<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>母８４才♪　認知症</title>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/madahaha/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>～軽度認知症の母と娘の記録～自己中、自己愛の強い母が認知症になるとどうなる？85歳になりました。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>弟の死を忘れた母</title>
<description>
<![CDATA[ <p>母の病状を記録として残しておこうと思っていたけれど、息子のこと、家族のこと、母のこと、仕事のことで追われているうちに三日坊主にｍなってしまった。</p><p>昨年の9月で母は85歳になった。</p><p>忘れっぽさが酷くなっているが、それでも過去の記憶は私が忘れていることまでよく覚えていた。</p><p>弟が亡くなってしばらくしてからの新しい情報が記憶に残らないらしく。約束は一分も経たないうちに忘れて、今聞いたことを五分もしないうちに聞いてくる。</p><p>でも、つじつまはあっていた。</p><p>私が実家を訪ねると、</p><p>「遠いところから悪いわね～」</p><p>「車でどのくらいかかった？」</p><p>「家を何時に出てきたの？」</p><p>と聞いてくる。</p><p>私の家が遠いこと、車で通っていること、それらは理解しているから出来る質問だ。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、その同じ質問を一時間に4回も5回もしてくる。</p><p>わかっていても、5回目にはつい「さっき言ったよ！」と答えてしまう私…</p><p>&nbsp;</p><p>今日は久しぶりに電話がかかってきた。</p><p>メールはできるのだが、携帯から電話のかけ方がわからなくなってしまうようだ。</p><p>なので、電話がかかってくることは少ない。</p><p>でも、取ってしまった途端に電話は通じているのだが、いくら「もしもし」と言っても返事がない。</p><p>操作しているうちに、電話がかかってしまっただけなのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>私から電話した。</p><p>「今、電話くれた？」</p><p>&nbsp;</p><p>「ああ、私、痴呆症になってしまったみたい。</p><p>今日、あなたと〇（弟）と食事の約束をしていたような気がしたけど違った？</p><p>体調が悪いので、行けないと思って。</p><p>だから、〇にもあなたから電話しておいてくれる？」</p><p>&nbsp;</p><p>「痴呆症の人は痴呆症だってわからないよ。</p><p>忘れっぽいっていう認識があるんだから、正常じゃない？</p><p>もうすぐ△（私の息子）の誕生日だから、日にちは決めなかったけど食事に行こうねって約束してたよね。」</p><p>&nbsp;</p><p>溢れる涙が止まらなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>どんなに忘れてしまっても、弟の死だけは忘れられず、心の深い傷が癒えることはなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、、、</p><p>その弟の死まで忘れてしまったのか…</p><p>でも、、、、</p><p>何かおかしいという思いはあって、痴呆症という言葉を使うのか…</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/entry-12652878177.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Jan 2021 13:09:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>お金がなくなる！</title>
<description>
<![CDATA[ <p>記録としても毎日断片的にでも書いていこうと思っていたが、一人息子はいろいろしでかしてくれるし、母は母で毎日のように何だかあって、書く暇がないまま時が過ぎていった…</p><p>&nbsp;</p><p>この数か月、必ず起きること。</p><p>「あと数千円しかお金がない！」</p><p>&nbsp;</p><p>毎月、計算してお金を置いてくる。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、2週間も経たないうちに</p><p>「お金がない。自分の通帳もないから下ろせないし！（怒)]</p><p>と連絡がくる。</p><p>&nbsp;</p><p>お金の管理がまったくできなくなっているので、本人も、</p><p>「自信がないから、〇〇が管理して欲しい！</p><p>いっそ毎週一万円くれるようにしてくれたほうが楽！」</p><p>と言うこともしばしばある。</p><p>&nbsp;</p><p>一か月に一回しか行けないため、週に一度お金を渡したほうが私もどれだけ安心か、と思うが、それはできない相談。</p><p>&nbsp;</p><p>「絶対にあるはず。</p><p>探してみて！」</p><p>&nbsp;</p><p>と言えば、それまで元気に話していたはずなのに</p><p>「朝から頭が痛いから無理よ。」</p><p>などと言って絶対に探さない。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、最後には</p><p>「どこ探してもないから、使っちゃったんだと思うわ。」</p><p>と探さないで言う。</p><p>&nbsp;</p><p>それから、押し問答。</p><p>「本当にないんだったら、私も忙しいけれど全部断って行くしかないね。」</p><p>など言えば、</p><p>「無理して来なくていい！」