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<title>luxtimeのブログ</title>
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<title>ヒューマン･エラーの連鎖：　フェリー事故と原発事故の共通点</title>
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<![CDATA[ 韓国のフェリー事故のニュースを見ていると､幾重にも重なったヒューマン･エラーの連鎖が原因のように思える。過積載があったのだろうし、それをチェックしなかったこともあったのだろうし、フェリーが傾いたときの対応の誤りもあったのだろう。<br><br>また事故が起こった時の避難誘導にも問題があったと思えるし、乗客の救助よりも先に避難してしまう船長の問題も大きい。救助の遅さも不思議だ。韓国でフェリーが傾いているというニュースはすぐ流されたのに、その後に迅速に最適な救助の手段を講じたとも思えない。多くの過ちの連鎖が多大な犠牲者を出すことになってしまったのだろう。<br><br>交通事故などは一人の過ちで起こることはまれだとされる。赤信号で交差点に突っ込んだ車が走り去ってしまうことは多い。しかしこの交差点にもう一台の車が別の道から赤信号で進入したりすると事故が起こる可能性がすごく高くなる。<br><br>過去の原発事故は6重にもなるヒューマン･エラーの連鎖によって起こっているという事を何らかの本で読んだことを思い出した。一つのエラーが起こる確率を1/100だとすると、二つのエラーが同時に起こる確率は1/10000もなる。6つのエラーが同時に起こる確率は1兆分の一になるから、6重のエラーによる事故は事実上起こりえないことになる。<br><br>このような計算が原発が安全だという数字的根拠になっているのだろう。ところが実際には事故は起こっているのである。その理由はヒューマン･エラーの「ヒューマン」の部分にある。<br><br>最近の自動車には複数のエアバッグや、スリップ時に体制を立て直すコンピュータ制御のの安全装置などがついている。でもこれらの素晴らしい安全装置も期待されたほどの効果を発揮していないようだ。それは安全装置があると安全だろうと思ってつい無謀な運転をしてしまう人間の心理にあるという。<br><br>韓国のフェリー事故も「ちょっとくらい積み荷が多くても大丈夫だろう」「ちょっとくらいチェックに手を抜いても大丈夫だろう」「ちょっとくらい船が傾いてもすぐに元に戻るだろう」ーーーーなどの「安全神話」的な考えが重なって起きたように思える。要は「ヒューマン」がつくと、事故が起こる確率は単純には計算できないと言うことだ。<br><br>活断層の有無などを調べても安全な原発は作れない。ヒューマン･エラーの連鎖は安全な原発にも事故を引き起こす。ヒューマン･エラーをなくすためには過去の事故原因を隠蔽せず、徹底的に検証することが必要だ。しかし事故は起きる。これが我々が実際に体験したことである。<br><br>これらの危険性に加えて､原発は核兵器製造能力の保持とその材料の確保以外には役立たないものだということを認識しておく必要がある。また原発があると言うこと自体非常に危険なものなのだ。敵国に原発を攻撃される事は核爆弾を落とされたのに等しい。本当に日本の安全を考えるなら原発は即時廃止するべきなのは明白に思える。
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<link>https://ameblo.jp/luxtime/entry-11845668821.html</link>
<pubDate>Fri, 09 May 2014 12:13:38 +0900</pubDate>
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<title>変な英語と消費税</title>
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<![CDATA[ 日米両国で家を買ったことがあるので、建築関係の英語がよく耳に入るのだが、日本には変な英語が多い。例えば「天窓」の事を「トップライト」と言っているが、漫才師の名前みたいだ。ウェブの辞典で調べてみると、"top light"とは書いてある。工学時辞典も同様だ。でもアメリカではこんな言葉は聞いたことがない。"Skylight"というのが普通なのだが、日本の辞書には、一冊だけこの言葉を載せていたものがあった。<br><br>「渡邉篤史の建物探訪」などを見ていると「スキップフロア」の家というのが出てくる。