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<title>末期がんだったけど、彼は幸せでした。そして今、私も元気です。</title>
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<description>当時25歳。18歳年上でおまけにバツ５子持ちの彼と付き合い始めて3か月、彼は末期がんと診断されました。彼と一緒に生活した闘病の1年半の思い出と時に今の日常をつれずれなるままに書いていければいいなと思います。</description>
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<title>夢に試されるのが終わったかなと思った話</title>
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<![CDATA[ <p>約１年半、介護した末に癌で彼をなくしてからもう5年？６年？経つ。</p><p>&nbsp;</p><p>昨年結婚して、私は今、お腹の中に新しい命を授かっている。</p><p>臨月に入り、最近連日見る夢についてちょっと書き記しておきたくて久しぶりにこのブログを開いた。</p><p>というのも、私は彼を亡くしてから夢とよく戦っていたから。</p><p>&nbsp;</p><p>彼が亡くなってから「恋人を探す夢」をよく見た。</p><p>それは私の深層心理をよく表していたので、見るたびに複雑な気持ちになっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>彼が亡くなった直後は、彼を探す夢。</p><p>探して、夢の中で見つけて、起きてもう死んでいることを思い出して涙した。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>新しい恋人ができてからは、自分の恋人が誰なのかを問われる夢。</p><p>扉の前に立たされて、この中にあなたの恋人がいるよ、といわれる。</p><p>扉を開いて、中に立ってる人物を確認し、私は答える「この人は私の恋人じゃない。私の恋人は．．．．○○さんだもの。」</p><p>&nbsp;</p><p>起きて「○○さん」が新しい恋人の名前で安堵する。</p><p>ああ、わたし、大丈夫。ちゃんと○○さんが新しい恋人っていえた、と。</p><p>ちゃんと前に進めてる、と。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>３年経っても、４年経っても、こういう夢を何度も見て、その度に夢に試されているような気分だった。</p><p>死別というのは「恋人の関係を解消する」という過程を踏まない。<br>彼目線でいえば永遠に私は「彼女」。私としても別れてない人を「元カレ」というのが憚られた。</p><p>だから夢で「あなたの彼はだ〜れ？」と聞かれると試されている気分だった。</p><p>それは選択肢に亡くなった彼が消えずに残ってるということでもあった。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな夢も、もう随分と見ていなかったのだけど、最近連日で似たような夢をみるようになった。</p><p>&nbsp;</p><p>それが「夫を探す夢」。</p><p>夢の中で、なぜか私は夫以外の人と付き合ってる事になっている。</p><p>それは死んだ恋人でもなければ元カレでもないのだけど、とにかく「違う人」と付き合っている。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、「この人じゃない」と直感でわかる。</p><p>直感でわかるので相手に「別れましょう」という。</p><p>あなたは誰なの？私の探している人じゃない。</p><p>むしろなんで私はこの人と付き合ってるの？この人じゃないはずなのに。</p><p>そんな気持ちでいっぱい。</p><p>&nbsp;</p><p>私は妊娠してるのに、別れるの？シングルマザー？</p><p>そんなこともよぎるけど、それでもわかる。</p><p>一緒に生きて行くのはこの人じゃないと強い確信がある。</p><p>一人でもいい。違う人と付き合うなら私は一人で生きて行く。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなことを思っていると、笑顔の夫が目の前に現れる。</p><p>それでようやく私は思い出して安心する。</p><p>&nbsp;</p><p>「ああ、そうだ、思い出した。私はこの人だった。よかった。私にはこの人がいたんだ。」</p><p>&nbsp;</p><p>その夢にはもはや亡くなった彼は出てこない。</p><p>（亡くなった彼にはごめんね。）</p><p>起きて、夢の笑顔の男性が、間違いなく現実での私の夫なのだとわかると、とても安心した。</p><p>&nbsp;</p><p>起きるたびに「彼はもういない」「彼を忘れなければならないのに」と思っていたあの数年。<br>知らないうちにそんな日々に終止符がついたのかなと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>私は「今」を生きています。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-12547382927.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Nov 2019 16:10:08 +0900</pubDate>
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<title>夢②</title>
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<![CDATA[ <p>昨日、「夢」というタイトルでブログを書いたけど、</p><p>書いていて「色んな感情を忘れているな」と思った。</p><p>&nbsp;</p><p>そういえば、「夢の話」は以前にブログに書かなかったかな？と思ったら</p><p>下書きにしていた記事を発見。4年前に書いた記事だった。</p><p>&nbsp;</p><p>同じ内容なのに4年前の方が長くて具体的だったのでせっかくなので公開します。</p><p>※ダラダラ長いですがそのまま投下します。</p><p>--------------</p><p>2014年4月26日下書きにしていた記事</p><p>&nbsp;</p><p>タイトル「夢の中の彼」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>彼の夢をよくみる。</p><p>&nbsp;</p><p>亡くなってから数週間は毎日夢をみた。