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<title>Walk! Walk! ちょこっと旅行</title>
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<description>メタボ解消、体力増進の為にWalking日記を始めます♪後、ちょこっと旅行に行った時の思い出日記♪</description>
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<title>春夏秋冬</title>
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<![CDATA[ <p>吉田拓郎<br>大友康平<br>浜田省吾<br>忌野清志郎<br>南こうせつ<br>泉谷しげる<br>伊勢正三<br>さだまさし<br>小田和正</p><p>が贈る、春夏秋冬です。見つけた時、ビビリました^^</p><br><p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=LRKgPGRk1GA" target="_blank">"メッセージソングの日"～島原・深江をすくえ～ 春夏秋冬</a></p>
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<pubDate>Mon, 31 Aug 2009 12:59:26 +0900</pubDate>
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<title>またまた観葉植物</title>
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<![CDATA[ <p>今日は、テーブルヤシを買ってきました^^</p><p>これで、玄関に「ガジュマル」、「パキラ」、「テーブルヤシ」の3つになりました^^</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090826/00/master-sword/54/6b/j/o0800048010240594025.jpg"><img border="0" alt="Walk! Walk! ちょこっと旅行" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090826/00/master-sword/54/6b/j/t02200132_0800048010240594025.jpg" width="220" height="132"></a><br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090826/00/master-sword/75/d7/j/o0800048010240594027.jpg"><img border="0" alt="Walk! Walk! ちょこっと旅行" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090826/00/master-sword/75/d7/j/t02200132_0800048010240594027.jpg" width="220" height="132"></a></p><br><p><br></p>
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<pubDate>Tue, 25 Aug 2009 23:59:40 +0900</pubDate>
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<title>第六番札所　安楽寺</title>
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<![CDATA[ <p>御詠歌　仮の世に知行争うむやくなり安楽国の守護をのぞめよ</p><p>本尊　　薬師如来</p><p>真言　　おん　ころころ　せんだり　まとうぎ　そわか</p><p>宗派　　高野山真言宗</p><p>開基　　弘法大師</p><br><p><strong><font color="#0000ff">お寺の歴史・全体像</font></strong></p><font color="#000000"><p>温泉山という山号からも解るように、かつての境内はここから2kmほど離れた安楽寺谷と言う場所にありました。当時この周辺には鉄サビ色の温泉が湧き万病に効くとされ、遠くから湯治に訪れる人も多かったといいます。</p><p>四国行脚中にこの地を訪れた弘法大師も、この土地から病疫から人々を救う薬師如来と深い因縁で結ばれていると直感。坐像を刻み堂宇を建立して、八十八ヶ所第六番霊場と定めました。これがこの寺の発祥となっています。