<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>タチのdaily life</title>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/makoto-deepsky/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ぼちぼち行きますか(・∀・)y-~~</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>闇の向こうに　最終回</title>
<description>
<![CDATA[ <p>｢最終回｣と言うタイトルはどうかと思うが書き始めた頃の気持ちとはズレが生じて聞いた為、これで最後とする。</p><br><p>そもそも、自分の心境を吐露したい事から始めたが、色々コメントを頂くうちに励まされ、私も前向きになれた事も今回、終了とする一因となった。</p><br><br><p>とりあえず前回の続きからの出来事はを簡略に書くとネカフェへ行って大量にTパックを頂いた（笑）</p><p>さすがに頂き過ぎて店員に注意されないかビクビクしていたけど。いい歳こいてやる事ではないけど、刺激的で楽しかった。</p><br><p>通常の食事も食べられ、体調が維持できていたが抗癌剤治療日の２/１前日に熱が上がり治療が出来るか若干不安になる。</p><p>そして治療日の本日。病院で熱を計ると３７．０℃だった。看護士さんは｢どうします？治療受けますか？｣と聞かれ｢体調も悪くないし受けさせて下さい｣とお願いする。</p><br><p>その後、担当医の診察があり｢血液検査の結果も悪くないので治療しましょうか。前回、かなり副作用で大変だったので今回抑えておきますね｣</p><br><p>その時、抑えるって意味を聞けば良かったと１日考えてしまったが聞くのを忘れてしまった。</p><p>何故かと言えば治療を受けたのが昼頃で今、深夜の１２時を回っているから１２時間たつが、副作用が感じられない。</p><p>最初に受けたときも感じられなかったが担当医の言った言葉が気になっている。</p><p>通常より抑えたと言う事は量を減らした？抗癌剤の種類を変えた？重要な事なら説明があると思うがその辺は全くなし。</p><p>でも、まぁ今更、多少の事では影響ないかと考え放っておくことにする。</p><p>明日になったら酷い副作用が出てきたりして（笑）</p><br><br><p>２/１までの出来事としては以上。</p><p>昨年より病気発生の告知衝撃から闘病生活、人との付き合い、自分自身の気持ちの変化などここ３ヶ月程度で数年分、いやぼーっと生きてたら数十年分の出来事が体験できた。</p><p>外見は体重が２０ｋｇ以上減ってしまったがぶっちゃけると、プロレスラーみたいな体型だった為、１８０ｃｍで相当ほっそりした体型になり相当男前になった気がする（笑）</p><p>そんな事より、一番変わったことは泣ける事・泣く事を思い出した事かな。</p><br><p>前に書いたどうか忘れたが、小学生低学年の頃までは泣き虫、それも最低１日１回は泣いていた気がする。</p><p>別にイジメにあっていた訳ではなく、要は我侭な性格だった。</p><p>スーパーで駄々をごねて泣いている子と同じ。</p><p>小学生の時、約束を破られ平気でいた子に（とその頃は解釈していたが）ブチ切れ、私の家で泣きながら暴れ回って喧嘩し、その日午後、塾があるのを忘れていて顔会わすのが物凄く気まずく｢二度とブチ切れない。余程の事がなければ泣かない｣と言う事を自分に誓った。</p><br><p>その後ブチ切れる必要な事など訪れず、多少感情込めて話せば乗り切ってこれた。</p><p>泣く事は残念ながら親戚の死、父の死ですら心では勿論悲しんではいたが涙は殆ど出なかった。</p><p>今思えば、あの誓いは相当にその後の自分を色んな意味で抑制して来たのだろう。</p><br><p>そして今回の出来事により私へのみんなの厚意が２５年位かな？抑制していたものが開放できたと思う。</p><p>お陰でTV番組でよく泣いてしまったり、暖かい言葉をかけえられるとまた泣いてしまったり。</p><p>でも、これでいいんだと思う。そう、やっと素直な自分に戻れた。</p><p>｢ありがとう｣こんな言葉を母にも素直にかけられる。でも流石に恥ずかしくて母に向かって泣けない。</p><p>本当は感謝の気持ちで一杯。母の言葉の言い回しか泣かせてくれるのを抑えてくれる面もあるが。</p><br><br><p>あと、伝えたい言葉がある。在り来たりな言葉ではあるけど｢産んでくれて有難う｣</p><br><p>この世に生まれ、沢山の事が思い出される。