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<title>過去と未来をつなぐ。</title>
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<description>新しい働き方を目指す、'83年生まれ♂のメモ帖。「言葉には、魂が宿る。」当たり前でも、自分の言葉にするって大事。と今さら思い始めた人。</description>
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<title>ブログのお引越し</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>ブログを、下記サイトに引っ越しました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="http://masashi-s06.hatenablog.com">http://masashi-s06.hatenablog.com</a></p><p>&nbsp;</p><p>4ヶ月間Amebaで書かせて頂きましたが、お読み下さった方、本当にありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>引き続き、ぼちぼちですが書いていきますので、よろしくお願い致します(*^^*)</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<pubDate>Wed, 31 Aug 2016 22:30:00 +0900</pubDate>
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<title>スポーツの祭典と『体育会系』</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>オリンピックが終わりました(@_@)</p><p>&nbsp;</p><p>個人的には、ほとんど見る余裕がないまま、ぼぼ LINE&nbsp;NEWS と Twitter のタイムラインだけで情報を仕入れていましたが、やっぱりこの夏、スポーツに熱狂した人は多かったのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>過去に自分が経験したことを、重ね合わせた人もいると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>僕もバドミントンや少林寺拳法をやっていたので、「世の中、上には上がいる」ということを、曲がりなりにも体感していますし、だからこそ、そこを突き詰めた人には、無条件で尊敬を覚えます。</p><p>&nbsp;</p><p>それにこの10年ほど、自分自身の運動量が激減して、趣味でちょこっとランニングをするくらい（それも冬場限定。）なので、特にベテランと言われる選手が頑張っていると、本当に応援したくなってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今回のようにスポーツで盛り上がるときは、特定の、トップ中のトップの選手にスポットが当てられます。</p><p>&nbsp;</p><p>それは素晴らしいことなのですが、その陰には、トップまで届かなかった人、そこに挑戦することすら出来なかった人がたくさんいることも、忘れがちな事実です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その種目のレベルと競技人口というものは、ある程度ですが、比例します。</p><p>&nbsp;</p><p>レベルを上げるには、まずはその競技人口を増やすことが大事です。できるだけ間口を広げて、たくさんの人にやってもらう中で、トップを目指す人材が育っていきます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これは一方で、やる人が増えれば増えるほど、上を目指す人が増え、届かずに退く人も増えるということです。当たり前ですが、全員がトップになれるわけではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>スポーツ経験者の中では、そういう「負けた」経験をした人の方が、圧倒的に多数です。そして、届かなかったという経験を抱きながら、新しい領域で、たくさんの人が活躍をしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さて、そんな人々を示す言葉に、『体育会系』という言葉があります。</p><p>&nbsp;</p><p>漠然と使われているので、定義すらよく分からなくなっていますが、一般的には、「運動部系の部活動出身者」、および「その出身者っぽい気質を持っている人」を示す感じでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>残念ながら、良い意味でも、悪い意味でも使われる言葉です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>社会に出て、『体育会系』として評価されるだろうな、と感じたポイントは、いくつもあります。</p><p>&nbsp;</p><p>体力、気力面でのタフさ。地道な努力ができて、粘り強い。上下関係の意識があって、礼儀正しい。人と向き合った経験、コミュニケーション能力、などなど。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、正直これらは『体育会系』の人が皆、身につけているものではありません。また『体育会系』以外の人が、身につけていないわけでもありません。あくまで、程度の問題。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、自分の身体を賭して、時間をかけて何かをやった人に、こういった面が鍛えられやすいのは、事実としてあるかなと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一方で、『体育会系』アレルギーというか、負の側面を捉えられて、敬遠される向きもあるようです。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、思考停止している、というイメージ。上から言われることに疑問を持たない。あるいは、疑問を抱いてはいけない。指示は絶対。柔軟性がない。</p><p>&nbsp;</p><p>こういう話を聞くと、僕は少し悲しい気持ちになります。本来『体育会系』が受けるべき評価と、逆なんじゃないかなぁと思うからです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>改めて、僕は大学体育会の出身です。</p><p>少林寺拳法部で3年間、毎日のように活動していました。</p><p>&nbsp;</p><p>その経験を踏まえて、あえて言うと、僕は、本当の意味での『体育会系』の良さの1つは、自分で判断する力を、鍛えるチャンスがあることだと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>「なぜ、うまくいったのか？」</p><p>「なぜ、うまくいかなかったのか？」