</p><p>特に亡くなった直後は、夢の中に現れる彼がとてもリアルで</p><p>私は夢の中に居た方が彼と会えたから夢の方に居ることが多かった。</p><p>&nbsp;</p><p>上司の計らいで何もすることがないのに会社にお休みをいただいた私は</p><p>本当に何をすることもなくただひたすらに眠っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>それこそ、文章を書いたり、気持ちに整理をつけたり、何かもっと有意義に使えばよかったのかもしれないけれど私にはそんな気力がなかった。</p><p>夢の中で彼に会って起きてもう居ないのだと思い知らされ、また目を閉じる。</p><p>おなかが空いたら最低限何かを食べてまた眠る。そのうち妹が帰ってきて夕食を作る。</p><p>それをつまんでまた眠る。</p><p>そして夢を見る。</p><p>&nbsp;</p><p>お葬式の前日、喪服を用意していなかった私は黒地で灰色のストライプが入ったスーツを着ていくことにしていたのだけれど、正式な喪服ではないことを気にしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>すると夢の中で彼が現れて、私は彼に駆け寄るやいなや相談を始める。</p><p>&nbsp;</p><p>「ねえ、ねえ、私、明日お葬式なんだけどさ、着ていく洋服がこれしかないの。やっぱりストライプはまずいと思う？でもご家族もみんな用意がないし、気にしなくていいよって言ってくれてるんだけど...。」</p><p>&nbsp;</p><p>振り向いた彼は何も言わずに微笑んでいて、私は、その顔を見て</p><p>「あれ？私、誰のお葬式に行くんだっけ。」と思う。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、ああ、私は彼のお葬式に行くんだ。あれ、じゃあ目の前に居る彼は誰なの？</p><p>そう思ったところで目が覚める。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>よく見る夢は、彼が病気で苦しんでいる夢だ。</p><p>&nbsp;</p><p>私の夢に出てくる彼の姿は抗がん剤と放射線の影響で坊主になって、あるときは頭痛に絶叫をあげ、あるときは肩で息をし、あるときは幻想を虚ろな目で見ている彼だった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私は、そんな彼の姿を見るととても苦しくなるのだけれどだけど夢の中でいつもそんな彼を見て思う。「でも、まだ生きている。生きているなら可能性は無限だと。」夢の中では気づいていないけれど、裏を返すとそれは「もう亡くなってしまった。もう居ないんだ」という私の気持ちを表しているのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>彼が亡くなった今、骨だけになってしまった今、奇跡はもう１％も残っていないのだとわかっているから、そしてやっぱりそれが辛いからそういう夢を見るのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>昨日はそのパターンと違う夢を見た。</p><p>私はなぜか彼とけんかしてて、絶縁ぎりぎりの状態なのに、私は「でも彼は、絶対に私のことを待っているから行かなくちゃ。」と思って、彼に内緒で彼の元へと急ぐ。</p><p>そして、会いに行くとベッドに横たわっている彼がいる。顔はむすっとしてるんだけど、でもやっぱり絶対に私が来たことが嬉しくって、むすっとしながら手をのばして私の手を握る。</p><p>&nbsp;</p><p>それで仲直り。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな夢をみた。</p><p>&nbsp;</p><p>起きて、冷静に考えてみたんだけど、きっと私は今「私のことを絶対的に好きだった人」の存在に少し今甘えているのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>その人は、もう居ないのだから、そのことをわからなくてはいけないのに。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の心に隙間ができると引っ張りだして、自分の気持ちを守るためになんだか彼を利用しているみたいに思えてきた。思い出に向き合うことはとても私に必要なことだし</p><p>&nbsp;</p><p>--------------</p><p>ここで終了。</p><p>&nbsp;</p><p>普段は自分の心を整理するためにバーっと文章を書いた後に短く整理をしていくのだけど、精査する前の文章なので長いです。</p><p>書きながら自問自答しています。</p><p>&nbsp;</p><p>当時のことを思い返すと、自分の心のスキマを埋めるために彼の思い出を美化して「絶対的に私を好きな人（そしてそれは永遠に変わらない）」として思い出の彼に依存していたような気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>思い出にすがっても良いと思う。</p><p>でも、それだけだと過去にしか生きられないから泣いてばかり居ないで思い出の彼にすがらないで強く生きていかなきゃねって夢を見て思った話。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-12390079589.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Jul 2018 17:57:37 +0900</pubDate>
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<title>夢</title>
