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<title>B印の音楽日記～やっぱりオケが好き～</title>
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<description>オーケストラをライフワークとするB印の日々の音楽への思いなどを綴るブログ。</description>
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<title>ベートーヴェン：交響曲第一番 ハ長調</title>
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<![CDATA[ 　ベートーヴェンの交響曲第一番は、ちょうど彼が30代に入る時期に書かれている。この交響曲について世の人は、「ベートーヴェンらしさの片鱗は見えるものの、まだモーツァルトの影響から抜け出せていない」と言い、「後の、特に第三番以降に比べれば、まだベートーヴェンのシンフォニストとしての個性は確立されていない」などという。<br>　私自身、さるオーケストラのお手伝いで半年間この曲と向かい合うまでは、先述のいわゆる世間の評価に暗黙に同意していた。いや正しくは、この曲にそれほど魅力を感じていなかった。 しかしこの曲のスコアをめくり始めるとすぐに、あるアイデアが頭に浮かび、それがこの曲の未知の側面につながるアイデアであるような手応えを感じられたのだ。そのアイデアとはこうだ。<br><br>　かの大作曲家ブラームスは、若くしてベートーヴェンの後継者と目されながら、それゆえに一つ目の交響曲を上梓するまでに数十年もの時間を、「ためらい」を必要とした。では、ベートーヴェンはどうだったか。ベートーヴェンにとって、ハイドンとモーツァルトが確立した、とりわけモーツァルトによって完成された交響曲という偉大なジャンルに足を踏み入れる事は、やはり並大抵な事ではなかったのではないか。特に晩年に「さらり」と書かれた三曲の交響曲、中でもジュピター交響曲の崇高な完全さ、美しさと知性は、それに挑む若者にとっては途轍もなく大きな壁であったのではないか。そんな直感が私の頭を支配したのである。<br> <br>　ベートーヴェンはそもそもモーツァルトと同じく、ピアノの即興演奏の達人であったから、おそらくモーツァルト同様に即興的に作品を書くこともできたはずである。しかし、彼は原則としてそれをしなかった、少なくとも交響曲においては。何故か。トラウマやコンプレックスを持つものは、自分の直感を100％信じる事ができないものだからである。ベートーヴェンの場合はどうか。おそらくモーツァルトこそが彼のコンプレックスとトラウマの対象(ハイドンは、おそらくそれに当たらない)だったのではないか。そしてそれが彼に交響曲の作曲をためらわせていたと考えれば、この第一番の作曲にどれだけ重い意味があったかが、想像力の範疇に入ってくる。<br><br>　ではそんなベートーヴェンを、交響曲作曲へと突き動かしたのは何だったのか。巧妙心か。何かのアイデアか。私なりの回答は、年齢でる。そう確信するのはおそらく自分もまた、その時のベートーヴェンと同じような年齢にあるからであろうか。モーツァルトがジュピターを書いたのは、三十代初頭であった。もっとも、この天才モーツァルトにとって自分の年齢は、(本人が死期を覚っていたという過程の上で)死からの逆算という程度にしか、創作に影響を与えていないように思う。それは彼がクリエイターとしてのトラウマを、コンプレックスを持たない「最後の」作曲家だからであったと思う（つまりモーツァルトの後には多くの苦悩する作曲家が誕生した）。他方、モーツァルトがジュピターをしたためた「年齢」には、ベートーヴェンにとっては大きな意味があった。それは、同じ世代のモーツァルトが書いた作品に挑戦し、彼を凌ぐ作品を作り上げる事でのみ、彼がモーツァルトに植えつけられたトラウマ、コンプレックスから解放されうるからである。 かくして、三十代を目前にしたベートーヴェンは、おそらく見切り発車の状況で、交響曲第一番の作曲に挑む。あの、ジュピターと同じ、ハ長調という調性で、ジュピターと似通った主題さえ用いながら。・・・こうして書かれた第一番は、自らのトラウマとコンプレックスに挑むために書かれた、そしてそのトラウマとの戦いがまさに作品そのものに刻まれた、史上初めての（そして唯一の）ドキュメンタリー交響曲であるというのが、私の頭に浮かんだアイデアである。<br> <br>　実際彼はこの第一番と、それを今まさに作曲している自分自身にすら未だ完全な信頼を寄せておらず、さらにはその事実を必死に拭い去ろうとしていたように感じる。第一楽章からして旋律の優美さ、構成の簡潔で効果的な配置という点で、かのジュピターに吾しえているとは言い難い。それは本人にとっても自明だっただろう。だからこそというべきか、その足取りには不必要な力みがある。第一主題に絡まる過剰な「鳴り物」を聴くと、人は自分のプレゼンテーションに自身がない時ほど、大きな言葉を使いたがるものだという普遍の真実に思い至らずにいられない。そしてまた、第一楽章の第二主題は一転してハイドンの借用とも思えるほど、あっけない。・・・ここまで、いいところなし。<br><br>　ところが、そののちの提示部の最後の部分で、突如ベートーヴェンは一つの「打開策」を見つける。それは、モーツァルトにもハイドンにもない、感情を叩きつけるようなトレモロだった。このトレモロはこの場面では実際問題、劇的な効果も、さしたる斬新さも感じさせてはくれないかもしれない。