寺はその後温泉のある寺として親しまれていたが、天正年間(1573～1592)に長宗我部軍の兵火にかかり焼かれ、万治年間(1658～1661)に現在の地に移されたそうです。現在の境内の堂宇はどれも比較的新しく、中でも山門とトイレは平成10年に完成したばかりです。</p><br><p><strong><font color="#0000ff">お寺について</font></strong></p><p><strong><font color="#ff0000">本堂</font></strong>本尊を祀った本堂は昭和38年に再建された鉄筋コンクリート建て。八十八ヶ所霊場の中で薬師如来を本尊とする寺は多いが、一番札所から順に巡ってくると一番最初に出会うのがこの寺です。本尊はとても大きいが、実は弘法大師作のものでない。昭和37年不治の病として医者にも見放されていた愛知県に住む水谷しずさんという婦人が、夫の繁治さんとともに藁にもすがる思いで、病気平癒の願いを込めて霊場巡りに出掛けました。その旅の途中に夫人の病気はみるみる快癒していくといった霊験を得て感激し、奉納した仏像だといいます。元来の本尊は体内仏として納められています。</p><p><font color="#ff0000"><strong>その他</strong></font></p><p>宿坊は、江戸時代は宿に困った遍路や旅人を泊めて保護するように藩主から指定された寺｢駅路寺｣でありました。現在でも人気がある宿坊として知られ、いつしか天然温泉は枯渇してしまったものの、大師開山の趣旨をくみとり、浴槽の中にラジウム鉱泉や薬草を入れた長寿湯として、疲れが取れると遍路に喜ばれている(入浴は宿泊者のみ)。現在、寺にはこの蜂須賀藩によって出された｢駅路寺文書｣が寺宝として大切に保存されています。この文章により、安土･桃山、江戸時代の阿波藩の遍路への保護政策を知ることができます。</p><p><font color="#ff0000"><strong>願い棒修行</strong></font></p><p>京都の東寺でもされている事で、願い方は大師像前にある棒を年齢分振り、願い事･年齢･氏名を言い、般若心経を唱え、右回りに大師の周りを回ります。正面に来ると棒一本を宝前に置いて残りは戻し、南無大師遍照金剛を7回唱えます。そうすると願いが叶うと言われています。</p><p><font color="#ff0000"><strong>トイレ</strong></font></p><p>寺のトイレは比較的古いところが多いが、ここのトイレは平成10年に新築されたばかり、日本のトイレ協会のモデルトイレにも指定されています。中は男女別区別ではなく、和式、洋式の区別です。広くスロープもついているので、車椅子も入ることができます。</p></font>
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<pubDate>Mon, 17 Aug 2009 22:13:48 +0900</pubDate>
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<title>第五番札所　地蔵寺</title>
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<![CDATA[ <p>御詠歌　六道の能化の地蔵大菩薩導きたまえこの世後の世</p><p>本尊　　勝軍地蔵菩薩</p><p>真言　　おん　かかかび　さんまえい　そわか</p><p>宗派　　真言宗御室派</p><p>開基　　弘法大師</p><br><p><strong><font color="#0000ff">お寺の歴史・全体像</font></strong></p><font color="#000000"><p>弘仁12年(821)、嵯峨天皇の勅願によって弘法大師が開創。大師が刻んだ本尊の勝軍地蔵菩薩は、高さ一寸八分(約5cm余り)で、甲冑(かっちゅう)を身につけ馬にまたがるという勇ましい姿です。その後、浄函上人(じょうかんしょうにん)が延命地蔵を彫り、その胎内に大師の菩薩を納めたと言います。仁王門をくぐると、1200坪の広大な敷地にそびえる樹齢800年を超える大銀杏(たらちね銀杏)に目を覆われます。この寺はおよそ1200年の昔より法灯連綿(ほうとうれんめい)として受け継がれてきた真言宗の古刹であり、その歴史を物語るように境内には、本堂、大師堂、不動堂、えびす堂、淡島堂が立っています。また本堂脇の参道を通り石段を登ったところに奥の院となる羅漢堂がり、約200体の木像羅漢が安置されています。</p><br><p><strong><font color="#0000ff">お寺について</font></strong></p><p><font color="#ff0000"><strong>奥の院五百羅漢堂</strong></font></p><p>安永4年(1775)、実聞･実名(じつぶん･じつみょう)という兄弟僧によって創建。大正4年の失火で大部分を焼失。現在残っているものは大正から昭和にかけて作られた約200体の羅漢で、弥勒堂、釈迦堂、大師堂の数々の仏像と共に納められています。羅漢とは釈迦の弟子で人間として最高の境地に達した者をいいます。