</p><p>という気遣いは見せてくれるのだけど、週に2回、リハビリを兼ねたマッサージの人への支払いのあるので、ないままでは困るのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>そうこうしているうちに、だいたい見つかる。</p><p>&nbsp;</p><p>探さない！と言っても、電話を切った後探すこともあり、</p><p>「見つかった！」</p><p>という連絡が入ることもある。</p><p>&nbsp;</p><p>「あー　そういえば、あそこに入れていたんだったわ。」</p><p>とは病気のため思わない。</p><p>&nbsp;</p><p>なんでだかわからないけど、こんなところから見つかった、それだけだ。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、今日も3千円しかない、とメールがあった。</p><p>&nbsp;</p><p>「いや、最低でも1万～2万あるはずだよ。探してみて！」</p><p>&nbsp;</p><p>と言えば、いつものように</p><p>「朝から体調が悪いから無理！」</p><p>と言う。</p><p>&nbsp;</p><p>いや、さっきは</p><p>「今朝、何でも屋さんに来てもらって、実家の庭を見に行って来たら、ジャングルになっていたわ！」</p><p>って、言っていたのにね。</p><p>話を合わせて、</p><p>「わかった。じゃあ、ひと眠りして、起きたら冷たい水でもいっぱい飲んで、それから探してみて！」</p><p>&nbsp;</p><p>と言うと、</p><p>「わかったわ。」</p><p>と嫌々の返事。</p><p>&nbsp;</p><p>「じゃあ、夕食に行く前に結果教えてね！」</p><p>&nbsp;</p><p>と言えば、</p><p>「今日は無理だと思う。」</p><p>&nbsp;</p><p>「いや、なかったらマッサージの人への支払いできないから、無理してもバッグの中と引き出しだけでいいから、探して！」</p><p>と言えば、メソメソ泣き出し、</p><p>&nbsp;</p><p>「もう、無理よ。</p><p>もう、死にたくなった。」</p><p>と泣き出す。</p><p>&nbsp;</p><p>「わかった。じゃあ、一緒に死のうか？」</p><p>と言えば、</p><p>「それは、イヤよ！」</p><p>&nbsp;</p><p>「じゃあ、とりあえず探して。</p><p>なければないでいいから。」</p><p>&nbsp;</p><p>と言葉を残し、疲れ果てて電話を切った。</p><p>&nbsp;</p><p>先月は、バックの中に無造作にお札が入っていたと連絡があり、</p><p>先々月は、ついに見つからず私が前倒しで母のところに行って探した。</p><p>すると日ごろ使っていないお財布が床に転がっていて、その中から発見。</p><p>&nbsp;</p><p>毎回、こんな調子だ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/entry-12610537253.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Jul 2020 16:51:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>忘れちゃうんだね(≧◇≦)</title>
<description>
<![CDATA[ <p>母のところから帰宅して一週間。</p><p>わずか一週間ではあるが、記録に残せない量と疲れがある。</p><p>&nbsp;</p><p>退院して落ち着けば、悪化した認知が少しは良くなると楽観していたけれど、日々悪化したり、少し良くなったりを繰り返し、少しずつ下降線を辿っている。</p><p>&nbsp;</p><p>足が痛いから一階にある食堂に行けないと連絡して、部屋に食事を持ってきてもらったかと思えば、夜、人恋しいのか徘徊まではいかないらしいが、うろついているという。</p><p>&nbsp;</p><p>食事を持ってきてもらってもほとんど食べていないらしい。</p><p>食べることが何より好きだった母が食べないのだ。</p><p>不安が募る。</p><p>私が滞在している時から食欲はなかったが、その時は退院直後ということで気にしていなかったが今も食べていないらしい。</p><p>体力が落ちることを心配で、何度も電話しては食事をするように話すが、「わかったわ」と言いながらも、電話があったことさえすぐに忘れてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>朝7時と夜9時には必ずヘルパーさんが20分ほど様子を見に来てくれるのだが、毎回、「あら。そうなの？」と初めて聞く話となる。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は夜に食事をしたかを確認するため電話をすると足が痛いと訴えてきた。</p><p>足首が痛くてたまらないというのだ。</p><p>マッサージの人に来てもらいたいが電話番号がわからないので、私に電話しようと思っていたという。</p><p>その携帯にはマッサージの人の連絡先は10年も前からもちろん登録済みである。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は日曜で休みだから、携帯に連絡すると迷惑なのでしないでね。</p><p>月曜日はマッサージの人が来る日でしょ。夜に来るから、明日まで待って。</p><p>&nbsp;</p><p>と言ったが、月曜日に来ることも認識できず、今日が何曜日かもわかっていない。</p><p>入院前もかなり怪しかったが、でも、金曜日の習い事には毎回出かけていき、通院の予約もほぼ忘れずにいられた。</p><p>&nbsp;</p><p>それが、2月末の転倒して一か月入院後の今はできなくなってしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>足首が痛い痛いと訴えるので、</p><p>&nbsp;</p><p>9時にヘルパーさんが来るから、来たら私に電話してね。