</p><p>&nbsp;</p><p>自分の体を使いながら、継続と変化を常に天秤にかけ、狙った効果と得られた効果を測り、次に活かす。結果は容赦なく突きつけられ（優勝する人以外は、すべてどこかで「負けて」います）、プロセスの大切さを知ります。</p><p>&nbsp;</p><p>人の指示を一度は聞き入れる素直さと同時に、それを自分で解釈する柔軟性がなければ、上達することはできません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もう1つあります。それは、限られた時間で、育てられたり育てたりする経験が得られること。</p><p>&nbsp;</p><p>先輩・後輩というと、「絶対的な上下関係」のような誤解を生みやすいように思いますが、上に立つということは、次の世代への責任を負うことでもあります。この覚悟があるかないかは、社会に出てから、とても大きい。決断力が違います。</p><p>&nbsp;</p><p>そして人に教えたり伝えていく中で、自分の成長のヒントを掴むことが、たくさんあります。きちんとした『体育会系』の組織（運動部に限りません）には、これが仕組みとして、埋め込まれていると思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>だから僕は、これからも『体育会系』の人が、鍛えた判断力と決断力で、世の中を変えていく原動力の一つになるんじゃないかと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>オリンピックが終わり、パラリンピックが控えている今、スポーツの祭典の裾野に広がる可能性について、少し考えてみました(@_@)</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/masashi0666/entry-12168262491.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Aug 2016 23:51:26 +0900</pubDate>
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<title>起業家  -10 days after-</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>漫画・スラムダンクの、最終話から10日後の世界を描いた作品があるのを、ご存知でしょうか？</p><p>&nbsp;</p><p>『<a target="_blank" href="http://itplanning.co.jp/works/slamdunk/jpn/10daysafter">SLAM DUNK 10 DAYS AFTER complete</a>』</p><p>&nbsp;</p><p>2004年。コミックス発行部数が1億部を突破したことを機に、神奈川県の廃校で実際の黒板へ描かれた、8年越しの続編です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>本編の最終話では、きっと多くの人が、作品の潔さと同時に、終わるのが残念だと感じたのではないでしょうか。しかし、ここにはその祭りの後のような寂しさは、もう漂っていません。</p><p>&nbsp;</p><p>あの圧倒的な熱量の山王戦、終わってみたら夢のようにも思える戦いから、10日後。それぞれの登場人物には、すでに新しい『日常』が始まっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>短くてキレのある、静かな作品集です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>まだ明確に何かが動き出していない『日常』の中に、次への小さな熱の塊が芽生えているようで、僕はこの作品も大好きです。今でも、たまに引っ張り出しては、読み直しています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さて、Startup Weekend Kyotoから、10日が経ちました。（ブログ『<a target="_blank" href="http://ameblo.jp/masashi0666/entry-12188294256.html">Startup Weekend Kyoto 参加</a>』）</p><p>&nbsp;</p><p>仕事 → お盆 → 山陽遠征とバタバタしましたが、昨日の夜は久しぶりに京都へ降り立ち、3日間を共に戦ったメンバー6名と再会。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>9日前の出来事は、アドレナリンが出まくった反動で、ところどころの記憶が曖昧です。それにサービスの構築で精一杯で、お互いのことは、断片的にしか知ることが出来ませんでした。なので、食事をしながら、ようやく落ち着いて情報を交換。</p><p>&nbsp;</p><p>それぞれに個性的で、自分自身の目的と熱源がある。改めて「こんな人がいるのか！」という驚きばかりでした。話していて本当に熱くて、楽しかった。</p><p>&nbsp;</p><p>皆の今後が、本当に楽しみです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして、プレゼンしたサービスについて。継続することは前提にありましたが、大きく決まったことが1つ。</p><p>&nbsp;</p><p>「僕が実現したいサービスでリリースする」</p><p>&nbsp;</p><p>言い換えれば、代表次第。最終的にどこを狙うかも、誰をどこまで巻き込むかも、僕が決めます。3日間、一緒に汗をかきまくった皆が、それでいい、それがいいと言ってくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>当たり前だったのですが、結局、必要なのは『起業家』として引っ張る人間。そしてこのサービスでそれを出来るのは、僕しかいなのだと、皆が気づかせてくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、仲間には今後も協力をお願いしますし、意見を頂戴したいと思っています。ただどこまで巻き込めるかは、僕がどういうお願いの仕方をするか、何をビジョンとして語れるかも重要です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>以前書いたように、これまでは参謀タイプなどと評して、大した責任を負って来なかった自分。代表としての本格的なチャレンジは、かなりのプレッシャーを受けます。だからどこかで、まだ腹を括れていませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、もうそれは受け止めないといけません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>あれから10日後。生まれたばかりの熱の塊が、今ここにあります。</p><p>&nbsp;</p><p>僕にはこれを、我が子のように、育てる義務が出来ました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/masashi0666/entry-12189720849.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Aug 2016 23:20:17 +0900</pubDate>
