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<title>yumeのブログ</title>
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<title>５月２９日　ゴスフォードゲート追伸</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/1e/d1/10126179262.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-walking" src="https://stat.ameba.jp/user_images/1e/d1/10126179262_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/b7/1d/10126179261.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-snowahill" src="https://stat.ameba.jp/user_images/b7/1d/10126179261_s.jpg" width="220" border="0"></a><br>スノーズヒルへトレッキングに行った。帰りの車の中で地元の人にゴスフォードゲイトが見つからないことを話すと二人の人は知らなかったがもうひとりの人が、１２個あったゲイトは今ではクックストリートゲイトとスワンズウェルゲイトの二つしか残っていなくてゴスフォードゲイトはゴスフォードストリートの延長線上のおそらく高速道路の下になってる、と教えてくれた。ホワイトフライヤーズゲイトも入れて３個残ってるのではないですかと聞いたらホワイトフライヤーズゲイトはホワイトフライヤーズへ行くためのゲイトでコヴェントリーウォールのゲイトではないと教えてくれた。 これで一つ疑問が解決した。<br>
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<pubDate>Sat, 03 Jan 2009 16:45:02 +0900</pubDate>
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<title>６月８日　涙のゴダイバ</title>
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<![CDATA[ <p><br><br><br><br><br>　義母とその友達の西岡さんにコベントリーを案内した。ゴダイバの像に向かう途中の商店街でいきなりゴダイバの服装で歩いてるプルポレッタさんに会った。呼び止めると大急ぎの途中ではあ<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/10/bd/10126175564.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="293" alt="yumeのブログ-godivastatue" src="https://stat.ameba.jp/user_images/10/bd/10126175564_s.jpg" width="220" border="0"></a>ったが写真だけどうぞと言ってくれたので写真を撮らせてもらった。なんてラッキーなのと言いながらゴダイバの像に行き伝説を話した。そうこうし<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/a9/74/10126175566.jpg"><img height="165" alt="yumeのブログ-godaivasan" src="https://stat.ameba.jp/user_images/a9/74/10126175566_s.jpg" width="220" border="0"></a>てるうちゴダイバの時計が扉を開け動き始めた。ゴダイバが扉の向こうへ帰って行ったとき周りの外人観光客達が拍手をした。母達も拍手していたが目には涙が・・・理由を聞いたら、若い女性がみんなの税金を減らすために裸で馬に乗るって並大抵のことじゃなかったと思うよ、との返事。そうか、きっとゴジバチョコの社長もこんな風に感動して当時のハリー・ウェストン・メイヤーに社名に使わせてほしいと頼んだんだろうな。</p><p><br>　その後は新旧カシードラル、セントメアリーギルドホール、スポンストリートなどを案内して１４５０に入りステーキサンド、パイなどを食べて帰った。疲れを考え短時間で切り上げたがコベントリーの素晴らしさは分かって貰えたのではないかと思う。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/7c/d5/10126175560.jpg"><img height="165" alt="yumeのブログ-1450lunch" src="https://stat.ameba.jp/user_images/7c/d5/10126175560_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br></p>
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<pubDate>Sat, 03 Jan 2009 16:29:17 +0900</pubDate>