しかし、モーツァルトが水平方向へと、まるで流水のように自然に流していた音楽を、彼はこの音型で極めて不自然に、我田引水、あるいは自分の存在を強く宣言するかのように、その場につなぎ止めようとしたのではないか。音楽の流れを否定するかのように同じ音を連打し、それによって彼は音楽が本来持っている原始的な力、リズムの力を蘇らせたのである。<br><br>　そしてリズムの力をより一層力強く体現する「早い、踊れない三拍子」つまりはスケルツォ(の原型)が、第三楽章に登場する。この楽章においてベートーヴェンはついに、モーツァルトもハイドンも成し得なかった新しい表現スタイル、音楽形式を獲得したのである。同音連打によるリズムの強調は、後の第7番で「リズムの聖化」として結実するが、このスケルツォこそがそこへと繋がる始めの息吹といえる。そしてモーツァルト・ハイドンの「流れる＝聴くための音楽」には決してない「リズムに乗せ、共感を呼び覚まし、熱狂と覚醒を促す」というこの作曲家の真の個性が、まさにこのときに筆先から放たれ始めたように思うのである。<br><br>　さらにこの“スケルツォ”楽章には「交響曲第五番第一楽章」の主題の原型すら現れる。それも偶然とは思えない。なぜなら彼の第五交響曲の第一楽章は、ソナタ形式をとりながら、「二拍子のスケルツォ」とでも言うべき全く前例のない楽章であり、ベートーヴェンは第一番でその発露を見た同音連打によるリズムの力、感情表現、スケルツォ、「聴く」音楽から「乗せる、共感する」音楽への転換を、より完全な形で示すべく、この第五番を創作したからである。<br><br>　交響曲第一番の第一楽章は、先述した通り、ジュピターの主題を意識的に借用して始まる。が、同時にこの楽章は、もう一曲、別の曲を我々に連想させる。それは彼が今一度ハ長調で書き上げた、そう、第五交響曲の終楽章である。ベートーヴェンは実質的に第一番で誕生したスケルツォを元に第五番の第一楽章を構想し、終楽章では今一度、第一番の第一楽章、あのモーツァルトへのトラウマとの戦いの中で、自分の個性を高らかに宣言した第一楽章を再度蘇らせたのである。<br><br>　そして第五交響曲は、短調に始まり長調に終わる「苦悩から勝利」の交響曲…つまりは作品を通じて描かれる「主体」の感情的な変化・進化を聞き手に共感させるという、大きな取り組みに成功した最初の交響曲である。それが実はモーツァルトのトラウマに始まり、自らの捨て身の挑戦の中で新たな境地に達したベートーヴェン自身のドキュメンタリーであるとするならば。そしてその前段として同じハ長調の第一番があるとするならば。この交響曲を語る言葉は、こんなものにはなりはしないか。<br><br>「第一番においてベートーヴェンは、モーツァルトの後期の交響曲からの強い影響によってその創作の契機を得るが、作中でリズムによる身体的・感情的な表現を確立し、その後の交響曲の基礎を築いた。そして同時にこの交響曲にはその創作課程におけるベートーヴェン自身の内面の葛藤を作品に投影されており、それは後の第5番において確立される「人間本位的な作風」、つまりはロマン的な創作の端緒となったともいえる。」<br><br>…というような事を書きたかったのだが、こんなにも字数を要するとは(笑）。
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<pubDate>Sun, 02 Jan 2011 00:59:37 +0900</pubDate>
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<title>失われた名手を、悼む</title>
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<![CDATA[ 今日ツイッターで知ったニュースは、衝撃的でした。亡くなったその方は、凄いベーシストでした。<br><br>最初に彼を見たのは、その昔、オーケストラ連盟主催の関西合同オーケストラでの事でした。身重になりがちな臨時オーケストラの低音をぐいぐいと引っ張る、「アンサンブルする」感性でオーケストラを弾く人。衝撃でした。<br><br>その後、シンフォニエッタでもお世話になりました。いつでも音楽と音楽家への純粋な敬意と愛情は絶えることなく、好奇心と向上心は学生にも負けず…多くのお弟子さんに囲まれた毎年の講習会にも、いつか行きたいと思っていました。しかし、室内楽を愛するお嬢さんを残して、愛する自転車と共に彼は、旅立ってしまいました。<br><br>こういう時、私はまだまだ神の意志を汲み取れません。たった一つ、命の儚さと貴重さを教えてくれている事を除いて…<br>しばらくは、あなたの意に背いてでも、悲しみと寂しさに浸ることを許して下さい。<br><br>さようなら、素晴らしき音楽家、素晴らしきベーシスト。どうか安らかに。そして我々の未来を、その愛すべき笑顔で見守っていて下さい。<br><br>合掌。<br>
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<pubDate>Tue, 14 Sep 2010 00:52:14 +0900</pubDate>
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<title>どうしても訂正したい話</title>
