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<title>memekotoriのブログ</title>
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<title>酸素濃度</title>
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<![CDATA[ <p>長らく放置していました。</p><p>&nbsp;</p><p>最近コロナの報道等で酸素のサチュレーションレベルがよく話題になっています。</p><p>&nbsp;</p><p>90近くになったら　迷わず救急車を　と言われています。</p><p>&nbsp;</p><p>思い出したのです。妻がなくなった日のことを。</p><p>&nbsp;</p><p>自分が行ったとき妻は酸素投与を受けていました。苦しいのか、鼻に入れられている入れられているチューブを自分で取ろうとするらしく取れないように手袋をつけられていました。その時はそうなんだとしか思わなかった。知らないから。</p><p>&nbsp;</p><p>旦那さんがいるのならということで手袋を外してみると案の定、チューブを取ってしまいました。するとみるみる酸素の値が落ちていきます。</p><p>&nbsp;</p><p>なんと、70にまで下がりました。今思えばそんな状態ということはもし酸素投与がなければ僅かな時間で死にいたる状態だったということです。</p><p>&nbsp;</p><p>所詮素人ですから、そんなことも分からず、夕方また来るねと病院をでました。亡くなったのはその日の夕方でした。知っていればずっといました。</p><p>&nbsp;</p><p>あの日の普段と違う医師の態度、挙動不審な看護師の態度には違和感を覚えました。考えなはいけないことまで考えてしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>いまコロナで医療機関は医療崩壊寸前と言われています。自分にできることはなるべくお世話にならないよう感染対策することくらいです。</p><p>&nbsp;</p><p>あの日のことを忘れることはないと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12693624200.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Aug 2021 15:30:33 +0900</pubDate>
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<title>忘れないように</title>
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<![CDATA[ <p>しばらくお休みしていました。</p><p>今日は、忘れはいけないこと書きたいと思います。</p><p>長文かつ批判的内容になります。</p><p>&nbsp;</p><p>妻が体が動くなったという日の次の日が病院の定期受診の日でした。私は妻が救急車を呼んで救急の病院に行くこを嫌がり暫く様子見をするということと、違う病院に行ってまた一から検査を受けなければいけないということを懸念し、次の日に救急車でかかっている病院に行くという選択をしてしまいました。ここですぐ救急車で行っていれば、という後悔が今でもあります。そしてその日は抱きしめて眠りました。（そんなに寝れなかったですが）</p><p>&nbsp;</p><p>次の日、朝いちで病院の外来に電話をしました。病院の外来に、今日が外来の受信日だということを伝え、状態を説明し救急車で行きたい旨を言いました。すると外来の看護師だと思われる方から衝撃のお言葉をいただきました。</p><p>&nbsp;</p><p>看護師　「本人はどうしているんですか？」</p><p>私　「まだ寝ています」（動けないからな）</p><p>看護師　「はぁ？まだ寝てる？」（なんでそんな言われ方をされる筋合いがあるよ）</p><p>私　「動けないので救急車を呼んで行きたいと思ってるのですが。」</p><p>看護師　「動けなくなった位で、救急車で来ないでください。介護タクシーをつかいなさい」</p><p>私　「いや、そんな話ではないので」</p><p>看護師　「先生に確認します」</p><p>-保留-</p><p>看護師　「先生は、本人が動けないのなら旦那さんだけ薬をもらいにきてもらって、どうしても本人を連れてきたいのなら救急車できてもらってもいいと言っておられます」</p><p>私　「（駄目だこいつら）救急車で行きます！」</p><p>&nbsp;</p><p>というやり取りがまずありました。括弧内は私の心の声です。嘘も誇張もありません。こういうやり取りでした。薬をもらいに来てというのは乳がんが骨転移しており、その痛みを抑えるため麻薬を処方されていたのですが、その量が足りないので、自分が病院に行って薬だけもらうということを何回かしていたためです。この麻薬の処方についても医師と自分で一悶着が以前あったのですけども。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、救急車に乗って、病院の救急へと向かいました。</p><p>&nbsp;</p><p>言っておきますが、この病院は県下でトップレベルの総合病院です。