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<title>いつでも誰かが</title>
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<description>日々の周辺雑記をつらつらと……</description>
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<title>仕事 Ⅰ  悲しくてやりきれない</title>
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<![CDATA[ 来年度で社会人7年目になる。あと50日くらい。<br>毎日不安と期待、やる気と倦怠のリズムの中で自分なりのヤリタイコトやあるべき姿を求めて生きてきたつもりだ。<br>でも、やっぱり苦しい。モヤモヤする気持ちは何だろう。<br>ちょっと振り返りながら、整理してみたい。<br><br>報酬をもらう＝労働者<br>と定義するなら、大学1年の6月に初めてアルバイトをしてからこれまで労働者として生きてきたことになる。<br><br>最初のアルバイトは品川の駅ナカレストランだった。<br>朝の開業シフト、午前、午後、夜の閉店までシフトの枠組みのなかで週2、3ペースで勤めていた。<br>キッチン、フロア、レジ、ウォッシャー、ドリンカーと1時間単位で持ち場をローテしながらの業務は覚えることも多く、前後の担当者間の気遣いや連携の大切さを教えてくれた。<br>……でも、なかなか思うように業務をこなせずウォッシャーが定位置になってたなあ。<br>先輩たちには可愛がられてたけど、同い年や後輩の子、特に女性店員には厳しくあたられてた苦い記憶もある。<br>店員仲間は高学歴の人が多くて、飲み会も頻繁にやっていた。仲間に入れてもらえたのが嬉しかったけど自分なんかがいて場をつまらなくしないか不安だった気持ちも大きい。<br>不器用、不注意、不用心、……仕事でリードできた記憶はほぼ無い。何でだろう。<br>先のことを考えた段取りをひとつずつ取り組み、研究と修練の反復で習熟を高めていくしかない。<br>とてもシンプルなアプローチをやっていけば良いように思えるのだが、分かっていてもできない。<br>分かってない……わけだ。<br><br>どうすれば僕の心と身体は、仕事に取り組んでくれるのだろうか。<br> <br>1年半後、自宅から大学への経路変更を理由にこの店は辞めてしまった。
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<link>https://ameblo.jp/masahiro189/entry-12245691737.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Feb 2017 01:35:03 +0900</pubDate>
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<title>中学受験</title>
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<![CDATA[ <br>朝の8時少し前。駅のホームに立つ緊張した様子の親子連れを見て、ああそうだ。今日は2月1日なんだナー……と。<br><br>彼らを大いに励ましたくなったのと、この日を境に決定的に変わること、変わらないことについて思い返してしまう……<br><br>17年前同じように受験生だった自分。<br>中萬学院という塾に通っていたけど、先生や同級生には最後まで(今も)その存在に助けられて、ほぼ365日勉強漬けの日々は辛くもあったけど、とても楽しかった。<br><br>でも結果は大惨敗。<br>泣きに泣いた。<br>親にも先生にも友達にも顔向けできず、ひたすら自分を呪い殺してやりたかった。<br>小学生のくせに何かあると「死ぬ気でやります」を口癖に、今じゃ解けないような難問にも取り組んでたのに。<br><br>日々是決戦<br>の覚悟で2.1を目指してたんだナー……<br><br>以後の人生、そのくらいの気迫で何かに取り組んだことってあるんだろうか。<br><br>同時に、この時の失敗の過程を繰り返してきた17年間でもある。<br>人間関係でもサークルでも仕事でもギクシャク。<br>就活のタイミングで思い切って短所として向き合ったけど、残念ながらまだ拗らせ中。<br><br>主なことは取り繕うってクセ。<br>取り繕うなんて本当に出来てやしないのに、つまらない見栄を張って誤魔化して人様から見下げ果てられる。<br>自分の中で頭でだけ考えて、勝手に逃げる。<br><br>振り返れば、「死ぬ気でやる」って当時の口癖はどういう意味だったのか。<br><br>疑問や不安を解消していくために、効率的に論理的な確かさをもって問題を解いていく、そのために何をすべきか……をつき詰めることだったんじゃないのか。<br><br>「死ぬ気でやる」ってのは<br>自分ができないことを認める辛さから逃げることなのか。<br>取り急ぎの答えだけ求めて、その場凌ぎすることなのか。<br>その口先だけで満足していなかったか。<br>30手前にもなって、こんなことを書き綴ってることが、そういう気持ちの表れなのか。<br><br>……と未だ甘えの抜けない自分と彼らの姿を重ねてしまい。<br><br>……先ほどの車内では他にも緊張感に包まれながらイキイキと心境を語り合う受験生らしき姿。その横では一人、心細そうに目を真っ赤にした子も同じ駅で親と一緒に降りていった。<br><br>どんな結果になっても、人生の一部分をありったけ集中させるこの経験は、必ず意義がある。<br><br>敗北した者からのエールにありがたみは無いかもしれないけど、<br><br>頑張れ、受験生
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<link>https://ameblo.jp/masahiro189/entry-12243503729.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Feb 2017 09:36:38 +0900</pubDate>
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