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<title>百色そぼろ丼</title>
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<description>普段考えていることを書き込むだけのブログです好きなものは海と花とお餅です</description>
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<title>33.恋愛と幸せは別々だ</title>
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<![CDATA[ <p>　31番の記事を書いてひと月もしないうちに「あっこれはダメだ！やばい！」と思う出来事があり、一気に押しやられるように(？)仕事を辞めちゃいました。しばらく仕事探して、持病や体調に理解あり配慮ありの最高環境職場に奇跡的に巡り会えて楽しく働かせてもらっています。</p><p>　っていうことを書いてなかった！て今気づくぐらいまた間が空いちゃってアハハ。</p><p><br></p><p>　毎年秋に体調も気分もどん底まで落ち込む分、この季節はいろんなとこに行く意欲だったり考えごとが止まらなかったり新しいことをしようとしたりとそんな時期です。ここ一か月ぐらいは己の婚期についてずーーっとぐるぐる考えていて、やっと出口が見つかったので書いてみようとここに来ました。</p><p><br></p><p>　母が結婚した年齢だからか、リア友と会う機会が多く話題にあがりがちだったからか、「パートナーがいる生活」に意識を持っていかれていました。このブログを始めたのが振られた直後で、考え過ぎをなだめるためでもありました。それから数年(！)今までほんと〜に何もなくて、私に足りないところがあるからチャンスを逃してるんじゃないかと方法を真剣に考えたりして。どんな人がいいとかどんなところで出会いたいとか。</p><p>　これまで考えていた人生のプランの中で、将来のパートナーの有無にこだわりはありませんでした。なぜ私は今ここまでパートナーがいる状況にこだわっているのか。家族にも友人にも「いい人いないの？」なんて不躾な質問をしてくる人いないのに勝手に自分が自分に追いかけられてる気分になっていました。多分、持っていればいつでも出せるカードを手元に置いておきたい気持ちだったのかもしれません。パートナーの存在とは、持っていれば自分が充実した生活を送っていると証明できるカードではありません。それを誰かに見せつけられたり見せろと言われているわけでもないのに、それを手に入れることばかり考えて必死になっていたようです。</p><p><br></p><p>　何より、パートナーがいること=自分の癒しや幸せを満たすことができる、ではないんですよね。カップルや夫婦の方々はパートナーのおかげで幸せを感じることはもちろん数多くあるでしょうが、パートナーが「いるから」ではなく、その人がその人であるから、だと思うんですよね。今この瞬間どこかのカップルが幸せだとして、私はパートナーがいないから得ることができないわけじゃなくて、またどこかのタイミングで幸せだなーと感じる瞬間があるでしょう。</p><p>　それが人より多いとか少ないとか誰かがいるおかげとか誰かのせいとか関係なくて、幸せと恋愛ってもの自体結び付けられてない、ただ別々にあるものだと思うんです。つまりは幸福の追求=パートナーと一緒にいることではない。<br></p><p><br></p><p>　ところで、先日、理想のパートナーと出会うための方法についてこんなことを考えていました。</p><p><br></p><p>&gt;&gt; <font color="#8b8b8b">新しい人と出会いたいの感情を細かく分解していくと「犬みたいに素直で純粋で誠実な人を可愛がりたい」だけだということに気付いてしまったので、その欲を満たすために実物の人間に近付くのはあまりにも失礼じゃないか。と、いうことになり、結局何もしないに越したことはないのかもしれない。</font></p><p><br></p><p>　この理論でいくと、街中でナンパしている人も合コンに行く人もマッチングアプリも婚活パーティーも全部「相手に失礼」となってしまう。そんなわけない。そういう体力も気力も時間も使うことをしているから出会えるわけで、これを否定してしまうとこの世に何も生まれない。機会を増やさなければ何も始まらないのに。</p><p>　一旦そういう(可愛がりたい)欲を捨てても、私は新しい人と出会いたいという意欲がモリモリになっていることには変わらないので、行きたいところに行ってやりたいことやって話してみたい人に話しかけていけばいいんだと思います。それはパートナーを作るとかの執着ではなく、ただ生活の延長として、です。お仕事で少しだけ自信がついた余裕の分でやってみる「やりたいこと」はためらわず。自分のやりたいことやるのが私の幸せの一つなので。</p>
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<link>https://ameblo.jp/m-80/entry-12748989390.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jun 2022 20:58:02 +0900</pubDate>
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<title>32.パニック障害と双極性障害ってどんな感覚？</title>
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<![CDATA[ <p>先日フォロワーさんのツイートを読んで考えてみました。</p><p>治療中の対人関係で何が嫌で何が嬉しかったか。</p><p><br></p><p></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20211015/10/m-80/36/76/j/o1080171215016081881.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20211015/10/m-80/36/76/j/o1080171215016081881.jpg" border="0" width="400" height="634" alt=""></a></div><p></p><p><br></p><p>考えてみたけど、やっぱり人によって違うんじゃないかなぁと思ってて、薬や楽になる何かを教えてくれた方が嬉しい人もいれば「大丈夫？できることある？」なんて聞かないでくれという人もいるんじゃないかなぁと。まあ最悪なのは「それは甘えでしょ」だと思うのでそれさえ避ければあとは相手の反応次第かなあというかんじもしますが。そもそもこの記事をクリックしたりツイッターでこの画像を読み込んだ人って何かしら関心があるからそこまでひどいこと言う人ではないだろうし、これは言わんとってくれみたいなことを平気で言う人には届かんだろうなとも思っている。</p><p><br></p><p><br></p><p>まぁそれで、こんなツイートをしたんですよね。</p><p><br></p><p><a href="https://twitter.com/myk8g/status/1446101124029681670?s=21">https://twitter.com/myk8g/status/1446101124029681670?s=21</a></p><p>&nbsp;</p><div data-link-twitter-tweet-log="" contenteditable="false"><blockquote class="twitter-tweet" data-lang="ja"><p lang="ja" dir="ltr">何事もそうだけどなったことなくてイメージできないものに関しては深く触れない方がいいし、なったことあっても自分の身体と他人の身体は違うということは忘れないで〜という気持ち！</p>— 美雪 (@myk8g) <a href="https://twitter.com/myk8g/status/1446101124029681670?ref_src=twsrc%5Etfw">2021年10月7日</a></blockquote></div><p>&nbsp;</p><p>イメージできたとしてもやっぱりそれは自分の体に起きたことじゃないから人にヤイヤイ言うのは少し慎重になった方がいいとおもう。相手が求めてこない限りはまぁそっとしておくのが無難かなと思いますけど。</p><p><br></p><p><br></p><p>じゃあ私のその病気ってどんな感覚なのよというのを書いておこうかなと思いまして。同じ病名がついていても症状はほんっっとーーに人それぞれで治療法も楽になる方法もおんなじものにはならないので、参考程度に。イメージできたら何になるってわけじゃないけど、こんな世界もあるのか、というかんじで。</p><p>感覚だけ書くので体の症状は省きます。多すぎてめんどくさい。</p><p><br></p><p><br></p><p>※罹患されている方は発作を誘発する可能性があるので無理に読まないでください。