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<title>膵がんだった。</title>
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<description>2010年末、母のすい癌がわかった。すい臓がんは見つかりにくく、予後も悪い。母も例外なく、見つかったときはstage4aだった。</description>
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<title>2011/07/24</title>
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<![CDATA[ このまま病気や事故や天災で死んだら、何のために私は生きてたんだろうと思う。<br>死んだらそんなこと思えないかもしれないんだけど。<br><br><br>こんな何もなくて、楽しいこともなくて、愛情とか、夫婦とか、子供とか、何も感じられず、体験できずに死ぬのかな。<br>一生懸命に頑張れば報われる、なんて嘘だし、前向きに考えれば世界は変わるなんて嘘だし、見ててくれる人はいる、なんて嘘だよ。<br><br>努力したってダメなものは駄目だし、どんなに望んだって手に入らないものは入らない。<br><br>消えてなくなれるなら、今すぐ消えてなくなりたい。<br>この世に私はいなかった、ことにして欲しい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mamaitehope/entry-10964207693.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Jul 2011 23:46:55 +0900</pubDate>
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<title>2011/04/27</title>
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<![CDATA[ 一昨日くらいから、食後の腹部膨満と悪心が悪化。<br><br>食べられない、見る見る痩せていく。<br><br>いつまで生きていられるんだろう。<br><br>来月の今頃は命があるんだろうか。<br><br>人一倍真面目に、誰より一生懸命頑張ってきた母が、なぜこんな目に合わなければいけないの。<br><br>よりによって食べられないなんて。<br><br>生きる気力も、体力も、希望も何もかも奪われていく。<br><br>母がどんな罪深いことをしましたか？<br><br>なんでこんなにも不幸な目に合わされるの。<br><br>つらい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mamaitehope/entry-10873553348.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Apr 2011 01:53:52 +0900</pubDate>
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<title>2011/04/27</title>
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<![CDATA[ 予後が悪いのも知ってます。<br><br>打つ手がないのもわかってます。<br><br>神様、仏様、誰でもいいので助けて下さい。<br><br>元気だったお母さんに戻して下さい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mamaitehope/entry-10873548794.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Apr 2011 01:42:47 +0900</pubDate>
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<title>もう</title>
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<![CDATA[ 死にたい。<br><br>生きてて何の良いこともない。<br><br>今後に希望なんてない。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mamaitehope/entry-10870614768.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Apr 2011 01:26:06 +0900</pubDate>
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<title>いま。</title>
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<![CDATA[ 3回目の抗がん剤治療終わり。<br>打つ前から少し調子が悪そうではあったけど、打って3日後あたりから調子が増悪。<br>以前のように腹部膨満と胆汁？胃液？膵臓液？を嘔吐するまで悪心が続く状態に。<br>食べれず。<br><br>点滴を受け、徐々に回復し、昨日あたりから落ち着きを取り戻してホッとした。<br>
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<pubDate>Mon, 18 Apr 2011 18:05:32 +0900</pubDate>
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<title>電話。</title>
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<![CDATA[ 電話で母の声を聞くと、母を残して死んじゃいけないな、と思う。<br>
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<pubDate>Mon, 18 Apr 2011 17:51:22 +0900</pubDate>
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<title>優しくできない。</title>
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<![CDATA[ <p>最近母の顔を見るのが怖い。</p><p>優しくできない。</p><br><p>明日死んでもおかしくないのに。</p><br><p>私はなんて親不孝なんだろうと思う。</p><p>なんてダメ人間なんだろう。</p><br><p>辛いから、苦しいから、一緒にいることができない。</p><p>母が私を唯一の心の支えにしていることはわかっているのに。</p><p>申し訳ない。</p><p>申し訳ない。</p><p>申し訳ない。</p><br><p>優しくしてあげたい。</p><p>精一杯そばにいてあげたい。</p><br><p>なのに体が動かない。</p><p>辛い。</p>
