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<title>わたしと音楽と家族と乳がん</title>
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<description>今の自分を構成していると思えるものについて、書こうと思います。</description>
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<title>⑥コンサートを終え、岡山へ</title>
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<![CDATA[ <p class="p1"><br></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">母へ連絡をした後、実家は大騒ぎだったと思います。わたしは三姉妹の真ん中っ子で、姉には</span><span class="s3">2</span><span class="s2">人の子ども、妹にも子どもが</span><span class="s3">1</span><span class="s2">人居て揃って同じ保育園に通っていました。姉も妹もフルタイムで働いているので、保育園の送迎などをサポートしていた母がいなくなっては大変です。でも当時のわたしはそんな事まで頭が回らず、母がこちらにきて私たち家族のサポートをしてくれるのが当たり前のように思っていました。</span></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">しばらくして、母から電話がありました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">「お姉ちゃんが言っとんじゃけど、わたしがそっちに行くより、あんたが帰ってきた方が良いんじゃないかと思うんよ。とうとには寂しい思いをさせるけど、実家の方がゆっくりできると思うし」</span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">たしかにそうかもしれないけど、長女はもうすぐ小学校入学だし、次女も幼稚園入園、</span><span class="s3">2</span><span class="s2">人とも行くところが決まっていて仲良しのお友達と同じ学校、幼稚園に行くのを楽しみにしてるのに</span><span class="s3">…</span><span class="s2">今さら転校、転園？わたしが考えあぐねていると、姉が電話に出て「転校の手続きなんて紙切れ一枚、まだ一年生だし治療が終わればまたそちらに帰れるんだから、こっちに帰っておいで、その方が皆んなで協力出来る」と。そして地元の評判の良い乳腺外科のある病院のことも教えてくれました。</span></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">公務員の姉はそういうことに詳しく、その方が良い！ときっぱり言われたらそうなのかもしれないと思い始めました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">頭の中がぐるぐるしてきました。</span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">主人に話すと「たしかにその方が良いかも。出産も上の</span><span class="s3">2</span><span class="s2">人を産んだ同じ先生にお世話になった方が安心だし」と賛成しました。</span></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">正直言って何が正しいのか分かりませんでしたが、とにかく初動が大事だからと言う主人に急かされるように実家への帰省を決めました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そうと決まると、こちらの乳腺外科にも産科の先生にも話さなければなりません。すぐに電話をして岡山の病院への紹介状を書いてもらい、生検のデータなどカルテの準備も快くしてくださいました。病院に受け取りに行くと「その方が良いと思う。岡山の〇〇病院の〇〇先生は乳腺外科では有名な方だし安心して任せられるから頑張って！またこちらに帰ってきたらボクが面倒見るから！」と、ニコニコ大らかにおっしゃってくれました。</span></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3"></span><br></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">その日の午後は地域のコミュニティーハウスのオープンイベントとしてオファーを受けていたコンサートに出演しました。仲間たちにはもちろん話せずにいました。話すと泣いてしまって歌えないので。</span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">プログラムに</span><span class="s3">"</span><span class="s2">千の風になって</span><span class="s3">"</span><span class="s2">があり、「わたしの〜お墓の〜ま〜えで〜泣かないでください〜♬」と。我ながらよく歌えたものだと思います。主人はその日買ったばかりのビデオでずーっとわたしを撮っていました。どんな思いだったんでしょうか？正直歌いにくかったです。</span></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">コンサート終了後もメンバーには特に何も告げず、荷造りのためにそそくさとその場をあとにしたと思います。皆んなに会うのもこれで最後かもしれないのに、そんなことも考えられないほど急いでいました。新幹線の時間があるので。</span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">マンションのご近所さんに簡単に話してエレベーターまで見送られ、そのまま</span><span class="s3">2</span><span class="s2">人の子どもを連れて駅に向かいました。ご近所さんが驚いていたのと、目が真っ赤になっていたのと、「大丈夫よ、絶対治るよ」と言ってくれたのをはっきり覚えています。</span></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">驚かせてしまい申し訳なかったのですが、詳しく話すと泣いてしまうし、さっさとその場を離れないと辛くて行けなくなってしまいそうだったと思います。</span></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3"></span><br></span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">そして新幹線で実家のある岡山へ向かいました。しこりを見つけてから</span><span class="s3">10</span><span class="s2">日経っていたかいなかったかくらい、あっという間の展開でした。</span></span></p><p class="p3"><span class="s3"></span><br></p>
