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<title>人の声</title>
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<title>0526　信じたい症候群</title>
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<![CDATA[ <p>信じたくなる話</p><p>それは［単純］<span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis);">で［簡単］な話</span></p><p>相手がなるほどと簡単に言ってくれる</p><p>話している自分が気持ちのいい話</p><p>それは自分にも簡単で考えなくていい話</p><p>複雑で答えの出ない話は疲れてしまう</p><p>だから、楽な方に楽な方に流れる</p><p>陰謀論は単純で簡単で、故に危ない</p><p>自分が信じている話は、どんな話か</p><p>単に自分が信じたい話ではないか、と疑う</p><p>「でもさあ」と言われてイラつく話は</p><p>大切にしなくてはいけない話なのではないか</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12906273120.html</link>
<pubDate>Mon, 26 May 2025 22:10:08 +0900</pubDate>
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<title>通りすがりの会話たち　｢心配しないで｣</title>
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<![CDATA[ 井上元死刑囚は執行前に刑務官から両親への言伝てを問われ、「お父さんお母さんありがとうございました」。「心配しないで」。そう答えたという。<br><br>心配、とは何への心配だろうか？<br>死刑囚である子供に親がする心配とは何だろうか？<br><br>執行直前までの恐怖だろうか？<br>執行の瞬間の苦しみだろうか？<br>それとも死後の世界のことだろうか？<br><br>首に縄をかけられている息子の気持ちを心配する。<br>足元が抜けて、息子の全体重が首にかかるときの苦しみを心配する。<br>人を殺めた罪で来世に生まれ変わったときの境遇について心配する。<br><br><br>井上の母親は息子を理解するために一時期は在家の信者にもなっていた。<br>そんな母親は息子が逮捕されたことを知って手記を発表している。<br><br>｢…尊敬しているお方から、(井上)嘉浩の求道心は母親が幼児期に自殺を図ったことによるものだと指摘され、私は自分のなした浅はかな行為が子供に大きな影響を与えていたことを改めて知り愕然となりました…｣<br><br>獄中の井上も、この手記を目にしたことだろう。<br><br>彼は言葉にすれば全て非難される大罪を犯してしまった。<br><br>あなたの自殺未遂のせいじゃありませんよ、と言えば、<br>｢当たり前だ。いい大人が自分の罪を親のせいにするな｣と罵られる。<br><br>あなたに与えられた人生を悔いていません、と言えば、<br>｢お前は、あんな大罪をを犯しておいて、悔いていないのか｣と罵られる。<br><br>悩みに悩みに、選びに選んだ末の平凡な｢心配しないで｣という言葉に、あらゆる感情に板挟みになった悲鳴のような労りの音を聞くことしかできない。
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12474360817.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Aug 2018 15:58:51 +0900</pubDate>
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<title>通りすがりの会話たち　｢家に居るときはずっと寝てるんで、アレが…｣</title>
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<![CDATA[ ドキュメント72hours(NHK)<br>東京湾　真夏の海釣り公園　編<br><br>父子の釣り客。<br>勤務時間の都合でほぼ子供と接する時間がなく、ひきこもりがちになった息子17歳の変化に気づけなかった父。<br>コミュニケーションの場として子供を釣りに誘った。<br><br>｢家に居るときはずっと寝てるんで、アレが…｣<br><br>インタビューの中で息子が言ったひとこと。<br>アレ、とは父親のこと。<br><br>父親のことを人前で、アレ、と言ってしまうのは、一種の照れだろうか。<br>お父さん、と言うのも17歳にしては近すぎるし、ひきこもりがちなのだから、父、と呼ぶほど社会馴れしてない。<br>残るは、オヤジ、だが、実はこれは物凄くハードルか高い。たとえそれがインタビュアーに対して三人称として使われるにせよ、本人を目の前にして父親をそう呼ぶには父子の間の歴史や文化が関わってきてしまう。<br><br>従って、このインタビューの場合、アレと呼んでしまうのは｢いたしかたない｣感じがした。<br><br>彼女や友達、職場の同僚の前では、自分の父親のことを｢オヤジ｣と呼ぶのは簡単だ(おふくろ問題は、また別)。<br><br>ただ、父親と二人きりのときに｢オヤジ｣と普通に呼び掛けるのは、特に都会人には難しいのではないだろうか？特に一人っ子が多い世代では…<br><br>彼女を家に連れてきたとき、父親をオヤジと呼んでいたら、後で彼女に｢いつも面と向かってオヤジって呼んでるの？｣と驚かれた。<br><br>オヤジ、という音はどこからナンのために来たのだろうか？<br><br>家族の中に存在する年上の男。<br>母親の配偶者。<br>そういう存在に対する、畏敬、不快感、煙たさ、そしてそれに対する見栄や強がり。そういったものがごちゃ混ぜになってこの世に存在しているのではないか？<br><br>三人称としては簡単に使えるが、二人称としてはなかなか使えない不思議な音である。
