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<title>ぼくからの手紙</title>
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<description>このブログは筆者と深い関わりのある方々に宛てた手紙のようなブログとなっております。</description>
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<title>鈴木くんへ</title>
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<![CDATA[ 前略<br>イギリスでの生活は楽しめていますか？よくロンドンの飯は不味いと聞きますが、本当でしょうか？時々、キミがFBにあげるフィッシュ＆チップスやハンバーガー、それからよくわからない寿司のようなものを見ると、強ち間違っていないのかもしれないと思ってしまいます。<br>日本では、原宿で山椒魚丼なるものが流行り、連日連夜その店の前は大変賑わっています。ちょうど帰り道なのでそこを通りますが、ここ数ヶ月は毎晩行列ができています。<br>え？そうですよ、あの山椒魚です。あれの丼です。嘘だと思っているんですね。じゃあ、流行が過ぎ去る前に日本に帰ってきて自分の目で確かめたらいい。日本の流行は光陰矢の如しあっと言う間に次の流行へと遷移していきますからね。<br>日本は時代の流れが早いように思われます。カナダから帰ってきた時は、現代の浦島太郎になった気分でしたよ。帰国してからというもの、やけに疎外感を感じたのを覚えています。キミも当時同じように感じたろ？あれは嫌だったね。だから早く日本に帰ってくればよい。山椒魚丼なんかより、飲みに行こう。キミがイギリスに行っている間に僕もいらいろあって、話すことがたくさんあるんだ。的な青春じみた話はこの辺にしておいて、アイドルの話をしようじゃないか。メインはそこだ。<br><br>FBで僕がよくアイドルたちとの2ショット写真を載せているから知っていると思うけど、今僕はアイドルにド嵌りしているのだよ。<br>まず結論から述べよう。アイドルを知らない人生なんてカナダで言うところのB.C.ロールを知らない人生と同じだ。つまり、日本にアイドルがいるなら応援するしかないということだ。今じゃアイドルは遠い存在ではなく、すぐ会える身近な存在だからね。美味しい物がそこにあるのに食べない人生なんてQOLが下がるしかない人生なんだよ。<br><br>まぁ、正直ここまで嵌るとは自分でも思っていなかったけどね。どちらかというと、ヲタクはあまり良いイメージがなかった。若い女の子たちを見てニヤニヤしたり、アイドルの子たちが歌って踊っている時に摩訶不思議な呪文を唱えたり、光る棒をブンブン振り回してみたり、アイドルたちと同じ振り付けで踊ってみたり、同じCDを大量に買ったりね。傍から見たら気持ち悪さこの上ないですよ、ええ。それがですよ、今じゃ上記したこと全部やってる！ドヤ！<br><br>いいか、ここからは恐らく嘔吐するくらい気持ち悪いことを書いていくから、読みたくなかったらここでそっ閉じしてくれ。<br><br>よし、10秒あげよう。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ドッカーン！<br><br>よし、読んでくれるんだね。それでこそ僕の刎頚の友ってもんだ！<br><br>さて、鈴木くんはアイドルを間近で見たことがあるかい？まぁ、見ていれば今頃ヲタクだろうね。<br>僕がアイドルヲタクになった最大のキッカケはアイドルとの握手会だったんだよ。間近で見るアイドルの可愛さの破壊力たるやとんでもはいものだったね。<br>アイドルのイベントには握手会というものがあるんだよ。まぁ、このくらいは知ってるか。<br>僕が初めてこの握手会に参加したのは、私立恵比寿中学というアイドルでね、思い出すだけでにやけてしまうよ。ふふふ。<br>多くは語らないけど、アイドルとの握手は衝撃的だったね。まず驚いたのは、手の小ささな。あれは人間の手じゃなかったよ。じゃあ、何の手かって？天使の手に決まってますやん。その天使の手が両手で僕のゴツゴツした手を包み、そして、キラキラした綺麗な瞳で見つめられてみなさいよ。その瞬間、僕はどこかに堕ちていくような感覚を覚えたよ。握手してる時間なんて本の数秒なんだけど、その時間だけは世界がまるで違うもののように見えるんだよね。目の前に天使がいますからね。<br>まぁ、握手会のエピソードはたくさんあるから、今度一緒に飲んだ時にでも話しますよ。きっとキミも行きたくなると思うよ。<br><br>ところで年末年始は帰国しないのかね？もし帰国するなら連絡をくれよ。アイドルのイベントを調べておくからさ。<br>草々<br><br>尾形・ドルヲタ・まさのり
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<pubDate>Thu, 19 Dec 2013 11:36:30 +0900</pubDate>
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<title>越川先生へ</title>