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<![CDATA[ <font color="#FF0000">音楽は音を楽しむ？</font><br><br>あまりにも流布している表現なので、みんなワザと間違っているのか？とも思うけれども、ひょっとしてそうではなかった場合のことを思うと訂正せずにはいられない、そんな話。<br><br>「音楽は音を楽しむと書きます。だから楽しみましょう！」<br><br>それは違います。<br><br>「楽」という字はもともと木の上に乗って太鼓を叩く姿を表した文字。<br>つまり、楽という字が音楽そのものを表しています。<br><br>邦楽、洋楽、雅楽。楽典。というように。<br><br>そして、楽しむという語は音楽が鳴ると楽しくなることから、<br>このように用いられるようになったのです。<br><br>ですから、これからは<br><br>「楽しむという字は音楽の楽という字を書くのです。だから楽しみましょう」。<br><br>と言うのが正しいです。<br><br>特に指揮者や指導者の皆さん、この間違いはちょっと恥ずかしいので気をつけましょうね（笑）。<br><br>年齢がゾロ目に迫り、ちょっと説教臭くなるB印でした。
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<pubDate>Fri, 30 Jul 2010 14:19:53 +0900</pubDate>
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<title>イタリア人×名門オケ</title>
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<![CDATA[ 横須賀まででかけてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管を聴いた。一昨年のキャンセルを経て、待望の来日公演で、しかもメンデルスゾーンとブルックナーのプログラムという事で期待は高まった。好天の横須賀は気分が良い！<br> 前半プログラム、メンデルスゾーンの宗教改革は、決して耳なじんだ曲ではないが、開始数十秒で、鳥肌。弦のしなやかさ、それに寄り添う管のアンサンブル。フルートを金管が支える絶妙なバランス…このオーケストラの培ってきた機能は、あたかも一つの森のように活き活きとメンデルスゾーンを奏でる(屋久島に行きたいなー…)。特に三楽章の管楽アンサンブルの部分の美しさに、我を失いかける。和音が美しい！ロイヤルストックホルム管を聴いて以来の感覚－オーケストラという名の高性能アナログ・オルガン。そしてこの曲で四回指揮者を呼び出した今日の聴衆にも共感を持ち、嬉しくなる。<br> さて、ブルックナーは交響曲第四番。…実は、戦前から危惧していたのは、イタリア人の名指揮者、シャイー。放送などで聴く度に、このオケとの相性に疑問がわいていた…メンデルスゾーンがシューマンに聞こえるなど…もともと素朴で澄みきった、丁寧な織物のようなこのオーケストラを、しきりにカラフルにドラマティックにしようとしているかに思えて、違和感を覚えていた。自分の耳に、かつて聴いたブロムシュテットとの質実剛健、端正な演奏があるだけに、なおさら。特に彼のブルックナーは、想像できなかった。<br> 危惧は、果たして、現実可してしまった。イタリア人特有の歌謡性、ドラマ性に傾倒するマエストロの力みがちなリードに、オーケストラが、持ち前の自然な、室内楽的な呼吸を乱され、音楽がしばしば迷走する。不必要な強奏を命じられて、持ち前の澄んだサウンドはザラザラとした雑音をたてる。素朴な神への祈りと自然への賛美を木訥に織り上げたブルックナーの交響曲は、皮肉にも彼が憧れていたワーグナーの楽劇のように雄弁に、そして地中海に洛ちる太陽のように苛烈に、その幕を閉じたのだった。 折しもバンベルク響のジョナサン・ノットも、彼らが既に手中に修めているブラームスで不必要に自己主張し、ゲンナリさせてくれた。名門オケには指揮者は不要。ただ客寄せと金集めができれば。それを再認識した。 …早く良い、骨太のの指揮者が現れないものかな？名門オーケストラたちが、アンサンブルの喜びを忘れないうちに…。<br>
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<link>https://ameblo.jp/m99974205/entry-10379892770.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Nov 2009 17:38:03 +0900</pubDate>
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<title>ロシア人の演奏</title>
