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<title>真緒のブログ</title>
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<title>福山さんコンサートで</title>
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<![CDATA[ <p></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220109/12/melody0627/e2/6a/j/o1024076815058698750.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220109/12/melody0627/e2/6a/j/o1024076815058698750.jpg" border="0" width="400" height="300" alt=""></a></div>福山雅治コンサート。今年初日にあたる1月７日に行ってきました。<br>熱狂敵なファンである友達の尽力。<br>三浦春馬ファンの私は、今回正直複雑であったけれど、感想は今までで1番感動しました。<br>声援は許されず、拍手と私は買って居ませんでしたが、腕輪の光のみ。<br>静寂と光。ただただ、福山さんの歌声と演奏の音がこころに響きます。<br>コロナ禍と言うこともあり、命ということに重点を置かれたコンサート。<br>53歳になる福山さんのお父様が53歳で亡くなられたことに追悼の意味があるのでしょうが、このご時世、年齢的にいろいろ思いいれて、コンサートに酔いしれながら、泣きそうな私でした。<br>昨日は、何回も観て、録画にもあるコンフェンデスマンの春馬くんと結子さんを観て、笑いながらも泣いたし。<br>松田聖子と私は同学年で、沙也加ちゃんが生まれた時から見守り続け、何回か舞台も観て、声がもう、若い頃のくったくのない聖子ちゃんで、なのに努力を重ねているのが私にもわかり、大好きでした。<br>コロナ禍の中で、なんで？というくらい、きらびやかな命を失い、福山さんは、ご自分のお父様のことを語っておられましたが、私にはわかるんです。<br>長く生きてきたからこそ、いろいろな命を感じ、辛いけれど、命がある限り生きなくてはならないって。<br>ハンサムで才能に恵まれた福山さん。<br>だけど、長崎から出てきて、苦労がなかったはずはない。<br>昨日、コンフェンデスマンの映画を何回も観た上に、録画にもとっているのに、観ました。<br>やっぱりジェッシー素敵すぎる。<br><br>久々に福山さんコンサートで会った高校時代の友人たち。<br>みんな幸せな高校生で、お嬢様学校にいきなりできた進学クラス、成績はふるわなかったけれど、楽しくて、不幸な未来など考えもしなかった。<br>なのに、みんないろいろあって、涙してるのは、60年の人生を生きてきたからこそでしょう。<br>春馬くんや沙也加ちゃん、まだ自分で選んだ道とは信じられません。<br>でも、純粋なればこそ、選んだ道なのかもと思いもします。<br>竹内結子さんは、子供もいるのにと信じられませんでしたが、コンサートには行かなかった別の友達がわかるわーと言っていたので、絶対的な何かがあったのかもしれません。<br><br>ああ、それにしても、フツーのおばちゃんが60歳まで生きたら、これだけ感受性豊かになるのに、なんで春馬くんや沙也加ちゃんがって悲しくなります。<br>彼らは天才で、感受性がとても60歳まで耐えられなかったのかしら。<br><p></p>
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<pubDate>Sun, 09 Jan 2022 12:28:09 +0900</pubDate>
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<title>三浦春馬さん</title>
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<![CDATA[ <p>あの衝撃的な日、前日にリンパマッサージをしたのに、飲んでしまったせいか体調不良で寝込んでいました。<br>珍しく家にいた次男が、三浦春馬が死んでんて。自殺らしいと寝室に知らせにきて、思わず、嘘やったら許せん！殺すと小学生みたいなことを叫びましたが、ほんま、嘘やったら良かったのに。<br>美少年から美青年に。長年のファンである郷ひろみさんとのコラボで、言えないよを歌い、ひろみが最後に本当に嬉しそうに拍手して、握手、はにかんだような春馬さんの笑顔、その歌唱力とともに、忘れられません。<br>三浦春馬って歌もうまいんやと、その時から、あらたに検索しましたっけ。<br>長男と同じ学年の春馬くん。そのせいか、それまでも、他の美しい俳優さんたちよりは注目していましたが、最近は特に大人な春馬になっていて、心配がないと言うか、熱狂的なファンではなかったのが悔やまれます。<br>あの日からくぐっていくと、あれが春馬くんやったん？と思うドラマがたくさん。<br>巧名が辻や、アンフェアなど、美しくて目力の強い印象に残っている美少年が春馬くんでした。