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<title>ねこまんま美味いよね。</title>
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<description>ごはんに味噌汁ぶっかける派。</description>
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<title>ツイッタ書きなぐり</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div><br></div><div><p style="margin: 0px; font-size: 12px; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">創造がしたい。でもこの右脳は役立たずなのかクソ真面目なのか創造どころか想像さえも拙い。小説を読んでも情景なんて浮かばない。紙に張り付いたインクの形を追いかけて状況を把握するだけ。それは二次元。ここは三次元。頭の中なんて開いてみないと分からない。創造力が想像力が力ならば私は非力ね。</span></p></div>
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<pubDate>Wed, 26 Aug 2015 13:38:36 +0900</pubDate>
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<title>memo</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div>悪い子 と 悪い人 のちがい</div><div><br></div><div><br></div><div>悪い子の悪事というと、決められた時間に帰宅しなかったり、宿題をやってこなかったり、嘘をついたり、その子が道徳的な大人になることを阻害する因子という印象をうける。悪い子のした悪事には責任がなく、それを注意し正す大人がいる。</div><div><br></div><div>一方で悪い人の悪事はというと、盗みを働いたり、人を傷つけたり、不正をしたりなど、社会的に認められない行為を示すように思う。これは本人の責任であり、悪い人は自分が働いた悪事の責任を自分で撮らなければならない。刑罰、法、ペナルティ。当然だが悪人は社会から淘汰される風潮がある。</div>
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<pubDate>Wed, 26 Aug 2015 03:02:08 +0900</pubDate>
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<title>新聞</title>
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<![CDATA[ <div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>新聞が好きだった。読めない新聞が好きだった。眼に優しい霞むような灰色の柔らかな紙質や文学的な温かさを含んだインクの匂いが好きだった。毎朝、父は新聞を読んだ。新聞は父にとって朝食の一部だった。父はわたしに新聞を読めと言った。わたしが理解できるのはせいぜいNHK教育のテレビ欄とぬるい絵柄の四コマ漫画だけで、その裏のページに何が隠れているのかは知らなかった。知ろうとも思わなかった。新聞は文字のジャングルで、そこには情報という名の猛獣が数多に潜んでいる気がして怖かった。猛獣たちに勝つには知識をつけなければならぬ。<span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">それがオトナとコドモの境界線なのだと信じきっていた。多くの人が海に憧憬と畏怖の念を抱くように、幼いわたしにとって新聞は柔和さと厳かさを兼ね備えた大いなる存在だった。</span>古代遺跡のような複雑な構造の新聞を読解するには７歳のわたしはまだ幼すぎたのだ。</div><div><br>いつからだろう、新聞が届かなくなった。情報伝達媒体は紙面ではなく液晶へと変遷したのだ。しんと静止したような早朝の街を駆けるバイクのエンジン音も響かなくなった。以前より背中が小さく、髪が白く薄くなった父は、新聞より小さくなった白く薄いタブレットの上で指を滑らせている。そこには昔のような活字の威厳も、高くそびえる漢字のブロック塀も存在しない。ましてわたしが好んだインクの匂いも紙質も、なにもかもどこか遠い記憶の片隅に追いやられてしまった。18歳のわたしは難しい漢字もたくさん読めるようになった。社会情勢や政治のことも学校で習った。もしも、11年前のように新聞が朝の食卓の上にあるのだとしたら、わたしはオトナとコドモの境界線を超えることができるのだろうか。いつか憧れた紙面の冒険家になれるのだろうか。あの頃の父のように難しい顔で新聞を読みふけることができるだろうか。わたしはいつオトナになれるのだろうか。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Thu, 20 Aug 2015 11:44:00 +0900</pubDate>
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