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<title>男女問題研究所</title>
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<description>気が向いたら、いろいろと気が付いたことをつづります。</description>
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<title>虐待サバイバーとして。</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>心の中に暗黒面を抱え、成長してきたわけですが、<br>女子の中にも、私と似たような経験をした人もいれば、<br>全くしたことがない人もいると思います。</p><p>経験がない人の中には、<br>「痴漢の話なんて、モテ自慢してんじゃねーの？」</p><p>という感想をお持ちの方も、いらっしゃるかもしれません。</p><p>でも、痴漢に付け狙われる、っていうのは、<br>そういうことじゃないのです。</p><p>痴漢っていうのは、結局のところ犯罪なので、<br>する側というのは、逆らわなさそうな、<br>一見おとなしそうな相手を狙うのが、通例なんです。<br>つまり、中肉中背で、女子高の制服を着ていたり、<br>大人しめの服を着ていたら、美醜関係なく、格好の獲物なのです。</p><p>タンクトップに短パン、なんていう扇情的な恰好は<br>狙われず、ブラウスにスカート、という<br>普通の服装のほうが、痴漢には、好まれます。</p><p>ヤンキーの気の強いおねえちゃんや、<br>背の高いデルモ系のパワー美女を痴漢しちゃって、<br>ネクタイ捕まれて、駅長室に引っ張り込まれたら、<br>社会生活危機じゃないですか。</p><p>なので、この一般的な姿で「隙があった」とか言われると、<br>「このガチガチの制服の何処が隙なのよ！」と<br>怒鳴り返したくなるわけです。</p><p>性犯罪は、卑怯者の犯罪です。<br>女性を支配したい男性が、バレないであろうことを<br>前提で、手を出して触っているのです。</p><p>ただ、電車の中で、触るだけなんだから、<br>減るわけじゃなし、只でおさわりし放題、<br>一度やったら、辞められね～よ、えっへへ。<br>ということですよ。</p><p>で、私のような気の強い女に当たると、足を踏まれたり<br>鞄でひっぱたかれたり、慰謝料100万だよ、<br>モテない男情けねーな、痴漢してんじゃねーよ、逝ね。<br>なんて、耳元で囁かれたり、応戦されるのです。</p><p>同級生のIさんは、ネクタイをひっつかんで、駅長室に<br>痴漢を突き出した強者です。拍手大喝采！！<br>痴漢で捕まった奴は、全員去勢してしまえ！って正直思います。</p><p>痴漢の冤罪の映画がありましたけど、<br>男性って、同性の痴漢に寛大じゃないですか。<br>本音を出せば、俺も触りて～。って、思っているかもしれませんし。</p><p>だから、男性が痴漢の犯罪性に目覚めて、<br>もっと同性に厳しくなって、痴漢逮捕に協力してくれたら<br>減るのになあ、と、考えたりします。</p><p>実際、電車痴漢の多さには辟易してました。<br>満員電車に乗らないですむ生活、男性不信にならないために、<br>女子にとってはそれに越したことはありません。</p><p>って、枕が長くなりましたね。</p><p><br>世の中は、半分が男性なわけで、暗黒を抱えた私としては、<br>とっても生きづらいわけですよ。</p><p>で、私がとった方法はまず、調査でした。<br>図書館に置いてある文献を調べ、本を読み、古本をあさり、<br>父が買ってくる大人の雑誌類をチェックし、小説を読み、<br>被害者のノンフィクションを読み、治療法を知り、<br>心理学を勉強し、専門書から医学書、<br>漫画、エロ小説まで、性について目に付くところ、片っ端から、<br>調べていきました。機会があれば、ビデオもみました。</p><p>中高で、細く長くずっと調べていますから、<br>超耳年増であり、専門用語もばっちり入っていました。<br>もともと、好奇心旺盛で凝り性ですから、<br>多分、自分で本3冊くらい、書けるんじゃないかな、<br>って思うくらい調べまくりました。</p><p>今考えれば、その分野、心理学あたりで<br>大学行けばよかったですね。<br>でもね、フロイドの学説とか読むと、<br>「こいつ、頭おかしいんじゃねーの」とか思っていましたからね。</p><p>必要だから必至こいて調べているだけで、<br>全然好きではなかったのです。早く終わりにしたいと<br>思ってました。</p><p>理解を深めて、論理武装。予備知識があれば、<br>経験はなくとも、たいていのことには驚かない・・・。<br>分からないものは恐怖だが、知っていれば、安心、</p><p>なわけ、ねーだろ。</p><p>で、高校の時は基本、男嫌いで過ごしました。<br>友達は多く、みんなで遊びに行くのはよくありましたが、<br>電車で一緒がせいぜい、タイマン張るのは完全無理でした。</p><p>電話のデートの誘いはお断りし、年賀状、遠回しな打診、<br>花束持って家までプレゼントに来てくれても、<br>笑ってごまかしました。<br>若い先生から、喫茶店でのお茶のお誘いをいただいても、<br>女友達かき集めて、多勢に無勢で対応しました。</p><p>中学校の時好きだった初恋の人には、彼女がいるので、<br>片思いで安心し、高校の時ひとめぼれしたバスケ部の君は、<br>女嫌いの誉れ高いクールガイでした。</p><p>恐ろしくて付き合えないので、片思いが一番<br>安心できるじゃないですか。アクセルとブレーキを全開で<br>踏んでるアンビバレンツ状態、といえば、想像がつきますか？</p><p>ああ、今考えると馬鹿みたいですが、<br>そのときは、それくらいが関の山だったんですよ。</p><p>そして、実技のスタートは、レース屋（レズですね）さんに<br>走りました。ファーストキスは、女子ですし。<br>もともとさっぱりしたボーイッシュな性格ですから、<br>好かれたんですよ、意外と。</p><p>自分の体を隅々まで自分でチェックしましたから、<br>女性の体も、扱えました。一緒に寝るのも、平気でした。<br>二人で夕方の公園に行ってこれ見よがしにいちゃいちゃ<br>するとか、薄暗いバーでべたべたするとかも<br>やりました、私、やな女ですからね。</p><p>女性って、男性の10倍以上、肌感覚が敏感なんです。<br>だから、エロビデオのように、ラフに扱うと、<br>単に痛いだけです。義務と演技に女性を<br>陥らせてしまうのは、自分に自信がある<br>カンチガイ男性だったりします。</p><p>実際、女性を満足させるというのは、男性にとっては、<br>とても、苦行のはずですよ。普通に触れないのですから。</p><p>ちなみに、肌感覚の特質を知っている女性扱いが<br>上手な人は、キスだけで、女性を<br>とろけさせることができます。私も一度だけですが、<br>雪の中で、腰が抜けて、立っていられなく<br>なったことがあります。ヤバかったです。</p><p>うわ、また脱線しましたね。</p><p>時々、男友達の中には、私の張り巡らしているバリアに<br>気が付く勘がよい人がいます。高校の時にひとり、<br>大学の時に、ひとり、それに気が付いた人がいて、<br>軽く言われたことがありますが、なぜ気が付いたのか、<br>不思議でした。身近に私のような体験をした人がいたのかな。。</p><p>大学はいって少しして、男の人を受け入れることにしました。