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<![CDATA[ <p>彼が、苦しそうにベッドに伏している夢を何度か見たことがある。</p><p>&nbsp;</p><p>私の中の彼のイメージはもはや病状に苦しむ彼の方が大きくて</p><p>元気に歩いている彼というよりは叫んだり苦しんだりしている彼の記憶の方が大きい。</p><p>&nbsp;</p><p>そういう夢を見るときに私は駆け寄りながら</p><p>「大丈夫。大丈夫。だって、まだ生きてる。」といつも思っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>「まだ、生きているから大丈夫。」</p><p>&nbsp;</p><p>その先の絶望を知っているから生まれる感情だということに</p><p>夢の中の私は気づいていない。</p><p>&nbsp;</p><p>夢の中の私は彼が死んでいたことを知らない。</p><p>&nbsp;</p><p>だから目を覚ましたときに、</p><p>あぁ、そうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>彼はもう絶対に戻っては来ない人なんだと、もう一度絶望する。</p><p>&nbsp;</p><p>彼は、生前、何度も死にかけて何度も峠を乗り越えていた。</p><p>それを隣でずっと見ていたからそんな夢を見るのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>彼が、死んだ直後はまだ戻ってくる気がしていた。</p><p>今にも息を吹き返しそうな寝顔に見えた。</p><p>&nbsp;</p><p>だけど、火葬後に彼の灰と骨を見たときにもう絶対に戻っては来れないんだと思わざるを得なかった。</p><p>&nbsp;</p><p>そういう夢から目を覚まし、絶望するときに、あの骨を見たときと同じ感覚が甦るのだった。</p><p>&nbsp;</p><p>「奇跡はもう、起こせないんだよ」</p>
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-12389829673.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jul 2018 15:57:33 +0900</pubDate>
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<title>彼の私への最後の言葉</title>
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<![CDATA[ その日の朝方6時ごろ<br>私は深夜付き添い担当の妹さんの電話で起こされた。<br><br>「兄さんがね、Mさん（私）に会いたいって言ってるの。」<br><br>寝起きで寝ぼけていたけれど、その言葉の意味を<br>私はすぐに理解して、身支度を整えて即座に病院に向かった。<br><br>病院への道は、もはや通いなれた道だった。<br>臨時の入り口の警備員さんに軽く挨拶をして<br>病院内に入れてもらい、足早にエレベータに向かった。<br><br>８階のボタンを押す。エレベーターを降りたらすぐ左。<br>ナースステーションを横切り、個室を開ける。<br><br>ドアを開けると、ベッドを挟んだ奥に座っている<br>８０歳を超えたお母様とお父様が目に飛び込んできた。<br>老いたご両親。息子の手を握る、そのしわくちゃな手に私の胸も痛んだ。<br><br>彼はハァハァと苦しそうにしながら息は絶え絶え、目は見開き、<br>必死にお母様に「最後の言葉」を伝えている最中だった。<br><br>まさに、ドラマのワンシーン。<br>個室全体に緊迫した空気が流れていた。<br>誰もが静かに興奮していた。<br><br>「Mさんが来たよ。お母さん、ちょっとかわってあげて。」<br><br>妹さんがそう声をかけると、彼はこちらを振り向き<br>そこで初めて私に気づいた。<br><br>気づいた彼は私に向けて「最後の言葉」を<br>興奮した様子で続けようとした。<br><br>「M、Mはまだ若いんだから失敗を恐れないで<br>何にでも挑戦して…」<br><br>依然として目は見開き、はぁ、はぁ、と苦しそうに<br>「最後の言葉」を伝えようとする彼に対して、<br>私はある意味すごく冷静だったと思う。<br><br>彼の”悲劇の死に際””感動なる？最後の別れのシーン”<br>を向けられ、とっさに出た行動はそれを拒否するものだった。<br><br>「落ち着かせなきゃ。」<br><br>私は、反射的にベッドに駆け寄り<br>かがんで、彼と視線を合わせた。<br>そして、両手で彼の頭を抱き寄せた。<br><br>抗がん剤ですっかり髪の毛が無くなってしまったその<br>頭をなでながら、彼の「最後の言葉」を遮り、<br>そして、少し笑いを含んだ声で努めて明るく<br>そして陽気に話しかけた。<br><br>「どうしたのーー？<br>Tちゃん（彼の名前）、大丈夫だよ。大丈夫だからね。<br>大丈夫、大丈夫。だいじょうぶだよ？」<br><br>自分でも、一体何が大丈夫なのかよくわからなかったけれど<br>ただひたすらに「大丈夫」を繰り返した。「大丈夫」という言葉は<br>自分自身に言いたかった言葉なのかもしれない。<br><br><br>大丈夫、大丈夫、だいじょうぶ。<br><br><br>そうして、どれくらい時間が経ったかわからない。<br>1分？30秒？5分？<br>だいじょうぶ、が、大丈夫かわからない私にはなんだか長く感じたように思う。<br><br>とっさの自分の行動が良かったのか悪かったのかと不安になったころに<br>私の腕の中で彼がポツリと言った。<br><br><br>「あぁ、良い香りだ。」<br><br>そのセリフに私は思わず吹き出してしまい<br>そして、体を離し、彼の顔をもう一度見て<br>目線を合わせ笑顔を作った。<br><br>彼も、目を細めて無言で笑った。<br><br>先ほどの緊張感とは違う落ち着いた、満ち足りた声に<br>その場にいた皆は思わず笑い、個室には再び笑顔が戻った。<br><br>そして無言のまま今度はゆっくりとゆっくりと腕を上げ、私に触れた。<br>力のない腕が導くままに私は彼に顔を近づけると、<br>その先には、彼のつけているプラスチックの呼吸器があり<br>私の唇はその呼吸器に「コツン」とぶつかった。<br><br>彼は満面の笑顔で、息はもう、落ち着いていた。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>それが意識ある彼と交わした最後のやりとりだった。<br><br><br><br><br><br><br>「あぁ、良い香りだ。」<br><br><br><br><br><br><br>それが彼が私に残した最後の言葉だった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-12120014788.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Jan 2016 17:31:11 +0900</pubDate>
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<title>死の予兆</title>