麻酔科医が飲み会にいってコロナ感染したという経歴がありますが。</p><p>&nbsp;</p><p>救急の待合室で待っていると、救急室から呼ばれました。</p><p>&nbsp;</p><p>救急医　「肝不全ですね。一見命に別状ない感じがしたと思われるけど。入院の手配とりますね。」</p><p>&nbsp;</p><p>大方の予想はついていましたので病棟のお迎えを待ちます。そして病棟のお迎えのベッドがきました。男女ペアの看護師2人で来たのですが、挨拶も何もありません。2人でイチャイチャなんかしゃべってます。ここに病人とその家族がいるのにほぼ無視です。</p><p>心の中の怒りを抑え、エレベーターの前に行ったときにやっと、「また来られたねー、前も来られた時のこと覚えてるよー」と女の看護師が本人に言いました。そこでやっと名乗ったのですが、申し訳ありません。正直前の時はどなたが担当されていたのか覚えていませんし、だから？という感じです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、案の定、コロナ感染対策のため、家族は病棟内への立ち入り禁止のため、入院の用意をして荷物をもって来いと言われるのであります。</p><p>&nbsp;</p><p>最初は個室が空いていないとのことで、4人部屋になったようです。私は毎日着替えやタオルやお茶ももって行ってました。その時は、個室になれば面会できると思っていたのですが、昨年の12月から個室でも面会不可になっており、個室が空き移動しても面会はできませんでした。</p><p>その時も、ナースステーションにて、面会できないんですか？と聞いたら　「コロナだから」と一言だけ返ってきました。</p><p>正直こっちはどこにも遊びに行ってないですし、感染対策をしっかりしていると思ってます。上記のこともあるので反感を覚えました。</p><p>&nbsp;</p><p>本人にはスマホを渡してあったので、ＬＩＮＥ入れていたのですが、全然既読にならないのです。大部屋だったの電話したらダメかと思っていたのですが、いいと言われたので電話としてみました。</p><p>出るは出るのですが、しんどそうなのと、ちょっと辻褄があわない感じがします。おいおい、この何日間で一体何があったよ・・・。と思っていましたが、何回目かの時、聞き取れない部分も多かったのですが、本人が「もうどうでもいいが、じゃあね」と電話を切ってしまいました。ますます不安が募ります。</p><p>&nbsp;</p><p>入院7日目、医師より、状態がよくないので面会許可を出しますと連絡が入ります。会えば元気がでるだろうと、すぐ行きました。</p><p>&nbsp;</p><p>丁度行ったときにベッドの上でレントゲンを撮っていました。技師に体勢を変えられる度、「痛い、痛い」と言っている光景を目の当たりに見ました。その度に技師は「ごめん、ごめん、もうちょっとだけだから」と言っていました。正直止めに入りたかったですが、治療で必要なことだと思い我慢して待ちます。この技師さんはもっと腕を磨くべきだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>レントゲンを撮っているとき、私の存在に妻が気づきました。その後、面会し少しの間話をしました。妻は、</p><p>「大丈夫だよ、前もこんなことあったよね」と言いました。私は、「うん、あったね」と答えました。多分、「前もあったから今回も乗り越えられるよ、帰れるよ」と言いたかったんだと思います。持って行ったリンゴとブドウを少し食べました。</p><p>何回か行っていると、看護師（前述の方と別の方）から「旦那さんが来られたら、覚醒がすごい」と言われました。普段はどうなんですか？</p><p>と尋ねたら、大体ボーとしていると。正直ジーと見つめてくるだけで何もしゃべらない時もありました。</p><p>&nbsp;</p><p>多分面会許可2日目だったかと思います。私がいるとかかりつけの医師が来ました。その医師は本人の目の前で「もう回復は難しいと思います」と言いました。肝性脳症だから本人にはわからないと思ったのだと思いますが、なんて思いやりのない奴だと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>疲れてきました。続きはまた書きます。</p><p>&nbsp;</p><p>これを見て不快になる方がいるかもしれません。あくまで私見なので相手がどういうつもりで言ったかどうかの検証はしていません。ただ、自分は不愉快だったというだけです。</p><p>&nbsp;</p><p>こういうことが当たりまえのことならば現世はひどい世の中だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12683492454.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jun 2021 16:24:39 +0900</pubDate>
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<title>医療について考える</title>