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12474360816.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Aug 2018 08:54:46 +0900</pubDate>
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<title>その人の不在</title>
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<![CDATA[ 日常から居なくなってしまう人が居る。<br>この夏も多くの人が居なくなり、今なお不在のままの人も多い。<br><br>山口県の山中で三日間生き延びた2歳児は運良く見つかったが、日光を旅行中だったフランス人女性や、富田林署から逃げ出した男は未だに見つかっていない。<br><br>誰かが居なくなると、それが身近な人でなくても、何故？何処に？どうして？と次々に疑問が湧いてくる。居なくなってしまった人を見つけたくなるのが、まるで我々に生来から備わった本能であるかのように…<br><br>職場で午前中だけパートで働いていてくれていた男性が夏休み明けから急に来なくなり、その後数日して実は退社していたことが分かった。<br>上司にだけ相談していたらしいが、辞めることは誰にも言わないでほしい、と言っていたそうだ。<br>その上司に辞めた理由を聞いても、分からない、と言う。上司も理由を知らないのか、それとも言わない約束なのか、分からない。<br><br>｢誰にも言わないでほしい｣と言われると、益々理由が知りたくなる。<br>もしかして自分に原因があったのか？<br>変なこと何も言ってないよな？いや、何も言わなかったのがいけなかったのか？<br>などと自分と相手の関係について考える機会にもなる。<br>逆に、自分が居なくなったとき、皆はどんな反応をするだろうか？罵倒されるか、残念がられるか…<br><br>不在の人々が作り出す日常にぽっかり生まれた真空スペース。<br>その真空は、すぐに他に埋めるものを求める空間なのか、それとも真空のまま何物も寄せ付けない空間として残ろうとするものなのか？<br>物理的な空間であれ、心理的な空間であれ、それを決めるのは｢居なくなった人｣ではなく、そこに｢残された者｣であり、急に突きつけられる答えのない問いのように思われる。
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12474360815.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Aug 2018 10:42:57 +0900</pubDate>
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<title>0816</title>
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<![CDATA[ ビルのすぐ上には、まだじっとりと湿った夏の空と積乱雲があるが、そのもっと上の高い空には、秋の風がつくる寂しげな雲が流れている。<br><br>季節が変わるダイナミックな空。<br><br>そう感じるのは、明日で空気が入れ換わるという気象予報を耳にしたからだろうか？<br><br>明日の少し強い北風と、その風が運んでくる少し他人行儀な乾いた空気が待ち遠しい。
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12474360814.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Aug 2018 21:58:58 +0900</pubDate>
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<title>8月6日</title>
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<![CDATA[ 朝からニュースはヤフーニュースしか見ていなかったせいか、この時間まで今日が「広島」の日だと失念していた。<br><br>テレビでは朝から色んな局で取り上げてたよ、と言われてゾッとした。<br>ネットって戦争を知らない人間をどんどん作っていくんだなあ。
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12474360813.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Aug 2018 22:10:50 +0900</pubDate>
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<title>「パターソン」映画</title>