<br>大好きな劇団☆新感線の舞台。春馬くんの出演時は観れなくて、観に行った友達が、キレッキレっで、春馬くん、すごく良かった❤️と夢中になっていました。その時も残念に思ったけれど、今はもっと悲しい。</p><p>だけど、舞台を見るとしばらくは、ほかに手がつかないほど夢中になる私。</p><p>全然注目してなかった人でもそうなるのですから、春馬くんを実際観たなら、どれだけ熱狂して、今どれだけ落ち込んでいるか。</p><p>春馬くんが亡くなった後、動画などみていると、藤木直人さんが、春馬くん、なんでもできちゃうんだよねって言ってました。</p><p>この番組、私もリアルでみていて、年上で高学歴な藤木直人さんの春馬くんへの発言にキュンキュンしてしまいましたが、今は春馬くんに涙。</p><p>若いけど芸歴は長い春馬くん。きっときっと、なんでもできちゃう才能には恵まれていたにしろ、人一倍努力してたのだろうなと。</p><p>なんでもできちゃうから、器用に死んでしまってと春馬ロスに、還暦が来年に迎えるというのに、落ちこんでいます。</p><p>これからの渋い春馬くん、観たかった。</p><p>家族にもこの落ち込みは言えないので、最近寝る前に春馬くんの白い恋人たちの動画を観ています。</p><p>声も容姿も透明感で、天使そのもの。</p><p>思わず笑顔になって、この天使の春馬くんは永遠なんだって、思いこむようにしています。</p><p>天使だから、早く召されたのだって。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/melody0627/entry-12624115780.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Sep 2020 10:45:00 +0900</pubDate>
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<title>我が家のシンゾー</title>
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<![CDATA[ <p>緊急事態宣言のはじめての休日。毎週のように帰ってきていた他県にいる長男は来週からはしばらく帰ってこないと土曜日の夜に出て行きました。<br>休日などいたことのない次男も家に待機。主人だけが変わりなくゴルフ。ゴルフ場はともかく、ゴルフ練習場も規制はなく、いつもより帰宅が早くなっただけの主人です。<br>すっぴんで、やむなく出て行く時はマスク姿で、眉毛だけ書き足す生活のやさぐれた私。<br>スッキリした顔で、主人が1番お金をかけているゴルフウェアーで帰ってきた主人が癇に障ります。<br>さすがに、会社絡みのゴルフはありませんが、ゴルフクラブでは、開業医の方とまわる機会が多いそう。<br>緊急事態宣言以前でしたが、大阪の感染者の数はあんなもんではないと憤慨されていたとの話に、感染者と接してるかもしれないお医者さんと、ゴルフなんか一緒にしてええの？と私。そんなもん、偏見や。どれだけ尽くしてくれてはるかと声を荒げる主人。確かに、お医者さまは立派で、息抜きも必要やし、気もつけてはる。もし万が一コロナにかかっても、みんな同情するけど、あんたはどないやの？関係ないやん。<br>アホかと思われるしと言ってしまいました。<br>でも、主人がゴルフに行かなければ、私のストレスはもっと溜まるのはわかっています。<br>申し訳ないと少しは思うのかいる時は、親切だし。<br>私たちはどこにも行けないのに、お父さんは！って例え陰口でも、責める相手がいないのは、よけい気が滅入ります。<br>主人のこと、我が家のシンゾーと呼ぶことにしました。<br>我が家のシンゾーは、我が家の中では、1番のお坊ちゃま。<br>しかも4人兄弟の三男では在りませんが、三番め。<br>我が一族の中ではもっとお坊ちゃまのはずの主人の兄は、土曜日はクルーザーで魚釣りと優雅な限りですが、叩かれ弱いし、先日一族で家で集まった時ですら、気にしています。<br>主人は、みんなに文句を言われてもへこたれないし、自分の楽しみさえ奪わなければ、前向きで家族のために頑張ってくれます。<br>安倍晋三さん。国民におうちにいましょうと言って、星野源とコラボで、おうちを優雅に楽しむ映像に叩かれていますが、一国の首相が髪振り乱し、ボロボロのかっこをして、休みなく働いていた方が良いのでしょうか。<br>我が大阪の知事、吉村さん。ハンサムでよくやってくれて頼もしい限りですが、吉村さんも大阪では1番でも、政府が！って言えるだけでもまだ気楽だと思うのです。<br>安倍首相も胃腸を悪くされたりして、なにも感じていない訳はありませんが、国民のサンドバッグ状態に耐えてくれているのは確か。<br>未曾有の出来事にどうすれば良いのかなんて、誰にもわからないし、なんとかしてくれと言える相手がいるのは、幸せなことだと思えてきます。<br>我が家のシンゾーは、我が家の心臓。動いてくれないと困るし。安倍晋三さんは、日本の心臓ってことですよね。<br>あの能天気な奥様を持っていらっしゃることが、心臓を鍛えることになって、良かったのかもしれませんね。<br>我が家のシンゾーは、拘束されるのが大嫌い。できるだけ自由にして、心筋梗塞を起こさないようにだけ気をつけることにします。</p>
