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<title>ケトジェニックダイエット×デトックス×栄養で、低血糖症から自由に　</title>
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<description>日常生活がままならない状態からケトジェニックダイエットとデトックスの実践＋必要な栄養を満たすことで、血糖値の変動に振り回される生活から解放されました。このブログが私と同じ症状で悩んでいる方々の目に留まりますように。</description>
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<title>２人目の誕生、困難に直面</title>
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<![CDATA[ ２人目妊娠中は、つわり、終わったら<div>猛暑で、なかなか食欲が戻らなかった　</div><div>ことを除き、順調でした。食べられな</div><div>かったため、サプリの力も借りました。</div><div><br></div><div>私が妊娠に気づく前から、長男がやたら</div><div>抱っこして欲しがるようになり、長男に</div><div>変化を感じていました。</div><div><br></div><div>いざ、次男が産まれてみたら、これまで　</div><div>の順調過ぎた長男とは全く違う激しい赤　</div><div>ちゃんがえりが待っていました。ホルモ</div><div>ンの影響もあり、新生児の次男を守ろう</div><div>とする気持ちMAXの中、次男の育児を何</div><div>かと妨害する長男にどう向き合えばよい</div><div>のか、途方にくれました。　</div><div><br></div><div>完全に２人育児を甘くみていました。　　　　　　　　　　　　　</div><div><br></div><div>それから、次男が生後２ヶ月から</div><div>集団生活をはじめた長男ですが、</div><div>たえまなく風邪をひいては次男に</div><div>うつり、何度も熱を出し、鼻が</div><div>止まらず、生後６ヶ月以降は頻繁</div><div>に中耳炎を起こすようになりました。</div><div><br></div><div>長男へのイライラ、次男の看病疲れ</div><div>で、メンタルはかなり疲弊し、今日</div><div>もダメな自分だったと反省してばか</div><div>りの日々。長男の産後のような幸せ</div><div>な時間とは異なり、サバイバルモー</div><div>ドな子育て時間を過ごしていました。</div><div><br></div><div>そんな時、Dr Jonesのヘルスコーチ</div><div>養成講座の受講を決めました。ヘル</div><div>スコーチになるための知識が自分を</div><div>救ってくれるかもしれないと思った</div><div>からです。</div>
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<link>https://ameblo.jp/masyam3000/entry-12643307507.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Dec 2020 06:53:09 +0900</pubDate>
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<title>はじめての育児から２人目妊娠まで</title>
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<![CDATA[ みんなやっているんだからできるはず、と思っていたはじめての育児は予想以上に大変でした。授乳も自然にできる訳ではなく、赤ちゃんもママも練習しなければ飲めるようにならないし、夜中も数時間おきに起きて授乳しなければならないとは思っていませんでした。<div><br></div><div>それでも、赤ちゃんは本当に可愛らしく、夜起きることも昼間のお世話も苦にならずにこなせていました。当時はめちゃくちゃお腹がすいたので、本当にたくさん食べていました。大きな産後のトラブルはなく、慣れてくると子育てもさほど大変とは感じませんでした。　　</div><div><br></div><div>離乳食は生後半年からはじめました。お粥からではなく、鶏のボーンブロスからはじめ、卵黄、発酵タラの肝油、レバーペーストなどをボーンブロスに加えて与えていきました。母乳が中心で、母乳に足りないものを補完する補完食の考え方を、以前紹介したGAPSダイエットから学び、実践しました。</div><div><br></div><div>当時はそのような補完食の考え方はまだまだマイノリティで、勉強会に参加したり、海外で実践している方から指導を受けたりしながら進めていきました。