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<title>住む、という選択</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>来年、滋賀の大津に、家族で移住することにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>関西に来てからの引越しは、次で4回目。高校卒業以来、（一人暮らしの10年を含む）15年を過ごした大阪を、離れることになります。</p><p>&nbsp;</p><p>ここ1年で様々なことが、タイミングを合わせたかのように重なってきて、決断に至りました。今はそこに向けて、夫婦で色んな準備をしているところです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さて、この話をすると、よく「家買うの？」と聞かれます。</p><p>&nbsp;</p><p>今の段階で、家やマンションを買うつもりは、僕にも嫁にも全くありません。買わない根拠は、はっきりとあるのですが、過去、それを言ってもあまり共感を得られなかったので、今更説明する気にもなれず。。。</p><p>&nbsp;</p><p>正直ちょっとうんざりしながら、「買いません」と僕は答えます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ところが、いざ答えると、ほとんどの反応が、意外な方向から返ってくるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、「なんで？」という反応をされることは、最近ほとんどありません。一番多いのが、「そうやろなぁ」。そして、今悩んでる人も、とても多い。僕の考え方を知っていた人もいますが、同年代や後輩だけでなく、結構上の世代の人（実際に家やマンションを買った人）にも、選択の一つとして、買わないことは普通に『あり』なようです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>新築マイホームという"達成感"は過去のもの、などと一部で言われつつ、実際にはまだまだ、「結婚 →&nbsp;30代を超えて都会を離れる →&nbsp;家を買う」という図式が、強く残ってる。そう正直思い込んでいたのですが、考えを改めないといけないことに気づきました。</p><p>&nbsp;</p><p>皆が『住む』ということについて、今までと違う関心の持ち方をしているのを感じます。</p><p>&nbsp;</p><p>だからこそ、これまでと違う方法を実践しようとする人間の話が聞きたくて、「家買うの？」という質問になるのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>『住む』ことの選択について、考えている事を書きます。</p><p>&nbsp;</p><p>ライフステージによって、家族の大きさは、変わっていきます。夫婦だけの期間と、乳幼児がいる期間。子どもの成長期と、子育てが終わった後。必要なモノの量も質も、その時々で変化します。</p><p>&nbsp;</p><p>また、夫婦揃っていつまでも健康でいられる100%の保証は、ありえません。（嫁が看護師なので、その辺はかなりリアルに考えます。）家族にも、いつ何が起こるか、こればかりは本当に分からないものです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それらの変化を、同じ場所で、1つの家に住んで、しかも30年単位で。ずっと変わらずに対応することは、なかなか無理があるように思います。変化の激しい時代なら、尚更です。</p><p>&nbsp;</p><p>社会の構造が圧倒的に変化する中で、働き方も変わってきました。この先、その時々に合わせた生活を実践していくのが、ある意味で一番柔軟性を持って、稼ぎ続ける事ができると思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>幸い、シェアという新しい経済の形が台頭してきたことで、モノを所有することなく（昔ほど場所に縛られることなく）、様々なことができるようにも、なってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もう1つ。冷静に考えて、人口が減少するフェーズに入り、空き家が増えている日本において、新しい家がそこまで必要だとは思えません。</p><p>&nbsp;</p><p>まだまだ使えるものを破棄して新しいものにする、ということは、地域や社会といった単位で見れば、本質的に生産性のある行動とは言えないはず。（過去の日本で、この消費の仕組みが、経済として成り立っていたのは、単純に人口が増えていたからに過ぎません。）</p><p>&nbsp;</p><p>子どもが大きくなったら、少し広めの物件を探すことは視野にありますが、それも別に賃貸で十分です。条件次第で中古購入、といったところでしょうか。これもまた、子育てのフェーズが終わったら、必要とする人に譲ることが前提になります。</p><p>&nbsp;</p><p>これが、今の僕の『住む』ことに対する考え方です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>成長経済においては、土地を持っている／家を持っていることが、かなりのアドバンテージになりました。将来的に、高値で手放せる可能性が高かったからです。</p><p>&nbsp;</p><p>今は違います。一部で、まだそのとき作られた文化だけが、残っているに過ぎません。（都心部の特殊な高額物件は除きますが。）新しい形は、これから出来上がってくるでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>大津に行ったあと、自分たちを何が待ち受けているか、正直全く分かりません。「こうありたい」という目標はありますが、実際に出来る事は、目の前のことを一つ一つやっていくだけ。</p><p>&nbsp;</p><p>なので今の自分たちは、どう変化するか分からないハードへの投資よりも、目の前のソフト的な投資をする方が、優先だと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして、それが実際に出来るという意味で、恵まれた環境であることも確か。このことは、本当に、感謝しないといけないかもしれません。いい時代です(*^^*)</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/masashi0666/entry-12189961595.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Aug 2016 22:54:18 +0900</pubDate>