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<pubDate>Tue, 14 Apr 2020 14:12:52 +0900</pubDate>
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<title>緊急事態宣言で</title>
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<![CDATA[ ８日、バスツアーに行くはずでした。<div>お花で有名なお寺を巡るツアー、花祭りの日だし、楽しみにしていたのに、1週間前にキャンセル料はかかったけれど、キャンセル。</div><div>ひょっとしたら、旅行会社から中止の連絡があって、キャンセル料は払わずに済んだかもしれませんが、仕方ありませんね。</div><div>まつエクも、担当の方から電話で延期。ネイルはこちらから電話したら、明日からビルごと閉鎖でっと、どうなるかわからないと言われました。</div><div>個人宅の美容院やエステは何も言ってこないから、予約どおりでしょうが、どこも行く用事もなくて、張り合いがありません。</div><div>緊急事態宣言初日、一歩も外に出ませんでした。</div><div>こんな時こそ、家にいて、何か重点的にお掃除すれば、全員がそろうゴールデンウィークにはピカピカの我が家になるはず。まずは、お風呂。私を筆頭に、こだわりの品が多くて、各自シャンプートリートメント等溢れかえっています。汚いし。</div><div>よくこんなとこに入っていたわと家族全員、視力が悪いことに感謝。</div><div>私の楽しみである入浴中の読書。膨れあがった文庫本も整理して、なんとか綺麗になりました。</div><div>そして、今日。まずは朝風呂。</div><div>気持ち良いことしきりです。お風呂では、エッセイ等軽いものを読んでいましたが、最近は長編を読み直し。昨日で華麗なる一族が終わって、今日から有吉佐和子の香華。ついつい、長風呂になって、お風呂から上がったら、電話が。</div><div>銀行からでした。顔の崩壊が怖いので、少し待ってもらって、慌てて化粧品を塗って、電話に出た私。</div><div>お忙しいところと恐縮される担当の女性に、いやいや暇すぎて、1日一回重点的にお掃除してと決心して、まずはお風呂に入って出たところですってお話しました。</div><div>いつも楽しそうで、元気が出ますって言っていただきましたが、その後にいろいろ損をしてる話、かえって言いにくかったかな。</div><div>でも、元々は、だらしなくお金を使わないために、はじめたことなので、かえって良かったと前向きに思っています。</div><div>お友達にも会えない今、銀行の方とお話して、楽しそうって言われたことで、こちらも元気がでた単純な私。</div><div>長くお風呂に入りすぎたせいか、この元気が、今日予定のお掃除に結びつきそうにないのが、あかんわ。</div><div>明日できることは、今日するな。忙しすぎたOL時代のモットーが、私を支配します。</div><div>昼寝かな。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/melody0627/entry-12588277121.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Apr 2020 10:56:10 +0900</pubDate>
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<title>温泉地で</title>
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<![CDATA[ <p>今年早々から、予約していた高校時代の友人四人組の恒例の旅行、決行しました。<br>娘さんが、春に二人目出産の友達の予定が最優先で予約したのですが、今回のコロナ、娘さんの反対により、三人だけで行くことに成りました。<br>別に行ってもよいけどーって言いながら、難色をしめす娘さんの気持ちよくわかります。<br>彼女も一人っ子。私も初産の頃は、わりあい平気だったのに、幼い長男をかかえ、二人目がお腹にいる頃は、まわりが楽観してるせいか、神経質なところがあった気がします。<br>お腹が大きいくせに、自転車に乗ったりして、姑さんが母に心配してるってこっそり相談があっても、そんな弱い子いらんわって笑ってたくせに、ささいなことに大仰に言って、母に叱られましたっけ。<br>四人から三人に変更になれば、旅行料金もあがり、すまながる友達に、たぶん1番、娘さんの心配当たり前やって母である友人より、私が思ったかも。<br>三人で行ったサンダーバード、三連休最終日にしたら空きがあったかもしれませんが、思ったより、席は埋まってました。<br>そして、一応、旅行会社Aランクの宿泊した旅館はガラガラ。<br>グレードアップしてくださって、露天風呂付き部屋になりました。<br>でも大浴場も、ほとんど貸し切り状態。