しかし仏ではないので、仏像の顔の表情は様々で人間的です</p><p><font color="#ff0000"><strong>水琴窟</strong></font></p><p>水滴と瀬戸物の筒を利用した水琴窟。ここの境内には2ヶ所あり、耳を近づけるとピーンと琴のような澄んだ音色が聞こえてきます。1ヶ所は本堂横の水子地蔵尊の所で、地蔵さんに水をかけると音色が聞こえてくる。この音色を聞くとすがすがしい気分にさせられます。</p><p><font color="#ff0000"><strong>大銀杏(たらちね銀杏)</strong></font></p><p>樹齢800年を超える母なる大木。幹が太く四方八方に枝を伸ばし、秋になると黄金の葉が境内を染めます。また奥の院と結ぶ本堂裏の参道も、毎年春には見事な梅の花を咲かせています。</p><br></font>
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<pubDate>Mon, 17 Aug 2009 22:07:11 +0900</pubDate>
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<title>観葉植物</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090812/20/master-sword/99/06/j/o0800048010231635219.jpg"><img height="132" alt="Walk! Walk! ちょこっと旅行" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090812/20/master-sword/99/06/j/t02200132_0800048010231635219.jpg" width="220" border="0"></a></p><br><p>ガジュマルです。</p><p>うちに来て、かれこれ2年近くになります。</p><p>元気いっぱいに、育ってます^^</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090812/20/master-sword/60/0b/j/o0800048010231635225.jpg"><img height="132" alt="Walk! Walk! ちょこっと旅行" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090812/20/master-sword/60/0b/j/t02200132_0800048010231635225.jpg" width="220" border="0"></a></p><br><p>昨日、うちにやって来たパキラです。</p><p>ちっちゃくて、可愛い奴です^^<br><br></p>
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<pubDate>Wed, 12 Aug 2009 20:45:39 +0900</pubDate>
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<title>第四番札所　大日寺</title>
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<![CDATA[ <p>御詠歌　眺むれば月白妙の夜半なれやただ黒谷に墨染の袖</p><p>本尊　　大日如来</p><p>真言　　おん　あびらうんけん　ばざら　だどばん</p><p>宗派　　東寺真言宗</p><p>開基　　弘法大師</p><br><p><strong><font color="#0000ff">お寺の歴史・全体像</font></strong></p><font color="#0000ff"><p><font color="#000000">開創年代ははっきりしないが、弘法大師が長く滞在して修法し、一尺八寸(約55cm)の大日如来を彫って本尊にしたといいます。この本尊の大日如来は八十八ヶ所中6ヶ所しかなく、真言宗では、｢宇宙の中心、万物の根元とされる人々にあまねく、慈悲をもたらす最高の仏｣とされています。大師は本尊にちなんで寺号を大日寺にし、第四番札所に定めたそうです。その後歴史のうねりの中で、寺は何度も廃寺になってはその度に再建されています。天和･貞享年間(1681～1688)に再建された後は、大日如来が当時の阿波藩主･蜂須賀家の守り本尊であったことから帰依され、元禄年間(1688～1704)には堂塔を修理するなど手厚く庇護するようになりました。</font></p><p class="fleft"><font color="#000000">その後は大きな被害もなく現在に至っているそうです。今では、周りを渓流、森の木々に覆い尽くされ、まさに霊地というのに相応しい幽玄な雰囲気です。まずここで一番目に飛び込んでくるのが、朱塗りの山門。