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<title>Startup Weekend Kyoto 参加</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>8/5〜7の3日間（54時間）、大阪を少し離れて、京都の「<a target="_blank" href="http://kyoto.startupweekend.org">Startup Weekend Kyoto 2016 Summer</a>」に参加してきました。</p><p>&nbsp;</p><p>3日間で新しいサービスを考えて、作って検証して、プレゼンするイベントです。世界各地で行われていますが、今回はその京都版。3月にあった滋賀での開催に参加できなかったので、リベンジとして参加してきました。</p><p>&nbsp;</p><p>正直、思っていたよりもずっと過酷でした(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>自分のアイデアだったため、チームの代表を務めさせてもらいましたが、何度も吐き気を堪えながら(笑)、何とかプレゼンまで漕ぎ着けたことは、本当にいい経験になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>チームメンバーにも、とても恵まれました。途中何度もフリーズして本当に申し訳なかったけど、現時点での、あれが自分の実力というのも事実。感謝しかないです。ほんとに。</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>普段、ふつうに企業勤めをしていると、どれだけ自分で真剣に考えて、決断しているつもりでも、正直、どこかに必ず「守られている」という甘えがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>特に僕は、自分でも「リーダーというより参謀タイプ」と評していて、バックアップ側を担当する体で、あまり責任を負って来ずに、ここまで生きていた部分がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>例えイベントとはいえ、この3日で何度も迫られた、「決断を、自分で行う」という行為。これから、自分で自分の人生を決めていくために、当たり前にやっていかなあかんことやろなーと今思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今回プレゼンしたサービスは、このまま継続して開発を続けていこうと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>それっぽくプレゼンではまとめてしまった部分も、実は納得がいっていないポイントがたくさんありましたし、ブラッシュアップする方向性もいくつか提案を頂きました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これからが楽しみです！</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>では、今日は眠すぎるのでこのへんで。。。</p><p>&nbsp;</p><p>（ちなみに、優勝は高校生に攫われました。恐るべし！笑）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/masashi0666/entry-12188294256.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Aug 2016 23:56:30 +0900</pubDate>
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<title>おくる、つなぐ</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>ペイ・フォワード、という言葉が、最近よく頭の中を横切ります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>"Pay it foward."</p><p>&nbsp;</p><p>「ある人から受けた恩を、その人に直接返すのではなく、別の誰かに渡していくこと」を意味する英語です。</p><p>&nbsp;</p><p>この言葉を初めて聞いたのは、2000年に公開された映画『<a target="_blank" href="https://www.amazon.co.jp/ペイ・フォワード-DVD-ケビン・スペイシー/dp/B00005MINW">ペイ・フォワード</a>』でした。といっても、当時は特に響いたわけではなく、特報を見て「いい映画っぽいなぁ」と思っただけでした。実際に見たのは、結構最近です。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ近頃は、この言葉も、<a target="_blank" href="http://www.nikkei.com/article/DGXKZO85478960Z00C15A4X12000/">日経の記事</a>を始め色んなところで触れられたりして、視界の中に入ることが、増えたように感じます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>僕が改めてこの言葉を意識するようになった理由を考えてみると、やはり『おくる』（送る・贈る）ことの重要性を、仕事や日常生活の中で感じるようになったからです。</p><p>&nbsp;</p><p>自分で抱えない。世界を閉じずに、循環させる。</p><p>&nbsp;</p><p>これからの時代の、1つのキーワードになると思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この5〜10年ほどで、情報を『おくる』ことが、以前にも増してものすごく簡単に、誰でも出来るようになりました。それも、ただ『おくる』だけではなくて、それを別の人に『つなぐ』ことが出来ます。</p><p>&nbsp;</p><p>Facebook（いいね！）、Twitter（リツイート）、その他にもたくさんのSNSや、ブログやアプリ諸々。皆が情報をおくり、つなぎ合っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さらに、今は情報の延長に、リアルなモノの共有＝シェアがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>家も車も場所も、あらゆるモノが一時的に情報化され、その先でどんどんと共有の対象になっています。シェアリング・エコノミー、といわれる経済活動ですね。</p><p>&nbsp;</p><p>今新しく生まれているビジネスには、シェアの概念を含んでいるものが、たくさんあります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これらが増えているのは、ウェブ技術の発達に、人のもつ「発信したい」「人の役に立ちたい」「認められたい」気持ちなどが、掛け合わさったことが大きいでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし大事な動機の1つは、手持ちの資産をうまく運用し合えば、単純に「得をする」ということです。（もちろん、金銭的なメリットも含みます。）</p><p>&nbsp;</p><p>誤解を恐れずに言えば、得をするから、人は『おくる』のです。</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>日本にも同じような概念が無いかと考えたときに、『情けは人の為ならず』という言葉が思い浮かびました。