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<title>Tabakiyoのブログ</title>
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<title>危険思想</title>
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<![CDATA[ 人と接していて、誰かと話をしていて、その人の思想を観察してみると、その人自身の核を作っている思想を垣間見みてしまうときがある。<br><br>人は大きく分けて二つの思想を持っている。<br><br>---建設的思想、創造的思想---<br><br>を持った人と<br><br>---破壊的思想、被害者思想---<br><br>を持った人。<br><br>つまり、"造る思想"と"壊す思想"<br><br>壊す思想を持った人は怖い。そんな危険なやつが多い。<br><br>人間関係でのトラブルや環境への不満が多い人は普段から破壊的に物事を見ている人。<br><br>不平不満、愚痴、嫌悪、憎しみ。。<br><br>それらは、被害者思想の典型的感情。<br><br>そんな思想を核に持った人はいつか自身を破壊しかねない。<br><br>。。<br><br><br><br>濁った水がコップに入っていたとする。<br><br>その水はバイ菌もいるだろうし、飲んでしまうと明らかに身体に悪影響を及ぼすことはわかっているほどの濁り様。<br><br>その水を建設的思想の人と破壊的思想の人に飲んでくださいと渡したとする。<br><br>建設的思想の人はその水をどう飲むか？<br><br>きっと、水をろ過し、沸騰させ、水を透明にし、殺菌して飲める状態までにして始めて飲水するでしょう。<br><br>それはつまり、飲めない汚水から飲める水を作って飲んだってこと。<br><br>創造したってこと。<br><br>では、破壊的思想を持った人はどうでしょう？<br><br>きっとそのままその汚水を飲み、身体を壊し、そしてその水をくれた人を恨むでしょう。<br><br>身体も壊し、人間関係も壊す。<br><br>破壊的被害者思想。<br><br>世の中、汚水にまみれたルールや複雑な人間関係関係のプールみたいなもの。<br><br>それをどうろ過し、どう殺菌し、どう良い影響を自分に与えるか？<br><br>それを思考し続けることが僕は大切に思うわけです。<br><br>そのまま汚水を飲んで身体を壊す人が多すぎる。<br><br>そして、誰かを愚痴って、軽蔑し、皮肉り、嫉妬し、憎んで、受け入れてもらえなかったと被害者アピールの弾丸を放ち、環境のせいにしてコロコロとまた違う隣りの芝へと逃げようとする。<br><br>そんな人が多すぎる。<br><br>僕は怖いわけです。<br><br>破壊的思想は何かを壊すわけです。<br>そして被害者の和を作ろうとするわけです。愚痴り合いの懇親会を開き、誰かを攻撃して盛り上がろうとするわけです。<br><br>建設的、創造的によくなるように頑張っている人さえも壊そうとするわけです。<br><br>僕はそんな危険思想を懸念するし、凄く悲しくなる。
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<link>https://ameblo.jp/lry046913/entry-12100007623.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Nov 2015 03:14:59 +0900</pubDate>
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<title>前向き？</title>
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<![CDATA[ "前向きに考える" とはつまり現実逃避であってはならない。<br><br>そこをはき違えている人が多い。多い。<br><br>たとえば<br><br>人とコミュニケーションがとれないという理由を「人が自分を理解してくれないから。」という意味をつけるパターン。<br><br>それはコミュニケーション不足の自分を責めずにいられ「周りが悪いから自分がコミュニケーション不足なのはしょうがない。」と自己否定を緩和させるかもしれない。<br><br>けど、それは"前向き"ではない。<br><br>なぜか？<br><br>この考え方は、コミュニケーション不足を解決するというゴールから一番遠くになってしまうからです。<br><br>この場合の前向きとはつまり<br><br>"コミュニケーションをとれるようにするにはどうしたらいいか？"<br><br>を考えることであり、コミュニケーション不足を肯定するような考え方をすることでは決してないわけです。<br><br>「前向きに考える」ことは自分の気持ちを一時的に安心させることではないわけです。<br><br>一時の緩和はまたすぐに痛みとなって再び襲いかかるからです。<br><br>いつかのブログにも書きましたが<br><br>虫歯が痛いのなら歯医者にいくことが前向きであって、痛み止めの薬を飲むことは前向きではないわけです。<br><br>「前向き」「前向き」と、現実逃避に甘えていると、いつか本当の意味で前向くことができなくなってしまうかもしれない。<br><br>そう懸念するわけです。<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 24 Sep 2015 10:02:16 +0900</pubDate>
