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<title>Mehico the one horn people</title>
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<description>Mehicowife, mum, artist, woman, human Melborune Australia</description>
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<title>そのままの自分を受け入れ受け入れてもらうこと</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>こんにちは、こちらオーストラリアはだんだん冬の気配、薪ストーブのありがたさを日々実感しています。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、メルボルンでの刺激的な都会の日々を離れ、田舎に戻ってきて、あれよあれよと言う間にもうすぐ２ヶ月が経とうとしています。</p><p>&nbsp;</p><p>この２ヶ月間はひたすら家の周りを開拓して、家庭での食料自給率を上げるべく畑を耕しては食べ物を植えながら、自分の心の中を深く観察するインナートラベルの日々でした。</p><p>&nbsp;</p><p>そもそもパンデミックで人に会えなかったので、自分の幸せと家族の幸せって本当のところ一体何だろうという根本的な問いに強制的にフォーカスさせてもらったような感じがしています。</p><p>都会にいるときは、いろんな問題を、田舎に行けば解決すると、ある程度環境に丸投げしていたのですが、もちろん変わらないといけないのは自分自身、田舎に行って、働いてもいないのに、イマイチすっきりできなくて。だからこの時間は、扉を開いても開いてもまだ奥がある自分の心を観察するありがたい時間と思ってマイペースにやっています。</p><p>&nbsp;</p><p>コミュニティの平和も世界の平和もまずは家族から、もっと言えば、まず自分がハッピーであること、そこが達成できなかったら何もできないな、ということで、家族のためにも、自分を大切にするということが徐々にできるようになってきました。</p><p>それはつまり、自分の心の声を無視しないっていうことで、脳みそで考える前に、まずは自分の心を自分が感じ切ってあげること、自分が自分のよき理解者でいることがとても大事ということ。そして求めているものがわかって、それと現実との間にギャップがあるときは、そこで脳味噌を使って、ソリューションを考える、というふうにステップを踏むのがいいのではないかと思っています。</p><p>で、それをパートナーなり子供なりに伝える必要があるときは、ちゃんと言葉を選んで、相手に伝わるようにコミュニケーションをとること、逆に家族が何か私に伝えたいことがあるときは、その気持ちに寄り添って聞くことが大事だなと。なかなか難しいし、特に旦那さんには甘えてしまうので、伝えたいことが伝わらないイライラをぶつけてしまうこともあるのだけど、そういう時は、ちゃんと謝って、感謝することを心がけています。いや、本当に、なかなかできないんだけどもね、、、</p><p>なかなかできないんだけれども、このコミュニケーションの取り方について、現実的なメソッドを示してくれたのは、通称NVC、「Non Violence Communication 」という本で、この本を読んだことで、相手に何か伝える時のやり方についてものすごく勉強になりました。</p><p>私の拙い言葉でその全容を伝えるのは難しいので、かつての私のように、コミュニケーションの壁にぶちあったっている人がいたら、ぜひ読んでみてほしいと思います。日本でも手に入るそうなので！</p><p>&nbsp;</p><p>日本ではよく、人に迷惑をかけてはいけません、と教えるけれど、インドでは、皆人に迷惑かけて生きているんだから、感謝しなさいと教えるそうで、本当にそうだなあと思うのです。そっちの方が私は好き、だから子供にも、間違えてもいいんだよ、迷惑かけてもいいんだよ、だって家族だから、でもそういう時はごめんなさいとありがとうをちゃんと言おう、と、私が行動で示していけたらいいなあと思うのです。これまた難しいんですけれど、、、汗</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>前置きが長くなってしまったけれど、今日書きたかったことは、自分と家族の幸せはどこにあるか、ということで、それは、「あるがままを受け入れあう」ということかな、と思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>先日、旦那さんと子供の前で、心が溢れて泣いてしまった出来事がありました。お母さんなんだから、もっと強くならなくちゃ、とか、子供の前で泣いてはいけない、と、母になってから何人もの人にそう言われました。</p><p>私の母も、子供の前で泣く人ではなかったし、夫婦間の問題を子供の前では見せない両親に育てられていたので、母とはそういうもので、それはよきことだ、という認識があったのですが、いざ自分が母になってもそういうふうにはうまくやれなくて、自分はなんてスキルがないんだ、なんて弱い人間なんだ、私なんてこの家族にとって意味ある存在なのかな、、、何もできない自分が恥ずかしいし申し訳ない、というふうに、自分の価値をどんどん下げてしまって、卑屈になっていたんですね。</p><p>&nbsp;</p><p>だけど、子供の前で泣いてしまうのはそんなにダメなことなのかな？と思います。私は自分が育った家族のこと愛しているし、両親が私に与えてくれたものに関してはただただ感謝しかないのですが、ただ、子供だからと頼りにされないこと、家族の中にちょっとした問題があっても両親がそれを私の前では見せないようにしていること、が寂しくもあった子供時代でした。</p><p>両親の間に不協和音があって（私の家庭においてそんなことは稀でしたが）それを隠そうとしても、子供は敏感に気づくものだし、そうしたら子供は子供なりにめちゃくちゃ気を使うんです。</p><p>子供の前で喧嘩するのはもちろんよくないけれど、夫婦間の意見が食い違ったりした時に、それを話し合って解決して、仲直りするメソッドを、実際子供が見て学ぶことも大切かな、と私は思います。</p><p>先日泣いた時、４歳の息子が寄り添ってくれて、自分もさっきまで泣いていたのに、すっと泣き止んで、私を抱きしめて慰めてくれました。</p><p>大人でも心が溢れちゃうことがあるし、勝手に涙が出ちゃうこともあって、そんな時、自分も力になれること、頼りにされている存在であること、を子供が感じてくれるのも、大切かな、と思います。</p><p>なぜなら、問題を大人だけで解決して、子供のために環境を整えることも大切だけど、子供も家族の一員なのだから、みーんなで起きたことを共有して、みーんなで解決していきたいんですよね、私は。</p><p>それによって、子供も自分も家族の一員として尊重されていると感じることができるのではないかとも思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、末っ子だったし、親の与えてくれるものを受け取るばかりで、彼らには何もしてあげられないという居心地の悪さをどこかで感じていて、これだけ受け取っているのだから、私も両親に感謝して、彼らが求める子供にならなくては、だけど、私がしたいことはその道から外れていて、私が私を貫いたら親を悲しませる、という狭間で、自己存在感がグラグラに揺れていた若かりし時代があるんですね。必要とされる存在ではなく、私ってお荷物なんじゃないかって。</p><p>人間は、他人に喜んでもらうことが嬉しい、役に立つことが嬉しいんだって、やっぱり思う生き物と思っていて、息子はまだ４歳だけど、私は彼に本当にたくさん助けてもらってもらっています。頼りにしているよという言葉がプレッシャーになってはいけないけれど、ありがとうという気持ちが伝わったら、彼はとても誇らしい表情を見せてくれます。いろんなこと、私が思っている以上に理解しているんだなあと感じます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、私が泣いたことを、お父さんが何かダメなことをしたからお母さんが泣いている、と理解されては困るので、お父さんが悪いんじゃないんだよ～こういうのが辛くて、心がえーんてなっちゃって、でも息子がいてくれて、大丈夫になったよ、ありがとう、と説明しました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>涙は浄化作用がすごい！と思っていて、かつてはお風呂場でシャワーを浴びながらこっそり泣いたり、誰もいないビーチ（これが近くにあるって幸せだ）に行って、涙が出てくるに任せたりしていると、本当にすっきりするんです。</p><p>日常の中で、ちょっとづつ我慢していることや、ギリギリで頑張っていることがあったり、他人のイラつきを受け取ったり、ということが溜まっていくと、心に澱が積もっていって石のようになってしまう。涙には、その石を溶かして外に出す作用があると思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私が泣くタイミングというのは、花粉症になる人が、徐々にその器が満ちていって、溢れたときに発症するように、泣いたそのときの現象が直接的原因ではなく、その前から徐々に満ち満ちてしまっているものがあるときに、ある小さいきっかけでも溢れてしまうからです。旦那さんはよくいっぱいいっぱいになる前に行ってくれたら、私一人の時間を作ったりして対応するから言ってと言ってくれるのですが、溢れるまで気づけないことがまだよくあります。自分を過信していたり、見て見ぬ振りしちゃってるんですよね、まだまだ。</p><p>だからこそ、さっきも書いたけれど、自分のことをちゃんと自分が感じ切ってあげないといけないんですよね、こういううことが多発しないためにも。