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<![CDATA[ 拝啓 <br><br>時まさに収穫の秋、ご多忙のことと存じます。 <br>収穫と言えば、先日お米が美味しい新潟県へ行ってきました。お米の話しでもしたいところですが、新潟のお米は食べませんでした。特産品も特に食べませんでした。ではなぜ新潟に？と思われましたか。最近、アイドルにド嵌りしていまして、新潟まで可愛いアイドルたちを見てきたのです。新潟に見に行ったのは、私立恵比寿中学と言いまして、、、と、ここからアイドルの話をしようと思いましたが、アイドルの話になると長くなってしまいそうなので、今日はこのくらいにしておきます。今日はもっと重要なことをお話しいたします。<br><br>越川先生、覚えていらっしゃいますか？入学試験の面接の時に、将来の夢について聞かれて、僕は「翻訳家」と答えました。早いもので、あれから約10年の月日が経とうとしています。うれしいことに、漸くその夢が叶えられました。そうなんです。僕が翻訳した本が発売になったのです。長かったのか短かったのか、この10年。ちゃんと本に僕の名前も載せてもらってますから、本屋さんで見つけたら買ってください。お金がもしアレな時はそっと目立つように陳列しておいてくれればいいです、はい。<br>こうやって夢が10年という月日を経て叶えられたなら、また10年かけてまた夢を叶えてみようかなという気持ちになりました。僕はどちらかというとマイペースで、おっとりとりとりほのかです♪はい、越川先生も一緒に！おっとりとりとりほのかです♪……おっといけねぇ好きなアイドルの自己紹介が自然と出てしまいました。失礼しました。今のはチームしゃちほこの秋本帆華ちゃんの自己紹介の一部です。可愛いんですよ、帆華ちゃん。先生も名古屋に行かれた際はチームしゃちほこを拝んできてください。<br>それで、何の話しでしたっけ。あー、夢ですよ夢。僕はマイペースでおっとりとりとりほのかです♪はい、越川先生も一緒！おっとりとりとりほのかです♪……はっ！いかんいかん、これはいかんですよ。おっとりという言葉にどうしても反応してしまいます。これじゃ話しが進まない！<br><br>とまぁ、あれですよね。日本語っておもしろいなと翻訳をしていて思いました。これも面接の時に越川先生に聞かれたことですが、「翻訳に大事なことはなんだと思う？」と聞かれて、僕は「日本語力」だと答えました。あの時は日本語力の示すものがなんなのかは整理できていませんでしたが、実際に翻訳に携わってみて、それが示すものがわかった気がしました。翻訳をするには圧倒的な語彙力と文章力が必要だということです。それが僕が上辺だけで答えた日本語力なんだということも気付きました。<br><br>何事も時間が掛かりますね。まぁ、僕に限ったことかもしれませんが。なんせ僕はマイペースでお、お、鷹揚な性格ですからね。どうです、僕の語彙力で危機を回避してやりましたよ！立派に育ったもんでしょ！テヘペロ。<br><br>先生、本買ってくださいね。いつでもサイン書きますから。あ、そうだ。サインと言えば、この前大学の学生に翻訳本にサインを書いてくれと頼まれましたよ。僕も売れたもんですね。<br><br>本格的に寒くなってきたので、先生も風邪など召されませんようご自愛ください。<br><br>敬具<br><br>尾形•翻訳家（仮）•まさのり
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<link>https://ameblo.jp/macaroniez/entry-11686920264.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Nov 2013 16:29:20 +0900</pubDate>
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<title>弟へ</title>
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<![CDATA[ 弟へ<br>京都では紅葉が10年に一度の当たり年らしい。行ってみたいが兄は生憎忙しいので行けそうにない。まあ、北茨城の紅葉が見られたから今年はそれでよしとしよう。<br><br>今は、常磐線に揺られながらこの手紙を書いている。毎回思うが、ホームタウンを離れる時は異様に寂しい気持ちになる。好きなんだろうな、北茨城が。お前はいいな、あんないいところにずっといれて。しかし、地震以降、心配事は増えたがな。<br><br>さて、昨日の結婚式はすばらしかったよ。何がすばらしかったって、お前が成長をした姿を見られたからね。おれはお前のことを小さい頃から心配していたんだ。なんといっても馬鹿だからなお前は。一緒に住んでいた時も、おれがカナダ、大阪、東京にいる時もずっと心配してたんだよ。だってお前が馬鹿だから。馬鹿って言い過ぎ？愛だよ、愛。でも、一度だけお前を見直した時があってね。あれは涙物だったね。成長しやがってと思ったよ。それはお前が高校3年生の時の野球の試合を家族で見に行った時だったんだ。試合の終盤だった思う。試合の流れは覚えていないが、ピッチャーの交代を告げられた時にグラウンドにお前の名前が響き渡った時は鳥肌が立ったよ。応援席もどっと湧いた気がする。堂々とマウンドに向かうお前はかっこよかったよ。投球練習でサイドスローで投げ始めた時は、「？？？」となったが、バッターを相手に投げている時はとても頼もしかったよ。無事、投げ抜いた時は、小さい頃から庭で一緒に野球をしてやったおれのおかげだと思ったがね。とにかく、あの時お前はすごくかっこよかったよ。<br>しかし、その後はまたおれを心配させることがあったな。まず、大学に行くとか言い出したこと。野球をやりたかったんだろうが、おれはお前が大学に行くことには反対だったよ。だってお前勉強できないじゃん。大学に行って何やんだよって思ったね。あれか、優秀な兄に憧れた口だな。まあそれなら三割は大目に見るがね。<br>それから、お前が働きだしてからもだいぶ心配したよ。母からちょくちょくお前の様子を聞いていたからね。正直、これからの人生どうすんだよって思ったね。結婚するって聞いた時も、おめでとうより、大丈夫か？って思った。でも、昨日の結婚式を見て考え直したよ。まあ、新郎新婦が五割増しくらいで良く見える結婚式マジックってのも多少あるだろうけど、もう心配しなくてもいいかなって思った。お前が頼もしく見えたってのもあるけど、何よりふたりの堂々とした姿を見てそう思った。このふたりだから大丈夫なんだってね。いい嫁さん見つけたな。<br>まあ、健康には気を付けて幸せに暮らしくれよ。<br>結婚おめでとう。<br>偉大なる兄より。