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<pubDate>Tue, 17 Nov 2020 15:15:16 +0900</pubDate>
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<title>⑤告知　夫の涙</title>
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<![CDATA[ <p class="p1"><br></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">診察待ちの人がちらほらいる待合室でわたしの名前が呼ばれました。</span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">この日も主人と</span><span class="s3">2</span><span class="s2">人でした。ご近所さんには何て言って子ども達を預けてきたか、忘れてしまいましたが、子ども達は何も知らず同じ年頃のお友達と遊んでいたと思います。その頃住んでいたマンションのご近所さんは昭和の長屋同士のような仲の良さで、食事、お風呂、お泊りと、子どもたちはまるで家族のように生活していました。お互い子育てに一番手のかかる時期だったので、助け合いながら楽しく愉快な毎日だったと思います。今ではそれぞれ別々の場所に引っ越してしまいましたが、お互いピンチの時は必ず頼りになる存在です。</span></span></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3"></span><br></span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">先ずは私</span><span class="s3">1</span><span class="s2">人で診察室に入りました。</span></span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">そして告知を受けました。詳しいことはまだこれから検査ですが、しこりは悪性で大きさも直径</span><span class="s3">1.</span><span class="s2">？センチと決して小さくはないとのことでした。</span></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">やっぱりそうだったんだ。その時点での治療方針などを決めるために主人も呼ばれました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">出産をして手術をするというおおまかな流れをボーっと聞いていました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そして、主人は先に待合室へ。遅れてわたしも待合室のソファに座って隣の主人の顔を見ると、涙が流れていました。「ごめんなさい」と言うと、「なんで？悪くないよ、全部治そう」的なことを言ってくれたと思います。それまでも喧嘩したりいろいろあったけど、同い年のわたしたち夫婦はわりと仲の良い方で楽しく暮らしてきたので、出会って以来最大のピンチがわたしの病気で申し訳ない気持ちになってしまいました。</span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">主人の涙をきちんと見たのはあとにも先にもこの時だけです。出張時の飛行機で映画を観てはしょっちゅう泣いていたらしく、</span><span class="s3">CA</span><span class="s2">さんには何度も見られているらしいですが。</span></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">何年か経って、「わたしは病気の時しょっちゅう泣いたけど、とうとはあの時しか泣いてない、なんで？」と聞いたら、「次に泣くのはお葬式の時って決めてたから」と言っていました。そんなふうにコントロール出来るのが羨ましいです。感情のままに表現するわたしと、意志を持って行動する主人はまるで真逆の人間のようです。</span></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3"></span><br></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">告知を受けて、病気がはっきりしたので実家の母にも連絡して、上の子達のお世話やわたしの入院中の家のことなどをお願いしました。母はショックだったと思いますが気丈に振る舞ってくれて、すぐにでも田舎からこちらに出てこれるように準備してくれることになりました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">しかし</span></p>
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<pubDate>Mon, 16 Nov 2020 15:18:54 +0900</pubDate>
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<title>④結果が出るまでの数日</title>