</p><p>&nbsp;</p><p>「情けをかけると、その人の為にならない」という意味で勘違いされることが多い言葉ですが、本来は「人に掛けた情けは、巡り巡って自分に戻ってくる」という意味です。</p><p>&nbsp;</p><p>また、近江商人の『三方よし』という言葉もありますね。商いをする上で、日本各地で受け入れてもらうために、社会への還元を考慮に入れた思想です。</p><p>（参考ブログ：<a rel="bookmark" href="http://ameblo.jp/masashi0666/entry-12165316936.html">近江商人の『三方よし』から学ぶ！</a>）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ペイ・フォワードという言葉は英語ですが、日本にも同様の考え方が、実は流れているんだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>次の人に送る・贈る、ということ。</p><p>&nbsp;</p><p>自分が受けてきたことを、次の人に引き継ぐということは、自分自身にとっても、とても重要な行為だと僕は思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>自己犠牲の奉仕ではありません。自分が受けたこと・やってきたことを、客観的にもう一度振り返る、めちゃめちゃ良いチャンスなんですよね。一番得をするのは、渡す本人なんじゃないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>世界を閉じずに『おくる』ということは、自分自身を次に『つなぐ』ことです。</p><p>&nbsp;</p><p>持っているものを手放すことで、身が軽くなって、自分もまた次のものを受け入れられるようになります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>変化が早い時代、モノにしても情報にしても、自分が抱え込まないということは、本当に大事。僕は、今そう思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/masashi0666/entry-12185336362.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Jul 2016 23:08:51 +0900</pubDate>
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<title>『思考のスイッチ』</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>何かのきっかけがあって、目の前のものごとが突然、クリアに自分の頭の中に入ってくることがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、今まで全然見えていなかった風景が、目に入るようになったり。</p><p>&nbsp;</p><p>人の言葉を、耳が拾うようになったり。</p><p>&nbsp;</p><p>全く理解できなかった話が、突然頭の中で繋がったり。</p><p>&nbsp;</p><p>相手の次の動作が、フッと読めたりとか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そんな体験、ないでしょうか？学校でも、スポーツでも、仕事でも、どんな小さなことでもいいです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>頭の構造が単純なのか、僕は結構あります。</p><p><br>きっかけは色々で、その内容も場所もシチュエーションも様々。ですが不思議なことに、必ずしも経験の有る／無しにかかわらず、ほとんどは唐突に現れます。経験値を積んだからステップアップ、という感じではなかったりしますね。（もちろんそのパターンもありますが。）</p><p>&nbsp;</p><p>ただ改めて振り返ると、だいたい、要因は2つに集約されるかなーと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>1つは、『集中のスイッチ』が入ること。</p><p>&nbsp;</p><p>もう1つは、『思考のスイッチ』が入ることです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>『集中のスイッチ』というのは、Maxまで入ると、いわゆる"ゾーンの状態"になるもの（と考えています。）ゾーンは、最近マンガとかでも良く出て来ますし、スポーツ好きの人は知っていることも多いでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>極限まで集中を高めると、ボールの動きが止まって見えたり（実際には止まっていないけど）、視界の外にいる人の動きが見えているかのように（実際には見えていないけど）把握できたりするそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>脳科学の分野でも注目されています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>このゾーンは、正直、一流のスポーツ選手でも、なかなか入れられない領域です。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、普段の仕事などでも、いかに狙ってこの『集中のスイッチ』をコントロールするかは、結構大事な課題となります。</p><p>&nbsp;</p><p>単純なオン・オフではなく、オンの状態にも段階があって、この『集中のスイッチ』がどこまで入るかは、そのまま、1人1人の生産性に直結します。（イメージはダイヤル型。）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一方、『思考のスイッチ』は、少し性質が違うものかなーと思います。こっちは、一言で言うと、考えるときの"癖"。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>人の成長は、美しい曲線を描くのではなくて、歪んだ、らせん階段状になっているんじゃないかという話を以前に書きました。（「<a target="_blank" href="http://ameblo.jp/masashi0666/entry-12173538518.html">健全な揺り戻しと、らせん階段</a>」）</p><p>&nbsp;</p><p>ある日突然、その階段をステップアップすることがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>外から見た人は、開花だとか覚醒とか評価したりしますが、このとき起きているのは、今までに入っていなかった『思考のスイッチ』が、オフからオンに切り替わることだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>すごく乱暴なイメージでいうと、頭の中に、スイッチがたくさん並んでて、そのほとんどがオフになっている中で、特定のものを考えるためのスイッチが、すっとオンに入る感じです。（オン・オフ型。）