常にとは言わないがそこに母がいる事が比較的多い。</p><p>父は放任的人だったから思いで少ないが、母は家にいてもパートにいてもすぐ近くにいてくれた。</p><p>でも２人とも好きだ。２人がいたから私がいる。僕がいる。</p><br><p>２人に本当に有難うと言いたい。父が生きているうちに言いたかったが母にはどうやら言えそうだ。</p><p>今度は恥ずかしがらず言おう。恥ずかしがってもいいか。涙見せてもいいよね。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p>｢お母さん、何も返せなかったけどごめん。でもお母さんが好きだ。産んでくれて有難う｣</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p>これで僕の闇は明ける。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p>P、S　まだやらなければ成らない重要な事、それは妻への事が残されている。</p><p>まだ死ねない。生き残ってたらまたブログを書く日が来るかもしれない。</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10448526518.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2010 00:03:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闇の向こうに26</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今日は比較的調子がいいので連続投稿。</p><br><p>昨日、母・姉・私３人で父の墓参りへ行ってきた。</p><br><p>墓があるのは都内の新興霊園で駅から霊園までの距離も遠いし、霊園に着いても墓石まで行くのに山を登らないと行けない。</p><p>とても歩いていける距離ではないので姉の車で連れて行ってもらった。</p><br><p>正月に嫁と行く予定だったが体調を崩し心残りで姉・母に頼み込んで乗せていってもらった。（自分で車を運転するのは医者から止められている。もう運転できないのかなぁ・・・）</p><br><p>墓石には父しか入ってないので父に『もう少し待ってよ』と頼んでみた。ここに父がいれば叶えてもらえるはずだけど・・・</p><p>もう少しという具体的な事を言ってなかったのは失敗？まぁ性格は穏やかな父だったので・・・ねぇ。</p><br><p>とにかく1つ荷を降ろした感じで、これから1つ1つ片付けていこうと思う。</p><br><p>帰り、車に酔ってしまった。前にもそんな事があったが車はダメなのか・・・</p><p>姉の運転自体は決して上手いとは言えないが、子供を運んでるだけあって乱暴ではない。にも関わらず・・・</p><p>遠出が出来ないと考えるとちょっとショック。</p><p>でも電車なら多分大丈夫。駅近な場所で。</p><br><p>それにしても運転出来なくなるのかなぁ。去年更新したばかりなのに。</p><p>宅建の主任者免許はあと３年・・・まぁ生きれればの前提だから気にする事ないか（汗）</p><br><p>今日の帰り、久々ネットカフェに行こうと思う。勿論、ネットが目的ではなく雰囲気を楽しむためと紅茶のTパックを頂戴するため（せこい）</p><p>このせこさも調子のいい証拠だと思う。具合悪ければ喫茶店で１万円出しお釣りがかえって来なくても然程文句も言わない気がする（笑）</p><br><p>調子がいい時に色々楽しまないとやり切れないからね。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10444847416.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jan 2010 16:34:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闇の向こうに　25</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今日は１月２８日。結果的にいえば1/25の抗癌剤治療は延期になった。</p><p>やはりあまりの副作用で嘔吐が激しかった為、主治医が治療を延期した方が良いと判断したようだ。</p><br><p>1/25診察当日、半分治療受ける覚悟で病院へ行き診察を受ける。</p><p>体温36.7℃、血圧上110前後下80少しだったかな。血液検査の結果も白血球値、その他も問題なさそうだった。</p><p>診察台に横になり鳩尾辺りを触診。</p><p>担当医『いいですねぇ』</p><p>・・・何が？