</p><p>※症状に当てはまるからといって確実な診断にはなりません。日常生活に支障が出ている場合は心療内科を受診してください。</p><p><br></p><p><br></p><p>▶︎パニック障害</p><p>一般的に使われる「パニック」と同じ言葉だから混同されやすいのだけど、パニック発作とパニックの状態は全然違う。どっちも経験してる身からすると、明確な違いは「襲いかかる恐ろしさ」だと思う。</p><p><br></p><p>一般的なパニックの状態は、頭が真っ白になったり思考停止したり、もしくは焦って訳分からんことを喋ったりやっちゃったりするやつ。</p><p><br></p><p>一方でパニック発作はもうとてつもなく恐ろしいって感情が心の中の100%を占める。「ここにいたらヤバイ、ぜったいヤバイ、無理。全部無理。どうしよう、どうもできない」みたいな思考がぶわーーーって後ろから襲いかかって目の前を真っ暗にするかんじ。身体の症状にも対処したいんだけど、それ以上に「今、やばい」の状態から抜け出したくてたまらない。すごく怖い。</p><p>私の場合は公共交通機関を利用している時とか、外食する時、スーパーで買い物してる時とか。学生の時は避難訓練、全校集会とか、あと先生がブチギレてるときの教室、誰かが倒れたりしてる状況が苦手で発作が起きやすかった。「今ここから逃げられない」と思った瞬間、一気に不安が身体を全方位からギューーって押し寄せてきて無理になる。私は今ここで死ぬんだわとも思う。</p><p><br></p><p>けど、発作は数分でおさまる。また別の日同じ状況になったらまた起きて、おさまる。繰り返し。</p><p><br></p><p>そうしていくうちに、自分の苦手な場所とか状況に向かっていくのを想像すると「予期不安」がついてくる。明日は大丈夫だって寝て起きて玄関のドアノブに手をかけた瞬間に、無理かもって気持ちがいっぱいになってその場でうずくまってしまう。想像しすぎとかじゃなくて、勝手に身体がそうなるのを頭で考えるだけじゃコントロールできない。</p><p><br></p><p><br></p><p>私の場合は投薬治療と環境を変えたことでだいぶマシになったけど、あ、これやばいって感覚は時々起こる。家族でも友人でも、心配しすぎないけど近くで見守ってるぐらいのかんじでそばにいてもらえたら私は落ち着くかな。</p><p><br></p><p><br></p><p>▶︎双極性障害</p><p><br></p><p>ちょう楽しい「躁」の状態とまっくら絶望の「鬱」の状態を繰り返す。切り替えのきっかけはない。これもコントロールできるもんじゃない。乗りたくないジェットコースターに乗せられてぶんぶん振り回されている。真ん中がない。そして終着点もない。私は生活が送れる程度の「Ⅱ型」を診断されています。</p><p><br></p><p>躁状態</p><p>エネルギー満タン。超楽しい。見える景色が全部踊って歌ってる。ミュージカルの主人公になった気分。生活の彩度が上がる。雲が何の形に見えるのか、あの看板はいつから落書きされているのかについて誰かと話したい。話し続けていたい。いくら動いても疲れない。寝れなくても疲れない。話したい×疲れないのせいで人に会いたくなる。いっぱい約束する。旅行とか行きたくなっちゃう。ずっと頭の中が思考で埋め尽くされてる。あらゆることが気になって検索が止められない。落ち着かない。画期的(だと思い込んでる)アイデアが100個ぐらい浮かぶ。早く実行に移したい。</p><p><br></p><p>それを超えると過剰な自信で行動する。自分が正しいとしか思えなくて、偉そうに見下したようなことをいっぱい書きたくなる。経済面の不安がゼロになって(このままいけばたくさん稼げる気がして)高い買い物をしちゃう。薬もう要らないですとか言う。</p><p><br></p><p><br></p><p>鬱状態</p><p>躁から鬱に入る時の感覚がある。何っていうわけでもないタイミング、たとえば歯磨きしてる途中とかストレッチをしている途中とかに、自分の心から色が無くなるのが分かる。もう終わっちゃったのかと思う時もあればやばい今はやめてもう少し元気でいさせてと思う時もある。楽しみな約束がある日の朝にこれになると手を合わせて祈ってしまう。</p><p><br></p><p>エネルギーがある鬱とない鬱の2パターンあると思っている。</p><p><br></p><p>エネルギーがある鬱</p><p>自分を無価値に感じる。なんもしてないのに涙が止まらん。何でもない一言にも涙が止まらん。何してても涙が止まらん。命無い方が楽だと思うし、こんな奴生きてても何のためにもならんと思う。自分を追い詰める言葉が自分の中からずっと聴こえてきて、塞げない。自分のやってきたこと全部が嫌で仕方なくて自分の身体を頭の中で何回も刻む。何をしても、それをしていい人だと思えない。全部が否定的に見える。ポジティブな言葉や歌が響かない。約束が全部パーになる。それが申し訳なさすぎて友達でいてくれる人を疑う。一個前に書いた記事とか普段心がけてる自分に優しくする方法とか思い出せるけど本気で捉えられなくて自分に言い聞かせられない。</p><p><br></p><p><br></p><p>エネルギーがない鬱</p><p>視野が2ぐらいになる。通常時と比べて思考のスピードも1ぐらいしかない。とにかく無に近い状態。抜け殻。何をする気も起きない。ずっと天井見てる。文字が読めないから文章の意味が分からない。話しかけられて理解するまでに1分ぐらいかかって、それを考えて返答するまでに1分ぐらいかかる。それをするのにものすごい体力使う。選ぶとかもっと無理。お風呂上がりのタオル選ぶのもどっちにすればいいか分からなくて長い間決められない。</p><p>「ご飯を食べる」をするまでに、</p><p>時計を見る→ご飯の時間だと理解する→お腹空いてない→でも食べた方がいい→お腹すいてない時に何食べたらいいか分からない→そもそも私がご飯を食べるに値する人間なのか→食べないと迷惑がかかるかもしれない(誰に？)→食べた方がいい→とりあえず白飯をよそう</p><p>みたいな過程があるんだけど、矢印一本につき5分ぐらいかかる。</p><p><br></p><p>思考はストローだと思ってるんだけど、エネルギーがないときのうつ状態はヤクルト飲む時のほっそいストローに似ていると思う。そのストローでバナナスムージー飲んでるかんじ。飲むのに疲れるから何もしないでいるほうがマシ。逆に躁状態のときはタピオカのストローの10倍ぐらいの太さある。(それはもうストローじゃなくない？)それでわんこそばみたいに次々色んな飲み物を飲んでるかんじ？野菜ジュースを飲んで何の野菜が入ってるか全部当てたくなるような気分？そんなかんじ。なにこの例え笑</p><p>ちなみに鬱から躁に移行する時は長い長い長ーーい真っ暗なトンネルから出たみたいに気分がスッキリする。詰まってたストローからスポーン！って何かが抜けて通りが良くなるかんじ。全部の窓開けて深呼吸する。</p><p><br></p><p>ふつうに嬉しいことがあったら楽しくなるし、傷付くことがあったら悲しくなるけどその出来事自体はスイッチの切り替えのきっかけにはならない。たぶん、この病気を持っていない人の「躁鬱」を想像するときってこんなイメージなんじゃないかな？自分でご機嫌を取れない人に見えるよね？自分が良くなる方法を知らないように思うよね？コントロールできないことの怖さとかもどかしさはどう頑張っても伝えられん。</p><p><br></p><p>こっちも投薬治療。あと気分の記録をつけて、上がりすぎたり下がりすぎたときにいらんことをしないように気を付けている。意図的に躁状態を作ることになって症状が強く出るから飲酒はできない。</p><p><br></p><p>働けるぐらいの症状だから頑張ってどうにかしているけど、頑張ってもうつ状態のときに指示通り作業をするのはどうしたって遅くなる。それで注意される。でもまあどうにか生きているんだから大丈夫。</p><p><br></p><p><br></p><p>病気が共通しているのか、それ以外の何かがあるのか分からんが、異様に記憶力がいい人が多いらしい。なんでそんな昔のちょっとした一言覚えてるの！？みたいな誰も覚えてないようなことが保存されている。多分、色んな感情ごと保存している量が多いから症状が出た時に鮮明に感情に出るのかなとも思う。知らんけど。</p><p>あとやっぱり、躁のときのアイデアって10個のうち2個ぐらいは名案だったりする。それは多分私がこの病気を持っていなかったら思い付かなかったようなアイデア。とか、雲の色に感動したりとか花の匂いに気付いたりとか。私がこうじゃなかったら知らなかった世界だなと思う。それを感じ取れない世界にいるよりは、ちょっとだけ生きづらいけど鮮やかな瞬間がある今が好きかな。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/m-80/entry-12703954846.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Oct 2021 10:28:50 +0900</pubDate>
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<title>31.人の能力や価値に優劣も過不足も無い</title>