お客さん、あの大きな豪華なホテルに10人いたかしらと思います。<br>あまりに申し訳なくて、翌日のランチもお願いしましたが、私達だけみたいで、かえって申し訳なかったかもしれません。<br>豪勢な料理、素晴らしいお部屋。私以外はキャリアウーマンなお友達。日本経済、大丈夫なんかって話を聞いて、日頃のお昼寝がきいて、なかなか眠れず。</p><p>目が覚めると早く寝た友人が、することないから大浴場に行って、ひとりきりだったと。</p><p>慌てて、私も大浴場に行き、写メを激写。</p><p>念願の泳ぐのは、やめましたが、腕をついてバタ足はやってみました。</p><p>朝日を浴びながら、開放感に幸せを感じながら、たったあれだけの旅行料金で、こんなサービス受けていいの？と憂えることしきり。</p><p>大浴場を堪能しながら、せっかくだからとお部屋の露天風呂も入ったおばさん、三人。</p><p>参加できなかったひとりと、今度はちゃんとしたお値段を払い、このホテルに泊まろうと誓いあいました。</p><p>だけど、お料理はここは良かったけれど、肝心の蟹は城崎が良かったかなと文句は多い。</p><p>日本経済の為にも、いっぱい美味しいものを食べて、体とともに肥えようってスローガンをたてました。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200326/12/melody0627/5d/9a/j/o1080081014734034960.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200326/12/melody0627/5d/9a/j/o1080081014734034960.jpg" border="0" width="400" height="300" alt=""></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200326/12/melody0627/7b/96/j/o1080081014734034964.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200326/12/melody0627/7b/96/j/o1080081014734034964.jpg" border="0" width="400" height="300" alt=""></a></div><br><br><p></p><p><br><br><br></p>
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<pubDate>Thu, 26 Mar 2020 12:20:24 +0900</pubDate>
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<title>長男と</title>
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<![CDATA[ 長男が滋賀県に転勤してから、1年余り。前の赴任先のマンションには、気になって見に行ったりしていたのに、今回は引越しの時に手伝ったきり。<div>しょっちゅう、帰ってくるし、休日出勤の代休の平日に、滋賀のホテルで一緒に一泊したりしています。</div><div>ホテルで会って、ホテルで別れるといった不倫旅行みたいな時もありますが、御朱印ガール？な私に付き合って、神社や寺院巡りも一緒にしてくれます。</div><div>滋賀って、今まであまり行かなかったのが悔やまれるほど、魅力的です。寺院も素晴らしいし、紅葉の季節など、京都ほど混んでなくて、風情があって、寒がりの長男は、もうちょっとで滋賀を離れるのを喜んでいますが、私は残念でたまりません。</div><div>御朱印と共に、散華を受け取ったのは、1年前の三井寺。その文字が、舅の名前だったので、運命を感じました。</div><div>西国三十三観音めぐりをしだしたのは、その散華のおかげ。</div><div>今年の１月からツアーに参加するはずが、いろいろあって、９月から参加。月に平均3回は行くという暴挙に出て、来月満願を迎えます。</div><div>友達と参加予定が、出遅れたので、ほぼ一人参加。そこで、4回もお隣同士となった方と、あまりにも似た環境で育っていて、戯れに観音姉妹と呼んでいますが、これから、お付き合いして行くことになりそうです。</div><div><br></div><div>今回は長男と比叡山に行ってきました。</div><div>膝の悪い私。上りより下りの方が辛い。</div><div>長男は、優しいのですが、痒いところに手の届かないタイプ。</div><div>心配して、いつも私の後ろを歩いているのがうっとうしくて、前、歩いて！と叫ぶ私。</div><div>手すりを持ち、石段をヒィーヒィー言いながら、降りていると、両手を広げて待っている長男。</div><div>私より10センチは背が高く、10キロは軽い長男。</div><div>飛び込んでええんかい！</div><div>あと数段になると、手を差し伸べて、エスコートしてくれる長男。お前は宝田明か！</div><div>膝痛は、私を凶暴にさせます。</div><div>それでも、我慢して付き合ってくれる長男に、リビングでだらけている今なら、感謝しているのですが。</div><div>1年前から始まった、長男との二人旅行。いつまで、続くかわからないので、次回は心なごやかに行きたいものです。ヒアルロン酸注射、行かなければ。</div>
