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<title>今日を生きる</title>
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<description>障害があります</description>
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<title>0828</title>
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<![CDATA[ <p>健全な精神は健全な体に宿る、かな？逆だったっけ？先月の末からメンタルが落ちる日が続いた。メンタルが落ちると体は倦怠感を感じる。どことなく怠く、風呂に入るのさえ体が動かない。2週間ほどしてメンタルは安定してきたのだけど、次は体に不調を覚えるようになった。相変らずの倦怠感に加え微熱が出たりもする。そうなると回復傾向にあったメンタルはまた落ちてしまった。これを考えると精神と体の相互関係はとても密接なものなのだと実感する。若いころはどうだったのだろう、風邪をひいてるけど気力はある、あるいは気分は落ち込んでるけど体は元気、そんな感じだったのだろうか。年を重ねると、そうは言ってられなくなる。前述したように、精神あるいは体のどちらかが不調の声を上げると、もう一方にもかなりの影響が出るようになる。不健全な精神は不健全は体を誘発する、その逆もまた然り、とでも言おうか。</p><p>作業所を2週間休み、復帰してから2週間が経つ。体の不調は騙しだましで、何とか自分を誤魔化しながら通所している。炎天下で毎日のように収穫作業をする日々。金曜日ともなると、さすがに疲労はピークをむかえる。「もう農業はやめにしませんか？」とも言えないしなぁ。それを言うと「イヤなら他に行けば？」なんて言葉が返ってくるのは目に見えている。</p><p>とにかく、この体調不良をどうにかしなければならない。今の時期、絶好調です！と言う人はいないのは分かっているけど、みんな不調なのは分かっているけど、謎の原因不明の不調なのも理解しているけど、それでも工夫をしてどうにかしなくてはなぁ…。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12977004791.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Aug 2026 07:38:33 +0900</pubDate>
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<title>0825</title>
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<![CDATA[ <p>ジョギングを始めたのは今から15年ほど前になる。早朝、こんな時間に誰もいないだろうと思って走っていたのだけど、ウォーキングをしている人はちらほらいたりして「ああ、皆さん頑張ってるんだなぁ」という気持ちになったのを覚えている。毎朝のようにすれ違う老夫婦がいた。今でも毎朝のようにお見掛けするのだから、もう15年来の朝活の仲間と言える。最初は軽く挨拶を交わすくらいだった。それが日々が経つにつれ少し立ち話をするようになる。簡単な自己紹介なんかもした。聞けば1キロくらい離れた場所に住んでいるらしい。そうか、だったら僕のことを知っているはずだ。僕には近所の人々には良くは思われていない。「あそこの息子は、ちょっと頭がおかしい」なんて言われているのも知っていた。当然、老夫婦もそんな事は百も承知しているだろう。しかし、そんな噂はどこ吹く風と言わんばかりに優しく接してくれる。お母さんはいつも笑顔で「おはよう！」と挨拶をしてくれる。お父さんは「●●君、最近、ちょっと痩せたやないか。頑張れよー」なんて励ましてくれる。そこには、自身の悪い噂話は存在しない、悪く言われているのは知ってるけど、そこには善も悪もない、互いに朝活に汗を流す者同士の関係以外の何物も介在してはいない。当初、暗い顔をして走っていた僕は、この老夫婦とすれ違うと何故だか明るい表情になり心が軽くなるのだった。</p><p>今朝はお父さん一人のウォーキングのようだった。お母さんはどうしたのだろう？体調がすぐれないのだろうか？もう80歳半ばだろうし、そこへきてこの暑さだと、そりゃ歩くのにも苦労するだろう。</p><p>僕はスピードを上げる、一瞬で全身が汗だくになる。一日の始まりを告げる朝陽を見ながら、こんな僕に優しくしてくれた人たち全員が元気でいてくれるよう願う。明朝も走ろう。そして老夫婦とすれ違ったら元気な声で挨拶をしよう。それが僕にできる精一杯の恩返しなのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12976723840.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Aug 2026 07:51:21 +0900</pubDate>
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<title>0820</title>