</p><p>&nbsp;</p><p>だけども、私は、泣く私も、私として認めてほしい、お母さんだから泣くなじゃなくて、泣いていいよ、って、今泣きたいならイーッパイ泣いてスッキリしなよって、言ってほしいし、子供が泣いてる時も、そう言ってあげたい。</p><p>泣いている人が隣にいたら、そんな小さいことで泣くの？と思うのではなく、今この人は泣きたい気持ちなんだなあ～っと、その気持ちに寄り添ってあげたいし、寄り添ってほしいのです。泣く理由が、その人にはあるのだし、泣くことで心の風通しが良くなるなら、泣かせてあげたらいいと思ってます。</p><p>&nbsp;</p><p>なぜなら、子供を育てていく上で、私が一番に思うのは、この子がこの子のままで生きていく手助けをするということだと思っているからです。</p><p>&nbsp;</p><p>そのままの自分を受け入れてもらえないこと、自分が自分を生きれないほど辛いことはないと思います。</p><p>大人になったからといって、自然にパーフェクトになるわけではありません。だいたい、そもそもパーフェクトはないしね。親になった私が、挑戦して、失敗して、ストラグルして、落ち込んで、でも立ち直って、そういう姿をそのまま見せて、基本的にはいいんじゃないかと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、まずは、家族のそのままをクリアな目で見て、受け入れることを、自分から始めようと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>そのままを受け入れてもらうこと、それが「愛」って呼ばれるものなんじゃないかなあって今は思います。</p><p>自分が他人のそのままを受け入れて、自分も自分のまま生きる、そういう人生を歩んでいきたいなあと思うのです。お金持ちになりたいとか（これは笑っちゃうくらいオールドスクールな考えですね、お金は必要だけど）大きい家に住みたいとか、アーティストとして成功したいとか、そんなのが私の夢ではなくて、受け入れ受け入れられる家族とともに生きていく、さらにいうと、そういう社会で生きていくことが、自分の幸せで、その上で起きる現実的な現象も、起きることは起こるべくして起こっていて、それはよくなるために起こっている！と信じて、ありがたがってまるっと受け入れて、楽しむタフさを身につけていきたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>いつも通り支離滅裂ですが、読んでいただいてありがとう。替えのきかない今日という１日を、皆さんも存分に満喫されますように！</p><p>&nbsp;</p><p>ラブ！</p><p>めひこ</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mehico-1983/entry-12599349994.html</link>
<pubDate>Mon, 25 May 2020 09:50:33 +0900</pubDate>
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<title>自宅学校化計画</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　このロックダウン、いつまで続くか見通しが難しいし、ワクチンを息子にきちんと打たせてない私は、このパンデミックが収まった後に、公共の施設に子供を通わせることができない可能性もある。だから、このロックダウンの期間を言いトライアルの時間と踏んで、家を学校、と見立てて、家族みんなに負担のないホームスクールどんな形なのかと模索宙。これは実行に移していること、していきたいことの、メモであり、私たちの生活の記録。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ホームスクーリングが日常に？</p><p>&nbsp;</p><p>　このロックダウンで、いろんなことをオンラインでこなせることが証明されてしまった。</p><p>　集団学習についても、コロナが収まったしまた学校に行かせよう、という親たちと、ホームスクーリングや個人間のプレイグループに子供を参加させる少数派の親たちにググッと分かれそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　パンデミックが一時収束した世界では、人々はワクチンやウイルスに関して以前よりより敏感になり、ソーシャルディスタンスは常識となっているはずで、大人数が集合する現在の学校の形態を維持するなら、ワクチンを必ず受けていること、等のルールが定められることは十二分にあり得る話である。現在の学校が維持されるには、受け入れ人数も制限する必要が出てきて、よりオンラインでの教育がメジャーになっていくのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>　さて、私自身はというと、ホームスクーリング、オンライン教育スタイルで息子が生きていく未来も全然あるなあ、むしろそうなるのだろうなあ、と考えている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>教育って？学習って？生きてくのに必要なスキル</p><p>&nbsp;</p><p>　そもそも学習そのものに、もちろん意味はるのだけど、もっと生きていく根本のための勉強ではなく、学校って「学習」といった感じだなあというところを不服に思っていた。</p><p>　私はバリバリ私立の女子校に中学から行って、名のある大学に行って、（この大学時代には意味がありました♡この話はまた）つまり、超競争社会の学生時代を駆け抜けたんだけど、それで私の生きていくサバイバル術が上がったかといえばそうでもない。（もちろんそれを私が活用できていない、もしくは活用できていること自体に認識がないというご指摘あるかと思うけど、それは置いておいても。）</p><p>　じゃあ生きていくための学習って何っていったら、衣食住を自分でできるスキルだったり、アイデアを形にする力だったり、クリエイティブとは何かってこととか、あとはこれ大事だけど、私の学習に圧倒的に足りてなかったのは、お金と性の学習。学校でも家庭でもアプローチがなかった学習分野だけど、これは生きていくのに本当に必要な情報だと思っている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　正直「オンライン」でも全然知識は学べる。だけど、学校にはあってオンラインにない、子供の健やかな成長に欠かせないものは、人とのつながり＝コミュニティで、これから先は、より同じような価値観を持つ親同士が繋がって、ソーシャルを開いていくことが、これからを生きていくものを持つ親の腕の見せ所なのかなあ。と、今のところ私はそんな風に捉えている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>なので、</p><p>&nbsp;</p><p>とりあえず自分の家を学校化して、息子のための時間割を作ってみた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>科目は　</p><p>１ガーデニングの時間</p><p>２ご飯の時間</p><p>３クリエイティブの時間</p><p>４お茶の時間</p><p>５ゲームの時間</p><p>６youtubeの時間</p><p>７マキ集めの時間</p><p>&nbsp;</p><p>とこんな感じ。</p><p>&nbsp;</p><p>それぞれ</p><p>１　種植え、植えた種にに水をやる、（魚にも餌をやる）</p><p>植物を観察する。土を触ったり、クラフトの材料（種、　　花、石、つる、、、）を集める</p><p>&nbsp;</p><p>２　自分のご飯を自分で運ぶ、食べ終わったらもどす。</p><p>よく噛んで食べる。味の感想を言い合う。</p><p>作るのに参加したらコインがもらえる（コインについては下記参照）</p><p>&nbsp;</p><p>３　家から出たゴミと植物で何か作る、もしくは壁に絵を描く、ドレスアップする、恐竜島を作る、何でもよし。ママと息子で決める。</p><p>&nbsp;</p><p>４　お茶の支度を手伝う。テーブルを拭くとか。この時間は家族でひと休憩する時間。まったりおしゃべりする。</p><p>&nbsp;</p><p>５　iphoneに入っている好きなゲームをしてもいいけど、ママやダダはお仕事をしているから、タイマーが鳴るまで一人で遊ぶ、呼ぶ時はママやダダがいるところまで来て用件を伝える</p><p>。</p><p>６　好きなyoutubeを見てもいい。ママやダダと一緒に見たかったら、誘ってみたらいいけど、お仕事してる時もあるよ。</p><p>&nbsp;</p><p>７　晴れたら家族３人でプロパティパトロールとマキ集めをする。火を焚いて七輪に炭を入れる。</p><p>&nbsp;</p><p>と、順番はさておきこんなラインナップでやっている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>自分が自分の息子の学校の校長だったら</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　かつては、youtubeやゲームをさせているのが辛くて、させて何か仕事してもソワソワしてしまっていたのだが、彼（息子）はyoutubeで数字に興味を持って、メキメキと学んでいるので、youtubeの時間も真面目な学習時間として、とっている。</p><p>　大人にとっては自由に家事したりちょっと一休みしたりできる時間になるし、子供も動画から英語も学んでくれるので、そのとき彼が興味あるのもで自分が見てもオッケーと思えるクオリティだったら見せている。</p><p>&nbsp;</p><p>　動植物を川やブッシュで採ってる動画もよく見るから、同じことしてみよう！