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<link>https://ameblo.jp/melody0627/entry-12560949219.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Dec 2019 08:33:08 +0900</pubDate>
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<title>旅行</title>
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<![CDATA[ 母が亡くなって、五か月が過ぎ、まだ信じられない思いで過ごしています。<div>亡くなった時は、たった二カ月の闘病生活とはいえ、楽になって、懐かしい人がたくさんいるあの世に行けた母に、良かったねという気持ちでした。</div><div>私のことを、ネアカだと信じていて、それを気に入ってくれている母でした。</div><div>母の希望どおり、家族葬にして、でも主人の兄が、私たち四人家族で送りますと言った私に、そんな淋しいことと言ってくださり、姑と主人の兄弟たちも来ていただけました。</div><div>父が若くして亡くなった時、父は一人っ子でしたので、母方の親戚が大半で、遠方からの人も多かったので、私にしては、急死した父を静かに見送りたいという思いから遠いお葬式でした。</div><div>いつも気丈な母が、姉たちが来て、泣き崩れていたのも、気に入らなかった。</div><div>今なら、伯母が、「こんな不幸な目にあったこの子を見ずに、お父さんお母さん（私の祖父母）が亡くなっていて良かった」って言った言葉も、今なら若くして未亡人になった母への姉の言葉として、温かいものとして受け止められますが、日頃からたいそうなものいいの伯母でしたので、新劇か！と否定的でした。</div><div>でも、母は慰められたのだと思います。</div><div>頼りないくせに、人に甘えるのが下手な私。</div><div>兄弟姉妹の多い人に嫁がせたいと思っていて、その夢が叶ったって、母は言っていましたが、母のお葬式で、しみじみそれを感じました。</div><div>お葬式も、母がすでに決めていてくれて、連絡をしたら、至れり尽くせり。</div><div>ただ、近所の会場があいてなくて、少し離れた会場。</div><div>それも、親戚、近所に連絡しないでといった母の気持ちに添えることができました。</div><div>父の親友の奥様で、母とも、六十年の付き合いである人だけは、連絡して、ずっと付き合ってくださいました。</div><div>結局、私と息子たち三人以外は、血の繋がりのない方たちだけの、お見送りでしたが、母は満足してくれたと思います。</div><div>お葬式は、お見送りとともに、残された者の為にもあるのですね、</div><div>あんたには、何も思い残すことはない。と常日頃言っていた母。</div><div>90歳になるのが、なぜか嫌でそれまでに死にたいと言っていたとおり、８８歳、数えで８９歳で亡くなりました。どこにも、９０歳ってつかなかったね、満足でしょう？</div><div><br></div><div>母が亡くなって、今年1月から行くはずだった、西国三十三観音めぐりを、再開。</div><div>年間、12回行くと満了になるのに、出遅れてるから、9月から月3回ペースで参加しています。お一人様参加ですが、隣りに座る方といつも良い出会いをさせていただいています。</div><div>二回一緒になった方は、珍しく私より年下だけど、家庭環境が似ていて、やっぱり一人娘で、ご両親ともすでに亡くなられています。</div><div>やっとこさできた一人っ子っていうところも一緒で、両親が大事にしてくれたけれど、サバサバしてたのも一緒。運命を感じます。</div><div>ただ、もう数年前にお母さんを亡くされた彼女は、辛いとき、お母さんに話したいと思うそう。</div><div>私はまだ彼女より、日は浅いですが、何かおかしいことがあった時、母なら喜んで聞いただろうなと思って、胸にぐっときます。もういないんだって。</div><div>幸せだったんですねって言われましたが、彼女も三人のお子さんに恵まれて、みんな優秀そうだし、あまり辛いこともなさそうな気がします。</div><div>私も幸い、辛いことはないのですが、母に言いたいおかしなことは、毎日のようにあるのです。</div><div>その度に、ぐさっとくる喪失感。</div><div>最近、友人と北海道に行ってきました。</div><div>北海道は結婚前に母と旅行した思い出の場所。</div><div>私ぐらいの年齢だった母。はじめて、私が旅費を払い、そんなに貧乏旅行でもなかったのに、食べ物が合わないなどと文句ばかり言ってたよね。