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<![CDATA[ <p>僕は長い間、眠剤を飲んでいる。理由はもちろん飲まないと眠れないから。もし飲まないと信じられないかもしれないけど、たった30分の睡眠もとることができない。昨夜も眠剤を飲んで眠りについたのだけど、いつものように2～3時間もすれば、薄っすらと意識がある。完全に目覚めているわけでもなく、かと言って眠ってはいない、その中間の状態でベッドの上で数時間過ごす。眠剤を飲むと悪夢を見ると言われている。どういうメカニズムで悪夢なのかは知らないのだけど、それは本当の話で、薄っすらと意識がある、それは睡眠と呼べるかどうか分からないけど、そんな時間帯にはよく悪夢を見る。例えば夜中にうちの庭に知らない者が数人入ってきて談笑をしている声が聞こえたり、誰もいないはずの廊下から足音が聞こえてきたり、それは幻聴のようなものかもしれないけど、そんな悪夢とか、これは誰でも経験するのだろう、怖いものに追い掛けられるとか、車を運転していてブレーキがきかなくなる、そんな悪夢もよくみる。僕はあぶら汗でびっしょりになり、ベッドから起き上がり灯をつけ気分をリセットしなければならない。</p><p>昨夜もあまり眠れなかった。夜中の0時には起床しPCの画面を眺めながら怠惰な時間をやり過ごす。それに飽きると布団に入り二度寝をするのだけど、ただ目を閉じているだけで眠ることはできなかった。</p><p>体に溜まった得体の知れない重たいものを軽いものに入れ替えるように、いつもならジョギングに出掛けるのだけど、今朝はそれさえもできない。睡眠不足で日中は辛い、普通なら日中に疲れると夜はぐっすりと眠れるのだろうけど、僕はそうではない。疲れはどんどん蓄積し、それを回復させるための睡眠はとれず、睡眠不足もどんどんと蓄積してゆく。これが40年続いているのだから人生を呪っても赦されはしないだろうか。</p><p>55歳のオッサンが小学生の頃に戻りたいなんて言うと笑われるだろうけど、本気で当時の睡眠を経験してみたいと思うのですよ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12976242219.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Aug 2026 05:50:58 +0900</pubDate>
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<title>0817</title>
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<![CDATA[ <p>今日からB型作業所に復帰することになった。早朝に軽く運動をし、シャワーを浴び朝食を作る。当たり前の事を当たり前にやる日々が戻ってきた。</p><p>どんな顔をして行けばいいのだろう。僕のように2週間くらい休む利用者はざらにいる。そして復帰すると「ご迷惑をお掛けしました」なんてペコリと頭を下げ、以前と同じ作業をこなす。一日が終われば何事もなかったかのように、周囲に溶け込んでいる。僕もそうなればいいなと思う。そもそもB型作業所に休みとか遅刻とか早退といった考えはない、と思う。しかし、そこはサービス提供者と利用者の関係性で、利用すると約束している日に休むとキャンセル料を取れる仕組みになはなっている。まぁ、マジで取る事業所はないのだろうけど。</p><p>一年で一番暑い時期だ。少人数の作業所なので一人一人に掛かる負担は大きい。炎天下で体感気温は40度に迫ろうかという時期に懸命に収穫作業をしている姿を僕はこの2週間、指をくわえて、素知らぬ顔をして過ごしてきた。そこにはちょっとした溝のようなものを感じてしまう。</p><p>農業はもういいのではないだろうか？そんな考えが過る。真夏の暑さも真冬の冷水も、正直、キツい。最低賃金と猛暑手当を加えても逃げ出す人はいるかもしれない。しかし、それをみんな文句ひとつ言わずやっている。手当なんて数百円なのにな。それはスタッフも十分に承知しているはずだ。しかし、農業を止めると、他の作業が無いのも分かっている。例えば内職系にシフトするにせよ、企業に出向き複雑な契約を交わさなければならないのだろう。だったら今のままでいいか、そんな先送り的な考えもどこかにあるのかもしれない。</p><p>まぁ、文句を言えばキリがないし、嫌なら辞めれば？となるのは分かっている。</p><p>とにかく頑張ろう。頑張れないけど、頑張れる事があるとしたら頑張ろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12975968445.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 08:04:14 +0900</pubDate>
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<title>0815</title>