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<![CDATA[ <p>最近のコロナ禍で医療がひっ迫している・その可能性があるとの報道が連日されています。</p><p>重症化した方への病床数が足りない・欧米に比べて云々かんぬんとコメンテンターさんは言っています。</p><p>世の中変えるのには声を上げるのが、まず最初ですから、それはそれでいいんですけど。</p><p>&nbsp;</p><p>法治国家だから法律（立法）があって行政の指導の下に医療の現場も日々運営されています。</p><p>ですんで、法の下で運営されているものはそれ以上でもそれ以下にもなりません。まぁ、法律を作る官僚さんや審議する議員さんが本当の意味での現場を知らなければ誰かにとって都合のいいものに仕上がるでしょう。誤解を恐れず言います。現場で泥にまみれて働かない限り本当の問題は見えません。お付き合いされてる学者や経営者の意見（それはそれでデータの吸い上げはしてるんでしょうが）は本当意味での現場の問題ではありません。</p><p>そういうことの自覚もなく、「世の中よくします」みたいなことを言ってる人が一杯いますね。ホントに。</p><p>&nbsp;</p><p>今、コロナで医療従事者の方に感謝　とか言ってますけど、自分に言わせたら、元々給与水準が高いですからね。そんな楽な仕事ではないというのは最初から分かっているでしょう？</p><p>新卒の看護師の初任給の給与明細見た事ありますが、10年以上社会人やってる自分の給料より多かったですorz</p><p>差別にあうとか色々なヘイトも報道されています。それは民度です。日本は元々島国ですから「島国根性」がしっかりと国民に根付いてます。</p><p>でも、それはどこの国でもあると思います。アメリカなんか東洋人なだけでボコられて命の危険にさらされています。</p><p>&nbsp;</p><p>そういう中でもほんとにコロナ患者（感染病棟）で働かれている方には敬意を表しますが、文句言って逃げていく人も一杯いると思います。</p><p>私のできることは、感染してお世話にならないように、この時期に病院にはいかないよう負担をかけないようにすることだけです。</p><p>&nbsp;</p><p>また不快にさせるかもしれない書き込みですが、闇が深いのでお許しを。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12673235959.html</link>
<pubDate>Sat, 08 May 2021 13:14:41 +0900</pubDate>
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<title>とりあえず</title>
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<![CDATA[ <p>記事をいきなりかいてしまいましたが、思えば公開して良いものなのか？と思って再検証します。悪意的な表現もありますので、事実とはいえ色々考慮しなくてはなりませんので、一度全部下げました。また、まとめてアップしていきたいと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12669160763.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Apr 2021 22:06:51 +0900</pubDate>
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<title>「酒は百薬の長とはいへど　万の病は酒よりこそおこれ」</title>
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<![CDATA[ <p>吉田兼好の徒然草にでてくるあまりにも有名な一節です。昔からこう言っているぐらいですから、酒が原因で命を落とす人は　古今東西たくさんいたのでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>関ケ原で西軍を裏切った　小早川秀秋は　豊臣家の御曹司で9歳のころから接待を受けていたそうです。12歳位にはアルコール依存症になっていたらしいです。時代も時代ですが小学校6年生でそんな感じだったので、20歳位で死んでしまいます。大谷吉継の祟りとか言ってますが、間違いなく内臓疾患の病死でしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の意志では、どうにもならないことになって　命を落としてしまう　被害者です。年上の人からすすめられれば、中々断れませんからね。</p><p>&nbsp;</p><p>自分はお酒が好きなことに対しては　趣味趣向がありますから、何も言いません。ただかなりの確率で度を越して飲んでいる人は早死にします。</p><p>&nbsp;</p><p>子供のころは　「アルコール依存症」とは言わず、「アル中」と言っていました。千鳥足で寿司桶の紐をつまんで歩いているおじさんや呂律の回らない状態でぐるぐる頭を振っている人、喧嘩している人、変なのが一杯いました。今は夜の盛り場でもそんな状態の人は滅多にいません。が、まだ、場末スナック（申し訳ありません）や一杯飲み屋に行くと、そんな感じの人がいます。減少はしていますが、絶滅はしていません。</p><p>&nbsp;</p><p>酒好きは酒で命を落として本望なのか？</p><p>&nbsp;</p><p>自分の親父は、酒好きというよりも　いわゆる「酒乱」でした。飲むと目つきが変わって暴れる、小さい時からそういう親父と、それに振り回される母親を見てきました。だから、自分も酒は付き合い程度に飲みますが、実際は嫌いです。