</div><div>お嬢様育ちの母には、パック旅行が合わなかったのかも知れません。</div><div>でも、ツアーコンダクターさんには不手際があったのにはかかわらず、全面的に、信頼していて、手助けもして、感謝されてもいました。</div><div>母は極楽浄土に行ったとは思うけど、さぞかし抱腹絶倒の旅行だったと思います。聞けないのが、ほんとに残念。</div><div>この世の母の旅、ほんとに立派だったよ。</div><div>勝手でお調子者、母と同じＢ型の次男が母の家計簿や残したものを見て「おばあちゃんは立派やな」って涙してました。</div><div>長男は母の遺言のなかに「延命治療はしないでください。幸せだったからそのまま逝かせて下さい」のあとに、「でも痛みどめはしてください」とあって、みんなで母らしいと笑ってしまったのですが、長男だけそこで泣いていました。</div><div>父の還暦の誕生日だった日に生まれた長男に対しては、強気なおばあちゃんだったのかもしれません。</div><div><br></div><div>母が可愛がっていた甥、私のいとこには遠方なこともあり、まだ母が亡くなったことを知らせていません。</div><div>母が未婚のときに、養子をとった姉の息子である甥は、まだ学校に行っていた母を学校おばちゃんが詰まって、「がっこちゃん」と呼んでいました。</div><div>母にとっては特別な存在で、従兄にとってもそうなのはわかっているのですが、私とひとまわり以上、年上なことと、母の年賀状の欠礼まで知らせるなとの遺言もあり、知らせずにいます。</div><div>でも、欠礼の葉書を送る季節。</div><div>亡くなった日と母の名前を書くと、ほんとに亡くなったのだと辛くなりそうで、私のみの欠礼葉書は、喪中につきだけにしようかと悩んでいます。</div><div>母が一時はそばにいる私より、心配だと言っていた従兄には、亡くなったこと、知らせたくなかったのかなと思います。</div><div>数年前に、会いにきてくれた従兄夫婦に、感謝してたけど、最初は痩せておばあさんになったから、会うのはイヤみたいに言ってましたもの。</div><div><br></div><div>あの世にいる人も多くなりました。</div><div>こんなふうにして、死ぬのは怖くなるのかもね。</div><div>母も、死ぬことに関しては全く怖がっていなかったし。</div><div>一緒に北海道旅行へ行った友達も、今年お父様を亡くし、数年前から私も知っているダンディなお父様ではなくなり闘病生活を送っておられ、彼女自身、ほっとしていたのですが、でも、もう二度と会えないと思ったら、凹むよねって言ってました。</div><div>気が狂ったように旅行に出歩いてる私。</div><div>今まで二泊以上の旅行は、母が気になりできなかったけど、これからガンガン行こうと思っています。</div><div>よけいな心配する母がいないから、気楽だけど、ハプニングをあんたらしいわと笑ってくれる母もいない。</div><div>いつか、慣れる日が来てほしいような、嫌なような複雑な気持ちです。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Sat, 16 Nov 2019 08:45:29 +0900</pubDate>
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<title>せん妄</title>
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<![CDATA[ 母が、入院してから一週間。点滴と輸血で、モニターや見た目は、安定しているように思えます。<div>目を覚ますと痛いと唸っていたのが、言わなくなったし。</div><div>聞くと、そこらじゅうが全部痛いとは言うのですが。</div><div>癖のように唸るのも、なんでやろ、わからんとも言います。</div><div>体調を崩して、一か月、実家に泊まりこんでいましたが、わがままな母に腹が立つことばかりでした。</div><div>痛みに弱く、人が我慢できても、私にはできないと昔から言っていましたが、高齢なのも加わって、そのたいそうなこと。やってほしいことは、すぐにしないと気に入らないし。</div><div>父が亡くなって40年近く、気ままに生きてきた集大成がここにと言った感があります。</div><div>今まで全部気のすむように自分でしたことが、明日できることは今日するながモットーの私を使わないと何もできないのは、かわいそうといえばかわいそうでした。</div><div>腹を立てながらも、あまりのわがままに笑いだし、母も一緒に笑ったりして、どんな時も可笑しいことを見つけだすことが、私たちの共通点。</div><div>顔も体型もまるで、似てないけれど。</div><div>安定している時は、いろいろな話をして、これだけ濃密な時間を二人で過ごしたのは初めてかもしれません。</div><div>なかなかよくならず、どうなるんやろと思う毎日で、ショックだったのは、体重が２５キロを割った時と、2、3時間家を空けて帰ってきたら、母が変なことを言いだした時でした。