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<![CDATA[ <p>わ、私、このブログ年に一回しか更新できないのか……！？書きたいことがあって開いたけどどんなかんじで書いてたか思い出すために過去のいくつかを読んでみたら一個前ですら一年以上前の記事なんですね。あらーー。</p><p>という今のこれも1年以上先の私がみて「え！」って言うんでしょうね……</p><p><br></p><p>Kindleで「うまくいっている人の考え方」という本を読んだ！うまくいきたいということを考えて選んだわけじゃないけど、読んだ感想としては「悩み相談これで全部解決できそう」だった。</p><p><br></p><p>自分用に良いなと思ったところを書き留めておく。</p><p><br></p><p><br></p><p>①ミスをすることは正常。自分が犯したすべてのミスは100%自分で許せるものである。自分の間違いを認められるということは人間的に円熟している証であり、健全な自尊心の尺度である。</p><p><br></p><p>②自分の長所と自分の人生の恵まれている部分に目を向ける。</p><p><br></p><p>③相手の自尊心を高めるために自分の自尊心を犠牲にしなければならない理由はない。</p><p>自分には常にプラスの言葉をかける。</p><p><br></p><p>④業績や地位はその人が自分より価値のある人間だという根拠にはならない。人間の価値とは数量で測定できるものではなく、生まれた時にもらって死ぬまで持ち続ける尊厳である。他人が自分と異なっているからといって、その人がそれだけ偉いということにはならない。</p><p><br></p><p>⑤自分は今のままで完全に価値がある。</p><p>私は常に進歩しつつある人間で、現時点でのベストを尽くしている。将来、今より向上すれば今度はその時点でのベストを尽くせば良い。人間としての重要性や価値は、知性や財産と関係ない。この世に生まれた時から価値のある存在である。</p><p><br></p><p>⑥まちがった決断より正しかったことの方がずっと多い。</p><p><br></p><p>⑦他人の感情は他人の責任。</p><p>意図的に危害を加えるわけでなければ、その人の反応に責任を負う義務はない。自分の感情に責任を負うだけでも十分たいへんなことなのだから、他人の感情に対してまで不要な重荷を背負う必要はない。同時に、自分の感情の責任も他人に求めない。</p><p><br></p><p>良いと思ったところをノートに書いてさらにブログに抜粋してる。めちゃくちゃ厳選されている。</p><p><br></p><p>この本読んで一番思ったのが、私は無意識に優劣をつけていたなあというところだった。特に4番に書いてあるように、「肩書きや収入や知性でその人の価値を計れない」というのは、当たり前のことのはずなのに「そうか！」と気づいた、みたいな気持ちになった。そこにすごく縛られていた数年だったなとも思った。数年というか、学生の時からその思考の癖があったかもしれない。</p><p><br></p><p>私は人より勉強している時間が長いから優れているとか、テストの点数が低いから劣っているとか。得意な教科の数でクラスメイトとの優劣を考えていたかもしれない。今は低収入でミスばかりするから周りより劣っているように感じていたし、自分の持つ能力の数を数えて安心しようとしたりしていた。もちろん長所に目を向けること自体は良いことに違いないんだけど、それができて周りの誰かができないからって偉いわけでも何でもない。そういう当たり前のことに気付いていなかったな、と痛感した。数量で測れるものでもないし、測る必要もない。誰より偉いとか偉くないとかって、意識しなくていい。だから、勝手に劣っていると思い込んでおくのはもったいない。もったいないというか、そんなことしなくていい。優劣とか関係なく、生まれた時点で、今のままで私には価値がある。これを忘れないでいたい。自分で自分を苦しめるより、自分は自分の味方をしていよう。</p><p><br></p><p>仕事でミスばっかりして、ンモーーどんだけ迷惑かけるんだ私はと思っていたけど、ミスの回数とできたことの回数がもし表示されるならできたことの方が多分多い。前に間違えたことを間違えなかっただけでポイントは増えてるし。</p><p><br></p><p>何事も自分を基準に考えて他人をみようとすると、うまくいかない。優劣の話で散々したけど、自分にできないことが人にできたとか持ってないものを持ってるとか、いちいち比べて自分がどうだって確信を持とうとするのはほとんど意味がない。自分の人生も、能力も、全部精算したら過不足なくできてるでしょ。何でもかんでも不公平だって文句言って悲劇的に人生過ごすのって楽しくない。</p><p><br></p><p>幸せってその環境のことをいうんじゃなくて自分の感情のことを言うそうです。だから、でっかい家に住んでるとか最高なパートナーがいるとかそういう要素が基準なんじゃなくて、今自分が幸せだと感じてりゃそれが幸せになるそうで。たしかに。でかい家も財産もないけど、推しを崇めてる時間は幸せそのものだから。自分でそれが幸せだと思うんなら幸せってことになるし、そういう時間を思い出して生きていよう。</p><p><br></p><p><br></p><p>などと思った。</p><p>あと、ここに書いてない項目の一部はすでにこのブログに書いてたり普段から考えていたことだったりしたのでちょっと嬉しかった。</p><p>今からこうしよう！高い目標へ！とかはそんな無いんだけど、とにかく、自分にはもう価値があるってことだけ忘れないで…忘れないでいてくれ…来年の私へ……</p>
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<link>https://ameblo.jp/m-80/entry-12701791294.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Oct 2021 14:04:02 +0900</pubDate>
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<title>30.楽しみを見つけること／きらきらはないものねだり</title>
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<![CDATA[ <div data-token="yOHth" data-note-copied="true" data-copied-from="17754215" data-single-text="true" style="font-family: -webkit-standard; -webkit-text-size-adjust: auto;">そういえば最近すきな人に言われて嬉しかったことがあって、「楽しみとかわくわくとかそういうのを探したり作ったり環境を整えたりする作業って生きがいだなって思うから、みゆきちゃんはとっても生きてるなぁってかんじがするよ」だそうで。</div><div data-token="yOHth" data-note-copied="true" data-copied-from="17754215" data-single-text="true" style="font-family: -webkit-standard; -webkit-text-size-adjust: auto;"><br></div><div data-token="yOHth" data-note-copied="true" data-copied-from="17754215" data-single-text="true" style="font-family: -webkit-standard; -webkit-text-size-adjust: auto;"><br></div><div data-token="yOHth" data-note-copied="true" data-copied-from="17754215" data-single-text="true" style="font-family: -webkit-standard; -webkit-text-size-adjust: auto;">そう、この話をする前にここに書いてなかった大好きな話がある。別のとこに書いてたから引用してきます。</div><div data-token="yOHth" data-note-copied="true" data-copied-from="17754215" data-single-text="true" style="font-family: -webkit-standard; -webkit-text-size-adjust: auto;"><br></div><div data-token="yOHth" data-note-copied="true" data-copied-from="17754215" data-single-text="true"><p name="2onCs" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">【きらきらはないものねだりの話。】