どこかで自分も豹変するスイッチが入るんじゃないかと思って。</p><p>&nbsp;</p><p>現実社会で面白くない事があると酒を飲みだして、布団を引っかぶって仕事に行かなくなる。客観的にみるとダメ人間です。社会不適合者ですね。自分の意志で精神病院に行って酒絶ちしたんですが、結局、外へ出ると誘惑が多いし、他者と関わりたくないから、引きこもりで母親の会社からもらう内職の仕事をしていました。それもそれでストレスちゃストレスですが、自尊心が強すぎて外に出たら崩壊するガラスのハートなので　それでよかったのかとも今では思います。50台で狭心症、60台で2回脳梗塞になって、最後は肺炎で亡くなりました。狭心症をやってからタバコはやめたのですが、脳梗塞の原因は医師からは止めたけどタバコと言われました。（加齢と食生活と運動不足だと思いますけど。）</p><p>&nbsp;</p><p>だから自分は酒に振り回されない人生を送ろう。若い時はそう思っていました。ただ運命はそれを許してはくれませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12668732311.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Apr 2021 18:03:52 +0900</pubDate>
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<title>アルコール依存症？</title>
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<![CDATA[ <p>(続き）</p><p>&nbsp;</p><p>なんとかお酒を止めさせようと、色んな病院へ行きました。いわゆる精神科です。本人はあまり止める気持ちはなかったですが。</p><p>このまま飲み続けたまずいという意識が本人にないと、こういう治療は難しいのです。はっきり言ってしまえば、やめたいと思う人の「藁をもつかむ」の「藁」位のものです。</p><p>&nbsp;</p><p>そういった病院で受けた実例です。</p><p>↓</p><p>①診察を受けるまでの待ち時間が8時間とかかかる。病んでる方が多いので一人当たりの診察時間が長い。予約は何の意味も為さないものと化している。それでも通ってくるので、自分が神にでもなったかの勘違いをしてしまいます。診察を受けると自慢話を聞かされるだけで、何の解決にも至りません。結局行かなくなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>②もう一個その方面で有名な病院があったのですが、診察室に入るやいなや、「やめる気あんのか？」と高圧的な態度で聞いてきました。そういう聞き方をしたら、逆らいたくなる性分ですから、「ない」と答えると、「あんたなんかは診れんから、帰れ」と言われました。即終了です。</p><p>&nbsp;</p><p>メンタルクリニックとか一杯ありますが、そういう治療はしてないとか不眠とか軽度のうつ病とかで精神科医は自分の人生の中では、勘違いしている人というイメージが固定しました。</p><p>保健所の相談窓口にも電話相談したことがありますが、とっくに知っている情報を言うだけで、何の役にも立たなかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>妻は眠るときに「怖い夢」をみるといって　睡眠導入剤の処方を希望していたので、その薬をもらいに自分が病院に行って薬をもらっていました。薬剤師がみると　えらい強い薬出されてますね　とか言われるような薬と量になっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>アルコール依存症の治療というより、不眠の薬を貰うのが精神科という位置づけになり、結構通いました。</p><p>親戚にここがいいよと言われ行った病院で新薬を勧められ処方されました。ものすごく薬価の高い薬でしたが、しばらく続けていると体が動かなくなり、救急車で総合病院に運ばれました。</p><p>当初、肝性脳症を疑ったのですが、総合病院の医師は肝性脳症ではないと言います。そして下された診断は「薬物性パーキンソン症候群」でした。新薬が原因でした。あとで処方した医師にこんなもん出さないで下さいと言ったら、「製薬会社からすすめられてるから処方した。薬価が高かろうと安かろうと僕には関係ない」（製薬会社が売りたい薬を意図的に出した訳ではない）と言いました。それなら古くても実績のある薬の方が確実なんですが・・・薬価を医者が知らないはずないと思いますので、間違いなくこいつはクロだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>真実をのこしていくために、言われた事、あった出来事などを脚色なく書いていきます。私感もありますが、しょせん自分が思っているだけなので流しておいてもらえれば　です。</p><p>&nbsp;</p><p>最終的にいうと「アルコール依存症」というのは、酒を飲んでのトラブル・経済的なトラブル・健康面でのトラブル色々引き起こします。</p><p>&nbsp;</p><p>もし一回でも夏の暑い日に「ビールをキューっと」を思ったことがあれば予備軍です。（自分もですけどね）いつでも酒絶ちできるから違うではないです。そういうのに、「じゃあずっとやめてろよ。」というと「無理」だという。酒は確実に後で裏切ります。