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<title>理想のライン</title>
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<![CDATA[ 僕は何かを始めるときに、一度理想のラインを頭で作ってからそのラインになるべく沿いながら行うようにしている。<br><br>ブログを書くにしてもそう。<br><br>はじめは喩え話から入って、だんだんと本題の核に迫るように書いていくことが多い。<br><br>頭で起承転結を作ってから行動するタイプ。<br><br>仕事をするにしても、出勤から退勤までの仕事内容のラインを頭で作ってからそのラインに沿ったスケジュールを立てる。<br><br>だから僕の理想のラインを誰かに強制することもしばしばある。<br><br>そのラインが誰かと合わない場合、そのズレが時に意見のぶつかることになる場合もある。<br><br>僕は基本、頑固な性格から人の価値や他人のラインに乗ることが嫌い。<br><br>そんなとき僕は僕のスタンスを貫きたがる性格がやっかいなときもある。<br><br>とくに僕と同じ頑固な人とは本当にぶつかるぶつかる。笑<br><br>仕事は一人でやっているわけじゃない。<br>だから、時に誰かの価値に沿うように妥協することもある。<br><br>運転中一人で目的地に向かっているなら、遠かろうが、近かろうが、僕は僕の思うように目的地まで運転できる。<br><br>でも、多人数で出かけるなら誰かが「あっちの道の方がいい。」「こっちの方が近い。」「そっちは渋滞だよ。」と教えてくれてとてもありがたいんだけど、僕は僕のラインに沿って運転しているほうが効率悪くても行き止まりにさしあたってもいいと思っちゃう。<br><br>そんなタイプ 笑<br><br>でも、やっぱり誰かと行動するなら、妥協や折れることも必要だからその時は意固地に自分の価値観を押し付けすぎることはいけない場合もあるなと最近つくづく思う。<br><br>うーん。<br><br>頑固な性格がそんなとき本当やっかいだ。と思う今日この頃。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/lry046913/entry-12073832964.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Sep 2015 18:11:40 +0900</pubDate>
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<title>図星</title>
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<![CDATA[ 言われてカチンときたなら<br><br>それが図星だからかもしれない。<br><br>一番自分でわかってて、一番言われたくないことを直球で心の真芯に当たったから、事実を受け入れることに抵抗し心の葛藤が働いている状態かもしれない。<br><br>反発して喧嘩になるときもある。<br><br>だけど、ここで感情あらわにぶつかり合ったならそれはセンスがない。<br><br>とくに心の勉強をしているなら、それじゃあいけないでしょう。<br>感情に流されて目の前が見えなくなったなら本末転倒。<br><br>感情を押し殺せと言っているわけじゃない。<br><br>感情と向き合って判断していけってこと。<br><br>僕たちはロボットでもなければ無機質な物体でもない。<br><br>僕たちには感情がある。<br><br>感情は人間としての大切なものである。<br><br>だけど、感情を暴走させちゃいけない。<br><br>赤ちゃんは理性がきかない分、感情100㌫で生きている。<br><br>僕たちはもう赤ちゃんではない。<br><br>歳を重ねる毎に僕たちは理性が構築されていく。<br><br>感情も人間として大切なものである一方、理性もまた人間として大切なものである。<br><br>とくに怒りや妬み、悲しみの感情から負の蟻地獄へ堕ちていったならまずい。<br><br>僕は普段心掛けていることがある。<br><br>まだまだ不十分なところもあるけど<br>いつもそれを頭に置いている。<br><br>それは<br><br>----自分が一番曲げたくない信念を信じること。そして、それを疑うこと。-----<br><br>信念を信じながら疑う。<br><br>それって、中途半端やん。<br><br>きっとそう思うかな？<br><br>"自分の信念を信じることが大切。"<br><br>それはわかる。<br><br>だけど、その信念はたかが２０年そこそこに生きている僕が翳した信念。<br><br>「自分を驕るなよ。」<br><br>僕は自分にそう言いたい。<br><br>「お前なんかまだまだ信念を語れるほど偉大でもなければ、強くもない。」<br><br>信念なんてこれから生きていくための道具に過ぎない。<br><br>もっと先に進めばもっと大きな信念が必要になってくる。<br><br>誰かが指摘した図星にカチンとくるまえに自分の愚かさを知るべきだ。<br><br>カチンとくることを言われたことこそ、それによって乱れた心があることこそまだまだ未熟な信念だと言いたい。<br><br>かといって信念は無意味ではない。<br><br>その時の自分の進むべきコンパスなる。<br><br>自分を信じ、そして自分を疑え。<br><br>僕らは天才でもなければ、偉人でもない。<br><br>だから凡人な僕らは、泥まみれになりながら試行錯誤に四苦八苦自分の答えを意味を探していくしかないんだ。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 14 Sep 2015 18:34:56 +0900</pubDate>
