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<title>乳がんママと農家パパと医者むすめ</title>
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<description>高１の４月に母が乳がんに。高２の時にステージⅣへ。治らないなんて信じない！反抗期やめて、医者になる！そんなこんなで約10年経過。そこからの日々、つれづれなるままに書いていこうと思います。</description>
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<title>⑧父変身。</title>
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<![CDATA[ 当直明けです。<br>家に帰って寝ようと思ったら工事音がはげしい！！！おまけにお祭りで家の周り爆音っっ。<br>てことで<br>無<br>になっています。<br>無<br>というか<br>廃人。笑<br><br>三連休つぶしてたまるかぁぁぁっ。しかし頭が動かないーーー！！！<br>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br>以前の入院の時も、家事にトライしようとするものの<br>あくまで「１週間程度で奥さんが帰ってくる」、「嫁入院中のみの応急処置的な家事」<br>だったので<br>父は元々何もできない上に<br>家事を覚えようとはしていませんでした。<br><br>が今回の転移で、抗がん剤で苦しむ母を見て<br>食事療法について調べたり、家事を頑張ったりし出してくれました。<br><br>仕事人間だった父が家にゆっくり居ること自体不自然。<br>色々やってもらって当然と言う態度だった父が、必死に癌にいいものを<br>調べてるのも不自然。<br><br>私の出産のときすら母を放置していたレベルだったらしいのですが<br>（そしてそんなツンツンな父が母は好きなので問題なかったらしい、、、まじか。笑）<br><br>突然家族にに全面的に愛情表現をする<br>豹変っぷりを見せました。<br><br>高校生の私としては、突然で「き、きもちわるっ」「どーせすぐ仕事に戻るんでしょ」<br>と冷めた目で見ていましたが<br><br>あれから10年。<br>スーパー愛妻家＋家族大好き父として<br>豹変したまま<br>君臨しています。笑<br><br>母が癌になって悲しいことはたくさん。<br>だけど<br>家族仲がとっても良くなったのは<br>ちょっとだけ<br>癌にありがとう、なのです。
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<pubDate>Sat, 18 Jul 2015 10:28:47 +0900</pubDate>
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<title>⑦再発その後</title>
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<![CDATA[ 数日前コンビニにて傘パクられました。<br>ちーーーーーーーん。<br>こんにゃろーーーー。。。いや、いいことあるか！<br>と思って、コンビニの真ん前にあったロト６買ったら、<br>ハズレてました。<br>ちーーーーーーーん。<br><br>ハズレくじと新しい傘、コンビニで失ったもの数知れずです（大袈裟。）<br><br>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br>母の脳転移からも１週間弱経ちました。<br>笑顔で大丈夫！という母を前に、こっちがくよくよしては<br>絶対だめと思って、元気復活です。<br>無理矢理でも元気を出して、カラ元気でも泣いているよりずっといいと思って<br>ブログでぐちぐち行って以来笑顔キープで過ごせています。<br>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br><br>肝転移がわかったころ、私は受験勉強に突入していました。<br><br>母は「自分のせいで、娘の人生を変えてしまったらどうしょう・・・」と<br>ばかり考えていたらしいです。<br><br>こっちとしては「しんどい母に私の受験ストレスまで与えて、悪化したらどうしよう・・・」と<br>ばかり考えてたので、<br><br>母が「入院・ましてお葬式をすることになったら、受験というか勉強どころじゃないし・・・」と<br>思っていたとはつゆ知らずでした。<br><br>父も、転移が分かるまでは仕事人間中の仕事人間だったのですが<br>おそらく<br>「嫁、死ぬんか？」と思うと今までの生活がすごく間違っていたと思ったんじゃないでしょうか（笑）<br><br>突然家事をしてくれるようになりました。<br><br>お米洗って！<br>え？どうやって？<br><br>もー、洗うから、最後やっといて！<br>え？炊飯スイッチどれ？<br><br>というスタートでした。<br><br>母は抗がん剤でフラフラ<br>私は家事のできない父と受験にイライラ<br>父は仕事終わっての家事にイライラフラフラ<br><br>今思うと、あの時ピークに我が家の雰囲気悪かったかも。です。笑
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<pubDate>Thu, 09 Jul 2015 19:47:04 +0900</pubDate>
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<title>昨日。転移。</title>