</p><br><p>と言う事は今日治療するって事？まぁ体調悪くなければ仕方ないかぁ。</p><p>闇明けで体力的にどうかな？と思ってるけど続けた方がいいかもしれないし。</p><br><p>『体調もよくなったみたいだね。少し様子を見てみましょうか。』</p><p>どうやら1週延期するという意味らしい。</p><p>助かった。食事は勿論、飲み物もまともに経口できず体力のゲージがあるとすれば『0』に近いでしょう。</p><p>歩くのもフラフラだし。</p><br><p>今日は薬だけ処方され帰宅。</p><br><p>この1週間が勝負だ。</p><p>変な意味、悔いが残らないよう食べたい物は食べるよう努力したいと思った「。</p><br><br><br><br><p>まずは何故か『タンメン』が食べたくて仕方なかったのでタンメン！さすが1杯全部は無理だと思うけど（笑）</p><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10444782069.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jan 2010 15:03:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闇の向こうに　２４</title>
<description>
<![CDATA[ <p>会社行った後、若しくはその後を書くつもりだったが・・・眠れない・・・</p><br><p>さっきも書いたがこれを書いてる時は瞬時、吐き気を忘れられる。</p><p>きっと嘔吐したら次の嘔吐が気になり嘔吐を待ってる状態？悪循環だ・・・</p><br><p>今、眠剤の｢マイスリー｣を飲んだ。</p><p>あまり飲みたくなかったが仕方ない。ここ数日まともに寝れてないから。</p><p>早く眠気が来ないかなぁ。</p><br><p>細かい事だけど眠剤の飲むのも水で流し込まないといけない。</p><p>この水が嘔吐の呼び水になる可能性もある。というか今までずっとそうだった。</p><p>口に入れれば数分後に逆噴射。徐々に改善しつつあるけど・・・</p><br><p>これじゃ1/25の抗癌剤治療大丈夫かなぁ。</p><p>というか怖い。こんな体調でまた被せられたら・・・</p><br><p>まぁいいや。</p><p>マイスリー効くかどうか分からないけど横になろう。</p><br><p>おやすみなさい。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10439908962.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 04:13:18 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闇の向こうに　２３</title>
<description>
<![CDATA[ <p>1回目の抗癌剤治療後、初日の出社日以降これといった副作用も出ず順調に過ごした。</p><p>会社も昼過ぎだが出社し、定時近くまで勤務する事ができた。</p><br><p>2回目の抗癌剤予定日は1/13だった。</p><p>それ以前に体温を計っていたが熱が下がらない。</p><p>平均体温が36.5℃の私だが、37.5℃前後を行ったり来たり。</p><p>抗癌剤治療当日にはなんと38.5℃まで上昇。</p><p>これでは抗癌剤が打てないらしい。</p><p>先生からは｢抵抗が弱ってるからその影響かもしれないし腫瘍熱かもしれない。症状が出ていないのなら恐らく腫瘍熱だね｣</p><br><p>・・・腫瘍熱？</p><p>腫瘍が熱を持って体温を上げているらしい。</p><p>入院で様子見ることを勧められるが外来で様子みたいと言うと具合が悪くなったら入院と言う条件で了解してもらう。これ以上、不要な入院はしなくないし。</p><br><p>結局13日～17日の間、抗生物質を打ち続けた。会社も休まなくてはならなくなった。</p><p>入院しても変わらずだった。</p><br><br><p>そして1/18に2回目の抗癌剤治療が行われる。</p><p>何とか2，3日前から熱も引け（むしろ36.0℃と下がり過ぎた気もするが）治療可能となった。</p><p>（血小板の数値は結構高かったが）</p><br><p>流れは前回と一緒。時間まで待合室。準備出来次第呼ばれ、治療開始。</p><p>治療後が今回おかしい。</p><br><p>家に帰るとダルさがあり、前回と明らかに違いを感じる。その昼の夜から嘔吐が始まり止まらない。</p><p>翌日、出社予定だったが休ませてもらって病院に行く。</p><p>やはり副作用の影響らしいが水分と制吐剤の点滴を打つ。