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<![CDATA[ 死の予兆は、彼が亡くなる数週間前からあった。<br><br>まずは、曜日がわからなくなった。<br>彼は私が休みの土日をいつも待ち望んでいた。<br>それで<br>「今日は金曜日？今日は土曜日だっけ？<br>あれ？今日はみこは友達の結婚式なんだっけ？」<br>と私の週末に予定が入っているかどうかを<br>何度も確認するようになった。<br><br>「今日は土曜日だよ。結婚式は無いからずっと一緒にいられるから安心してね。」<br><br>そう言った数分後に、「あれ？今日は金曜日だっけ？」とはじまる。<br>同じ返事をしても、その数分後に「みこ、結婚式はいつだっけ？」と繰りかえす。<br><br>そのやりとりを聞いていた看護師さんが<br><br>「○○さん（彼の名前）…と小さく呟き、足早に去っていった。」<br><br>私には笑って彼の質問にただ答えることしかできなかった。<br><br><br>そして彼はよく幻覚を見るようになっていった。<br>時に亡くなった親族。<br>時に異世界を見ていた。<br><br>壁やカーテンをそれと認識しなくなり、<br>私には見えない風景の話をするようになった。<br>居ない人がいるといった。<br><br>どっちが現実なのか分からなくなっていった。<br><br>「どっちの世界も僕にとっては同じくリアルで<br>どちらが本当の世界なのか僕にはわからないんだ。」<br><br>そう彼は言っていた。<br><br>ある日病室に行くと虚ろな目で居た彼が<br>私を見てハッとして正気に戻りひどく慌てていた。<br>私がリアルなのか、異世界の人なのかを確認するので<br>私が手を握り「こっちが本物。感覚があるでしょ？」というと<br>ようやく安心した顔になった。そして言った。<br><br>「戻ってこれなくなるんじゃないかって、怖いんだ。」<br><br>私には、彼が「異世界を見ているとき」と「現実を見ているとき」<br>の違いがわかった。異世界を見ているときの彼の目は虚ろだった。<br><br>彼はよく虚ろな目で、見えない何かをつかもうとするように<br>手を空中に上げながらブラブラと動かすことが多くなった。<br><br>「それ、それとって」<br>そう指さす、彼の指先には何にも物は置いてないのだ。<br>「何も置いてないよ」<br>というと、不思議そうな顔で私を見つめた。<br><br>「何も置いてないんだよ。」<br><br>こんな状態が数週間続いた。<br><br><br>彼の見ている異世界が彼にとってどんなものなのか。<br>私にはそれが気がかりだったので正気な時に聞いてみたことがある。<br><br>「ねぇ、異世界や見えている人たちは、怖い？嫌な感じがする？」<br><br>「うぅん、怖くなんかないんだよ。僕にとってそれはリアルなものと変わらないんだ。」<br><br>その答えを聞いて私は少し安心した。「怖いものではない」のだ。<br><br>そして、「私の」幻覚も見るようになった。<br>私が遅れて病室に行くと彼は「みこはずっと僕のそばに居てくれた」と主張する日があった。<br>私と居る時間が少ないとすぐにふてくされる彼だったけれど<br>その日は謝る私に「ずっと居てくれたよ？」と幸せそうに笑うのだった。<br><br>とても複雑な心境だった。<br><br>ただ、付き合い始めた頃に悪夢にうなされていた彼が<br>現実と幻覚の狭間に居る時に見るものが「幸せなもの」なのであれば<br>それはとても良いことなのではないか…という解釈をすることにした。<br>この異世界の向う側に死の世界があるのであれば<br>彼の行こうとしている世界は恐ろしいところではなさそうに思えた。<br><br>もしも死の向う側の世界が存在するのであれば、それは案外私たちの<br>世界と紙一重のところで広がっている場所なのかもしれない。<br>見えないだけで重なっているのかもしれない。<br>そんなことも考えた。<br><br><br>兎にも角にも、彼は死の淵に居てもなお、恨みや憎しみにとらわれてるわけではないのだ。<br>それは幸せなことなのだ。<br><br>そう思えることだけが、あの時の私の気持ちを支えていたように思う。
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-12028440772.html</link>
<pubDate>Tue, 19 May 2015 12:27:34 +0900</pubDate>
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<title>GWの想い出</title>
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<![CDATA[ 私と彼が付き合って3か月くらいで<br>彼は末期がんで緊急入院。<br>その時点で両足が麻痺して動けなくなった。<br><br>告知では<br>「余命は2週間から…長くて3年もったケースもある。」<br>と言われて、何も考えられなかった。<br>告知をうけて唖然とする私の顔を心配そうにのぞき込む<br>「緩和ケア」の先生の顔を今でも覚えている。<br><br>バツ沢山、子持ち、もうこの肩書きだけでファンキーな彼の人生を<br>想像するに難くない。彼は、病気になるべくしてなった人だった。<br><br>付き合い始めてすぐに彼の異常な疑心暗鬼な心に戸惑いを隠せなかった。<br>異様なまでの束縛。それは、「誰かに私をとられるんじゃないか」という恐怖からくるもので<br>常に「別れ」を恐れていた。別れが怖いから、自分から2人の関係を壊そうとしたり、私を試すかのように荒れてみたり。彼は当時の辛かった思い出を何十回も私に話したものだった。私はきっと当時カウンセラー兼彼女だったのではないかなと思う。<br><br>だから、告知をうけて、私も彼も「やっぱり癌だったか」と思った。<br><br>「もしも癌だったら絶対にわかれるから」と病気が発覚する前から言われていたけれど<br>結局私たちは別れることはなかった。<br><br>緊急入院してそのまま亡くなってしまうかも、という周りの心配に反して彼は数か月の入院生活を経てめでたく退院。退院とともに両足が不自由になった彼との同棲生活のスタートだった。<br>「大変でしょ。」と多くの人が声をかけてくれ、心配してくれたけど、変な話だけど私にとっては彼の病気が発覚する前より発覚した後の方が幸せだった。<br><br>病気になっても、両足が不自由になっても、顔が腫れて醜くなっても（彼は眼の癌だった）<br>尚も離れない私を彼はようやく信用してくれたようで「女性に対する疑心暗鬼な心」が晴れたのだと思う。<br><br>仲良く2人で前向きに生きた。車いすでいろんなところに出掛けた。<br>彼に会いに来てくれた、いろんな人と話し、いろんな思い出を聞いた。<br>今思い返すと彼の人生の走馬灯を一緒にみているようだった。<br>あの時間は本当に楽しくて幸せで、余命を宣告されている末期がんなんて思えないほど<br>2人とも幸せだった。<br><br>私たちの歯車が狂い始めたのは、彼の癌が脳に転移してからだった。<br><br>彼は著しくイライラするようになった。<br>今まで気にしなかったことを気にするようになり、私の一挙一動が気に食わなくなっていき<br>よく怒鳴るようになった。