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<title>センセイのblog</title>
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<description>細く短く…。</description>
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<title>人肉食103</title>
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<![CDATA[ レイプはたいていの場合、男性が女性に対して行うものである。<br>それは男性の方が力があり、より暴力的であることが前提となっている。<br>性的にすぐれているからでは決してないだろう。<br>実際に力が相手よりも強い場合もあるだろうが、<br>多くの場合は、この前提によりかかることでレイプが成立する。<br><br>だが、暴力のみによって完全に服従させることが<br>目的でもないだろう。<br>加える暴力によって相手が「抵抗」することもまた重要な要素である。<br>抵抗するところにわずかな「人間性」を感じるのが<br>レイプ常習者の抱く感情であろう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/maskob4101/entry-10365809931.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Oct 2009 01:50:07 +0900</pubDate>
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<title>人肉食102</title>
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<![CDATA[ 自慰行為とレイプはちがう。<br>レイプには暴力を与えるべき相手が存在する。<br>自慰行為はどれだけ玩具を酷使しても、<br>玩具の破損という問題以外、トラブルは起こらない。<br>誰も玩具に対して暴力的にふるまっている、<br>とは考えないだろう。<br><br>他方、レイプは一方的な暴力行為であり、<br>そこに双方向的な快楽の往復はありえない。<br>また同様に、相手に与えるのと同じ強度の<br>暴力が自分に返ってくることはない。<br><br>玩具は乱暴に扱えば自慰行為は困難となるだろう。<br>だが、レイプの場合、乱暴に扱えば扱うほど、<br>レイプ実行者の快楽は高まるのである。<br>人間が玩具のように扱われている、という表現では<br>足りない問題がそこには存在している。<br>
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<pubDate>Thu, 15 Oct 2009 19:28:34 +0900</pubDate>
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<title>人肉食101</title>
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<![CDATA[ 性行為が性的快楽を得るための行為であることは<br>いうまでもないだろう。<br>もちろん、そこには「生殖」としての繁殖行為も含まれてはいる。<br>だが、人間の場合、かりに生殖目的であっても、<br>そこには性的快楽が伴うはずだ。<br><br>人工授精には性的快楽が伴わない。<br>それは、人工授精が「性行為」ではないからだ。<br>また、レイプによる妊娠は快楽どころか苦痛しか伴わない。<br>つまり、生殖目的でレイプが行われた場合は、<br>それは「性行為」ではない、ということになる。<br><br>だが、一方だけが快楽を得て、他方が快楽を得ない関係が<br>「性行為」と呼べないのであれば、<br>手や玩具を用いた自慰行為は「性行為」ではない、ということになる。<br>
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<link>https://ameblo.jp/maskob4101/entry-10365497670.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Oct 2009 12:30:30 +0900</pubDate>
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<title>人肉食100</title>
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<![CDATA[ レイプ常習者にとっての暴力とはなんであろうか。<br>通常の性行為において多少激しい行ないや言動は<br>あるかもしれないが、それは互いに許容範囲であり、<br>かつ、「思いを遂げたい」というメッセージのあらわれであると<br>理解することができる。<br><br>だが、レイプする人間にはメッセージを伝えるべき相手が存在しない。<br>彼らは性的対象となる人間を人間として認めてはいないからだ。<br>彼らにとって、対象は、暴れて拒否する性的玩具にすぎないのだ。<br><br>カニバリズムにおいて、食べる対象が焼かれ、<br>煮られて、炙られるその過程を楽しんでから<br>「食べる」という行為にいたるという場合は少ないだろう。<br><br>それは椀のなかの生きたシラウオを食べたり、<br>活き造りに舌鼓を打つこととはどこかちがっている。<br><br>つまり、性行為はカニバリズムのひとつかもしれないが、<br>カニバリズムは性行為ではないのである。<br><br>目的の一方的な達成でなく、プロセスそのものにも<br>さまざまな感情を注ぐことこそ、常識的な性行為がある<br>といえよう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/maskob4101/entry-10364422350.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Oct 2009 13:25:11 +0900</pubDate>
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<title>人肉食99</title>
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<![CDATA[ つまりは、レイプは最終目的である性的快楽よりも、<br>その目的にいたる暴力そのものにも意味があるのだろう。<br>その点では、フェティシズムにはない特徴をもっている。<br><br>暴力を伴わないと性的快楽を得られない、<br>というわけではなく、相手が抵抗するために<br>暴力は不可欠の行為であるし、その暴力が<br>自己目的化してしまったときにレイプは習慣化されるのであろう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/maskob4101/entry-10364416900.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Oct 2009 23:28:45 +0900</pubDate>