</p><p>吐き気止めの錠剤の薬も出してもらい、その日は帰宅。</p><p>だが前日と症状は変わらず。</p><p>また翌日、病院に行き同じ様に点滴を打つ。点滴の本数が増え3本と言う事で6時間程度かかってしまい病院を出たのが9時を回っていた。（途中からERに移動になってしまった）</p><p>それでも嘔吐が止まらず月曜から何も食べていないし飲んでも戻してしまう。</p><p>薬も座薬に変更。また明日、早い時間に来るように言われる。（点滴が多い為と思われる）</p><br><p>そして今日。9時過ぎに病院へ行き点綴を始めた。もう3日連続だ。</p><p>先生は｢影響は昨日より今日、今日より明日にはよくなる｣と言ってくれた。</p><p>今日、病院に居る間は1回だけ戻してしまったが昨日と比べると全然違う。</p><p>良くなってきたか？</p><p>家についてTVを見ていると早速嘔吐・・・</p><p>なんでだよ！！！</p><br><p>その後何度か嘔吐を繰り返す・・・</p><p>病は気からか、それとも環境の影響か。</p><p>でもこうやってブログを打ってる時は吐き気がない。やはり気の持ちようが大きいかも・・・</p><br><p>明日は出社出来るかな。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10439694090.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 21:33:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闇の向こうに　２２</title>
<description>
<![CDATA[ <p>話は前後するが1/4は1回目の抗癌剤治療日。</p><p>緊張しながら診察室に入り担当医のN先生と問診した。</p><p>血液検査の結果、白血球・血小板の数値が高かったが問題無しと言う事で治療決定。</p><br><p>点滴による治療の為、暫く準備がかかるとの事なので待合室で時間を潰した。</p><p>先客に主婦と思われる方が数名と話をしていた（治療仲間？）</p><p>話の内容まではよく聞いてなかったが治療友達みたいな人がいるといいのかなぁ・・・なんて考えた。</p><p>でも、戦うのは自分だし症状も違う、それに支えてくれる人がいる。俺には意味無いか。</p><br><p>少しうとうとしていたら呼ばれた。</p><p>ベッドに横になり生理食塩水等の後、抗癌剤｢ゲムシタビン｣を始めた。</p><p>正直、うとうとしていたのでいつ始めたのか気付かなかった。</p><p>栄養剤なんやらで3本点滴したので昼過ぎから始めて終わったのが6時頃になっていた。</p><p>これから副作用が心配だ。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10439654035.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 21:09:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闇の向こうに　２１</title>
<description>
<![CDATA[ <p>三が日は殆ど家でテレビを見ていた。</p><p>好きなお笑い番組を見た。笑えた。やっぱり家に居ると気分が違う。</p><p>病院だと変な閉塞感と言うか・・・・とにかく家がいい。</p><br><p>前はテーブルと椅子・クッションでくつろいでいたが、長時間座る続けるのが厳しくなりコタツを買うことに。</p><p>正月なので休みが多く、通販で買うことにした。</p><p>思ったより高く（今は医療費で節約重視）安くても小さすぎては仕方ない。</p><p>通販サイト、アマゾンの中で丁度いいサイズのコタツが1万円で売っていた。それに翌日着くというので早速注文。</p><p>到着前にコタツ布団を購入しておいた。着たコタツは白い、軽いいい感じのコタツ。</p><p>ちょっと温度が然程上がらないのが弱点だが、まぁいい。</p><br><p>ゴロゴロテレビを見たり転寝したり普通ならダメ人間と言われそうだけど私的にはリラックスできて体調的にも精神的にも調子がいい。</p><br><p>とりあえず１/５の出社までリラックスできる。</p><p>久々の出社なのでちょっと緊張するが。</p><br><br><br><p>そして出社当日を向かえ、上司らに挨拶に回る。</p><p>中でも社長には感謝の気持ちを伝えに。</p><p>社長は｢とにかく体を直すことに専念しろ｣とおっしゃって頂いた。</p><p>あとから聞いた話だが上司らに｢仕事で無理は絶対させるな！