<br>無理強いを絶対することのない人、というのが、<br>必須の条件で、とりあえず、自分が相手を触れるように<br>なるのが、当面の努力目標でした。</p><p>硬直するんですよ。心の準備なく、何気なくでも、<br>男の人が触れると（笑<br>とにかく一人だけも、武装解除できる人がいれば、<br>だんだん普通になっていくことができるかもしれない<br>と、考えたんです。</p><p>男の美容師さんも苦手でしたし、男の子を産むときも、<br>大きくなって男っぽくなった時に、触れなかったら<br>どうしよう、って悩んだくらいでしたから（笑<br>杞憂でしたけどね。</p><p>なお、19歳の時から、結婚するまで、彼氏がいなかった時期が<br>ほとんどありません。ひどいときには、3人平行線になっちゃった<br>こともありました。申し込まれたときに、断るのがストレスで、<br>返事を先延ばしして、うやむやにしていたら、皆さん行動が早く、<br>ブッキングしてしまい、本当に申し訳ないことになり、<br>結局全部切ってしまいました。</p><p>私にとっては、恋愛関係は、苦行であり、優先順位は、<br>いつも仕事や趣味、友情の下でした。束縛しませんが、<br>束縛されるのも、苦手ですぐ、逃げ出したくなりました。</p><p>幼少期から、誰かから守られる、っていうことを信じてませんでした。<br>親は子どもを守れないし、異性からは、利用される存在。</p><p>やさしい人も、暖かい人もいますが、基本的には孤独が友達で、<br>自分で自分を守るのが、本筋。自分は自分を絶対に見捨てない、<br>っていうのが平常。。</p><p>ひゃ～。淋しい奴です（笑</p><p>まあ、簡単に言うと、甘えないのです。どこか、高速道路で<br>取り残されたときに、歩いて迎えに来た彼氏から、</p><p>「どうして、泣いてないの？かわいくない奴だね」<br>って、言われたことがあります。</p><p>自分を保つだけで、一杯なのに、そんな泣いたりしたら、<br>ますますパニックになって、ひどいことになったら、<br>どうすればいいんですかね。って思っちゃう。</p><p>実際、歴代の彼氏には、こんな、子どもの頃や虐待のことなど、<br>話したことないです。</p><p>っていうか自分では知ってはいましたが、封印していました。<br>誰も聞きたくないですよね、こんなこと。</p><p>なお、2回目の結婚をして、子どもを育てて、会社を辞める前に、<br>このままでは自分がバラバラになってしまいそうだから、<br>この心の奥の黒い石、トラウマを何とかしないと、<br>病気になりそうだ、って思ったのです。</p><p>軽くコーチングを習い、人前で開示し、トラウマブレークをして、<br>はじめて、誰かに話すことができるようになりました。</p><p>父が亡くなった後、お葬式の時に、<br>母にも、叔父の所業を話しましたが、信じては<br>貰えませんでしたが、ええ～っていう顔をしていましたので、<br>伝わっても伝わらなくても、私は満足しました。</p><p>幼少期の、性的虐待、実際にとても問題あります。</p><p>大人になっても、ずっと引きずりますし、<br>ちゃんとした、人間関係を築くのが困難になります。</p><p>私のことを、強い、って思っている人が、<br>多いようなんですけど、<br>私は私自身のことを、強いと、感じたことがありません。</p><p>現夫は私のことを<br>「愛情深い性格」と言っていましたが、<br>私は私のことを、冷たい性格だと思ってます。</p><p>ただ、単にいろいろと、必死なだけなんです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ってことで、つたない告白で申し訳ありませんでしたが、<br>今回は、書き捨てと、させていただきます。</p><p><br>生きていくための宿題が、ひとつ終わったような<br>気がします。</p><p>最後まで、お読みいただいた方、ありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>。。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-12038778729.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2015 07:43:30 +0900</pubDate>
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<title>性的虐待の被害者目線、Oくんどうもありがとう</title>
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<![CDATA[ <p>さて、一番重い、第3弾。</p><p>どんな風に書けば、軽く洒脱に捨てられるのか。</p><p><br>うーん、考えても結論は出ないので、<br>とりあえず、吐き出してみます。</p><p>ではまず、懺悔から。</p><p>ごめん、高校時代、毎日、電車で、通学していた時に、<br>毎日ボディガードしてくれたOくん。<br>知っていて、その好意を利用しました。</p><p>通学時間、片道1時間半。とくに痴漢が多かった山手線、<br>痴漢が嫌すぎて、どんどん、通学時間を<br>早めていた時、<br>貴男が途中駅で私を待っていてくれたおかげで、<br>それからは、痴漢に遭わずに、<br>通学することができました。</p><p>石神井公園の野球場のフェンスに持たれて、<br>絵にかいたような告白は、嬉しかったです。<br>でも、同時に困惑し、とても複雑でした。</p><p>そのあと、小一時間もかけて、茶店で<br>「あなたには落度はないけれど、私の問題で<br>好意を受け取ることはできないし、付き合うこともできない」<br>と、いう説明をするのに、言葉を尽くした後も、<br>どっと疲れ、良心の呵責に、自分を責めていました。</p><p>岩清水弘志じゃないけど、貴男の気持ちには、<br>一片の嘘もありませんでした。</p><p>そして、今でも独身のまま、結婚していないことを知り、<br>もしかして、私に出会ったことで、その運命を<br>変えてしまったのではなかったかと、<br>一抹の不安を感じたりしています。</p><p>そう。<br>欠陥人間は、私のほうです。</p><p>小学校1年生の時に、同居の母方の叔父、そのころ大学生に、<br>捕まり、露出し膨張した性器を見せられたり、<br>触れと強要されたり、<br>「絶対に誰も言うんじゃないぞ」と、<br>脅されたりして、後ろ暗い秘密の一部を、<br>知っていた私には、</p><p>とても、男女交際に関わることができる、<br>平常心も自信も、なかったのです。</p><p>叔父は、私の体に触れたわけではありません。<br>6歳の時には、叔父の見せたがった行為が、<br>何を表すのか、よくわからなかったし、<br>単に、気持ち悪いものを見てしまって、<br>破廉恥な人間だ、最悪だと思っただけでした。</p><p>また、勘が働き、危険な人間には捕まらないように<br>しなくては、と思っていたので、短期間だけ<br>同居していた叔父を、それ以降避けていました。</p><p>その頃、他にも、近所の耳が聞こえない、<br>話せないティーンエイジャーの<br>お兄さんに抱きすくめられキスされそうになったりして、<br>男性に対するわけのわからない恐怖を増大させていました。</p><p>付けられると、首筋がちりちりする感覚を覚える<br>ようになったのも、7.8歳くらいの時だったと<br>記憶しています。