と、自由研究のいいきっかけにもなる。これからもっともっとクオリティの高いyoutube動画も出てくるはずだし、子供の生きていく時代も考えて、今からPCに触れさせてるのもいいかなあと。　</p><p>&nbsp;</p><p>　気をつけたいところは、時間は子供のわかりやすいサインで区切ること、あとは見ているものを親も把握しておくことと、一緒に見て、彼の得ている情報を取り入れたり一緒に楽しむ時間も取ることが大事かなと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　その分、衣食住に直接関わる、畑を触ったりはそれ以上に大事で、私も学ぶことだらけの中で、一緒に土を触って生徒してる。オーナーレディにも教えてもらいながら、とか、今はインターネットを駆使したら大抵やり方が出てるから、調べて見よう見まねでいろいろやってみる。</p><p>&nbsp;</p><p>　アートの時間もいっぱいある。なんでも作りたかったり描きたかったりしたら、自由にやっていい。先生は大抵私がやる。先生といっても、教えるというより、オーガナイザーとヘルパーサイドから、一緒に楽しむ感じで。クリエーションを楽しめたら成功。</p><p>　素材はここでとれるものか、いま家にある画材（新しいものはなるべく買わない）家庭ごみ、例えば紙パックとか、缶やビンや、洗ったプラスチック包装紙やそんなものをたくさん使う。</p><p>　いま家にある素材で彼のプレイグラウンドを作っていきたいな、とも目論んでいる。ここは廃材も結構あるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　火に関しては、彼にとっては小さい頃から馴染みのある暮らしの一部なので、彼が自分からやりたいということ、例えばマキを入れるとか、竹を吹いて火力を調整したり、トングを使って炭を挟んだり、をさせている。小さい火傷をしたことがあるし、日々見ているので、大怪我はしない程度に、日の怖さや熱さも知っている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>実際の生活の中でお金の勉強</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　コイン、は実験的に始めて見てるのだけど、実際のお金のことで、家のまえのスペースをカフェとみなして、そこで彼が作ったサムシングスイーツORドリンクを、お客さん（お父さんとプロパティオーナーの素敵な女性、と私）がオーダーすることで手に入る。</p><p>　それ以外にも家事以外の仕事を手伝ったらもらえる時がある。</p><p>　家事とは、彼が１日にするべき仕事のことで、植物の水やり、歯磨き、自分の魚に餌をあげること、マキを拾うこと、自分の食器を面倒見ること、らへんのことで、それにはお金は発生しない。自分が生きるのに自分がする仕事なので賃金は発生しない。</p><p>&nbsp;</p><p>　ママやダダは、洗濯を手伝ったり、薪割りの助手として彼に報酬のある仕事のオファー、例えば</p><p>「小さいコイン２枚で薪割りの小さい枝を拾い集める仕事しない？」「ゴールドのコイン一枚と交換で、一緒に床を水洗いしてくれない？」などをすることができる。彼は仕事を受けてもいいし受けなくてもいい。</p><p>&nbsp;</p><p>　そのお金は、週一回の村への買出しで、スペシャルなお菓子１個と、おもちゃ１つと交換することができる。彼の買い物は彼が自分おお金で買い物する。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　今後は、ハートマネーとして、実際のお金の他にも、人が嬉しいことをしたら、貝殻を交換するっていうのを取り入れていこうと考え中（各地で集めたたくさんの思い出の貝たちがその役目になりそう○）。</p><p>　これは、相手がしてほしいことした時（自分がしてあげたい、という時よりも）に相手にもらえるドネーションマネー。嬉しさの連鎖で回る家族の共通通貨、ということ。</p><p>&nbsp;</p><p>　お金と貝を使うことで、実際の「現代社会」で流通するお金に換算された価値観と、それには乗っ取らない、嬉しさやありがたさのループで回る循環とを学べたらいいなあなんても思っています。</p><p>　まずは家族の間で貝殻でフローが作れたら、私の家族では、お金じゃない新しい通貨（＝宗教でもある）が生み出せたってことで、これが地域や、バーチャルコミュニティでどんどんできるようになってくる気がします。</p><p>&nbsp;</p><p>今日はこの辺で。</p><p>皆さん良き週末を♡</p><p>&nbsp;</p><p>めひこ　the　学長 of my school</p><p>XX</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/mehico-1983/entry-12592400335.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Apr 2020 23:39:09 +0900</pubDate>
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<title>家族再生への道</title>
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<![CDATA[ <br>息子はいま4歳。母になってからの日々は怒涛でした。<br>息子が生まれてすぐに、癌で治療中の母が突然の危篤、生後2ヶ月の息子を急いで日本に連れて行く飛行機の中で亡くなりました。<br>子育てしていく中で一番頼りたい母が亡くなり、更に、家族を養っていこうというプレッシャーの中で働いてくれていた旦那が原因不明の腹痛に襲われて、入院。チャイルドシートに乗せるのも困難な息子を連れて日々家と病院を行ったり来たり、、、<br><br>母が亡くなったことでパンドラの箱が開いたように、今まで見て見ぬ振りをしてきた自分自身の問題や家族の関係もブワーと噴出してきて、とにかくこのままではダメになるからと、旦那と話し合って、ほぼオフグリッドのテント生活を始めました。<br><br>携帯の電波なし、インターネットなし、電気は友達の家やカフェで最低原をチャージして、それ以外はガス可動。小さな小屋を建て、ブルトーザーで穴を掘ってコンポストトイレを作り、水は湧き水をパイプで誘導して野外キッチンを作りました。<br>もともと自然の中で暮らすことに興味もあったし、それは大変面白い生活だったのだけれど、子供が1歳の頃に、オウンビジネスを始めようと、ポップアップの餃子屋を始めた頃から、日々を楽しむエナジーよりも、毎日のタスクに目がまわりだし、夫婦間のケンカも増えていきました。<br><br>約10ヶ月のテント生活を経て、ある人の好意で、これまたかなり自然の中に立つ素敵な山小屋に住むことになるのですが、ここでも健全なパートナーシップを育むことができなくて、夫婦間の関係は更に悪化。楽しい時間もたくさんあったはずなのだけれど、お互いのストレスが溢れた時に健全なコミュニケーションを取ることができず、ケンカをして仲直りをしてもまた喧嘩に陥るループにどんどんお互い疲弊していきました。<br><br>そんな時に久しぶりにライブペイントする機会があり、そこで、わたしはやっぱりこれがしたいんだ！という感覚を取り戻し、どうしたらもっと家族がよく回るのだろうと考えて、いろんなタイミングも重なり、メルボルンに引っ越してみることになりました。これが昨年2月の話。<br><br>子供が生まれてから散々繰り返された、じゃあお前が稼いでこい、じゃあお前子育てしてみろ！を実践するべく、わたしがフルタイムで働き、旦那が専業主夫スタイルで生活を回してみることに。数多くの夫婦が、お互いの大変さをわかり合うことができなくて、この不毛な言い合いに陥ること、あると思うのですが、私達は実際これをやったことで、かなりお互いに背負っていたものを理解することができました。かなりハードな日々だったし、息子にとってもタフな日々だったと思うけれど、今思えばお互いを理解するのに、これはめちゃくちゃ意味ある挑戦でした。<br><br>とはいえ、関係がすぐに回復したかといえばそうではなく、都会に来たことによるいい刺激もありつつも、自然という自分たちが気持ちよく暮らすためのファクターを失ったことで、ストレスは倍増。ひどい時は暴力に陥るまでの夫婦関係を回復することができずにいました。理解し合って協力するべきなのに、お互いができていないことをつつき合い、ネガティビティを引き出しあってしまう。<br>夜寝ている我が子を見ながら、こんな親でごめんねと何回泣いたことか。<br><br>環境を変えても自分たちの関係が変わらない限りどこに行っても同じなのは重々承知していたけれど、環境と役割を変えることでひとつのキッカケにはなるんじゃないかと考えてのチャレンジでしたが、結果、物事はより悪く進んでいるように感じられました。<br>メルボルンに来るまでの数年いろんなトライアンドエラーを繰り返して、もう新たな解決方法を見出すエナジーが残っていなかった。穏やかな時間ももちろんあったのだけど、ケンカになるのが怖くて大切な事を話し合うのを避けてしまい、心はどんどん閉ざされ、本来の自分を出すことができなくなってしまっていた。<br><br>そしていろんなタイミングが重なって、旦那と子供が日本に一時帰国している時に、離婚を切り出しました。もっと自分の気持ちを大切にしてあげたかったし、近くて喧嘩するより、適正な距離感で和が保てるなら、3人にとってその方がずっといいと思ったから。離婚しても子供を中心に協力しあって良い関係を築いている人達も多く見てきたし、子供にとっても、親である義務感で両親が仲が悪くても一緒にいるのを見て育つのは良くないと思った。私と旦那はお互い健全でない依存と甘えの関係を育ててきてしまっていて、自分たちそれぞれのワークをおざなりにして相手にせいにするループから抜け出せなくなってしまっていたから、それをとにかく一度クリアにしたかった。