上と同じ事で、工学事典にも載っている。しかしこれもアメリカでは聞いたことがない。調べてみると、"skip floor"と書いてあるが、用例は見つからない。一冊だけ、"split-level"と書いてある辞書があった。これはアメリカで使われていたのを覚えて居る。「段違い」と言うことだが、わかりやすい。<br><br>どうも日本では知っている単語を組み合わせて新しい言葉を作みたいだ。「天窓」という言葉が既にあるのだから、「トップライト」なんて要らない。でも何となく洋風で雰囲気がいいのかもしれない。でもこんな言葉よりも、日本語にしにくい"convincing"とか"deserved"なんかの訳語を作った方が為になると思われる（これらの訳語はもちろんあるのだが、あまり原語の意味を反映しているようには思えない）。<br><br>そんなことを考えていてふと「消費税」って英語で何と言うのだろうと思うに至った。辞書で引くと"comsumption tax"と書いてあって、これは想像通りだ。ところがこの言葉もアメリカでは聞かない。政府は外国では消費税は20％の所も多いなどとい言っているが、本当かな？　どうも変だ。<br><br>何故へんだと考えるのかというと、原発事故以来、日本にはウソが多い事を知るに至ったからである。アメリカには確かに消費税みたいなものはあるが、"state tax"と言っており、文字通り州税である。しかも通信販売でよその州から買えば、払わなくて良い。一度車を隣の州で買ってみたが、うまくいかなかった。登録した州で払わないといけないと言う。<br><br>カナダやヨーロッパではVATというのがあって、旅行者には返金してもらえる。だからVATという言葉は頭に残っているのだが、これはvalue-added tax"の略であり、付加価値税と訳されている。ビスケットを買うと課税されないが、チョコレートでくるんだビスケットを買うとチョコレート部分だけ課税される。チョコレートは贅沢品で、付加価値であるから課税すると言うことらしい。つまりは貧乏人は払わなくて良いのだ（もちろんチョコレートを食べたくなければの話しだけれども）。<br><br>そうなってくると日本の消費税というのは、どうもうさんくさい。ウィキペディアで調べると、「個別消費税」「一般消費税」「総合消費税」に分けられるが、特に断りのない限りは「一般消費税」のことを言うと書いてある。「一般消費税」はVATであるとも書いてある（GST = Goods and Services Taxという言葉もある）。でも日本ではチョコレートだけでなくビスケットにもかかる。やはり何か怪しい。<br><br>日本の消費税はすべての消費にかかるから逆進性がある。つまり貧乏人ほど負担は大きくなる。ところがVATは贅沢品にかかるから、貧乏人の負担は少ない。要するに日本の「消費税」は本当はVATではない。要するにどこの国でも国民が負担しているように思わせているだけではないだろうか。<br><br>よく考えてみると、そもそも消費に課税するというのがおかしい。消費を抑えることになるので、経済が悪くなるからである。一昔前なら消費よりも預金を奨励した方が良かったので、消費税は意味があったのかもしれない。しかし今の状況では、消費は促進する方がよい。とすると消費税という名前が良くないと言うことになる。では「国民福祉税」などという懐かしい名前はどうなんてことになるが、早い話はごまかしである。<br><br>こう考えてくると消費税の目的というのがだいたい解かってくる。それは特殊法人を維持して天下り先の確保に使うのであろう。だいたい日本に金がないという報道もおかしい。世界でも指折りの豊かだった国が、ギリシャのように急に財政危機になるというのはちょっと考えがたい。前にも書いたが、アメリカが財政危機なのは、国民の借金癖だけが理由ではなく、とてつもなく巨大な軍隊を維持しているからである。<br><br>日本には正式な軍隊がないから、カネがないわけはない。ただ年金問題と人口の減少で、特別な用途に使えるカネが減ってきた。そのような金がなくなってくると、消費税をアップしようというのはこれまでも何回かあったことである。しかし増税により経済を悪くすれば、結果的に税収も低下してしまう。大事なのは消費税率を上げることではなく、「特別な用途」を廃止することにあるのは明白である。せめて10％に上げる前には､何らかの対策を施して欲しいものだが、今の政府ではまったく無理なことだろう。
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<link>https://ameblo.jp/luxtime/entry-11824219244.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Apr 2014 11:08:26 +0900</pubDate>