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<title>人肉食98</title>
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<![CDATA[ だが、仮にレイプ嗜好がフェティシズムの一類型であったとしても、<br>そこには特別な事情もからんでいるだろう。<br>それはフェティシズムにも共通してでてくるべき事情である。<br><br>たとえば、レイプ嗜好の人間は、レイプによってのみしか性的快楽を<br>得られないのであろうか。<br>それは、フェティシズムの人間がそうしたフェティッシュな対象のみしか<br>性的快楽の対象としないのだろうかという問いに重なる。<br><br>重要なことはフェティシズムでは、「相手」は「愛される部分」をもっている<br>ことを自身で知っている可能性もあるけれども、レイプは「相手」に対して「好意」をもっていることを<br>対象が知ることはないだろう、ということだ。<br><br>そもそも「好意」といったソフトな表現でレイプを論じることはできないのかもしれない。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/maskob4101/entry-10362580564.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Oct 2009 13:00:12 +0900</pubDate>
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<title>人肉食97</title>
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<![CDATA[ レイプ嗜好の人間は、乱暴にモノを食べるのだろうか。<br>食べ物は抵抗しないだろうし、人間に対して従順に<br>反応するであろうから、レイプ嗜好の人間にとっては<br>自分の暴力的傾向を発揮することができないだろう。<br><br>性的対象となる人間ではない人に対してはどうだろうか。<br>レイプの対象である人間を「思いのまま」にするように、<br>他の人間を操作したいのだろうか。<br><br>おそらくはそんなことはないだろう。<br>レイプ嗜好者は、レイプによる性的行為から性的快楽を得ることの<br>できる、フェティシズムのひとつの形態であるだろうからだ。<br>フェティシズムは、性的対象となるのが人間全体ではなく、その部分、<br>表面、断片、象徴、持ち物などであった。<br>その性的対象に、セックスを嫌がる人間とか暴力によって動けなくなっている人間<br>というものを加えれば、レイプはフェティシズムの一例になる。<br>
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<link>https://ameblo.jp/maskob4101/entry-10362576604.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Oct 2009 23:56:32 +0900</pubDate>
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<title>人肉食96</title>
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<![CDATA[ カニバリズムを性的関係との相同性で<br>理解しようとするのであれば、<br>性的関係のなかで成立する平等性や不平等性に<br>ついて考えてみなければならない。<br><br>性的関係は、カニバリズムほど極端で一方的な<br>「不平等関係」が成立することはあまりない。<br>おそらくレイプのときだけだろう。<br>レイプはカニバリズムとしてもノーマルなセックスとしても<br>例外中の例外、相手を「モノ」と「ヒト」とのあいだに設定した<br>確実に一方的かつ暴力的な関係である。<br><br>犯罪性の有無の問題であるよりも前に、<br>レイプを行なうものが、人間以外のモノに対して<br>どのように対処しているのか考えてみなければならない。<br>
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<link>https://ameblo.jp/maskob4101/entry-10362572104.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Oct 2009 10:10:30 +0900</pubDate>
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<title>人肉食95</title>
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<![CDATA[ 食われる側の問題を考えてみなければならない。<br>埋葬儀礼として遺体が食べられるのであれば、<br>それは「食われる側」の問題は伝統へと還元されることになる。<br><br>「栄養」の問題として食われるのであれば、<br>それは等価な関係にはないということになる。<br><br>つまり、いいたいことは、<br>「食われる側」が「食べられたい」とか「食べられるのが当然だ」と<br>思っていなければ、「食べる」側と「食べられる」側とのあいだの関係が<br>平等ではないということだ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/maskob4101/entry-10362568292.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Oct 2009 14:45:15 +0900</pubDate>
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<title>人肉食94</title>
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<![CDATA[ 人間の存在そのものを「性的存在」と<br>みなすのであれば、<br>カニバリズムやフェティシズムやナルシシズム、<br>それにスカトロジーといった性的嗜好は、<br>人間の存在のありかたの一例ということになる。<br><br>ただ、ここで重要なのは、<br>そうした「存在のありかた」は、<br>あくまでもそうした性的嗜好の持ち主の側の<br>問題であって、決して「対象」の側の問題では<br>ないということだ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/maskob4101/entry-10359419309.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Oct 2009 21:09:32 +0900</pubDate>
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