この感覚のおかげで、学校の帰りに、<br>ストーキングされても、家まで導いたことはなく、<br>いつも途中で追っ手を巻いていました。</p><p>他の友達からは、そんなへんな話を聞いたことはありませんし、<br>友達と一緒の時でも、私だけ目を付けられたりしていました。<br>もちろん、母にも話せません。なんで自分だけ、<br>こんな嫌なことがあるんだろう、自分にはどこか、<br>欠陥があるんだろうかと、密かに案じていました。</p><p>そして、確か10歳。。女の子だけ、講堂に集められ、<br>映画を見せられます。その時に、女子にだけある、<br>生理など、決定的なことを知りました。</p><p>そして、女子はなぜ、体を大事にしなければいけないか、<br>なぜ、男女で体の構造が違うのか、など、<br>暗示されていた事実を寄せ集め、その内容から、<br>叔父の行為が何を表していたのかに、<br>想像力が、届きました。</p><p>その晩、気持ち悪くて、こらえきれず、吐きました。</p><p>もう、女であるという不自由さが、<br>呪わしくて厭わしくて、自分の性を憎悪しました。<br>たった10歳でしたが、絶望的に、孤独でした。</p><p>どんな風に気を取り直したのか、あんまり覚えて<br>いませんが、内面はとにかくとして、<br>表面的には、元気で明るい小学生でしたよ。</p><p>一部の真実を知ったからと言って、それだけに<br>気を取られているほど、暇ではありませんでしたし。</p><p>警戒は怠らず、危なそうな相手には近寄らず、<br>相手をひきつけそうな、女性らしい服装は、<br>断固、拒否し、元気でボーイッシュな中性的な<br>スタイルを確立しました。</p><p>ちょうど、父からは、長男のように扱われて<br>いましたし、釣り、ハイキング、スキー、写真、<br>ボーリングと、遊びも、男子のようなことばかり。<br>そのころの写真以降は皆、スラックススタイルです。</p><p>ただ、自分だけは、その反動の理由を承知してました。</p><p>父は安心でしたけれど、父の仲間には、<br>気持ち悪い視線で私を見る人もいましたが、<br>注意深くそれを避け、さりげなく父に、<br>避難するようにしていました。</p><p>実際、洒落になりません。そういう劣情ダダ漏れの<br>男の人の多いことときたら！</p><p>多分、叔父は、自分が私にしたことについて、<br>ほとんど何も考えていないように思うのです。</p><p>ただ、自分が大学生の暇な生活の中、<br>性的なエネルギーをもてあまし、<br>そのへんにいる、御しやすそうなちびを利用<br>してみただけ、</p><p>ただ、そのちびは、何もかも記憶していて、<br>大きなショックを受け、心に傷を負い、その意味を考え続け、<br>そして、大人になっていくのです。</p><p>その手の専門の書籍には書いてあり、<br>自分が経験して、実際にも感じることですが、<br>子どもの性的虐待というのは、<br>その時だけでなく、<br>大人になって、意味を知った時の2度、<br>人を打ちのめします。</p><p>見えない視線に関しては、親も、社会も、<br>個人の劣情から、子どもを守るすべを持ちません。<br>私も、自分の子どもに対して、どうやって守れば<br>良いのか、考えたのですが、</p><p>危ない人は、どのような人であるのか、簡単に説明し、<br>見つけたときには、すぐ逃げること、<br>何かあったら、すぐに私に言うこと、くらいしか、<br>対処の方法がないことに気が付きました。</p><p>性的異常者、または、時々性的逸脱する普通の人は、<br>家の中だけでなく、通常の住宅街であっても、<br>とても多いのです。</p><p>そして、日本男児には、性についての知識を学ぶ場はありません。</p><p>男同士の、猥談や、エロビデオなどは、あくまでも<br>男目線でのファンタジーが語られる場であり、<br>女性の立場からは、かけ離れた世界です。</p><p><br>というわけで、小中高と、私にとっては、男の人の好意は、<br>恐怖と嫌悪の対象でしかありませんでした。<br>そしてそれは、翻って、自分に欠陥があるのではないかと、<br>攻め続けることにもなりました。</p><p>高校生の時は、電車通学で、毎日のように痴漢に遭いました。<br>Gパンや、スラックスを履いていると、そういうことには<br>遭いにくいのですが、女子高生の制服というのは、<br>痴漢をひきつけるマーカーのようで、本当に嫌でした。</p><p>毎日のように、嫌な思いをする中で、ボディーガードを<br>してくれる友達、Oくんに頼るようになりました。</p><p>もちろん、私はわかっています。<br>男の人にも、ちゃんとしている人もいれば、<br>そうではない人もいます。</p><p>見知らぬ人の中にも、痴漢に気が付くとさりげなく<br>引き離してくれる人もいれば、自分も痴漢になる人もいます。</p><p>でも、総じて、願わくば、おいしい思いがしたい、と<br>思っている男の人は多いです。</p><p>そして、被害を受けているはずの側に、<br>「自分に隙があるんじゃないの」<br>等と被害者に積を負わせる人、男女ともに、多いです。</p><p>そんな風に、被害者である自分に非があると考えている日々は、<br>絶望的な毎日でした。</p><p>&nbsp;</p><p><br>ふ～、なんか、疲れました。<br><br>なかなか、圧迫感は去りません。。。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-12038775838.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jun 2015 06:29:37 +0900</pubDate>
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<title>恋愛向きの、調子のよいやさしい男と付き合うリスク</title>
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<![CDATA[ <p><br>高校の友達である彼女は、黒髪の長い、背の高い、<br>でも、楚々とした御嬢さんでした。</p><p>話を聞いてびっくりしたのは、<br>彼女は英国人のクォーターで<br>お兄さんが3人いて、全員国立のT大学卒業、<br>そして、お母さんは小さいころ他界していて、<br>今は、次のお母さんがいましたが、<br>その人とは不仲だったようでした。</p><p>お父さんは、財閥の仕事を嫌い、家を出ましたが。<br>団体の顧問をするくらい権威のあるお医者さんです。<br>彼女はその病院の上の住まいに暮らしていました。</p><p>私の通っていた学校は、都内の中程度の都立高でしたので、<br>そんなお嬢様がいるとは、思っていませんでした。</p><p>ちょっと学校長い間来ないなあ、って思っていると<br>「フランスのいとこの結婚式に行っていたの」<br>とか、<br>「3人のグループを組んだので、デビューするかもしれない」<br>など、雲をつかむような話を聞かされました。</p><p>うーん。すごいなあ。。<br>でも、学校にもうちょっと来ないと、<br>卒業できないんじゃないのかな。と私は現実的です。</p><p>お小遣いが無くなると、<br>「国債の配当おろしてくる」<br>などと、銀行に駆け込んでました。</p><p>本当に私のような、一般庶民の暮らしぶりとは、<br>全然違うみたいでした。<br>話はとっても面白いのですが、、、。<br>ただ、家族関係が薄いかんじがしていて、<br>それには不安を感じました。</p><p>高校生なのにときどき、腎臓病などで、倒れて、<br>入院したりしてました。