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<title>５月２８日ボンズホスピタル４</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/1b/d2/10126172407.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" height="165" alt="yumeのブログ-withlgodiva" src="https://stat.ameba.jp/user_images/1b/d2/10126172407_s.jpg" width="220" border="0"></a><br>そしてボンズホスピタルの前でもゴダイバと一緒にぱちり。</p><p>　ボンズホスピタルの新増築部のホールでロータリークラブの持ち寄りパーティーが始まったのは９時だった。マーガレットの作ったキッシュはとても美味しかった。ワインで乾杯して、ここの説明があった。驚いたことに１６世紀にボンド氏が寄付した資金が（寄付された土地から出る収益および土地を売って出る収入）はなんと１９９０年代まで持ちこたえたと言うからすごい。寄付金と言っても半端じゃない。広大な土地を寄付され、それを切り売りしながら経営してきたらしい。ハートレーさんは中世の人はよいことをすると天国に行けると信じていたからね<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/72/7f/10126171005.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="156" alt="yumeのブログ-bondshospitalx" src="https://stat.ameba.jp/user_images/72/7f/10126171005_s.jpg" width="220" border="0"></a>、といった。では現代人のホスピタリティーはどう解釈するの？聞いてみるべきだった。きっと良い返事が返ってきたに違いない。</p><p>　マーガレットがマネージャーに頼んでくれて古いボンズホスピタルも含め見学でき<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/4e/a8/10126171004.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-bondshospital2" src="https://stat.ameba.jp/user_images/4e/a8/10126171004_s.jpg" width="220" border="0"></a>ることになった。人が住んでいるのでお静かに、と注意を受けぞろぞろと歩き回った。やはり格調高い貧窮院、と言うか老人ホームだ。ホールにはボンド氏の写真が飾ってあった。説明<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/ae/b2/10126171003.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-bondshospital" src="https://stat.ameba.jp/user_images/ae/b2/10126171003_s.jpg" width="220" border="0"></a>では、入居の条件として、入居者は自分のことは自分でできなくては入れない。病気になったら家族が引き取るか家族が病院に入れること、と言う条件が付いているそうだ。とにかくロータリクラブが国内でもこのように活動していることが分かった。</p><p>　ハートレーさんはロータリークラブの現会長とその家族を紹介してくださった。インド系の人だった。ガーデンパーティーに誘ってくださったが予定が詰まっていて行かれずとても残念だった。コヴェントリーはすばらしい歴史を持った魅力的な街だと言うと、ハートレーさんが憂いに満ちた表情で　古い歴史だけでなく自分たちは未来も考えなければならないんだと言われてたことが強く心に残っている。帰り際、次の会長となる女性に紹介された。見るからにできる女性、とてもエネルギッシュな女性だった。リバプール出身でリバプールは早くからチャーターを得た、コベントリーは１３６０年代だからリバプールの方が早いと言われた。コベントリーがチャーターでギルドを認められたのは１３４０年メーヤーを自分たちで選べるようになったのは１３４５年ですよと訂正したかったけど、おそれおおいので黙っていた。 それに名前の話になって漢字は意味を持っていると言われたけど自分はexcelent child ですなんて言えなくてこれも黙ってしまって、後でちょっと後悔した。初対面はやはり気を遣うよね。<br>今日もハートレーさんのおかげで他の人にはできない経験をさせてもらったねと話しながら帰った。</p><br>
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<pubDate>Sat, 03 Jan 2009 16:19:20 +0900</pubDate>
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<title>5月28日ボンズホスピタル３</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/91/76/10126169941.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/91/76/10126169941_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><br>取り壊しの後、プライアリーの西の礎の上にブルーコートスクールが作られた。女の子の学校だ。今は別の所へ移転していて、その建物は手直しされ、貸し会議場、貸しパーティー会場となっていますのでどうぞご利用を、とゴダイバは言った。オリジナル部分の窓枠は小さく、改築した部分はとても大きな一枚ガラスの窓となっていて対照的だった。使ってみたくなるような素敵な建物だった。</p><p>　続いて通った小径は元監獄のあったところだそうだ。今歩いているところの下には、コベントリー最後の処刑をされた女性が眠っていると言われたが、それは聞きたくなかった。３２歳の不倫女だと言っていた。聞きたくない聞きたくない。そしてコベントリークロスに来た。イギリスのあちこちの町や村でよくクロスを見かける。その周辺の中心地で、市場が開かれた場所に立っている。しかしこんなに大きなクロスは他で見たことがないくらい立派だ。小さな町ではただの柱のてっぺんに十字をつけただけという物もよくある。