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<title>MAKE IT NEWのブログ</title>
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<description>あ</description>
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<title>イギリス文学史の授業の課題レポート</title>
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<![CDATA[ 前期の授業で取り上げる作家（時代でいうと18世紀くらいまでかな）の中から1人選んでレポートを書く（といっても感想程度でいいみたいだけど）ので、誰にしようかと考えた結果、ジョン・ダンで書くことにしようかと思う。彼の詩は女への愛を歌うものでも、直接的に美しい比喩にはあまり頼らず、珍奇な比喩、いわゆる奇想や屁理屈じみた理屈を通して表現していて、T・S・エリオットも彼のコンパスの比喩を賞賛している。（不変の象徴として当時から用いられてはいたようだが）<div>自分はあまのじゃくなので、美しい言葉で美しいものを語るのでも、理屈っぽい言葉で理屈を語るのでも、奇妙な言葉で奇妙なものを表現するのでもなく、愛という単純なものを歌うのに遠回りするダンに惹かれた。シェイクスピアのソネット21番なんかの大仰な比喩への反感もそういう意味で心惹かれたが、あまのじゃくなのでシェイクスピアよりもダンを選んだ。</div>
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<pubDate>Sat, 02 Jun 2018 17:21:41 +0900</pubDate>
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<title>吉川幸次郎『中国文学入門』</title>
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<![CDATA[ <p style="font-stretch: normal; font-size: 17px; line-height: normal; font-family: &quot;.Hiragino Kaku Gothic Interface&quot;; color: rgb(69, 69, 69);"><span style="font-family: &quot;.HiraKakuInterface-W3&quot;; font-size: 17pt;">吉川幸次郎の『中国文学入門』を読んだ。中国は古来より神の観念が希薄で、人間中心的な考え方が文学にも反映されている。こうした人間信頼から孔子の説く聖人の考えも出発している。ホイットマンやエマソンの人間信頼と共通するものを孔子も持っているとパウンドは感じたのではないか。加えて言えば孔子は古代世界にはそういう立派な人がいたんだと考える点でもヒューセルウィンモーバリーなどに見られるようなパウンドの古代賛美と共通している。また人間は社会的存在であるべきだと考える中国文学は政治への関心が強く、杜甫は官吏として自分の理想の政治を実現したいという思いを抱きながら、理想と現実のギャップに悩まされていた。中後期のパウンドが政治の世界にのめりこんでいったように、彼はこの点でも中国文学に共鳴していたのではないかと思った。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/makeitnewpound/entry-12380019931.html</link>
<pubDate>Wed, 30 May 2018 19:30:08 +0900</pubDate>
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