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<![CDATA[ 先日、ミハエル・リツキーという素晴らしいロシア人ピアニストを聴いて。ひさびさに思索が羽を広げて飛び回った。いつもながら荒唐無稽な自己満足論だが、まあ無学を笑って頂ければ幸い。<br> 最近リツキーと同門のメジューエワという、これまた素晴らしいピアニストを聴いた。彼女の演奏は前半では「無愛想な演奏」とも思われたのだが、演奏会が進むにつれて音楽へのひたむきさ、スケール感に魅了されて、最後には「芸術とはいと高きところにあるもの」というメッセージを受けとった。<br> 彼女と同じ思想を持つと思われたリツキーはまるで「無邪気に、一心不乱に神へと捧げる宗教画を描く者の姿を背中からみている」または「自然そのものが鳴っている」ようだった。さらに驚くべきは、シューマンプログラムで、ということだった。<br> そして、これまで「辛口、技術偏重、無味乾燥」という偏見から割合と苦手だったロシア人の演奏スタイルを「絵画的」という側面で捉える視坐をコンサート中に(笑)発見し、ようやく橋が架かった思いがした。それは同時に「」音楽は言葉のように語りかけるもの」という固まりかけた先入観が解きほぐされた瞬間でもあった。<br>ロシア人の演奏に流れる時間はキャンパスのような役割で、ドイツ・イタリア的な歌謡性や演説口調、物語、そもそも言語的な性格が希薄だと感じた。いやむしろ子音の独立性が低いロシア語の特徴だろうか？とすれば、フランス語は？<br>…濁音が多く響きの立体感にやや欠けるロシア語が水墨画(？)、鉛筆画のような印象なのに比べ、フランス語は濁音も軽やかなアクセントに近く、全体には地中海的な透明感・色彩を感じる。<br> ドイツ的＝言語的、単色的 イタリア＝言語的、色彩的 フランス＝絵画的、色彩的と滅茶苦茶強引に線引きするなら、ロシア的とは単色的で絵画的とみるのは、どうだろうか。ムソルグスキーの描いた展覧会の絵は鉛筆画だったが、それを下絵にラヴェルが色彩を付けたと考えると、やや強引だがこの話が納得できるように思う。<br> まあそんなこんなで、今日も音楽を読む、聴く、楽しむ幅が広がって良かったなと思う訳で。<br>
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<pubDate>Tue, 03 Nov 2009 17:35:20 +0900</pubDate>
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<title>「コンサート鑑賞論」その１</title>
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<![CDATA[ 前段<br><br>最近、演奏会に行く機会はリサイタル、オペラ、オーケストラとそこそこ多い。<br>演奏会の本当の楽しさは、気心の知れた仲間と聴後感を語り合い、<br>美味いものを食べる瞬間にこそあるのだが、最近はそうもいかない。<br><br>というのも、嬉しくも知り合いになれた演奏家やマネージャーから、「率直に感想を」と求められることが多くなってきたので、これまで以上にシビアに、また客観的にならなくてはならず、もはや演奏会において気を抜くことができない。<br><br>これまでオーケストラを中心に数多くのリハーサルとコンサートに立ち会ってきたが、その中で自分なりの「鑑賞法」を築き上げてきたように思う。それは大部分が無意識的なものだが、他人に意見を言う事を前提とした鑑賞をするとなると、鑑賞の態度そのものについても、無意識ではいられない。従って、そもそも自分にとって「鑑賞」するとはどういうことなのか、その問題について考える必要に迫られている。<br><br>そこで、この場を借りて「鑑賞」という行為について概観していきたい。<br><br>１．鑑賞とは<br><br>私にとって、コンサートの鑑賞とは「感じる」事である。<br><br>演奏家の意思や人間性、努力や思想と、作品に込められたメッセージを、自分自身の心で感じる。それがコンサートの真髄であると考える。全てにおいて完成された、優れた、魅力的な、本質的なコンサート、<br>音楽に立ち会う瞬間には、ただ「感じる」以上の事は不要、蛇足ともいえる。<br><br>しかし、そうしたコンサートと出会える機会は非常に少ない。好事魔多しというが、人が、散らばった石を美しく並べようとするときには、必ず何者かが邪魔するものだ。ある時は悪意ある対抗者であり、ある時は善意の第三者であり、ある時は自分自身である（ほとんどの場合には、自分自身の力不足が最大の障害となる）。<br><br>とにかくエントロピーの法則は、コンサートという一見守られた聖域にも、何の躊躇すらなく侵入し、美しかったはずの時間と空間を奪い去る。<br><br>美しい弱音は、たった一つの咳ばらいで壊される。あたかも、美しいトランプタワーが鼻息ひとつで崩れ去り、長大なドミノの列が、小石一つで地球の重力に平伏するように。<br><br>ゆえに良い演奏会に立ち会うことは、それ自体が奇蹟といっても良いと思う。<br><br>演奏会を作る側として大事なのは、その奇蹟がなるべく起こりやすい状況を整えることであり、そのために一つ一つの障害を取り払っていくことである。<br><br>私にとって「鑑賞」とは僅かな奇蹟を除く多くの場合、そのコンサートにどんな課題があり、どうすればその小石を取り除けるのか、を考える機会である。<br><br>２．聴衆とは<br><br>さて、演奏会が始まる。<br>演奏家が袖から現れ、拍手が巻き起こる。実はその前から、コンサートは既に始まっている。<br><br>聴衆こそがコンサートの主役である。彼らが音楽を良く聴き、楽しみ、あじわい、その感動や興奮を演奏家と作曲家に返す事が、コンサートの意味だからである。<br><br>つまり、ホールのドアが開かれた瞬間に、コンサートは始まっている。ロビーや客席での期待感あふれる会話や、ステージに向けられたまなざし、プログラムに注意深く目を向ける動作、それら全てが、コンサートの前菜となる。<br><br>そして前菜のクオリティは、コンサート全体のクオリティを決めかねない。