バックの緑に映え一段と目を覆われます。この門は上部が鐘桜になっている鐘桜門だが、1階部分が角柱、2階部分が丸柱という変わった造りになっています。山門からは石を敷きつめた参道が通っていて、正面に本堂、右手に大師堂があります。</font></p><p class="fleft"><font color="#000000"><br></font></p><p class="fleft"><strong>お寺について</strong></p><p><strong><font color="#ff0000">本堂･大師堂</font></strong></p><p><font color="#000000">大きくはないが荘厳な感じのする本堂には、大師自らが彫った大日如来が祀られています。しかしこの大日如来は秘仏となっているが、一般には前仏が拝見できるようになっています。また大師堂の格子には、絵馬や何運もの千羽鶴、子供の写真などが奉納されています。</font></p><p><font color="#000000"><br></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>三十三千手観音</strong></font></p><p><font color="#000000">本堂と大師堂をL字型につないでいる回廊には、33体の観音像が安置されているが、これは西国三十三ヶ所の木造観音像です。江戸時代の明和年間(1764～1772)に大阪の信者が奉納したものということです。様々な形をしている観音象がじっとこちらを見据えています。</font></p><br><p><font color="#ff0000"><strong>手水所</strong></font></p><p><font color="#000000">本堂と大師堂をL字型につないでいる回廊には、33体の観音像が安置されているが、これは西国三十三ヶ所の木造観音像です。江戸時代の明和年間(1764～1772)に大阪の信者が奉納したものということです。様々な形をしている観音象がじっとこちらを見据えています。</font></p><p><br></p></font>
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<pubDate>Tue, 11 Aug 2009 15:57:36 +0900</pubDate>
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<title>第三番札所　金泉寺</title>
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<![CDATA[ <p>御詠歌　極楽の宝の池を思えただ黄金の泉澄みたたえたる</p><p>本尊　　釈迦如来</p><p>真言　　のうまく　さんまんだ　ぼだなん　ばく</p><p>宗派　　高野真言宗</p><p>開基　　行基</p><br><p><strong><font color="#0000ff">お寺の歴史・全体像</font></strong></p><font color="#0000ff"><p><font color="#000000">聖武天皇勅願により天平年間(729～749)に建立。当時は金光明寺と言われていたが、のちに弘法大師巡錫中に水不足で悩む地元の住民の声を聞き、大師が井戸を掘りました。すると霊水が湧き出たため、その素晴らしさに感動した大師は堂宇を建てて金泉寺と改称しました。その後亀山天皇が金泉寺を崇拝し、京都の蓮華王院にならった三十三間堂を設立、さらに千手堂を安置して、山号を亀光山と称したそうです。天皇は勅願の道場として経蔵を造り、日本各地から学僧を集めて講演を行い、寺は大いに栄えました。その頃の規模を知る資料として、東門、南門等が記された古図面が寺に伝わっています。また皇室との関係はそれ以降も深く、南北朝時代に南朝の長慶天皇が晩年をこの寺で過ごし崩御されたという伝説も残っています。</font></p><p class="fleft"><font color="#000000">平成8年に完成したばかりの朱塗りの仁王門をくぐると、左手に鐘桜、右手に八角形をした色鮮やかな朱塗りの観音堂が見えてきます。本堂左側にある護摩堂の格天井は美しい花鳥が掛かれていて見所の一つです。山を背景に正面に本堂、右手には歴史を感じさせる古い瓦の大師堂、その奥には黄金地蔵尊堂が建っています。</font></p><p class="fleft"><font color="#000000"><br></font></p><p class="fleft"><strong>お寺について</strong><strong><br></strong></p><p class="fleft"><strong><font color="#ff0000">本堂</font></strong></p><font color="#000000"><p>寺の正面に位置する本堂は、なだらかな瓦屋根の落ち着いた印象です。天平の兵火で大師堂以外の諸堂が焼失したので、現在の本堂はその後復興されてからのものです。