<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rdf:RDF
 xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
 xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
 xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
 xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="https://rssblog.ameba.jp/makeapeace/rss.html">
<title>One!　</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/</link>
<description>One Day. One Topic. One Message. One Creativity. One LIFE.～ひとつのモノローグ～</description>
<dc:language>ja-jp</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11608209358.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11608207558.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11442278842.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11321029709.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11275285835.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11128110586.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11117649044.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11112040231.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11092590110.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11092577622.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11608209358.html">
<title>宮崎引退インタビュー</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11608209358.html</link>
<description>
（冒頭、宮崎監督があいさつ）宮崎「何度も辞めようと言って騒ぎを起こしてきました人間ですが、今回は本気です」。――今までの“引退”発言と違うことは？宮崎「『風立ちぬ』は前作の『ポニョ』から5年かかってるんですよ。次の作品を考え始めると、この歳だと5年じゃ済まないでしょう。あと3ヶ月もすれば73歳ですから、7年かかると80歳。あと10年は仕事は続けますが、今までの延長上にはないと思います。私の長編アニメーションの時代は終わったんだ。作りたいと思っても、年寄りの迷いだと思っています」。――引退を決めた
</description>
<dc:date>2013-09-06T22:28:04+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11608207558.html">
<title>宮崎駿　引退</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11608207558.html</link>
<description>
「公式引退の辞」宮崎駿　ぼくは、あと10年は仕事をしたいと考えています。自宅と仕事場を自分で運転して往復できる間は、仕事をつづけたいのです。その目安を一応“あと10年”としました。　もっと短くなるかもしれませんが、それは寿命が決めることなので、あくまでも目安の10年です。　ぼくは長編アニメーションを作りたいと願い、作って来た人間ですが、作品と作品の間がずんずん開いていくのをどうすることもできませんでした。要するにノロマになっていくばかりでした。　“風立ちぬ”は前作から5年かかっています。次は6年
</description>
<dc:date>2013-09-06T22:25:42+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11442278842.html">
<title>Giant Killing</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11442278842.html</link>
<description>
恭賀新年。最近、更新していないことには様々な理由があるが、どうでもいい。さて、昨年は、ひど過ぎた。自身のメンタルが、朽ち果て。志は、闇を纏い。過去と明日が繋がらず。今を最も忌み嫌う。焦り、怯え、甘え、震え、慟哭、不安、鬱蒼、崩壊。全てを失っても良いとさえ思った。何もかも、何もかも、できなかった。無能であることを、受け入れた。そして、自省し続けた。いや、そんな力すら失った。ヒトであることを、拒否したいと、強く願った。今もなお後遺症は続く。2012年は何も思い出したくないだろう。しかし、年が明けた。
</description>
<dc:date>2013-01-05T00:03:34+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11321029709.html">
<title>少しずつ変わるために</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11321029709.html</link>
<description>
最近、色んなことを、ひとつ、ひとつ、丁寧に過ごそうと思いってます。暮しの手帖みたいに。裏側には、僕自身、変わらなきゃいけないことがすごくある気がしています。小難しいことを掲げたり、大それたことを言ったりすること、それはそれと大事にするんだけど、ちょっとした変化を大切に、手触りを持って、生きたいなぁと。現実的な時間を、きちんと、折り曲げていく。小さなことに気づくように。例えば、旧友、家族、仲間のことを、ちゃんと考えたりするような。あなたのいう言葉を、ちゃんと反芻して、答えたり。「いま、楽しければ、