もしも主役である聴衆が演奏家、作曲家、作品、そしてコンサートそのものに対する期待や信頼、興味を持っていなければ、<br>音楽のエネルギーは正しく伝達されず、伝達されないエネルギーが演奏を阻害するからである。<br><br>聴き上手、という言葉がある。<br><br>人は、誰かに話しをしている時、かならず相手の反応を見ている。これは人間の心理の基本的な性質で、相手の同調、理解、批判、あるいは無理解などを、ほんのわずかな相手の表情や相槌から読み取ろうとする。<br>相手の反応が好ましい時には、自分の考えを自由に、誤解を恐れることなくのびのびと表現することができる。<br><br>聴き上手な人とは、「自分はあなたの話を聴いていて、理解しようとしていて、つまりはあなたの事を理解しようとしている、あるいは理解している」ということを、その姿勢から相手に印象付けることのできる人だと言える。<br><br>聴衆は、聴き手の集団である。聴衆が「良い聴き手」であれば、演奏家は、自分の演奏を包み隠さずゆだねることができる。良い演奏が生まれるには、良い聴衆が必須であると私が考えるのは、以上のような考えからである。<br><br>つまり、良い聴衆を得ることが良いコンサートの前提条件であり、同時に究極の課題であるとも言える。<br><br>ゆえに私の鑑賞の第一歩は、そのコンサートの聴衆を見て、その空気をつかむことにある。<br><br>３．入場　～演奏家の視覚的評価～<br><br>聴衆が各々の席におさまり、照明が落とされ、出演者が姿をあらわす。まずはその照明のタイミング、明度、そして入場までの間合いが、演奏会に適度な緊張と集中をもたらす。<br><br>そして、出演者は、ステージサイドから演奏位置に行くまでの僅かな時間、表情と歩き方、振る舞いで早くもその個性を発揮する。演じすぎても、また普段どおり過ぎても、演奏家の「底」が見えてしまう。<br><br>自然で、悠然として、また気品がある。<br><br>そんな理想的な姿勢と振る舞いは、演奏内容とともに身についてくるものだ。<br><br>音による情報にくらべ、視覚的な情報は客観的に記述しやすく、それゆえ比較しやすい。<br><br>演奏家の立ち振る舞いは見逃しやすいが、実は非常に重要なポイントである。何気ない動作にこそ、本質があらわれるものでだからである。<br><br>４．集中と拡散<br><br>演奏が始まる。音がつむぎだされる。時間の使い方、響きの活かし方・・・音楽を平面、あるいはポイントでなく空間×時間で行われる、「音響現象」として捉える耳は、生来的な演奏家としての耳と、コンサートでの経験の積み重ねによって養われる。<br><br>優れた演奏家ほど、この耳を活用し、自分の耳ではなく、「ホールの耳」を使って演奏をする。皮肉なことに、自分の技術に固執すればするほど、このホールの耳は失われる。響きは平面的になり、ホール空間の様々な制約条件によって音がにごり、または飽和し、楽曲本来の姿は見えなくなる。あたかも名画がひび割れ、あるいは煤で汚れてしまったかのように。<br><br>優れた演奏家は、ホール全体に音がどう響き、どう消えていくのかを想像し、また自分の耳で確かめ、自分の演奏を修正する。そのためには、あくまでも冷静で客観的な「拡散力」あるいは「俯瞰力」とでも言うべき意識のコントロールが必要になる。<br><br>伝統的には集中力や忍耐力に優れた日本人だが、拡散力や俯瞰力においては欧米に劣るように感じる。指揮者、またピアニストといった音響全体に責任を持つ演奏家に優れた人材が少ないのは、こうした要因もあるのではないだろうか。<br><br>無論、響きの少ない環境で育つという状況にも大きな原因がある。湿気が多く(音が減衰しやすい)、また湿気を嫌うために通気性を重視した木造の建築が生活の基礎となっているアジアの人々は、概して音には鈍感であるように思う。<br><br>５．演奏家と言葉<br><br>大概の場合、演奏家は自信の演奏についてコンサートの最中に語ることはない。また、無理に話をして、演奏会とかけ離れた事を話し出す場面にもでくわす。<br><br>しかし、優れた演奏家は、言葉もまた優れているものである。それは演奏そのもの、または音楽そのものについて、常に言語による裏づけをもちながら活動をしているからである。<br><br>言語は、（文化ということばが示すように）人類の文化の象徴であり、最もユニバーサルなコミュニケーションの手段である。言語が人間や宇宙の現象について全てを記述できるなどということは決していえないが、依然として言語に勝る明確な記述手段は存在しない。<br>音楽芸術は、言語に拘束される必要も敵対する必要も無いが、良好な関係を築くべきである。<br>そして、「どうしても言語化できない」領域が、音楽の活躍すべき領域である。<br><br>さて、コンサートにおいて言語の支援を受けられない演奏家が、自らのメッセージを明確に聴衆に示すチャンスがある。それが、プログラム構成である。<br><br>作品の配列は演奏家の音楽観、人間観の反映である。そしてプログラムにその所以を示すことで、コンサートという「言葉の無い旅」のガイドブックとすることができる。時に言葉は音楽にとって無用の長物である、という意見も聞くが、旅（コンサート）で大事なのはその場所（音楽）に何を感じ、何を受け取り、何を返すかであって、その場所が事前にわかることがマイナスになることは、決してないはずである。<br><br>音楽家は自らの言葉に責任を持たなくてはならないし、その言葉を常に磨く努力をしなくては<br>ならない。その努力は必ず演奏内容の充実、説得力につながる。演奏とは、音を用いて語ることに他ならないのであるから、言葉を用いて語ることは、演奏力を上げる妨げにならないばかりか、相乗効果をもたらす。<br><br><br>続く<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 03 Aug 2009 16:07:16 +0900</pubDate>