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<title>日本人は世界を知らない (2)</title>
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<![CDATA[ アメリカは日本に原子爆弾を２発落とした。広島と長崎には主要な軍事施設があったわけではなく、これは明らかに民間人を狙ったもので、国際規約からすれば犯罪である。<br><br>広島型原爆はウランを用いたもので､長崎のものはプルトニウム爆弾である。つまり原爆投下が２回必要であったのは、異なった爆弾を実験するためだったのである。またアメリカの学校では原爆投下を｢アメリカ兵の犠牲を少なくするために必要であった｣と教えている。<br><br>一方で日本軍による真珠湾攻撃はスネーク・アタックとしてアメリカでは忌み嫌われている。実際には宣戦布告はワシントンの日本大使館までは届けられていたのだが、何らかのトラブルでアメリカ政府に渡すのが遅れたなどの話しもあるが､あまり弁解の余地があるようには思えない。<br><br>日本人がアメリカの原爆投下を非難すれば､アメリカ人は日本軍による真珠湾攻撃を非難することになる。このような話しをすれば議論は泥沼化し、溝は深まるばかりになる。<br><br>私が渡米したのはもう３０年近く前のことなのだが、このような問題を話題にされたことは一度もなかった。大きな研究所で働いていたからかもしれないが、周りには日本の過去を非難する人などはいなかったし、我々もアメリカの原爆投下を非難したわけではない。<br><br>だからといってアメリカ人も我々もこれらを忘れていたわけではない。１２月８日にゴルフ場へ行ったりするとちゃんと半旗が掲げられていた。子供の授業参観では原爆のことも教えるので日本人として腹立たしい思いをしたこともある。<br><br>どの国の国民にも過去における憤りも懺悔の念もある。しかし過去にとらわれている限り、我々はその呪縛から逃れることはできず、精神状態は不健康になる。そしてそれは国家レベルでは戦争を、個人レベルでは病気をもたらすことになる。<br><br>怒りは我々にマイナス面しかもたらさない。どの国の国民でもそうだが、一流の人間は過去にとらわれす、現在と未来を見つめて生きているのだ。
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<link>https://ameblo.jp/luxtime/entry-11819681014.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Apr 2014 11:55:22 +0900</pubDate>
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<title>「一流の人間」とそうでない人間</title>
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<![CDATA[ かなり昔のことだが、アメリカで暮らしていた頃、日本人仲間のパーティーに招待された。しゃべっていると当時高価だったビデオカメラを使っている人がいた。明日から１週間ほどフロリダ旅行に行くから買ったのだという。「高かったでしょう」と聞くと、彼は｢はい」とごく当たり前そうに言った。「でも１週間後には返品するんです。」<br><br>アメリカ人の場合にはこのような考えは珍しいというわけではない。冬期にフリージング･レインのため３日間ほど停電したことがあった。電気が戻った後でホームセンターに行くと、小型発電機のパッケージを車で運んできた人がいる。店員がちょっとアップセットして「返すのか」と聞くと、彼は平然として｢イエス｣と言った。<br><br>アメリカでは開封して一定期間使用した電気製品であっても、気に入らなければ返却して良い。これは消費者保護のためで、意外な欠点のある製品を買ってしまったからといって、無理に使い続ける必要はないのだ。この制度を利用して、短期間だけ無料で新品のカメラや発電機をを無料で使おうというわけだ。費用節約のための新しいアイデアではある。<br><br>アメリカはこのような「お試し制度」がたくさんあって、銀行口座を開いたり、クレジットカードに入会すると、といくらか入金してもらえたりする。これを利用して一定期間入ったり出たりを繰り返し、収益にする人がいる。まったく悪いなどとは考えていなくて、仕事の一つだと思っている人たちも多い。