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<title>Midoriの日記</title>
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<description>To walk within the line would make my life so boring...where is a will, where is a way.</description>
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<title>世界がもし100人の村だったら</title>
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<![CDATA[ 本日はJICA中国にて行われた「国際理解教育研修会」に参加してきました。<br><br>特に午後に行った「もし世界が100人の村だったら」というワークショップでは本当にいろいろな事を感じ、考えさせられました。<br><br>私がひいた役はモンゴル人でモンゴル語を話します。少数民族のため、一人でした。<br><br>地域ごとに分類してみると、アジアは人が溢れんばかり。北米、南米、アフリカ、ヨーロッパは土地に対して人口密度は高すぎず、溢れる人はいませんでした。<br>30人で行ったので、アジア１８人、北米３人、南米３人、ヨーロッパ３人、アフリカ３人でした。凝縮するとオーストラリアに住んでいる人はいませんでしたね。<br>体感して目で見て、アジアの人口は世界の約６割を占めているのだと、初めて理解できました。<br><br>そのあと、現在世界の富がどのように分配されているのかを飴で表してました。<br>北米３人で飴１１こ。<br>南米３人で飴２こ。<br>ヨーロッパ３人で飴１０こ。<br>アジア１８人で飴１０こ。そしてそのうちの５こは日本。（つまり日本人以外の１７人で飴５こ）<br>そしてアフリカは３人で飴０こです。<br><br>衝撃でした。私はモンゴル人だったので、他のアジア人１６人と飴５こを分けなければなりません。日本人は一人で５こ。そしてアフリカは０こ。<br><br>これが現実なのだと。<br><br>これって当たり前なのかな。<br>あー日本人でよかった。でいいの？<br>全ての国が貧しくなくなる日は来るのかな。<br><br>など色々な疑問が浮かびました。<br><br>そしてやはりより広い視野をもって、多角的に物事を考えられる能力は必要だな、と思いました。<br>もっと広い世界を知れば、自分の悩みなんて、ほんまにちっぽけな事で、<br>また自分という人間もほんまにちっぽけな存在で、でもみんなそうで、<br>一人一人の人間が集まって社会を作ってるんだという不思議も感じたり。<br><br>よくまとまらないのでオワリます。<br>
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<link>https://ameblo.jp/midori093090/entry-11279919560.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2012 17:13:25 +0900</pubDate>
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<title>まごころネット</title>
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<![CDATA[ 3月29日から4月2日まで岩手県最大のボランティア団体である遠野まごころネットにお世話になっていました。<br><br>東北のボランティアに行き、感じた事を書きたいと思います。<br>まず被災地の現状を見て「言葉を失う」とはこのことだと思いました。瓦礫の山、土台だけが残ったたくさんの家、傾いて１階が壊滅した建物、廃校した学校の３階に突き刺さったままの軽自動車など。<br><br><br>1．活動について<br>一日目は吉里吉里でわかめの加工のお手伝いをさせて頂きました。私はわかめの塩漬けのお手伝いをしました。海辺だったので、津波の爪痕は残っていて、崖のえぐられようが凄まじかった。木の根っこがあらわになっていて、地上から２０メートルくらいあるであろう杉の木の部分にブルーシートがひっかかっており、津波の高さは想像を絶するものだったと感じました。<br><br>二日目は陸前高田で仮設に住んでいる小学生たちと遊ぶお手伝いでした。子供たちは元気いっぱいでしたが、子供たちの背景が見えない分、難しくもありました。でもやっぱり可愛かった。<br><br>三日目は釜石市で家宅清掃の活動でした。家があった場所に家の土台だけが残っていて、その中の土やゴミを分別して取り出して、きれいにしていく作業でした。掘れば掘るほど、お茶碗の割れたものや靴下、カミソリなどが出てきて、心が痛みました。私にはきれいにするしか出来なかったけれど、それでそこに住んでいた方が少しでも報われるのなら、やった意味はあるのかなと感じました。<br><br><br><br><br>活動を通して感じた事は、「強く生きていこう」という事でした。同じ日本で起こったことで、私は亡くなった方の分まで強く生きていかなければ。と強く感じましたし、生きてさえいればどうにかなるとも思いました。<br>後は「周りの人を大切にして生きていこう。」と感じました。やっぱり人はどれだけお金があろうが、たくさん高級品をもっていようが、ものがあろうが人と繋がっていないと生きていけないんです。津波がくればものは全てゴミになるんです。それを強く感じました。<br><br><br><br><br>2.まごころネット<br>全国各地から集まった人と出会えました。みんなそれぞれ考えて岩手県まで足を運んでいました。初めてあった人たちばかりが一つの部屋で寝袋で寝て、自然に誰となくうち解けて、誰でも受け入れてくれる優しくて居心地の良い雰囲気。５日間で一生もんの出会いもあったなー。<br>現地の方も「震災がなかったら出会えてなかった人たちとたくさん出会えた。震災も悪いことばかりではないんですね。」とおっしゃってました。<br>私自身色んな人と出会えて話せて、すごくよかったです。<br><br><br><br><br>3.これから<br>ずっとボランティアをされている方がおっしゃってました。「どんどん風化していく。」と。<br>確かに日が経つにつれて、みんなの記憶からは薄れていくことは否めません。<br>しかし、現状を見る限り復興にはまだまだ時間はかかるし、ボランティアの数も足りていません。<br>そして何よりも見て感じることで、色々考えも変わると思います。<br><br>私にはこうして経験したことを発信して、微力ながらに伝えることしか出来ません。<br>けれど、こう伝えて少しでも「ボランティア行こうかな」と思ってくれる人がいればいいなと思います。<br><br>お話も聞いてくれればいつでもするので、よろしくです(^^)<br><br>では。<br>X.O.X.O.<br>
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<link>https://ameblo.jp/midori093090/entry-11212486103.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Apr 2012 19:09:39 +0900</pubDate>
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