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<link>https://ameblo.jp/macaroniez/entry-11412765900.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Nov 2012 17:26:46 +0900</pubDate>
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<title>伊藤くんへ</title>
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<![CDATA[ 拝啓<br>残暑がひときわ身に染む毎日ですがいかがお過ごしでしょうか。僕は先日、中学の同級生と共にスカイダイビングをしてきました。上空約4000メートルから落ちる瞬間は肝を冷やしましたが、落ちている間は落ちてる感覚はなく、空に浮いているという感覚でした。約一分間の落下を体験した後はパラシュートを開いて空からの景色を眺めながらゆっくりと降下していきました。僕としてはあのゆっくりと降りてくるパラシュートを開いた後の方が怖かったです。しかしながら、地上に降り立ってからはなんとも言えぬ高揚感を得ました。友人たちも同じく興奮している様子でした。帰りの車の中では、各々がスカイダイビングの感想を言い合い、なんだかよくわからぬ連帯感がそこには生まれていました。伊藤くんもまだやったことがなければ、是非やってみてください。空から見た世界はまた格別です。<br>さて、スカイダイビングの話はこのぐらいにしておいて、夏と言えばフェスですよ、夏フェス。今年は本腰を入れて取り組む試験があったのでフェスには行けまいと思っていたのですが、弟がロックインのチケットを譲ってくれるというので結局行ってきました。やっぱり夏はフェスです。これに行かなきゃ夏は終われないって話です。伊藤くんともフェスに行ったことがありましたね。あの時は三上くんも一緒だった。確か社会人一年目の時だったと思います。<br>そうそう、あの時期はインディーズレーベルに就職して一ヶ月もしないうちに音楽が聞けなくなってしまったんですよ。ストレスってやつです。大好きな音楽が聞けないってのは辛いものがありました。そんなこともあり、あの時は、僕が高校時代に好きだったScafull kingというバンドがフジロックで再結成するというのでどうしてもいきたかったのです。青春時代に夢中になった音楽を生で聞けば何か変わるかもしれないと思ったのです。思った通り、ライブというのはやっぱりすごい力を持っていると思いました。僕はステージからわりと離れた場所からひっそりとライブを見ようと思っていましたが、ステージ上に掲げられているScafull Kingの横断幕を見ているうちに沸々と熱い何かが込み上げてきて、気付けば僕は前方に移動しライブの始まりを待っていました。いざ、ライブが始まり最初の音を聞いた瞬間に僕を支配する黒い何かは消え去り、高校生の時のように最前線で僕はモッシュの渦と化していました。あんな楽しいライブは久し振りでした。その後、僕は会社を辞め、新たな道に進むことになりました。<br>こういった大きなイベントで再結成をするバンドがここ数年増えてきていると思います。去年で言えば、AIR JAMでHi-STANDARDの復活、そして今年のAIR JAMではKEMURIが復活。両バンドとも僕が高校時代に夢中になっていたバンドです。もうこのバンドのライブは見れないのかと思っていましたが、こうしてまた彼らの音楽が聞けると思うと胸が踊ります。もちろん今年のAIR JAMには行ってきます。楽しみで仕方ありません。また何か忘れていたものを思い出させてくれるフェスになると期待もしています。<br>また、一緒にフェス行きたいですね。<br>まだまだ暑い日が続くようなので、体には気を付けてお過ごしください。<br>拝具<br>尾形・PUNK ROCK・まさのり
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<link>https://ameblo.jp/macaroniez/entry-11338418423.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Aug 2012 20:35:18 +0900</pubDate>
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<title>ゆうちゃんへ</title>