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<![CDATA[ <p class="p1"><br></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">針生検を受け、結果は</span><span class="s3">4</span><span class="s2">〜</span><span class="s3">5</span><span class="s2">日かかるとのことでした。</span></span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">しかしほぼ確定ということを言われ、治療の段取りなどを話し始める先生に、「お腹の赤ちゃんは産めますか？」と聞きました。自分より子どもの事を真っ先に心配したのは、本当です。だからといってそれが絶対に良い母親という証拠でもなんでもなく、ただ一番最初に気になったんだと思います。そのあとどのくらい生きれるのか、上の</span><span class="s3">2</span><span class="s2">人はどうしようか、痩せこけてボロボロになってしまうのか、音楽活動はどうしよう、などなどさまざな事が心配になってきました。</span></span></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3"></span><br></span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">この時は</span><span class="s3">3</span><span class="s2">月の春休みで、長女は幼稚園を卒園したばかりでした。謝恩会では他の父兄と一緒にキロロの「生きてこそ」を有志で歌ったのを覚えています。まだその頃は何も知らず歌ったこの歌、今思えば選曲もタイミングも絶妙すぎでした。</span></span></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3"></span><br></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">お腹の赤ちゃんのことも含めて考えていくために、総合病院の産婦人科と連携をとっていこうという方針になりました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">この時点でアットホームな助産院でのお産はなくなりました。すぐに紹介状を書いてもらい、産婦人科へ行きお腹の赤ちゃんは早産で産まれても大丈夫な状態かどうかの判断をしてもらいました。結果は大丈夫とのことでした。まずは人工的に誘発してお産をし、その後乳がんの治療に入ることになりました。</span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">時系列は正確ではないかもしれませんが、助産院に報告に行き、先生にもご挨拶しました。その時ちょうど音楽仲間が</span><span class="s3">3</span><span class="s2">人目の出産で入院していて、お部屋にお顔を見に行きました。無事に出産を終えてホッとしている仲間と会えて本当に嬉しかったので、自分のことはもちろん話しませんでした。でもお部屋を出たときには自然と涙が溢れていました。感情と涙はイコールではないと思っていますが、自覚していない心の底の感情が涙になることがあります。花粉症の時にツーっと鼻水が流れてくるみたいな感じで。流れてきて気づくみたいな感じです。</span></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">何度も泣きながら子どもや周りに気づかれないように数日間を過ごしました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">主人はまだ大丈夫だと思っていて、というか、そう信じていないと悪い結果が出ると考えていたのだと思いますが、絶対大丈夫と言い続けていました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">気を紛らわすために、癒すために、千葉の海に家族で出かけたり、カフェに行ったり、検査結果が出るまでの数日間はなるべく考えないようにしてくれていたと思います。</span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2">今でもその時の海の写真を玄関に飾ってありますが、切ないけど幸せそうなわたしと娘たち</span><span class="s3">3</span><span class="s2">人の後ろ姿に見えます。この時主人はどんな気持ちでカメラを構えていたんでしょうか。今初めて考えたら泣けてきました。本人であるわたしが生きたこの頃と、患者の</span><span class="s3">1</span><span class="s2">番身近にいた主人の生きたこの頃と、起こった事実の受け止め方も対処の仕方も感情も全然違うものなのだと思います。</span></span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">この備忘録は終わりまで主人に内緒にしようと思っていたのですが、どうしても黙っていられないわたしは昨夜言ってしまいました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">あの当時の事をチラッと聞いただけでも、主人の仕事先でのわたしの知らなかった出来事がありました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">わたしの事で仕事を休んだり、遅刻したりしなければいけなかったので上司に電話で内容を伝えたところ、「引き継ぎはどうなる？」と言われ、「いまそんな事考えられません！」と言って一旦電話を切ったそうです。「病気のことなんて口に出したくもないのに、いきなり仕事の話かよ！いま思い出しても腹立つわー」と言っていました。でもいま自分が同じような立場になった主人は、「上司もいっぱいいっぱいだったんだろうなぁ、でもオレはそんな事言わない。こういう時に質が問われる」と豪語していました。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">立場にならないと分からないことは沢山あります。だからこそ想像力を働かせなければいけませんね。わたしも反省。</span></p><p class="p2"><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そしていよいよ検査結果が出る日になりました。</span></p>
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<pubDate>Sun, 15 Nov 2020 12:45:50 +0900</pubDate>