<br><br>日本人は集団としてかなり均一だが、外国では迫害を受けながら生き延びてきた人たちもいて、自分の権利のみを主張して譲らないことも多い。生き延びるために獲得してきた考えだから、当たり前と言うこともできる。何に違反するわけでもないのだから、積極的にやって金を儲けようと考えている。でも自社の製品に満足がいかなない場合には返品してもいいのだから、企業にとっては好ましくないであろう。<br><br>以前日本で有名な研究者にアメリカで会ったことがあった。彼は研究に使う試料を私の当時のボスに請求しているのだが、私からも頼んでおいて欲しいという。私はそれを自分で調製する簡単な方法を話したのだが、彼はそんなことは一流の人間がやることではない、まずは最初に開発した人に頼むのが礼儀だという。彼は日本ではアグレッシブな人間として知られていたので、別の局面を知ってとても驚いた。<br><br>この後で私は、どのような人間も「一流の人間」とそうでない人間とに分けることができると考えるようになった。一定の基準を採用すればどちらかに振り分けることができる。「一流の人間」は一週間使用するだけのために新品を買って、あとで返品したりはしない。余得があるからといって、頻繁に銀行口座やクレジットカードを何度も変更したりすることもない。このようなシステムが一時使用のために儲けられている訳ではないことを知っているからである。<br><br>アメリカで一軒家に住んでいると銃を持っていた方が安全だという気分になることがある。でもそうしようと思ったことはない。アメリカ人はかなりの人が銃を持っている様に思うかもしれないが、「一流の人間」はそんなものは持たないのである。確かにそれで身を守れるのだが、社会にとってはマイナスであることを知っているからである。<br><br>我々は日常生活で判断に迷うことが多くある。多くのことは考え方次第で、正しいとも誤りだとも考えられる。このような時には、「一流の人間」ならどうするかで判断することにしている。「一流の人間」というとずいぶん偉そうな感じもするから、｢普通の人間｣と言い換えてもいいのかもしれない。でも「一流の人間」の方がインパクトがあっていいだろう。<br><br>集団の大部分が「一流の人間」で占められたときに初めて成熟した社会ができあがる。大震災の後で危機にある我が国は、成熟した社会を形成する方向へ、今まさに大きく舵を取る必要がある。我々みんなが社会全体のことを考えるようになった時に、本当の意味で安全、安心で平和な社会がやってくるのだと思っている。
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<link>https://ameblo.jp/luxtime/entry-11817175976.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Apr 2014 16:15:05 +0900</pubDate>
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<title>日本人は世界を知らない</title>
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<![CDATA[ もう何年も前の話であるが、アメリカの首都ワシントンDC近郊の街で暮らしていたある朝、当地の新聞であるワシントンポストを見ると驚くべき広告が載っていた。<br><br>丸一面を使っておりすごく大きい。これだけの広告はかなりの値段がするに違いない。驚きはそれだけではない。内容を見て思わず3センチくらいは飛び上がってしまった。日本の従軍慰安婦は国家が主導したものではないと言うことを理論的に(?) 説明する内容であり､なんと広告主は日本の国会議員の有志だったのだ。<br><br>「これで決まったな」と思った。当時、アメリカの議会に日本が戦争時に従軍慰安婦の制度を持っていたことを非難しようとする決議がおこなわれようとしていたのである。これは否決される可能性の方が高かったように思う。でもこのような広告が出れば逆効果だ。案の定この案は賛成多数であっさり可決されてしまった。<br><br>この広告は以下の考えの基におこなわれたと思う。<br>１）日本のイメージをよくしなければならない。<br>２）アメリカ人は事実をしっかり話せば分かってくれる。<br>広告主の考えはよく分かるのだ。また彼らは時間面でも金銭面でも非常な努力をしたと思う。しかしこれでは明らかに逆効果だ。このようなことはキリスト教文化を基礎にする欧米人にはまったく理解できない事は明らかなのである。<br><br>慰安婦制度には倫理的問題があって、そんな制度をもっていたことはとても恥ずべきものと思われる。国家が主導したのかどうかとか、よその国にもあったなどの議論はまったく問題にならない。