本当に、何食べてるのかな、<br>大丈夫かなっていつも、心配でした。<br>それでも、なんとか、高校は卒業できて、<br>友達一同、ほっと胸をなでおろしました。</p><p>社会人になっても、ときどき会ってました。</p><p>私が、会社の人間関係などに悩んでいるときには、彼女は、<br>「そんなの、切っちゃえばいいじゃない！」<br>と、楚々とした外見に似合わず言うので、<br>びっくりしました。</p><p>うーん、上流階級？の中では、簡単に「切る」って、<br>言えちゃうのかな、って思いました。<br>職場の同僚や、後輩、上司などは、そんなに簡単に<br>「切る」ことができる間柄ではないような気がするからです。</p><p><br>高校を卒業して、短大に進み、私には彼氏ができました。<br>前の彼女に、「やさしすぎるから」と、1週間でフられた<br>というイワクつき（笑）の人でしたが、<br>私にとっては、そういう人でないと、無理だったからです。</p><p>男性恐怖症を抱えていたので、触れないし硬直するし、<br>信じられないしで、付き合うことに、困難を抱えていたからです。</p><p>その人は、高校中退で、すでに働いている職人でした。<br>フットワークが軽く、すぐ身体が動き、明るい穏やかな性格です。<br>「STOP」の効く、自制心がある（っていうか、強引じゃない）<br>人で、なんていうか、サービス精神にあふれた人でした。</p><p>私は、べたべたが苦手なんですが、彼は私がどこに<br>行くときも、時間が許す限り、付いてきました。<br>女子12人でドライブ旅行に行くときでさえ、<br>「女の子ばっかりじゃ不安だから」と言って、<br>ついてきました。</p><p>ただ、車4台のうち2台が、途中ではぐれたときは、<br>一人で蒼白になってましたが、女子はみんな<br>「大丈夫だよ、宿で待っていればさ」みたいに<br>構えていまして、当然、現地集合できました。</p><p>というわけで、私の仲良しの女友達はみな、<br>彼を友達として、知ってました。</p><p>私が、彼と別れた理由は、22歳の時に、<br>プロポーズされたからです。<br>特に、嫌いというわけではありませんでしたが、<br>結婚という結論は、まだ、とても遠いことでしたし、</p><p>仕事も趣味も楽しくなり始めたときでしたので、<br>結婚までしょい込む気は、ありませんでした。</p><p>というわけで、一旦別れたのですが、<br>彼はその後も、誕生日に赤い薔薇の大きな花束を<br>贈ってきたり、道端で偶然合ったときも<br>イキナリ抱きしめたりと、ずっと復縁を願っていました。</p><p>1年ほど、たった時に、私も根負けして、<br>「いいよ、また付き合おうか？」<br>と、言いました。</p><p>そして、その、最初に食事したときに、<br>告白されたのです。</p><p>前述のお嬢様である彼女と、現在付き合っていることを。</p><p>あ、そうなんだ、OK。<br>じゃ、私との復縁は、無しね。<br>そっちにいってあげて、私大丈夫だから。</p><p>と、言ったら、彼は泣き出しました。</p><p>そういわれると思ったんだ・・。<br>って。</p><p>言うでしょ、ふつう。</p><p>でも、あんなに復縁を願っていた風だったのに、<br>へんな奴だなあ。他の道を歩き出しているのならば、<br>ちゃんと、それを発表すればいいじゃん。</p><p>それこそ、隠すなよ。<br>と、私は思いました。</p><p>ちょっと頭に浮かんだのは、<br>外見綺麗な桃の実なのに、開けてみたら、<br>種は腐ってた、みたいな後味の悪さだったのです。</p><p>高校中退の職人の彼と、究極のお嬢様である彼女。<br>釣り合いとれるわけないんですから、<br>ちゃんと付き合えて、結婚まで行ければ<br>（親族からは縁を切られるかもしれないけど）<br>万々歳じゃないですか。</p><p>彼女も、ある意味濃い人の縁を得て、幸せになれると思いますし、<br>彼はお嬢様と付き合えて、嬉しいでしょうし<br>多分彼女のコンプレックスを、彼は刺激しない筈ですから、<br>お互い楽になれると思いますし・・。</p><p>付き合い上等！！<br>おめでとう！<br>頑張れ！</p><p><br>で、それでその話は終わりだったら別になんの問題も<br>無かったのです。祝福してお開き、だったのです。</p><p>私と別れる時に、</p><p>「俺は絶対に、スタイルも顔も君よりいい娘と<br>　つきあってやる！」</p><p>っていう捨て台詞通りに、お嬢様と付き合うことが<br>できたのですから。</p><p>良かったね、だったのに。</p><p><br>ここまで書いたら、疲れました。<br>続きはなしです（笑。。</p><p><br>私は、彼のパターンを知っているので、<br>大体、どんなふうにアプローチして<br>いったのか、シナリオ書けるような気がしますもん・・</p><p>&nbsp;</p><p><br>なんだか、最近、とってもむかむかもやもやするので、<br>書いてみたんですけど、気持ちは晴れませんね。</p><p>結局、考えていたんですけれど、<br>彼の女性に関する人脈って、<br>私の友達オンリーなんです。</p><p>なので、彼に関して起こったことはみな、<br>彼が私と出会い、付き合ったことが原因になって<br>起こっているわけです。</p><p>もちろん、私と別れてから彼が引き起こしたことは、<br>直接私には関係ありません。<br>実際は、彼と彼の友達関係のはなしであり、<br>私には何も関係ないのかもしれません<br>理性ではわかっているんですけど、</p><p>ケド、</p><p>すごく責任を感じてしまいます。<br>だって、絶対にうまく女性と付き合うコツを<br>私が教えてしまったようなものです。<br>やっぱり、私のせい。。。</p><p><br>ということで、<br>私は調子のよいやさしい男は、苦手です。</p><p>口が悪かったり、正直すぎたり、<br>不器用だったりするほうが、人として、<br>信じられるのです。</p><p>男女は、身体の仕組みは違うので、<br>それに伴う感情の蜂起の仕方は違いますが、<br>本質的には変わりありません。<br>自分を大事にするということの本質は、<br>他人を大事にすることと同じだと思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-12038772735.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Jun 2015 15:23:52 +0900</pubDate>
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<title>チャットワークでの、メール相談の巻</title>