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<![CDATA[ <p>会社勤めをしていると、定年というものがある。60歳のところもあるだろうし65歳を定年と定めている企業もあるだろう。業績が落ち込むと「早期退職者」を募るところも珍しい時代ではなくなった。僕は55歳になった。上司から「早期退職、どうでっか？」なんて肩をたたかれるかもしれない年齢になった。僕には配偶者も子供もいない。僕は即決で「はい、辞めます」と返事をするのだろうと思う。まぁ、これは仮の話で僕は40歳にして社会からドロップアウトしている。定年も何も関係のないB型作業所に通っているのだから、お気楽なものなのだけど、世の会社勤めをしている方々は、その中で早期退職を決断した方々は、どう生活してゆくのだろうかと疑問に思う。それは経済的な問題ではなく、有り余る時間をどう過ごされているのだろうという疑問だ。旅行に出掛けるといっても年に2～3回だろう、ボランティア活動に汗を流そうと決断する人は一握りだろうし、第二の人生と称し新たに就職するのなら今の会社を辞めなければいい話ではないのかな。趣味に没頭するという手もあるけど、忙しい日々を送ってきて、さぁいざ趣味といっても、気付けば自分には趣味などは無かったと気付きはしないだろうか。</p><p>まぁ、他人からすれば放っておいてくれ、それで終わりの話なのだけど、世の中の早期退職をした方々や、そうでなくても職に就かず自由気ままに暮らしている方々はいったい何をして時間を潰しているのか知りたい。理由は僕自身が暇過ぎて困っているからだ。暇を潰すのに「おっ！その手があったのか！」なんて気付きが欲しいのですよ。</p><p>目の前には膨大な時間がある。それをどう使うかは自由。しかし僕は何もしない、というか何もできない。時間の使い方がこの歳になっても分からない。誰かに聞いても所詮は他人事なのだから明確な答えはないのだろう。エアコンの効いた部屋で読書をするのはどうですか？なんてテキトーにあしらわれて終わりなのだ。</p><p>本当に小学生レベルの悩みなのだけど、僕と同じような境遇の人ってけっこういるような気がするなぁ。</p><p>一日は長い、しかし一年は短く感じる、歳を重ねると不思議とそうなりませんか？</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12975776113.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Aug 2026 08:33:20 +0900</pubDate>
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<title>0810</title>
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<![CDATA[ <p>自宅療養と言えば聞こえがいいのだけど、要するに引きこもりになって11日目となった。鬱は正直なところ良くはならない。それどころか生活のリズムが崩れているので徐々に悪化している気がしている。じゃ、生活を改善すれば？と思うかもしれないけど、一人暮らしだと一度怠けてしまうとそれを立て直す理由が無いというか、誰かがいれば、例えば親や子や配偶者などが同居していれば叱咤され嫌々ながらも改善してゆけるのだと思う。しかし、僕は独り。グータラしていても誰にも何も注意されない。自由奔放を極めることに注力するのだから、もはや手に負えない。朝も米を炊くことはしていない。普段なら朝食を用意し、決まった時間に食べるのだけど、そんなものは今の自分には必要ないとばかりに、朝から焼酎を飲む。</p><p>15歳で調子が悪くなり、今は55歳だから、もう40年間こんな状態を繰り返している。一時は良かったのだけど、今はちょっと悪いかな？ではなく、絶不調を継続している。断続的な雨ではなく常に台風の下で生活しているようなものなのだ。それは鬱持ちの方なら分かると思う。晴れる日なんて無い、どうして自分ばかり毎日雨が降るのだろう、他の人には日光が当たりキラキラしているのにな、僕は常に傘をさし暗闇をライトも無しに歩く。それって不公平でしょ、と思っていたけど、何時しかそんなものにも慣れ、気付けばこの世には光というものは存在しないのだろうと錯覚し「ライトは売っていませんか？」と診療内科を訪ね、そこで処方された薬をライト代わりに歩んでいく心の貧しい人間と化してしまった。</p><p>来週からB型作業所に復帰する予定だ。少しだけど希望が見える。同じ過ちを何回繰り返しているのか、もう忘れてしまった。希望を失っては、また希望が見える時がある。失ったものは忘れたらいいのか、ああ、そうなんだな。なんにも知らない方が得をするのか。それを知るのが遅すぎたのかもしれないけど、それさえ知りもしないのです。そんなフリをして今日は何をしましょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12975300785.html</link>
<pubDate>Mon, 10 Aug 2026 07:27:09 +0900</pubDate>
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<title>0805</title>