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<![CDATA[ 前略 アニメ万歳！春のアニメはさんかれあが一番おもしろかったと思います。今はじょしらくがおもしろそうな雰囲気なので見ています。<br>それにしても、アニメとは無縁なパンクロックキッズだったおれをこんなアニメ好きにしたのはキミの陰謀だったとしか思えません。<br>時を遡ること約10年前、カナダから一時帰国し、すっかり日本の流行に置いていかれてしまったおれにヲタ総長のキミから「これ、今流行ってるから読んでみ」と渡されたのが「あずまんが大王」でした。漫画なんぞ中学で卒業してるわ！と突き返してやろうかと思いましたが、流行という言葉に弱い僕はその悪魔の書物を手に取ってしまったのです。案の定、その本は僕の麗しき心を侵していきました。全巻を読み終え、キミの「ちよちゃ～んなんで飛んでる～ん」という問い掛けに「10歳ですけど～」と訳のわからぬ会話を繰り広げた頃にはもう完全にそっちの世界に引きずり込まれていたのです。更に追い討ちをかけるかのようにキミは悪魔の声を囁きました。<br>キミ「ビデオも見る？」<br>僕「見るー！(´Д`)」<br>こうなってしまったら一巻の終わりである。ビデオを一気に見てしまい、朝方の異様なテンションの中、おれはあずまんが大王の主題歌を口ずさみながら自転車をこいで帰路に着いたのであります。その夏、僕は小さな冒険をしヲタの扉を開いてしまったのでした。<br>その節は大変お世話になりました。おかけで、生徒たちからはヲタせんと呼ばれるようにまでなりました。<br>さて、自他共に認めるヲタになった尾形は、今年の夏にコミケという全国のヲタちちが集う祭典に行ってこようと思っています。ご存知のように尾形は昔から好奇心が大勢なので、なんでも見て、聞いて、体験しないと気が済まない質なのです。思い立ったら即行動！これが尾形です。しかし、この性格が災いを齎すこともあります。<br>大学生の夏休みの終わりに、ふと富士山に登ってみようと思い立ちました。僕は下調べもせず、軽装、そしてなんとなく揃えた富士登山グッズを繕って、気持ちは高望山に登るくらいの意気込みで富士山に向かいました。五合目から登山を始め、最初は音楽を聴いたり、景色を眺めながら軽快に登っていたのですが、標高が高くなっていくにつれて、軽快さや楽しさというものはみるみるなくなっていきました。周りを見ると、さっきまで鬱蒼と生い茂る木々の姿は見えなくなり、辺りは赤茶色の石と砂だけになっていました。霧も濃くなり、気温も下がってきて、雨も少し散らついていました。ここで半袖短パンという格好で来たことを後悔しました。バックパックからなんとなく用意していた合羽を羽織り雨と寒さを凌ぎましたが、身体が震えました。標高が高くなってきたせいでしょうか、段々と体が重くなり、頭痛もしてきました。さらに、一歩足を踏み出すだけで息切れもするようになりました。きっとあれは高山病という症状だったに違いありません。僕はそんな過酷な状況下で六時間も登り続け、漸く頂上に辿り着きました。しかし、そこには喜びや達成感というものはありませんでした。辺りは霧で覆われ、何も見えやしません。まだ晴れていてさえしたら、何かしら感動的な感情を味わえたかもしれません。ただそこは真っ白くて空気の薄い場所でしかなかったのです。僕は思いました。「早く帰りてぇ」と。そして泣きました。日本最高峰の碑の前で登ったぞという証拠写真をそそくさと撮り、僕は下山することにしました。その時既に時刻は17時を回っており、五合目の登山口の扉が19時で閉まってしまうという衝撃的な事実を知った僕は急いで下山しました。こんなところで死んでたまるかと、僕は富士山の斜面を猛ダッシュして降りていきました。何度も転んで砂まみれになりました。周りを見てもそこに存在するのは僕だけです。頬を伝うのは雨ではありせん。涙です。号泣しながら富士山を駆け下りる大学生。これは奇跡の画です。この奇跡の姿をゆうちゃんにも見せたかった。なんとか閉門の時間に間に合い、下界に降りることができたましたが、数日は高山病が抜けないのと体の痛みでぐったりしていました。その数日間はもう二度と富士山なんか登るかクソッタレと思いながら項垂れていました。<br>こんなこともあったので、今年始めて参戦するコミケには万全の準備をしていこうと思います。何かおもしろいものを見つけたらお土産で買っていくね。<br>では、今年の夏は暑くなるようですので熱中症には気を付けて。<br>草々<br>尾形・No plan・まさのり<br>
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<pubDate>Sat, 07 Jul 2012 20:08:13 +0900</pubDate>
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<title>野本さんへ</title>
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<![CDATA[ 前略 いつも素敵な髪型にしていただいてありがとうございます。この飽き性の僕が一年近く同じ髪型をしているのはとても珍しいことです。この珍事は偏に野本さんのカッティングセンスが冴え渡っているからであります。感謝感謝。<br>昔から僕は髪型には拘りを持っていました。今まで常識の範囲内でいろんな髪型をしてきたものです。髪型を意識し始めたのは小学校五年生の頃だったと思います。それまでは、近所の床屋さんに髪を切ってもらっていましたが、おませ君になった僕は母親に美容院に連れていけと抜かすようになりました。髪を伸ばし、流行りの髪型にしてもらうわけです。そうなると、たちまち僕はクラスのファッションリーダー（自称）となりました。しかし、中学校に入ると悲劇が待っていました。当時、僕の地元の中学校は入学と同時に頭を坊主にしなければならないという校則がありました。まったく持って意味がわかりません。入学式が近づくにつれ、友人たちがひとり、またひとりとじゃがいもになっていきました。最後まで僕は抵抗をしましたが、遂に坊主じゃないのが僕だけになってしまいました。