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<![CDATA[ 昨日脳転移が見つかってしまいました。<br>多発脳転移。<br>たくさんありました・・・。<br><br>私ができるのは、検査結果のデータを見せてもらって<br>「大丈夫！」と言うことくらい。<br><br>母を見ていると、大体の自分の余命みたいなのは<br>誰よりも、どのデータで示されるよりも、自分の本能で感じとっている気がします。<br><br>母が自分で感じ取って<br>父がネットで調べて不安になって<br>主治医は短い余命を宣言して<br><br>せめて私だけ「データ見る限りでは全然大丈夫。」<br>って言い切るのが<br><br>唯一のできることだと思っています。<br><br><br>「絶対大丈夫。こんな患者さんいくらでも治るの見て来たから。」<br><br>両親を<br><br>いや<br><br>データを一瞬見ただけで、母の深刻な状況を把握してしまった自分自身を<br><br>奮い立たせるために<br><br>今日も明日も言い続ける。<br><br>「絶対大丈夫。こんな患者さんいくらでも治るの見て来たから。治るから。」<br><br><br>今日は時系列がいきなり昨日の話に飛んじゃいましたが<br>大丈夫<br>と文字に起こしたかったのかもしれないです。<br>うん。大丈夫！！！
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<link>https://ameblo.jp/mainichi115/entry-12046374023.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Jul 2015 08:12:19 +0900</pubDate>
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<title>⑥再発・転移</title>
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<![CDATA[ 今日は仕事が早く終わってノリノリで帰宅♡♡♡<br>と思いきや、「excuse　me・・・」と外人さん。<br><br>インターネット！インターネットぉぉぉぉ！と連呼。<br><br>いや、わかんない。<br><br>そこで外人さん必死でタイピングの真似。<br><br>ようやく理解しました。<br>あーーーー。ドゥー　ユー　ウォント　トゥ　ゴー　インターネットカフェ？？<br><br>いいイイェェェス！！！<br><br>てことではるばるネットカフェへ。<br><br>初めて知ったのですが、ネットカフェってパスポートいるんですね・・・。<br>パスポートをホテルに忘れたということで一緒に取りに帰り、結局往復１時間も歩きました・・・<br><br>日本人いいやつじゃん。<br><br>て今頃ネットカフェでつぶやいてくれてる、と思っています。笑<br>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br>乳がん発覚から１年８ヶ月後。<br>2回目の手術から約１年後の１月、肝臓に２箇所、転移が見つかりました。<br>１年越しの再発だったため、心配しつつも心のどこかで「治った」と信じだしていた時期でした。<br><br>父が一緒に検査結果を聞きに行ってくれたのですが、母は体が震えて、<br>何を言われてるのか、何もわからない状態で、夫婦共々パニック状態。<br><br>とりあえず「時間が無い！！」と言われ、その日から抗がん剤が、始まったのでした。<br>AC療法（※乳がんの抗がん剤）でしたが、とても副作用がきつく、体を起こすどころか、目を開けるのが辛いほどでした。<br><br>昔から熱が何度あっても、私たちのご飯を作ってくれるような母が<br>起きれないほどしんどがっている。<br><br>それが１７歳の私にとって衝撃的で<br><br>もしかしてうちのお母さん、癌で死ぬの？<br>と初めて意識した瞬間でした。<br><br>動けなくなった母、「転移」と言う重苦しい字面、、、<br><br>肝臓転移から、本当の意味の癌との闘いが始まりました。<br><br>仕事一本だった父が家事を始め<br>娘息子は完全に反抗期をやめ<br><br>我が家がよくも悪くもとにかく変化した瞬間でした。
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<pubDate>Fri, 26 Jun 2015 20:51:59 +0900</pubDate>
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<title>⑤再発２</title>