</div><div>2時から披露宴をするとか、みんなが集まったら、私もみんなの前に出て、体はしんどいから、寝とくけど、楽しいからコロコロ転がっとくわ、とか。みんなって誰よ？って聞くと、村の人と答え、村ってどこの？って聞くと私の村なんて、答えます。</div><div>ついに頭にきたのかと、ショックでしたが、だんだん、可笑しなことを言ってるのがわかったのか、いろいろ聞く私にうるさいと言って、また寝てしまいました。</div><div>舅も入院した時におかしいときがあったし、心配してお見舞いに来てくれた友達に言うと、せん妄と言って、お年寄りは入院したりしたら、よくなるよって教えてくれました。彼女のお父さんは足を骨折して入院したのに、わけのわからないことを叫ぶどころか、折れた足で夜中徘徊されたそうです。</div><div>母はその時入院こそしてなかったけれど、ずっと寝たきりと体の苦痛で、おかしくなっていたのかもしれません。</div><div>幸い、すぐ普通に戻りましたが、夜中、新島襄がと叫びだし、またせん妄かと思っていたら、新島襄と八重さんが、さあ頑張りましょうと鍬を持ってでてきたら、下痢が始まるそうです。それが必ず夜中の2時半で、２日連続らしい。</div><div>なんで新島襄夫妻なのかは、謎。八重の桜は観ていたらしいですが、だいぶ前だし。</div><div>普通、虫が出てきたり、狙われてるとかいうせん妄ですが、母の場合、母の村やら、新島襄やらが登場して、壮大です。</div><div>ただ、母の村の話の時は、母には働きだした綺麗な自慢の２２歳の娘がいてとか言ってました。</div><div>父が亡くなったのは、私の２２歳の時。</div><div>綺麗で自慢なのは、疑問ですが、学校は卒業していたとはいえ、まだ勤めたばかりで、後家の頑張りで、今まできたから、そんなのが意識にあるのかなと、ちょっとホロリとしてしまいました。</div><div>今回の入院は、まだせん妄状態になるには弱りすぎてる母ですが、もしなるなら、母らしいなんでやねん！って思う壮大なせん妄になって欲しいです。</div>
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<pubDate>Wed, 29 May 2019 09:16:31 +0900</pubDate>
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<title>母のこと</title>
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<![CDATA[ ８８歳の母が体調を崩して一か月余り。<div>しっかりしていてむしろ、私が頼っていた母。</div><div>その母が、指にイボができて、20年ほど通っていたクリニックのお医者さんから、薬を処方されたのが、今回の不調の始まりでした。</div><div>漢方薬であり、以前も服用した薬を、今回は倍量、もちろん服用可能内ですが、飲んだ結果、お腹の調子が悪くなり、そのあと、持病の逆流性食道炎を併発し、もともと３５キロない母がついには２５キロを割り、最悪のときは２１キロぐらいかもしれません。</div><div>クリニックの先生は、胃腸は治ってる。あとは食べることと、寝たきりにならないように歩くことと言われ、治ってほしい一心から、クリニックに点滴を通うのは車椅子でも、トイレはたとえ失敗しても、リハビリの為私が支えて連れて行き、食事もアイスクリームしか受けつかないのに、無理にでも食べさせる毎日でした。</div><div>わがままだけど、私よりガッツのあるはずの母が、車椅子でクリニックに行く時、ベットから車椅子に行くまでが大変で、ヒィーッと小さく悲鳴をあげていたのも、今思えば、かわいそうで。</div><div>結局、夜中にものすごく痛がって、一か月泊まりこんだ私がもう限界と思い救急車を呼びました。</div><div>今、母はあまり良くない状態です。</div><div>貧血、栄養不良、脱水、腎臓機能も良くないです。</div><div>この一か月、自分でも不思議なほど、親孝行しました。</div><div>救急で運ばれてからも、あれだけ私が頼っていた母に、小さい子供のように接することができる自分に驚いています。</div><div>ただ、毎日車椅子を押して、悪い時は朝晩、最近は、体調的には良くなっていたので、午前中だけ通っていたクリニックに、救急で入院した報告をしに行ったときだけは、号泣してしまいました。</div><div>クリニックのお医者さんは、救急のお医者さんよりもずっと診てくださってるせいか、楽観的で、看護師さんは、私が孤軍奮闘してるのを知っておられるので、入院したこと、よかったって慰めてくれました。</div><div>主人は、なんで子供のように細い母に、そのような薬を以前の倍量処方したのかとか、こんなにひどくなる前になぜ、入院するようにすすめてくれなかったのかと怒りますが、母が気に入ってる先生、私もいろいろ喧嘩もしましたが、母の言うケロケロした娘である私が、先生のお顔を見たとたん、泣き、なんで、泣くねん？とあのワンマンな先生が笑って、医学的な論点から大丈夫と言ってくださったのが、高齢者だからわからないのは前提とはいえ、大きな慰めでした。