</div><div><br></div><div>栄養たっぷりの補完食を与えると、夜泣きしない、無駄に泣かず機嫌が良い、病気がない、発達が順調で運動神経や言葉の発達が良い、とそれほど苦労することもなく、順調に育ってくれました。この調子ならば２人いてもやっていける、そう思い込んでいました。</div><div><br></div><div>私の生理が戻らなかったため、２人目を考慮し、1歳10ヶ月から少しずつ母乳を減らしはじめ、生後1歳11ヶ月で生理が復活し、長男の2歳の誕生日を過ぎた頃に２人目を妊娠しました。</div><div><br></div><div>その頃の私の食事は、MEC寄りで、低糖質、高たんぱく質、中～高脂肪といった感じでしたが、２人目妊活開始後すぐに妊娠したので、この食事は妊活にはもってこいなのではないかと思います。</div><div><div><br></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/masyam3000/entry-12640314010.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Nov 2020 10:32:34 +0900</pubDate>
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<title>妊娠と糖質制限</title>
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<![CDATA[ めでたく妊娠することができ、上司、同僚、多くの人の助けによって、大きな問題なく、妊娠期間を過ごすことができました。<div><div><br></div><div>低血糖症だった私が、妊娠期間中一番恐れていたことは、妊娠糖尿病になること。なので、妊娠期間中も、しっかり糖質をコントロールしていました。これで、妊娠糖尿病にならず、妊娠期間を過ごせました。</div><div><br></div><div>つわりの期間中は、なぜか、脂肪分や、たんぱく質を身体が受け付けず、すっぱいものや糖質が食べたくなり、食べられるものを食べて乗りきりました。夏の終わりとつわりの終わりが重なり、秋からたくさん食べることができましたが、糖質をとらないため、しっかりたんぱく質と脂質をとらないと、赤ちゃんが大きくならず、食べることに一生懸命でした。</div><div><br></div><div>妊娠期間中、一番苦労したのは、便秘でした。妊娠前の半年間、気功教室に通って便秘薬を手放していましたが、妊娠とともに再び便秘となり、マグネシウムのお世話になるようになりました。</div><div><br></div><div>妊娠後期では、逆子になってしまいましたが、気功治療、お灸で正常に回復。</div><div><br></div><div>少し小さめと言われ、赤ちゃんを大きくするために、あんだかしーという豚皮チップをせっせと食べていました。あんだかしーを食べると不思議と赤ちゃんがよく成長しました。長男は、今でもあんだかしーが大好きです。</div><div><br></div><div>予定日を過ぎても陣痛が起こらないという問題が起こりましたが、陣痛促進針と気功により、促進剤なしで陣痛がきました。</div><div><br></div><div>出産当日は、私が息を止めがちになり、赤ちゃんに酸素が届けられず、心拍数低下となりもう少しで帝王切開となるところでしたが、まるで龍のように力強くわずか40分で出てきてくれたので、同席していた夫が龍と名付けました。</div><div><br></div><div>多くの守りがあった長男の妊娠、出産でした。</div></div>
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<link>https://ameblo.jp/masyam3000/entry-12640066929.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Nov 2020 01:48:25 +0900</pubDate>
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<title>長引く歯周炎</title>
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<![CDATA[ 流産するかしないかの時、あれ、歯茎が何だか重いと感じて見てみたら、歯から離れた根の先の部分に白いものがポツンとできていました。<div><br></div><div>流産でそれどころではなく、１週間ほど放っておいたらだんだん悪化するのを感じ、歯科を受診すると、原因は分からないが、歯茎が炎症を起こしているとのこと、根の治療は終わっているので、根には原因がないため、しばらく様子を見て改善しなければ、歯茎を切ってまくりあげて、歯の状態を見て、きれいに歯を磨くため、フラップ手術を行うと言われました。</div><div><br></div><div>経過はよくなく、2014年の12月頃、フラップ手術を受けました。