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<![CDATA[ <p>最近続いている女友達とのチャットワークでの<br>メール恋愛相談。</p><p>見女麗しいオージー男子と付き合っている<br>ビジネスで成功している英語のできる大和撫子。</p><p>彼は、<br>週末のお休みは、パーティにいって、飲んだくれて<br>騒ぐのが一番楽しいよね～</p><p>とのたまうそうです。<br>急に興ざめしてしまうA美さん。</p><p>そんな、バカ騒ぎして、ぼんやりした頭で<br>週末過ごすなんて、時間もったいないやんか！！<br>そんな低レベルの男、ありえないっ！！</p><p>だそうで。</p><p>男性は、大学院出のエンジニアで、<br>フットサルなどのスポーツが好き。<br>日本が好きで、東京に働きに来てる？<br>ただ、山出しのオージー。<br>女性になれていなくて、私服のセンスが悪く、<br>デートでもがっかりするんだそうです。</p><p>うーん、じゃあね。</p><p>まず、おしゃれなショップに買い物に行って、<br>私服を見立てて、一緒に買う！<br>自分がいいと思う、センスのいい服を着せる！</p><p>週末は、自分が行きたいところに付き合わせる。<br>たとえば、空手の体験会、とか、近代美術館、<br>歌舞伎の舞台鑑賞とか、写真の撮影会とか、<br>急流に行って、カヌーでラフティング、<br>なんていうのも、イイネ。</p><p>とにかく、行きたいアクティビティに<br>連れてって、教育的指導入れたほうがいいよ。</p><p>無知だったら、何で楽しむかなんて、<br>イメージ貧困なままだよ。</p><p>男の人で、勉強ばっかりしてきて、あまり遊んでない人は、<br>遊び方知らないから、一緒に楽しめるものが、<br>見つかるまで、楽しく、引っ張りまわしちゃえ!</p><p>、、、、っというアドバイスをしました。</p><p>早速、一緒に洋服を買いに行って、<br>「すごく良かったです～！カッコ良くなりました！」</p><p>というメールが。。。<br>ハイハイ。</p><p>周りの女性友達に相談すると、<br>「え～、そんなのありえな～い」<br>と言う反応ばかりで、</p><p>私の言う、鳥瞰的教育視点は、新鮮だったそうです。</p><p>ホンマかいな？！</p><p>男女の付き合いなんて、理解を深め合うのが、<br>一番楽しいと思うんですけどね。<br>無知は、チャンス！</p><p>オージーの彼は、素直で好奇心旺盛なので、<br>イイ男に育ちそうなのだそうです。</p><p>頑張れっ</p>
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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-12037098267.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Jun 2015 01:02:39 +0900</pubDate>
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<title>心の傷にも、意味がある。　　　　男嫌いの理由を考えてみる</title>
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<![CDATA[ ゆかりSです。<br><br>台風きてますけれど、セミしぐれは健在です。<br><br>たった、1週間しか求愛の時期がないのですから、<br><br>台風くらいで臆してはいられず、そりゃ、必死になるわ～<br><br>セミに生まれた人は、たいへんね、<br><br>などと、思ったりしています。<br><br><br>私は、ちびのころ、性的に追い掛け回された経験があるので、男嫌いになりました。<br><br>でも、人によっては、父親や兄弟が暴力的だったから嫌いになったとか、<br><br>ひどい目にあったことがあるので、嫌いになったとか、理由はいろいろだと思います。<br><br><br>でも、生まれつき、「男嫌い」っていう人は、あまりいないと思うのですよ。<br><br>だから、自分がなぜ、「男嫌いになったのか」<br><br>を考えてみて、原因が特定できると、乗り越えやすいのではないかと思います。<br><br><br>その原因を、作りそうにもない相手を探せばいいのですから。<br><br><br>たとえば、私の友達は、<br><br>粗野で暴力的な男性が嫌いで、20歳も年上の穏やかで円熟した<br><br>車椅子の男性を見つけて、一緒になりました。<br><br>私は、彼女の選択に納得したものです。<br><br><br>自分の人生を、幸福に過ごすのが、生きていく目的だとしたら、<br><br>心の傷にも意味があるのです。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-11907129036.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Aug 2014 10:21:50 +0900</pubDate>
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<title>男のコンプレックス</title>
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<![CDATA[ 暑いですね～、<br>特に、この台風の前後の、なまぬる～い風、が苦手。<br><br>さてさて、今日はコンプレックスの話。<br><br><br>女姉妹4人の上から2番目、Tちゃんには彼氏がいませんでした。<br><br>上のお姉さんも、下の2人の妹も、もうすでに結婚しています。<br><br>そして、4人姉妹の中で、Tちゃんだけが国立大の心理学科を卒業して、<br><br>学歴も一番高いのです。<br><br>だから、姉や妹たちよりも、絶対に素敵な人と結婚しなければなりません。<br><br>でも、すでに30歳を過ぎ、一度も男の人と、<br><br>おつきあいしたことが、ありません。<br><br>容姿は、可もなく。不可もなく。です。<br><br>そして、Tちゃんの希望のタイプは、コンプレックスのない人・・・。<br><br><br>どう思います？<br><br>Tちゃんはこれから、素敵な人と出会えるでしょうか？<br><br><br><br><br>私は10中8，9、無理だと思いました。<br><br>その考え方を変えない限りは。。。<br><br><br>実際男の人って、たいてい競争する生き物です。<br><br>で、何かで負けた経験があると、それはコンプレックスになります。<br><br>・学歴が低い<br>・背が伸びなかった<br>・顔がいまいち<br>・稼ぎが悪い<br>・コミュニケーションが下手でしゃべれない<br>・髪が薄い<br>・体力がなく持久力に自信がない<br><br>などなど、ほとんどあるとあらゆることが、<br>男のコンプレックスになる可能性を秘めています、<br><br>だから、無い人<br><br>っていう人は、ほぼいません。<br><br><br>この条件は緩めてあげたほうがいいように思いました。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-11906945960.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Aug 2014 22:11:49 +0900</pubDate>
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<title>男性が女性とうまく付き合えない理由</title>