段々と不安が募ります。友人たちと遊んでいても、見渡す限りじゃがいもだらけなのですから。缶蹴りをするじゃがいも、スーファミをするじゃがいも、書道をするじゃがいも、駄菓子を貪るじゃがいも、じゃがいもパラダイス。じゃがいもたちの中にいると、自分が異物であるかのように思てくるのです。ひとりだけ違うというのは辛いものです。輪の外に出れば誰にも見てもらえないし、輪の中に入ればその中のルールに従って生きていかなければならない。己を自由に表現するということの難しさを思い知らされました。結局、入学式の数日前に僕もじょがいもの仲間入りをしたわけですが、この一件で僕という存在を社会という場でどんな風に表現すればいいのかということを考えるようになります。ともあれ、じゃがいも軍団の一員となり、そして無事中学生になった訳ですが、その一年後僕がじゃがいもになる決意をしたことを踏みにじる出来事がありました。次の年から坊主入学がなくなったのです。衝撃でした。僕の決意はなんだったのでしょう。後輩たちは当たり前かのように髪を伸ばし、入学してきやがりました。坊主なんて好きでやってるやつしかいません。僕は、こちとら好きでじゃがいもになったんじゃねーぞ！と憤慨する気持ちをぐっと堪えて後輩たちを迎えるのでした。強制坊主はなくなったものの、中学生なので過激な髪型はできませんでした。整髪料を付けていけば、洗い流され、少しでも髪の色を染めようものなら先生に呼び出しを喰らい次の日には元の髪色に戻っているか、酷い時には坊主になっているという始末。ファッションに興味を持ってしまった僕には辛く堪え難い日々でした。<br>高校に入ってからは、髪型規制は緩くなりましたが、髪染めやパーマなどは禁止でした。しかし、僕らには夏休みがあります。教師と一ヶ月も会わないのですからやりたい放題です。友人たちもこれ見よがしに素敵な髪型にしていました。しかし、それができるのはたった一ヶ月。夏休みが終われば教師たちが口酸っぱくしていう高校生らしい髪型に直さなければなりません。何人かの強者生徒は素敵な髪型のまま登校するものの校門で御用となり、どこかへ連れていかれていました。なむなむです。ちなみに僕は夏休みの間だけでしたが、茶髪とパーマを経験しました。髪の色や質を帰るだけで気分がだいぶ変わるものだと知ることもできました。友人の中には人格が変わってしまったやつもいました。外見が変われば中身も変わるのです。教師たちはこうなることを懸念していたのでしょうね。ある程度押さえ付けておかないと、このくらいの歳だとセルフコントロールが難しいことも出てくるのでしょう。<br>高校を卒業して僕はカナダへ行きました。二年間のカナダ生活だったわけですが、僕の中での懸案事項は英語でのコミュニケーション然り、なんと言っても美容院選びでした。日本にいた時は行きつけの美容院に行って、「こんな風にしてください」と美容師さんに頼めば忽ち素敵な髪型にしてくれていましたが、カナダではそうもうまくいくまいと思っていました。何せ相手は英語を話す美容師さんたちですから。二年間髪を伸ばしてやろうかとか、自分で切ろうかとかいろいろと策を練りましたが、納得いく案は思いつかず煩悶していると、学校の先輩からバンクーバーに日本人のいる美容院があるという情報を得ました。僕は藁をも掴む思いで、バスを乗り継ぎ一時間掛けてその美容院に行きました。カナダに来て既に三ヶ月が経っていました。僕はそこでパーマをかけることにしました。しかし、そこで予想もしていなかった悲劇に見舞われるのでした。僕は20代と思われる女性の美容師さん日本語で「ツイストパーマお願いします」と伝えました。しかし、完成したのはサイババのようなアフロ頭だったのです。鏡に写るサイババを見つめ僕は怒りが込み上げてきました。念の為僕は美容師さんに尋ねました。「すみません、これってツイストですよね」と。すると美容師さんは「はい」ときっぱりいったのでした。僕は高校の時に一度ツイストをかけたことがありました。その時はもっと窪塚洋介みたいなかっこいいツイストだったはずです。しかし、鏡に写るのはサイババである。どう見てもサイババである。手からよくわからん粉を出したやろうかと思いました。次の日、学校に行くと予想通り、僕のニックネームはサイババになりました。その日から次の仕送りまで僕はサイババとして過ごすことになりましま。翌月、有難い仕送りが入るとすぐに僕はまた同じ美容院に行き、ばっさりと髪を切りました。その時、なんだか凄く哀しい気持ちになりました。<br>日本の大学に編入して東京に出てかてからは美容院探しに苦労しました。たくさんあり過ぎてどこに行っていいのかわからないのです。いろんな美容院に冒険に出てみましたが、お店の雰囲気や美容師さんとの相性など僕の理想とマッチする美容院が見つかりませんでした。しかしある日、大学の授業が終わり楽器街を闊歩していると、美容院の割引き券をもらいました。ちょうど髪を切りたいと思っていたこともあり行ってみることにしました。決して割引き券をくれた女の子がかわいかったから行ってみようみたいな下心は一切なかったですからね。そこんとこよろしく。店内は自然光が多く入る構造をしていて、暖かい雰囲気を感じました。人工の光の下で髪を切られるよりも太陽の光を浴びながら切られる方が気持ちが良いですから。店内のBGMも落ち着いたR＆Bかなにかだったと思います。僕にとってBGMは美容院選びの重要な要素となります。ここまでは合格ラインです。あとは美容師との相性です。その日、僕を担当してくれたのは自称ブラジル出身だと言う安達さんという美容師さんでした。僕には少々シャイな部分があるので、基本的に髪を切ってもらっている時は本を読んでいるのですが、明らかに集中して読んでいるのにも関わらず、その本のことに関することならまだしも、「学生さんすか？