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<title>火と氷の国に魅せられて</title>
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<description>北海に浮かぶちょっと謎めいた島「アイスランド」の歴史について…、あと神話とか。</description>
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<title>オーディンかキリストか</title>
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<![CDATA[ アイスランドの古代民主議会（アルシング）ですが、日常的な係争を中心に、法による裁きをおこなう機関であることは前述しました。しかし、時には全島民の未来に関わる重要事項の決議もおこなわれました。その代表が、キリスト教導入に関する決議です。<br><br>アイスランドだけでなく、古代北欧社会では、オーディンやトール、チュール、フレイなどといった、北欧神話による多神教を信仰していました（ただし、フィンランドだけはワイナミョイネンに代表されるカレワラ神話を信仰していました）。ライン河以北のゲルマーニアでは、既に5世紀頃にはキリスト教が浸透していましたが、北欧では少なくとも9世紀頃までは、まだ完全にはキリスト教化されていませんでした。今日、我々が北欧神話を知りうるのは、このキリスト教化が他の地域に比べ大幅に遅れていたことが、最大の要因であります。この現象がきっかけとなり、アイスランドの有識者達は、民族の神話を文献に記録し、後世に伝える役割を果たしたのです。<br><br>アイスランドでは、ノルウェーからの移住者と共に、多数のアイルランド系奴隷が入植してきました。彼らによって、一応キリスト教自体は伝わることになりますが、10世紀中頃まではまだ広く浸透するには至っていませんでした。10世紀後半になると、入植者達の母国であるノルウェーにおいて、大規模なキリスト教への改修事業がおこなわれます。時の権力者であるオーラフ王により、西暦997年にノルウェーにおいて、強制的な改修がおこなわれました。それに付随し、アイスランドへも、半ば脅しをかける形で改修を迫りました。<br><br>この事態に危機感を覚えたアイスランドの権力者達は、重大な決議事項として、アルシングにおいて協議の場を設けることにしました。西暦1000年のことです。ここで、代表者であるゴジのトルゲイルは、ある提案をおこなうことで、島民を穏やかに改修の方向へと導こうと考えました。言ってみれば、キリスト教導入派、反導入派の意見を折半した形を提案したのです。概要は、新たにキリスト教を導入する一方で、内心では従来通り古代北欧の神々を信仰する自由を認め、古代から続く慣習も一部認めるというものでした。結局、各権力者達はこのトルゲイルの提案を受け入れ、アイスランドのキリスト教への道を開くことになったのです。<br><br>まさにこの瞬間、世界史上類を見ない出来事が発生することになりました。みなさん、おわかりでしょうか？それは、戦争をすることなく他教への改修が実施されたことです。しかも、外圧があったにせよ、議会による決議にて決定しました。正直、こんな国は今まで見たことありません。日本でも、古代大和時代に蘇我氏・物部氏による仏教導入を巡っての大規模な戦争が起こっています。あれほど「和」を大切にしていた厩戸皇子（聖徳太子）でさえ、戦を止めるどころか、蘇我氏と一緒に戦っているほどです。他教への改修（導入）というのは、それほど困難なことなのです。こういった歴史を持つ国であることを改めて振り返ると、ますます興味が湧いてきます。
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<pubDate>Tue, 04 Jun 2013 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>ヴァイキング活動 スウェーデン</title>
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<![CDATA[ 1999年に公開されたハリウッド映画に、【13ウォーリアーズ】という作品があります。主演のアントニオ=バンデラス（マスク・オブ・ゾロで有名）扮するアラブ詩人アハメット=イブン=ファハランが、ロシア・ヴォルガ河で出会ったヴァイキングと共に、未知なる敵と戦う…という映画ですが、シーンの所々に当時のヴァイキングの姿が良く映し出されています。ストーリー自体も、アクション映画らしく、戦闘シーン盛りだくさんで面白い作品になってます。ぜひ一度観ていただきたいです。<br><br>さて、作品の中でイブンが出会ったヴァイキングですが、ロシア・ウクライナ方面への遠征をおこなっていたスウェーデン系ヴァイキングになります。彼らは「ルス」とよばれ、東方ルートとよばれるロシア・ヴォルガ河を中心にその活動をおこなっていました。<br><br>スウェーデン系は、どちらかといえば略奪ではなく交易が主な目的であり、黒海経由でビザンツ帝国へ、ヴォルガ河経由でペルシャ・バグダッドへのルートを開拓し、様々な交易品を本国にもたらしました。また、現在ウクライナの首都となっているキエフを建設し、ロシア・サンクトペテルブルグ北方にあるノヴゴロトに商業中心都市を築き上げたことも知られています。そして、後にチンギスハーン指導の蒙古軍によって滅ぼされるまで、その栄華を轟かせることになるのです。