ましてやこの制度が必要であったなどの意見には耳を疑うものがある。この広告は日本の恥を外国に知らしめた結果となった。しかも一面広告のインパクトをもって。<br><br>時は流れたが、今も日本人がキリスト教世界を知らないことは変わらない。それどころか話は盛り上がるばかりだ。しかし従軍慰安婦の件を表に出せば出すほどに日本は不利益を被る。事実、日本はまったくけしからんから、地図で日本海の横に「東海」と表記しようなどという意見もいくつかの州で可決されるようになって来ている。このような事を書くのは心地よくはないが、過去の恥に対しては言い訳しないのがよい。人の噂も何日とかと言うから、この問題には今後触れないようにしていった方が､日本の評判を考えるといった点からは無難だろう。
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<link>https://ameblo.jp/luxtime/entry-11798094561.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Mar 2014 11:33:29 +0900</pubDate>
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<title>原発の真実　〜　だまされないための10箇条</title>
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<![CDATA[ フクイチからの汚染水漏れは止まらない（= not under control)。福島では非難している人たちが帰還できない村も出てきた。しかし原発の真実を知っていれば、これらは最初から分かっていたことだ。｢原子力｣には金儲けのための嘘が付随する。日本人はいつから金儲け一辺倒になってしまったのだろうか。政治家は、電力の安定供給（＝金儲け）のために国民の健康を害するのを本当に正しいと思っているのだろうか。以下はだまされないために知っておくべき10の事柄である。<br><br><br>１）原発はまだ制御不能の技術である。「核燃料サイクル」がまだ実現していないことはよく知られている。核燃料を使用した後の廃棄物は現状では処理することができない。他の科学技術とは違うのである。「技術は使わなければ科学の進歩はない」などという意見はこれを理解していない。<br><br>２）原発は非常に危険である。爆発したときには、原発を誘致して利益を得ていた自治体のみでなくかなり広い地域が被害を受ける。むしろ被害は世界的であるといって良い。「代替エネルギーをどうするんだ」といった問題とは比較にならない。リスクが大きすぎるのである。原発はまた敵国に攻撃されたときに自ら作った原爆になる。沖縄に原発がないのは、必要がない上に、それを攻撃されたときに米軍基地に原爆を落とされた様な被害をもたらすからである。<br><br>３）原発は地球温暖化を進める。膨大な熱を処理するために原発は海の近くに作ってあるのである。そもそも地球温暖化なるものが進行しているとは思わないが、しているとすれば、原発による放熱はこれを進めるものである。<br><br>４）原発はCO2を出さない代わりに放射線を出す。そしてCO2より放射線の方がずっと危険である。そもそもCO2が地球温暖化を進めるという議論自体、原発促進のためにねつ造されたデータによるものである。<br><br>５）リスクはベネフィットとの比で考えるべきだという議論はよくあるが、原発はリスクの方が極端に高い。火力発電では中東危機の場合に危ないとか、電気料金が上がるとかいって言う人がいるが、原発事故のリスクに比べればほとんど比較にならないほど小さなものである。<br><br>６）原発による発電費用は安価ではない。これはテレビでも報道されているが、それに加えて事故の場合の補償の費用がある。放射線は実は安全だとか言って補償していないだけで、ちゃんと補償すれば費用は莫大な金額になるはずだ。自殺者まで出ている現状を直視すべきである。<br><br>７）全ての国が原発を核兵器開発の潜在能力として位置づけている。「原発」は核兵器製造の基礎技術としても，その材料（プルトニウム）の調製工場としても必要であり、「人工衛星打ち上げ」と称するミサイルの開発も、核兵器を敵国まで移送するのに必要である。中国が日本を上回る宇宙技術を持っていることや、北朝鮮の最近の動きを理解すればわかりやすい。<br><br>８）大局から物事を判断しなければならない。「夏に電力が不足する」なんていう宣伝を信じて再稼働しては大変なことになる。仮に電力が不足するとしても再稼働によるリスクの方がずっと大きい。