夏休み何するすか？」とか「昨日なんかテレビ見ましたか？」と聞いてくる美容師がいます。おいおい、ちょっと待て。今僕はめちゃめちゃ集中して本を読んでるじゃないですか。読書という防衛線を張っているってことも察してくださいよ。と言いたい。安達さんはというと僕が本を読んでいる間に黙々と僕の髪を切っていました。時々、タイミングを見計らって話かけてくれることもありした。肝心の髪型はというと、裏原あたりの路地を颯爽と歩いても自然とそのお洒落な雰囲気に溶け込んでしまいそうな、そんな髪型にしてくれました。何も言うことはありません。僕はそれから大学卒業後まで安達さんに髪を切ってもらいました。<br>大学を出てから僕は大阪に行くことになり、安達さんとも暫しのお別れとなりした。折角、相性の良いと美容師さんを見つけたというのに。大阪でも、美容院選びは難航しました。一年がかりで漸く僕に合った美容院をなんばにみつけましたが、その一年後、今度は横浜に行くことになりした。<br>関東に戻ってきた僕は二年振りに安達さんに髪を切ってもらおうと御茶ノ水の美容院に向かいました。しかし、安達さんはもうその美容院にいなかったのです。きっとブラジルに帰ったのでしょう。安達さんはいなくなってしまいましたが、僕はその美容院が好きだったので通い続けました。女性の美容師さんや若めの美容師さんが僕についてくれましたが、どうもしっくりくる美容師さんはいませんでした。しかし、美容院を変えようかなと思い始めた矢先に救世主が現れました。そうです。野本さんです。本を読んでいても話かけない。タイミングを見て話しかけてくれる。ロックが好き。素敵な髪型にしてくれる。これで僕の髪も安泰だと思いました。しかし僕がどこか遠くへ行ってしまったり、野本さんが違う店舗に行ってしまったら、また新たな美容師さんを探さなければなりません。人生は自分に合った美容師さんを探す旅なのかもしれません。それを見つけた人はきっと幸せな人生を送れることでしょう。<br>また近いうちにお伺いします。今度は違う髪型にチャレンしてみようかな。<br>草々<br>尾形・ツーブロ・まさのり<br><br>
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<pubDate>Sat, 07 Jul 2012 19:36:24 +0900</pubDate>
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<title>妹よ</title>
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<![CDATA[ 前略<br>妹が何故にそんなにお笑い芸人に嵌っているのか理解に苦しむ。お前は俗に言う追っかけということをしている。兄が考えるに追っかけというのは相当レベルの高い精神状態を持ち合わせていないとできない荒業だと思う。いかにして、そんな精神状態になり、そしてそれを保っているのか大変気になる。おかげで、夜もおちおち寝てられない。毎日24時に寝て6時には起きてしまう。おい、妹よ。兄は今お前を試したのだぞ。「24時に寝て6時には起きてしまう」この兄の渾身のボケを見た瞬間に「むっちゃ寝とるやないかーい！しかも規則正しいやないかーい！」と腹の底から声をだしてツッコめなかったのなら、お笑いの追っかけなんぞやめちまえ。追っかけの道というのは厳しいのだ。知らんが。これ、妹よ。今のも「知らんのかーい！」とツッコむところだぞ。兄の心優しきボケを台無しにするな。<br>ところで、最近兄は自転車を買った。ママチャリカツオ号が盗難にあった以来、自宅から駅までを毎日20分かけて歩くという辟易するような生活が続いていた。健康には良さそうだが、大学院の研究が終わらず終電で帰る時は地獄だった。最寄り駅に着いた瞬間に絶望感に襲われるのだよ。そんな時間帯でも町田のヤンキーたちはそこら中を睥睨しながら闊歩し、酔っ払った大学生たちは呵々大笑しながらどこかへ向かっていき、スーツを来たお兄さんは虎視眈々と何か獲物を探すかのように目を光らせている。兄は彼らの脇を恰も飄然と通りすぎていく。しかし、心の中では彼らをそして自分自身をも嗤っているのだ。自転車がないことでこんな思いをするとは考えてもいなかった。しかし、今は兄には自転車がある。折りたたみの緑の自転車だ。名前はカツオ二世にした。でも、乗らないんだぜぇ。押すだけだぜぇ。乗らないのに駐輪場にも止めるんだぜぇ。なんだかもっと哀しくなるぜぇ。ワイルドだろぅ。どうだ、妹よ。兄はこういったトレンディーなこともできるんだ。しかも、フリがやたらと長いだろ。引っ張って引っ張って、最後にドーンとボケるという、そんじゃそこらの芸人にはできない芸だ。尊敬しろ。<br>じゃあ最後に、「追っかけ」と掛けまして「視界が悪い」と解きます。その心は「夢中（霧中）です。」山田くーん、座布団500枚持ってきてー。<br>草々<br>兄っち
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<pubDate>Tue, 03 Jul 2012 22:10:20 +0900</pubDate>
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<title>母へ</title>
