<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rdf:RDF
 xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
 xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
 xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
 xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="https://rssblog.ameba.jp/matt1119/rss.html">
<title>まぼろしの「もやし」求めて・・・</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/</link>
<description>今までに、もやしから学んだことを少しずつ語っていきます。</description>
<dc:language>ja-jp</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12922884335.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12896763398.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12894199610.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12890418767.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12862700159.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12854208020.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12815322455.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12753902828.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12731519768.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12629650820.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12922884335.html">
<title>戦争と深谷もやし　令和7年8月　戦後80年版</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12922884335.html</link>
<description>
　深谷のもやし屋（有）飯塚商店創業者であり、初代代表取締役社長飯塚英夫（平成２２年没　享年八十八歳）は第二次大戦において凄惨を極めた【インパール作戦】の生還兵であった。日本陸軍参加将兵８万６千のうち戦死者３万２千あまり。その大半が病死もしくは餓死だったと言う。生き延びた英夫は帰国後、その体験あって食に絡んだ仕事に従事、農業、青果卸と営みそして昭和３４年に地元でも珍しいもやし生産業（有）飯塚商店を立ち上げた。 　2010年に亡くなった父。もう15年になるのか。まさかその長男が今でも自分の遺した設備
</description>
<dc:date>2025-08-14T11:29:45+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12896763398.html">
<title>実質最後の「それでももやしは伸び続ける」。そしてその後の展開へ。。。</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12896763398.html</link>
<description>
それでももやしは伸び続ける　2015年12月号掲載予定 　これは平成27年（2015年）のことだから…およそ10年前になるのか。自分が「月刊食生活」という食の総合誌に連載を続けていて「それでももやしは伸び続ける」のタイトルで楽しくエッセイの寄稿をさせてもらったが、その食生活が平成27年の11月号で休刊となってしまった。これはその食生活での連載の最後のエッセイになったもの。前編で終わってしまったので、さすがにそれはないなと思って、原稿はすでに出来ていたから、当時の編集長に後編をメールで送った記憶が
</description>
<dc:date>2025-04-24T13:23:12+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12894199610.html">
<title>最後の「それでももやしは伸び続ける」前編</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12894199610.html</link>
<description>
これは平成27年（2015年）のことだから…およそ10年前になるのか。自分が「月刊食生活」という食の総合誌に連載を続けていて「それでももやしは伸び続ける」のタイトルで楽しくエッセイの寄稿をさせてもらったが、その食生活が平成27年の11月号で休刊となってしまった。これはその食生活での連載の最後のエッセイになったもの。内容は私たちが集まればよく話している「アリオのほんとう」事件（笑）。2011年のこと。まだそんなものだったのか。もっと昔のことかと思っていました。 ・・・・・・・・・ それでももやしは
</description>
<dc:date>2025-04-17T10:25:38+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12890418767.html">
<title>もやし屋だからもやしを語る</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12890418767.html</link>
<description>
　2025年3月の第2週から第3週にかけては妙に慌ただしくも忙しい週でした。まず10日の月曜日は大きな取引先の社長が来ました。12日の水曜日は雑誌の取材がありました。14日の金曜日は誰もが知る国民的人気番組の制作ディレクターが来ました。撮影というか主にインタビューが中心でした。翌週の17日月曜日はやはり別の取引先である会社の仕入れ担当者と、その会社のお客様代表の方が来ました。これらすべて普段の作業している中での応対でした。 　どんなお客様がいらしても、私のやることはひとつです。私が思う「もやし」
