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<title>丸の内OLだって、アイドルが好き。</title>
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<description>関ジャニ∞をまったり応援する、アラフォーOLの叫びを書き連ねております。特技？妄想にきまってるだろうが！</description>
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<title>はじめまして、らほつです。その③</title>
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<![CDATA[ さて、やっとこさエイトに堕ちる時まできました。<br>長々と申し訳ない。好きな人に似るのか、似てるから好きなのか。自分を語ってしまうのが悪い癖。興味無い方は読み飛ばしておくんなまし。<br> <br>2014年3月<br>剛さんと松岡パイセンが出演していたのを見た流れで、ヤスが担当回のトーキョーライブも見る。これがエイトとの運命の出会い。<br>「あれ…安田。男になってる。」これが第一印象。私の中では13～4歳の時の、サル顔の子供という記憶しか残ってなかった為かなりの衝撃だった。この時は夜ふかしも含め、エイトが出演している番組は一切見ておらず、というか意識もしていなかったし。<br>とりあえず「かっこいい」「笑った顔が可愛い」そしてすぐさま思った、好き。<br>ジャニオタの活動方法は知りすぎている。やるべきフローは頭に入っている。ユニコーンの活動も2年に1回、ジャイアンツも勝てなくなってきた今（あ、野球も好きなんです。）やるしかないじゃん！と決意。ちなみにこの時点ではヤス担と自覚。<br> <br>2014年4月<br>YOU&amp;Jではなく単独のファンクラブが立ち上がっていることを確認、すぐさま入会。過去のCDやDVDを大量に買い漁り、空白の15年を必死に埋める毎日。曲を聴き、ライブ映像を見て「なによ！なにカッコよくなっちゃってるのよ！ちょっと見ない内に大人になっちゃって！」とどんどんハマっていく。そしてJUKE BOXライブを見ながら心がざわつく。「あれ…もしかして…マルってかっこいい？」色っぽい表情にどきゅん。<br>いやいや、ごめんだけどJr.時代のマルは正直いって全く好みじゃなかった。むしろおふざけする姿がとっても苦手だった。それなのになぜ、どうして。<br> <br>2014年5月<br>GW。8UPPERS（物語のほうね）を見て再度心がざわつく。「GUMやばい」。<br>それでもまだ認められないマルへの恋心。私は一途な女だ。ヤス担なんだ。<br> <br>2014年12月<br>初めてのエイトのコンサート。東京は外れてしまい名古屋1公演のみ、席は天井正面。<br>肉眼では表情を見ることはできないけどそんなの関係なく久々のジャニコンを楽しんだ。<br>そして確信。「わたし、マルが好きなんだ。すぅ～うぅきぃ～～～～いぃ～～～。」<br> <br>2015年1月<br>レコメン公開収録にぼっち参加。日頃かかさず聞いていたレコメン。双眼鏡でマルの表情をガン見していたところ、原稿にメモをとったり、マイクを手で覆いこしょこしょっとスタッフさんとと言葉を交わす「THE仕事してます」な真顔を見ることができてさらに堕ちる。やばい、ギャップやばい。<br> <br>以後、「どっくん丸飲みしたーい！」「ヒナ結婚してくれ！」「ヨコ抱いて！」などとふざけた喚きつつ、マル担としての日々を送っております。コンサートは予定が合えば友達と、地方はぼっち。<br> <br>だいぶ長くなりましたが、これが私のオタ歴となります。エイトのほかにはユニコーン・RIP SLYME、プロ野球も楽しんでおります。<br><br><br>エイターを名乗れるほどでもない新米ですが、どうぞよろしくお願いいたします。<br>
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<link>https://ameblo.jp/marunouchinarako/entry-12245463312.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Feb 2017 11:38:39 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして、らほつです。その②</title>
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<![CDATA[ さて、前記事のつづき。ここから私のジャニオタ人生についてしたためたいと思います。<br>これまた長い＆現場オタ（オリキ）を数年間していたことがあり、その内容および当時のエイトの印象に触れますので、「あらやだ、不快になるかも。不安だわ。」という方は目を閉じる・ブラウザを閉じるなどしていただければと思います。興味のない方はスルーしてぴょ！<br><br>1995年<br>友達からアイドルオンステージのビデオを借りて見ているうち、小原裕貴くんの存在に気付き堕ちる。<br><br>1996年4月<br>この年の春コンからコンサートに通い始める。それと同時期にKinKiファンの友達から「ファミリーでおテツ(手伝い)してる友達が、番協の人足りないから来ない？って言ってるから行こうよ。」というお誘いを受け、初めての番組協力に参加する。当時、TBSで深夜に放映されていたＶナビの歌コーナー。そこでバックで踊っていた大坂俊介くんに一目惚れ。ディープな世界の幕開け。<br><br>1996年6月～1999年1月<br>オリキ活動（大坂俊介くん）を始める。各ＴＶ局・撮影スタジオ・リハスタジオを巡りつつ、しこたま番協に入る日々。手紙を渡して一言交わし、たまに返信が帰ってくる楽しい日々。とあるプレゼントを贈呈したら、某所で「宝物」と紹介してくれたのは良い思い出だ。<br>どこでどう、オリキネットワークを開拓したのかは今となっては不明。