自分だけは違うと思っている人もいますが、ほどほどに出来なければ破滅が待っています。</p><p>&nbsp;</p><p>飲まずにいられなくなった人の気持ちはその人しかわかりません。自分は「共依存」といって、自分がいなくてはこの人は駄目になってしまうと思い込んでその状況に依存している状態だったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>人生やり直しはききませんが、どこ時点にもどればやり直せるのでしょう？答えは「辛くても今からやり直すしかない」だと自分は思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今は本当につらいんですが・・・。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12668131697.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Apr 2021 16:30:11 +0900</pubDate>
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<title>過去から遡って</title>
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<![CDATA[ <p>居なくなってから12日、入院したのは3/16日なので、広い部屋でもう一月近く一人でいます。片付けもしていかないとと思いますが中々進みません。</p><p>悲しい悲しいばかり言っていても駄目なので、どういった経緯だったをこれから、つたない記憶をたどっていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>出会いは約13年と少し前。長いのか短いのか。彼女の妹が同じ職場で働いていたのでその紹介で知り合いました。</p><p>何だかんだで、一緒に住みだしたのがその年の6月位から、彼女が務めていた会社を辞めて再就職する9月には少し広い部屋に引っ越していわゆる事実婚状態になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>元々、10代の頃から夜の街で働いていたので、お酒が大好きだと思ってましたが、今考えると、お客のボトル空けさせて新しいボトルを入れると売り上げが上がる（褒められる）ので、一生懸命飲んでたのだと思います。気付いたら飲まずにはいられない、になってたんだと。</p><p>日本(特に田舎)は飲酒文化には一線を越えるまでは寛容です。最近は飲まないというスタイルでも良くなってきましたが、やれ何かあれば一杯、俺の酒が飲めないのかとかは　よくあった話です。</p><p>&nbsp;</p><p>そうこうしているうちにでた体の異変は　「急性膵炎」でした。夜中にお腹が痛いと。かなり痛いと思います。夜中ですから119番に電話して当番の救急の病院へ行くという事が何回もありました。よく行っていたのが赤いプラスマークの病院の救急でした。そこで、看護師長に「夜中に来ないで下さい。痛いんだったら昼間来なさい！」とすごく怒られた事を記憶しています。まぁ、常連扱いで問題のある患者と認識されていたのだと思います。多分後で書くことになりますが、ここの病院の看護師の言動は色々問題が多いと思います。人によってあそこの看護師さんは優しかったとか酷かったとかはマチマチですが、しょせん人ですから相性もあるのかと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>何回も入院して、退院したその日から、また酒を飲む、また痛くなるの繰り返しが続きます。その内膵炎でも痛くならなくなってきました。</p><p>膵炎はアミラーゼの数値が上昇するのですが、急性から慢性にかわるころ、痛みを訴えることはなくなっていきました。決していい事ではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>「美人薄明」というから自分は早くで死ぬんだと、よく言っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>このまま、酒を飲み続けたら、えらい事になる。そんな思いが日に日に大きくなっていきます。</p><p>&nbsp;</p><p>（続く）</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12667319842.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Apr 2021 13:15:39 +0900</pubDate>
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<title>10日経ちました</title>
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<![CDATA[ <p>あれから10日経ちました。居なくなってからの3日間はお通夜、葬儀ので人もたくさんいて世話しなく過ぎて行きました。それからサーと人が居なくなってから、二人で過ごしていた部屋に一人でいます。不安定になる時もあります。夕食も作る気になれず、彼女が好きだったものを買ってきて、分けて食べています。減るはずもないお供えをして。</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12666814412.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Apr 2021 21:15:51 +0900</pubDate>