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<![CDATA[ 淡々と昔の話をしてるのもなんなので、<br>冒頭にちょくちょく私のつぶやき入れてみたりするかもです。笑<br><br>録画しておいた医師たちの恋愛事情最終話、ようやく見ました。<br>・・・<br>ぐっちゃぐちゃしてますね！人間関係！！！<br>けど出会いが少ない我々の世界、実際ぐっちゃぐちゃしてます。笑<br>どれだけぐっちゃぐちゃしてても、仕事中はプライベート持ち込まない<br>ところはある意味すごい能力だなぁと思いながら<br>同僚・先輩・後輩を観察する毎日ですww<br><br>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br>しこりを見つけ、すぐへ病院へ。<br>主治医いわく「残念ですが、癌細胞が見つかりました。前のとはタイプの違う新たな癌です！！」という説明・・・母は今だに“一回目の手術の時の見落としじゃないの・・・？？”と、思っていますが・・・。<br><br>私は医者になってからようやく「やっぱり再発だったんだな」と納得できるようになりました。<br>①この検査とこの検査をやっているなら、見落としは有り得ない<br>②再発はまれな話ではない<br>などをさまざまな文献や色々な患者さんから学んだからです。<br><br>私で10年越しの納得なので、たくさんの患者さんは<br>「あのときこうしてくれていれば・・・いや、私がこういう風に医者に聞いておけば・・」<br>という後悔や疑いってたくさんあるんだろうなぁと思います。<br><br>逆に言うと、悲しいことは、後悔しちゃう部分って見つけてしまうんだとも思います。<br><br>どうせ見つけちゃうなら、さっさと見つけてさっさと諦める、が人生楽しむコツかな、なんて<br>三十路にさしかかって思えるようになりました。<br><br><br>12月末、無事に手術も終わりました。<br>「やっぱり、年末の入院は良かった～」<br>と相変わらずの母でした。<br><br>半年間、CMF療法(抗がん剤）が始まりました。<br>髪の毛は、少し減りましたが、副作用も少なく、<br>これで、今度こそ元気になれる！！と、まだまだ、乳癌を甘くみていた我が家でした。<br><br><br>しかし2回目の手術から約1年後の1月、肝臓に2箇所、転移が見つかりました・・・。
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<link>https://ameblo.jp/mainichi115/entry-12041055735.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Jun 2015 13:14:39 +0900</pubDate>
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<title>④再発</title>
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<![CDATA[ その後、寝てばっかりより家事してる方が好きー<br>と言いながら元気に退院してきました。<br><br>当時は全く知らなかったのですが（学校に行ってる間に全部済ませてたみたいで・・・）<br>退院後、放射線60Gyとゾラ（おなかに打つホルモン注射）をしていたみたいです。<br><br>放射線、今患者さんを見てるとみなさんとっても<br>しんどい・・・いや、なんともいえないだるさに包まれてらっしゃるので<br><br>母とっても気丈にふるまってくれてたのだなぁと、今更ながらに感謝です。<br><br>もしこのブログ読んでおられる方が、これから放射線治療を控えてられるなら・・・<br>「車を10時間くらい運転した時のけだるさっぽいのからはじまって、そのまま船に乗って船酔いする感じ」<br>と皆さんおっしゃいます。<br>ご参考までに。。。<br>てことで、ご家族の皆様、ゆっくりさせてあげてください（＾＾;）<br><br>・・・そのまま何も無かったことになりそうでした。<br>乳がん、切って貼って終わりだったね！で私の中では終わろうとしていました。<br><br>けれども半年後の12月、入浴中、母は右肩下に<br>小豆粒ほどのしこりを、見つけたのです・・・
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<link>https://ameblo.jp/mainichi115/entry-12040153198.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jun 2015 23:58:58 +0900</pubDate>
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<title>③入院へ！</title>
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<![CDATA[ 4月末、温存療法で無事に手術が終わり、6人部屋の人にも恵まれて毎日大笑いの日々でした。<br>私も当時は放射線治療や抗がん剤の存在すら知らず、乳がんは切って貼ってはい終わり！<br>と思っていたので、あまりの入院生活の楽しそうさに、母の病態に全く不安を感じていませんでした。<br><br>今から思うと、６人とも30－40代のお母さんやキャリアーウーマン。<br>心の中での葛藤はすごかったはずですが、本当に明るい病室でした。<br><br>入院は、約10日間でしたが、最後の方は、ゴールデンウィークに入ってたので、どんどん退院はするけど、入院する方はなく、看護士さんも手が空くのか、来る人来る人喋っていっていたらしいので<br>この時とばかり母は「病院内のこの科のこの先生がいい！！」という情報をかなり集めてました。<br><br>医者となった今、それ患者さんがしてると思うと<br>次の日回診行くのとんでもなく恐怖やから、やめたげてーーーと当時の母に言いたいです。笑<br><br>それと、入院患者が少ない時期は、ご飯もいつもより２倍おいしい！！！<br>内臓疾患は、お医者さんが居ない時期は、怖いですが、乳癌の温存手術のように、日にち薬の場合は、ゴールデンウィークや年末はお勧め！！！<br><br>と力説していました。<br><br>母も私も、主治医が毎日回診に来てくれてた時は特に何も思っていなかったのですが、<br>今自分が、元旦に家でおせち食べた後に、回診行くときはちょっと辛いです。笑<br>家族の立場からすると、365日居ててほしいのもよーく分かるので、むち打って働いている毎日です。笑