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<![CDATA[ <p>引きこもり生活は6日目となった。調子は相変わらずで何かが好転する気配すらない。そんな中、スタッフからラインがあった。B型作業所を辞めるという選択もあるけど、少し休んで、体調が改善すればまた来てもいいのでは？という提案だった。僕は少し考える。どうしよう、また同じ事の繰り返しにはならないか、そんな事をしていては却って迷惑を掛けるはずだし。ただ、たった6日何もしない一日を送っていると、生活のリズムが崩れてしまっているのが現実。朝から酒を飲み、夕方には鬱は悪化している。それを紛らわせる為に眠剤を飲み、まるで全てを消し去るように眠る。僕はスタッフの提案を受け入れることにした。少し休んで仮の話だけど調子が元に戻ればまた利用してもいいかなという考えに至った。</p><p>他にも行く場所はないことはない。市内にＡ型ができたし、障害者枠で清掃員の仕事も募集している。思い切って環境を変えるのも一つの方法かもしれない、もしかしたら他の場所の方が僕に合っている可能性だって否定できないのだし。そうは思うものの、その真逆、つまり全く合わない可能性だって十分にある。僕はもう少しだけ今の作業所に掛けてみることにした。</p><p>人が集まれば、そりゃストレスのひとつも感じる。どんなに仲の良い友人同士でも時にはイライラしたりする。僕は打たれ弱いのだと思う。ほんのちょっとのストレスが、それは誰しもが感じるストレスなのだけど、それが積もりに積もって鬱という形で僕を攻撃してきた。これじゃ、どう考えても、今の段階ではどこへも行けない。</p><p>もう少し自分を甘やかせてもいいのかもしれないなあ。少し長いお盆休みなんて考えたって悪くはない。調子を崩して1ヶ月くらい休んだ利用者さんもいるし、些細な事で辞めていった人もいる。それに比べたら、復調したらまた通おうと考える僕は立派とまでは言わないけど障害者が普通に通る道を歩いているに過ぎないことに気付いたりする。一般就労だって年に有給が最低でも10日はある。それを考えれば半月くらい休んだっていいじゃなのかなと、自分を正当化してみる。</p><p>いつか笑える日が来ますように。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12974810958.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Aug 2026 10:08:54 +0900</pubDate>
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<title>0801</title>
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<![CDATA[ <p>7月いっぱいでB型作業所を辞めることにした。辞めた後の予定は全くない。おそらく引きこもりの生活が待っている、それはとても辛い事なのだけど、僕は辞める決断をした。理由は、はっきりとはしないものだ。毎朝、行きたくない、しかし家に居れば朝から酒を飲むだろう、だから行くしかない、そんな葛藤を繰り返す毎日に嫌気がさしたのも事実。自覚はないのだけど、作業所で何か嫌な要因があるのだろう。分からないけど、僕はその「何か嫌な事」を回避したいのだと思う。だから行きたくないと思うのだろう。</p><p>やっと見つけた居場所。もう5年くらい通っているかな。いろんな人と出会い、そしていくつかの別れも経験した。みんな良い人ばかりだった。一緒に汗を流し、時には冗談を言い合う仲。それがすっかり生活の一部となり、良いリズムで暮らしてこれた。しかし、もう限界がきた。いつしか笑顔は消え、ずっとイライラしている自分がいるのに気付く。どうしてだろう？それが分かればいいのだけど、理由もなくイライラする。誰かの放った一言にいちいち腹が立つ。誰かがとった行動がいちいち気に入らない。表面上は仲良く振舞っているのだけど僕は孤立している。</p><p>これからどうなるのだろうか。仕事なんてそんな簡単に見つからないし、それは広大な砂漠の中にオアシスを見つけるようなもので、僕は苦しい思いをしながら、毎日、独りぼっちで熱く焼けた砂の上を歩くことになる。そこには昼も夜もない。一日のリズムは狂い、やがてオアシスを探すことを止め歩みを止めるのかもしれない。</p><p>何もそんな大袈裟に考えなくても、なんて思うかもしれないけど、精神に障害がある者が引きこもるとは、それは療養とは言わないもので、病状が悪化するのを覚悟しなければならない。</p><p>自分で自分の事が理解できない。また振り出しに戻ってしまった。もうサイコロを振る気力もない。仮に振っても、出た数字の分を歩く根性もない。僕は何がしたいのか、どこへ向かいたいのか、それさえ分からない自分にいささか腹が立ちます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12974399641.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Aug 2026 08:28:23 +0900</pubDate>
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<title>0729</title>