</description>
<dc:date>2012-08-05T21:31:33+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11275285835.html">
<title>風が、通りぬける道</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11275285835.html</link>
<description>
僕は、どこ、だろうか。まぁ、そんなこと、どうでもいい。立っている場所、今はなく、浮遊するのが精一杯である。表現などという、馬鹿げた夢は、閉じている。不確かな確からしさに、何となくの日々が、過ぎいく。雲はなく、暗い。太陽は、ぼやけ、光っている。僕は、大いなる挫折に、立ち上がれず、その空を眺めている。そこは、ただ、風が通りぬける場所。目の前に、屈した。突然、襲った目眩は、予定通りなのかもしれない。倒れ込んだアスファルトの大地。自分は、もう立つことなど、できないかもしれない。その時、唇が、触れた血液の
</description>
<dc:date>2012-06-12T00:57:25+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11128110586.html">
<title>2012年恭賀新年「バランスを考えて食べる」</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11128110586.html</link>
<description>
明けまして、おめでとうございます。今年もよろしく御願いします。昨年、「英語」と「コード」の技術を体得すると書きながら、どちらのKPIも達成できず、また落ち込むわけです。結局、僕自身のサイトを立ち上げることなく、外国人の彼女はできることもなく、過ぎ去りし年を、思うわけで･･･。去年は、「感情に従う」と銘を打ちました。3.11という大きな事象があったので、それこそ感情に寄り添うしかなかったんですが、それにしても、明文化とは怖いモノで、感情に従い過ぎたと思います。僕は感情の発露で駆動しました。素晴らし
</description>
<dc:date>2012-01-06T10:43:07+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11117649044.html">
<title>回想2011年。手が悴む</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11117649044.html</link>
<description>
今年は、もう振り返りたくないというのが本音かもしれない。でも、世間が言うように、忘れてはいけない年だと思うよ。ただ、コミュニティマナーにそって、この記述を書く気はない。僕は、オルタナティブであるべきだというアイデンティティを自覚させられた。というより、見ていた風景が、ロストジェネレーションと呼ばれる僕らに、そうさせるからもしれない。ここは、世代論で構わない。僕は、常に、選択を、見つけたい。それを、いまも、強く思う。カードが欲しい。できれば、多くの表現体として。誰もやっていないことが重要で、他人が
</description>
<dc:date>2011-12-26T11:54:34+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11112040231.html">
<title>美しい詩の記憶</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11112040231.html</link>
<description>
李白とか杜甫とかは、あまり興味が持てなかった。ただ、李賀だけは、美しいと思った。記録として、記す。苦晝短(李賀）　飛光飛光　　勸爾一杯酒　吾不識青天高　黄地厚　唯見月寒日暖　來煎人壽　食熊則肥　食蛙則痩　神君何在　太一安有　天東有若木　下置銜燭龍　吾將斬龍足　嚼龍肉　使之朝不得廻　夜不得伏　自然老者不死　少者不哭　何為服黄金　呑白玉　誰似任公子　雲中騎碧驢　劉徹茂陵多滯骨　贏政梓棺費鮑魚(訓読み)　飛光よ！飛光よ！　爾(なんじ)に勸めん、一杯の酒　吾は識らず、青天の高く　黄地(きじ)の厚きを　唯
</description>
<dc:date>2011-12-20T12:49:54+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11092590110.html">
<title>どちらを起点にするか</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11092590110.html</link>
<description>
二つ続けてのエントリ。メモ程度に綴ったのをアレンジして、記載してみた。前のエントリと合わせると、僕の最近の方向性が、顕在化する。話をタイトルに戻そう。0から考える発想の起点について。そこから、自身の問題提起を。最近、広告系のブロガーさんと話す機会が多いのだが、彼らの思考プロセス、特に起点に、「あぁそっかぁ。」と感心させられた。そして、何より、その欠落が、僕の弱点に繋がっている。簡単に記すると、彼らは、直感的な洞察を、まず得る。普通は、それをインサイトと捉えて、洗練しない。まぁ、総じて、なんとなく
</description>
<dc:date>2011-11-29T13:02:29+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11092577622.html">
<title>広告業界における認知協和カタルシスの存在</title>
<link>https://ameblo.jp/makeapeace/entry-11092577622.html</link>
<description>
僕のような、どちらかというと、戦略寄りだったり、構造設計寄りだったり、世の中の動態把握寄り、コンセプトコンセンサス寄り、のプランナーの嫉妬だと思っていただいて結構なのだが、広告業界には、悪しきカタルシスがある。これは、人材成長,人材育成において、非常に問題だと思う。新しいヒトの創造への障害だと感じる。このカタルシスは、もはや意味を持たず、それよりも、テンションが8割で、終わりのないコミュニケーションの継続が、いま、必要とされている。ビックデータ時代とは、そんな時代であろう。クリエイティブという言
</description>
<dc:date>2011-11-29T12:15:54+09:00</dc:date>
</item>
</rdf:RDF>