しかしコベントリーのは　王室や聖人の立像がいくつもはめ込まれた大きなクロスだ。どれほど大きな市が立っていたかわかる。オリジナルは１５世紀に建てられたが、これはレプリカだそうだ。</p><p>　オールドカシードラルは夜は閉まっていた。柵越しに眺めながら説明を聞いた。コベントリ<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/f4/ac/10126169714.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-pricinct" src="https://stat.ameba.jp/user_images/f4/ac/10126169714_s.jpg" width="220" border="0"></a>ーはプライアリーが宗教改革後取り壊しにあい、大戦でマイケルズが焼け落ちてしまった。どちらもイングランドでは上位を争う大きなカシードラルであったし、こんな運命をたどった市はイギリスでもこの市だけだとゴダイバは言った。ホントにホントに残念なことだ。<br>　商店街を抜けセントジョンズ教会の説明など聞いてボンズホスピタルに戻る。私は途中のローワープリシンクトからセントマイケルの尖塔を見たときの景色が好きで写真に撮った。これはこの街の設計者に３重丸をあげたいところだ。</p><br>
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<pubDate>Sat, 03 Jan 2009 16:14:14 +0900</pubDate>
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<title>5月28日ボンズホスピタル２</title>
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<![CDATA[ <br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/6f/ae/10126168333.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-toourj" src="https://stat.ameba.jp/user_images/6f/ae/10126168333_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><br>横断橋を降りると再びミュージアムの前だ。そこでゴダイバはコベントリーが力を入れていることとして、歴史を大切にするだけでなく未来に向かって世界の平和のために努力していること、かつての敵国とさえ許し合い手をつないでいこうとしていることを話してくれた。足下には”TO OUR JAPANESE FRIENDS" と書かれたガラスの板があり夜はライトアップされるようになっていた。もちろんドイツもスペインもいろいろな国が書かれてあったのだけどなぜか日本の名前を見ると喜んでしまう私。<br>　続いて完成したばかりの超近代的アパートと広場を通った。歴史的建物の集まる市のど真ん中にフラットを作ったのは、最近住民が郊外へと移り住むので市内を盛り上げるための努力の一環だと言うことであった。そしてセントメアリーズプライアリーへ。ここでの新情報はここが壊されてから発掘されるまでの５００年間は道路の高さまで土で埋まっていて、トリニティー教会の墓地となっていたこと。<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/b7/35/10126168331.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-whitleywing" src="https://stat.ameba.jp/user_images/b7/35/10126168331_s.jpg" width="220" border="0"></a>その墓地は発掘後ロンドン・ロードの墓地に移されたこと。そしてヘンリー８世の国教会設立後、取り壊しにあったのはここだけであること。（えっ、そうなの？なぜここだけ？後で調べたらヘンリー８世はベネディクト会をひどく嫌ったからだそうだ。）また、プライアリーの聖堂は当時のイングランドでも２，３番目の大きさで、しかもセントマイケルズの尖塔と同じくらいの尖塔がこのプライアリーには３つもあったということ。さぞかし見応えある立派な建物であったと思われる。<br>
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<pubDate>Sat, 03 Jan 2009 16:10:11 +0900</pubDate>
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<title>５月２８日　ボンズホスピタル 1</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/8f/0b/10126133298.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="264" alt="yumeのブログ-ladygodiva" src="https://stat.ameba.jp/user_images/8f/0b/10126133298_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br>　ボンズホスピタルでの行事にハートレーさんが招待してくださった。ここは病院ではなく、1506年メイヤーであったボンド氏が寄付したお金で作られた貧窮院、とはいえギルドのメンバーのための老人ホームという方がより近い。その寄付金でここの運営がされ住民に毎週年金が支払われてきた。去年から拡張工事をしていたがついにこのほど完成した。今日はロータリークラブ対象にそのお披露目も兼ねた見学会みたいな行事が行われた。<br>　まず、７時からトランスポートミュージアム出発の歴史的建物のガイドツアーがあった。出発点へ向かう途中、昔のグラマースクールを見た。