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<pubDate>Fri, 31 May 2013 13:07:00 +0900</pubDate>
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<title>ヴァイキング活動 ノルウェー・デンマーク</title>
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<![CDATA[ これまで、アイスランドの古代史について一通り記述してきました。アイスランドは、主にノルウェー系ヴァイキングの入植によって形成されてきました。ここでは、他の地域におけるヴァイキングの活動は、一体どういったものであったのかを考察していきたいと思います。<br><br>西暦793年、ブリタニア（現イングランド）北部にあるリンディスファーン修道院に、突如としてヴァイキングが襲いかかりました。それ以前にも、単発的にヴァイキング活動がおこなわれていましたが、この修道院襲撃事件は、過去に類を見ないほど大規模な活動でありました。これが、西洋史における表面上最初のヴァイキング活動として記述されております。この襲撃事件の中心となったのが、後のアイスランド入植の祖となるノルウェー系ヴァイキングでした。その後、彼らはブリタニア各地への遠征をおこない、またアイルランドへその活動範囲を広げていきます（ちなみに、アイルランドの首都ダブリンは、彼らノルウェー系ヴァイキングによって建設されました）。そして、アイスランド・グリーンランドへの入植。さらには、北米大陸（ヴィンランド）への到達など、冒険家としてその名を残すこととなります。<br><br>一方、デンマーク系ヴァイキング（デーン人）は、その拠点をユトランド半島に置き、主にフランク王国北部（現フランス～ドイツ）へ船首を向けていきます。セーヌ川を遡り、パリを襲撃し、ナント、カレー、ハンブルグなどへ進行し、略奪をおこないました。当時、そのあまりの恐ろしさに、人びとは神の救いを求め、終末を語り合ったとされています。特に聖職者（ローマ・カトリック教会）は大混乱に陥り、多くの聖品が内陸部への疎開措置がとられました。後にフランク側を屈伏させ、首領ロロ率いる遠征隊によりノルマンディー公国が成立します。<br><br>また、イングランドへの遠征も大規模におこなわれました。9世紀には、イングランドのアルフレッド大王によるヴァイキング掃討戦により、一旦はアングロ=サクソン系の支配が復活しましたが、その後もデーン人の襲撃は止むことはありませんでした。西暦1002年に、イングランド側によるデーン人への殺戮がおこなわれ、それを口実に、時のスヴェン=デンマーク王による大規模な侵略を許してしまいます。後を継いだ息子のクヌート王は、西暦1016年についにイングランドを屈伏させ、イングランド・デンマーク王となります（後にノルウェー王にもなる）。ここに、北海帝国が出現し、リンディスファーンから続いたヴァイキング活動に一旦終止符をうつことになりました。<br><br>次回、スウェーデン系ヴァイキング活動に続く。
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<pubDate>Fri, 31 May 2013 07:49:00 +0900</pubDate>
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<title>自由国時代</title>
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<![CDATA[ インゴルフ=アルトナルソンから始まる本格的なアイスランドへの移住は、おおよそ西暦930年頃にピークを迎え、その後緩やかに落ち着き始めます。それと同時に、今度はアイスランド内部における政治・法制度の整備が開始されていきます。その中心となるのが、「アルシング」と呼ばれる原始民主議会の誕生です。<br><br> もともと、古代ノルド社会では、シングと呼ばれる集会があり、そこで主だった政治政策の決定や犯罪者の裁き、土地や財産を巡る争いごとの解決を行ってきました（ただし、決定事項の強制力はない）。この制度をアイスランドに適応させたのがアルシングです。始めは一地域ごとに別れ行われていましたが、次第にアイスランド全島を範疇に広げていきます。<br><br> このアルシングでは、ゴジと呼ばれる代表者が議長的な役割を果たしていました。