<br><br>私は私で「脳転移するというのはそういうこと」と自分を納得させ気にしないようにするものの<br>私に投げかけられる１つ１つの言葉を消化できずに知らず知らずのうちにため込んでいった。<br><br>加えて、脳転移からくる頭痛が彼を襲った。<br>モルヒネさえ効かないその頭痛はかれを絶叫させた。<br>耳をふさぎたくなるほどの絶叫を彼は繰り返した。<br><br>放射線を当てた彼の脳は腫れ、熱を持っていたので<br>頭痛の波がこないように冷却材で冷やした私の手を当てて冷やすようになった。<br><br>彼が叫んだらすぐに冷やすので、私は彼の唸り声や叫び声に敏感になり、<br>幻聴さえ聞こえるようになっていった。<br><br>眠れない夜が1週間続いた。<br><br>私は謎の胃痛に悩まされるようになり、あまりご飯が食べれなくなった。<br><br>それでも、私たちは馬鹿じゃないの？と思うほどに前向きで、<br>彼は間違いなく私の幸せを望み、私を気遣っていた。<br>いつもいつも私のことばかり考えていた。<br><br>だから、5月の連休、有給を合わせて10日間。<br>彼は自分の体調が悪かったのに「せっかくの休みなのにずっと家で僕の介護をさせてたんじゃかわいそうだから」と思ったのだとおもう。<br>「旅行に行きたい」と言い出したので、無理をしないようにゆったり温泉でもと小旅行を企画した。<br><br>温泉小旅行、といっても、車いすにのった成人男性を連れての旅行はそんなに簡単なものではない。それでも２人とも頑張ってとても楽しい時間を過ごした。２人とも頑張りすぎてしまったのだと思う。旅行終盤、あと少し頑張れば「楽しかったね」で終わりにできたのに、私は突如また謎の胃痛に襲われて、2時間動けなくなり、それをきっかけに彼は最高に不機嫌になった。<br><br>そして、「どうしてみこはいつもいつも旅行の終盤に胃が痛くなるのか」<br>と怒って怒って散々ムスッとした挙句にポツリと独り言のように<br>「俺のせい？」とつぶやいた。<br><br><br>彼の機嫌は旅行終盤から最後まで直らず、<br>その日の旅行の最後に私は彼から<br><br>「別れよう」<br><br>と言われた。<br><br><br>旅行だけじゃない。<br>ずいぶん前から私たちの歯車はバラバラで<br>それが私もわかってたからこそ私は言葉の通りに受け取った。<br>「彼は別れたいのだ」と。<br><br>私に余裕があったら「何言ってんの、あなた私が居ないと生きてけるはずないでしょ」と<br>笑い飛ばせたはずなのに。当時もう私もいろんなことにいっぱいいっぱいだったのだと思う。<br><br>今思えば、彼が「別れたい」なんて思うはずがないのに。<br>このままだと私も彼も共倒れするから「別れなくちゃ」と思った。<br>寂しがりやで自分勝手な彼の最大の愛だったのに私はそれに気付かなかった。<br><br>家に先に戻った私はその後人生で初めて過呼吸になり、体が痺れて動かなくなった。<br>駆け付けた、当時のもう一人の同居人に支えられるも、「彼と話したい」と訴え支える手を払った。<br><br>けれど、後から戻ってきた彼は過呼吸で倒れている私を見て<br>また罵声を浴びせ、同居人が止めに入る始末。<br><br>もう、なにもかもがカオスだった。異常の一言。<br>私も彼ももう精神状態が異常だったのだと思う。<br><br><br>翌朝、私はもう一人の同居人に彼を託して、家を出た。<br>「別れる」に承諾はしなかったものの、このままだと私が壊れるというのが<br>過呼吸になってようやく自覚したからだった。<br><br>ずっと彼と共にいる間に思っていたことは<br>「私が倒れたらいけない」だった。私が倒れたら彼も倒れてしまう。<br>それだけは絶対にダメ。<br><br>家を出て、友達の家に泊めてもらった。逃げるように、這うように<br>なんとかたどり着いた。<br><br>友人宅に向かう途中に、自分の胸がドキドキ言っているのがやけに奇妙だった。<br>きっと前日の過呼吸の名残だったのだと思う。<br><br>友人のアドバイスでその日、私は彼に手紙を書いた。<br>一晩中かけて書いた手紙を、とうとう最後まで彼には渡せなかった。<br><br><br>数日後、２人の関係をどうするか、ちゃんと向き合わなければと<br>家に戻った私は彼の姿を見て唖然とした。<br><br>明らかに容体が悪くなっていたからだ。<br><br>同居人が「お帰り」と私を気遣ってにこにこ笑うその姿に怒りさえ覚えてしまった。<br>「なぜ、あなたは気が付かないの？こんなに容体が悪くなっているのに。」と。<br>もちろん、私が託して出て行った手前咎めることはできなかった。<br>そして思った。「私じゃなきゃダメなんだ。」と。<br><br>別れ話なんてしている場合じゃない。<br>別れ話なんて、なんて悠長なことを考えていたのだろう。<br>私じゃないと彼は生きることが出来ない。<br><br>そして、話し合いが出来るような状況でもなければ<br>手紙（文字）が読めるような状況でもないことを私は悟り<br>何もいわずに一緒にいることを選んだ。<br><br><br>彼が亡くなったのはその数週間後だった。<br><br><br>２年前のちょうど今頃。<br><br><br>明日からGWです。
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-12021198357.html</link>
<pubDate>Fri, 01 May 2015 16:24:53 +0900</pubDate>
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<title>ご報告「新しい、恋人ができました。」</title>
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<![CDATA[ 今日はご報告があります。<br>新しい、恋人ができました。<br><br>実はかれこれ半年くらい前に新しい恋人が出来ました。<br>亡くなった彼…が亡くなってから（日本語なんか変ですね）<br>ちょうど1年くらいのタイミングです。<br><br>実はこのブログは更新するごとに私のTwitterで更新のお知らせを<br>配信していました。そのTwitteを私の今の彼も見ているということもあり<br>…新しい恋人の前で昔の恋人のことをつらつらと書くのはいかがなものかと<br>考えてしまい今までブログを更新せずにいました。<br><br>もしかしたらまだ自分の中で整理しきれていなかったのかもしれませんが。<br><br>このブログに読者がいたとしてもそれはTwitter経由の読者だろうから<br>今の私の状況も知っているだろうと思っていたのですが、<br>このブログ単体でしか私をしらない読者がいたとすれば（いるのか！？）<br>ちゃんと状況を書いておきたいなと思いキーボードをたたいています。