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<![CDATA[ <p>先日、高校時代の男友達とランチをしました。<br>どうもその中で、ひっかかっったことがあるので、<br>ちょっと書いてみることにします。</p><p><br> 高校入学式の日、風疹で医者に出席を停められて、<br> 行けなかったので、はじめて高校に登校したのは、<br>クラスのオリエンテーションがあった日です。<br></p><p><br>お、で始まる名前なので、出席番号2番という<br>目に付く位置にいた奴に、その日ひとめぼれして、<br>3年間、ずっと片思いしていた理由は、私自身に<br> あるという自覚がありました。<br></p><p><br>&nbsp;普通、高校時代とかいうと、誰と誰とがくっついたとか、<br> 別れたとか、みんないろいろと、行動に移す時期だと<br>思うのですが、強度の男性恐怖症のために、<br> 私としては、片思いで十分幸せだったのです。<br></p><p><br>そして、奴にも浮いた噂はありませんでした。<br> 私からは、目の前のことにだけ真剣で、女子のことなど<br>目に入る余地がないように、見えていました。<br></p><p><br>どっちかと言えば、女嫌いなのかな～<br>などと、勝手に観察していたのですが、今回、彼が言うには。</p><p> 「急激に視力が落ちてさ、それどころじゃなかったんだよね」</p><p>だそう。</p><p><br>&nbsp;銀縁メガネと、コンタクトレンズを<br>試していたんだけど、コンタクトが合わなくて、<br> 見えなかったり、無くしたり、それに一人だけ<br>違う地区から行ったので、誰も友達居ないしさ、<br> 結構、孤独な高校時代だったんだよね。</p><p><br>・・・・・・。<br></p><p><br>&nbsp;今思えば、もっと、積極的に友達作ったり、<br> 前向きに過ごせばよかったな、って思うけどね。</p><p> 男なんてさ、あのころ、<br> 体が大人になってくる時期で<br>女をみれば、体が勝手に反応してコントロール効かなくて、<br>ブラウスの後ろ姿にブラが透けてるの見れば、勃っちゃうし<br>TVでキスシーンみれば、熱くなっちゃうし、</p><p><br>とにかく<br> やりたい、っていうのが一番に来ちゃうころだし、<br>そんな状態で、女子と友達付き合いするなんて、<br>ホント、苦痛以外の何物でもないしさ、</p><p><br>かといって、好きな子つくってその子と仲良く<br> なるなんて、器用なことできなかったし、<br>だったら、無視するしかないじゃん。</p><p><br>まあ、クラスメートとか、私とか、バスケット部の<br>他の子たちとは、女子とも普通に話していたけどね。</p><p><br>・・・・・・・・。</p><p><br>そんな、女からは、見当つかないような、<br> 下半身の問題を抱えていたとは・・・・。<br> 高校時代の男子もたいへんですよね。</p><p><br>&nbsp;男女の間の河は、深いな～</p><p>まあ、奴の場合は、男兄弟2人なので、<br> 身近な女と言えば、お母さんだけですし、<br> 女子に夢も希望もあるでしょうし、<br> 馴れてないっていうこともあるのでしょうけどね。</p><p><br>でも、思うんですけど、いくら男女の間の河は、<br> 深くとも、一緒に生活していく中で、<br> 違う生き物として理解したり、<br> 馴れていくのはできるだろうと思うんですけど、</p><p><br>さすがに、50歳とかまで、独身でいたときに、<br>これから結婚するかと言えば、<br>かなり、強力な縁でもなければ、<br> 無理なのかな～<br></p><p><br>って思ったりもします。</p><p><br>できれば、結婚とかは、男女ともに、ちょっと頑張って、<br>せめて30代までには1回でもしておくべき、<br>なんじゃないかなぁ～<br></p><p><br>まあ、私の友達にも、男女ともに、<br>たくさん独身者や、わけありはおりますし、それはそれで、<br> 人生はいろいろあると思いますけどね～<br></p><p><br>&nbsp;奴なんて、人としては、父親になれるような<br>素質がきちんとあっても、そういうチャンスに、<br> 踏み切れずに生きてきちゃってるよな～・・。<br></p><p><br>これから、どういう風に生を終える方向に<br>向かっていくのだろうか、<br>なんて、よけいなことを考えて、<br>ひっかかったり、していました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-11906223975.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Aug 2014 14:48:58 +0900</pubDate>
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<title>女の人生は、継承される？？　母について</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、本当に、暑いですね！<br><br>ここ数日、私の中のゴーストが攻める・・・</p><p>いろいろと、整理付けて、捨てるものは捨てて、前に行け、<br>と。</p><p>今のところ、後二つ。重たい文章になると思うので、<br>&nbsp;読むのは、お勧めしませんです。ハイ。<br>FBは、情報が流れていくので、ある意味書き捨て<br>&nbsp;するのに、とてもいいメディアです・・・。</p><p>母は、22歳で私を産みました。</p><p>大学の進学の夢、美術の先生になりたいという夢はかなわず、<br>&nbsp;地域の進学校であった高校を卒業して、集団就職で上京し、<br>そのころは、いちばんの就職先であった業界3位の、<br>&nbsp;鉄鋼会社に入社しました。</p><p>そこで、9歳上の父と遭い、その求めに従って、<br>&nbsp;社会へ出て3年で結婚。翌年に私を産んだのでした。</p><p>母が言うには、一人で集団就職で出てきて、<br>&nbsp;右も左もわからない田舎者が、初めての恋愛で結婚し、<br>&nbsp;新しい家族の中に入って、すぐに子供が生まれ、<br>&nbsp;周りにもなじめず、いじめられ、苦労して<br>子どもを育ててきた、と言うことですけども。</p><p>いちばん上の私が長女だったので、男を産まなかったと<br>周りから攻められたのがつらかったとか、<br>&nbsp;本当はもっと仕事をしていたかったのに、とか<br>思ったような家族じゃなかったので、すぐに離婚を<br>&nbsp;したかったのに、私が生まれてしまった、とか。</p><p>たくさんのルサンチマンを抱えた内面は、<br>&nbsp;外面がよかったあの時代の人の常で、私や妹、<br>&nbsp;弟などの子どもに向けられたのだ、と思います。</p><p>常に、<br>&nbsp;「子どもさえいなかったら」<br>という気持ちがくすぶっていた人だったのです。</p><p>大学に行きたかったとか、<br>ビジネスをもっとやりたかった、とか<br>&nbsp;もともと成績の良い優秀な人なので、</p><p>時代が変わってきて、子どもたちがだんだん<br>自由に自立的に育っていくことが、<br>&nbsp;羨ましいことだったでしょうし、<br>&nbsp;妬ましいことだったでしょう。</p><p>彼女のことを理解はできるし、とくに恨んでなどはいません。<br>どちらかと言えば、可哀そうだな、って思ってます。</p><p>物心ついてからは、一緒に過ごすことを避けていました。<br>&nbsp;本に没頭し、友達の家に遊びに行ったら、<br>なかなか家には帰らず、休みの日には父と遊んていました。<br>&nbsp;父は私を長男のようにいろいろな遊びに連れて行きました。</p><p>家庭としては、ネグレクトされたわけではなく、<br>&nbsp;食事は、3度出てくるし、寝る場所は、ちゃんとありました。<br>&nbsp;服も、母の趣味で豊富に、着せられていました。