</span></p><p name="69gd0" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">2020/4/26</span></p><p name="69gd0" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">昨日、話の流れでお互いの生活をうらやましがったりしてね。自分にもそんな素質あったらいいのにな、自分もそんなことできたらいいのになって思い合ってたりして、なんか就活のときを思い出した。自分ができないことは誰かがひょいっとできることかもしれないし、自分が当たり前にできることは誰かにとってうらやましい才能だったりするし、元々が違うんだから比べても意味ないよっていう話をキャリア課のお姉さんと話したりしていた。人が当たり前にできてるように見えることの中にもそれぞれしんどさはあって、他人が推し量れるものではないなぁとか。</span></p><p name="xbRcv" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">私はやっぱり一番、働いてないことが自分の中で重い荷物になっていて、まわり見渡せばどんな状況でも働いて頑張ってるのに私はなんでできないんだろうとか、ふつうに働いて自分のお金で好きなもの買えるのがきらきらに見える。でも外から見れば私が家族と穏やかに暮らしていたりすることがきらきらに見えるらしい。それを言われて、ただ穏やかなだけではないんだよなぁと思ったんだけど、きっとふつうに働いてる人もそんな感じなんだろうね。同じこと繰り返し書いてる気がする。大丈夫か？これ。</span></p><p name="Cg3Pw" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">それでね、私に対するきらきらとしてもう一つ言ってくれたことがあって、「そういうことをしたいって思ったら簡単にあきらめないところ。ぬるま湯に浸からないみたいな」ってうれしいことを言われたりした。たしかに私はやりたいと思ったらすぐ言うし言ったらすぐやるしできなかったらやれるまでやりがちな気がする。そしてやれなかったときの悔しさでとんでもなく落ち込んだりする。落ち込みやすいくせに立ち直るまで相当時間かかるからめんどくさい。働けない云々の落ち込みってこういう性格からきてるんだなとおもったね。あと車の運転へたくそとかね。挙げればきりない。そういうめんどくさいとこでもあるけど他から見たらきらきらに見えたりしてるんだよね。元気があってもやれることとやれないことがあるから、やれないことをそんなにかなしいきもちの材料にしなくてもいいよ～と今の私はおもっている。昨日の会話でそうおもいました。落ち込んだときの自分に聞かせてやります</span></p><p name="Cg3Pw" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">引用ここまで</span></p><p name="Cg3Pw" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;">この「きらきらはないものねだり」は一生引っ張り出すと思うぐらい常に私の中にあるんだけど。</p><p name="Cg3Pw" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><br></p><p name="Cg3Pw" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;">ここ数日体調悪く気分も落ち込みがちで「なんで生かしてもらえてるんだろ？」と自動思考でずーーーーっとぐるぐるぐるぐる考えてたんだけど、冒頭のあの言葉一つで、あ、私生きてるんだって思ってね。大げさだけど結構本気で。メンヘラで申し訳ねえが気分のアップダウンに関しては病気で私のアイデンティティなので。</p><p name="Cg3Pw" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;">働いてなくて何の生産性もないのに何してんだろ？周り見たら私取り残されすぎでは？というのが、あれを聞いてぱーっと晴れたかんじになった。人に言われて初めて私生きてるのかって気付く。そう、私楽しいこと探すのとか楽しいことするために何準備したらいいかって考えるの好きなんだよね。退屈だからってそれに文句言ってる暇あったらなんかできないかなぁって考えてる。 気分が落ちて抑うつ状態になってたら生産性ゼロになるけど笑 &nbsp;症状が出てなければ基本ハピネス人間。人を巻き込んでれば巻き込むほど楽しい。リアルの世界でやると大人数を仕切るのは逆に嫌なんだけどね笑</p><p name="Cg3Pw" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;">まぁそういうことを面白がってできるのもきらきらなんだよ、と教えられた。こういうことやろうと思って誰でもできるもんじゃないらしい。あと、就活の時にも第一長所にしてたんだけど、好きな人に好きということ。だから好きな人たちと楽しいことができるのが私にとっての喜びだし生きがいなんだろうね。「そういうとこの生き方の根幹がブレないところいい」と言ってもらえたので、こういう嬉しい言葉抱きしめながら未来に歩いていきたい。</p><p name="Cg3Pw" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;">社会的に見たらほんとグズグズなんだけど、いまこうやって嬉しいこととか得意なこととか好きなこととか重ねて、価値を生み出せる人になれたらいいね。なんか読み返してみたら私反省ばっかりしてたブログだったからたまには嬉しいことも書いてみました。</p><p name="Cg3Pw" style="box-sizing: inherit; padding: 0px; margin-top: 30px; margin-bottom: 30px; line-height: 30px; background-repeat: no-repeat no-repeat;"><br></p></div>
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<pubDate>Tue, 30 Jun 2020 17:46:25 +0900</pubDate>
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<title>29．「変わってるね」について一日かけて考えてみた</title>
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<![CDATA[ <p>　お久しぶりです。美雪です。</p><p>　なんだか書くたびに半年ほど期間が空いているような気がします。</p><p>　一年前の今頃の記事などを読むと相当堪えてたんだなという感じがするぐらい、今は自由に過ごさせてもらっています。</p><p>&nbsp;</p><p>　さて、半年ぶりに開こうと思ったきっかけがですね。</p><p>　最近色々あって初対面の方とお話しする機会が増えまして。増えたというか増やしたという表現が近いんですけど。複数人に「なんか話していくと思ったより変わってるね」と言われたんです。よく考えたら高校生ぐらいのときから言われていました。もっと遡ればもっと前から言われてたのかもしれませんが忘れました。</p><p>　そう言われたことが良いとも悪いとも思わず、「へーそうなんだ」ぐらいにしかとらえてなかったんですがあまりにも同じような事を短い期間に言われたのでこれってどういうこと？と熟考してたんです。</p><p>　前提として話しておきたいんですが、私は普段の行動言動で人と変わったことをしよう！と意識して過ごしているわけではありません。まぁ、人と変わったことをしないでおこうと強く思っているわけでもないですが。それで、最初にたどり着いた自分の中での答えが「人から見て変わってると思うならそれが個性ってもんなんだろうね」というところなんですけども。</p><p>　具体的にどういうとこなんだろうと思って、まぁでもこういうのって言ってくれた人に聞き返すもんでもないよなと思ってるので、親しい人に聞いてみたんです。その人が言ってくれたことをまとめると、</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>①相手が仲良くなる前に抱いてたイメージと実際の雰囲気が違ったから、そのギャップが大きいから「変わってるね」という反応になるのだと思う</p><p><br></p><p>②相手に見せたい自分像みたいなのと相手が実際に抱いてそうな印象が違うことに対して良いと思う人と嫌だと思う人がいると思うけど美雪は悪く捉えてないように見える。</p><p><br></p><p>③仲良くなりたいと思っている人に対して「変わってる」と思わせられることは印象に残せるから良い性質</p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>　言われたことを私なりに解釈すると（言ってる事の認識が合ってるかどうか話しながら結論を探った）こんな感じでした。