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<![CDATA[ こういう偶然もある。<br>前日に見た映画に登場した異星人に主人公がつけたあだ名が「アボットとコステロ」。<br>そして、今日見た映画にもその舞台となっているパターソンという街出身の有名人として「アボットとコステロ」は名前だけだが登場する。<br>無数にあるレンタル作品の中から選んだ二本に同じコメディアンの名前が登場するとは、なんとも、奇蹟だ。が、本題とは関係ない。<br><br>主人公のパターソンには愛しい妻がいる。<br>このふたりの関係が見られるだけでもこの映画は満足である。<br>保温状態の愛情は、じんわりと滲んでくるふたりのズレすら愛しくなるほどに熟成されていて、なにかのきっかけでまたかつての恋愛時代のように燃え上がりそうだが、そのきっかけは敢えて街の静謐さや日々の穏やかさで封じ込まれている。<br>愛情を経た「同情」といってしまうには口惜しいほどのふたりの関係は、見ていて羨ましい。<br>このズレを理由にふたりを分裂させようと思えばそうすることもできるのだが、ここではそのようには流れない。映画なんて、そんなものである。<br><br>かすかなメタファーかとおぼしきもの(ファーストシーンの夫婦の会話と、作品中に登場する双子たち、そして子供のような存在のブルドッグ)も点在するが、とくに大きな出来事はなく、パターソンの一週間は過ぎる。<br><br>こういう作品を退屈に思わなくなったことに、少し嬉しくなった。
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12474360812.html</link>
<pubDate>Sun, 06 May 2018 17:30:38 +0900</pubDate>
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<title>「メッセージ」映画</title>
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<![CDATA[ 宗教の種類。<br>神に委ねるユダヤ、キリスト、イスラム。<br>自ら修行して悟りを開く仏教。<br>そういう宗教的な土壌の違いが映画などの文化にももちろん影響する。<br>修行や鍛練でどうにかするという価値観の仏教。<br><br>アダムとイヴの物語に始まるヒトという生き物への評価の低さは、それを信じる者たちにしたら、そんなにネガティブなものではないのかもしれない。神にすがるための大事なステップとして…<br><br>今回見た「メッセージ」にしても、かつて見た「2001年宇宙の旅」にしても、「気付き」を与えるのは外部からの飛来物(殻やモノリス)である。<br>ヒトは自らの力では大切なことに気づけない愚かな存在である(地球が静止する日、もそんな映画だったか？)。<br>そのヒトの駄目さ加減をスンナリ受け入れられるかどうかは宗教的な土壌の違いなのかもしれない。<br><br>核戦争の未来を変えることができたのなら、どうして娘にロッククライミング(原作小説では)をさせたのか。<br>映画でのガンという設定は、変えられない未来として受け入れやすかったが(未来が見えても変えられない現実として)。小説でも娘の意志が「変えられない現実」として描かれていたのかもしれないが…<br><br>危うい映画でもある。その中に登場する未来が見える超人のおかげで、作品内の感動的な「リング」が破綻しかねい。
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12474360809.html</link>
<pubDate>Sat, 05 May 2018 10:01:05 +0900</pubDate>
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<title>相撲</title>
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<![CDATA[ ビール瓶に拘る理由はなんなのか？<br>リモコンの方が破壊力があると思うが、ビール瓶に拘るのは何故か？<br>横綱白鵬まで「ビール瓶」に誘導され、拘って発言している。<br>マスコミ的の扇動、誘導か？<br>ビール瓶の方が派手で絵になるしな。<br>「事実を追求したいだけ」というマスコミの言い訳は本当に気持ち悪い。<br>さんざん事実に味付けや盛り付けをしておいて、真実・事実を持ち出すマスコミは本当に気持ち悪い。
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12474360807.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Nov 2017 09:31:23 +0900</pubDate>
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<title>心太式に…</title>
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<![CDATA[ 入れ替わり立ち代わりやってくる上司がいつの間にか年下の人間であることが多くなった。<br><br>高校球児がいつの間にか年下になり、プロ野球選手も年下になり、上司までも年下になって行く。<br><br>高齢化社会で、どんどん自分より年上の人間が増えていくのかと思っていたが、社会の中で接している人間は、僕の中ではどんどん低年齢化している。<br><br>僕はどんどん社会の中で押し出されている気配がする。<br>心太式に社会から追い落とされようとしている雰囲気が微かにある。<br><br>リタイヤ後の第二の人生って、どこの世界にあるんだろうか？<br>そんなもん、ほんとは存在しないんじゃないのかな？<br><br>年上の人たちはどこへ行ってしまったんだろうか？
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<link>https://ameblo.jp/matsunosuke0136/entry-12474360805.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Jul 2017 22:37:15 +0900</pubDate>
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