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<title>平成の“脱藩浪士”の行方</title>
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<![CDATA[ 　2008年9月、私は4年近くを過ごした二番目の職場を離れた。更なるステップアップ、これまで経験できなかった物を見つけるため、照準を海外に合わせて。それは丁度、土佐藩を脱藩した坂本竜馬の心境に告示していると思っている。それから5ヶ月が過ぎた。もうそろそろ、本音を語っても良い頃のように思う。<br>　<br>　最初の職（地方オーケストラ）を離職したのは、自分が当初想定していた一定の現場での経験を得られたこと、地方で得られる情報や知識に限界を感じていたこと、そして今後しばらくの間自分が担当する業務が変わる見込みがないという三点にあった。オーケストラやそれを取り巻く状況を知り、問題点を知るという意味で、最初の職場での約5年間は自分の基礎になっている。<br><br>　第二の職場（東京）で求めたもの、それは日本のトップレベルの奏者たちと交流し、共同作業をすること、東京での仕事の仕方を経験すること、そしてこれまで経験していなかった種類の、オーケストラの外交的な仕事を経験することだった。ここでもほぼ希望通りの経験をすることができた。のみならず、一流の室内楽に触れる機会を得て、自分にとって新しいジャンルへの眼を開くことが出来た。<br><br>　ではなぜ、その第二の職場を後にしたか。それは、率直に言って日本の音楽界の現状を打破するためには、「事務局｣が国際的な感覚を身に着けること、いわば「開国」することが必要であり、そのためには海外で経験を積む事が必須であると考えたからである。そしてそのためには、自分が組織に所属しているということは足かせにしかならなかった。ちょうどそれは、坂本竜馬にとっての土佐藩のように。<br>　<br>　会社を退職し、「脱藩浪士」となった私は、その立場を最大限に利用してここ数ヶ月の間、海外での時間を持つようにつとめた。アメリカとイスラエルの二カ国に滞在して現地の音楽家たちと交わり、演奏会を聞き、その場所の生活にしばし身を置いた。そこで何よりも感じたのは、音楽家の問題意識の高さ、個人としての自立だった。<br>　当然といえば当然だが、個人の意識の持ち方はその個人の所属する社会の性質や状況と不測不離の関係にある。すなわち、国家や社会が問題意識と自立の意識を強く持っていることが、音楽家個人の意識のあり方に多大な影響を与えて居るということを、強く感じたのである。<br>　それは翻って言えば、日本の音楽家ならびに音楽業界の未成熟さ、意識の低さは、日本社会のあり方と無関係ではない、いやむしろ直接的な因果関係を持っているということである。問題意識、自立とは何を意味するのか。それは、自分の置かれた状況を冷静に判断し、それを言語化し、それに対し自ら責任を取るということであると、私は考える。国家や社会が毅然とした姿勢を持っていることが、そのまま個人にも自立や問題意識を求めることにつながる。突き詰めて言えば、日本の音楽家の未成熟さは、日本社会の未成熟さと一体の関係にあるということがいえると思う。<br><br>　ことに、クラシックの音楽家は個人においては未だ「貴族的」な体質を有し、オーケストラという単位で考えても大きな支援組織や公的な資金でバックアップを受け、経済的な競争力を有していない。クラシック音楽が国家のアイデンティティーに深く関わるヨーロッパ諸国のような例を除けば、オーケストラといえども競争力を持って社会と対峙しなくてはならない。競争力の無いものは去らなくてはならない。<br>　こうした競争力、すなわち経済的に「戦う」という意識を根底にもちながら、そのためにクオリティーを維持し、常に新しいエネルギーを持ち、新陳代謝しながら、社会の抱える問題について音楽にしか出来ない方法で対峙していく、それが社会におけるオーケストラの存在意義であり、唯一許された存在方法ではないだろうか。<br>　異国での経験は、オーケストラと社会の関係について考える機会を与えてくれた。そして今日、オーケストラはもはや甘いノスタルジーとしても、きらびやかなエンターテイメントであることも許されていないように思う。人間が人間であることを思い出す、そして新たなる社会と人間のあり方についての覚醒を促すの機関でなくてはならないと考える。<br><br>　では今自分はどこに向かっているか・・・。ここ数年の間に、日本に眠っている志士たちや、国際的な感覚を持った音楽家たち、これからの時代を担う若く才能あふれる音楽家たちと出会う機会を得た。これは偶然とは思われない。自分には、彼らと日本の音楽界の未来を切り拓いていく使命があると考えている。今こそ明治以来の「維新」の時がきているのだ。<br>　意識改革が遅れれば、経済原理の非情な鉄槌が音楽業界を壊滅させる事は目に見えている。そのために私は・・・竜馬の例にならい、これまでずっと「勝海舟」、すなわち師となる人物を探し続けていた。残念ながら「師」を一人の人物の中に見出すことはできなかったが、国内外の賢明な演奏家たちが自分にとって明日への糧となる助言をしてくれた。