<br><br>そうしたら、旦那がこの離婚爆弾によって、本来の彼らしい姿を取り戻して、離婚すると言ったことで、形としては家族を保っていても、自分の望むような家族になれず苦しんでいたのに、本当の家族になってしまった！ということが起きました。<br>数年ぶりに、お互い冷静にジェントルに、建設的な会話することが出来るようになって、それによって目の前にある状況を相手のせいにするのではなく、取り出して分析して、解決案を考えられるようになったのです！！！<br><br>この数ヶ月は、二人とも働くこともしないで、日々を大切に、お互いがお互いをリスペクトしながら話し合いを続けてきて、またこの家族でやって行こうと強く思えるまでになりました。ケンカする自分たちの姿を子供に見せてしまう罪悪感もなく、役割を交換したことによって、旦那の子育てに関する態度も認識もめちゃくちゃ変わって、今は頼もしいパートナーでいてくれています。半年前のわたしには想像もできなかった、晴れ晴れとした気持ちで日々を過ごすことができるようになって、今本当に嬉しい。<br><br>この数年で、自分に、自分達に起きたことは全て必要な学びだったと思います。己を知らずして、他人ときちんと関わることは難しい。人生において、いろんなことがあるけど、状況は状況として、冷静に受け止めることで、他人や環境のせいにすることなく解決方法を見出せる。こういう考えに至るまでに助けになった書物もあるので、それはまたの機会に書きたいと思います。<br><br>長々と読んでいただいてありがとう。<br>今の私に至るまでの全ての出来事と、関わってくれている全ての人に、感謝。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mehico-1983/entry-12576807665.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Feb 2020 20:17:33 +0900</pubDate>
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<title>2020 What gonna happen</title>
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<![CDATA[ 2020年はどんな年になるのか。<br>2019年はトライアンドエラーの繰り返しで、それは全て、自分にとってのの居心地のいい暮らし、関係、つまりは人生を見直すのに全て必要なワークでした。<br>誰かを幸せにするために自分の犠牲にするのは間違っており、まずは自分が自分で幸せになること、だけどその自分の幸せには家族の幸せも不可欠ということ。<br>そのあたりでぐるぐるとループしていたような感じがします。<br><br>まずは出来ない自分を認める、許す。問題があるならそれを他人や環境のせいにしないで、取り出して眺めて、ソリューションを考えることにエネルギーを注ぐ。ジャッジメントしない。期待しない。あるものをあるがままに受け入れてありがたがって、全力でそれを遊ぶ。健全なコミュニケーションを心がける。<br><br>この辺りがずっと最近のテーマとしてあって、自分の感情に振り回されて日々何度も脱線するけれど、以前のようにアンコントローラブルではなく、時間をおいてもっと客観視できるようになりました。自分が囚われていた！と気づけるようになったことは大きい。日々日々が勉強です。<br><br>2020年はもっと旅するように生きたい。<br>日々日々をやっていく、あの感じ。<br>人生において旅が必要なタイミングっていうのがあって、そろそろわたしの心が旅を欲してうずうずしてきたようです。<br>一人で旅をしていた時とは違う家族との旅がしたいなあ！<br><br>とりあえず年末のパタゴニアでのエクリプスを目指して、自分の表現を形にしていきたい2020年です。<br><br>めひ<br>
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<link>https://ameblo.jp/mehico-1983/entry-12567152079.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Jan 2020 08:08:00 +0900</pubDate>
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<title>消費という行動</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　あれは何年前だったでしょう、私がまだバリバリマスカラとか塗って、お金を払ってファッション雑誌を買っていた頃、遠いバングラディシュという国で、ファストファッションで有名なブランドの製品を製造するの工場が崩れ、1000人以上の方が、その命を落としてしまった、という事件がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　彼らが製造していたブランドの服は、安くて流行りのデザインが取り入れられているし、サイズも豊富で、気に入って使っていました。どうせワンシーズンで着なくなっちゃうから、安くて可愛い方がお得だわ〜と言ったふうに。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　自分のクローゼットにしまわれたきらびやかなきらびやかなこの服を見て、わたし、自分の服や、身の回りのものに対して、どこで、どうして、誰の手によって作られたものだなんて、考えたこともなく買っていた、ということに気がつきました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　消費は政治的行動である。</p><p>&nbsp;</p><p>　なぜなら、商品を買うこということは、その商品の製造元を援助しサポートするということだからです。「買うこと」であなたの態度を示すことができます。いい活動をしている企業や個人があれば、そこの商品を買うことで、その企業や個人がビジネスを回していくための資金源になります。逆に、同意できないような方法でお金を作っている資本元からは購入しない。日々の購入という行為のすべてが、個人レベルで実際に行っている、最も大きい政治活動だと、今の私は思っています。奴隷制度について、口でひどいと言っても、そういう制度によって作られたものを購入していたら、それは口では非難するその行動を、賛同していることと同じだからです。</p><p>　政治に参加したいなら、今すぐ始められることは自分の「買う」という行為を見直すことではないかな、と思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　私たち夫婦は、スーパーで買い物をするよりも、（全くしないわけではありませんが、理想は限りなく０％に近づけたらいいな）ファーマーズマーケットや、コミュニティーマーケットで、作り手から直接ものを買うことを好みます。単純に自分の作ったものに、に愛と誇りを持っている人からものを買うのは気持ちいいし、作り手の顔が見えてコミュニケーションが取れるということは安心だし、そういう人に自分のお金が回っていったらいいなあと思うからです。お金はエネルギーの一つの形ですからね。</p><p>&nbsp;</p><p>　私が最近まで住んでいたバイロンベイ周辺の街では、大手スーパーマーケットや、ファーストフード産業が参入しようとすると、大きな住民運動が起きます。そのおかげで、バイロンベイにはメジャーなファーストフードショップはありません。（とはいえ、大きい資本がバンバン入ってくる時代の流れには逆らえませんが）</p><p>　大手スーパーマーケットができたら、食料品も雑貨も電化製品もベビーグッズも化粧品も全部揃うから、便利でいいじゃないか、という人がいます。</p><p>　ですが、では大手スーパーがある街にできたとします。人々は便利だからと皆そこへ行って買い物をするようになります。すると、街に古くからあった八百屋、服屋、電気屋、様々なお店が経営していけなくなります。その街に住む人たちはローカルの売り手を失って、スーパーにある商品を買うしか選択肢がなくなります。そして大手企業はますます力をつけていくのです。コミュニティの大切さを感じている人たちは、ローカルの中でお金を回していくことが、コミュ二ティを守るために必要とわかっているから、ローカルから商品を購入し、大手資本の参入を嫌がるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　自分の、買う、という行動が、どういう意味を持つか、考えて行動すること。</p><p>その企業の、行動や姿勢や企業理念のいかによって、そのブランドの商品を購入するかを判断する、信念にこだわる購買者「ビリーフ・ドリブン」が増えているそうです。この傾向はこれからますます高まるでしょうし、高まるべきだと思います。</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>　言うは易し、やるは難き、実際パーフェクトにしようと思ったらしんどくなりますが、商品を手に取った時、その商品が今自分の手元に届くまでのプロセスや、自分がそれを買うことは何に繋がるのか、思いを馳せ、納得して、購入することで、「何かを誰かから買う」という行為そのものがJOYになるのかなあと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>読んでくださってありがとう。</p><p>何か思うことあったら、感想いただけたら嬉しいです！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>めひこ</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 25 Jul 2019 22:59:14 +0900</pubDate>