</p><p>ヘルパーさんに痛み止めのある場所を伝えるから、それを飲めば治るよ！</p><p>&nbsp;</p><p>わかったと言っていたのに、それから数分後に母から電話があり、</p><p>「足首が痛い！」</p><p>と初めて話すかのように話し始めた。</p><p>&nbsp;</p><p>「だから、ヘルパーさんが来たら薬を出してもらうように言うから待って！」</p><p>&nbsp;</p><p>と言うと、</p><p>&nbsp;</p><p>「あら、ヘルパーさん来るの？私の知っている人？薬どこにあるの？」</p><p>&nbsp;</p><p>ついつい、</p><p>「ついさっきも話したばっかりじゃない！」</p><p>と言ってしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>「飲んでもすぐには効かないから、痛い間は薬飲んだことを忘れちゃって、何度でも薬飲んじゃいそうだから、ヘルパーさんに出してもらうよ。</p><p>ヘルパーさん来たら電話してね。」</p><p>&nbsp;</p><p>と言って切ったが、結局9時過ぎても電話がなかったのでこちらからかける。</p><p>&nbsp;</p><p>ヘルパーさんに事情を話し、痛み止めのある場所を伝えて一錠だけ出して飲ませてもらうようにお願いした。</p><p>&nbsp;</p><p>そのうち、私のこともわからなくなるのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>家の目の前にある特養に電話してみたのだが、500人待ちだと聞いた。</p><p>&nbsp;</p><p>夫の薦めもあって、私の家に呼ぶことも考えたが、うまくやっていけるか自信がない。</p><p>なんといっても、30年以上の間、断絶を繰り返してきた私たちなのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>私は母のことを「ママ」と呼んでいた。</p><p>「お母さん」と呼ぶことはないまま、長い断絶の時期があった。</p><p>息子が生まれた時、私は絶対にママという言葉は使わなかった。</p><p>私にとって「ママ」とは、私を苦しめる存在でしかなかったからだ。・</p><p>私は「おかあさん」でありたかったので、息子にも「おかあさん」と呼ばせた。</p><p>&nbsp;</p><p>今は母のことを「あなた」と呼ぶことが多い。</p><p>でも、私を娘だと認識できないのではと疑う会話の中では、「ママ」と呼ぶことはある。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな最悪な母ではあるが、父が死に、弟が死に、認知症になった母と私と二人だけになってしまった今、愛おしい気持ちが生まれた。</p><p>最後の家族を大事にしたい想いがあるからだろう。</p><p>それだけではなく、認知症になった母は我が弱くなった。</p><p>弟が亡くなり、私しか頼ることができない思いがあるのだろうが、気づかいを持って接してくれるようになった。</p><p>その気遣いは、認知が酷くなった今も続いている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/entry-12587472452.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Apr 2020 00:35:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>便りがないのは認知の印　１</title>
<description>
<![CDATA[ <p>転倒して骨折した母。</p><p>尾てい骨、恥骨、座骨を骨折し手入院している。</p><p>&nbsp;</p><p>整形外科の先生からは、入院が必ずしも有効ではないと言われたが、ケア付きマンションに暮らしているとはいえ、大したケアはないため、一人暮らしできるまでに回復するまで入院するのが良いというのが主治医、ケアマネの考えで入院することになった。</p><p>本人も転倒した日は激しい痛みに耐えきれず、自ら入院を強く希望していた。</p><p>&nbsp;</p><p>病室はナースステーションに近く、認知症患者が集められている。</p><p>同室に明け方から大声で叫ぶ人がいて憂鬱、と何度かメールが来ていた。</p><p>&nbsp;</p><p>ようやく部屋を移れたのだが、今度は窓がない牢獄のような部屋でうつ病になりそうだとメールが来るようになった。</p><p>看護師さんに電話をして尋ねると窓のない部屋ではなくて、ローカ側のベッドということであった。</p><p>&nbsp;</p><p>数日後に窓際のベッドに移動できたと看護師さんから連絡があった。</p><p>&nbsp;</p><p>それ以来、パタッと連絡が途絶えた。</p><p>&nbsp;</p><p>元々、病院での生活は満足しているというメールもたびたびあった。</p><p>食事がおいしいこと、リハビリ室からの眺めが良くてリゾート施設にいるようだ、など書かれていた。</p><p>&nbsp;</p><p>問題がなくなったので、快適に過ごしているから連絡が途絶えていると思って安心しきっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>ところが、昨日医師から連絡があり、今の痛み止めでは痛みが酷くて効かないので、モルヒネの入った薬に変えたいので同意が欲しい、とあった。</p><p>&nbsp;</p><p>また抗うつ剤を併用すると痛み止めの効果が表れることがあるので、今日から併用しているともあった。</p><p>&nbsp;</p><p>えっ</p><p>すでに入院して20日以上。「</p><p>良くなっていると思っていたら、モルヒネ？</p><p>&nbsp;</p><p>ただ私には一つ疑念があった。</p><p>&nbsp;</p><p>認知症を患っている母が正確に病状を伝えることができているのか？</p><p>痛いは痛いのだろうが、本当にそこまでの痛みなのだろうか？</p><p>&nbsp;</p><p>母に確認してから決めたいと伝えた。