竜馬は海外に出ることは無かったが、国際感覚を持った人物からそれを吸収した。私は国内外で自分の尊敬する音楽家たちから、助言をもらうこができた。<br><br>　亀山社中、それは竜馬が作った運輸会社の名である。自由を愛し、海を愛し、人材を愛した竜馬。その夢を形にするための場所が、亀山社中であり、海援隊だった。竜馬にとっての船は、私にとってはオーケストラである。オーケストラという船は音楽という海をゆき、その海に国境はない。そしてその音楽は社会のみならず個人の感情や意識にも容易に乗り入れる。いつか自分の船を持ち、世界中を旅してみたい・・・。<br>そしてその船で、人類が対峙している問題に自分なりの方法で向かっていきたい。<br><br>　そのために今、自分にとっての亀山社中となる場所を模索してる。全ての人との出会いを大切にしながら、自分自身を試すことの出来る場所を探している。そしてそれはきっと、もうすぐ現れる、はずである。もしも世が自分に何かを求め、課しているのならば。
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<link>https://ameblo.jp/m99974205/entry-10218413681.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Mar 2009 18:39:46 +0900</pubDate>
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<title>渋谷で聞くオーケストラ。</title>
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<![CDATA[ 　10月5日のこと。渋谷で時間が空いたので、久々にわが国のフラグ・オーケストラとも言うべき某響を拝聴することにした。なにしろ、学生でもないのに1,500円（Ｅ席、３階の自由席）でプロの演奏を聞けるのは、某響だけだ。これは、どうって事ないようで、実は大変なことだなと思う。映画を見るよりも安い。100人くらいのプロが演奏するというのに。音も決して悪くはない。Beethoven:Overture"Leonore"No.3/Schumann:Piano Concerto/ Tchaikovsky:Sym.No.2　というプログラム、特にシンフォニーは実演の機会が少ないので、興味を惹かれた。他の二曲は文句なしに名曲だ。<br>　<br>　Ｅ席のある３階の客席に上がってまず驚いた。この演奏会に出演するのは必ずしも著名な指揮者・ピアニストではなく、一般受けするのはシューマンのピアノ協奏曲というプログラムくらいのもので、おのずとガランとした３階を想像していたのだが、実際にはかなりの割合で埋まっている。うーん、やはり安いというのは偉大なことだと感じる。<br>　<br>　開演して、さらに驚いた。客席が恐ろしく静かで、皆が演奏に集中している。実は個人的には「1500円の3階席＝パリーグの外野席」、というようなルーズさを想定していたので、まさかこんな雰囲気だとは思わなかった。ある意味、感動すら覚える。・・・ただし、ある種の違和感を感じるのも事実。単に楽しむということを超えて、緊張感が張り詰めていて、なんというか、空気が硬い。まるで、特別に偉い人が臨席した会議に来ているかのよう。出席者の緊張を強いる、あの雰囲気だ。<br><br>　以前、某室内楽専用ホールで、某世界的ピアニストの公演に立ち会ったときには、同種の緊張感を、「特別に質の高いコンサートならではの雰囲気」と解釈して、聴衆の「質の高さ」を日本人として誇りにすら思ったものだが、巨大ホールの3階席で同じものを感じるとなると、違和感を禁じえない。・・・そして、客席の緊張感を知ってか知らずか、舞台上も堅苦しい演奏を繰り広げる。よく知っている曲だけに、退屈。周囲の緊張感が、裏腹に睡魔を誘う・・・。<br><br>　後半、客席の緊張感が、いくらか和らいだ。おそらく、聴衆にとって聞きなじんだ曲では無いからだろう。その分、集中力が分散し、適度にリラックスしたムードになった。僕にとっては、これぐらいが丁度いい感じだ。オーケストラも、またその客席の雰囲気を察知してか、伸びやかになってきた。オーボエも前半とは別人のようだし、特に金管楽器群が大胆かつまとまっている。前半の１４型から１６型に増えた弦楽器も厚みがある。チャイコフスキーの初期作品の持つある種原始的ともいえる魅力を、スヴェトラーノフを想起させる大柄な演奏で聞かせてくれた。<br><br>　このオーケストラ、以前も感じたことがあるが、ペース配分を考えすぎてるのか、コンサートの前半がとにかくつまらない！後半では「値段以上」の充実した演奏を聞かせてくれた分、その事実がクローズアップされる。確かにプロとして連日連夜公演を重ねていく上で、ある種のペース配分（そして長期のペース配分）が必要であることは議論を待たない。けれども、一期一会、初めてその曲を聞く人は、初めてそのオーケストラを聴く人はどうなるのだろうか？・・・プロのステージにペース配分があってはならないし、何よりそれを見せてはならない。プロなのだから。<br><br>　そして、そのペース配分をさせない、見せないためには、事務局としてどんな施策が必要か、そこに思いが至る。それこそ、一期一会の演奏を繰り広げるために考えられる事はなんなのか？・・・魅力的な共演者、指揮者、プログラム・・・はもとより、常に演奏にチャレンジする、そして演奏から何かが生まれるという認識を共有できるムード作り、そのための指揮者との長期にわたる共同作業・・・。