まぁ思い返せば確かに興味ある人と仲良くなりやすかったな～って思ったのでラッキーな性質だったなーと。就活とかね。オンラインでもそうだし。</p><p>基本的に興味ある人への興味は尽きないので他の人がしないような角度から質問してその人のことを知ろうとする癖があるので。多分そういうところが変わって見えるのかもしれない。自分では分からないけど。</p><p>&nbsp;</p><p>　で、相手に見せたい自分像ってなんだろうと思ったんだけど、私多分あんまりそういうのが無くて。どうみられるか気にしながら近づくというより、近付いてどう見られたかで「へーこの人にはそういう風に見えたんだな」と感じるタイプなので、こう見られたいみたいなところがだいぶ薄いのかもしれない。強いて言えば「思ったより抜けてる」とか「アホだな」と思われる方が気楽なので、高くあってほしいところを低くみられるという感覚があんまり無いのだと思います。後輩にも「なんか友達っぽい感覚で話せますね」って言われたりするし、それが悪いとも思わないし。まぁほんとはナメられたくないと思わないといけないところなんだろうけど。実際賢くも偉くもないのにそう見られたいと思い続けるって疲れるじゃないですか。たぶんそういう価値観で生きているからこうなってるんだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　それで、最後にその人に「柔軟性があるってことだよ」と言ってもらいました。すごく良い風に言ってくれたのかもしれないけど、私はそれがすごくうれしかったな～。人から私に関する感想をいただいたところで、そう言われたことを意識して見せるようなこともしない。と思う。多分。そうやって頑張ってサービスしてたら疲れるし相手にとって私は楽しませるための人じゃなくてただ対等な人間だから。人を敬って生きていたいけど、根本には対等であることと自分が自然でいられることが大事だと思ってるところはある。相手に好かれようと努力することはもちろん悪いことじゃないんだけど、好かれるか嫌われるかは努力だけでどうにかなるもんじゃないところもあると思ってるので。というか、好かれるだけがすべてじゃないというか、対人関係で私が一番大事にしてるのは自分が無理せずいられることだと思う。無理して好かれるより無理しないで自然と離れていく方が楽。人が好きだと言っておいてそういうところはドライなのかなぁと思ったりするけど、やっぱり私は興味のないものにとことん興味がないので、まぁ極端なんですかね。何の話だこれ。</p><p>　生きていれば興味ない人とか苦手な人と無理してでも付き合わないといけないときがくるんでしょうけどね、ある程度の敬意を忘れなければあとは自動運転でなんとかなる気がしている。まあ出会ってみないと分からない。そういうときが来たらまたここに書くんだろうね。</p><p>&nbsp;</p><p>　結果一日考えてみて何が分かったかというと、私の性格の「人に興味を持って接することができること」、「どう見られたいかを気にせず話せること」が仲良くなるときに良い方に作用するラッキーな性格だということでした。人にとってこれがうっとおしいのか楽なのかは分からんけれども、そういうファーストタッチから入って相手の反応を見つつ距離感探っていけばうまくいくんじゃないかなーと思いました。ま、予想できないのが対人コミュニケーションの面白いとこでもあるけどね！じゃあまた半年後！</p>
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<link>https://ameblo.jp/m-80/entry-12598561035.html</link>
<pubDate>Thu, 21 May 2020 18:44:09 +0900</pubDate>
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<title>28.相手のためだけに生きないこと</title>
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<![CDATA[ 前回の記事、自分が書いたのかと思うぐらい……<div>ああそうだったな〜〜とおもっています。</div><div>うん、あの頃よりはたしかに元気になったな。良かった。</div><div><br></div><div>少し元気になったとは言え元の生活に戻ったかと言われたらそうでもないんですけどね。</div><div>そういうことを書きにきたんじゃないんですよ今日は。</div><div><br></div><div><br></div><div>今までも人に言われてきたかもしれないけど、昨日また「人のために生きるのはいいけどもっと自分を大事にしていいんだよ」と言われまして。</div><div><br></div><div>思い返せばこれまでの学生生活や恋愛やいま実家に戻ってきてからも全部、困ってる人の手助けとかして欲しそうなことをするというのがもう私の人生の本質のようなものだったわけです。そういうことに気付きやすいし、そうしてることが苦じゃないとおもって生きてきたわけなんですけれども、じゃあ自分がしたいようにしてくれと言われたら途端に何をしたいのかわからなくなるんですよね。就活の時も、「周りの人のサポートがしたい」を軸にやってたし。</div><div>そうやって考えずに楽してきた結果がこれなんだと思います。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">なんかこうやって書くと勝手に搾取されてきましたって被害者みたいな顔に見えるかな、そういうつもりはないんですけど。</span><br></div><div><br></div><div>まあそれで、そういう性格が自分にとっていいとこでもあり。気付かないうちに身を削って人のために何かをしようとしていて自分にとって損してたり相手はそこまで求めてないよっていう悪い面も出てきたりして。そういう性質があることが分かったからにはうまく付き合っていけばいいだけなんですけどね。バランスよく、人のために気付いたらちょろちょろっとやったり、時に自分がしたいことをしたいだけするとか。昨日それを言ってくれた人が「お互い様だよ」と言ってくれてスッとなったというかハッとなったというか、うーん、良かったなぁと胸をなでおろすような気持ちになりました。</div><div><br></div><div>そうやって自分がダメだダメだ直さないとって思ってたとこも、「今まで知り合った誰かにとってはうまく噛み合わなくて良くない方向にいっちゃったかもしれないけど、誰かにとっては良い働きをしたのしれないから、自分でなくそうとしなくていいよ」と言ってくれて、ここ数年自分で勝手に背負ってたバツ印が成仏しました。自分がなりたい自分への理想のためには自分がダメだと思うところを否定して良くしていかないとと思ってたんですけどね、そんなことなかったんだなぁと。</div><div><br></div><div>で、ほんとに自分は人のためだけに生きてきたのかと考えてみて。まぁ恋愛に関してはほとんどそうでそこまで求められてないのに勝手に尽くして(？)お互いを良くない方に持っていってたのかなぁと思うんです。</div><div>でも、一つだけ自分のためだけにやってたなぁと思うことがあって。馬鹿みたいなんですけど、10年近く使ってるツイッターのアカウントだけは誰のためでもなく自分が書きたいから書いてるに他ならないんですよね。見られることや誰かのTLを快適にすることを前提に書いてないのでほんとにめちゃくちゃで。中学生の頃からずーっと使ってるアカウントによって私は私を守ってきたのかなぁとおもいました。好きなもの、嫌だったこと、嬉しかったこと、人に言えないこととか、しっちゃかめっちゃか散らかってますけど、そこだけは誰かのことを考えてない私の遊び場？なんだな〜と。</div><div><br></div><div><br></div><div>だから、誰かを楽しませようとか誰かにとって心地いい人になろうとか考えずに適当〜に生きたらもっと楽なんだろうなぁとおもっています。それが簡単にできないのが私の性格だとおもうけど、気付いた今と一昨日とではちがうので。</div><div><br></div><div>あとね、シンプルに、そうやって気付かせてくれる人が近くにいてよかったなーという安心もあるのです。どちらかというと「それができていいね」って言われてた印象が強いので、何が悪いとか考えたことなくって。今までのあれはこれがそういう風に作用したのね〜と冷静に感心している。大人になってこうやって考えることになるんだな〜というのもありつつ、やっぱり「お互い様」という言葉の感覚にあたたかいものを感じました。なんか今までになかったすごくいい恋愛をしている気がする。と、渦中のわたしはいつもそう思っている。どんどん良くなってくよ、これからも。</div>
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<link>https://ameblo.jp/m-80/entry-12560597233.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Dec 2019 17:14:39 +0900</pubDate>