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<link>https://ameblo.jp/mainichi115/entry-12037698207.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Jun 2015 18:03:01 +0900</pubDate>
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<title>②発覚の日</title>
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<![CDATA[ 診察受付ギリギリに、滑り込んだので、帰宅は１７時すぎ（＠＠）<br>慌てて、夕食の準備。<br><br>学校から帰ると「今日バタバタしてたんやけど、これだけ作れたの自画自賛♡」<br>と。<br>私も特に「ご近所さんが来てたのかなー」くらいで、何にバタバタしてたのかは聞くこともなく…<br><br>その後、何も知らないパパが帰宅。<br>もちろん私はまだ知らない。<br>パパ「え～信じられへん。ウソやろう！信じられへん」と。<br><br>今２０代後半になって考えると、<br>とにかく家族思いの母は、きっと１日すごくつらかったのに<br><br>「もし乳がんじゃなかったら家族に心配かけるだけだから」<br>「パパは仕事中だから迷惑かけちゃいけない」<br><br>そんな理由で、パパが帰ってくるまでは家族に何も言わずに結果を揃えたんだと思います。<br><br>ただ、実際のところ、危機感が薄く、｢手術さえすれば、もとの元気な人に戻れる！！」と信じてたふしもあったみたいです。<br>ノー天気な母とは対象に、何か感じることがあったのか<br><br>この日を境に、仕事一筋。なーんにも何もしなかったパパが大変身をしたのでした。
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<pubDate>Sun, 07 Jun 2015 11:59:41 +0900</pubDate>
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<title>①発覚の日</title>
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<![CDATA[ 後からお母さんから聞いた話。<br>私がお母さんから「乳がんで入院」って聞く少し前の話。<br><br>母は寝坊をして、パジャマのまま、パパのお弁当を作り、送り出した後、着替えの時、「あれ？ぽっこりと、右乳房上内側にしこりが・・・」と。<br><br>毎年、乳癌検診（の後の友人とのランチを楽しみに）を受けてたこともあり<br>「まさかねー」と思いつつ<br>そのランチ仲間の一人が半年ほど前に乳がんになったこともあり<br>すぐに、「乳癌かも・・・」と脳裏をよぎったらしいです。<br><br>その時、私は高１になりたて、兄は高３の受験生。<br><br>11時ころまでは、「学校が始まったら、診察に行こう」と思っていたけど、<br>居ても経っても居れないので、乳癌経験者の友人に相談に行ったとか。<br><br>たまたま、当日が、友人の主治医の診察日で、「すぐ、行き！！」と背中を押され、受付ギリギリ時間に滑り込み。<br><br>マンモグラフィや太い針での生検を受け、なんと、その日に、乳癌告知を、一人で受ける羽目になってしまった母。<br><br>先生に、マンモを見ながら「研修医でも、これを見て乳癌と診断できる、典型的な影像です！！」と太鼓判まで押され・・・<br>（今思うと研修医でも「典型例ならマンモ読める」と言ったこのドクター、上司だったら相当厳しそうです。普通、無理です。笑）<br>あまりの展開の速さに、人ごとのような気持ちで帰宅した。らしい。
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<link>https://ameblo.jp/mainichi115/entry-12035785211.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Jun 2015 20:04:19 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして</title>
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<![CDATA[ 平成16年4月<br>「乳がんなっちゃったー！早期やから１週間だけ入院してくるね！」<br><br>おはよー。の挨拶程度に、かる～く笑顔で高１の私に伝えたお母さん。<br><br>あまりの軽さと乳がんは治るというイメージから、<br>１週間で完治と信じていつも通りのバタバタな朝がスタート。<br><br>あれから10年弱。<br>医者になった今、その時の気持ちを思い出しながら、今日までを、綴っていきたいと思います。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mainichi115/entry-12035779743.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Jun 2015 19:49:49 +0900</pubDate>
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