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<title>やまちゃんの片麻痺記録</title>
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<description>片麻痺歴10年目になりました</description>
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<title>リハビリの続き</title>
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<![CDATA[ <p>入院して3ヶ月くらい経った頃だったと思う。病院の中の床屋で、確か二回目の散髪の時に急に転機が訪れることになる。床屋のおやじがまた強烈で、床屋にいる間はバカなことを延々と喋り続けるような人で、前回もあっという間に散髪が終わってしまいとにかくよくしゃべる人だなと　今思えばわざとそうしているんだなと言うのがよくわかる。今回もやはりかわらずずっと喋り続けてる　散髪も終わりに近づいてきた時、急に真顔になり「〇〇（私）さん俺はね今まで何百人、何千人と〇〇さんと同じ病気の人を見てきた。今〇〇さん何考えてるか俺にはようわかる。みんなそんな顔や。辛いし、しんどいし、悪いことばっかり考えるわな　色々考えててもこの病気はすぐには治らん　長丁場や　ずっと付き合っていくしかない　俺はいつもアホなことばかりいってるけど、俺から〇〇さんに言えることはひとつだけや　<b>今、出来ることをきっちりとやる　それだけや　そうすれば必ず次にやることが見えてくる</b>」こう言われハッと気付くというか、自分の中で何かがかわった瞬間だったと思う。発症して病気のことを知れば知るほど絶望し、後ろしか見てなかった自分が前を向いて行こうと。床屋を出る時には明らかに顔つきが変わっていたと思う。単純だけど、どん底に落ちている時にこの人に言われたことが結果退院する時まで続き、さらには今の自分があるのかなと　自分の中では1番の恩人ですね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12801465081.html</link>
<pubDate>Thu, 04 May 2023 13:38:46 +0900</pubDate>
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<title>現在の状態</title>
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<![CDATA[ <p>仕事と家のことで忙しく、なかなか新しいことを書く時間がありませんでした。リハビリのことはまだまだたくさんあるのですが、少しずつ思い出し、整理しながらになるので、ゆっくり時間をかけて書いていこうと思います。発症から10年が経った現在の状態については、まず下肢はひざから下はかかとを床につければ少しだけかかとを上下する事ができ、指はほんの少しだけ曲がる方に動く程度、歩行時は内反があるため足首だけの装具をつけている　現在杖は使っていない。次に上肢は肘から先が全く動かない。現状ではスーパーの袋とか簡単な荷物を指に引っ掛けるくらいしか使い道がない状態。歩いたり、右手で何かをしようとした時に肘が勝手に曲がってくるため邪魔なことの方が多い。（ひとつだけ使えてることがあるがそれについてはまた今度）もともと左利きであり、その左が麻痺になり、利き手じゃない方で全てのことをしなければならない。当然不便だらけであり何をするのにも時間がかかる　10年が経ち残っている右手がどんどん器用になり、工夫して大体のことができるようになっている。もちろんできないことはたくさんありますが　日常生活においてそんなに苦労することは少なくなったかな。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12782826589.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Jan 2023 21:00:49 +0900</pubDate>
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<title>リハビリのこと3</title>
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<![CDATA[ <p>落ち込んだ日が続きそのうち夜眠れなくなってきます。また同じ病棟の人は、重い軽いはありますが殆どが脳卒中患者で、今度は人を見て自分と比べるようになります。いいなぁ　あの人ちゃんと歩けて、手も動くし　うらやましいなぁ　自分もあんなふうになりたいなって心の底から思い、いい年して神様にお願いして見たりとさらに落ち込む日々が続きます。そして周りとかテレビとか色々な所で　疲れた、もうしんどい、やめたいとかそういうのを見たり聞いたりするだけで　手足なんの不自由なく動いてるのに贅沢ゆうなって　どんどん卑屈になっていく。その頃になると、良くなる希望というものはなくて考えることは悪いことばかり　先の見えない何とも言えない不安と絶望感、孤独感　こんな体でこの先何ができる　何もできない　誰かの世話になって生きていかないといけない　死んだほうがマシなんじゃないかと　そんな事ばかり考えていた。だから当然顔とか態度にも出てるわけで、看護師さんはいつも患者をよく観察してるからすぐわかったみたいで、ちょくちょく部屋を覗きにきてはなんか話したい事とかあったらいつでも聞くからねと気にしてくれ、本当に有難い事なんだけどその時は何も話す気にはなれず毎日が過ぎていってた　これからどんどん身体が弱って動けなくなるとか、余命宣告をうけたわけでもなく、ただ左側が動かないだけで全く周りが見えなくなり自分だけが不幸のどん底にいると思ってた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12773116037.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Nov 2022 12:55:46 +0900</pubDate>
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<title>リハビリのこと2</title>
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<![CDATA[ <p>私にとってのリハビリは、左半身の運動機能をなんとか元に近づけることが一番の目的なのですが、リハビリをしていく中で、気持ち　精神的にかなりきつかった期間がありました。入院中リハビリをしているとき以外は何もやることがなく、ずっと脳出血のことについてスマホで調べていました。当然いいことは一つもなくて、悪いことだけ。自分の状態を調べれば調べるほど予後に希望を持てるものは何一つありませんでした。転院先の病院には地元でも有名な脳神経外科の重鎮の先生がいて、丁度右脳の運動を司る所で出血をしている　足については反対側の脳で何とかなることもあるが手に関しては　まずだめだろうと　残った方の手でうまくやってくしかないと言われ、その時点でかなりへこみました。とても受け入れることなど出来ず、しばらくはひたすらネットで検索する毎日でした。調べても何も出てこないのに…</p><p>そこからさらに日にちがたち、何となく自分でもわかってくる。よくよく考えて見ると、自分が知っている今まで生きてきた中での数えきれないほどの病気やけがで身体が徐々に元に戻ってくる感じや感覚が、今回は全く戻ってこないことに　これは今までとは違うぞ　この先どうなるんやろとなんとも言えない不安に押しつぶされそうになる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12771036439.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Oct 2022 20:02:54 +0900</pubDate>