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<pubDate>Wed, 06 Apr 2011 00:25:10 +0900</pubDate>
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<title>今朝</title>
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<![CDATA[ 部屋の電気を点けることも拒否。<br>暗い部屋に居ると気分まで滅入りそうな気がして私としてはやめて欲しいのだが、ヒステリックに切れて拒否るため、電気を消して私は出勤。<br><br>癌よりもやはり精神面の方が大問題であると思われる。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mamaitehope/entry-10844006630.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Mar 2011 18:24:59 +0900</pubDate>
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<title>始まりの日―帰宅後。</title>
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<![CDATA[ <p>点滴を終え、母は帰宅。</p><p>しばらくして私、そして父も帰宅。</p><p>とにかく｢気取られてはならぬ｣と私は必死に平常心を保とうとしていた。</p><br><p>晩御飯はどうしたのか覚えていない。</p><p>前日の鍋を再び開催したか何かだったように思う。</p><p>表情は取り繕えても、箸はちっとも進まなかった。</p><p>リビングで休む母に明るい声で話しかけつつ、</p><p>鉛を飲んだように胸は重苦しく一口食べるのがやっと。</p><p>なんとかその場はやり過ごし、普通に自室へ戻った途端、</p><p>堰を切ったように感情が溢れ出した。</p><p>泣いて泣いて泣きじゃくった。</p><p>そして親友に報告してまた号泣。</p><p>なんとか平静を保とうとするも無理で、涙はとめどなく溢れ、寝ようにも全く眠れない。</p><p>ようやく眠れたと思っても、すぐに｢母を失う恐怖｣で飛び起きた。</p><br><p>この日の夜、私はずっとベッドでもがいていた。</p><br><p>この世にこんなに悲しく、辛いことがあるんだと思い知った。</p><p>母が死んだら一緒に死のうとか、</p><p>もうこんなに辛いもいをしたくないから死にたいとか、</p><p>何故こんな目に母が遭わねばならぬのかとか、</p><p>夜中飛び起きるたびに思い、一晩中もがき苦しんだ。</p><br><br><p>ちなみに12月に入った頃から母はますます食べられず、プリンとか食べていたように思う。</p><p>うどんもその日によっては吐いていた。</p><p>とにかく食べれなかった。</p><br><p>体重は激減。</p><p>50kg近くあった体重は、42kgほどになっていた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mamaitehope/entry-10843459495.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Mar 2011 01:16:56 +0900</pubDate>
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<title>始まりの日。</title>
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<![CDATA[ <p>2010年12月22日午前中。</p><br><p>近医にて</p><p>腫瘍マーカーに異常あり。</p><p>腹部CTでも膵臓が腫れているとの結果。</p><br><p>電話をかけてきた母は、上記を私に告げ、</p><p>｢次の大きな病院での精密検査は1月半ばだって…ご飯も食べられない状態なのに…｣</p><p>と。</p><br><p>だからあれほど最初から大きな病院へ行けといったのに！</p><p>と激怒しながらも、「ちょっと待ってて」と大きな病院での精査の日を最短にするため動くことにした。</p><br><p>お昼、大きな病院(以下A病院)の知り合いの外科医(以下E医師)を捕まえて母の状態を相談。</p><br><p>｢でも癌の痩せ方って特徴的で…｣</p><br><p>というE医師に</p><br><p>｢もう5人も癌患者を見てるから、知ってるよ！！｣</p><br><p>と最後の一押しをして、その日に診察と腹部CTと血液検査を入れてもらった。</p><br><p>夕方E医師から呼ばれて検査結果を聞いた。</p><br><p>｢やっぱり膵臓に何かあるね｣</p><br><p>この時点では悪性とも良性とも言えないから、精査が必要とだけ告げられた。</p><p>母は｢あ～嫌～｣｢どうしよう～｣｢もう内視鏡するの嫌～｣とか何とか騒いでいたと思う。</p><p>とりあえず脱水状態なので点滴を、ということでそのまま母は点滴する為退室した。</p><p> </p><p>ちなみにE医師は母の性格を見抜き、母の前では悪性の疑いが強いとは言わなかった。</p><p>やっぱり母が脆いことがわかったらしい。</p><p>そしてE医師と2人になったところで、聞いた。正直どうなの？と。</p><br><p>「症状やCTから見て、悪性の疑いが強い。でも膵臓は本当にわからない臓器だから、精査しないとはっきり言えない」</p><br><p>友達として、聞いた。</p><br><p>個人的な意見として、どうなの？癌？</p><br><p>｢僕は癌だと思う｣</p><br><p>ステージは？</p><br><p>「かなり進行してると思う」</p><br><p>この時に「あぁ、覚悟しなきゃな」と思った。</p><p>私が腹をくくらなきゃな、と。</p><p>そして確定診断が下ってから｢母が癌｣と知ったら心臓発作か脳溢血になりかねないなと思い、とりあえず父に電話で事実を告げた。</p><br><p>｢お母さん、悪性の疑いが強いって｣</p><br><p>この日から、私は寝れないし、食べれなくなった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mamaitehope/entry-10843447957.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Mar 2011 00:45:32 +0900</pubDate>
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