</description>
<dc:date>2025-03-18T15:27:46+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12862700159.html">
<title>戦争と深谷もやし　令和6年8月版</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12862700159.html</link>
<description>
　深谷のもやし屋（有）飯塚商店創業者であり、初代代表取締役社長飯塚英夫（平成２２年没　享年八十八歳）は第二次大戦において凄惨を極めた【インパール作戦】の生還兵であった。日本陸軍参加将兵８万６千のうち戦死者３万２千あまり。その大半が病死もしくは餓死だったと言う。生き延びた英夫は帰国後、その体験あって食に絡んだ仕事に従事、農業、青果卸と営みそして昭和３４年に地元でも珍しいもやし生産業（有）飯塚商店を立ち上げた。　　父が亡くなって14年。そのくらい経てば忘れてもいいころだが、そうでもない。俺がもやし屋
</description>
<dc:date>2024-08-06T18:12:10+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12854208020.html">
<title>新たな道を進む―開拓の喜びー</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12854208020.html</link>
<description>
　久しぶりのブログ更新です。 　どん底の中、怒りと何かに突き動かされてこのブログを始めたのが2008年だからもう16年も前のことになります。その頃はいつ潰れても不思議じゃない小さなもやし屋でしたが、お客様、理解者に助けられ、なんとか今も続けています。全然裕福ではありませんが（笑）、堂々と豊かなもやし屋です。 　自分の長男が結婚することになり、相手は昔っからよく知る近所に住むご家庭の次女であり、長男とは幼稚園の時からの幼馴染です。そしてその頃は私も幼稚園のPTA会長をやっていたので、もう他人という
</description>
<dc:date>2024-05-30T20:04:44+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12815322455.html">
<title>戦争と深谷もやし　令和5年8月版</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12815322455.html</link>
<description>
　深谷のもやし屋（有）飯塚商店創業者であり、初代代表取締役社長飯塚英夫（平成２２年没　享年八十八歳）は第二次大戦において凄惨を極めた【インパール作戦】の生還兵であった。日本陸軍参加将兵８万６千のうち戦死者３万２千あまり。その大半が病死もしくは餓死だったと言う。生き延びた英夫は帰国後、その体験あって食に絡んだ仕事に従事、農業、青果卸と営みそして昭和３４年に地元でも珍しいもやし生産業（有）飯塚商店を立ち上げた。 　令和5年、吹き荒れたコロナの禍が終わりつつあり、人々は急速に以前の日常を求めだした気が
</description>
<dc:date>2023-08-07T21:19:21+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12753902828.html">
<title>３℃違う</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12753902828.html</link>
<description>
　深谷のもやし屋、飯塚商店はミャンマー産のブラックマッペをもやしの原料にしていますが、今年の1月の半ばごろでしょうか、もやしが成長、品質が安定しなくなりました。それはミャンマー産の新豆を使いだした頃とほぼ一致しています。しかし常に品質の良いミャンマー産ブラックマッペ、これまで豆が新豆に代わったくらいでここまで変わってくることはありませんでした。 　そこから日々試行錯誤の連続、ようやく今回の豆の適正温度がつかめました。それは、昨年までと比べて栽培室の温度が3℃違うということです。もっとはっきり言う
</description>
<dc:date>2022-07-17T19:19:14+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12731519768.html">
<title>もやしの声を聴け</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12731519768.html</link>
<description>
　久しぶりのブログです。コロナ禍に入ってから朝ドラを観るようになって、現在放映中の「カムカムエヴリバディ」で美味しい餡子をつくるおまじないで「小豆の声を聴け」というフレーズがありました。確かにどんなものでも、そういうのってあると思いました。 　今年、令和4年の1月10日あたりからそれまで問題なかったもやしの生育が安定しなくなってきました。確かに毎年の冬から春への変わりかけの頃は気を遣う時期でもあるのですが、今年は特に難しかったと思っています。まだ進行形ですが。いつも思うのですが、もやしの栽培に関
</description>
<dc:date>2022-03-12T17:10:28+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/matt1119/entry-12629650820.html">
<title>深谷もやしを入れた野菜のスープ</title>
<link>https://ameblo.jp/matt1119/entry-12629650820.html</link>
<description>
　先日、我が家の屋外でちょっとしたバーベキューパーティを開きました。 　七輪を中央に据え、参加者が持ち込んだ肉やマグロのカマなどを炭火で焼いて食べました。参加者の一人の農家さんが自分のとこで採れた野菜のスープを沢山作ってきてくれました。それを見てハッと思い立って、私はもやしの栽培室に育っているもやしを一掴み持ってきて、スープにどさっと投入しました。せっかくもやし屋でバーベキューやってるのだから。もやしは5秒も茹でれば食べられるのですが、今回はしばらく（1分ほど）煮込んで、食べてみました。 「あっ
</description>
<dc:date>2020-10-05T21:01:47+09:00</dc:date>
</item>
</rdf:RDF>