一緒に歩いていたおじさんがいろいろ説明してくれた。学校の前は病院として使われていたそうだ。その学校はその後ヘンリー８世スクールとしてワーリック道路に移ったそうだ。いつも市内に来るとき見える立派な学校である。残念なことにこの建物は今では何にも使われていない、とおじさんは言っていた。</p><p>  トランスポートミュージアムでゴダイバに扮したプルポレッタさんと言うガイドの人に会い紹介された。この建物の前にそびえる巨大で不思議なブルーのオブジェはフィトゥル・アーチといい、ジェット機の羽根を表しているそうだ。コベントリー出身でジェットエンジンを発明したフランク・フィトゥルを記念しておかれた物だという。暗くなってからのライトアップは美しいそうだ。また建物の前の広場全体が、かつて栄えた時計産業を記念して世界の時間が分かるタイムクロック呼ばれる広場になっている。私は無邪気そうに日本を探しあてて喜んだ。まずはハーバートガーデンへ。ハーバートは当時のメイヤーで３人奥さんがいたがこの庭は２番目の奥さんのものだとそこで分かった。ハーバートはミュージアムの建設にも寄与している。その後、ハーバートがこの庭とウォールとゲートを市に寄付したのだそうだ。先日の疑問が一つ解けた。<br></p>
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<pubDate>Sat, 03 Jan 2009 13:53:44 +0900</pubDate>
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<title>5月20日ゴスフォードストリート・ホワイトフライヤーズ３</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/a2/4f/10126018486.jpg"><img height="165" alt="yumeのブログ-whitefrairs" src="https://stat.ameba.jp/user_images/a2/4f/10126018486_s.jpg" width="220" border="0"></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/12/7f/10126018488.jpg"><img height="165" alt="yumeのブログ-whitefrairsgate" src="https://stat.ameba.jp/user_images/12/7f/10126018488_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><br><br><br><br>コベントリー大学の図書館の脇をリングロードに沿って進むといかにも古い、すり減った茶色い煉瓦作りの建物があった。なんだなんだと近づいてみる。建物の周りには壊された建物の土台の石がそのままの形で残っている。大きい建物だったらしい。窓はすべてアルミのキルトでカバーされていて中は見えない。地図を見るとホワイトフライヤーズと書かれてある。これがあの、宗教改革で廃止されたホワイトフライヤーズなのか。ここにはたくさんの僧達が住んで修行をしていたのだな、ここら辺が台所かしら、厳格な生活だったのだろうな、宗教改革の後、彼らはどうしたのだろう、等と考えていると寂しくなってくる。１３４２年にたてられ１５３８年までこの街と共に栄えてきたんだろうに。 この建物はその後、人手に渡り住居として使われ、１８０１年以降は工場だったという。戦後は何も使われないまま立っている。ロンドンへコーチで行くときいつも見えた古い建物はこれだったのだと初めて気づく。<br> <br>　リングロードをくぐりセンターへ近づくとホワイトフライヤーズレーンがあった。ここを僧達がたくさん歩いていたんだろうな、と想像しながら歩いていくとホワイトフライヤーズゲートがあった！！あった、あった。 うれしい。おや、中は何か物がいっぱいあるけど・・ゲートと言っても家みたいな建物なんだ。くぐり抜けて正面に出ると、それはトイミュージアムだった。 おもちゃがぎっしり、でも黒い木の扉には鍵がかけられ中には入れなかった。いったいいつオープンするのだろう？？   ホワイトフライヤーズゲートを見つけて満足な私はリトゥルパークストリートへ出た。ここから見るセントマイケルの尖塔はいつ見ても素敵。市役所も素敵。去年の８月６日始めてきたとき私を魅了したスパイヤー。もう一度写真に撮る。<br>　ゴスフォードゲートは見つからなかった。誰かに訊いてみよう。<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/52/7c/10126018490.jpg"><img height="165" alt="yumeのブログ-spire" src="https://stat.ameba.jp/user_images/52/7c/10126018490_s.jpg" width="220" border="0"></a></p><br>
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<pubDate>Sat, 03 Jan 2009 00:26:02 +0900</pubDate>
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<title>5月20日ゴスフォードストリート・ホワイトフライヤーズ　２</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/86/99/10126015919.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-wiliammorisbuilding" src="https://stat.ameba.jp/user_images/86/99/10126015919_s.jpg" width="220" border="0"></a><br>両脇にコベントリー大学の建物が建ち並ぶ。市内にあるので小さい大学かと思いきや、ずいぶん素敵な建物がたくさんあるではないか。最近オープンした図書館はとても特徴あるおもしろい建物だ。そばにはウィリアムモリスビルディングとプレートが貼られた建物がある。それは１９１７年以来フランスのホッチキスの工場として使っていたがその後モリスに買い取られエンジンを作る工場として使われた古くて大きな建物だ。コベントリーの自動車産業のモニュメントとして残すため今は内装を綺麗にして学舎として使われている。日本ならば壊して建て替えるのだろうが、壊さないで大切に守っていくイギリスの姿勢にいつも感心する。</p><p>　ゴスフォードストリートはおそらく戦前からあまり変わっていないのではないかと思える町並みであった。行き交う人も少ない。ちょっぴり不安を感じながらゲイトを目指す。リングロードを越えてもまだゲートはない。公園の周りをさんざんうろついて、道行く人にも訊いたが誰も知らない。諦めて引き返す。</p>
