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<title>ＭＩＣＯのブログ(仮)</title>
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<description>何を書くとか、決めずに書きたい。</description>
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<title>ヨーロッパ退屈日記　伊丹十三　其の①　新潮社</title>
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<![CDATA[ 今回の読書メモ。は超長くなりそうなんだよな(笑)<br><br>ぼちぼち行くか～ヾ( ´ー｀)<br><br>■さて、心構えを一つ<br><br>外国を旅行して廻ると、ある町なり、国なりの印象が、<br>いかに瑣末なことにかかっているかということに気づくものである。<br>(中略)<br>「偏見を得ようとするなら、旅行するにしくはない」という言葉がある。<br>まさにハタと膝を打ちたくなる言葉ではないか。<br>われわれが、いかに儚い印象から、いかに確乎たる結論を得ているか、これは驚くべきものがある。<br>　<br>　これはまた、立場を変えて言えば、われわれ旅行者の些細な行動から、その国の人たちが、<br>日本人に対する、確乎たる印象を作りあげているに違いないということである。<br>　<br>　旅行者は、それゆえ、事実、その母国を代表していると思わなければならぬ。<br>　つまり心構え、としてはこれに尽きるのだが、今一つ附け加えよう。<br><br>　ホーム・シックというものがある。これは一時、人生から降りている状態である。<br><br>今の、この生活は、仮の生活である、という気持ち。日本に帰った時にこそ、<br>本当の生活が始まるのだ、という気持ちである。<br><br>　勇気を奮い起さねばならぬのは、この時である。人生から降りてはいけないのだ。<br><br>成程言葉が不自由であるかもしれぬ。孤独であるかもしれぬ。<br>しかし、それを仮の生活だといいのがれてしまってはいけない。<br><br>　それが、現実であると受けとめた時に、外国生活は、初めて意味を持って来る、と思われるのです。<br><br><br><br>………う～～～～～ん、長い！(笑)<br><br>でもやっぱり、いい言葉たちだね(b^-゜)
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<link>https://ameblo.jp/lotus0405/entry-10716288553.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Nov 2010 23:02:24 +0900</pubDate>
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<title>上機嫌な言葉――其の④</title>
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<![CDATA[ 続き。<br><br><font color="#FF0000">12月1日</font><br>＜ま、人生はだましだまし保ってゆくもの、ゴチャゴチャしてるうちに、持ち時間、終るわよ＞<br>(<font color="#FF6600">人生は、だましだまし</font>　より)<br><br><font color="#FF0000">12月2日</font><br>私は、男・女の境界をなくすより、つくったほうが、断然、人生はたのしいと思うのだ。<br>(こういうと、多分反対意見は多いと思うが、理不尽な不平等は是正すべきであるものの、<br>伝統的文化の領域では、男女差をみとめた方が、人生にバラエティができていいんじゃないか、と思う)<br>(<font color="#FF6600">ひよこのひとりごと</font>　より)<br><br>12月3日<br>自分が択びとった別れでなく、向うが去っていってしまったときは、<br>「別れ」の波はとても大きく、足もとをさらわれてしまうかもしれない。<br>生きているものの息の根をむりに止めるような別れは、女の手に、あと何も残さないほど<br>ショックは大きいが、それでも潮が引いてしばらくたつと、結晶のかけらが<br>残って光っているのをみつけるだろう。それは、「あんなに烈しいショックだったのに、<br>まだ生きてる……」という大発見である。そのうちにオナカが空いてくるという小発見。<br>やがて、「お互い、こうしかできなかったんだ」ということを発見する。<br>こうやって女たちは別れのたびに、少しずつタカラモノを手中にし、それが女たちを美しくしてゆく。<br>(<font color="#FF6600">ほのかに白粉の匂い</font>　より)<br><br><br>目次の題名をまとめてみる。<br><br><font size="4"><font color="#99CCFF">一月</font>　人生をおいしくする<br><font color="#FFCCFF">二月</font>　愛するものを一つでも多く持っているということ<br><font color="#66FFCC">三月</font>　いそいそとする<br><font color="#FF99FF">四月</font>　面白がる<br><font color="#99CC00">五月</font>　気をとり直す、という才能<br><font color="#99FFFF">六月</font>　幸福の味わい<br><font color="#0000FF">七月</font>　上機嫌はいちばん<br><font color="#FFFF00">八月</font>　ロマンチックというのは<br><font color="#FA8072">九月</font>　言葉の魔法<br><font color="#0066CC">十月</font>　夢をあきらめない<br><font color="#CC33FF">十一月</font>　毎日の楽しさ、というも<br><font color="#CCFF33">十二月</font>　人生のタカラモノ</font><br><br><br>まとめはおしまい<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ">