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<title>私の好きな女性画家　お風呂に入って思い出すこと</title>
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<![CDATA[ <p>こんばんわ、メヒコです。さっきまでろうそくとインセンスとグッドミュージックなバスタイムを過ごしてきました。BGMはvoodoohop、いつもお世話になっております、最近もうこればっかり聴いています。気になる方はサウンドクラウドのリンクを張るので、聞いてみてください。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190723/23/mehico-1983/51/80/j/o1104117414510979505.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="447" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190723/23/mehico-1983/51/80/j/o1104117414510979505.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">Voodoohop :&nbsp;<a href="https://soundcloud.com/search?q=voodoohop">https://soundcloud.com/search?q=voodoohop</a></p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一人で暗いお風呂に入っていると、いつも思い出す一枚の絵があります。私が一番好きな画家の作品です</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190723/23/mehico-1983/ed/d4/j/o1336135514510980927.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="426" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190723/23/mehico-1983/ed/d4/j/o1336135514510980927.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">What the Water Gave Me (1938) Frida Khalo</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p>フリーダカーロ、メキシコの女性画家です。花を頭に飾り、眉毛の繋がったフリーダは近年、ファッションのアイコンとしてもとても人気で見たことがある方もいると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この絵のタイトルは、What the Water Gave me 水が私に与えたもの。この作品について、彼女は<span style="font-style:italic;">「私は夢を描いたことは一度もない。私は自分の現実を描いた」</span>と言っています。水の中に見えるそれぞれのモチーフや、彼女が実際に体験した思い出であったり、過去の作品だあったり、彼女自身のコラージュになっています。彼女の人生が、水の中の世界に写っている、そんな感じ。</p><p>&nbsp;</p><p>夫であり、画家でもあったディエゴ・リベラは「<span style="font-style:italic;">彼女は女性特有の、あるいは女性に普遍的なテーマを、仮借のない率直さと冷徹な厳しさをもって描いた、美術史上最初の女性である</span>」と語っているそうです。私は女性で、妊娠、出産を経験していますが、妊娠や出産はものすごくスピリチュアルな体験です。今までお腹の中、という宇宙で生きてきた、空気をまだ吸ったことがない生き物が、胎動を通って夜中に新たな一つの存在として登場する、母親は新たな魂の依り代であり、トランスフォーマーです。私は自分の胎盤を取っておいて、後でじっくり観察しましたが、「胎盤とUFOは同じ形をしている」というのもなんだか素敵で、よく絵のモチーフにしています。後は、沖縄のお墓は母の子宮を模していて、子宮から来て子宮へ還る、を意味しているそう。子宮といううちなる宇宙を持つ女性は、大地や宇宙やスピリチュアルなものをより理解しようとし、信じる才能があります。</p><p>&nbsp;</p><p>　フリーダの絵からは、とても女性らしい、と言っても、世間で作られた女性らしい＝おしとやかで優しくて柔らかくて賢い、ではなく、本来の、もっとプリミィティブな部分を描き出しています。激しさや、怒りや、悲しみや、汚さや、愚かさや、恐怖や、愛や、自分の内臓を裏返して、全部見せる、と言った風な。そこが私が彼女を好きな理由の一つでもあります。</p><p>彼女は自画像ばっかり書いていた画家で、「<span style="font-style:italic;">私はほとんどの時間を一人で過ごすし、自分のことは自分がいちばん知っているから、自分を描くのです</span>」という言葉を残しています。</p><p>&nbsp;</p><p>彼女と、時代は違えど同じ星で生きて、今もこうして作品を見れることが素敵。</p><p>&nbsp;</p><p>いつかメキシコ行きたいです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mehico-1983/entry-12497207746.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jul 2019 23:11:24 +0900</pubDate>
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<title>若い世代に言いたいこと</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは</p><p>めひこです。</p><p>&nbsp;</p><p>日本は選挙でしたね。日本の友人たちが熱く活動しているのを、見つめていました。みなさんお疲れ様でした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>日本の選挙率、半数以下か、、、低いですね。私の暮らすオーストラリアは、９０％を超えるそうです。とはいえ、私も２０代の頃は選挙に行ったことほぼありませんでした。選挙について真面目に考えるようになったのは震災以降です。だから、今の、特に若い層が政治に関心ない気持ちもわかります。関係ない、と、何も変わらないでしょ、とさっさとあきらめ、斜に構えて、選挙に行かずに友達と飲んで、社会について愚痴る。</p><p>&nbsp;</p><p>　なぜ私が政治に今日もを持てなかったかというと、まず家庭の中でそういう話題が日常で出ることがなかったこと。これはつまり政治と自分の生活は切り離されたもの、関係ないんだな、という感覚を育てます。</p><p>&nbsp;</p><p>　そして学校。本当に必要な教育はなされず、社会のために働く人間を量産するためのシステム。社会に有益であれ、社会の一員として倫理観を保って生きろ、ルールに乗っ取らないやつを監視して弾糾せよ、と日々教育されるわけです。私はすっかりそのルールを信じて、「帰りの会」で、「〇〇くんが廊下を走っていました、謝ってください。」的な発言をよくする子だったのですが、みんなの前で間違いを指摘して、謝らせる、という光景を異様だなと思うようになったのは、小学校5年生の時、カナダで1年暮らした経験からです。</p><p>　もともと、団体行動や人と合わせるのが苦手で、給食で食べられないものがあったらみんなが掃除ていても食べ終わらなきゃいけない、とか、前倣え、とか（ちいちゃく前倣えというのすらあった、なんじゃそれ）、つまらない授業でもじっとしていることとかが苦痛だったので、カナダの学校のいい感じのユルさにかなり衝撃を受けました。</p><p>　ビーチに授業をしに行ったり、教室で犬を飼っていたり、授業の時もみんな好きなように地面に座って聞いたり。授業自体も、ザ、ベンキョウ、というより、自由に工作したり、お話を作ったり、自分の研究プロジェクトを作って新聞にしたりと、より自由度が高いもので、さらにいいところは、それを評価しないところです。みんな違ってみんないいね、といったところです。日本のようにテストの成績に順位をつけたり、白か黒か、マルかバツか、といったところは全然重要視していないんですね。皆自由な表現を許されているから、もっと「個」という感覚が育っていく。</p><p>&nbsp;</p><p>　日本の教育システムは変えるべきですが、システムを変えるには国レベルで実施しなくてはいけなくて、もちろんそれはする気さらさらないでしょうから（というか出来ない）、難しいと思います。その代わり、もっと「寺子屋」的なものが増えていくだろうし、増えていってほしいです。地域レベルの教育の場で、お金や、政治や、愛についてや、性のはなし　なんかを勉強できる場があれば、学校の教育では得られないものを子供が（大人も一緒に）学ぶことができます。そもそも同じ年同士だけで学び合うなんて異様です。いろんな年齢の子供達が同じ空間を共有することで、大きい子は小さい子の面倒をみたりと、子供達は自然に社会というものを学んでいくのが本来の形だと思います。</p><p>　子供達にとって学校が世界の全てにならないことを願います。学校での（社会人に置き換えたら会社）ルールや、自分の評価が、自分の世界のすべてだと決して思わないように。夏休み明けに、学校に行きたくなくて自殺するなんて悲しいことが起きないように。嫌だったらさっさと逃げ出したらいいんです。