<br>&nbsp;基本的なことは、それなりに教えてもらっていたと、思ってます。</p><p>ただ、母のそばには、子どもの居場所という余地は、<br>ありませんでした。<br>なぜなら、今は右、と言ったら、一瞬先は、左、<br>という一貫性のない対応。</p><p>それに従わないと、ヒステリックになる人のそばは、<br>どうにも危険でしかたがなかったから。</p><p>たとえば、私は、小学校に上がるまで、ハサミを<br>使ったことがありませんでした。工作の時間、<br>&nbsp;周りの子どもたちが、器用にハサミを使用しているのを見て、<br>&nbsp;使い方がわからない自分がショックで、涙が抑えられませんでした。</p><p>小学校1年生の時に、周りから見れば、<br>&nbsp;私はものすごく泣き虫で、扱いにくいよわっちい子ども<br>&nbsp;だったと思います。</p><p>母が、ハサミを危険なものだとして、私から<br>取り上げたのでした。こんな危ないもの、怪我したらどうするの、<br>と、言っていました。<br>&nbsp;子どもが自分の指示から逸脱することを、とても嫌ったのです。</p><p>母は、自分に自信がなく、子どもを信頼することもできず、<br>&nbsp;支配したがり、子の成長には、自分を合わせることができませんでした。</p><p>小学校に上がる3か月前、<br>&nbsp;新宿区のお寺の幼稚園を中退し、練馬区に引っ越して<br>&nbsp;きていたので、3か月間、家に引きこもって、<br>&nbsp;母とおとなしい妹と赤ちゃんの弟だけと過ごしていて、<br>&nbsp;学校に上がり、その初めての社会に馴致するまで、<br>&nbsp;結構かかってしまったのです。</p><p>今思うと、もともと、3月生まれの味噌っかすだったし、<br>&nbsp;引きこもりのくせに、負けず嫌いの悔しがりだったので、<br>できないことがあると、悔しくて、すぐ泣いてました。</p><p>自分でも、思ってましたよ。ちびのころ。なんで、こんな体育のマラソンに、ちょっとついていけないだけで、<br>げんげん、馬鹿みたいに、泣くのかって・・・</p><p>ただし、真正のよわい泣き虫ではなく、<br>&nbsp;羊の皮をかぶった生意気な泣き虫だったのです・・・。</p><p>なので、泣いている人の気持ちは、読めるほうです。<br>&nbsp;泣いている中にも、不快、恐れ、痛み、悲しみ、憐憫<br>&nbsp;元になる感情はいろいろです。<br>&nbsp;子育てで、子どもが読めずに苦労したことは、ほぼ、<br>なかったような気がします・・・・・。<br>そして、母がGSP（ギャースカピーの略（笑　）だったので、<br>&nbsp;反面教師にし、私は感情表現がおだやかになりました。</p><p>母は、内弁慶で、家の中でGSPでも、外では出さず、<br>それも悩みの種でありました。外で母を知る人に、<br>&nbsp;実際の母のことを説明しても<br>誰も信じてはくれませぬ。</p><p>ちなみに、私が言うのもなんですが、母は、きれいな人でした。<br>&nbsp;島根美人の典型で、品のいい、おとなしげな風。<br>たとえが、年配の女優さんで申し訳ないけど、（今あまりいないタイプ）<br>&nbsp;楚々としていて、岸恵子さんと十朱幸代さんを足して、<br>&nbsp;大竹しのぶさんの、可愛らしさをぱぱっと振りかけたような感じ。</p><p>授業参観とか、行事とかあると、若いだけにとても<br>目だって、先生や校医さん、他の親御さんに、後で必ず、<br>&nbsp;何か言われてました。</p><p>おかげで、私は美人って、信用してません。<br>&nbsp;中身がどうだか、わかったもんじゃない（爆）<br>やっぱり、許容範囲が広く、気持ちが暖かくて優しい人が、一番ですよ。</p><p>育ちは、島根県の日御碕。網元の屋敷の10人兄弟の5番目、<br>ちょうど真ん中へんですが、お父さんの秘蔵っ子で<br>大事にされた田舎の御嬢さん、でした。</p><p>私が赤ちゃんだった時に、母のお父さんが亡くなり、<br>&nbsp;島根は屈葬で土葬だったので、膝を抱えたお爺さんの<br>御棺の花いっぱいな中に、頭だけが下に見えていて、<br>&nbsp;母がその頭を撫で、私は、ずっと泣いている顔を見上げ、<br>&nbsp;抱っこひもで抱かれていたのを、覚えてます。</p><p>なお、母の実家のあたりは、スピリチュアルな<br>&nbsp;パワースポットだらけで、不思議なことがたくさんある<br>場所です。小学生のころの夏休みは、毎年、<br>&nbsp;田舎に行ってたので、日御碕、御崎神社、出雲大社、<br>などなど、その空気の中で夏をすごしていました。</p><p>私が、東京生まれのくせに、妙に野生児なのは、<br>&nbsp;小学生の夏、自然の中にいたせいです。<br>&nbsp;海山、海水浴、移動する乗り物全般、旅、神社仏閣好きなのも<br>多分その経験が生きてるんだと思います。</p><p>母が子供嫌いなおかげで、夏休みには妹と二人で、<br>&nbsp;列車の旅をし、子どもだけで田舎の親戚の家で<br>過ごせて、本当に良かったと感謝です。</p><p>漁師の家なので、朝はイカそうめん、お刺身、松葉蟹、<br>&nbsp;荒汁、塩辛、アワビ、サザエ、なんでも食べ放題で、<br>&nbsp;魚介類の味の物差しも、きっちり作られました。</p><p>経験ってなんでも、生かせれば、大きな財産っすね。</p><p>自分が子供のころは、友達と比べて、<br>お母さんに何も相談したり、話したり甘えたり<br>&nbsp;できないことを、不足に思ったりしましたが、<br>15歳の時に、思い切ってからは、<br>&nbsp;特に考えるのを止めました。</p><p>不良になったり、グレたりするほど、自分を粗末に<br>&nbsp;する気はなかったので、リストカットはしましたが、<br>それはよりよく生きるための自分への勇気づけだったと、<br>&nbsp;今は、思っています。</p><p>自分が、子どもの頃、苦労したことは、<br>&nbsp;全部、開き直って、自分の子育てに生かせばいいんです。</p><p>子どもは二人とも、早生まれですが、早くから<br>言葉を教えられｗ、意志を尋ねられ、家事を仕込まれ、</p><p>保育園や幼稚園や学校だけでなく、<br>&nbsp;自己表現や、礼儀を肌につけ、身体を使い<br>仲間とコミュニケーションする習い事にだされ（笑</p><p>早生まれでも、４月生まれと間違われるくらい、<br>しっかりしてる小学校1年生をスタートしてます。<br>スタートが余裕だと、泣く必要はありませんからね。</p><p>自分がされたら嬉しかったように、支配せず、<br>&nbsp;子育てしてます。その分、シビアで生意気ですが、そのくらいで<br>&nbsp;ちょうどいいでしょう。</p><p>まあ、間抜けな母親を、反面教師にはしているでしょうけどね、<br>&nbsp;子どものみなさんは。</p><p>ちびのころ、自分がきつかったすべてを、<br>&nbsp;生かせればもう、私は、万々歳です。</p><p>もうそろそろ、子の母という立場は手抜きしていって、<br>&nbsp;自分の人生に舵を向けていきます。</p><p>ただ、父は他界しましたが、22歳違いの我が母は、<br>&nbsp;未だ顕在です。弟が、統合失調症になって、今も母と一緒に<br>薬を飲みながら、暮らしていますが、<br>これから母が衰えぼけたら、先はどうなるか、分かりません。</p><p>妹とは、母と同居するのは、マジで、自殺行為よね、と<br>話していますが、順番から言っても、夫の両親が<br>居ないことから言っても、多分、弟もともに私が引き受けざる<br>&nbsp;をえないのかな、とうすうす感ずいています。