歯茎をまくってみたけれど、原因はわからず、きれいにクリーニングしたにもかかわらず、膿の袋が再発しました。ここが治るまで妊娠はできないと言われていたのに、原因もわからないままで、妊活もできず、とても重く暗い気持ちで過ごしていました。</div><div><br></div><div>抗菌ハーブをつける、よい菌を塗る、オイルプリングをする、漢方薬を服用する、自然療法は色々試しましたが、効かず、とうとう抗生剤も服用しましたが、それでもよくならない。先生はもう一度手術をすると言われて、病院を変えてみることにしました。</div><div><br></div><div>家の向かい側にある歯科を訪ねてみたら、何とその分野の専門医でした。女性の先生で、妊活中であることもご理解くださり、抗生剤を使わずに治療してくださいました。やったことは、徹底的なクリーニング。そこから好転し始めました。</div><div><br></div><div>そのタイミングで、デトックスを行っていた流山おおたかの森のクリニックに行ったところ、寄生虫→カンジダのデトックスをもう一度行うことを勧められ、2015年４月に実施したところ、ピタリと歯茎の炎症もおさまりました。おそらく、デトックスに使った抗菌剤が、歯周炎の原因の菌にもヒットしたようでした。</div><div><br></div><div>そうして、良くなった矢先の2015年5月に、妊娠がわかりました。38歳の時でした。</div>
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<link>https://ameblo.jp/masyam3000/entry-12639863938.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Nov 2020 00:58:32 +0900</pubDate>
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<title>MEC食との出会い</title>
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<![CDATA[ 2014年3月に再婚することができました。その時の健康の悩みは、すぐにお腹がすくことと、まだ腸が完璧ではなく、便秘に悩んでいたこと。何をどれだけ食べたらいつもお腹が満たされるのか？でも、食べたいだけ食べたら食べすぎてしまうのではないか？、と悩んでいました。<div><br></div><div>そんな時に出会ったのがMEC食でした。医師の渡辺信幸先生が考案された食事方法で、何がよかったかというと、Meat１日100g以上、Egg１日3個以上、Cheese1日120g以上というベース量が示されていることでした。とにかくやってみることにしました。２ヶ月間続けて、同じ年の7月に職場の健康診断を受け、コレステロール高値で再検査となり、下がらなければ投薬と言われました。</div><div><br></div><div>そして、１ヶ月後の再検査に備え、MECをやめ、脂肪たっぷりのお肉も卵もチーズも控え、ヘルシー系糖質オフの生活に戻しました。その結果、コレステロールは見事基準値内におさまり、投薬を免れました。</div><div><br></div><div>その間、生理が遅れては、毎回大量に出血するのを数回繰り返していました。次に生理が遅れた時に、検査してみると、何と妊娠していたのですが、喜んだのも束の間、心拍確認前に流産してしまいました。</div><div><br></div><div>私は、中２で生理がはじまってから、無月経の期間も相当長く、自分が自然妊娠できるとは思っていなかったため、生理が遅れても確認もしていませんでした。でも、妊娠ができる身体であることがわかり、低脂肪の糖質制限ではうまく妊娠が継続できないこともわかりました。</div><div><br></div><div>そんな時に出会ったのが、産婦人科医の宗田先生でした。宗田先生は、私がFacebookに流産したことを投稿したのを見て、「動物性のたんぱく質や脂肪をたっぷりとりなさい、そうすればまたすぐに妊娠できますよ」と励ましのメッセージをくださいました。</div><div><br></div><div>そして、MECを再開しました。MECの勉強会にも参加したところ、MECを取り入れてから妊娠された方、生理が復活した方、摂食障害を克服された方がたくさんおられることを知りました。</div><div><br></div><div>MEC食で妊娠できる身体づくりを目指そうと思った矢先、新たな健康上の問題が浮上しました。次回はそのことを書きたいと思います。</div>
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<link>https://ameblo.jp/masyam3000/entry-12639762369.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Nov 2020 16:25:09 +0900</pubDate>