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<title>③〇〇かもしれない</title>
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<![CDATA[ <p class="p1"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">助産院の先生が紹介してくれた病院に行く途中のことは全く覚えていなくて、思い出せるのは診察台の上でエコーをしながら「うーんうーん」と唸る先生の声です。こういう時は時間が長く感じるものなのでしょうが、実際にかなり時間をかけてじっくり悩みながら診てくださったと思います。この時になってやっと乳がん？かな？乳腺炎ではなさそう？</span><br></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">でもわたしもはっきりと乳がんですか？なんて聞けず、「良くないものですか？」と聞きました。「うーん、そうかもしれない。この病院では生検は出来ないから、良い病院を紹介します」と先生はおっしゃって、どこかの病院に電話してくださいました。</span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">その間考えていた事は覚えていないのですが、診察台に横になったまま呆然としていたと思います。</span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そして、その足で次の病院に行きました。</span></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3">この日もご近所さんに子どもたち</span><span class="s2">2</span><span class="s3">人は預かってもらっていて、主人と</span><span class="s2">2</span><span class="s3">人だけだったので病院の待ち時間や移動中にグズられたり、退屈させたりすることもなく、大人</span><span class="s2">2</span><span class="s3">人で次から次へと病院に足を運んだのでした。</span></span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">本当にありがたかったです。</span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">次に行ったのは後で知ったのですが、乳がん治療でとても有名な病院で信頼できる先生に巡り会うことが出来ました。治療後の定期検査もこちらにお世話になっています。</span></p><p class="p2"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s2"></span><br></span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">到着した時にはすでに診療時間終了間近？か、終了していたかもしれません。</span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">受付を済ませて待っている間、隣にいる主人に不安な気持ちを聞いてもらっていたと思いますが、主人は「絶対大丈夫！」としか言わないので、「何でそんな事言えるん？」と八つ当たりしていたと思います。ま、これはこの時に限らずいつもの事ですが。</span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">診察室に呼ばれて、触診してもらいました。にこやかで大らかなお父さんのような先生は「うん、うん、触ってみた感じではどうかなぁ、そうかもしれないなぁ。それっぽいなぁ。でもね、そうだとしても大丈夫よ！とりあえず針生検してみようか」と大きな声で普段のお喋りのようにおっしゃいました。</span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">それっぽい？そうかもしれない？？？？</span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">何のこと？わたしはいよいよ言葉に出して聞いてみました。「乳がんってことですか？」</span></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3">この時初めて自分で</span><span class="s2">"</span><span class="s3">乳がん</span><span class="s2">"</span><span class="s3">とはっきり言葉にしたと思います。</span></span></p>
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<pubDate>Sat, 14 Nov 2020 11:29:18 +0900</pubDate>
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<title>②助産院</title>
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<![CDATA[ <p class="p1"><br></p><p class="p2"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">上の</span><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">2</span><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">人は里帰り出産で総合病院で出産したわたしですが、</span><span class="s2" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">3</span><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">人目は助産院で産むつもりでした。というのも、長女は幼稚園に通っていたし、家族同様かそれ以上に助けてくれるご近所の友人達もいたので、実家のお世話になることもないかなと思っていたのです。</span><br></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3">そして、音楽仲間達がこぞって出産した評判の助産院でアットホームなお産を夢見ていました。