とか「高級感がある色だから」っていうぐらい。消費者ってのはそこまで深く考えてなくて、やっばり薄っペらく考えてて、「このデザイン、いいんじゃない」っていう、そのぐらいのスタンスで選んでるのかなって。インタビューでは感じた。</p><br><p><br>  竹原 後藤君の話を聞いて思ったのは、みんなモノグラムを家紋と連想させてはいないけど、元々日本には家紋とかマークがあったから、マーク自体を受け入れるんだ、ってことを言いたいんだと思った。確かに、みんな家紋は認識してないけど、「マーク」ってだけでそれを結構受け入れられる環境だったんじゃないかなあ、日本は。</p><br><p><br>  浅野 私もすごくそうだなあって思うのは、クーカイっていうフランスのカジュアル?プランドがあるんですけれども、パリで売ってるクーカイのものと、日本で売ってるクーカイのものは、モノが違うという印象を受けるんですね。</p><br><br><p>輸入する人たちがやはり、日本人が買いやすいものや色を輸入してるっていう話を聞いたことがあるんですけれども、日本で売ってるものは着物の柄のようなものが多かったり、という気がするんですね。そういうことを考えると、自分の中で意識していなくても、家紋とかそういうものが馴染みやすいっていう点がモノグラムが受け入れられた一つの要因ではないかなと思います。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/lkrewmnxvb/entry-11299740436.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Jul 2012 11:59:20 +0900</pubDate>
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