定時制もあるし、インターネットで学ぶこともできます。なんならいっそ一人で旅でもしてみたらいいんです。いろんな大切なことに気がつきます。学校を辞めても会社を辞めても、自分が死ぬわけではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　今の２０代くらいの子達に言いたいのは、海外に出る機会があるなら、出てみること。視野が広がります。視野が広がるということは、自分の置かれている状況を俯瞰視できるということです。私は１０代後半でタイに行った時、日本のルールって本当に日本の中でしか通用しないもので、だから、私は私の思うように生きて、やっぱり正しいんだ、と思ったのを思い出します。ワーキングホリデーや学生ビザを使って、違う国で暮らしてみたり、バイトをちょっと頑張ってアジアの国に行ってみたり。経験が今後の人生を変えます。</p><p>&nbsp;</p><p>　それと、大学を出て、会社へ行って会社員をする未来に希望が持てないのは当然です。気持ちはじゅうじゅうわかります！だから、これからの時代を長くサバイブしていく若い世代には、もっともっと、自分で自分のビジネスを持つことを勧めます。「社会に対して従順で、深くは考えず、よく働くための教育」を受けた人たちにとっては、自主性を持って、生きると言われても難しいかもしれないですが、終身雇用制度神話もくずれ落ち、希望の就職先に行くのは狭き門で、もし仮に入り込めたとしても、その中では熾烈なポジション争いに勝っていかねばならず、どんなに頑張っても、それは結局は社長のためで、税金を国にたーんと払い、最終的にリストラされたら、その後、リストラされた会社の給料以上をもらえる会社に転職するのはかなり難しいので、ではどうしたらいいかというと、もっと賢くなる必要があります。学校を出たほとんどの人が勉強を辞めてしまいますが、実は勉強というものは生涯続けるべきことです。これからの時代は、インターネットがもっともっと加速していくと共に、働き方や稼ぎ方にも、より様々なバリエーションが生まれてくると思います。既に似合う服のアドバイスを５０００円でします、とか、ひたすら電話で愚痴を聞きます、一時間４０００円、とか、本当になんでも商品になりうる時代。あなたが与えることができるものを求める人がいたら、もうそれは商売です。自分で生きていくためのスキルと経験を磨いてほしいなあと願います。</p><p>&nbsp;</p><p>　そういう私は、勉強をサボってぐうたらした時代のツケがきて、（ぐうたら時代はそれはそれで最高、なので後悔はないけれど）今色々と猛烈勉強宙です。</p><p>この辺の話も、またしたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>では、今日はこの辺で。</p><p>読んでくださってありがとう。</p><p>&nbsp;</p><p>めひこ</p><p>&nbsp;</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/mehico-1983/entry-12496895068.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jul 2019 23:32:08 +0900</pubDate>
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<title>アンティーク大好き＠メルボルン</title>
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<![CDATA[ <p>　おはようございます。</p><p>今メルボルンは朝の７時、まだ暗いです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>昨日の日曜日は、休みだったので、友達が教えてくれた近所のアンテークショップに遊びに行ってきました。</p><p>100個以上の個人のブースが、大きい ware house (倉庫) に収められています。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/15/8c/j/o3024403214509340102.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/15/8c/j/o3024403214509340102.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">様々なジャンルのお店が並びます</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/f9/ec/j/o2824376414509339982.jpg"><img alt="" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/f9/ec/j/o2824376414509339982.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">食器やキッチウェア</p><p style="text-align: center;">ディグるのが楽しい。たまに掘り出し物も♡</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/8b/8c/j/o2847369314509340476.jpg"><img alt="" height="545" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/8b/8c/j/o2847369314509340476.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/82/8f/j/o3024403214509340345.jpg"><img alt="" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/82/8f/j/o3024403214509340345.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">服もめっちゃある。</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/55/bb/j/o3024403214509340189.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/55/bb/j/o3024403214509340189.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">ジャンクもいっぱい。</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　フットワーク軽く生きてくには、荷物をあまり増やせられない。それに、ものに執着しないで、所有しないライフスタイルっていいなあと思うのに、やっぱり「もの」も好きで、食器や籠や、普段絶対着ないスケスケのドレスとかに、ため息が出てしまうんですね。</p><p style="text-align: left;">　だからと言って、若い頃に服やアクセサリーを買い漁っていたように買い物をすることはもうありません。現在の私の買い物ルールは、基本、新品を買わないこと。服屋には基本行きません。服や家具、食器等を買う場所は、こちらで、op shop とか salvo store とか呼ばれる、リサイクルショップ。それも、ドネーション（寄付）から成り立っています。今の時代、ゴミを捨てるにもお金がかかるので、それよりはタダで引き取って、また誰かに使ってもらおうと、人々が寄付した服や食器、家具等を、安価で販売しているのです。まだ使えるものがゴミにならずにまた誰かに使ってもらうというサイクルに参加できるのもいいし、ファストファッションはその製造方法やプロセスに賛同できないので、もう買うことはありません。古着でいいのは、一期一会、というところ。ご縁を感じて買ったオンリーワンのものを楽しむ方が、私は好きです。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　ちなみにオーストラリアにはTip shopという、ジャンクショップも面白いです。こちらは、ゴミとして集められたものの中から、まだ使えるものを選び出して、op shopよりも安い値段で販売しています。</p><p style="text-align: left;">　カップルだった頃の私たちは、休みとなれば Tip shop に繰り出し、買ってきた様々なジャンクから、庭のベジガーデンや、パーティーデコレーションや、家具 、照明なんかを作って遊んでいました。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　メルボルンは最近まで住んでいたバイロンに比べたら、本当にアンティーク天国です。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/46/3b/j/o3024403214509340282.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190722/06/mehico-1983/46/3b/j/o3024403214509340282.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">Antieque bazaar&nbsp; &nbsp;<a href="http://www.waverleyantiquebazaar.com/">http://www.waverleyantiquebazaar.com/</a></p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">　では　今日はこの辺で♡</p><p style="text-align: left;">Have a nice day</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;めひこ</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mehico-1983/entry-12496643785.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jul 2019 06:57:49 +0900</pubDate>