<br><br>　帰りに立ち寄ったタワーレコードで、イスラエル・フィル７０周年記念演奏会のＤＶＤを2,500円で購入できて、うれしかった。このオーケストラは、リハーサル中、プレイヤー同士の議論が騒がしいという。立場や年齢に関わらず、互いに意見をぶつけ合うのだが、相手の意見も真剣に聞き、最終的には一つの方向にまとまる。それは、議論を避けて妥協によってたどり着いた合意とは、絶対に意味合いが違うはずだ。その点で日本人は、「阿吽の呼吸」という言葉が示すように、器用にまとまりすぎているように思う。議論を省略したツケを、払わずに逃げることはできないのだ。<br><br>　自分がこれからなすべき仕事を、改めて再認識したコンサートだった。繰り返すが、1,500円の「元」は、きっちり取れたことを強調したい。皆さんも、渋谷で時間をもてあましたときは、こんな時間のすごし方もいあることを、お知らせしておきたい。
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<link>https://ameblo.jp/m99974205/entry-10148676763.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Oct 2008 23:18:12 +0900</pubDate>
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<title>オーケストラという贅沢</title>
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<![CDATA[ オーケストラをライフワークと任じながら、最近は室内楽に触れることが多い。商売上、これは仕方ない。すると、家でもなんとなくオーケストラから遠ざかる。特に神経が疲弊していると、音の塊は重い。必然的にかかるのは、ヴァイオリンか、弦楽四重奏か…。 そんな折、久しぶりに、オーケストラに乗った。ブラームスのシンフォニー、人類が生んだ最も美しいものの一つだなと感じた第二の二楽章の音の次元に包まれて、涙をこらえるのは至難の業だった。オーケストラは不思議だ。ステージも客席も、空気が完全に変わってしまう。まるで立体映像の映写システムのように、音のオーラが立ち登り、あたりにたちこめる。そう。マーラーやブルックナー、ワーグナーは勿論、ブラームス、シューマン。聴くものを別次元に連れ去る転送装置、それが良いオーケストラ作品であり、オーケストラだと気づく。贅沢な、かけがえのない遊び。<br>ブラームスを生んだ世界に、感謝。
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<link>https://ameblo.jp/m99974205/entry-10070541524.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Feb 2008 22:14:48 +0900</pubDate>
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<title>シューマンという、現代性。</title>
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<![CDATA[ 音楽の外堀的なテーマが多いこのブログだが、今回は珍しく作曲家について、思う事を。シューマン。ブラームスとベートーヴェンの間の人？いやいや、個人的な、私的な感情を真っ向から作品にぶつけた、最初のロマン主義者、かもしれない。<br><br>シューマンの交響曲では2番が好き、というのは少し変わっているのだろうか。若々しい1番、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスにも繋がるドイツ的ヒロイズムに満ちた3番「ライン」、改作されて完成度の高い4番に比べると、2番は確かに地味だ。しかも、病的と評されるような精神の揺らぎがある。<br><br>だがしかし。だからこそ、現代という複雑怪奇、情報過多、諸行無常の時代に生きる我々にとっては、むしろ普段着感覚で入っていける。それは、ちょっとした日常からの脱出、軽い夢想のような手触りがある。ブラームスが、深く険しい森で自分と向かい会うような深さを持つのに比べ、シューマンは、都会の喧騒に包まれた公園で、昼食をとるサラリーマンにこそ似つかわしいように感じるのだ。<br>シューマンが我々の意識を連れていく、その先には、一つのメッセージがあるように感じる。「希望の後の挫折と孤独、その先の決して賛同を得られぬ達成感と充足、達観」。まさに、現代人が唯一許された精神の解放への道筋のように、思えはしないだろうか？<br><br>今日はシューマンを沢山聴いた。いつもよりさらにシューマン的であることは、どうかご容赦願いたい。
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<link>https://ameblo.jp/m99974205/entry-10054417255.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Nov 2007 21:51:58 +0900</pubDate>
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