</p><p>&nbsp;</p><p>そして一度オンに入ると、その状態が続きやすいのも『思考のスイッチ』の特徴かなと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろんオンに入ったスイッチが、どのくらい入った状態が続くのか、正直分かりません。気付いたら考えなくなってしまう（＝スイッチオフに戻っている）、ということもあります。しかし、都度入れないといけない『集中のスイッチ』よりも、一度入った時の持続性があります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>アイデアは、普段から"癖"で考えている先に、生まれると言います。その"癖"を身につけるのが、『思考のスイッチ』だと思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今の日本には、成長経済の間に、長らく積み上が（ってしま）った既存の枠組が、ものすごくたくさんあります。それはそれで社会に貢献しているものもありますが、今を生きている僕たちの、思考を停止させてしまったものも、実際多いと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>結局、『思考のスイッチ』がオフのまま、時間が流れているものです。経済も、教育も、政治も、あらゆる分野にあるんではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>社会全体ですっかりオフになっているスイッチを、ひとつひとつ触って、オンに切り替えていく。</p><p>&nbsp;</p><p>僕たちがこれからやっていくことの1つが、まさにこの作業。その積み重ねが、次の世代の新しい未来を作ると、僕は信じています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/masashi0666/entry-12182155806.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Jul 2016 22:26:12 +0900</pubDate>
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<title>2つの感情を、同時に抱える</title>
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<![CDATA[ <p><br>昔、「好きと嫌いは、反対語ではない」という話を初めて聞いたとき、衝撃と同時に、すごく感心したことを覚えています。当時、僕は高校生だったか、中学生だったか。</p><p>&nbsp;</p><p>その考え方、結構色んな本でも書かれていたりしますが、要は「好きの反対は、無関心だ」ということ。同時に「嫌いの反対も、無関心」です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>だから無関心の対極にあるという意味では、好きも嫌いも、紙一重。</p><p>&nbsp;</p><p>そもそも関心が無ければ、好きや嫌いといった感情は生まれません。無関心は、好きどころか、嫌いにすら転ずるチャンスがない状態です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>恋愛感情などで、よく「愛と憎しみは紙一重」なんていう言い方をする人もいますよね。（いない？笑）</p><p>&nbsp;</p><p>でも最初はものすごく嫌いだったものが、ちょっとしたことを経て、気づいたら好きになっていた経験、僕は実際にあります。</p><p>&nbsp;</p><p>後から思い起こせば、最初からそれは（人だったので、その人は）、自分の中に、強烈に何かが引っかかっていました。ある意味で惹かれたからこそ、それを持たない自分を否定するように、最初は嫌いだったのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一見相反するけど、コインの表と裏のように、誰もが自分の中で併せ持っているものって、実はたくさんあるんだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>最近、家入一真さん（株式会社CAMPFIRE）の『<a target="_blank" href="https://www.amazon.co.jp/dp/4861525128/ref=cm_sw_r_tw_dp_X2kIxbPFSGKW5">絶望手帖</a>』という本を、読みました。絶望名言がひたすら書かれてある、なかなか無いタイプの本。絶妙なバランス感覚で成り立っているんですが、まず帯の一言が、秀逸でした。</p><p>&nbsp;</p><p>"「死にたい」と「生きたい」は同義語です。</p><p>今、多くの人が弱さをさらけ出せずに悩んでいます。だから、あえてネガティブな言葉を集めたいと思ったのが、この本のはじまりです。"</p><p>&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>死にたいと、生きたい。</p><p>&nbsp;</p><p>それにネガティブと、ポジティブ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>自分の中に、一見反する2つの感情を共存させるのは、全く不自然なことではないと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>最近の僕は、ポジティブに思われることがどちらかと言えば多いですが、もちろんネガティブになることもあります。（面と向かって、指摘されることもある。）そもそもの元は、何をやってもクヨクヨとする、ネガティブな人間でした。</p><p>&nbsp;</p><p>正直、ポジティブに発言した方が得かな？と思うシチュエーションで、狙ってポジティブを演出しているところもあります。僕自身、今の自分がどうなのか、よく分かりません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ただポジティブな発言をする前には、まずネガティブに状況を受け入れることが、必要だと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ポジティブな状況で、さらにポジティブな提案をするのって、正直しんどいです。</p><p>&nbsp;</p><p>ネガティブを受け入れたからこそ、それを何とかするために、ポジティブな対策って考えられるのじゃないかと。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>100%ポジティブな人や、100%ネガティブな人っていないと思いますし、その振れ幅の中で、状況を変えていく力は、生まれるんじゃないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>最後に。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は、不安と希望も、同じように同義語だと思っています。</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>何かに向けて一歩踏み出すときに、誰でも抱く感情が、不安と希望です。どちらも「もっと良く生きたい」（誤解を恐れずに言うならば「もっと良く死にたい」）という気持ちが、ベースにあると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>だから他の感情と同じように、どちらか一方じゃなく、どっちも併せ持っているのが、自然なことじゃないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>希望があるから、不安を抱く。</p><p>不安があるから、希望を持てる。</p><p>&nbsp;</p><p>この振れ幅を受け入れて初めて、一歩を踏み出せるんじゃないかなぁと、最近は思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/masashi0666/entry-12179438285.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jul 2016 10:31:41 +0900</pubDate>