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<title>27.毎日が無理です</title>
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<![CDATA[ 前回の記事が今よりだいぶ元気そうでウケました。<div><br></div><div>昨日、「今の状況からどんな風になったらいいなーって思う？」って聞かれた時に「毎日普通に外に出られて色んなことに巻き込まれて、疲れたなーって思いながらドアの鍵穴に鍵をさすような日がいいです」と答えました。</div><div>前回の記事を書いたことすっかり忘れてたんですが、昨日の回答と前回の記事は近いものがあるかもしれません。</div><div><br></div><div><br></div><div>前回の記事書いてた時ぐらいまではなんだかんだで普通に仕事できてたみたいなんです。前回の時点でも色々、会社に調整してもらってって感じでしたが休みつつ少しずつ覚えてたみたいなんですけども。</div><div>もう始まりがいつだったか忘れてしまうぐらいここ最近ずっと、外に出るのが怖いです。なので会社をお休みさせてもらっています。長期で休んだり、毎日欠勤の連絡をしたりで今日が来ています。</div><div><br></div><div>きっかけがあったわけでもないし、職場に不満があったわけでもない。むしろ職場では体調に気遣ってくれるし何かあったら話しやすい環境を作ってくれてるので安心できる場所なんです。</div><div>だけど、ある日突然就業時間が近付くと気持ち悪くなってドキドキして息がしづらくなって動けなくなって、それが何日も続いて今という感じです。</div><div><br></div><div>主治医の指示で薬を変えたり増やしたりしてますが効いてるのか効いてないのかよく分かりません。</div><div>行きたいのは行きたいので身体がどんな感じでもとにかく職場には向かうんです。職場に行く時間や交通手段、着いてからの過ごし方の条件を少しずつ変えて実験してるんですがどれもうまくいかず。トイレに入って鏡見たらいっつも真っ白で唇に色が無くて、ほんとに、何がどうなってこんな顔になるんだよと思います。</div><div><br></div><div>緊張してんですかね。ここにきて。</div><div>重い仕事任されてるわけじゃないし、ていうかまだまだ研修中(休みすぎて6月が終わろうとしても研修中)の身なのでフツーーーーに出勤して仕事したいんです。</div><div><br></div><div>1ヶ月か2ヶ月休職しますか、と主治医に聞かれましたが、まだ答えは出てません。「休んで治るなら休むけど、休んで休み明け今みたいになるなら休みたくないです」と答えました。</div><div>「どんな時が頑張って無理してて、どんな時が普通に行ってもいい時なのか分かりません」と言うと、「行けると思う時に行って、きついと思う時に休んだらいいんじゃないですか」と言われました。それなら私は毎日行けると思うから行きたいです。多分そういう、行けるって思い込むのが余計に自分を追い込んでるんでしょうね。</div><div><br></div><div>治して楽になりたいと思うけど、焦ってばっかりで、何が足りないのかなぁ何を頑張ればいいのかなぁってことばっかり考えてて。</div><div>無理しないでねって言われるなら、いまは毎日外にいる間何もかもが無理なのでどこにも行けなくなる。病院に行くのもたいへんです。外にいなくても、家の中で悲しくて泣いたり不安にかられてどうしようもなくなったり、消えてなくなったりしたくなります。こんなとこまで来たことがないってぐらいなかなか、未体験ゾーンにいる気がします。</div><div><br></div><div>家族や友達が心配して連絡してくれるし、会社の人は来れる時でいいよって言ってくれるし、孤独ではないんですけど、人と話してる時は元気な人になっちゃうので、大丈夫です、良くなります、前向きに考えられるので大丈夫ですって言ってばっかりで。なんかあんまり、そんなに、ふふ、認めたくなかったけど、実はかなり苦しいのかもしれないなーと書きながら思い始めました。</div><div><br></div><div>頑張り屋さんなんですかね、真面目なのがよくないんですかね。こういう風になりたいと思いすぎたからこうなっちゃったんですかね。</div><div>ってね、考えすぎてもよくないので、なにかを変えていかないといつまでも苦しいままなのですよ。なんかな、病院変えようかな〜〜</div><div><br></div><div>元気になりたい。元気じゃなくてもいいから普通に呼吸できて普通に過ごせる日が欲しい。</div><div><br></div><div>って、言ってたな〜〜！笑 &nbsp;ってつぎの記事書く時に言いたいな</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/m-80/entry-12483636945.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Jun 2019 13:42:48 +0900</pubDate>
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<title>26.頑張らなくてもなんとかなる</title>
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<![CDATA[ <div style="text-align: center;"><div style="text-align: left;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ついに社会の歯車の仲間入りを果たしてしまいました。みゆきです。</span><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">前回投稿したのが去年の12月なので半年ぶりぐらいになるんですね。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">12月から今日までめまぐるしく色んなことが変わって、変わりすぎて全然ついていけてない状態であります。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">心の余裕がほんとにない。あるように見せかけて全然ない。無さすぎて逆に今の状態で考えてること残しといても面白いんじゃないかなとおもって書いています。読んでもらうためじゃなくて自分の気持ちの整理のためのブログだから、なんでもありのつもりです。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">弱るところが弱りきった結果周りの人々全員に甘えまくってる現状なんですけど、そこから色々…なんか、お利口さんじゃなくても良かったんだなぁとじわじわ思っています。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">自分でやるって言ったことは最後まで辞めたくなかったし、一人暮らしだったから自分のことは自分でやらなきゃいけないと思ってたし、大人だから迷惑かけないように努力しないといけないと思ってたんですよね割と最近まで。というか今も心のどこかでは思ってるかもしれない。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">論文作成はできるだけ先生が困らないように自分の進めたい考え方を持っておかないといけないと思っていました。就職に伴う部屋探しは自分で探さないといけないと思って遠くへの移動もけっこうしんどい状態のくせに3往復バスに乗りました。退去の部屋掃除も諸手続きも自分でスケジュール組んでやりきらないと、と思って最終的に体調崩して家族の力借りてやっとってかんじで。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">でも、意外とたぶん、そんなにちゃんとしてなくて良くて、自分の部屋だろうが論文だろうがもうちょっと人の力借りまくって迷惑かけて「もう仕方ないなあ」って言われながら済ませても良かったのかもしれません。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">と、さいきんこの記事を読み返して思ったのです。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div></div></div><div style="text-align: left;"><br></div><iframe class="reblogCard" height="234px" width="100%" scrolling="no" frameborder="no" sandbox="allow-same-origin allow-scripts allow-top-navigation" src="https://ameblo.jp/s/embed/reblog-card/m-80/entry-12192199137.html?reblogAmebaId=m-80" data-ameba-id="m-80" data-entry-id="12192199137"></iframe><div>これ言ってくれた友達が思い出せないぐらい記憶の彼方に追いやられてたんですが、マジで良いこと言ってくれてる友達なので大切にしようと思いました。