</p><p>&nbsp;</p><p>母に何度電話してもまったく出ないので、看護師さんに電話をした。</p><p>母から電話をしてもらうように伝えてもらい、ようやく話すことができた。</p><p>&nbsp;</p><p>痛みはあるという。</p><p>リハビリはしているのか？と聞くと、リハビリは週に一度だという。</p><p>&nbsp;</p><p>リハビリが週に一度？</p><p>&nbsp;</p><p>今、入院している第一目的はリハビリをして、一日も早く元の生活に戻るためである。</p><p>&nbsp;</p><p>母から頻繁にメールが来ていた数日前までは、メールの最後には早く●●（ケア付きマンション）に戻りたいと付け足されていた。</p><p>&nbsp;</p><p>早く●●に戻りたいならば、リハビリをがんばるだけではばく、ベッドに寝ている時間も体を動かすなど努力しないとダメだよ。</p><p>大好きなテレビを見ないというのも良くないから、テレビを見たらどう？</p><p>看護師さんに頼んで、雑誌を持ってきてもらって読むのもいいよ。</p><p>と私が言うにも反応が薄い。</p><p>テレビは見たくないと言う。</p><p>&nbsp;</p><p>●●に戻りたいでしょ、と言っても返事がない。</p><p>もう一度●●、</p><p>と言ってみるが通じない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>●●、わかる？</p><p>と聞くと、自宅のこと？と言う。</p><p>母の言う自宅とはまだ残っている実家のことである。</p><p>&nbsp;</p><p>違うよ。</p><p>あなたが今、住んでいるマンションのこと。</p><p>&nbsp;</p><p>と言うも、</p><p>そうだっけ？行けば思い出すかもね、、</p><p>という返事に驚愕し、頭が真っ白になった。</p><p>&nbsp;</p><p>数日前から何度も、息子からの手紙は届いた？</p><p>とメールしても返事がなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>手紙を受け取ったかも聞いてみるが届いていない、と言う。</p><p>&nbsp;</p><p>看護師さんに確認してもらうと封を開けていない封筒が置きっぱなしにされていたと言う。</p><p>&nbsp;</p><p>母は息子の書く絵入りのメッセージカードが嬉しくて、病室にも飾っていて、看護師さんなどに孫自慢をしている。</p><p>孫から手紙が来ると知ったら、毎日確認するだろう。</p><p>なかなか来ないと知れば、なんだかのアクションを起こしても不思議ではない。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、手紙が届くということもピンとこないまま、届いた手紙も放置したまま…</p><p>メールもしてこず、</p><p>電話にもでず、</p><p>ようやく電話で話せたのにお気に入りのケア付きマンションの名前も、そこに住んでいたことも忘れている。</p><p>便りがないのは元気な印と思っていたけれど違う！</p><p>&nbsp;</p><p>涙が溢れた。</p><p>&nbsp;</p><p>慌てて、母の元へと向かった私であった。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/entry-12583837261.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Mar 2020 22:07:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>叫ぶ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200319/00/madahaha/77/5f/j/o1512201614730183696.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200319/00/madahaha/77/5f/j/o1512201614730183696.jpg" width="420"></a></p><p>転倒して恥骨と尾てい骨を骨折した母の入院もかれこれ3週間近くたっている。</p><p>&nbsp;</p><p>最初に入った病室は3人部屋でナースステーションに近かった。</p><p>認知症の人が優先的に入る部屋とのことだった。</p><p>同部屋の一人は、明け方に大声で叫ぶらしく、母はそれが辛いと言っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>それで、できれば部屋を替えて欲しいとお願いしていた。</p><p>母より重い認知症患者が入院したら部屋を替われるだろうとの話だった。</p><p>その数日後、四人部屋に移ったと連絡があった。</p><p>&nbsp;</p><p>ほっとしたのもつかの間のこと。</p><p>4人部屋に移れて良かったね、</p><p>とメールすると、</p><p>「突然部屋を移されて、窓も何もない独房で鬱になりそうだ。」</p><p>という。</p><p>&nbsp;</p><p>病院に電話すると窓のない部屋ではなくローカ寄りの部屋だという。</p><p>最近になって、窓側のベッドに移ったそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、母から連絡はない。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は医者から電話があり、痛みが酷いのでモルヒネの入った痛み止めを使って良いか？と問い合わせがあった。</p><p>&nbsp;</p><p>えっ！？</p><p>入院して3週間近くも経って、かえってひどくなっているの？？？</p><p>&nbsp;</p><p>母に電話をして病状を聞いてみるので待って欲しいとお願いした。</p><p>&nbsp;</p><p>なぜならば、今日はテンション高い元気そうなメールが5通も届いていたが、痛いという話はまったくなかった。