</p><p>やっぱり、お金の助けを受けるためにも、<br>&nbsp;自分のビジネスをもっと大きくしておかないといけないと、<br>&nbsp;心のどこかで想っています。</p><p>また、母を見送ったら、次は自分たちのことが<br>降りかかってきますし。</p><p>&nbsp;世に、心労の種はつきまじ（爆<br>まあ、死ぬまでこんな風なことなんでしょうかね。<br>&nbsp;女の人生なんて。<br><br><br>っていうか、母のようには生きてきたくないですね。<br>もっと、明るく楽しく前向きに、生きていきたいものです。。。<br><br><br><br><br><br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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-11906191432.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Aug 2014 13:21:53 +0900</pubDate>
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<title>イラッとする話題</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは！</p><br><p>日本人は、男性の性の逸脱に対しては、寛容な国家。</p><br><p>「集団レイプをする人はまだ元気があるからいい。</p><p>まだ正常に近いんじゃないか」</p><br><p>なんて、自民党の元政治家発言がでちゃうくらい。。。</p><br><br><p>レイプが正常なんて、</p><p>日々、セクハラと言われないように、</p><p>女性に気を使って疲れている男性が聞いたら、</p><p>怒りますよ！！</p><br><br><p>私を含めて、たいていの女性は、</p><p>こちらが、何とも思っていない男性から、</p><p>性的な扱いをされたり、</p><p>性的な言葉をかけられたり、することを嫌います。</p><br><p>端的に説明すると、</p><p>「性」というのは、「生」と密接につながっているので、</p><p>女性にとっては、生命の危機の匂いがするから嫌なのです。</p><br><p>こんな説明は、短絡的に思えるかもしれませんけど、</p><p>男女の意識の違いは、大きい。</p><br><br><p>男性にとっては、「快」でしかない、性的な行為は、</p><p>女性にとっては、「妊娠」につながる、生命の危機。</p><br><p>本能的に、女性が「性」を嫌がる理由がそこにあります。</p><br><p>男性にとっては、軽いでき事にしか思えませんが、</p><p>女性にとってはどうやって生きていくかにつながる、重大事。</p><br><p>この温度差を、認識することができない男性は、</p><p>セクハラーになりやすいです。</p><br><br><p>「まず自分が子どもを産まないとダメだぞ」</p><br><p>とは、国会での野次。</p><p>上西小百合議員へのセクハラ野次で大西英男議員。</p><br><p>「子供を産めないのか」</p><br><p>などは、</p><p>塩村文夏都議会議員への鈴木議員からの野次。</p><br><p>子どもを産むか産まないかは、</p><p>軽く扱われることではなく、本人の生き方です。</p><br><br><br><br><p>男性が、いくら少子化に関する質問をしても、</p><br><p>「お前はちゃんと、子供産ませてんのか～？」</p><br><p>なんて、野次にはなりません。</p><br><br><p>男の人にとって、生殖行為は、軽い出来事、</p><p>場合によっては、遊びです。</p><br><p>出産育児は他人事に他ならず。</p><br><br><p>レディーファーストは、女性を尊重しなければなりません、</p><br><p>という、文化的な縛りです。</p><br><br><p>そうじゃなければ、どんどん、人口が減る一方、</p><p>ですからね。</p><br><p>日本は、世界的にも、男尊女卑の国と認識されてます。</p><br><p>どこかで、流れを変えないと、このまま、</p><br><p>国家も、小さくなっていくんでしょうね。</p><br><br><p>対等に付き合う、って難しいですね。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><p><span style="WHITE-SPACE: normal; WORD-SPACING: 0px; TEXT-TRANSFORM: none; FLOAT: none; COLOR: rgb(33,33,33); FONT: medium 'MS PGothic'; DISPLAY: inline !important; LETTER-SPACING: normal; BACKGROUND-COLOR: rgb(251,250,196); TEXT-INDENT: 0px; -webkit-text-stroke-width: 0px"><br></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-11889137361.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Jul 2014 10:19:41 +0900</pubDate>
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<title>同性のペアに対する立場</title>
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<![CDATA[ <p>おひさしぶり～のBLOGです。</p><br><p>最近は、レース屋さん（レズのこと）についての、</p><p>話題で相談されていたりしていました。</p><br><p>私の立場としては、</p><br><p>異性相手でなければいけない、</p><p>って全く思っていませんから。</p><br><p>理由は、現代は、男女のペアでなければいけない</p><p>必然性が低いから。</p><br><p>です。</p><br><p>男女のペアの場合は、「子どもを授かる」</p><p>こと以外の大きな差異は、ありません。</p><br><p>子ども無、を選択するペアも多いです。</p><br><p>なので、同性、OK!</p><br><p>って、私は思っています。</p><br><p>皆さんはどう思いますか？</p><br><br><p>一人でさびしい思いをするよりも、二人で切磋琢磨</p><br><p>のほうが、選択肢が広がって、</p><br><p>豊かな人生！！</p><br><br><p>あ、私ですか？</p><br><p>もちろん、両刀ですよ？！</p>
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<link>https://ameblo.jp/masumitanaka/entry-11889111745.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Jul 2014 10:11:04 +0900</pubDate>
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