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<title>大根役者</title>
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<description>日常と街道の旅を続けています。ガスリーのＨｏｂｏ'ｓ LullabyとアズナブールのLe cabotin（大根役者）を友に</description>
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<title>大阪まちさんぽ2026～黒門市場</title>
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千日前から黒門市場に向かった。 噂には聞いていたが、他のインバウンド客の2倍の声量で話す大陸からの観光客が増大していた。まだ、今のようにインバウンド観光客が多くない時、黒門市場を歩くのが好きだった。その頃は、もちろん、テイクアウトメニュなんかない。有名な大阪のおばちゃん専門の洋品店だ。金の前に、頭を下げるしかない屈辱感を店側も持っているはずだ。お祭りじゃないのに、市場で歩きながら食べるなんて文化は日本人には存在しなかった。黒門市場は、大阪の台所だ。江戸時代末期、黒い山門のあった圓明寺周辺で魚の売
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<dc:date>2026-06-28T14:24:14+09:00</dc:date>
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<title>大阪まちさんぽ2026～道頓堀から宗右衛門町</title>
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宗右衛門町のホテルに泊まった。朝の宗右衛門町は、酔っぱらいのホステスとホストで、あふれている。朝の道頓堀散歩は、松竹座から。大阪松竹座は1923年に映画館として開業し、1997年に演劇専用劇場としてリニューアルオープンした。長年にわたり歌舞伎や松竹新喜劇、現代劇など多彩な公演を行い、道頓堀の文化・芸能の発信拠点として親しまれ今年の5月に閉館が発表された。存続という噂も流れたが、完全解体に決定したそうだ。すき焼き屋・はり重と隣接する風景も大阪の文化だった。芝居茶屋から始まったうどん屋・道頓堀今井と
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<dc:date>2026-06-20T16:47:00+09:00</dc:date>
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<title>茨城散歩2026（その5）～鹿島神宮</title>
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香取神宮参拝の後は、鹿島神宮へ。式内社（名神大社）、常陸国一宮、旧社格制度の元では、官幣大社。神社本庁の別表神社であり、香取神宮と同様な社格を有している。楼門「日本三大楼門」の1つに数えられる。寛永11年（1634）、初代水戸藩主・徳川頼房の命により、造営された。入母屋造の2階建てで、現在は銅板葺であるが元は檜皮葺であった。扁額「鹿島鳥居」は東郷平八郎の書になる。国の重要文化財に指定され、回廊は鹿嶋市指定文化財に指定されている。拝殿・本殿主要社殿は、本殿・石の間・幣殿・拝殿からなる。いずれも元和
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<dc:date>2026-06-14T16:31:23+09:00</dc:date>
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<title>茨城散歩2026（その4）～香取神宮</title>
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茨城に来たら、香取神宮には参拝しなくちゃならない。式内社（名神大社）であり、下総国一宮であり、新社格制度では、官幣大社であり、現在は、神社本庁・別表神社に列せられている。全国４００社の香取神社総本社である。宮中四方拝で遥拝される一社だ。多くの参拝客が、訪れている。香取神社の祭神 経津主大神は、出雲の国譲り神話に登場する神だ。天照大神は、葦原中国（日本）を自分の息子に治めさせようとした。天穂日命を大国主神の元に遣わしたが、天穂日命は大国主神に従ってしまった。次に天稚彦を遣わしたが、天稚彦は、大国主
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<dc:date>2026-06-14T12:01:37+09:00</dc:date>
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<title>茨城散歩2026（その３）～大甕（おおみか）神社</title>
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大甕神社の創祀は、不明だが、社伝によれば皇紀元年（紀元前六六〇年）とある。鹿島・香取の二神（武甕槌神と経津主神）が、国津神・草木石類にいたるまで平定するが、唯一、甕星香々背男と称する星神を征服することができなかった。二神に替わって大甕に赴き地主神の霊力を宿魂石に封じたのが倭文神武葉槌命であったと伝えられている。大甕という地名は。難読地名としても知られているが、大甕は大きな瓶という意味だ。神と人の住む境界として「大甕」が埋められていた。「大甕」を中心に祭祀が行われた地であったと考えられる。大和朝廷