</p><p>このところ、まったく連絡がないので、私から朝、痛みはどう？とメールしていた。</p><p>仕事中に次々と返信があったのだが痛みのことは一切書かれていなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>メールでは話が通じないので、看護師さんに頼んで、母から電話をしてもらった。</p><p>&nbsp;</p><p>痛いのでずっと寝ている、と言う。</p><p>トイレも行かずにおむつで済ませているとも言う。</p><p>&nbsp;</p><p>リハビリは毎日あるの？</p><p>と聞くと、週に一回だと言う。</p><p>&nbsp;</p><p>えっ</p><p>週に一回じゃ、歩けなくなる！</p><p>看護師さんに代わって！と言うと、近くにはいないと言う。</p><p>さっきまで看護師さんの声が聞こえていたよ、</p><p>代わってよ,</p><p>&nbsp;</p><p>母は、</p><p>わかった！</p><p>と言うと、いきなり大声で息子の名前を呼んだ。</p><p>私の息子、つまり母にとっては孫の名前である。</p><p>ちなみに敬称なし。</p><p>&nbsp;</p><p>あっ</p><p>もういい、もういい。</p><p>あとで看護師さんに電話してみるから、じゃあね！</p><p>と慌てて切った。</p><p>&nbsp;</p><p>大部屋なので部屋を出た場所からかけてくるだろうと思っていたが、母が言うには病室からかけているという。</p><p>同室に叫ぶ人がいて辛いと言って部屋を替わったのに、自分が大声あげている。</p><p>そのうえ、看護師さんではなく、唐突的に息子の名前を大声で呼んだ瞬間、正直ぞっとした…！</p><p>寝たきりで認知症が進んだのではないか…。</p><p>&nbsp;</p><p>今日きた母からのメールでは、同部屋の人がみんな静かなので、元気を出してもらおうと思って歌をうたったら、看護師さんに大きな声を出さないでくださいって言われちゃった！ともあった。</p><p>&nbsp;</p><p>医師に電話をするとリハビリはほぼ毎日あるが、この2日くらいは痛みが酷いので中止しているかもしれない、</p><p>とのことだった。</p><p>&nbsp;</p><p>数日前に息子がホワイトデーのお手紙を母に送った。</p><p>今日あたり届いていたかもしれない。</p><p>嬉しさで孫のことで頭がいっぱいで、孫の名前を叫んだのか…</p><p>とりあえずそう思うことにしよう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/entry-12583150830.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Mar 2020 00:51:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>毎日が初めまして</title>
<description>
<![CDATA[ <p>昨年の秋、訳あって介護職初任者研修を受講した。</p><p>&nbsp;</p><p>他の仕事の関連で必要性に迫られたためであって、実際に介護の仕事をすることは考えてもいなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>受講初日の数日後、弟が事故死して、母の認知が一気に進み、母の認知症を知ることとなった。</p><p>まったくの他人ごとであった認知症がいきなりわが身のことになったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>12月に研修は修了した。</p><p>&nbsp;</p><p>研修の大半は認知症患者に対する接し方であった。</p><p>&nbsp;</p><p>多くのことを詰め込み式で学んだので、すぐに忘れてしまうと思われた。</p><p>学んだことをしっかりと身につけるため、週2回、2月下旬からデイケア施設で働き始めた。</p><p>&nbsp;</p><p>まだまだ働き始めたばかりのため、お茶一つ入れるのにも四苦八苦している。</p><p>カフェインNGの方、緑茶は飲まず麦茶の方、とろみをつける人、そんな簡単なことさえ、利用者さんの名前と顔がまったく一致しない頃は冷や汗ものであった。</p><p>&nbsp;</p><p>利用者のみなさんがとても優しい方が多く、私と相性の合う方が多くいらっしゃるので、楽しく働いている。</p><p>&nbsp;</p><p>「あなたのような人がいるとここに来るのが楽しくなるわ。」</p><p>「娘のようだわ。これからもよろしくね。」</p><p>「この仕事に適性があるよ！」</p><p>「親切にしてくれて、ｌありがとう。」</p><p>嬉しい言葉をたくさんかけて下さり、応援してくれている。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、その多くの人は二度目にお会いする時も、三度目にお会いする時も、</p><p>「あなた、最近入ったの？」</p><p>初めましてになる。</p><p>&nbsp;</p><p>認知症の母で慣れているとはいえ、</p><p>「あー　そうなんだな。これが認知症なんだな。」</p><p>と毎回思う。</p><p>&nbsp;</p><p>初めましてになっても、かけてくれる言葉は毎回同じだ。</p><p>嬉しいことをたくさん言ってくださる。</p><p>その優しい言葉に励まされるから笑顔で仕事ができる。</p><p>&nbsp;</p><p>「ありがとう」</p><p>と一日に何回も言われる。</p><p>「面倒かけてごめんなさいね」</p><p>とも何度も言われる。</p><p>&nbsp;</p><p>「ありがとう、と言ってくれて、ありがとうございます！」</p><p>と私も毎回応えている。</p><p>「面倒なんて思ったことはないです。</p><p>サポートさせてください！」</p><p>とも言う。</p><p>&nbsp;</p><p>私が純粋で、笑顔でいられる場だ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/entry-12581742542.html</link>