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<pubDate>Sat, 03 Jan 2009 00:19:30 +0900</pubDate>
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<title>５月２０日ゴスフォードゲート・ホワイトフライヤーズゲート　１</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/3c/e0/10126013641.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-gosfordstreet1" src="https://stat.ameba.jp/user_images/3c/e0/10126013641_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br>　今日の目的はゴスフォードゲートとホワイトフライヤーズゲーイトである。マーケットの上の駐車場に車を置き、ゴスフォードストリートへと向かった。<br>　その前にピースガーデンに寄ってみた。小さな庭の真ん中に円形の指標があった。上から見ると、コベントリーの姉妹都市の方角と距離が分かるようになっていた。それにしても２６の姉妹都市を持つコベントリーはすごい。こんなにたくさん姉妹都市を持つ都市はあまりないと思う。<br>　左手はハーバートミュージアム。去年から工事中で、もうすぐ新しく大きく生まれ変わる。中には伝説に彩られた実在の人物ゴダイバや、この街を栄えさせたリボン、自転車、時計産業の展示室がある。</p><p>　右手にマッチパークストリートを見ながら進む。ここは毎週のランブリングクラブの集合場所だ。トレッキングがしたい、と言うとハートレーさんがコヴェントリーランブラーズを紹介して下さった。４月以降、もう４回も参加した。朝９時半過ぎここに来るだけで、誰かの車に便乗させてもらい現地に行ってトレッキングできるのだ。ランブラーズの仲間はみんな気さくでフレンドリーで毎回楽しく話しながら美しい田舎を歩くことができとても幸せだった。２９日には大好きなスノーズヒルを歩くのでとても楽しみだ。</p><p>　まっすぐ進むとゴスフォードストリートにはいる。右には１４世紀に建てられた材木使いの建物がそのまま残っている。屋根の線は波打っていてよく壊れないものだと思う。壁は何度か塗り替えてあると思うが茶色に塗っておそらくオリジナルに近い外見になっていると思う。ホワイトフライヤーズという名前の茶店としてまだ使っているらしい。<br></p>
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<pubDate>Sat, 03 Jan 2009 00:02:20 +0900</pubDate>
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<title>平和の祈り</title>
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<![CDATA[ ５月１６日　平和の祈り<br>  篠笛の先生と教室のメンバーがコべントリーを訪ねて来てくれた。 午後は大学のチャプレンシーでミニコンサートをするので、午前中はコベントリー市内を案内した。爆撃で崩れたオールドカシードラルのステージで先生に　ドームの祈りを演奏して頂いた。それは広島の原爆ドームのために福原百之助が作曲した曲である。先生の演奏が曲の中の鐘が鳴る部分に来たとき、１１時を知らせる教会の鐘がカーン、カーン、・・と鳴り出し、偶然にもぴったり曲と合ってしまった。恐ろしいくらい合っていたので背中がぞくっとするほどであった。コベントリー市民と広島市民の平和を願う心が一つになって世界へ広がるようであった。   <br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/59/4c/10126007445.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="yumeのブログ-praypeace" src="https://stat.ameba.jp/user_images/59/4c/10126007445_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/dd/53/10126007443.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="155" alt="yumeのブログ-fluitconcert" src="https://stat.ameba.jp/user_images/dd/53/10126007443_s.jpg" width="220" border="0"></a><br>
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<pubDate>Fri, 02 Jan 2009 23:46:43 +0900</pubDate>
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