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<title>わかろうとすること</title>
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<![CDATA[ <br>--- 実際にその人と同じ経験をしないとその人の気持ちはわからない。---<br><br>確かにそうかもしれない。<br><br>でも、同じ経験をしても僕はその人じゃないから、感性や感受性の違った人間だから、結局完全にはその人の気持ちはわからないだろう。<br><br>ていうか、僕はあまりこの言葉が好きじゃない。<br><br>なぜか？<br><br>気持ちが完全にわからないからといって<br>、その人の気持ちを "わかろうとする気持ち" まで否定されているような感覚を受けるからだろう。<br><br>たしかに、相手に「あなたはこうだ。」と決めつけられれば反発心も生まれる。<br><br>僕も僕を決めつけられることほど嫌いなことはない。<br><br>ただ、真摯に僕のことをわかろうとして向き合ってくれいる人に対して、「僕の気持ちなんてわからないくせに！」なんて、意固地に拒絶することもいけないとも思う。<br><br>人の気持ちは完全にはわからない。<br><br>けど、わかろうと向き合ってくれている尊い気持ちもあるわけです。<br><br>それは忘れちゃいけない。<br><br>また<br><br>この言葉を論点のズレた方向に使う人がいてやっかいなこともある。<br><br>たとえば<br><br>よく道で転ぶ人がいたとする。<br><br>僕はその人に「足下をよく見て歩けば道の微妙な凹凸に気づくし、その危険を感じれるようになれば道で転ぶことも減っていくはずだよ。」とアドバイスをしたとする。<br><br>しかし相手が<br><br>「道でしょっちゅう転ぶこともないくせに<br>自分の気持ちなんて実際に経験しないとわからないよ！」<br><br>なんて言ってきたら筋違いでしょう。<br><br>ここでは、"道で転ばないようにするにはどうしたらいいか？"という論点があるはずなのに、相手は"転んだときの気持ち"を訴えてきているわけだから会話はカオス状態。<br>結局、論点の違いが会話のズレを生じさせているわけです。<br><br>上記のようにたとえるとわかりやすいですが、心の問題となると感情が複雑に絡み合うので、何が論点なのかわからなくなることが多々あります。<br><br>たしかに実際に経験しないと、相手の気持ちをわかろうとすることは難しいことです。<br><br>だけど<br><br>わからないからといって、わかろうとする気持ちをやめてしまうとその人との繋がりもそこで切れてしまうでしょう。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 11 Sep 2015 03:35:47 +0900</pubDate>
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<title>去ってはじめて</title>
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<![CDATA[ 去ってはじめて気づけばまだいい<br><br>それでも<br><br>去っていった人が悪いみたいに言う<br><br>あなたを理解しようてしている人まで<br><br>去ろうとしている<br><br>いや もう心は去っているのか<br><br>あとは時間の問題<br><br>いつかその手になにもなくなるまで<br><br>気づかないのなら<br><br>その時後悔しても遅い<br><br>いつか<br><br>あなたが崖っぷちに片手でしがみつこうとも<br><br>あなたが大声で助けを乞おうとも<br><br>誰も聞こえないし 聞こうともしない<br><br>その愚行の数々を持ったあなたに<br><br>誰が手を差しのべてくれるというのか？<br><br>それでもあなたが誰かを責め続けるなら<br><br>谷底へ墜ちていくまで 続ければいい<br><br>そのまえに<br><br>己の過ちの一つ一つを償うこと<br><br>それができぬなら<br><br>人は口笛を吹きながら<br><br>あなたの最後を通りすぎるだろう<br><br>悲しいかな<br><br>愛想笑いの社交辞令にまみれては<br><br>いつかスカスカの発泡スチロールのような<br><br>軽いその関係は<br><br>そよ風にさえ飛ばされていく<br><br>
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<pubDate>Wed, 02 Sep 2015 22:35:11 +0900</pubDate>
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<title>今が大事</title>