<pubDate>Fri, 13 Mar 2020 00:20:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>作られる記憶</title>
<description>
<![CDATA[ <p>このところ調子の良かった母。</p><p>調子が良いと連絡が途絶える。</p><p>頼りがないのは元気な証拠の通り。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも忘れてしまうのは金銭関係。</p><p>&nbsp;</p><p>母はケア付き高齢者向けマンションに入居している。</p><p>実家から徒歩30分くらいのところにある。</p><p>4～5年前に自分で見つけて、自分で手続きして入居した。</p><p>&nbsp;</p><p>自宅に一人で住んでいた頃は毎月かかるお金は恐らく10万円程度。</p><p>その他はすべてお小遣いにできた。</p><p>なので、とても余裕があった。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、ケア付きマンションに収入の8割以上を支払うようになってからは、自由に使えるのは３～4万円だ。</p><p>長い間、悠々自適に暮らしていた頃の金銭感覚だけはしっかりと記憶していて、現状を理解できない。</p><p>この数か月、何度も現状を話して、最後には理解して納得するが、翌日には忘れてしまう。</p><p>金融機関から送られてくる書類を見ては、自分は貯金がたくさんあると都合よく解釈してしまう。</p><p>母には毎月8万円のお小遣いを渡している。</p><p>昼食、夕食はマンションの食堂でとっていて、その料金は別に支払っている。</p><p>8万円の内訳は朝食代（自分で買い物をして、好きなものを食べている）、</p><p>趣味代（自彊術を習っている、その月謝は4千円で安いのだが、遠いので往復7千円以上のタクシー代がかかる。</p><p>終了後にメンバーの皆さんとランチをするなどで一回1万円×4回。）、</p><p>その他日用品など購入すると8万円もあっという間だ。</p><p>&nbsp;</p><p>住まいの近所にも自彊術を習えるところはいくらでもあるのだが、そこじゃないといけないらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>他にマッサージを月に8日以上受けている。</p><p>これは健康保険内であれば、難病の母はお金はかからない。</p><p>しかし、15分程度のため20分延長しているため毎回２千円かかる。</p><p>そうすると10万円渡さないといけないため、自彊術を月に２～３回にするか、マッサージの延長をやめるか、どちらかにして欲しいと話して、母は自彊術だけはやめないと言うので、マッサージの延長をやめるということで決着しているが、それも翌日には忘れてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>貯金はあるが、現在月々１３～15万円の赤字を貯金から補てんしている。</p><p>いつかは貯金がつきるので、連帯保証人の私としてはハラハラである。</p><p>今日も「金融機関から手紙がきて、私には●●円の貯金があるのでお金の事は心配しないでね。</p><p>お金を下ろしたいので預けている印鑑を持ってきて。」と三日に一度はメールが送られてきて、その度に貯金が十分にないことを伝えるのだ。</p><p>でも、翌日には忘れてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>今日、マンションの職員から電話がきた。</p><p>「お母さんが散歩の途中で転倒した。何とかマンションまで帰ってきたというが、今、室内の緊急ボタンが鳴ったので行ってみたら、歩くことが出来ないと言っている。</p><p>すぐに病院に行った方が良いが今日は休日。</p><p>救急搬送した方が良いと思うが、基本は家族の付き添いが必要。」</p><p>という内容だった。</p><p>&nbsp;</p><p>離れて暮らす私はどんなに急いでも到着まで3時間前後かかる。</p><p>本来はお願いできないが、職員に付き添って欲しいとお願いした。</p><p>了承していただき、私は急いで出かける用意をした。</p><p>息子の夕食を簡単に用意、身支度し、入院の用意、急いで準備をしても小一時間かかった。</p><p>&nbsp;</p><p>それから車に乗り込み出かけた直後に連絡があり、病院でレントゲンなど撮って診察した結果、打ち身程度であったので今から帰宅する、というものだった。</p><p>私は来なくても大丈夫とのことだった。</p><p>&nbsp;</p><p>本当ならそうはいっても心配なので飛んでいきたかったが、このところの睡眠不足で疲労が貯まっている上に、明日は夕方から用事があることもあり、自宅にUターン。</p><p>&nbsp;</p><p>自宅に着いてから、改めてマンションの職員に電話をして状況を聞いた。</p><p>&nbsp;</p><p>すると電話に出た職員が言うには、転倒はしておらず、マンションの近くで足がつって歩けなくなっていた母をたまたまケアマネが見つけて、マンションまで送り届けてくれたとの話だった。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、自室に入ってしばらくして、足が痛くてたまらない母は事実を脳内変換したらしい。</p><p>緊急ボタンが押されて事情を知らない職員が母の部屋に駆けつけた。</p><p>母は転倒したこと、痛みが酷く、歩くことも、着替えることもできないと話した。</p><p>驚いた職員が私に連絡をして、救急搬送するという話になったのだという。</p><p>&nbsp;</p><p>連絡ノートには、足がつっ歩けなくなったところをケアマネが発見して連れ帰ってくれたことを書いていたが、交代の職員に伝わっていなかったとも言った。</p><p>今後このようなことはないようにするという謝罪があった。