<br><br>そして、彼に遠慮してブログ更新を控えていたものの<br>私の中の「書きたい欲」というのもあり…<br>またつれづれなるままですが、思い出と今の日常も書いていければいいなと思っています。<br><br>今の彼について少しだけ。<br>彼は私が亡くなった彼と闘病生活をしていたことも、彼をなくしたことも知っていて<br>内輪での弔う会にも駆けつけてくれました。亡くなってから付き合うまでの約1年何かと気にかけてくれずっと近すぎない距離で支えてくれたひとでした。<br>一緒にいてとても居心地の良い大切な人です。<br><br>さて、付き合うにあたってですが、私の心の中で「新しい恋人を作る」ということに対しての抵抗（罪悪感？）は全くありませんでした。亡くなった彼は何より私の幸せを願っていましたし。<br><br>ただ、当時支えてくれた亡くなった彼の友人達に報告したときは少し気が咎められました。もちろん、その報告に眉をひそめる人なんていないのですが。<br>そして報告後に亡くなった彼の友人からのメールの「Mちゃんが今を生きているようで安心しました」という文章にちょっと切ない気持ちを抱いてしまいました。<br><br>それはなぜなのか。<br><br>私と支えてくれていた人たちを繋いでいたものは「亡くなった彼」ですから、私が新しい人を作るというのはその人たちとの関係も薄くなってしまうような感覚になったのかもしれません。<br>彼が亡くなった今、やはりあの時と同じ人間関係では居られないです。<br>でも、それは悲観するべきことではないはずです。<br>縁が続く人もいれば続かない人もいる。それはこれからの私次第ってだけですから。<br>全てはこれからの私次第なんです。<br><br>いろんなことが日々変わります。<br>過去に浸り止まってはいられません。<br><br>けれども過去が無ければ今もありません。<br><br>過去を忘れるのではなく、大切に思い出しながら、今に向き合っています。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-11952247409.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Nov 2014 14:05:06 +0900</pubDate>
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<title>自分自身に向き合ってみようと思う。</title>
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<![CDATA[ 「彼のことを思い出して泣く」と、例えば私が言ったとしたら、それを聞いた人は愛しい彼が亡くなったことが悲しくて涙するのだと思っているのではないかと思う。<br><br>そういう気持ちもあるけれど、私の悲しかったり苦しかったりする気持ちは「人の死」に対するものだけではないのだと最近気づいた。<br><br>もっと言うのであれば私は彼の死を恐らく人が思うほどマイナスには捉えていない。<br>もちろん生きてほしいと願っていたし、生きるためだけを見てきたけれど、死が不幸という認識は私たちにはなかった。<br><br>私が彼のことを思い出して苦しくなる理由の１つ、それは「壮絶な病の記憶」だ。<br><br>特にひどかったのは彼の癌が脳転移してからだった。<br>脳の中で膨らんで行くがん細胞は彼の脳を圧迫した。<br>その激痛は私には想像もできないものだった。<br><br>脳に放射線をかけて小さくしようと試みたものの、今度は放射線の影響で頭が火照る。<br>癌も一気に無くなる訳ではないので痛みは収まらない。<br><br>彼は毎日叫んでいた。言葉通り、おもいっきり大声で。<br>モルヒネさえ効かない、鎮痛する手段が何もない頭痛に対して彼は大声で叫ぶことしかできなかった。<br><br>それが「１日中」。叫びを聞いているだけで気がおかしくなりそうだった。痛みは、残酷なことに眠りにつこうとするすると激しくおこる。痛みから逃げるために彼は眠れなかった。<br><br>火照る頭を冷やすために我が家にアイスノンは１０個以上置いてあった。ストックが無くなるのは命取り。１日中使うので決して多すぎることはなかった。<br><br>抗がん剤と放射線で丸坊主になった彼の頭にアイスノンをのせるものの直接当てると冷たすぎるしタオルに包むと今度は冷たさが伝わらない。１番効果があるのは、私の手をアイスノンでキンキンに冷たくして、その手を頭にのせることだった。<br><br>彼が眠ることができるように私は夜通し彼の頭を冷やすようになった。<br>手の感覚がなくなるまで自分の手をアイスノンで冷やして、彼の頭にのせる。私の手が彼の頭の熱を感じ始めたらまた手を冷やす。それを何十回と繰り返した。<br><br>彼が眠りについたと思ったら、私も布団に入り眠り始めるものの、すぐに彼の叫び声で飛び起きる。<br>叫び声が聞こえたらダッシュでアイスノンを冷凍庫からもってきてまた私の手を冷やす。<br><br>本当にひどかった１週間は私は眠らずに夜通し彼の頭を冷やし続けた。<br>案外人って眠らなくても仕事できるし生きていけるものなんだなとそのとき思った記憶がある。<br><br>面白いことに、彼が寝ていたとしても私は彼の息づかいと微妙な表情で「痛みがくる兆候」を見分けることが出来た。それを瞬時に判断し、タイミングを間違わずにしかるべき処置（手をキンキンに冷やしてあてる）を施すと頭痛がくるのを事前に止めることもできる。<br>痛みを止めて、彼が起きずに７時間程眠れたときの私の達成感！！<br><br>眠らない看病というのは確かに大変なものはあったけれど何もできずに叫んでいる彼をただ傍観することしか出来なかったら、それの方が辛かった。<br><br>けれども、彼の叫び声にいつも緊張していた私は、その頃彼の叫び声の幻聴を聞くようにもなった。<br>線路沿いを歩いているときに電車が「プーーーーー」っと高音を出してかけぬけていったときそれが彼の叫び声に一瞬聞こえて「ちょっとヤバいかもな、私。」と思った。<br><br>お風呂に入っていたときに、疲れて湯船でうたた寝をしてしまった。<br>彼の叫び声が聞こえて湯船から飛び出して、ずぶ濡れのまま寝室に駆け込んだら、「そんなに慌ててどうしたの？」と彼が振り向いた。誰も叫んでいなかった。テレビもついていなかった。<br>ちょっとだけ自分が怖くなった瞬間だった。<br><br><br>彼は私と付き合って約３ヶ月で末期がんと告知された。<br>私が健康（だと思っていた）彼と付き合ったのは数ヶ月。歩ける彼と付き合っていたのも数ヶ月。<br><br>だからか、彼が亡くなったあと私の夢に出てくる彼は「坊主で」「車いすに乗っていて」もしくは「ベッドで苦しそうにしている」彼だ。私の記憶の彼はほとんど病気の彼でしかないのだ。<br><br>例えば夢の中で現れる彼と私がラブラブで旅行をしたり、愛を語り合ったりしていたら「彼の死」に対して切なくてやるせなくなって涙するのかもしれない。