大体なんとなく誰だろうなあというのは二人ぐらい候補がいるので二人ともに優しくします。(？)</div><div><br></div><div>できないことを「できない」と見切りをつけるまでが遅くて結果的に自分に負担をかけてるんですよね。ていうのが3年経っても変わってなくてウケるんですけど。</div><div>最近人に甘えて楽して生きさせてもらってる中で、案外自分が思ってる以上になんもできないんだなぁとつくづくおもっている。できることはあるし、自分にしかできないことももちろんあるのは分かるんですけど、思ってたよりも体力はないし思ってたより自分のことが見えてない。自分でなんとかしないと、ってそこまで思い詰めなくても手を差し伸べてくれる人がいるし、ほんとになんとかしないといけないことって現段階ではあんまりなくて、「人を頼ってもいいかな、もたれかかってみてもいいかな」と思える今ぐらいがもしかしたらちょうどいいのかもしれない。</div><div><br></div><div>いつかの記事で「最終的には自分の足で立たないと」って書いたのが自分の首をしめていたのですけど、まぁほんとわたしには二本足がついてるんで生きてれば頑張らなくても自分の力で立つぐらいできるんですよね。毎日意欲にあふれて刺激いっぱい夢いっぱい自分のことは自分で管理して生活することが私にとって「普通の大人」で「当たり前」だと思ってたんですけどわそこまでスゴイ理想持たなくてもよかったんですね〜。だるいなぁと思いながら会社に行って疲れたなーと思ったら休憩したりして、めんどくさいなぁって言いながら皿洗いをして、そんな生活がフツーで当たり前だったりするのです。</div><div>めんどくさいとかやりたくないとか言うのが悪だとずっと思ってて、そんなこと大人の前で言っちゃいけないし思ってもいけないと思って大人になって。めんどくさくてもやる、やりたくなくてもやる、って自分の感情を抑圧してきた結果まぁこんなことになってるんですけど。最近になって「めんどくさい」って感情を大切にしだしています。めんどくさいからやらない、やらなくてもいいからやらない、っていうことを出来るようになってだいぶ楽になりました。</div><div><br></div><div>で、「やりたくないからいっぱい頑張らない」に気付きました。やりたくない家事はテキトーにやってもどうせ一人暮らしだから誰にも迷惑かけない。疲れたら休憩してもなんとかなる。大体のことはそんなに頑張らなくてもなんとかなる。「頑張らないを目指して頑張る」をノルマに掲げるとしんどいんですけど(割と忘れた頃にやってしまいがち)、頑張らなくてもなんとかなるな、って思うとマジでなんとかなるのでちょうどいいです。気分が沈んでいるとそこが見えてくるまで時間かかるけどね。</div><div><br></div><div>今もなかなか気分が落ち込んでる時間なのであとから読み返したらなんじゃこりゃってなるんだろうなぁ。あと何時間かしてフッと抜けてくれると色々クリアになるんだけどね、今は水の中で息を止めてるみたいな感覚です。比喩です。息苦しくないし視界も良好ですけど、気分がドーンとなってる時間が終わるとやっと息がしやすくなって考えて喋れるような、あの感覚が恋しいです。症状が落ち着いてくれるのはいつになるんでしょうな。まぁ、気長に。</div>
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<link>https://ameblo.jp/m-80/entry-12460802761.html</link>
<pubDate>Sun, 12 May 2019 17:30:54 +0900</pubDate>
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<title>25.第三次不登校期</title>
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<![CDATA[ <p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">10月の最後の方にゼミ中に体調不良に見舞われ早退したことをきっかけに、第三次不登校が始まりました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; min-height: 16.7px;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">1回目は中学二年生の秋</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">2回目は大学二年生の春</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そして3回目にして学生生活最長の1ヶ月ぐらい学校に行けない日が続きました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; min-height: 16.7px;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">去年の秋に心療内科に通い始めて、春ごろに気分循環性障害と診断名がつきました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">就活も落ち着いた頃に体調が回復、主治医の先生が異動になるタイミングだったので、相談した結果投薬での治療と通院は一時的にやめて自力で体調管理をすることになりました。それから夏の期間は割と元気に過ごしていて、10月の途中まではそこそこに充実していました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; min-height: 16.7px;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">10月に早退したときはちょっと疲れが溜まってたのかな、とか、ちょっと休んだら治るかな、とか、それから4日間ぐらいたまたま休みだったのでいつも以上にだらだらして休みました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">しかし、それから気分の落ち込みが自分の経験したことないぐらいにひどくなって、去年よりも泣いたり気力がなくなったり、どうしようもなくつらくて起き上がれない日が10日以上続きました。無理やりにも学校行っても講義を受けてる場合ではなくなったので一週間丸ごと休んで、バイトを辞めました。(バイト先の上司の理解があってほんとによかった)</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; min-height: 16.7px;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">やっと外に出られるようになった頃、買い物に行くと頭が真っ白になって手が震えてめまいがして、「ヤバイ」が頭の中を埋め尽くして店中歩き回りました。しばらく歩いているうちに落ち着いて、レジを通ることができました。それからも、気晴らしの散歩で行った先や学校で講義を受けようとしたときにこういう症状が出て怖くてどうしようもなくなりました。というかこれは未だにあるので買い物が怖いです。でも、買う物を事前にメモしておくとか体調がおかしくなったら座って休むようにするとか、自分なりに再発防止の案を考えているところです。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; min-height: 16.7px;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">11月の途中で心療内科の予約を取って、月末にやっと病院に行けました。今まであったことを書いておいて相談して、再び投薬治療を始めることにしました。薬をもらってからは「学校は怖い場所じゃない」と身体に覚えさせるためにどうにかこうにか行って、通えるようになってきました。「薬が効いているか確認するために、とりあえず外に出てみてほしい。出てダメだったら戻ってきていいから、外に出るようにしてね」と言われたので、自分の身体が元に戻るように祈りながら学校に行っています。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; min-height: 16.7px;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そんなこんなで12月も半ば。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">今日は学校医の先生に会う日でした。ドクターの資格を持った研究医の先生が月に一回無料でカウンセリングをしてくれるというので予約をして、話してきました。