</p><p>&nbsp;</p><p>私からすれば、何かあってからでは遅いので、軽く受け止められるよりはずっといいので、責めるつもりはなく、むしろ有難いと思っている、と伝えた。</p><p>&nbsp;</p><p>病院から帰ってきた母に電話すると、</p><p>「今日、坂道で転んで、道で倒れていたら、誰かが救急車を呼んでくれて、知らない病院に行ったのよ。</p><p>レントゲンを撮ったが骨が折れているということはなかった。</p><p>娘に連絡をするのはいいけれど、遠いのでかわいそう。</p><p>呼ばないように頼んだ。」</p><p>と言う。</p><p>&nbsp;</p><p>職員から救急車を呼ぶか否かと尋ねられた時に私からもお願いした経緯があったので、母がマンションの自室から救急車に運ばれたのが事実だと私は知っている。</p><p>搬送されたのは、かかり付けの病院だということも知っている。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、母は「転んだ時に足が痛くて、マンションまで歩けるわけないのよ。</p><p>道で倒れているところを救急搬送された。</p><p>初めて行った病院だった。」と言い張る。</p><p>私もそれ以上は追求せず、「今度倒れたら無理して帰ろうとしないで、私に電話してね。早く元気になってね。」と話した。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、「足の付け根が痛くて、立つこともできない。仕方がないのでおむつをしている。漏れないか心配だ。」</p><p>とも言っているのを聞いていると、転倒したことについては事実ではないのか？とも思えてはくる。</p><p>足がつっただけで、足の付け根まで痛くなるのだろうか。</p><p>顔を合せて話をできれば、事実を確証することもできる可能性もあるのだが歯がゆい思いが残る。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、道で倒れているところを搬送されているということはなく、マンションの自室から搬送されのが事実だ。</p><p>あったことはまったく記憶しておらず、なかった出来事が母の脳内で作られている。</p><p>&nbsp;</p><p>しっかりとしている部分もあるので、わかりにくい部分はあるが、確実に認知は進行している。</p><p>忘れっぽいだけではなく、記憶が母の都合で作られていく。</p><p>いつまで普通の会話が成り立つのかと不安が募った今日であった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/entry-12577588192.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Feb 2020 00:48:50 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>会いたいメール</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今日の母。</p><p>&nbsp;</p><p>今朝、母からのメールを読む。</p><p>眠くなると寝る、という暮らしをしている母は生活リズムがないようで、夜中の２時や明け方にメールが来ることがよくある。</p><p>&nbsp;</p><p>今朝は常識的な７時３７分。</p><p>「今日は最悪。雪の恐れもあるとか。</p><p>目の具合悪いmacky（目の術後の私）は絶対に来ないでね。」</p><p>&nbsp;</p><p>昨日は、</p><p>「マンションはP不足だから、スーパーの駐車場に停めてね。</p><p>買い物した時に駐車券もらっておくわ。</p><p>（実際はもらえない）</p><p>焼肉屋に着いたらメールしてください。私がカート押して店に行きます。」</p><p>&nbsp;</p><p>一昨日は、</p><p>「今、どこにいるの？会いたいです。」</p><p>&nbsp;</p><p>うーん…</p><p>この一週間以上、行けないって毎日話しているんだけどな。</p><p>&nbsp;</p><p>「正月に行ったばかりだし、</p><p>目の手術をしたばかり。</p><p>腫れがなかなか引かず引きこもり生活をしている。</p><p>腫れが引くまでは行けない。</p><p>月末には行けると思う。」</p><p>と毎日のように返信しているが、翌日には忘れてしまうようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>私が目の手術をしたことは覚えていて、「心配している」と毎日のようにメールや電話で気にかけてくれているが、関連付けて考えることができなくなっている。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は、私の目の調子が悪い→雪の予報と目のことがあるので運転して欲しくない→だから、今日は無理して来てほしくない、</p><p>と関連付けることができた。</p><p>しかし、術後のため、しばらくは会いに行けない、ということは抜け落ちている。</p><p>&nbsp;</p><p>母のところには、月に一回は行くことにしている。</p><p>一回行けば、交通費や滞在費で２万円前後かかる。</p><p>夫や息子が同行すれば、外食代がやたらかかり、シフト制で働く夫や学校のある息子は先に帰ることも多いため電車代もかかり、なんやかんやと倍以上のお金がかかる。</p><p>近ければ、ちょこっと行くことができるのだが、ちょこっとは行けない距離だ。</p><p>&nbsp;</p><p>バイクで１０分の距離にいた弟は、気軽に様子を見に行けていた。</p><p>東京に住む私は電車でも車でも、片道２時間半以上かかる。</p><p>&nbsp;</p><p>母の住むケア付き高齢者向けマンションは駅から離れたところにあるため、車がないと移動が不便である。</p><p>私が滞在している時に、役所や銀行の用事を車で回って済ませる。</p><p>買い物や、ちょこっと贅沢なランチにも行く。</p><p>そのため車で出かけるが、渋滞していると５時間かかる時もある。