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<![CDATA[ 「今が大事なんだ。」<br><br>「明日はこないかもしれない。」<br><br>今を大事に生きなくちゃいけない。<br><br>この言葉に違和感を感じるのは僕だけだろうか？<br><br>多分、この言葉というより言葉の方向を間違って捉えている人が多すぎることに違和感を感じるといったほうがいいかな。<br><br>。。<br><br>あ。ちなみに僕のブログの内容は数ある人の数の中の一つの論や意見だとして見てみてくださいね。<br><br>批判やまた違った見方があるかもしれないけど、それはそれでその視点での答えだからその思考は大切にして読んでください。<br><br>。。。<br><br>話を戻します。<br><br>「今が大事。」<br><br>今っていつですか？<br> <br>物理時間の「今」なら今はもうすぐに刹那に過ぎていく。<br><br>刹那に過ぎたなら今を大事にするって思った瞬間はもう今じゃないから「今を大事に」が難しくなる。<br><br>何が言いたいのか？<br><br>明日になれば明日に生きている自分は「今」になる。<br><br>明日になって「今」になればまた「今を大事に」なんて言う。<br><br>明日は今にとって今じゃないのに「今を大事に」と言っている自分が今にいない矛盾が起こる。<br><br>屁理屈言っているわけじゃないよ。笑<br><br>問題はどこにあるか？<br><br>言いたいのは<br><br>「今を大事にする」= 「今以外の時間は大事じゃない」にはならないってこと。<br><br>今も明日も明後日も過去も未来も死後も孫達の世代もその後の時代も大事になる。<br><br>多分この言葉は<br>"今一生懸命やらなくても明日がある、次があるから大丈夫"<br>という惰性に喝を入れるために"今を一生懸命に生きよう"という高尚な意味で使われた言葉なんだろうけど<br><br>僕には今が大事だから明日がくるかわからないから、「貯金なんてしない。」「将来のことは考えてもしょうがない」「今が楽しければそれでいい」なんて類いの惰性にこの言葉を使う人がいる現状がちらほらとみえたりしてなんだか違和感を感じる。<br><br>もっと言えば<br><br>過去とか未来とか明日とか明後日とか昨日とか１分後とか何秒前とか水曜日とか8月とか全部人が作った時間の概念だからその時間の仕切りを全部取っ払えば<br><br>全ての時間は「今」に内包されるわけだから<br><br>「今を大事に」ということは<br><br>全ての時間を合わせて大事にすることかな。<br>なんて思っている2015年8月31日(月)13時14分の昼の時間でした。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 31 Aug 2015 12:35:52 +0900</pubDate>
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<title>本質</title>
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<![CDATA[ わかった。<br><br>もやもやが晴れた。<br><br>単純なことだけど、それに気づくまで時間がかかった。<br><br>僕は悩み多き人やネガティブ思考を繰り返す人は、なぜこんなにも苦しみたがるのだろう？って思っていた。<br><br>前向きに考える思考を身につけるように普段から己と闘い、自分と向き合い、思考、吟味していけばいいのにと思っていた。<br><br>だから、傷つき苦しみのループしている人はどっかでそれを望んでいるんじゃないか？って思っていた。<br><br>苦しみたがって悲劇のヒロインになりたがっているんじゃないか？って思っていたりもした。<br><br>それは半分 正解。<br><br>結果、それを望んでしまうってだけで本当は望んでいるはずがない。<br><br>苦しみたがりなんていない。<br><br>よほどのM体質なら別だけど 笑<br><br>要は苦しみをループする人っていうのは、応急処置に逃げて本質を見ていないことが問題。<br><br>わかりやすくいうなら<br><br>「虫歯で歯が痛い」<br><br>どうすれば痛みを解消しますか？<br><br>そう端的に、歯医者へGO。<br><br>ですね？<br><br>歯医者へ行くのが本来一番いい解決方法。<br><br>でも歯医者がまだ開いていない時間帯には少なからず応急処置もできる。<br><br>患部を冷やすとか、痛み止めを飲むとか。。<br><br>でも<br><br>"歯医者へ行くのが怖い人"<br><br>そういう人はなかなか歯医者へ踏み出せない。<br><br>するとどうでしょう？<br><br>問題の本質の解消法は歯医者へ行くことなのに、応急処置ばかりを繰り返す。<br><br>歯医者へ行くことを避け続ける。<br><br>それは歯医者へ行くことよりも、歯医者へ行く恐怖心よりも、痛みを我慢して応急処置をする方を自分で選んでいるということですね？<br><br>話を戻します。<br><br>心の問題で苦しむ人は<br><br>---問題の本質と向き合えていないことが問題なんです。---<br><br>当たり前な結論で申し訳ないです。<br><br>たとえばコミュニケーションが苦手で人間関係で悩んでいる人は、コミュニケーションをとれるようにすることよりも、引きこもって非現実に逃げようとするとか、Twitterとかでは顔が見えないからべらべらと書き込めるとか、そういう風に違った方法でコミュニケーション不足を補おうとしたりする。<br><br>本質と向き合うことよりも、それを補う方法や応急処置で一時的な解決方法に逃げている。<br>だから、本来の意味での問題解決へと繋がらないわけです。<br><br>だから、心が苦しいとずっと言っている人に「苦しいのが好きなの？」と訊いても「苦しいのは嫌です。」という。<br>「じゃあなんで苦しみに繋がるような思考をするの？」と訊くと「わからないです。」という。<br><br>僕は"？"