本尊は三尺の釈迦如来で、脇仏の薬師如来の三尊ともに行基の作と伝えられています。</p><br><p><font color="#ff0000"><strong>黄金の井戸</strong></font></p><p>観音堂の右隣の小さな祠にあるのが、黄金の井戸と地蔵尊です。寺名の由来ともなった井戸は現在でもこんこんと湧き出ていて、この井戸をのぞき込み、影がはっきり映れば長寿、ぼやけていると短命という言い伝えがあります。参拝者は井戸の傍らに座っている地蔵さんは、北向き地蔵と呼ばれ、首から上の病気に霊験があるといいます。自分の悪い場所と同じ所をなでながら、願をかけるといいそうです。</p><br><p><font color="#ff0000"><strong>弁慶の力石</strong></font></p><p>源氏と平家が真正面から戦った寿永4年(1185)の冬、平家を打ち落とそうと屋島へ向っていった源義経一行が、戦勝祈願をすべくこの寺に立ち寄りました。その時に弁慶が持ち上げた石が｢弁慶の力石｣。大事な一戦を控えた義経が、弁慶の人並み外れた力量を自軍の兵の前に示し、士気を鼓舞したという、言い伝えの巨石で、普通の人ではとうてい手も回らない大岩。現在は境内の西隣の庭園の角に置かれています。</p></font></font>
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<pubDate>Tue, 11 Aug 2009 15:34:09 +0900</pubDate>
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<title>第二番札所　極楽寺</title>
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<![CDATA[ <p>御詠歌　極楽の弥陀の浄土へ行きたくば南無阿弥陀仏口ぐせにせよ</p><p>本尊　　阿弥陀如来</p><p>真言　　おん　あみりた　ていぜい　からうん</p><p>宗派　　高野真言宗</p><p>開基　　行基</p><br><p><strong><font color="#0000ff">お寺の歴史・全体像</font></strong></p><p>三方を山で囲まれた閑静な雰囲気の中に位置し、もともとこの地方は古くから開かれた土地で、寺の裏山からは旧石器時代の遺物が多数出土されています。一番札所と同様に行基が寺を開基し、弘法大師がこの地で21日間修業、その結願の日に現れた阿弥陀如来の姿を彫刻し本尊とし、八十八ヶ所の第二番札所に定めたようです。戦国時代に各地で兵火が起き、極楽寺も土佐の長宗我部氏の攻撃を受けて焼失。再建には時間がかかったが、信者の努力もあり、万治2年(1659)には現存する本堂も再建されました。</p><p class="fleft"></p><p>鮮やかで、一段と目を引く門をくぐると境内が広がる。願掛け地蔵や、石と樹木を上手く配置した庭園。本堂と大師堂は庭園先の小高い丘の上にあり、その下には観音堂、薬師堂、鐘桜、大師お手植えの｢長命杉｣、仏様の足型を型どった｢仏足石｣などがあります。数多くの宝物の中でも、宇宙における多くの｢仏｣、｢菩薩｣を配置した絵図｢両界マンダラ｣は、宇宙における真理を最高の調和で表現したものです。南北朝時代のものと推定され、県指定重要文化財に指定されています。<br></p><p><strong><font color="#0000ff">お寺について</font></strong></p><p><font color="#ff0000"><strong>本堂</strong></font></p><p>44段の階段を登った所にある本堂。堂内に安置されている本尊の阿弥陀如来は坐像で、国の重要文化財に指定されています。昔、この仏像から差す光が遠く海まで達し、それに魚が驚き逃げてしまったので不漁続きとなり漁師たちは困り果ててしまいました。そこで漁師たちは阿弥陀様にお願いして、本堂の前に小山を築いて光りを遮ったという伝説があり、ここから山号が由来されています。本尊は、慈愛に満ちた素晴らしい顔と評判だが、秘仏のために公開されていません。</p><br><p><font color="#ff0000"><strong>安産大師</strong></font></p><p>この寺の大師堂は安産大師とも呼ばれていて、子宝に恵まれない人には子宝を授けてくれ、妊娠した女性には安産させてくれるというご利益があるようです。それにはこんな逸話があります。明治の頃、大阪の女性が大師の夢のお告げによって四国遍路を始めたが、ここにくると急に産気づいてしまいました。しかし大師の再度のお告げによって、最後まで巡礼を続け帰宅し、無事男の子を出産。その後お礼詣りをしたことから、安産祈願の人が絶えないようです。</p>
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<pubDate>Fri, 07 Aug 2009 11:14:09 +0900</pubDate>