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<title>脂質の重要性に気づく</title>
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<![CDATA[ <p>2011年８月から、米、小麦、いも類、砂糖など、あらゆる糖質をカットするいわゆるスーパー糖質制限を開始し、これまで動かなかった血液検査の結果が、サプリをやめたのに改善する、という嬉しい変化もありました。糖質をカットすることで、糖質の代謝に必要となる栄養素が節約されたのだと思います。</p><div><div>&nbsp;</div><div>しかし、脂肪の取りすぎは悪いと思っていたため、今までのお米を豆腐に置き換えるだけの糖質制限で、すぐお腹がすくのが悩みでした。そんな矢先、アメリカに出張に行くことが決まりました。豆腐がないのに困ったなぁと思っていました。</div><div>&nbsp;</div><div>2011年12月、アメリカに出張し、毎食お肉を注文しました。そして気づいたこと。リブロースだと絶好調なのに、ももやフィレだとすぐお腹がすくし、量を追加するともっとすぐにお腹がすく。夜寝る前に牛のリブロースを食べるとよく眠れました。そして、朝にベーコンと卵を食べ、クリームを入れたコーヒーを飲むと、3時までお腹がすかない、すべてのたんぱく質は同じではない、鍵は脂肪にありそうだとうすうす気づきました。が、脂肪が大切なんて言っている糖質制限の専門家はまだいませんでした。せっかくの学びを頭でかき消してしまいました。</div><div>&nbsp;</div><div>その後、結果が変わらないのに大量の栄養素をサプリで補い続けるアプローチに疑問を感じ、リサーチを重ねていきました。そして、低血糖症の根本原因にアプローチするには、腸を良くすることが必要であるということに、ナターシャ・キャンベル・マクブライト師のGAPS( Gut and psychology syndrome)diet から気付きを得ました。</div><div>&nbsp;</div><div>GAPSダイエットとは、腸と脳が相関しているという考えの下、糖質をカットし、ボーンブロスと自家製発酵食品で腸を癒し、タラの肝油、オメガ3、プロバイオティクスなどを補う他は、食事で栄養を補って発達障害や精神疾患を回復へ導くアプローチです。考案者の医師は、我が子の発達障害をこの食事方法で治癒させた実績の持ち主で、多くの精神疾患を持つ患者さんたちもこの方法で改善に成功しているようでした。私は、今でもこの食事方法と考え方をベースに考えています。このとき、このGAPSダイエットの日本語の本はまだなかったため、英語を読むことができたことは、大きなアドバンテッジでした。</div><div>&nbsp;</div><div>この本で気付きを得、低血糖症の根本原因にアプローチすることを目的に、医師の指導の下で、糖質の制限を継続しつつ、重金属→寄生虫→カンジダのデトックスを定期的に行っていきました。</div><div>&nbsp;</div><div>デトックスは、好転反応を伴う厳しいものでしたが、妊娠前にしっかりデトックスすることができて、本当に良かったと思っています。</div><div>&nbsp;</div><div>しかし、依然として、腹持ちの悪さに悩んでいました。何かを改良したいのだけど、どこを変えたらよいのかが分からない、そんな時に出会ったのがMECでした。2014年5月のことです。</div><div>&nbsp;</div><div>次回はMECとの出会いと妊娠について書きたいと思います。</div><div>&nbsp;</div></div>
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<link>https://ameblo.jp/masyam3000/entry-12639172481.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Nov 2020 16:53:16 +0900</pubDate>
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<title>転機②</title>
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<![CDATA[ <p>2010年の年末、お友達宅のホームパーティーで、私と同じ症状を持ち、原因が分からずに困っている方に出会いました。その方に私の経験と知識をすべてお伝えしたところ、その方が、都内のあるクリニックで、随時血糖値検査をモニター価格で受けられるキャンペーンをやっていることを教えてくれました。随時血糖値検査とは、約３日間機械をつけて、血糖値をモニターする検査のことです。やはり、情報や体験は、どんどん流していくことが大切だと体験から知りました。そうすることで、自分にも必要な情報が入ってきますね。</p><div>&nbsp;</div><div>その検査を受け、検査結果をみて、低血糖症治療のプロフェッショナルであるその先生が言ったことは、「あらゆる糖質を排除しなさい、そうすればすべての症状が消えます。