「親戚が原発で働いているから」とか「再稼働しないと地元の経済が振興しない」などはレベルの低い議論である。そのような問題は他の施策で解決すべきで、全国民を危険に巻き込んでまで原発を再稼働させる理由にはならない。<br><br>９）最新の原発でも事故は起こる。これまでの原発事故は全て，確率的にはあり得ないほどの何重ものヒューマンエラーが重なって起こっている。システムが安全になれば注意力は低下する。これは人間の性（さが）なのだ。もしも原発が安全なら、核兵器を廃止する根拠もなくなってしまうだろう。<br><br>１０）放射性物質はたとえ低線量でも人類の将来にとってとても危険なものである。「この程度の放射線が害を及ぼすという科学的根拠はない」という解説を良く聞くが、「害を及ぼさない」という意味ではない。人工の放射性物質が現れてからの時間は，地球上に生命が現れてからの時間に比べるとものすごく短い。我々は放射線が人体に及ぼす長期的な影響をまだ知らないだけである。ネズミなら遺伝子の変異で弱くなった個体は死んでしまい、生存に不利な変異を持った個体は存続しない。しかし人間なら病院に行く。そのために人間には遺伝子の変異が蓄積している。我々は両親から2組の遺伝子を受け取っているが、一つに変異が既に入っていた場合、放射線によるもう一方の遺伝子の変異は致命的になる。
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<link>https://ameblo.jp/luxtime/entry-11796695886.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Mar 2014 13:40:05 +0900</pubDate>
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<title>腰まで泥まみれ</title>
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<![CDATA[ ｢花はどこへ行った｣などのフォークソングや｢セサミストリート｣への出演でで有名な歌手ピート・シーガーは､本年1月27日にニューヨーク市の病院で94歳の生涯を閉じた。彼については大きな思い出がある。<br><br>アメリカに在住していた頃、当時の大統領がテレビで重要な演説をするというニュースが入った。見ているとブッシュが話し始めて、"No one likes war."なんて言い始めた。そんなことないだろう（戦争が好きな人だっているはずだ。あんたがそうだろう）と思っていると、イラクを攻撃するという。あきれると共に激しい怒りがこみ上げてきた。でも当時、良識があると思われていた人たちも結構賛成した。戦争には魔力がある感じがする。アメリカには軍事産業もたくさんあるし、テレビ局も戦争になれば視聴率が上がる。<br><br>実は私はこの瞬間までは、アメリカという国が大好きだったのだ。だから随分長い間この国に住んでいた。英語ができないと変な顔をされる面はあったが、自国民と分け隔てなく扱ってくれる。大統領の選挙にはもう行ったのかとか､聞かれたこともあった（選挙権なんてないのに）。過去の因習にとらわれずに新しい事をやる、新しい概念が次々出てくる。優秀な学生が全世界から集まる。日本ではできないことがたくさんできた気がする。<br><br>この国の一番の欠点は､他国との戦争だ。とても戦争好きに思える。60年代に月に人を送った華々しい宇宙プロジェクトは、ベトナム戦争による資金難で頓挫してしまった。その後もリビア爆撃、パナマ侵攻、アフガニスタン派兵と続いたが、これらは結果的には成功だった（ソマリア出兵以外は）。そうすると過去の苦い経験も忘れてしまうのだろう。愚鈍な指導者を持つと､大国ほど危ない。<br><br>アメリカのフォークソングは大好きだ。昔よく「セサミ・ストリート」に出演していたピート・シーガーの名曲に "Waist Deep in the Big Muddy" （腰まで泥まみれ）がある。日本でも中川五郎の訳で高石ともやや海援隊などが歌っていた。ピート・シーガーがその昔、ルイジアナの連隊で演習をしていた時の経験を歌にしたものである。<br><br>それは大雨の後の月夜の事で、湿地帯には大きな水の流れが幾筋もできていた。現在地から移動して、本隊へ合流する道は二つ、これらの流れを突っ切っていくか、あるいは迂回していくかだ。隊長はとても勇猛果敢で第一の道を選択した。彼は叫ぶ。「進め！」<br><br>シーガーの歌詞には日本語では表現することが難しい微妙な事情がよく書き込まれている。無理に流れを突っ切るのはいいが、もし足が底に付かなくなれば兵隊達は死に直面する。重装備のため泳ぐことができないからである。しかも軍隊であるから、兵隊は隊長の命令には逆らうことができない。