｣と社長命令が出たらしい。</p><p>涙が出るほど、いや本当に涙が出た。嬉しかった。</p><p>もちろん、上司らが事情をよく説明してくれ、私の事を心配して下さったよることなので上司らにも感謝の念でいっぱいだ。</p><p>私は本当に幸せ者だ。</p><p>部下や同僚も心配してもらっていたようで、普段軽い関係と感じていたがそんな事はなく周りの人たちに助けられている事を改めて感じた。</p><br><p><br>抗癌剤の副作用か吐き気が次第に出て嘔吐が続いた。</p><p>ちょっと体がフラフラになりかけ気を使ってもらい、夕方5時頃帰宅することになり早めに会社を出た。</p><br><p>しかし、これからの治療を受ける姿勢に前向きになれた初出社日だった。</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10436818695.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jan 2010 00:44:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闇の向こうに　２０</title>
<description>
<![CDATA[ <p>12月30日当日、ポート手術をおこなった。</p><p>部分麻酔で行うとの事だったので少し怖かったが1時間くらいだったかな？痛みも然程なく無事終了。</p><p>今後、ポートから抗癌剤を投与する。</p><p>来年から本格的な治療の始まりだ・・・</p><br><p>午後、夕方になり</p><p>退院の手続きをした。前回の高額療養費があり入院費は1万円もいかなかった。</p><p>その辺はほっとしたが。</p><p>母が封筒に現金を入れて｢これ、治療費にあてて｣と言うが治療費自体かかってないので当然頂けないし、仮にかかっても頂けるはずがない・・・</p><br><p>病院で母と別れ無事に退院し、タクシーで帰宅。</p><p>なんとか家で正月を家で迎えられる事にホッとした。</p><p>最後になるかもしれないと思いもあったので・・・</p><br><p>結局12月は入院、外来などで会社を休みがちになってしまったが会社の温情で給料を天引かれる事がなく、心配事も少なくて感謝・感謝の気持ちでいっぱいだ。</p><br><p>来年はどんな年になるか。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10436804692.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jan 2010 00:32:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闇の向こうに⑲</title>
<description>
<![CDATA[ <p>翌朝目覚めても腹痛はまだ残っている。</p><p>いきなりどうなってしまったのだろう・・・</p><br><p>暫くすると外来担当のN先生がやってきて｢通常の鎮痛剤が効かないようだから麻薬を打ちましょう｣</p><p>・・・麻薬。</p><p>恐ろしい響きだ。緩和処置として麻薬は分かるが・・・</p><p>これからの治療の為、怖がって居られない。</p><p>N先生は医療用の麻薬なので心配ないと言ってはいるが気持ち的に悪化してるんじゃないかと落ち込む。</p><br><p>午後から俗に言う医療用麻薬｢モルヒネ｣を打つことになった。</p><p>注射にそれは入っていて、点滴につながれたが、分量の正確を期すための装置も取付けられた。</p><br><p>N先生は妻や親が来たら30日外来の話を今日したいという。</p><p>今回の件もあるのかと不安になる。</p><br><p>母親が先に来て何か欲しい物はないか、する事はないか色々聞いてくる。</p><p>こう心配してもらえるだけ十分だ。</p><p>自分はどんな事でも1人で耐えられると思っていたけど、親がいるだけで安心感がある。</p><br><p>妻が来たのでN先生を呼び、話を聞くことのなった。</p><br><br><p>私、母、妻、N先生、看護士の5人で机を囲んでCT、レントゲンを見ながら話が始まった。</p><p>N先生｢細胞の結果がまだ出ていませんが膵癌でほぼ間違いありません｣</p><p>僅かな望みが撃ち砕かれた瞬間。だが予想通りの面もあり然程ショックはない。</p><br><p>腫瘍の位置が大きく中央にあり、外科的な治療は現実的ではない。</p><p>放射線治療は内臓全体的に放射線を当てるので他の臓器も悪くなる可能性が高くなり、抗癌剤治療が現段階では良い。</p><p>その為、抗癌剤を投与するのに胸にポート（穴）を開けて投薬いやすくする。