その先生は心療内科の前の主治医の先生が恩師だと話していた先生だったので、できるだけたくさん話を聞きたいなと思っていました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">心療内科で見てもらったように10月からの出来事を紙にまとめて読んでもらって、今の私に必要な治療、症状から考えられること、今後どうしていくかを話してくれました。病院の先生ではないからこその、薬を使わなくてもできること(光療法の話とか)、あと公費助成制度の話とかもしてました。おくすり手帳を見て「今その先生はこういうことしようとしてるんだね～」と分かったのがすごいなーと思いました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">症状が出てから冷静に学校やバイト先との調整をして環境を整えたこと、体調に関する細かい記録をつけていたこと、分からなくなったら優先順位をつけて紙に書き込んだりメモ帳に打ち込んだりしていたことを褒められました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そして、病気の特徴の話になったときに今ある症状はいまこういう段階にいるからこうなるんだと教えてくれたことで安心しました。来年再発しないために、再発しても症状が軽くでおさまるように身体に合った薬を見つけて長期的に治療を頑張りたいなと思いました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">今日話した学校医の先生は就職先の近くに病院を持っているので、春からはこの先生の病院に通うことになると思います。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; min-height: 16.7px;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">帰り際先生に「気分障害を持っている人は何か出来事や作品に対して抱く感情の振れ幅が大きい人が多い傾向があります。落ちてる時は本当につらいと思う。今この状況で来てくれたこと、勇気がいるしよく頑張ったと思う。でも、これから良くなっていって楽しいと感じるものに出会ったら気分障害がない人よりももっと楽しくなれるところがいいことだから。今はつらいかもしれないけど良くなるからね」って言われてそれが自分の中でじんわり響きました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; min-height: 16.7px;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">体調崩す時大体いくつかの問題が積み重なって対処しきれなくなって身体に出ることが多いのですが、それも私が一つ一つにちゃんと向き合いすぎてストレス溜めてるのが悪いんだと思ってましたし、ちょっと怒られただけで切り替えがうまくいかなくてずっと落ち込んだままでいたりするのも良くないなと思っていました。周りの人や指導してくれる人は「あなたの考えすぎですよ」とか「そんなんで泣いてたら社会出て疲れるよ」とか言ってくれてたのでこの性格がちょっとでもマシになるように頑張らなきゃなーと思っていた。全部が全部ではないと思うけど、性格とか努力不足とかじゃなくてどうしようもない部分だったんだなと知って心が軽くなりました。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">小さいきっかけでも嬉しくなったり悲しくなったりそれを引きずったり、まぁみんなあることだと思うんですけどもね。不安がずっとつきまとうのを振り払えないのは私の性格や考え方が悪いわけではないと思うとハ～そうか～という気持ちです。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; min-height: 16.7px;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">きちんと診断名がついた持病だったとしても説明するの難しいし理解されないことが多いだろうなーという心配は今することじゃないんですけどね。去年担任に言われたように「どう治すかよりもどう付き合うか」で、どう苦しい時期をやり過ごすかというところがいま大事だと思います。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">なんも考えんとぽけーっとバスに乗ってテキトーに授業受けて論文書いてたときに戻りたいな。春になれば回復していくので心配はないです。大丈夫大丈夫。</span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal;"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">※この記事に出る医療に関する話題は専門的な知識がない患者側の意見であり、また症状や治療法に関しても人によって異なるため同じようなお悩みをお持ちの方は専門機関にご相談ください。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/m-80/entry-12425735030.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Dec 2018 21:32:09 +0900</pubDate>
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<title>24.ちゃんと考えましょうの話</title>
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<![CDATA[ 春からバイト先に来た後輩が「確認なんですけど、これってこうですか？」に対して私は「はいそうです」「いいえこれはこうです」と答えていた。聞かれたことに答える、それがシンプルで良いと思っていた。<div><br></div><div>そんな教え方をしていたツケが先日やって来て、彼の仕事が先輩に指摘される出来事があった。</div><div>彼は「怒られるの嫌いなんですよ」とふてくされていた。</div><div>先輩の指摘は何も間違っていなくて、真っ当なことを言っているのだけれど彼は怒られたこと自体にショックを受けていたようでイマイチ反省していないように見えた。「知らなかったから仕方ないじゃないですか」というのが彼の言い分らしかったが、先輩としては「これぐらいやってるならここまでできるでしょ」とのことだった。つまりは、自分で考えてもう少しやってくれ、と言いたかったようだ。</div><div><br></div><div><br></div><div>私は「分からないことがあればなんでも聞いて」というスタンスを取っていたので、あぁ、間違えたんだなと思った。一問一答のように答えることはその場は解決するが彼自身の考えて動く力を育てられなかったのだ。</div><div><br></div><div><br></div><div>…</div><div><br></div><div>卒業論文の作成が半分の地点にあり、夏休み2日目にもかかわらず私は研究室に足を運んだ。質問紙のデータ入力があるからだ。</div><div><br></div><div>入力しながら、ゼミ担任に調査票のことで質問したいことを思い出した。「これどうしたらいいですか？」と話しかけると「それは私の研究ではなくてあなたの研究でしょう。考えてみてから、提案の形で投げてくれないと困るな」と言われて、そういうことかと思った。</div><div>私自身が考えずに人に質問する人間だった。</div><div><br></div><div>それはなぜだろうと考えてみたのだが、どうやら私はせっかちというか「方法ではなく答えが知りたい」という思考回路があるように思った。あれやってみてダメだった、これやってみたけどダメだったと否定されて完成に近付けるのが不得意なのではないかと考察する。だから試さずに答えだけを求めてしまう、そして考えずに人に意見を求めるひとになってしまったのだと考えた。</div><div><br></div><div>相手に「こうですよ」と言われたら疑わずに「そうなんだな」と信じる、「どう思う？」と聞かれたらすっからかんだったことに気付く。</div><div>後輩の仕事の仕方によく似ているのは私だと思った。</div><div><br></div><div>そんな性格を「どうすれば直りますか？」と相談してしまいたくなる。それを考えるのは私だ。</div>
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<link>https://ameblo.jp/m-80/entry-12396755411.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Aug 2018 19:24:59 +0900</pubDate>
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