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<dc:date>2026-06-13T19:10:20+09:00</dc:date>
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<title>茨城散歩2026（その2）～袋田の滝</title>
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日本三名瀑のひとつに数えられる「袋田の滝」は、日本三名瀑の一つに数えられている。後の二つは栃木の華厳の滝、和歌山の那智の滝だ。高さ120ｍ・幅73ｍの大きさを誇るこの滝は、滝の流れが大岩壁を四段に落下することから、別名「四度の滝」とも呼ばれている。西行法師がこの地を訪れた際、「四季に一度ずつ来てみなければ真の風趣味わえない」と絶賛したと伝えられている。吉野の山に蟄居していた西行法師が、この地を旅したとは、思えない。 袋田の滝・生瀬滝は、平成27年3月10日に国の名勝に指定され、平成27年10月に
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<title>東京まちさんぽ2026～新宿駅東口</title>
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新宿駅東口広場も変わった。ライオンズクラブが建てた金のラインも新たな風景になるのかな。もう、アルタもなくなった。その前の二幸の時代から、この街に来ていた。新宿駅東口の文化は、映画の看板だったけど、消滅した。歌舞伎町へ向かう。歌舞伎町一番街のアーチは撤去されている。えび通りって、今も残っているらしいけど、もう、以前のように、店頭で、えびを焼いていない。懐かしい新宿ロフトだけど、場所が変わったんじゃないかな。以前は、西武新宿駅前にあったように記憶している。コマ劇所がなくなって、久しいけれど、僕の、新
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<dc:date>2026-06-13T10:58:17+09:00</dc:date>
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<title>東京まちさんぽ2026～新宿駅西口</title>
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小田急電鉄単独プロジェクトの再開発超高層ビル建設が、東京都や新宿駅周辺の鉄道会社５社と共同で推進する『新宿グランドターミナル』の一体化プロhジェクトに昇華した。2029年竣工予定。後3年だ。　一方、京王電鉄とJR東日本が進めている新宿駅西南口地区開発計画は、現在「京王百貨店新宿店」「ルミネ新宿　ルミネ1」が立つ北街区と、甲州街道を挟んで南側の南街区、全体で約1万6300平方メートルのエリアの再開発計画だった。当初、2028年完了予定が、未定になっている。京王百貨店がまだ、営業している風景には、ほ
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<title>茨城散歩2026（その1）～久慈浜</title>
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東京にいた頃にも、茨城県には、ほとんど、訪れていないのだが、茨城県は、魅力的な場所だ。東京のベッドタウンとして、交通インフラ網が整備され、首都圏として、意識されている。日本における旧石器時代の存在は、茨城県筑西市のおっこし遺跡からだ。その後、次々と茨城県内で遺跡が発見された。縄文、弥生、古墳時代から、古代へつながる歴史の線も遺跡で確認できている。茨城という地名の由来は、「常陸国風土記」によると黒坂命が、茨で城を建てたことに由来する説と、黒坂命が、茨で賊を追い払ったとする二つの説がある。常陸国は、
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<dc:date>2026-06-10T10:24:22+09:00</dc:date>
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<title>水の都・松江2026～竪町縁結び通り</title>
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松江城は、慶長12 年（1607）から慶長 16 年（1611） にかけて造られた。松江城が築かれた丘陵 は「亀田山」または「極楽寺山」とも呼ば れる低丘陵地で、戦国時代に尼子氏の支城 としての末次城が置かれた他、極楽寺、法 眼寺、若宮八幡宮、須衛都久 すえつぐ 神社、春日大 明神、稲荷神社などの寺社があった場所だ。松江城を築いた堀尾吉晴は、織田、豊臣と共に戦国時代を駆け抜け、関ヶ原では、東軍に属した。本戦には、嫡子・忠氏が参戦し、戦功を賞され、出雲富田２４万石に加増移封された。家康の吉晴への信
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