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<title>Hand poked tattoo  手彫りの刺青がスキなわけ</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは</p><p>めひこです</p><p>&nbsp;</p><p>今日は、私が手彫り刺青が好きな理由と、始めたわけについて、書いていこうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　刺青にはいろいろな思い出があります。初めて入れたのは大学一年生、１８歳の時。小さい頃から、不良っぽいものに憧れていて、まあ、今思うと、メジャー嫌い、マイノリティーでありたい欲が子供の時から強かったということと、姉がかなりストレートに優秀な子だったので、こりゃ勝てないな、と、真逆の道に行ったというところもあるかもしれません。（ある意味めっちゃ素直）とにかく、高校生の時の好きな私の雑誌といえばBURST、メロコアやヒップホップを聞きながら刺青を見てかっこいいなあ！とか思っていたのです。</p><p>　反抗期、真っ盛り、親のだめということは全部してやろうと思っていた私は、大学一年のある日、午後の授業をサボって、近居のタトゥースタジオに予約を取り、そのまま初めての刺青を入れました。刺青のデザイン自体に込めた願いはとりあえずあんまりなく、どちらかというと、入れること自体がしたかったという感じ。刺青を入れること＝親の思ったような人生は歩まないぞ、という決意の印、またはお守り、みたいな感じでした。私は一度決めたらこんな風にさっと行動してさっと実行してしまう時があります。普段は超ぐうたらなのに、こういうときの動きはめちゃ素早いです。（例えば、その日に決めて飛行機や新幹線のチケットを取って速攻どっかに飛ぶ、とか）</p><p>&nbsp;</p><p>　そのとき入れた二個の刺青以降は、最近までずっと何も彫ってはいなかったのですが、タイに行ってタトゥーイストと仲良くなって刺青のデザインさせてもらったり、Instagramで好きな彫り師さんの作品を見たり、刺青の写真集に、手が伸びたり、とにかくずっと好きでした。いつか自分で自分に彫れたらいいなあ、と思いつつ、ここ最近までそれを実行に移すことはありませんでした。いつか叶えたい夢リスト、の一つといった感じで。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　それがある日、夫婦で言い合いになり、お前のしたいことは何なんだ、と問い詰められて口から出たのが、刺青がしたい、でした。自分でもちょっとびっくりしつつも、自分のホンネはこうかあ、と妙に納得もしたりして、というのも、私が得意な線画は刺青にぴったりだし、テーマに沿って描くのも好きだし、キャンバスに描いて売るより、人の体に刻まれる方がずっと残っていいなあ、自分の絵の一部もその人と一緒に人生を生きる、みたいな、それってロマンチック、自分自信が自分のキャンバスっていうのもかっこいいし、技術さえつけば、もともと絵は描けるし手先も器用なので、イケるかもしれないな、と思っていたからです。</p><p>　それを実行に移して、ただでさえ少ない自分の自由な時間を全てそれに注ぐ覚悟はあるかと問われると、いまいちまだ自信がなくてずっと実行できずにいたのですが、とにかく出来る範囲で始めてみよう、と、オンラインで手彫り用のキットをオーダーして、とにかくまず10個自分に彫ったら、友達に彫らせてもらい始めよう、と決めました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これが自分に掘った最初の１０こ</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/1e/81/j/o3024403214508509746.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/1e/81/j/o3024403214508509746.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">射手座ですし</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/19/9a/j/o3024403214508510151.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/19/9a/j/o3024403214508510151.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">ちょうちょうも好き</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/33/9d/j/o2854330714508510384.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="487" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/33/9d/j/o2854330714508510384.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/80/55/j/o4032302414508511466.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/80/55/j/o4032302414508511466.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/0e/8a/j/o3024403214508511770.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/0e/8a/j/o3024403214508511770.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">これは息子の名前の意味を絵にしたもの</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/02/35/j/o3024403214508512157.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/02/35/j/o3024403214508512157.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">刺青をする方法は様々歩けれど、私がやっているのはHand poked tattoo,　針にインクを含ませ、チクチクとひと針ひと針、墨を入れていく方法です。</p><p style="text-align: left;">マシーンより線がブレやすかったり、もちろん時間もかかりますが、ミシンで縫ったものと、手刺繍の違い、のように、手彫りならではのいいバイブレーションがあります。</p><p style="text-align: left;">音がうるさくないのも、好きなポイントの一つです。自然中で自然の音に囲まれて彫ることもできるし、好きな音楽をかけたり、ゆっくりと会話しながら彫ることもできる。刺青入れたい理由はひとそれぞれだけど、その人の話を聞いて、込めた想いを（壮大なものでもいいし、自分がおにぎりが好きだからおにぎりの入れる、でもなんでもいい）聞いて、それに合わせたその人のためだけの絵を描き、それを体に刻ませていただく。ひとはりひとはり、チクチクとその願いが叶うようにと想いを込めて彫ります。それは私にとっては、ただ単に刺青を入れる、というより、刺青を使ってのメディテーションや儀式に近いものなのです。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">私が自分自身に入れた刺青にも、それぞれの想いや意味があります。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/8a/03/j/o1186118914508521680.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="421" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190721/11/mehico-1983/8a/03/j/o1186118914508521680.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">これは、今回メルボルンに引っ越しをする前夜、初めて１ヶ月以上も離れる家族のことを思って入れました。星が旦那で、その横の小さい惑星（点だけど）が息子です。いつでも見れるように、手の甲に入れました。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">人生短いけれど長くて、苦しい事や大変な事や、自分のことしか見れなくなっちゃう時や、自分のことすら見失っちゃう時っていっぱいあるけど、刺青を見ることで、角を大事に想う気持ちや、自分が決めた自分の人生へも思いを取り戻すきっかけになったらいいなあと思います。