</div><div>それと不思議なのは、姑。一人息子の嫁として、見送りをしていた姑が、私の母は大丈夫よとねぎらいながら、経験から順送りの話をしてくださいました。</div><div>そして、父の友人の奥さんであり、親戚以上のお付き合いの人からも、やっぱり順送りのお話。</div><div>兄弟姉妹、しかも母は末っ子で伯母はすでに亡くなり、すべていない私には、姑と幼い頃から行き来しているこの父の友人の奥さんが頼れる存在。</div><div>近い将来、母を見送れるのは、むしろ幸せだと辛いですが、頑張ります。</div><div>もう20年も前、母が癌で、副作用からげぇーげぇー苦しんでた頃、この子は根明で助かりますって、先生や看護師さんに言ってた母。</div><div>そんなはずないやん。今も、この病院で経験した話、母に話したくて、うずうずしています。</div><div>点滴抜いたりして、わがままの集大成やったのはお母さんやでって言いたいし。</div><div>ありがとうと感謝して、金一封でももらわな割りに合わんと言うと、ニヤリと笑った気がするのは、どうなのでしょうか。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/melody0627/entry-12463964645.html</link>
<pubDate>Sun, 26 May 2019 08:34:34 +0900</pubDate>
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<title>春なのに</title>
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<![CDATA[ 4月から次男が社会人。入社式後に泊まり込みで1カ月ほどの研修で、土日は帰ってきますが、やっとやっとの自由な時間。<div>平日、主人だけの夕食用意なんて、楽すぎて、笑けてきそうです。</div><div>なのに、週末に襲った歯痛。金曜日は仕事を持っている友人も交えてお食事会。その時はなんとなく奥歯が浮いてるなあって感じでした。柔らかいお肉を噛んだ時、ちょっと痛かったかも。</div><div>友人達に4月から暇すぎるから遊んでよと宣言して、さっそく京都にお花見の約束。</div><div>土曜日は、金曜日に飲みすぎ食べすぎで食欲もなく、きつねうどんを食べたのですが、お揚げさんを噛んだ時に激痛。</div><div>土曜日の夜中から、なにもしなくても激痛で、バッファリンを飲んだけれどあまり効かず。</div><div>日曜日、たまりかねて、休日もやっている歯医者さんに飛び込みました。</div><div>レントゲンをとると、かぶせている奥歯が中で膿んでいて、まずは抗生物質を飲んでからでないと直接の治療ができないらしい。</div><div>その他、いろいろ痛んでいて、大々的に治療することになりそうです。</div><div>今まで通っていた歯医者さんは、昔ながらの歯医者さんで知り合いだし、良かったのですが、今回飛び込んだ歯科医院のなんと、最新式なこと。</div><div>待合室もマッサージ機までついて、まるでエステなみのサービス。</div><div>それに、歯石を取ったりしてくれた衛生士さんが美人なうえに、担当の歯医者さんも、超美形。</div><div>モデルかと思うほどのイケメンなのに、明るく優しい。</div><div>噛み締めの癖がありずっと作ってもらおうと思っていたマウスピースもむこうから作った方が良いといわれ、これで朝起きた時の不調が少しはマシになるかも。</div><div>いろいろ期待はありますが、痛み止めをもらったものの、時間が切れたら痛いし、翌日から、ついに顔や首が腫れてきました。</div><div>喉や目、頭も痛いし、お腹はすくけど食べられない久々の大不調。</div><div>当然、お花見も、他の約束も全部キャンセル。</div><div>今日は、顔の腫れだけで、いくぶんマシになりましたが、こぶとりじいさんみたいで、マスクをして、必要最小限の外出をするだけで、出て行く気にはなれません。</div><div>早く小太りおばさんに戻りたい。</div><div>入社式の朝、あたふたと出て行った次男に、</div><div>昨日の夜、「どう？ご飯は美味しい？」とラインしたら、「まずい」と返信。続けて</div><div>「食材が死んでいる」とのライン。</div><div>次男の相変わらずの表現に夫婦で笑いましたが、食べられるだけ幸せ。</div><div>春なのに、悲しいねぇ。土日、お兄ちゃんも帰ってくるらしいから、美味しいもの食べようね。</div><div>お母さんが食べられるようになってたらやけど。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/melody0627/entry-12365718586.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Apr 2018 11:07:54 +0900</pubDate>
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