兵隊らは今や腰まで泥まみれだ。そして今や流れを突っ切ろうとする。勇敢な隊長は叫ぶ。「進め！」<br><br>月明かりが消え、突然、隊長のヘルメットが水面に浮かんだ。軍曹が叫ぶ。「引き返せ！」　軍隊では隊長に何かあったときには即座にその次の地位にある者に指揮権が移るのだ。そして軍曹の緊急のそして的確な判断により、シーガーらは難を逃れた。<br><br>兵隊達は重装備を解き、川に飛び込んで隊長の死体を引き上げた。そして流れの深さを知る。隊長は渉れると判断したのだが、大雨で増水した流れは実は前よりももっと深くなっていたのである。的確な判断のためには､まさに今の状況を知ることが大事だ。隊長の的確な判断が戦場では部下の生死を分ける。そしてそれはただの演習においても同じ事である。<br><br>ブッシュのイラク攻撃開始において、すぐにこの歌を思い出した。アメリカをよく思う人も悪く思う人もいるだろう。でも指導者の判断一つで国の性格も国民の運命も変わる。大学進学の資金を稼ぐため軍隊に入り、そして帰らぬ運命になった人たちも多い。とっさの判断において、現在の状況を正しく把握しておくことが必要だが、往々にして水かさが増えていることは気づかないものだ。<br><br>日本も今、同じ状況にあるだろう。われわれはこれまでの状況をよく知った上で、これからどうするかを判断していかねばならない。バブル期の頃の様に政府や企業のリーダーが、自己の利益だけを考えて金儲けだけに突っ走ったら､悲劇が待っているだけだ。この狭い日本に50いくつもの原発を作ってムラのメンバーに莫大な利益をもたらしても国が滅亡しなかったのは、バブル期まで経済が発展していたからである。<br><br>現在の我々は深い流れの前に立っている。危機を回避するために重要なのは、我々自身が正しい判断により、今の状況をよく把握できるリーダーを選ぶことである。未曾有の大震災への対応に失望した国民は強力なリーダーを欲する。そして強力なな指導者は強い国造りを目指して「進め！」という。しかし我々は既に腰まで泥まみれだ。やがてすぐに首まで泥まみれ。そしてその後には滅亡が待っているだけかもしれない。<br><br>--&gt; Pete Seeger -Waist Deep in the Big Muddy-<br>http://www.youtube.com/watch?v=uXnJVkEX8O4<br>
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<pubDate>Fri, 14 Mar 2014 16:44:34 +0900</pubDate>
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<title>STAP細胞の光と影　〜　論文の疑惑や捏造は何故起こるのか？</title>
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<![CDATA[ STAP細胞作成のNature論文の共著者である山梨大学教授が論文を取り下げた方がいいとの指摘をしているとのニュースがあった。ウェブで「STAP細胞」を検索してみると様々な記事が見つかる。問題になっているのは図の使い回しと補助データに関する実験法の記載が他人の研究報告とかなりの行数に渡って同じだという指摘である。これらがある程度許されるミスなのか重大なねつ造なのかは調査の正式な結果を待たないといけないが、気になるのは小保方さんの博士号の元になった論文にかなりのねつ造と思われるデータがあるという指摘である。<br><br>不思議なことだが人間には癖になる性質があり、ドラッグやアルコールはおろかシンナーにだって中毒になってしまう。一流誌に載る論文にはストーリー性があることが大事だ。つまり読んである程度は面白くないとインパクトがない。またすべてのデータに整合性がなければ論文の審査員に批判される。ところが生物学ではすべてのデータに整合性があるということが滅多にない。そこで少しデータを変えたいという悪魔のささやきが聞こえてくるのであろう。しかし少しでもこのようなことに手を染めると、やがては完全な中毒症状に陥ってしまうのではないかと思う。<br><br>Natureのような一流誌だと、ねつ造を論文の審査員が見抜けるはずだという指摘が多い。しかし審査員はねつ造があるかどうかという視点ではなく､論理に整合性があるかどうかという視点で見ていることが多い。もちろんデータが正しいかどうかの判断はするが､一般的にはねつ造かどうかを判断する視点では見ていない。<br><br>しかしねつ造を探すのが得意な人もいる。ねつ造を探そうという視点に立てば怪しいデータは見つけることができるのだ。