前にも書いたけど、自分のからだ自体が、自分の想いや思い出をいっぱい刻むキャンバスで、一つ一つの刺青それぞれに、愛しいストーリーがあるって、とってもいいなあと思います。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">では今日はこの辺で！</p><p style="text-align: left;">Have a good day X</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">最後に　</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">今日は選挙ですね。私はすみません、在外投票の登録をしていなくて、投票できません。日本で、選挙について広めようと、活動されてるみなさんに感謝とリスペクト。私の友人たち、ぜひみんな投票に行ってください。私もここオーストラリアから、もっと知って、学んで、発信していこうと思います。ありがとうございます。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">めひこ</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mehico-1983/entry-12496362891.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Jul 2019 12:13:48 +0900</pubDate>
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<title>オーストラリアへどうやって辿り着いたか</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、めひこです。</p><p>自分の過去について、今見直すといろんなことが客観的に見れて、自分としてもたいへん興味深いので、今日はもうちょっと時間をさかのぼって、私がオーストラリアに初めて来た時と、なぜオーストラリアに来ようと思ったのかをお話ししようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　当時私は渋谷のアウトドアアパレルショップにて、店員とバイヤーの仕事をしていました。その頃の私はというと、大学を卒業したものの、就職するのは絶対に嫌で、笑、、、何をしたいかはわからなかったけど、とにかく、「したくないことだけは絶対しない」を軸に、フットワーク軽く生きてってみようと深く決めていました。スーツ着てハイヒール履くなんてまっぴらごめんだわ！と。（そんな企業ばっかじゃないんですけどね、当時は就職や就活はスーツ！って思い込んでいたので）タイに行ったり沖縄に行ったり京都に住んでみたり、滋賀県のホテルで３ヶ月缶詰してお金貯めたり、そしてまたアジアに行ったり、と、まあ風吹くままに、ふらふらとしていたわけです。そんな折、母方の祖母が癌になり、母が心配だった私は、とりあえず東京でしばらく働いてみよう、働くなら最低3年はやってみよう、と考え、当時好きだったアウトドアやヘンプの服を扱うお店で働き始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>　東京にいると決めたのだから、絵ももっと真剣にやろうと、当時組んでいた、音と絵を同期させたバンドのメンバーと一緒に、下北沢にアトリエを借りて、ライブをしたり、個人でも個展をしたり、ライブペイントしたりしていました。とはいえ、酒を飲んでいる合間に仕事して、制作する、と描写した方が的確なくらい、とにかくお酒を飲んでいました。毎晩一人で、飲み屋を数件はしごして、とな時に座った人と喋ったり、飽きたら友達を呼び出したりして、明るくなるまで飲む、明るくなっても飲む、とにかく今日の限界までは飲み続ける、といった風でした。</p><p>　</p><p>　仕事も面白かったし、一緒に住む彼氏もいたし、絵を描く場もあって、でもどこかで満たされきれない自分、まだ誰かを羨ましいと思う自分がいて、そんな自分を日々酒で流す、といった感じだったんだろうなあ、と、今となっては思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんな時、私の人生を本当に大きく変える出来事がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>東日本大震災</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>確固たると思っていた日常が、こんなにも、揺らぐなんて。</p><p>地震が起こったその時、私は渋谷の店舗で働いていて、揺れを感じて外に出たら、立っていられなくなり、自分がめまいを起こしたかと思ったのですが、向かいの喫茶店のシャンデリアがに日に左に大きく揺れるのを見て、ああ、こんなに大きい地震なんだ、と思ったのを覚えています。</p><p>&nbsp;</p><p>そして津波がやってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして原発が火を噴きました。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、被災地の人を助けに行ったほうがいいのか、このまま自分は平常心を保って、ここでの暮らしを続けるべきなのか、はたまたやはり海外に逃げたほうがいいレベルのことが起きてるっぽいからどこかに避難するべきなのか？？何をしたらいいか全然わからずに、とにかく水や食料を買い占めてみたり（よくある買い占め批判に自分も同意するくせに）、避難グッズを集めてみたりしながら、その後も東京に暮らしていました。渋谷は数日混沌が続いたものの、１ヶ月も経てば、ほぼ震災前と何も変わらないように、皆が活動しています。違うのは節電のためネオンがすくなくなっているくらい。起こったことはとんでもないことでも、日常レベルでは日常のループがひたすら続いていく。原発から放射能が漏れようと、余震が続こうと、とにかく今日することは、働いて、稼いで、ご飯を食べて、寝ること、なのです。</p><p>　私は、絶対に何かが大きく変わったはずなのに、変わらない私の日常、というものがだんだん異質に、恐怖感を持って見えてきて、幻の中を生きているような、ふわふわとした澱の中を日々漂うっているような、そんな気分で日々を過ごしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>　被災地に行けたのは、震災から７ヶ月も経ってからでした。滋賀県の、山水人というパーティーで知り合った太鼓叩きの男の子が、当時ボランティアをしていて、東京に、新しいボランティアを迎えに行くついでに会おうということになって、話を聞いているうちにじゃあ私このまま一緒に行く、と言って、着替えだけ持って、彼と一緒に被災地を訪ねたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　基礎だけ残った家の敷地にぽつんと置かれた小さい墓碑とぬいぐるみとまだ新鮮な花。遥か上空の松の枝に引っかかっている花柄のシーツ。壁が全部なくなったあ小学校の壁にまだ貼られている絵の一枚一枚。ボランティアに来ていただいてありがとうと、帽子を何度も取ってお礼を言う一文無しになったおじさん。お母さんが亡くなった時のことを、淡々と話す、若い男の子。地元のサーファー達が海からあがる遺体を掃除したという話。そういう全てに心がえぐられました。</p><p>&nbsp;</p><p>　それなのに、被災地に行ってあんなにも衝撃を受けても、渋谷に戻って来れば日々の自分の変わらぬ暮らしがある。飲み屋で話す話題に震災のことがよく話題にのぼつようになったところで、結局自分たちは変わらぬ場所で酒を飲んでいるわけだし、じゃあ何をすればいいのか、と問われると、結局何をしていいのかもよくわからないのでした。</p><p>　ボランティアをじゃあ本気でやってみるかというと、そこまではできない。だからと言って福島の野菜を食べて応援！はやっぱ狂った発想だと思うし、勉強は好きだし、原発や放射能について調べてみたりするものの、それを広めよう、とまではいかない。せいぜい飲み会で偉そうに知識を公開するだけ。</p><p>　だけどなんかこのままじゃダメそうな気がするし、絵にも本気になれないし、今自分が日本にいて日本のためにできることをやる前に、まず自分を成長せねば思ったのです。年齢も３０歳が目前に迫ってきて、そろそろ何かに本腰入れないと、まずいぞ、とも思っていたし、ワーキングホリデーも使っておきたかったし、まずは放射能も、今の勉強量じゃわかんないけど、もしやばかったらまずいから、ちょっとここを逃げ出そう、オーストラリアに行ってみようと。外からの日本を見ても見たかったし、日本に蔓延している、これから明るい未来なんてないんじゃないか、という暗いバイブレーションに巻き込まれて落ちていくような気持ちがしたのです。超簡単に言ったら、オーストラリアに希望を見つけに行ったという感じです。</p><p>&nbsp;</p><p>　その結果そのままオーストラリアにいることになるのですから、人生、どうなるか本当にわかったもんではありませんね！</p><p>&nbsp;</p><p>今日はこの辺で。</p><p>おやすみなさい</p><p>&nbsp;</p><p>めひこ</p>
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<link>https://ameblo.jp/mehico-1983/entry-12495846577.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Jul 2019 00:43:49 +0900</pubDate>
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