そして、あなたの場合、それを一生継続すること」でした。</div><div>&nbsp;</div><div>あらゆる糖質を排除することは、マリアクリニックで禁止されていたことだったので、どうしようか迷いました。しかし、環境が後押ししてくれました。ちょうどその週は、外国の方々と共に研修を受けていて、ほぼバイキングで、外国の方のため、肉料理も多かったので、たんぱく質も確保することができました。そこで気づきました。少量であっても、良質であっても、糖質をとった途端に不調になるということに。</div><div>&nbsp;</div><div>思いきって糖質を抜いたところ、本当にあらゆる不調が消えました。まず、食後も食前と変わらない体調と集中力が維持できる、肩凝りと筋肉のこわばりがない、朝スッキリと目覚める、お腹にガスがたまらない、まだまだあったと思います。</div><div>&nbsp;</div><div>毎週通っていた推名整体の先生が、私からは何も言わないのに、何を変えましたか？と聞いてきました。とても身体に合っているのでそのまま続けてくださいとアドバイスをいただくとともに、もう整体を受ける必要がないと言われました。</div><div>&nbsp;</div><div>肩凝りも大きな悩みの１つで、大学生の頃からひどい肩凝りがあり、就職してからは、１週間に１度はほぐしてもらわないと、仕事にいけないほどでした。低血糖を起こし、血糖値を上げるときに出るアドレナリンで交感神経優位になり、肩や足の筋肉がカチカチでした。それがすっかりなくなり、身体がとても軽くなりました。</div><div>ちょうど糖質オフが流行りだした頃で、何冊か本を買い、手探りで試行錯誤しながらの糖質オフの旅がはじまりました。</div>
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<link>https://ameblo.jp/masyam3000/entry-12638967622.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Nov 2020 16:31:26 +0900</pubDate>
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<title>転機①</title>
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<![CDATA[ 今日は、１つ目の転機について。そこから学んだマインドセット的な内容になります。<div><br><div>2010年の４月に復職し、土日のうちのいずれかは、ほぼ家で１日休み、針治療、マッサージに行って、ようやく仕事ができる状態でした。でき得る限りのあらゆることをやっても、食後に感じる不安定感もずっと続いていました。</div><div><br></div><div>ずっと離婚を求められられたのですが、自分の中で、離婚は悪いこと、一度結婚したら離婚すべきではないというブロックがあって、ずっと承諾できずにいました。ある日、夢を見ました。当時の結婚相手の方が、本当に悪かった、やり直そうと夢の中で言ってきたのですが、私の心は全く喜んでいなかった、そして、「自分の心を偽ってはならない」という声が天から聞こえたところで目が覚めました。とても印象深い夢でした。　　　</div><div><br></div><div>この夢から、私は、○○すべき、という固定概念で、自分の本心に蓋をして生きてきたということに気づきました。</div><div><br></div><div>この少し前に、通院している病院のカウンセラーの先生から、私が生きづらいのは、心の思いと、口で言っていることに不一致があるからだと教えていただき納得しました。周囲からの拒絶を恐れるあまり、NoといえずにYesと言って苦しかったのだと。</div><div><br></div><div>そして、自分で離婚を決意しました。○○すべき、という考えに従うのではなく、自分の本当の気持ちに気づき、それを大切にして行動すること、これも健康になる上でとても大切な要素でした。</div><div><br></div><div>そして、Noをいう練習も自然な形でしていきました。それまで私のまわりにいた方は、どちらかというと私みたいな方が多く、みんなそうやって生きている、だからなおさらそうしないと受け入れてもらえないと思っていました。しかし、不思議なことに、私のまわりに、しっかり自分のNoをいえる人が集まってきて、そのNoがまわりに快く受け入れられていることを見ることができました。NoなのにYesといって苦々しい思いを抱くより、ずっとよいと思いました。そして、私も少しずつNoを言えるようになりました。</div><div><br></div><div>長くなったので今日は、ここまでにして、次回はもう一つの転機について書きます。<br></div></div>
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<pubDate>Fri, 13 Nov 2020 01:54:45 +0900</pubDate>