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<title>リハビリのこと</title>
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<![CDATA[ <p>脳出血を発症し、入院し、元の状態に戻すため、リハビリをする。言葉にすると簡単に書けるし事実そういう事です。人それぞれで、いろんな病気があり、つらいリハビリを経て復活したとかよく聞いたりします。今回自分自身リハビリをすることになって思ったこと　感じたこと、それまで自分がリハビリについて想像していたこととは全く違っていたということがわかり、落ちるとこまで落ちていく。色々なリハビリがありますが自分にとってのリハビリはほぼ気持ちとの闘いでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12769698491.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Oct 2022 16:59:22 +0900</pubDate>
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<title>回復期病院2</title>
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<![CDATA[ <p>転院してしばらくの間、毎日リハビリしていく中で運動はもちろん認知、記憶などの高次脳機能の検査も同時に色々とやりました。急性期病院でもやりましたがここでもいやと言うほどやらされ、頭を使うとすぐ疲れ、たまらなく眠くなるということもあり、とにかく苦手だった。検査により左の半側空間無視は、あまりなく少しだけ左下側が見落とすことがあり、これは意識すればなんとかなるレベルだということがわかった。自分の中ではあまり認めたくなかったのですが、このことは入院中の食事の時にすべて完食し、洗面で歯磨きをやり、部屋に戻ってお膳を見ると『え！バナナ残ってるし』と左下に残ってるバナナを見てマジかとなり、結局退院するまでにもう一回プリンを見落としてしまうことがあり、これは認めざるを得ないなと自分の中ではかなり気をつけるようになった。今思えば車椅子もよく左側をぶつけていたような、意識してる時は大丈夫なのだが無意識というか気を抜いてボーッとしてる時によくやってしまう　これは今もあまりかわらないかな。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12769149192.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Oct 2022 09:59:17 +0900</pubDate>
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<title>回復期病院1</title>
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<![CDATA[ <p>回復期での作業療法ですが、麻痺側の動きを出していくためのリハビリが中心でした　転院後しばらくしてから肩が少し動かせるようになり、そこから先の肘を曲げ伸ばしできるまでは数ヶ月かかることになる。どういう感じかというと寝た状態で手を垂直にのばし前後に動かそうとするリハビリで、もちろん1人でやるのではなくOTの介助で動きが出てくるように動かしてもらう。はじめのうちは、力を入れて動かしているつもりでもほぼ力が入ってなく手を離すとパタンと落ちてしまう。それでも毎日続けると少しずつ、ほんの少しずつ動かせるようになってくる　1ヶ月くらいはずっとそういうことをしていたと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12768159437.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Oct 2022 12:43:36 +0900</pubDate>
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<title>回復期病院</title>
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<![CDATA[ <p>転院が決まり回復期の病院にうつりました。ここから本格的に家に帰るためのリハビリがはじまります　理学療法は、1時間の中で前半は動かないなりに体幹を鍛えつつ全体のバランスがくずれないように色々な体勢をとりストレッチ等を行い、後半はひたすら歩く練習をやりました。こちらに来て1週間もたたずに長い装具から膝から足首までの装具にかわりました。ただし麻痺が劇的に良くなっているわけではなく、長い装具をつけずにたてるぐらいにはなっていたと思います。ちなみにこの装具は退院まで歩くときはずっとつけていました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12765158013.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Sep 2022 18:12:00 +0900</pubDate>
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<title>転院</title>
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<![CDATA[ <p>入院してどのくらいたったか　2週間くらいかな、病状が落ち着いてきた頃に回復期病院への転院の話がでてくる。いくつか候補があり、最終決め手になったのは、毎日お風呂があるという単純な理由でした。もちろんリハビリの質も、考慮した上での話です（土日もリハビリをしている等）。結局、急性期病院では3週間入院しました。その時の自分の状態は長い装具をつけて10から20mくらい何とか動ける程度　手に関しては入院したときからほとんど変わらず全く動かないままでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12764664559.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Sep 2022 20:57:04 +0900</pubDate>
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<title>リハビリ2</title>
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<![CDATA[ <p>急性期病院での言語療法は高次脳機能に係る検査が主で（これは回復期病院に転院した当初もさんざんやらされる）、これがまた難しい問題ばかりで、かなりとまどったのと「これ健康な人でもムリだろ」ていうものがたくさんあり、特に苦手だったのが全く関連のない名詞を20ぐらい順番に言われ、それを初めから言っていく　初めの三つ四つはいけるのだが、そこから先はひたすら思い出そうと考えるが出てくるわけもなく大変苦労したのを覚えている。苦手な中でも唯一出来たのが、STが言った数字を逆に言っていき一回ごとに数字が一つづつ増えていくというもの。これは最終的に9ケタまで反対から言うことができた　なぜ出来たのかいまだにわからないが、今思えばこれだけはすごく集中していたように思う（STがここまで出来た人は今まで居ませんでしたと驚いていた）。起きているとすごく疲れる状況で頭を使うと半端なく疲れ、リハビリ中もあくびを連発し、部屋に戻ると寝てしまうというのを繰り返していたと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mia9898/entry-12762837354.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Sep 2022 10:35:20 +0900</pubDate>
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