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<![CDATA[ <p>僕の部屋はコバエが多い。おそらくコバエが好きな環境なのだろう。つまり不潔を極めているのだ。僕は「コバエがポットン」なる商品を購入した。半信半疑だったけど、実際に使ってみると、どんどんコバエがポットンの中に入ってゆく。1匹は入ればまたもう1匹。その様子を見ながら酒を飲む。もっと見るものはあるだろうに、例えばYouTubeなどで政治の勉強のひとつでもすればいいのかもしれないけど、僕はポットンに入ってゆくコバエに心を奪われる。焼酎を飲みピーナッツをかじり、そしてポットン。ハマる。ポットン、キテる。このキテる感はなかなか他にはないくらい、僕は時間を忘れる。しかし、ふと我に返ると、なんて陰気で無意味な時間を過ごしているかに気付く。僕はポットンをそっと視界に入らない場所へと移動させ、タバコにひをつける。相変らずコバエは飛んでいるのでキンチョールを部屋中に散布する。最初からそうしていればポットンで無意味な時間を過ごさずに済んだのだけど。</p><p>考えてみると僕は意味のある時間を過ごしているのだろうか。意義のある行いをしているのだろうか。なんだか全てが無意味なことの繰り返しのように思えてくる。人生なんてただの暇潰し、そんな事を言う人もいるのだけど、おそらくそれは正しいのではないかと思う。小山田さんという方が曲の中で「意味なんて無いさ」と歌っている。それはまるで意味の無いことをする事に本当の意味があるのですよと言わんばかりだ。無意味の美学とでもいうか。</p><p>今日もB型作業所に行く。意味はある。生活リズムの安定と病状の安定を目的に行く。しかし、行きたくないという気持ちが大半を占めるのは何故だろう。それは意味があると信じているからではないだろうか。行く意味は特にない。暇だから行くだけなのです。そう考えてみると少しは気持ちが楽にはならないだろうかと考える。若い頃に聴いた「意味なんて無いさ」というフレーズが55歳になっても耳から離れないのは、要するに僕は無意味なことに魅かれる気質なのではないのかな。ついでに言えば、この文だって何の意味もない、SNSなんて全く意味のない遊びですものね。</p><p>良き一日を</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12974092947.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Jul 2026 07:43:47 +0900</pubDate>
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<title>0728</title>
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<![CDATA[ <p>今朝、ジョギング中に要らぬ考えが浮かんできた。それは、もし僕が結婚して子供がいたら、いったいどんな人生だったのだろう、そういう考えだ。若い頃は人並みかどうか分からないけど何人か恋人ができ、長く付き合ううちに結婚を考えたこともあった。しかし、幸か不幸かは知らないけど僕は一人の人生を選んだ。もう55歳、子供がいれば独り立ちをし社会人となっているかもしれない、そんな年齢だろう。立派に社会に出て働く子供は僕の今の姿を見てどう感じるだろう。家ではグータラし、福祉施設に通い月に僅かながらの工賃をもらってくるだけの父親。鼻で笑われるだろうか、いや、もしかしたらそこまでにも達していないくらいの存在かもしれない。相手にされず、そこに居るのに居ないもの同然として見られるのではないだろうか。「たられば」の話で実際はどうだか分からないけど、尊敬される父親像とは程遠い現実を僕は受け入れざるを得ない人生をおくっているのかもなあ。</p><p>今朝も亡き父と母の写真に声を掛ける。ある時は冗談を言い、ある時は「ありがとう」なんて真面目な顔をしたり、そっと手を合わせるだけの時もある。父と母は僕や姉を生んで良かったのだろうか。それを邪推とでも言うのだろうか。父や母が生きている頃、僕は酷いことを言った記憶がある。僕が精神の病気になったのは家庭環境のせいだ、なんて今となって考えれば何て愚かなことなのだけど、その時の寂し気な顔をする父や母の顔は一生忘れられない。</p><p>僕は生まれてきて良かったのだ。よく分からない精神の病気に罹り社会からドロップアウトしたけど、恋人も友達もいないけど、貧乏で近所の人からは無視されるけど、僕は生まれてきた良かったのですよ、お父さん、お母さん。</p><p>父も母も誠実で優しい人だった。僕もそうあらねばならない。もし子供がいたとしたら、たとえ障害者だとしても、胸を張って生きている姿を見せられるよう懸命に生きなければならないのだ。</p><p>ちょっと気合が入ってそうだけど実のところ暑すぎて半分●んでいます</p><p>良き一日を</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/meganejog/entry-12973998722.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Jul 2026 07:39:45 +0900</pubDate>
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