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<title>健全な揺り戻しと、らせん階段</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>昔の自分と、今の自分とを繋いでみたとき、どんなイメージが描けるでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>自分が辿ってきた道のりを振り返って、最近考えていることです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一般的に「成長」と言われるものを図にすると、高くなっていく棒グラフだったり、右肩上がりの曲線だったりで表されることが、多いかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>数値化が簡単な指標（成績、売上、人数など）であればある程、そういうイメージが合う気がします。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>でも、人というものの成長は、当たり前ですが、そんなに単純ではありません。今の自分自身に至る道が、迷いのない一本道だったと言える人って、僕はほとんどいないと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>紆余曲折の大きさに差はあるにしても、いつも、誰でも、それなりの迷いや、失敗や、やり直しの中で、ふと気づいたときに、少し成長したかな？と感じることの方が、多いんじゃないでしょうか。</p><p><br>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>僕は、自分の興味や考えが、定期的に思いっきり方向転換します。全くの逆を向くわけではないんですが、ベクトルが、弧を描くように、別の方向に曲がっていくんです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして大概、曲がりきった後に、ふと我に返って「あー自分変わったなぁ」と気づく。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、就職活動前は、海外ビジネスや、今で言う社会起業のような会社に興味がありました。でも結局は色々な縁もあって、国内市場のみをターゲットとした、カタめの教育産業の会社に就職。仕事に慣れてくると、「このままいくのも手かな…」と思ったことも、一度や二度ではありませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも8年が経過して、少しずつ蓄積した違和感や、自分の成長が止まっていることを認めたときに、再びもう一度、自分が本当にやりたいことをやろう、と決めました。社会人になってずっと見えていた世界が、また変わりました。</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>昔は、コロコロと考え方が変わっているようで、一貫性のない自分が嫌でした。自分では、そこまで飽きっぽいつもりは無いんですが、結果だけを見ると、色々揺れまくっている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>でも最近は、自分が変わっていくことを、1つの前提にしています。「変わらずにいることの方が難しいから」と、割り切りました。</p><p>&nbsp;</p><p>人は変わる。むしろ、変わることができる。</p><p>&nbsp;</p><p>過去の自分を反省することはありますが、それまでの自分がいなければ、ここで変化している自分はそもそも存在しない、というふうに今は考えています。</p><p>&nbsp;</p><p>（<a target="_blank" href="http://ameblo.jp/masashi0666/entry-12166436896.html">これまでの自分がちょっとでも欠けていたら、今ここにはいない</a>）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>1人の人間の中には、たくさんの人間がいると思います。自分で把握している自分なんて、ほんの一部です。自分の中に多様性があるからこそ、生きている内に、揺り戻しのようなことが普通に、何度でも起こる。</p><p>&nbsp;</p><p>揺り戻しがないということは、自分の中に多様性が無いからかもしれない。ある意味では、揺れるということは、とても健全なのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>だから過去と今を繋ぐ成長線は、よくあるグラフのように二次元的なものではなくて、いびつな『らせん階段』を描いているんじゃないか。これが、過去の自分も振り返って思う、僕の成長のイメージです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それはどれだけいびつな形であっても、『らせん階段』です。中心に支える柱があれば、また近いところに戻って来れます。そして戻ってきたときには、ほんの少しだけ、上にあがることができている。</p><p>&nbsp;</p><p>下がってしまうのは、支える柱を見失ったときです。だから、柱だけは必要。そしてその支柱は、自分が本当に好きなことや、好きな人や、好きな場所にしか、無いんじゃないでしょうか。</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>健全な揺り戻しを、素直に受け入れること。</p><p>&nbsp;</p><p>成長の『らせん階段』の、支柱になる部分を見失わないこと。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>自分はこの先もまだまだ変わりそうな予感がしているんですが、それを楽しめる自分自身でありたいと、強く思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/masashi0666/entry-12173538518.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jul 2016 22:49:46 +0900</pubDate>