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<title>低血糖症の治療の実際</title>
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<![CDATA[ 具体的な低血糖症の治療について書いてみたいと思います。<div><br></div><div><div>食事は、動物性たんぱく質、植物性たんぱく質、野菜、炭水化物をバランスよく。砂糖、はちみつ、みりんなどの単糖類は禁止とされていました。また、糖質を全く取らない糖質制限は危険とされ、絶対やってはいけないと言われました。</div><div><br></div><div>サプリメントは、ソイプロテイン、ビタミンBコンプレックス、ビタミンC、ビタミンE、亜鉛、へム鉄をとりました。</div><div><br></div><div>月に１度受診し、３ヶ月に１度血液検査を受けました。少しは良くなったものの、劇的な改善は感じられず、食事の後の何も手につかなくなる感覚は継続し、集中力もなく、エネルギーレベルも低く、これでは仕事にならないというレベルでした。先生も頭を抱えていました。仕事に穴をあけて申し訳ない気持ちでずっと過ごしていました。</div><div><br></div><div>今ではわかります。食事指導のとおり、ご飯茶碗軽く１杯の糖質を１日３回とっていたのですから、糖質に敏感に反応する私にとっては、まだまだ糖質過剰だったのです。</div></div><div><br></div><div>この治療と平行し、子宮筋腫と内膜症のため、漢方治療も受け始めました。漢方は化学物質や重金属をデトックスするためのものと、子宮筋腫に効くというツムラの漢方でした。だんだん生理痛が軽くなり、1年後には筋腫の痕跡があるのみにまで縮小し、治療を卒業できました。</div><div><br></div><div>低血糖症の本格的治療開始から８ヶ月を過ぎた頃、転機が訪れました。クリニックの先生が導入した新しい治療が成果をあげ始めたため、私も勧められ、この治療を開始することになりました。これは、腸内のカンジダなどの酵母菌のデトックスです。</div><div><br></div><div>腸内に酵母菌が過剰になると、腸に穴を開け、リーキーガットを起こし、糖が即座に吸収されやすくなるとともに、カンジダの代謝物である3-オキソグルタール酸が、TCAサイクルのα-ケトグルタル酸と構造が酷似しているため、身体が代謝物は既に十分に存在すると誤認して産出しなくなり、TCAサイクルがうまくまわらず、エネルギー産生が滞ってしまう、という点で問題となります。</div><div><br></div><div>これがあると、エネルギーが低い慢性疲労状態であったり、低血糖症状を起こしやすかったりします。</div><div><br></div><div>アメリカの検査機関に検体を送り、検査をすると、腸内に酵母菌が過剰に存在することが判明したため、即座に除菌治療を開始しました。耐性がつかないよう、２種のハーブを交互に併用し、時間差でプロバイオティクスをとっていくというもの。半年間続けました。</div><div><br></div><div>これが劇的な変化をもたらしました。食後のフラフラはまだありましたが、日中のエネルギーレベルが劇的にアップしました。この頃から、再び自分の症状のためにリサーチしたり、でかけたりできるようになりました。</div><div><br></div><div>色々調べる中で、歯科の詰め物に水銀が使われていたり、体内に水銀などの重金属があると、カンジダが繰り返し増えてくるという確かな情報を得たため、歯科のすべての詰め物を非金属に変え、治療終了後に重金属デトックスをする計画をたて、実行にうつしました。</div><div><br></div><div>カンジダのデトックスを半年間続けて、エネルギーレベルが回復し、復職する自信がつきました。</div><div><br></div><div>当時の結婚相手から離婚の希望を伝えられ、離婚に向けて動き出したのは、ちょうどその頃でした。遠くから通勤するのは体力的に厳しかったため、私は単身、都内のマンションに移り住み、職場に復帰することができました。2009年４月のことでした。</div><div><br></div><div>次に続きます。</div>
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<link>https://ameblo.jp/masyam3000/entry-12637258745.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Nov 2020 00:51:47 +0900</pubDate>
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<title>低血糖症の診断と本格的な治療開始まで</title>