現場に行けば友達だらけだった。その中の一部の友人たちとは、今でも仲良くさせてもらっている。20年来のお付き合いだ。<br><br>さて、ここでやっとこさエイトの登場。三馬鹿と錦戸さんの入所&amp;メキメキと頭角を現してきたのはハッキリ覚えている。正直、当時は「東京Jr.の見せ場が少なくなる！でも亮ちゃんきゃわたん！」と敵対視していた。また、比較的穏やかな東京Jr.に対し、オリキ現場での彼らはオラついてた記憶がある。ちなみにヤス・大倉氏の印象はほぼ無し。がっつり番協で見てたはずなんだけどな。マルは「“お前がいる”を持ち歌にしてしまった変った子」という印象。<br><br>1999年1月<br>当時、週刊誌を賑わせた未成年飲酒・乱交騒ぎ発生。該当者、大坂俊介。クビ。<br>「奴のキラキラした姿はもう見れないのか。」と1カ月程度落ち込んだが、ちょっとアレコレあって本人から電話があり、直接「クソ馬鹿野郎！（ウルトラ要約）」とぶつけられたこと・本人から謝罪の言葉があった事ですっきり爽快。女はいかなるときも上書き保存。すぐに相葉ちゃんにおりる。<br><br>1999年4月<br>社会人になり時間の制約が増えオリキが難しくなってきた。恋もしたい、オリキもしたい、仕事もある。未熟な私には3本の両立は無理だった。嵐デビューの握手会を最後に、オリキ引退。<br><br>2000年～2010年<br>ここも何きっかけか忘却の彼方だが、急にKinKiに堕ちる。しかし相手はすでに殿上人。TV・雑誌・ラジオをチェックし、CDを買いライブに通い、たまに堂本兄弟の番協。絵に描いたようなおりこうさんで熱心なオタ活を送る。初期のエンドリさんなんて、何回行ったのか怖くて数えられない。<br>並行して2009年、ユニコーンが再始動。KinKiのライブ内容および剛さんの考え方に少し違和感を感じていたためか、すっぱりと2010年のSHOCKをもってKinKiからいったん足を洗い、ユニコーン一本へ。<br>この辺はRIP SLYMEも好きでね、ジャニーズ以外にもいろいろ行ってました。<br><br>再びここで区切り。<br>次からやっと、エイトに堕ちます。
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<link>https://ameblo.jp/marunouchinarako/entry-12245263258.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Feb 2017 18:55:59 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして、らほつです。その①</title>
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<![CDATA[ はじめまして。らほつと申します。えぇ、あの「螺髪」です。仏像大好きなもんで。<br>エイター（と名乗ってよいものか不安になりますが）になってそろそろ丸3年。<br>マイペースにオタ活をしているアラフォーでございます。<br>今までは様々なエイター様のブログを覗き見させていただいておりましたが、「自分も脳内をワールドワイドウェブに公開してみたいな」と思い、このような文章をしたためております。<br>大したことは書けないですが、「まずははじめてみる」「チャレンジしてみる」ということで。<br>どうぞよろしくお願いいたします。<br> <br>あ、大事なこと忘れてました。丸山さんファンです。<br>とはいってもみんな好きで、しょっちゅう錦戸さんや横山さんにキャーキャーしてるんですけどね。<br>では自己紹介がてら、まずは私のオタ歴をがっつりと紹介させていただきます。<br>（アラフォーだから歴史長いよ！幼稚園から書いていくよ！読み飛ばして良いよ！）<br> <br>1985年　<br>父の影響で野球に目覚める。贔屓球団はジャイアンツ。 幼稚園～小学4年あたりまで後楽園球場・東京ドームへ通う。おこずかいで岡崎のサインボールを買う。<br> <br>1986年　<br>彗星のごとく現れた光ＧＥＮＪＩに心を奪われる。 母を口説きジャニーズショップへ赴き大量のグッズを購入。1989年にはデニムのベストに缶バッチを大量に付け、横浜アリーナで開催されたコンサートへ。確か親子席最前列だった。おこずかい・お年玉を貯めてはレコードやVHSを買う日々。<br> <br>1989年　<br>バンドブーム真っ盛り、友達の影響でユニコーンとB’zにドはまり。アイドルは一瞬で捨てた。1991年に自らチケットを手配し、初めてユニコーンの武道館のコンサートへ。同時期にＢＡＫＵにもはまる。こちらもライブに通ったが、1年足らずで飽きる。<br>1993年にユニコーン解散。民生のソロライブにも行ったが、「私はユニコーンの民生が好きだったんだ。」と自覚し、いったん足を洗う。<br> <br>1994年<br>小室ファミリー・ジュディマリ・ミスチル・スピッツなど、あの時代が私の青春時代。もれなく乗っかる。B’z・Trf・ジュディマリとライブも通う。<br> <br>1995年<br>金田一少年の事件簿（初代）を見ていた時、一人のイケメンが目に留まる。そう、佐野瑞樹。高校で騒ぎ立てたところ、仲良しグループの友達がKinKiファンであることが判明。ここから私のジャニオタ人生が始まることとなる。<br> <br>どうやら生まれたときからオタ体質のようです。<br>ここでいったん区切り、ジャニオタ人生については次の記事にて書こうと思います。
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<link>https://ameblo.jp/marunouchinarako/entry-12245260338.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Feb 2017 18:51:01 +0900</pubDate>
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