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<title>致死率100%！</title>
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<description>いつかではなく今考える生と死の話</description>
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<title>縁起でもない話</title>
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<![CDATA[ <p>必ず迎える「死」という現実は、元気に生活している間は見向きもされません。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、今生きているということは、いつか必ず死を迎えるということです。</p><p>&nbsp;</p><p>死はタブー視され、自身や家族、友人など、近しい人の「死」を真剣に話し合うことなく、ある日突然その日を迎え、慌てふためく方も少なくありません。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、生を受けた以上、いつか必ず死を迎える日がやってきます。</p><p>それは１０年後、２０年後、５０年後と先の話かもしれませんが、今日や明日、５分後、１分後という可能性もあります。</p><p>今現在元気に過ごしていても、病に伏せっていても、たった今生を受けたばかりであっても、全員がいつか死を迎えることに違いはありません。生を受けた以上、致死率は１００％なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>では、いつか迎えるであろう「死」に怯えて生きなければならないのでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>いつか迎えるであろう「死」は、あくまでも「いつか」という不明確な未来の話です。</p><p>むやみに怯え、警戒する必要はありません。しかし、必ず訪れる「死」を、どのような形で迎えるのか、考えることは大切です。</p><p>&nbsp;</p><p>縁起でもない。と話を先延ばしにせず、現在の自分、家族、友人の考えを話す、聞く機会を設けることが重要となります。</p><p>&nbsp;</p><p>人の死生観は、日々一刻と変化します。死を近く考えていない今日は「延命治療をして欲しくない」と思っていても、死が目の前に見えた明日には「１日でも１秒でも長く生きたい」と願うかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の死には責任を持てるという方も、大切な家族の「生死の選択」を突きつけられた際には戸惑うかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>備えあれば憂いなしという言葉がありますが、人の生死に関わることに関してだけではなく、いくら備えても憂いがある機会はあります。しかし、備えがあるとないでは、少なからず結果に変化が見られるのではないかと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>自分はどのような死を迎えたいのか、そのためにどのように生きるべきなのか、真剣に考えてみませんか？</p>
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<link>https://ameblo.jp/makiuzzi58/entry-12531772553.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Oct 2019 11:46:34 +0900</pubDate>
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