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<title>『人』の時代。</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>「少林寺拳法」という武道を知っているでしょうか？</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>幼い頃の話を、少しします。僕は、体が小さくて、気も小さくて、しょっちゅうケンカで泣かされているような、とても "ひ弱な" 子どもでした。</p><p>&nbsp;</p><p>見かねた親の勧めもあって、武道を始めることにしたのですが、そこで出会ったのが、少林寺拳法でした。</p><p>&nbsp;</p><p>根性があるとは言い難い自分が、何故かこれにハマります。力の差を、護身術のスキルで埋められる経験が、単純に嬉しかったのかもしれません。最後は大学で部活としてやって、体力もメンタルも、自分の支えの大きな1つになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その少林寺拳法は、敗戦の日本を立て直そうと、「気骨ある若者の育成」を掲げた人が始めた、日本発祥の武道です。なので歴史は70年ほど。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに、よく中国の少林拳と混同されますが、それとは別物。少林サッカーも、別です。笑</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>創始者は、戦中戦後から、高度経済成長期の日本を生きた人ですが、言わば圧倒的にモノが必要だった時代。</p><p>&nbsp;</p><p>その時にあえて、先を担っていく「人材の育成」に目をつけていました。『人、人、人、すべては人の質にある』など、今の時代にこそ生きてくるような言葉を、色々と残しています。</p><p>&nbsp;</p><p>実際に、武道を通じて人が育て合う仕組みが、少林寺拳法には自然に埋め込まれていました。社会に出て仕事をして、普通に役立ったものもあるので、機会があればまた紹介しようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>前回のブログに書きましたが、僕の今一番関心があるのが、人材に関わる分野です。</p><p>（「<a rel="bookmark" href="http://ameblo.jp/masashi0666/entry-12173543180.html">生き生きと働いている、人が好きだ</a>」）</p><p>&nbsp;</p><p>自分がそうしたところに少しずつ興味を持っていったのは、もちろん仕事を通じて得た経験がきっかけになっていますが、こういう武道の影響を受けたのも、あるかもなぁと思うこの頃です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>特にビジネスにおいて、人材に関わる分野は、この5年ほどで大きく変化してきています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>新しく生まれたネットワークにより、人と人が繋がりやすくなったこと。</p><p>&nbsp;</p><p>情報通信のインフラが整ったこと。仕事によっては、会社に出て働く必要が、必ずしも無くなったこと。</p><p>&nbsp;</p><p>社会構造が変化して、より人の質と仕事の生産性を考慮した、マネジメントの必要性が高まったこと。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>特にICTの分野では、新しい技術を使った人材ビジネスが、HR（Human Resource）テックとも言われ、注目が集まっています。先日、Microsoftが、ビジネスSNSのLinkedInを262億ドル（2.8兆円）で買収したのには、驚いた人も多かったのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>情報技術が進んだことによって、人の働き方は今、変化の局面を迎えています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>とは言え、現実的にこの動きが進んでいるのは、ICT関連の企業を中心に、まだまだ限定的な部分が、かなりあります。</p><p>&nbsp;</p><p>古い業界では、従来型の雇用システムの中で、閉塞感を感じながら働いている人が、多くいるのも現実です。人材の流動化が進まず、情報も閉ざされていて、結果的に、不幸な労働のマッチングが多い。</p><p>&nbsp;</p><p>これは求職者側だけでなく、求人側にとっても言えます。雇用してみたものの「違った」「辞められた」ということは、求人側にとっても痛手。双方がもっと積極的に情報をシェアして、結果どちらも幸せになるような仕組みが、必要だなと考えています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>HRでの新しい技術やサービスは、人が幸せになる働き方を、実現するためのツールです。</p><p>&nbsp;</p><p>今は過渡期なので、問題が起こることも色々とありますが、間違いなくそこを目指した動きに、なっていると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>あとは皆が情報をシェアできる環境を、もっと整えていくこと。やれることは色々あります。</p><p>&nbsp;</p><p>新しいツールを使って、少しでも皆が幸せに働く役に立てないか。キレイごとみたいですけど、僕は普通に、今そう考えています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>働く1人1人が、社会を変えられる時代になっているのですから。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>-----------------------------------</p><p>Twitter</p><p>@masashis06</p><p><a target="_blank" href="https://twitter.com/masashis06">https://twitter.com/masashis06</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div id="UMS_TOOLTIP" style="position: absolute; cursor: pointer; z-index: 2147483647; background-color: transparent; top: -100000px; left: -100000px; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/masashi0666/entry-12174173168.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Jul 2016 08:54:16 +0900</pubDate>
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