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<link>https://ameblo.jp/lotus0405/entry-10654554197.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Sep 2010 04:22:26 +0900</pubDate>
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<title>上機嫌な言葉――其の③</title>
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<![CDATA[ 続き。<br><br><font color="#FF0000">10月6日</font><br>老けるのと「お婆ンくさくなる」のとは別である。<br><br><font color="#FF0000">10月7日</font><br>私は、男でも女でも、一瞬、心を奪われる、というさまを見せる人がとても好きだった。<br>またいえば、単純なことに心を奪われる人ほど、好きだった。<br><br><font color="#FF0000">10月24日</font><br>好きな言葉の筆頭は&lt;惚れた弱み&gt;　(中略)　それを相手に悟られまいと<br>いろいろ気を遣っているところに、いうにいえぬ情緒が生れ、人柄の奥ゆきも出てくる。<br>総じて＜弱み＞を持っている人はすてきである。<br><br><font color="#FF0000">11月5日</font><br>ひらがなで書く、考える、ということは、ひらたく考えるということで、<br>平仮名を多用し、読みにくくすることではない(適所に漢字を入れたほうが読み取りも<br>理解も早い)。ひらたく考えるというのは＜ねばならぬ＞をやめて＜こうしたい＞と<br>いう気持ちに忠実になることであろう。(<font color="#FF6600">楽老抄</font>より)<br><br><font color="#FF0000">11月11日</font><br>毎日の楽しさ、というものは、子供が成長するみたいにあとへ、形になって残るという<br>ものではないが、しかし目に見えず蓄えられてゆく。小さいひとこまに、毎日の楽しさ<br>というものが、きれいな色で塗られてゆくと、何十年かたって生涯の終りに、びっくり<br>するようなきれいな模様を描き上げているのを発見する、そういうものであるのだろう。<br><br><font color="#FF0000">11月17日</font><br>恋に関する疑惑は、相手に問いただしたとき、本当になってしまい、すべてが明るみへ<br>引き出されてしまうのだ。恋は問いただすものではないのだった。<br><br><font color="#FF0000">11月19日</font><br>「恋という恋をしつくした女」は、おのずと人間の心に対して悟りというか、<br>解脱したものがあるのかもしれない。人間を洞察すると、ゆるすほか、なくなる。<br>個性がハッキリしてひとりだちできるのは、やさしい人でないとだめだというのは、<br>そのためである。そのやさしさは、相手をゆるすことのできる、強さに裏打ちされた<br>ものでないといけない。(<font color="#FF6600">iめぇ～る</font>　より)<br><br><font color="#FF0000">11月24・25・26日</font><br><br>☆人生そのものは無味乾燥であるが、味わう人の舌によって、ちがう味が生れるのだ。<br><br>☆別れには、別ればなしなど必要はないのだ。少将が不用意に、<br>　「もし……したら別れる」と放言したときから、すでに別れははじまっており、<br>　愛は滅びはじめたのだ。<br><br>☆つくづく思うに、(昔から人間というものはそうだが)ことに現代では、<br>　真の生きるよろこびというのは、愛すること、愛されること、しかないのである。<br>　そして、私たちオトナが、これからの子どもに対して教えることは、<br>　人を愛することのできる人間になることだけである。<br><br>(<font color="#FF6600">魚は水に女は家に/不機嫌な恋人/iめぇ～る</font>　より)<br><br><br>続く。
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<link>https://ameblo.jp/lotus0405/entry-10654553555.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Sep 2010 04:17:33 +0900</pubDate>
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<title>上機嫌な言葉――其の②</title>