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<![CDATA[ 拝啓<br>向暑のみぎり 昨日までの青空は何処へ。また梅雨らしい空模様が戻ってきました。気温の変化も激しい毎日ですが、調子を崩したりはしていないでしょうか。<br>先日は、ONE PIECE展に強制連行してくれてありがとう。ONE PIECEをまったく知らない僕には大冒険でした。よく、ONE PIECEが好きな友人たちから「ONE PIECEは泣ける」「ONE PIECEは本気で感動するから」という話を聞いていました。しかし、ひねくれ者の僕はその話を「んな訳あるかい」と一蹴し、ONE PIECE感動説を否定していたのでした。僕にはこういうところがあります。周りが騒いでいるのを遠くで冷めた目で見ているというそういうところが。でもそれは「僕も入りたいけど入るタイミング逃しちゃったな」という羨む気持ちの裏返しなのかもしれません。だから今回、ONE PIECEのビックウェーブにちょい乗りできてよかったです。これで「ONE PIECE？ああ知ってる知ってる。主人公の手がビョーンって伸びんだろ」と胸を張って言えます。それに、ONE PIECEが感動するという友人たちの教えも納得することができました。それは、ONE PIECE展で上映されていた作品に以外にも感動させられたからです。特にエースとやらが殺られてしまうシーンは密かに泣きました。ところがどっこい、これしきの感動では尾形家の長男は心を開いたりはしないのである！とことん尾形家の長男はひねくれものである。こんな長男ですみません。<br>話は変わりまして、翻訳本出版の件ですが、これがなかなか難航しております。10月の学会に合わせての出版の予定でしたが、どうもそれには間に合わないような雰囲気です。大学院修了までには出版されるといいのですが。そして、もうひとつ懸念事項があります。それは、報酬です。今まで、何回か出版社の方と打ち合わせをしていますが、そういった話はまったくでません。今の状況がまだそういった話が出る段階まで至っていないのか、それともそもそも報酬など出ないのか。こればっかりは前者であってほしいと願うばかりです。それというのも、やはり30歳を目前にして両親やじいちゃんばあちゃんに恩返しをしたいと思っているからなのです。両親やじいちゃんばあちゃんにが今まで尾形家の長男にどれだけ投資してきたことか。カナダ留学を始め、大学費用、アメリカ研修費用などなど、どえらい金額が尾形家の長男に投資されてきたことと思います。もし印税が入ることになれば、それはすべて尾形家に納めさせてもらいます。僕が翻訳して本が出版されるのではなく、今まで僕を支え成長させてくれた両親やじいちゃんばあちゃんがいたからこその結果だと思っています。孝行はもう少し時間が必要のようですが、それまでは元気に暮らしていてください。<br>敬具<br>尾形家長男<br>
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<link>https://ameblo.jp/macaroniez/entry-11293265296.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Jul 2012 13:21:42 +0900</pubDate>
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<title>鈴木くんへ</title>
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<![CDATA[ 拝啓<br>初夏の候 先日、学校のプールに水が張られました。プールにドバドバと注ぎ込まれる水の音を教室から聞いていると、なんだか淡い気分になりました。鈴木くんは仕事と子育てでご多忙なことと存じ上げます。<br>さて、じゅんP同様、こうして突然の手紙を公の場に晒されてさぞ驚かれたことかと思います。別に森見登美彦さんの「恋文の技術」を読んで大いに感化されたという訳ではありません。決して。ただ、森見登美彦さんの作品は大好きです。全部読んだ。最新作が超楽しみ。そこんとこよろしく。<br>お気付きかと思いますが、僕たちリッチモンダーズは今年で30歳になります。時間が流れるのは残酷なまでに速いもんです。鈴木くんたちと初めて会ったのは18とか19の頃だから、もう10年以上経っている訳です。10年という時間の感覚の短さに驚いています。20代は小刻みに様々なイベントがありましたからね。カナダ留学、日本の大学に編入、就職、鈴木くんやじゅんPに至ってはプラス結婚が入ってくるからさらに濃くなる。僕に至っては30歳手前で大学院進学という暴挙に出ましたからね。でも、充実した20代だったと思います。まあ、やり残したことはあるっちゃあるし、ないっちゃない。そんな感じだから、今のところは人生の歩み方もとりわけ間違っている訳ではなさそうです。<br>鈴木くんは僕より一足先に七月で30歳になりますね。価値感の違いもあると思いますが、30という数字を目の前にすると僕は焦燥に駆られることがあります。いや、数字という訳ではないのかもしれません。僕と同い年の人たちの生き方を見てそう感じるのかもしれません。職場にも今年から同い年の先生が入ってきました。しかも教科も同じ英語です。その先生は大学を卒業してすぐに教員採用試験に合格し、ずっと先生を続けています。その先生を見ていると、僕はいったい何をしているんだろうという忸怩たる思いが込み上げてくるのです。負けてられません。鈴木くんやじゅんPみたいに家族を持ちたいし、同い年の英語の先生のように、ちゃんと試験受かって先生もしたい。言ったからには僕はやりますよ。人よりエンジンがかかるのは遅いですけど、かかりだしたら誰にも止められないくらい突っ走りますからね。30手前で漸く本気ですぜぇ。ワイルドだろぅ。てへぺろ。<br>またリッチモンダーズで飲みましょう。それから今度、長男をこねくり回させてください。Facebookで彼の写真を見る度に僥倖を感じてしまい、一度でいいからその可愛らしい顔をくちゃっとしてやりたくなるのです。よろしくね。<br>では、See you next 飲み会。ババーイ。<br>敬具<br>尾形・有言実行・まさのり<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/macaroniez/entry-11291071121.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2012 23:08:55 +0900</pubDate>