がいっぱいになりましたが、今やっと腑に落ちた。<br><br>↑の会話を歯医者の例でたとえるとわかりやすかった。<br><br>歯が痛いと苦しんでいる人に<br><br>「痛いのが好きなの？」と訊くと、「痛いのは嫌です。」という。<br>「じゃあ、なんで痛いまま放置するの？」と訊くと、「わからないです。」という。<br><br>答えは単純で<br><br>歯医者へ行くのに抵抗してるわけですね。<br><br>「心が苦しい」とずっと言っている人は<br><br>その苦しみを解決する本質的な問題を避けて、他の苦しみに差し替えて逃げているわけです。<br><br>本当はみんな問題の本質を知っている。<br><br>でも、本質と向き合うのが怖い。<br><br>正面衝突になるから、素のままでぶつからないといけないから、逃げ道がないから<br><br>だから怖い。<br><br>でも、本質と向き合えなければ<br><br>応急処置や本質を避ける解消方法に依存して、ずっと、ずっと「苦しい」のループループループ。<br><br>じゃあどうする？<br><br>もう、わかっているね？<br><br>そう。歯医者へGO ！！<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/lry046913/entry-12065108781.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Aug 2015 23:32:36 +0900</pubDate>
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<title>傷</title>
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<![CDATA[ 傷つくのが嫌なら何も干渉しなければいい。<br><br>干渉したいのなら傷つくことを恐れずにぶつかるしかない。<br><br>口だけ達者で行動が合わないのなら口を慎むべきだし、出来ないなら出来ると言わないこと。<br><br>そうしないとまた現実とのギャップで苦しみになって再び傷つくだけ。<br><br>人を信じるなら、裏切りを恐れないこと。<br><br>環境を変えても意味はない。<br><br>自分を変えなきゃ。<br><br>苦しいなら本を読め。<br><br>偉大な先人達の言葉を心に滲み入るまで読め。<br><br>自分の力の無力さを知れ。<br><br>自分の信念の脆さを知れ。<br><br>たかが、20年ちょっとの人生の自分を奢るなよ。<br><br>傷つけ。<br><br>学べ。<br><br>逃げるな。<br><br>向き合え。<br><br>それ以外に方法なんてない。<br><br><br>
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<pubDate>Sun, 23 Aug 2015 11:46:36 +0900</pubDate>
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<title>成長</title>
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<![CDATA[ 人は苦しい時、辛い時、悲しみ、寂しさに押し潰されそうなときに<br>ある段階を踏まなくちゃ成長に繋がることはない。<br><br>それは自転車をはじめてこげたときの段階にも似ている。<br><br>その段階とは<br><br>心が苦しい。<br><br>まず誰かに苦しみを理解してもらい受け入れてもらう。<br><br>それからアドバイスをもらう。<br><br>そして自分で心と向き合って、自分で乗り越える。<br><br>その段階を踏まなくちゃいけない。<br><br>自転車でたとえると<br><br>まず自転車に補助輪を付けて誰かに支えてもらう。<br><br>それから、どうしたらうまく乗れるのかアドバイスをもらう。<br><br>そして、補助輪を外し自分の力でこぐ。<br><br>失敗して転ぶかもしれない。<br><br>恥ずかしい目に合うかもしれない。<br><br>それでも自分の力でこぐ。<br><br>そしてだんだんこげるようになる。<br><br>苦しいときに誰かに受け入れてもらうのは嬉しいことでしょう。<br>安心感、安堵感も感じ、心地がいいかもしれない。<br><br>でも、それだけじゃ成長しない。<br><br>怪我しても、泥んこまみれになっても、転んで恥ずかしかろうが<br><br>自分で自分の心を乗りこなさなければ、いつまでたっても誰かを頼り、安心を求め、補助輪をつけたまま生きていくことになるでしょう。<br><br>----独り行く----<br><br>その瞬間が必ずある。<br><br>それは怖く真っ暗で手すりのない階段を上るようで不安かもしれない。<br>けど、その先に行かなければ今のまま一生苦しみに囚われて生きていくでしょう。<br><br>もう話も聞いてもらった、受け入れてもらった、居場所も見つけた、アドバイスももらった<br><br>今が独りで行く瞬間<br><br>さあ、行け。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/lry046913/entry-12064750007.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Aug 2015 00:56:07 +0900</pubDate>
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