実際に妊娠</span><span class="s2">8</span><span class="s3">ヶ月近くまでそちらに通っていて、産婆さんはお母さんのようにあたたかく優しい方で、産後の入院中に出される食事がとても美味しいと聞いていたので、早く出産したくてワクワクしていたものです。</span></span></p><p class="p3"><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><span class="s3">この日も、しこりの事は気になりつつ、いつもの様に検診を受けて、いつもの様に優しい先生と他愛もないお喋りをして帰ろうと思っていたのですが</span><span class="s2">…</span><span class="s3">。</span></span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">「そういえば、おっぱいマッサージをしていたらちょっと固い所があって」と先生に伝えたのです。「ちょっと触らせてね」と先生が見てくれました。優しい先生は、顔色も変えず「うん、固いね、大丈夫かと思うけど気になって不安になっても良くないから、知り合いの先生の病院を紹介してあげるね。帰りに行ってごらん」とおっしゃいました。</span></p><p class="p3"><span class="s3" style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">わたしは、「今日、この後ですか？」と聞き返したのを覚えています。「妊産婦さんの事を絶対に不安にさせない先生がこのようにおっしゃっている」わたしの頭の中が一瞬フリーズしました。でもまだその時は乳がんという言葉は全く浮かんでもこなかったです。</span></p>
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<pubDate>Fri, 13 Nov 2020 13:23:29 +0900</pubDate>
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<title>①乳がん発見</title>
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<![CDATA[ 24歳で結婚して、26歳で長女を出産、29歳で次女を出産し、大好きな音楽仲間と日々ボランティアコンサートをしつつ、ご縁のあるご近所さんにも恵まれて、毎日を楽しく過ごしていました。そんな頃3人目を妊娠し、酷い悪阻も頼りになるご近所の友人達に助けられて何とか乗り越えてやっと安定してきた妊娠8ヶ月のある日のことです。私は33歳でした。<br>そろそろ8ヶ月だし、おっぱいマッサージでも始めよう！わたしには上の2人を人工乳ではなく、母乳だけで育てたという誇りのようなものがあって、母乳に異常なまでにこだわりがありました。今となっては、そんなに頑なにならなくても良かったのにと思います。もちろん母乳育児は尊いものかもしれませんが、人口乳をあげる事だって決して悪いことでもなんでもないという事が後になって分かります。それについても後にふれようと思います。<br>でも、その母乳に対する異常なまでのこだわりがおっぱいマッサージという行動につながり、その結果自分でしこりを発見するのですから、それもまた流れというかなるべくしてなったのだと思います。<br><br>マッサージの手順は3人目ともなればお手の物で、ニットの上から優しくほぐすように触っていると、ん？？？？ん？左胸上部に何かコリコリしたものがあります。何これ？<br>痛くはないけど、硬くてコリコリ。触感としてはニットの下にビー玉があるような感じでした。上の2人の時に乳腺炎を経験しているので、それとの違いは明らかだったはずなのですが、乳腺炎かなぁと頭の中で呟いたと記憶しています。病院嫌いで嫌なことは先送り主義のわたしは、普段なら絶対に放っておくのですが、その時は何故か仕事から帰ってきた主人にすぐに話して、数日もしないうちに出産予定だった助産院に行きました。
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<link>https://ameblo.jp/makiko2134/entry-12637733925.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Nov 2020 12:12:00 +0900</pubDate>
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<title>わたしと音楽と家族と乳がん</title>
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<![CDATA[ ☆わたしと乳がん編☆<br><br>わたしが乳がんを発症してから12年になります。末っ子長男がお腹にいた頃(8ヶ月)だったので、長男の年齢と同じと考えれば分かりやすいです。<br>担当医に「お腹の子がランドセル背負うの見たいでしょ？頑張りましょう」と言われて、「え、そんな感じ？もう少し大きくなるまで生きていたいんだけど」と思ったのを覚えているので、その長男がそろそろ小学校卒業という今、忘れないうちに備忘録として書き残しておこうと思います。<br>これまでも何度かその当時の事を書いておこうかなとか、誰かに聞いてもらおうかなとか、思ってきたのですが、バタバタ忙しいのと思い出すには鮮明過ぎて辛くなりそうだったりしました。でも、今日の良き日に、何故か書き始めます！記憶が曖昧な部分もあると思いますが、その頃の感情は書いていくうちにリアルに思い出すと思います。そうして、そろそろきちんと整理して、新しい感情や感性の入る余白を空けてみようと思います。その頃の思い出や感情を断捨離まではしたくないのですが整理整頓をしたいと思います。<br>もしどなたかのお役に立てたらとも思いますが、何より自分のために！<br><br><br>では、早速。<br>まずは、乳がん発覚当時の話。
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<link>https://ameblo.jp/makiko2134/entry-12637732067.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Nov 2020 11:11:00 +0900</pubDate>
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