<br><br>でも、私の場合は違う。私の中の彼は懸命に病と戦った彼だ。苦しくて叫んで、それでも頑張って生きようとした彼だ。<br><br>だから私は彼のことを思い出すと苦しくなる。涙が出てくる。<br>彼の死が悲しいだけじゃない。壮絶な病と立ち向かった彼を思い出すと彼の痛みや苦しさは決してわからないけれど、病というものがどれほど悲惨で残酷なものかはわかる。その壮絶な記憶が私を苦しくさせるのだと思う。いや、それをわかっていながらも「生きていてほしかった」と思う気持ちが辛いのかな...。これだけダラダラ書いたくせにまだやっぱりよくわかっていないかも。ごめんなさい。<br><br>それがわかったところで、何が変わるわけではないのかもしれないけれど...。<br>けれど今まで得体の知れない自分の中でわき上がる「苦しさ」や「悲しさ」を自分自身でも一色単に「彼の死の悲しさ」としてごちゃ混ぜにしてきた。だから自分でも彼の死というのが私にとって何なのかわからなかった。どうして悲しいのか苦しいのか。時に腹が立つのか。私は何かを望んでいるのか。後悔しているのか。<br><br>まだわからないことの方が多いけど。<br>きっと何かがわかるときがくる気がしている。<br><br>そこにはとても大切なことがある気がするから、私はもう少し向き合ってみようと思う。<br>彼の死ではなくて、自分自身に。<br>
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-11822887137.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Apr 2014 23:49:50 +0900</pubDate>
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<title>彼が亡くなって１０ヶ月経って思うこと。</title>
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<![CDATA[ 今日で、彼が亡くなってから１０ヶ月たった。<br>速いのか遅いのかよくわからない。<br><br>私はこの１０ヶ月いったい何をしていたのだろう。<br>彼のことを思ってみたり忘れてみたり。<br>悲しんでみたり怒ってみたり。<br>恋をしようと躍起になったり、やっぱり忘れられないと泣いてみたり。<br><br>何も変われていないんじゃないかと、あのときから時間は進んでいるのだろうかと<br>不安になるときもある。<br><br>１年という区切りを、私はどこかで期待している。<br>１年経ったらもう、いいかげんに終わりにできるんじゃないか。<br>１年経ったら終わりにしていいんじゃないか。<br><br>逆にいうと私はまだ終わりにできていないのだ、とも思う。<br><br>残された者の勝手な儀式かもしれないけれど<br>彼のお墓参りさえまだできていない（お墓がまだない）。<br>彼が亡くなってから、彼の居場所をどこに置いたらいいのかがわからない。<br>彼は私の心の中にいる、なんてそんな傲慢な風には思えない。<br><br>今もまだ宙ぶらりん。<br><br>彼が亡くなって数十日（１ヶ月ちょっと）は彼が私の頭の右上からのぞいているような<br>感覚がいやにリアルにあった。だから私も変に緊張したものだった。<br>彼は生前私が飲みにいくのをひどく嫌っていたのだけど、一方で私は飲みにいくのが大好きだった。けれど彼が亡くなってからは「彼がみているから」飲みにいけなかった。ふらりと飲みに行きたいような日も正直あったのだけれど、なんせ彼が私のすぐ近くでみているから躊躇ってしまう。「大丈夫、いかないからね。今日は家に一直線にかえるからね」と危なく声にだしてしまいそうなほどに彼は私の近くにいた。<br><br>飲みに行かないだけじゃない。彼が見ているから、私は凛としていないといけない気がしていた。<br>彼が見ているから私は悲しい顔をしてはいけない。そんな重圧が私にはあった。<br>だから私は彼の看病をしている時よりもしっかりと化粧をしてよく寝てよく食べた。<br><br>その頃いろんな人が私のことを気にかけてくれてよく一緒にご飯を食べにいったのだけれど<br>そのとき、闘病中にお世話になった年上の女の人にこういわれたのが印象的だった。<br><br>「えらいえらい。つらいことがあってもちゃんとキレイにしているあなたはえらいよ。」<br><br>また、そのとき初めて合った飲み屋の店主にはこんな風にいわれた。<br><br>「実は、あなたが最初にきたとき、素敵な彼と待ち合わせをしているのかと思ったの。そんな風に思えるほどあなたからは幸せなオーラが漂っていたのよ。」<br><br>背筋をピンとのばして、口角をあげる。私は不幸になんてならない。そんなこと、彼は望んでいないから。<br><br>「ね？」と右上を振り向きたい衝動を何度もこらえた。<br><br>ちなみにそのことを当時私は誰にも話していなかったのだけれど、同じ時期彼の妹さんも同じような感覚だったようで、私と一緒に居るときによく右上に顔を向けて彼に話しかけていた。「今日はみちこさんと一緒にご飯なのよ。」と。<br><br>けれどもそんな感覚は次第に変化していく。最初は、右上に居る感覚から私の胸の中にいるような感覚に変わっていった。「ああ、これがいわゆる胸の中に生き続けるってやつなのね」と思いそれはそれで幸せな感覚だった。<br><br>悩みがあってもあの頃みたいに胸の中の彼に聞けばいい。相変わらずもう二度と会えないことはどうしようもなく寂しかったけれど、何も怖いことなんてないし寂しいことなんてないんだと無理矢理でも思うことができた。<br><br>しかし、そんな感覚もだんだんと薄くなっていった。その頃から私は「彼が居なくなる」ということに焦燥感を抱くようになる。このブログを始めたのもそんな焦燥感から「彼のことを忘れないうちに私の言葉で書き留めておきたい」という思いから始まっている。<br><br>そうこうしているうちに彼は私の中から居なくなってしまった。<br>故人はいつでも胸の中にいる、なんて嘘だ。<br><br>彼は、もう居ない。世界中のどこを探しても会うことはできない。<br>私の右上にも、胸の中にももういない。彼はもう見守ってなんていない。<br><br><br>私はそれに気づいたときに、もう一度絶望的な、そして自暴的な気持ちになった。<br><br>もう、彼が見ていないのならば、私が幸せでいる必要なんてないじゃないか。<br>私がどうなったって、もう関係ないじゃないか。<br>もうどうなってもいいじゃん。<br><br>そんな風に思えた。今まで躊躇っていたお酒にもよく飲みに行くようになったし<br>自分で自分のことを大切にしてない感じがよくわかった。<br><br>「私は、（彼のためではなく）もう自分自身のために幸せにならなきゃいけないのか。」<br>そう思ったときに、そのことにそれほど意味と意欲を感じなかった。