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<![CDATA[ 前回は大学卒業までを書きました。<div><br></div><div>大学在学中、ガンサバイバーの女性と出会いました。その方は、玄米菜食で進行ガンを克服された方で、これから東京で独り暮らしをはじめる私に、お肉など動物性のものやお砂糖が体に悪く、癌の原因となること、ごま塩をかけた酵素玄米と漬け物と味噌汁が完全栄養食であることを教えてくれ、何冊か本も紹介してくれました。当時の私にはヘルシーの代名詞のように思われたその新しい食事方法を私は取り入れることにしました。</div><div><br></div><div>2000年から2004年頃まで、私は、完璧ではないですが、玄米菜食ベースの食事を続けました。本に書いてあるようにはならず、体調不良が深刻化するのがなぜなのか、当時の私にはわかりませんでした。糖質の圧倒的過剰摂取と、必要な栄養の不足がその原因でした。</div><div><br></div><div>仕事は、朝の６時に出発し、帰りは21時を過ぎることも多く、土曜日はスキルアップのため、通訳学校に通いました。そして、２年後に、通訳をメインとする部署に異動しました。国際交流の仕事は、語学力や国際関係の知識を使って国際平和に貢献したいと考えていた私にとって、とてもやり甲斐のある仕事でした。</div><div><br></div><div>自己肯定感やセルフイメージが低かった私にとって、大きなことに従事することで、また、地位の高い人に近づくことで、自分の存在価値を示す心のニーズが満たされたのかもしれません。せっかく憧れの仕事についたのに、体調は悪くなっていく一方でした。</div><div><br></div><div>毎食後に手が震え、いても立ってもいられないような感覚に襲われました。身体の中で、何か尋常でないことが起こっている、そんな危機感を感じました。メンタルも弱く、うつ傾向でした。糖尿病を扱う内科の先生に尋ねても、インシュリン注射を打っていないのに、低血糖を起こすことはあり得ないと言われました。低血糖症は、日本ではまだほとんど認知されていない状態でした。</div><div><br></div><div>母は、私を案じて、毎月のように上京してくれていました。そんな私の体調を知っていた母が、テレビで私と同じ症状を扱っていたというではありませんか。みのもんたの思いきりテレビに、日本の低血糖症治療の第一人者である柏崎良子先生が出演し、低血糖症について説明されていたのを母がたまたま見たのでした。2005年のことでした。</div><div><br></div><div>私は、すぐに柏崎良子先生のクリニックに連絡し、検査の予約をとりました。検査結果は、反応性低血糖症と栄養欠乏でした。玄米菜食をやめ、動物性たんぱく質、血糖値を上げにくい糖質と野菜を少食頻回にとり、欠乏した栄養とたんぱく質をサプリメントとプロテインで補っていく治療がはじまりました。血糖曲線とインスリンの出方を見られて、先生は、遺伝性ですね、とおっしゃいました。きっと母も同じような体調不良だったのだろうと感じました。</div><div><br></div><div>職場を異動せず、治療を受けながら継続することを決め、さらに２年間、終電で帰る部署で働きましたが、スケールの大きな仕事はやりがいに直結し、とても充実していました。さらに、異動になりましたが、また忙しい部署に勤務することになりました。</div><div><br></div><div>そして、当時、私にプロポーズしてくれた方と結婚することになりました。何か心にひっかかっていたのに、その方のお父さんが重い病気で命あるうちに結婚したいという相手の方にどうしても言えないと思ってしまったのでした。その方には本当に申し訳ないことをしてしまいました。私は、心の中でNoと思っても口では言えない典型でした。</div><div><br></div><div>結婚による引っ越しで通勤時間が倍になり、朝は4時台に出て、帰りは21時か22時の生活が続き、2007年12月、ついに動けなくなってしまいました。</div><div><br></div><div>そこでもう一度低血糖症の検査したところ、今度は表面上は血糖値が上がらず、山がないように見える、より重症度の高い無反応性低血糖症と診断されました。反応がないように見えるが、実は、血糖値が瞬間的に激しくアップダウンを繰り返しているので身体への負担はより大きいと先生はおっしゃいました。疲労感が強く起き上がれない、食後は低血糖になって寝込む、微熱が下がらない、子宮筋腫と内膜症も起こして生理中は起き上がれない程の腹痛におそわれる、とても仕事はできず、休職し、治療に専念せざるを得ない状態でした。</div><div><br></div><div>ここから私の低血糖症の本格的な治療がはじまりました。次に続きます。</div>
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<pubDate>Mon, 09 Nov 2020 17:34:59 +0900</pubDate>
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