</p><p>&nbsp;</p><p>だからね、そんな簡単には会えないのよ。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は午前はヘルパーさんのサポートで入浴、午後はマンション企画の三重奏コンサートがあるそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>暮れに我が家は草津温泉に旅行した。</p><p>母も誘ったが、初めて断られた。遠出するのが難しくなったようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は、おみやげで渡した温泉のもとをいれて入浴をしたそうだ。</p><p>午後の三重奏も楽しく過ごしたのだろう。</p><p>この三重奏を私に聞かせたくて、今週は会いたいメールが何度も来ていたのかな？と思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/entry-12568048820.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jan 2020 23:10:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>序章　弟が事故死する</title>
<description>
<![CDATA[ <p>昨年（２０１９年）の秋、弟が職務中の事故で亡くなった。</p><p>弟は教師であった。</p><p>誰も想定しない、納得することができない、唐突的な死であった。</p><p>&nbsp;</p><p>弟が亡くなったことを母からのメールで知った。</p><p>これまでの人生で一番の、衝撃と悲しみと絶望が一気に押し寄せてくるのをこの目で見た。</p><p>見えるわけない感情をこの時ははっきりと見た。</p><p>大粒の涙が一気に溢れ出て、しばらく止まらなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>三つ違いの弟は、常に冷静で、穏やかで、クールであった。</p><p>それでいて、家族想いの優しい人であった。</p><p>数学の教師であったが、大人になってからは歴史小説が好きになったと言って、よく読んでいた。</p><p>歴史が好きだともっと早く気づいていたら、歴史の教師になっていたかもしれないと言っていたことがあった。</p><p>大人になってからは、弟というよりの頼りになる兄という存在でいてくれた。</p><p>父が亡くなってからは一家の大黒柱という役割を果たしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>私は２３歳で結婚した。</p><p>それから、しばらく経ったある日、母が言った。</p><p>「謝りたいことがある。あなたと弟を差別して育ててきた。」</p><p>「あなたたちが子供のころの録音テープを聞いていたら、〇ちゃん（私）に酷いこと言っているのを聞いてぞっとした。」</p><p>「これからは悲しい思いをさせないからね。」</p><p>と涙ながらに言ってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>ふーん…</p><p>そうなんだ、という印象のみであったが、その直後に</p><p>「（実家の所有している土地に）弟の家を建てる計画があるけどどう思う？</p><p>〇ちゃん（私）の意見を尊重したいと思っている。」</p><p>と聞かれたので、かまわないと答えた。</p><p>私たち夫婦は、東京を離れることはできない職業についていた。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし母は繰り返し、</p><p>「大事なことだから、簡単に言わないで。</p><p>よく考えて、本心を言って欲しい。」</p><p>としつこく言ってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>次第に面倒くさくなってきた私は、</p><p>「反対と言ったらどうするの？」</p><p>と聞くと、母は突然鬼の形相に変わり、</p><p>「建てることは決まっている！」</p><p>と言い放った。</p><p>&nbsp;</p><p>差別して育てていると告白された時は、「ふーん」としか思わなかったが、その直後の相反する物言いには激しく傷ついた。</p><p>それが、初めての疎遠のきっかけとなる。</p><p>６年会わない日が続いた。</p><p>&nbsp;</p><p>差別して育ててきたという事実はその日までまったく気づかずにいたが、考えると思い当たることはいくつかあった。</p><p>&nbsp;</p><p>母にとって弟は、「目の中に入れても痛くない」という俗っぽい言葉を引用したくなるほど、唯一無二の存在であった。</p><p>その弟が突然、死んでしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>弟の事故から数日しないうちに母がおかしくなった。</p><p>一時は私のこともわからなくなった。</p><p>私が買い物から戻ると</p><p>「実はね、息子が亡くなったんですよ。」</p><p>と話しかけてきた。</p><p>暑い日であったが、背筋がヒンヤリと寒くなったことを今も覚えている。</p><p>&nbsp;</p><p>母のことを私は、「あなた」、時々「ママ」、と呼んでいる。</p><p>息子が生まれた時に自分のことを「おかあさん」と呼ばせると決めていたので、赤ちゃんの頃から息子には「ママ」という言葉は決してつかわなかった。<br>「ママ」は私にとって苦手な母の人称である。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/madahaha/entry-12566529953.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Jan 2020 18:59:47 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