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<title>書道の先生へ</title>
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<![CDATA[ 初めてお手紙さしあげます<br>長雨の候 とは言え、ここ最近は洗濯機を躊躇せずに回せる嬉々とした日々が続き、僕の主婦的洗剤、失敬、潜在能力が研ぎすまされていると感じます。先生はいかがお過ごしでしょうか。<br>先生の書道教室に通い始めたのは、いつ頃でしょう。きっと小学校低学年の頃だったと思いますが、気付いた時には「土曜日の午後は書道」ということが体に染み付いていました。土曜日は学校も三時間で終わり、家に帰って父親が作った不味いけど不思議と美味しく感じる炒飯を食べた後に近所に住む友人たちと田圃に囲まれた畦道を練り歩きあがら先生の書道教室に向かいました。教室に着くと既に他の子たちが教室の近くを流れる川できゃぴきゃぴと戯れているので、それを見て僕もなんだか楽しい気分になるのでした。教室に入れば、みんな正座をして一心不乱に筆を介して一文字一文字に魂を込めていました。渾身の一枚を完成させると子どもたちはちょっぴり不安な表情を浮かべながらそれを持って教室前方に凛と鎮座する先生のもとへ持っていきました。先生はその文字の細部にまで魂が行き届いているかを確認するかのように文字の隅々まで眺めました。その作業か終わると、オレンジに染みた年期の入った筆を取り出し、渾身の一枚に花まるを書き込みました。その花まるを見た子どもは溌剌とした笑顔を見せ、嬉しそうにそれを眺めながら自分の席に戻っていきました。そして、さっきよりも自信に満ちた顔つきでまた魂の文字を書き始めるのでした。僕も彼らと同じように先生の書いたお手本の文字を見ながら何千枚という半紙に様々な文字を書いたと思います。時々、気持ちを入れずに形だけ真似て書こうものなら先生にその怠惰な姿勢を見抜ぬかれ、叱咤されたこともよく覚えています。小学校高学年になる頃には二段という等級を授かり、「書道で敵なし！えっへん！てへぺろ」と小生意気な小僧になりました。<br>時は経ち、僕も、大学生になり教育実習に行くことになりした。そこで、思いもよらぬ指摘を受けました。僕はそれを聞いた時にこう思いました。「何を言う！我は書道二段ぞ！」と。しかし、それを口に出してしまったら教育実習の単位がもらえないと察したので、ぐっと堪えました。その後もいろんな先生方に「板書はもう少し綺麗に」とか「字がだんだん斜めに上がっていっている」とか「字が小さなすぎる」とか容赦なく言われた訳です。超ヘコみました。教員になってからは生徒に字のことを言われることが多くなりました。例えば、「ソ」と「ン」や「シ」と「ツ」がどちらがどちらかわからないとよく言われました。先生は書字障害という言葉を聞いたことはございますか？<br>文字は正確に読めるのに、文字を書くとなると、自分にしか読めないような汚い字になってしまってり鏡文字になってしまったりするのが書字障害というものです。その原因はいくつかあるようです。例えば、視覚認知の障害もそのひとつとされています。視覚認知が弱いと、文字の大きさやバランス、そして形などを正確に認知知ることができず、それはまあひどい文字になってしまいます。また、文字を書く時には、目と手指の協調運動がうまくいかないため、キレイな字が書けないこともあるようです。僕にもこういうことが起こっているのかなと感じます。それと同時に、もしかして僕が小学校に入り、授業などで書いた僕の字を見て両親が驚愕し、書道教室に入れたのではないかと考えるのです。そう考えると、もし書道教室に通っていなければ、僕の文字はもう少し悲惨なものになっていたかもしれないないですね。どこか救われたような思いです。先生が僕の書いた文字に花まるをたくさんつけてくれ、字を書くことに自信を持たせてくれたから今までやってこられたのかもしれません。僕が学校で教えている生徒の中にも書字が気になる生徒がいます。そういった生徒たちにも先生から教えてもらったことを活かして指導をしていこうと心掛けています。良い教えはこうして継承されていくんですね。僕の教えも誰かが受け継いでいつてくれる、そんな先生になりたいです。<br>思い付くまま文章を書いたので、読み苦しい箇所もあったかと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうござぃした。またお手紙書かせていただきます。<br>敬具<br>尾形・書道二段・まさのり
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<link>https://ameblo.jp/macaroniez/entry-11290588134.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2012 13:45:00 +0900</pubDate>
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