著名な細胞生物学誌 Journal of Cell Biology の編集者は数年にわたってアメリカの細胞生物学会で､同誌に投稿されてきた論文のデータに如何に怪しいものが多いのか、どのようにして手が加えられたのかなどを詳細に紹介してねつ造の防止に努めてきた。そのようなこともあって､データの偽造を見抜く方法は研究者の間でかなり知られている。<br><br>STAP細胞の論文では「不自然な記述」ということも問題になっているようだ。これは審査員が論文を審査したときに気づいていても良さそうなものだ。しかしここで多くの人が知らないのは､審査員は審査する論文にものすごく近い人だけが選ばれるというわけでもないということだ。<br><br>同じような研究をしていて同じ時期に同じような結論に到達しつつある研究グループは常にいくつかある。競争相手の論文の審査が自分に回ってきたときに掲載を押さえるような評価をしたいという誘惑は､審査員なら誰もが感じることである。しかしこのようなことが横行すると、たとえNatureといえども大事な発見をSicenceやCellといった他の一流誌に取られてしまうことになる。<br><br>これを避けるためにNature誌では、投稿されてきた論文の著者の直接の競争相手をその論文の審査員とすることを避けるように配慮しているようだ。私もNature誌の審査員をしたことがあるが､回ってきたのは自分の専門領域ではあるが少しだけ離れた微妙な領域の論文であったのを不思議に思った事がある。<br><br>STAP細胞の作成は今のところ共著者の研究室でしか再現できないようだ。この様な大きな発見は日本のサイエンスの大きな成果なので、本当であると思いたい。日本の科学研究ではまだ大ボスがすべてを取り仕切っていることも多いし、とりわけ女性研究者の活躍が少ない。若い女性研究者が自らの研究グループを持ち、大きな発見をして注目されたことは､日本のサイエンスの状況を一変させるものだと思っていた。今はこれが昔の和田心臓移植の様な結果に終わらないことを祈るばかりである。<br>
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<link>https://ameblo.jp/luxtime/entry-11793494877.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Mar 2014 16:55:28 +0900</pubDate>
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<title>おいしいカフェ・ラテを作る</title>
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<![CDATA[ スターバックスの味はあまり好きではない。でも1年ほど前にTulley'sでカフェ・ラテを飲むと、とてもおいしい。もう8年ほど前にアメリカで買ったエスプレッソ・メーカーがあることを思い出して､引っ張り出してみた。ところがマニュアルが見つからず、使い方が分からない。無理に使っていると水蒸気がいろんな所から吹き出してきて爆発しそうになった。<br><br>やけどしないように手袋をして、針の先でミルクをフロスするための管の先を突っついて見ると、大量の水蒸気が出てきて使えるようになった。前に使ったときに管の先の穴がミルクで詰まっていたのだ。この後で試行錯誤で色々やってみるとおいしいカフェ・ラテが作れるようになった。作り方を知らなかったので､オリジナルに仕上がったのかもしれない。けがの功名だが、今ではTulley'sのよりずっとうまいと感じるカフェ・ラテが作れるようになった。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140310/16/luxtime/77/04/j/o0480064012871000347.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140310/16/luxtime/77/04/j/t02200293_0480064012871000347.jpg" alt="エスプレッソ・メーカー" width="220" height="293" border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/luxtime/entry-11792609662.html</link>
<pubDate>Mon, 10 Mar 2014 16:10:02 +0900</pubDate>
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