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<title>「彼女は自分にできる事をしたのです」</title>
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<description>ナルドの香油を主に注いだ女に、主が言われたお言葉です。私も「自分にできる事」で主に喜ばれたい。現在は「介護福祉士」の資格をとるため、専門学校で職業訓練生として若い子たちと机を並べて奮闘中。アロマの香りは欠かせません！</description>
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<title>あなたは知らないのか？</title>
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旧約聖書　イザヤ書４０－２８　『あなたは知らないのか。　聞いていないのか。　主は永遠の神、　地の果てまで創造された方。　疲れることなく　たゆむことなく　その英知は測り知れない。』　「私は知りました。　　聞きました。　　主は永遠の神である事を！　　地の果てまで創造された方である事を。　　そうです！　疲れることなく、たゆむことなく　　　その英知は測り知れないと言う事を！」それゆえ預言者イザヤと共に声をあげ、　　　次のように、続きの言葉を申し上げましょう！旧約聖書　イザヤ書４０－２９～３１『疲れた者に
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<dc:date>2014-03-07T00:10:41+09:00</dc:date>
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<title>2年間の学校生活が終了</title>
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福祉専門学校に職業訓練生として入校して、早2年。すべて終了しました。 終了してみるとなんと瞬く間に過ぎた日々・・・ 実習の度に、現場の実際を教えられ・・・介護士さんはみなさんスゴイ 若い介護士さんから、たくさんの大切なことを教わりました。テキパキ 速い それでいて丁寧 優しい声かけ 丁寧に教えて頂き、感謝に絶えない夏の実習でした。初めての夜勤・・・鳴り続けるコール・・・ 夜中に走り回る 　　暗い廊下に靴音が・・・気がつけば朝　 　施設の朝はバタバタと忙しかったです。何事もなく朝を迎えられて、ホッ
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<dc:date>2014-03-01T00:04:10+09:00</dc:date>
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<title>段取りの良さ？　それとも「愛」？</title>
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どんな仕事にも、段取りは大切です。時間のロスを防ぎ、限られた時間を有効に活用するためです。家事においてもそうですね(^_-)-☆料理ひとつ作るにも、冷蔵庫を何回も往復していたりしたら、時間も電気代もかかりますよね(^_^&#59;)掃除もそう（*^_^*）まずは２階から！先に１階を掃除しちゃうと２階の埃があとから落ちてくるだけど・・・介護の仕事はどうでしょう？そう！段取りは大切です。だけど・・・段取りだけに追われると・・・ 肝心の「人」が隅に追いやられる危険があります。事務ではなく、対人援助の仕事では、
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<dc:date>2013-03-20T23:53:17+09:00</dc:date>
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<title>介・護・福・祉・士</title>
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介護福祉士とは・・・昨年４月、授業一日目に先生が教えて下さいました。漢字をバラバラにしてみます！「介」＝手と足を表す漢字「護」＝言葉で守る（護る）「福祉」＝神様に示されて人を幸せにする「士」＝武士よって、介護福祉士とは、「手も足も使って、言葉で守り、神様に示されて人を幸せにする武士」である。先生はクリスチャンではありませんが、「福祉」の字２文字とも、「示（しめす）」辺ですからそれは神様を意味すると教えて下さいました。私はびっくりしました。私自身は「介護」業界は未経験ですし、前にも書いたように、全
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<dc:date>2013-01-24T22:52:37+09:00</dc:date>
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<title>創造主と被造物　（造り主と造られたもの）</title>
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聖書は、「神」とは唯一の創造主であると告げる書物です。私達がこの世界で見るすべてのものは、創造主である神によって造られた「被造物」なのです。それがどんなに、素晴らしく、又、美しく、思わず拝みたくなるものであっても礼拝の対象ではないのです。日本人は、元旦には「初日の出」を拝みます。 荘厳で、吸い込まれそうで、なにやら「有難い」気持ちになるからでしょう。その、有難い「太陽」も、私達人間に必要なものであるため、神である主が創造してくださったものなのです。  旧約聖書の「申命記」に、次のような神のことば
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<dc:date>2013-01-12T01:01:07+09:00</dc:date>
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<title>気がつくと・・・</title>
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めまぐるしく過ぎゆく日々に、驚きながら・・・ なんと長い間、ブログをお休みしていたことでしょうか！ それほどに、私にとって「人生の転換期」は衝撃的だったのです。 「介護」　それは私の頭に浮かんだことのない「職業」でした。私にできるはずがない・・と最初から排除していたからです。 それなのに、なんと不思議な方法で、神様は導いて下さったことでしょう。驚きの連続でした。 職を失くしたことは前に書きました。一番したいと思っていた「アロマ」のサロンを開く道は閉ざされていきました。介護福祉士の友人が、ある時私
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<dc:date>2012-12-29T01:32:36+09:00</dc:date>
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<title>揺れ動く地に立ちて・・・</title>
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教会で歌い続けられている、聖歌の中の３９７番に「遠き国や」という賛美歌があります。この歌が関東大震災をとおして作られていたと知ったのは、つい一昨日のことでした。２番の歌詞を紹介いたします。「水はあふれ、火は燃えて、死は手ひろげ待つ間にも、慰めもて変わらざる、主の十字架は輝けり。慰めもてなが為に、慰めもて我が為に揺れ動く地に立ちて、なお十字架は輝けり。」水はあふれ・・・火は燃え・・・死が手をひろげて待っている・・・揺れ動く地・・・今回の地震もまさにこの歌詞のとおりでした。しかし、そこにも十字架は輝
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<title>試練</title>
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誰にでも「試練」がやって来ます。「立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい」という、聖書の言葉があります。人の高慢を戒めている言葉だと思います。「私は大丈夫！」と思っていたら、危険という事でしょう。最近、私は「主の祈り」の中の「試みに会わせないで下さい」という祈りに、妙に心が魅かれていました。弟子たちが、「祈りを教えてください。」と主イエスに尋ねた時に「祈るときには、こう言いなさい」と教えて下さった祈りです。「父よ、御名が崇められますように」　から始まる祈りです。まず最初に、畏れ多い事
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<title>追放・・・</title>
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辛い言葉です。「追放」そうです。自分の意思で出て行ったのではなく、追い出されたのですから。最近の数々の事件を見ながら、つくづく思わされたのです。人間はこの世界で、そしてこのままの状態では、決して幸せになることはできないと・・なぜなら、ここは神が準備してくださった「エデンの園」ではないからです。そうです。ここは、追放された地「エデンの東」なのです。私達は、エデンの園でこそ 「幸せ」 に暮らす事ができるのです。たった一つの「命令」を守れずに人はエデンの園を追放されたのです。最初の人、アダムは追放され
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<title>どうしても必要なこと・・・</title>
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日々の忙しさに忙殺されるとき、また、あらゆる思い煩いに心騒ぐ時主イエスのことばがよみがえります。「どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです」ハッ　とさせられます。我に返る　とでもいいましょうか。わずかどころか「一つ」と言い切られた主イエス。このことばは、新約聖書の「ルカの福音書」の中に書かれています。旅を続けておられた主イエスと弟子たちを、マルタという女が喜んで家にお迎えした。「彼女にはマリアという姉妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。ところがマルタは、いろい
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<dc:date>2010-12-03T08:17:12+09:00</dc:date>
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