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<![CDATA[ 長めのものや、格言めいたもので気に入ったものを、羅列。<br><br><font color="#FF0000">5月25日</font><br>個人主義というのはいろいろに曲げて使えて便利な考え方ではあるが、<br>たくさんの人と仲よくやるための個であり、いがみあうための個ではない<br>ように思われる。その個を守るためには、車間距離がなくてはかなわない。<br>周囲を顧慮する柔軟性や、自分の現在位置測定能力は、車間距離の一つである。<br><br><font color="#FF0000">6月3日</font><br>六月といいながら肌寒く、夏の予感はあるけれども、雨は冷たい、<br>そういうとき、人は、人恋しい気持ちになる。<br>傘のうちのひめやかなキス、あるいはレインコートのしずく、<br>爪革をかけた女の高下駄、それらはオンナの情感の世界である。<br>私は、つゆどきの人間の感性のしめりが好きである。<br><br><font color="#FF0000">6月9日</font><br>結婚というのは、男と女が愛し合うこと、<br>それを土台に人生をつくること。<br><br><font color="#FF0000">6月10日</font><br>結婚の相棒というのは、気楽な存在であるのがいい。<br>気楽というのは、沈黙の責任をとらなくてもよいことである。<br><br><font color="#FF0000">6月17日</font><br>真の結婚をするためには、個性が確立していなければならない。<br>自我のないところに個性はないのです。<br>自分というものが確立していない人がどうして他の人格を愛することができましょう。<br>(<font color="#FF6600">iめぇ～る</font>　より)<br><font color="#FF0000"><br>7月25日</font><br>＜家庭＞のご機嫌をとるのを、＜だましだまし＞という。<br>＜だましだまし＞というのは詐欺や騙り(かたり)ではない。<br>＜希望＞の謂い(いい)である。　(<font color="#FF6600">人生は、だましだまし</font>より)<br><br><font color="#FF0000">9月3日</font><br>持ち重りするから、人にしゃべって軽くしよう、なんていうタチのものではなく、<br>しゃべりたくてうずうずするのが＜女の隠しごと＞である。<br><br><font color="#FF0000">9月15日</font><br>女は嘘が巧いが、そのくせ、隠しごとを黙っていられないという矛盾した特性がある。<br>そしてその正直は、女の場合、美徳にならないところに特徴がある。<br><br><font color="#FF0000">9月16日</font><br>あたまのいい人間と舌戦をたたかわすのは知的リクレーションであるが、<br>あたまのわるい人間と言い合いをするのはエネルギーの損耗である。<br>ヘリクツは、あたまのわるい証拠である。とくに<br>「何々にとって何々とは何か」という、あの聞きかたは低脳の会話である。<br><br><br>続く。
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<link>https://ameblo.jp/lotus0405/entry-10653653177.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Sep 2010 09:15:23 +0900</pubDate>
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<title>上機嫌な言葉　366日　田辺聖子　海竜社　2009</title>
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<![CDATA[ 気に入ったもの、短めな文章を抜粋。<br><br><font color="#FF0000">5月31日</font><br>(中略)　要するに「魅力」というのは、神の与えてくれた天与のものと、自分の精神力、<br>　　　　半々の混合ですからね。<br><br><font color="#FF0000">6月23日</font><br>灯りのついた町は、雨と言うセロファンに包まれて、キャンデーのかたまりみたいに<br>キラキラしている。<br><br><font color="#FF0000">6月29日</font><br>ぜいたくは、みたされたとき、単なる物欲となってしまう。<br><br><font color="#FF0000">7月14日</font><br>主婦の仕事、主婦の義務は何か。舟子は、<br>「いつも機嫌がかわらないでいる」ということだ、と思うものだ。(<font color="#FF6600">魚は水に女は家に</font>　より)<br><br><font color="#FF0000">8月23・24・25日</font><br>☆上品、というのは、何でも初めて出くわす、というような、<br>慣れぬ風情で対応することである。<br><br>☆センスを同じくする、っていう発見のうれしさは、<br>男と女の愛するよりもうれしいことがある。<br><br>☆実在感のあるのが私は好きだから、手紙をもらうと、<br>その人の心までもらった気がする。<br><br><font color="#FF0000">8月29日</font><br>せつなさ、というのは、人間の恋の中で最初に味わって、<br>いちばん最後まで舌にのこる感情であるように思われる。<br><br><font color="#FF0000">9月6日</font><br>目の前に見ているのに、「違う！」と否認するのは、これはコドモにはできない。<br>オトナの器量が要る。<br><br><font color="#FF0000">9月9日</font><br>男は小さい嘘をつくが、大きい嘘はつかない。<br>大きな嘘のときは、ただ沈黙あるのみだから。<br><br><font color="#FF0000">11月6日</font><br>（すると、すると、ばかりだが、思うに人生は”すると”の連続である）<br>（<font color="#FF6600">ひよこのひとりごと</font>　より）<br><br><font color="#FF0000">11月15日</font><br>恋は人を策士にもするが、哲学者にもする。　(<font color="#FF6600">猫なで日記</font>　より)<br><br>
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<pubDate>Thu, 16 Sep 2010 03:47:02 +0900</pubDate>
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