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<title>第一番札所　霊山寺</title>
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<![CDATA[ <p>御詠歌　霊山の釈迦のみ前にめぐりきてよろずの罪も消えうせにけり</p><p>本尊　　釈迦如来</p><p>真言　　のうまく　さんまんだ　ぼだなん　ばく</p><p>宗派　　高野真言宗</p><p>開基　　行基菩薩</p><br><p><strong><font color="#0000ff">お寺の歴史・全体像</font></strong></p><p>四国巡礼の第一歩を踏み出す天平年間(729～749)、聖武天皇の信頼も厚かった行基が、天皇の勅願により開基。その後弘仁6年(815)、弘法大師は人間のもつ八十八の煩悩をなくそうと、この地を21日間修法している時に、数多くの菩薩が一老師を囲んで熱心に法を開いている光景を目の当たりにしました。釈迦如来がインドの霊鷲山(りょうじゅざん)で説法されていた様子にあまりにも似ていたことから、インド(天竺)の霊山を日本に移すという意味からこの名が付き、仏教五穀の法則に従って、四国を右回りに巡る遍路道を創って1200年余りになります。現在では、発願の寺･一番さんなどに親しまれています。境内に入ると、左手に多宝塔、左手に鯉が泳いでいる泉水池、その斜め奥に大師堂があります。参道の正面、階段を登ったところには、一見して古刹といった堂々とした本堂が建ち、中には本尊の釈迦如来が安置されています。この釈迦如来は左手に玉をもっている坐象で、弘法大師の作といわれています。広い境内はいつも多くの参拝で賑わっていて、休憩ができるように所々にベンチが設置されています。</p><br><p>納経所は本堂横と大師堂裏にあり、どちらでも札所巡りに必要な遍路用具を全て揃えることができます。また、寺では3月21日から10日間、和歌山から｢接待講(せったいこう)｣の人達が大漁旗をたて船に乗ってやってきて、お遍路さんに果物やお菓子などを配り接待するという習わしが今でも続いています。お遍路さんを接待するという風習は、四国霊場独特のものと言われています。この期間、寺は一段と賑やかになります。その他、正月三箇日は正月護摩祈祷、2月節分は星祭り、厄除け祈祷、4月第一日曜は釈迦誕生会、青葉まつり、花祭り、6月15日は大師誕生会、青葉まつり、毎月1日は護摩祈祷、毎月21日は御影供が行われます。</p><br><p><font color="#0000ff"><strong>お寺について</strong></font></p><p><font color="#ff0000"><strong>多宝塔</strong></font></p><p>天正年間(1573～1592)長宗我部元親の攻撃で堂塔は炎上。再建されるが、明治24年(1891)に、本堂と多宝塔以外を残し再び焼失。大部分は近年の建築であるが、応永年間(1394～1428)に建立され、すでに600年近い歴史を持つ多宝塔は古格を持つ建物です。</p><br><p><font color="#ff0000"><strong>縁結び観音</strong></font></p><p>仁王門を入ってすぐの所にある縁結び観音は、男女の縁でなく、健康との縁、幸せとの縁、仕事との縁など、様々な縁との結び付きに御利益があるとされています。お賽銭を入れて願い事をするのもいいが、水でお清めしながら真摯に祈れば功徳が得られるといわれています。</p>
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<pubDate>Fri, 07 Aug 2009 01:23:03 +0900</pubDate>
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<title>予約しました</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#0000ff">第2回秋からはじめるお遍路の旅日帰り</font></p><p><font color="#000000"><br></font></p><p>を予約しました^^</p><p><br></p><p>★7・十楽寺（じゅうらくじ）<br>★8・熊谷寺（くまたにじ）</p><p>★9・法輪寺（ほうりんじ）<br>★10・切幡寺（きりはたじ）</p><p>★11・藤井寺（ふじいでら）<br></p><p>と、第1回からの続きになります。</p><p>開催は、まだ未定ですが他の日になったとしても、会社を休んで参加したいです。</p><br><p>出発日は、10月23日です^^</p>
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<pubDate>Fri, 07 Aug 2009 01:15:28 +0900</pubDate>
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