<br><br>今、こうした文章を改めてかけているということはその自暴時期を脱したという風に思いたい。<br>いつから脱することができたのか。実はまだまだ脱することができていないのか正直よくわからない。それが、やっぱり１年は待たなければいけないのか。１年くらいじゃ終わらないのか。<br><br>けれどようやく、いろんなことの総まとめが始まってきているように思う。<br>自分の気持ちと生活のコントロール。自分の価値観の見直し。<br>彼と私のこと。<br>私は彼と過ごしたあの１年で何を思い、何を感じ、何を大切にしてきたのか。<br><br>私たちは一体なんだったのか。<br><br>バラバラと、まだぐちゃぐちゃと浮遊しているいろいろな感情を今自分の方にたぐり寄せて<br>抱きしめたい。どんな汚い感情も未熟で考えが及ばなかったことも、ぜんぶ抱きしめて、自分を許したい。ずっと苦しかっただろう彼のことや、言葉通り死にそうな中で彼が全身全霊で最後まで愛してくれたことも、もう一度全部受け止めたい。<br><br>もっともっと私は大きい人間になりたい。<br>大きな壁を私はまだ、乗り越えられていない。
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-11815567885.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Apr 2014 23:47:14 +0900</pubDate>
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<title>仕事とお見舞いの両立</title>
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<![CDATA[ 彼が入院したすぐに私は自分の上司に連絡をした。<br>しかし、私は単なる彼女であって奥さんではない。<br>立場は彼女なのだけど、実際には同居をしていて彼の身内は近くに居ないことからすべてのことは私がしていた。その一般的な認識と、実際に私が行っていた範囲の乖離もあり、なんと報告すれば良いのか非常に戸惑った。私は、簡潔に付き合っている彼の病状の事実と、緊急の時は彼を優先するので今後迷惑をかける可能性がある旨を上司に伝えた。<br><br>ラインで報告したけれど上司からの返信は無かった。<br>返事、しづらいよなー、と思っていたら次の日に私は上司に呼び出されて一言告げられる。<br>「何か困ったことがあったら相談してな。全面的に協力するから。俺からはそれだけ。」一言、ほんの５分の面談だった。元々転職したてであったにもかかわらず良く面倒をみてくれていた上司。まだ付き合いの短い私のことを信頼してくれてその後も全面的に私の気持ちを１番に考えてくれた。<br><br>私は彼が入院してから毎日彼の病院に行った。多い日は日に３度。早朝、お昼、夜。特にお昼の時間帯はいつもなら会社のチームのみんなと昼食をとっていたのを電車の時間を見計らい、仲間の誘いをあやふやに断り、全て彼と過ごす時間に費やしていた。会社から病院まで電車を降りてから病室まで走って１５分。つまり往復３０分。会社で与えられるお昼の時間は１時間。残りたった３０分の時間を昼食と彼と過ごす時間に費やしていた。だからこの時期は毎日がコンビニのご飯で病室で食べていた。信じられないほど本当に「毎日」続けたけれど私たちにとってその時間は短すぎた。１分１秒が惜しかった。<br><br>私は上司以外の人には一切このことは秘密にしていた。なので突然始まった私の奇怪な行動は会社の皆を多分困惑させたと思う。仲良く皆でお昼ご飯を食べに外に出る仲だったのに、その日を境にお昼に誘われても何かと理由をつけて断る私。そしてなかなか帰ってこない。夜も定時の１９時にいったん外出をして２０時半頃にまた会社に帰ってくる（病院の面会時間は２０時までだった）。<br><br>残業が当たり前の中の風潮の職場で定時に帰ることも多くなった。<br>会社内では徐々に私の奇怪な行動に疑問を抱く人が増えていった。私が定時に帰る時「すごい定時だね。」と言われることもあれば、日中になかなか戻ってこない私に対して「みっちーはすぐに行方不明になるよね」と噂されることもしばしばと多くなっていった。（※誤解のないようにだけれども悪意のある批判的な噂ではなく、皆は単に疑問で何があるのだろうと思っていただけだと思う。それを私が説明も出来ないからびくびくしていただけ。「すごい定時だね」も悪意がある訳ではなく単純な感想で、尚かつ「良いじゃん！」という意味も含まれていたのだけど、私がびくびく気になってしまっていただけ。）上司から許可を得ているとはいえ、それは公の許可ではなかった。私は、元々八方美人気質があるので余計に周りからの評価が気になって非常に辛かったのを覚えている。<br><br>それでも私は彼と過ごす数十分の時間の方が大切だった。<br><br>私は彼が入院すると決まったときに心に決めていたことがある。これから病気と戦う上で寂しがりやで疑り深い彼にとって私の存在が逆に心の負担になってしまうことは大いに考えられた。けれどそれだけはあってはならないと私は思っていた。もしも私の存在が彼にとって結果的に心の負担になるのであれば私は彼のために別れなければならない。別れるべきだ。だけど私はそれを選べなかった。わかれることができないのであれば、腹をくくって彼に尽くすと私は決めた。<br><br>早く会社を出る分、仕事は家でやった。「持続可能なお見舞い生活」を成立させるためには決して仕事に支障はきたしてはいけなかった。この生活は長期戦なのだ。忙しいのなんてへっちゃらだった。自分の時間なんて無くてよかった。ただ、１日に何度も病院と会社の往復をしているということは、私にとって日常と非日常の往復をしているということえでその切り替えが大変だった。意識が朦朧としている彼の手を握った数分前にはPCのキーボードを無表情でたたいている私が居た。表情を固めていないと涙が溢れてきそうになるから、無心で仕事をした。<br><br>深夜、病院帰り、赤羽橋の駅に向かう通り道で光り輝く東京タワーをみつめながら、この東京タワーをこの場所で２人で見れる日はくるのだろうかと思い２人で見れる日がくることを願いながら通り過ぎていった。東京タワーを見ると今でもその記憶が蘇ってくる。<br>沈んだ私の心と裏腹にキラキラキラキラと輝き続ける東京タワー。なんだか悔しいけどどんなに辛くても「きれいだな」と思ってしまいそれがなんだかやるせなかった。
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<link>https://ameblo.jp/micco315/entry-11781800456.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Feb 2014 01:09:23 +0900</pubDate>
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