</p><p>その他、副作用の説明、今後の治療の流れ等説明を受けた。</p><p>何となく他人事のように。</p><br><br><p>話が終わり、想像してたとは言えショックだった。</p><p>やはり・・・</p><br><p>奇跡は起こるのか。神はいるのか。</p><p>余命告げられなかっただけマシか。</p><br><p>とりあえず30日ポート手術し年内に退院して、来年から本格的な治療が開始する。</p><p>きっと勝ってみせる。</p><br><p>妻と母が帰り会社の上司に現状を報告する。</p><p>話していると色々慰められた。・・・あれ？泣けてきた。自分自信の為に泣くなんて子供の頃以来だ。</p><p>ビックリした。こんなに弱くなっていたのか・・・</p><p>上司はお見舞いに行くからと電話を切る。</p><br><p>モルヒネが効いてきてるようで腹痛は然程気にならない。</p><p>しかし今日も退院できず年内は難しそうだ。</p><p>仕方ない。</p><p>仕方ない。</p><p>仕方ない。</p><br><p>熱も相変わらず下がらず、氷枕して寝る。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10425018813.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Jan 2010 08:38:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闇の向こうに⑯</title>
<description>
<![CDATA[ <p>12月24日、朝から病院へ行った。</p><p>食事しても少し飲み物を飲んでも嘔吐してしまう事を主治医の先生に告げる。</p><p>｢膵臓の腫瘍が胃を圧迫して食堂から先、通らないんでしょう、点滴3日やりましょう｣</p><p>仕事いけないではないか・・・</p><p>｢あの、明日、明後日は都合悪いので今日だけではだめでしょうか｣</p><p>｢栄養摂らないけど大丈夫？具合悪くなったらすぐ教えて下さいね。｣</p><p>なんとか当日だけにしてもらった。</p><br><p>その後、すぐ点滴が始まった。</p><p>何もする事なく、時間が過ぎ回りに人影が全くなくなって暫くしたら点滴が終了。</p><p>途中、妙な体の痛みもあったが長時間、同じ体勢の影響かと思う。</p><p>11時過ぎから始まって夜6時過ぎに終わった。</p><p>外来でこんな長い点滴初めてだ。</p><br><p>ふらふらで会計を済ませ｢これなら30日の外来まで持つかな。｣と思う。</p><p>自宅につき、ふらふらと座り込み、ぼーっとしてるとちょっと腹痛。</p><p>いつもの痛みだろうと思い我慢する。</p><br><p>また暫くすると肩などに激痛が走る。</p><p>空気を吸えば変わるかと思い、外に出て呼吸してみるも変わらず。</p><p>嫁が動揺し｢救急車呼ぼうか？｣というが｢まだいい｣と断るもかなりまずい状況・・・</p><p>腹痛は体を動かすと、ますます悪化する状況になり</p><p>嫁に｢もう駄目だ、救急車・・・｣</p><br><p>10分位で救急車が到着しあれこれ質問されるが喋れない。</p><p>話をするのも痛いし、頭が回転しない。</p><p>こけが｢癌｣の痛みか・・・などと考えていたりしていた。</p><br><p>結局、数間前に行ってた病院に戻ってきてしまった。</p><p>病院に運ばれ痛み止めを打つも聞かず時間を置いて2本目を打つ。</p><p>多少効き出した。でも一時的なものだとERの先生は言う。</p><p>｢帰宅しても同じ様になる可能性が高いですから入院した方が良いと思います｣</p><p>確かにその通りだ。</p><p>嫁が呼んだらしく母・姉もやってきた。申し訳ない。</p><p>｢入院するから、悪いけど嫁を家まで送ってあげて｣</p><p>母｢隣駅ね、いいけどあんた大丈夫？｣</p><p>病気になるまで殆ど連絡もとらず、冷たい態度をとってきた自分に深い後悔の念が改めて沸いてきた。</p><br><p>入院、入院・・・・先々の事も心配になってきた。</p><p>とりあえず今日をやり過ごさないと。</p><br><p>病室に運ばれ再度痛み止めをされ、眠りに落ちていく。</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/makoto-deepsky/entry-10423315910.html</link>
<pubDate>Thu, 31 Dec 2009 08:32:54 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