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<title>忘れられない日</title>
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<![CDATA[ <p>妻が他界しました。</p><p>病院から連絡を受けて大急ぎで向かいましたが、死に目に会ってあげることは叶いませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>一人で不安だっただろう、呼吸が苦しかったので辛かっただろう（※コロナではないですが）、もっと出来ることはあっただろうに、とかいろいろな感情が交差しているんですが、あっという間に一週間が経ってしまいました。今はもの言えぬお骨になってしまいましたが、心の中にはまだ元気で笑っている妻がいます。</p><p>&nbsp;</p><p>このブログは自分と妻の回顧録です。また、病気のことなども書いていこうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>死因は何だったのかというと「肝不全」です。原因は「非代償期肝硬変」と死亡診断書にはあります。妻は大酒家でしたので若いころから人の何倍もお酒を飲んでいました。体を患ってからもアルコールは止めなかったです。死生感のこともありますので、自業自得じゃねぇかよ、と思う方は、この記事を見る意味はないと思います。見ないで下さい。</p><p>&nbsp;</p><p>日本の医療は酒飲みには厳しいとつくづく思います。しかしながら、国は酒税をとってもっと消費して下さいと言わんばかりにテレビＣＭやスーパー、酒屋に仰山並べています。自己責任と言えばそれまでですが、世の中には　もう飲まずにはいられなくなってしまって命を落としていく人もたくさんいます。ちっせぇ字で「あなたの健康を損なう恐れがあるります」と書いてはありますが、ちゃんと自己管理できない人には売れなくしてしまう様にしないと駄目じゃないのか？とも思います。酒もタバコも「薬物」ですから。麻薬と同じくらい依存性の強い。芸能人の薬物報道とかがテレビでよく出てますが、対岸の火事のような感じで見て、その人の意志が弱かったんだろうみたいな感じになってますが、一回やっちゃうと意志とは関係なく体が要求するので、やめることはものすごく大変なことなんだろうと思います。何回も再犯を繰り返す人もいることがその証拠ですね。</p><p>&nbsp;</p><p>話が脱線しました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そんな屁理屈を言っても仕方ないですが、これから少しづつ話をすすめていきたいと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12666174711.html</link>
<pubDate>Fri, 02 Apr 2021 18:44:20 +0900</pubDate>
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<title>妻が逝きました</title>
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<![CDATA[ <p>2017年3月26日17時27分　14年間一緒に過ごしてきた妻が亡くなりました。実際は死亡確認の時間なので多分17時20分位だと思うのですが医師が確認した時間が、その時間でした。病院から「呼吸状態が悪いのですぐ来てください｣と電話があったのは17時9分、それから大急ぎで向かったのですが到着したときには、間に合わず死に目に会えませんでした。一人で逝かせてしまって、本人は不安だったろうと思います。あの日お昼に面会に行ったので、そのまま居てあげれは良かったと後悔しています。妻と一緒に過ごした時間を忘れないために今までの軌跡を綴っていきたいと思います。</p><p><br></p><p>まだ、5日ほどしか経ってないので亡くなったという実感がありません。なるべく早く日常に戻るため、葬儀の翌日から働いてるのですが(自営なので)‚仕事終わりの時間になると家に帰るのがつらく感じます。でもお骨になっても自分のことを待っていると思って帰ります。飲んでいたお酒とフルーツを供えて、食事も少し備えて。そして泣く。</p><p><br></p><p>自分は両親も既に他界してますが、親には申し訳ないですが、悲しみは今の方がはるかに深く、孤独感と疎外感と不安に襲われる時があります。</p><p><br></p><p>多分、自分のことを本気で心配してくれる人はもういないんだと。</p>
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<link>https://ameblo.jp/memekotori/entry-12686822976.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Mar 2021 22:24:32 +0900</pubDate>
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