ゴジは、アイスランド各地域の有力者（地主など）から選抜され、任期は3年とされました。また、集会には各地域の有力者が多数参加し、それに伴って自由民（一般農民）や女性らも傍聴人として参加していました。年に一度、長い冬の終わりを告げる6月に、約２週間に渡って行われたため、参加者にとっては一種のお祭りのような感じだったそうです。<br><br>このアルシングですが、13世紀にノルウェーの支配を受けた後も存続を続け（権限は大幅に縮小されましたが…）、後の支配者であるデンマークの下でも続けられました。一度、19世紀に中断されましたが、また復活して、1944年の独立からは再び以前と同じ権限を有するに至りました。今日でも、アイスランドでは議会をアルシングと呼び、古代から続く民主議会としてその役割を果たしています。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mie6990/entry-11518502493.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Apr 2013 07:59:00 +0900</pubDate>
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<title>アイスランドの発見</title>
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<![CDATA[ さて、これからアイスランドの具体的な歴史について述べていきますが、実はアイスランドという国は非常に珍しい歴史を有する国であります。何故なら、一番最初にアイスランドに居住した人物が、ハッキリと文献に記載されているからです。例えば、日本に一番最初に居住した人は誰か？って聞かれても、まずわかりません。アメリカでも、コロンブスの新大陸到達という事実が判明しているにしても、既に当時はインディアン（ネイティブアメリカン）が居住していたため、上記の命題では該当されません。それを考えると、アイスランドの特異性は際立っています。<br><br>古代ギリシャの船乗りのあいだで、遥か北方にある謎めいた島の話題が飛び交っていました。彼らは、その島を「チューレ」と呼び、一日中太陽の沈まない場所にあることを認識していました。このチューレが、現在のアイスランドを指していたのかどうかは不明ですが（フェロー諸島やスバーバル諸島の可能性もある）、少なくとも北ヨーロッパが如何に未開の土地であるかが、この例より導きだせます。事実、アイスランド史では9世紀以前に人が住んだ形跡が全くなく、考古学の見地からも、これを裏付ける研究成果が出されています。<br><br>アイスランドの具体的な発見は、おおよそ9世紀後半になります。それも、別の目的地を目指し航海していたノルウェーヴァイキングが、たまたま航路に迷い流れ着いた場所がアイスランドだったという、まさに偶然の産物でした。ノルウェーに帰国した彼らの手により、その島の存在が広く知られることになります。そして、ノルウェーヴァイキングのひとりである、インゴルフ=アルトナルソンが、一族を引き連れ本格的に移住を開始します（西暦874年頃）。この時、あらかじめ居住する場所を決めるため、北欧神話の神を型どった柱を海に投げ入れ、それが到達した地点に上陸しました。この場所こそが、現在のアイスランドの首都レイキャビークであります（ちなみに、レイキャビークとは古代ノルド語で、煙たなびく入江という意味です）。また、インゴルフ居住の少し前、フローキというノルウェーヴァイキングがアイスランドに上陸していましたが、あまりの暮らしにくさに嫌気がさして、本国に帰ってしまいました。その際、この島をアイスランドと呼んだことが、その名のはじまりとされています。<br><br><br>従って、アイスランド史上最初のアイスランド島民となったのはインゴルフ=アルトナルソンということになります。このインゴルフの入植以降、次々とノルウェーから移住者が入り込み、西暦930年頃には、一通りの土地が入植者で埋まっていきました。それには、当時ノルウェー本国を初統一したハーラル美髪王の圧政を嫌ってやって来たものも多く、またアイルランド系の奴隷も混じっていました。捕捉しておくと、サガの中に、インゴルフ入植以前に、既にアイルランドのキリスト教修道士たちが暮らしていたという記述があります。しかし、前述したように、考古学上の見地からその存在が疑問視されているため、現在の所は、修道士らは存在していない可能性が高いとみられています。
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<link>https://ameblo.jp/mie6990/entry-11513274283.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Apr 2013 20:03:00 +0900</pubDate>
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<title>はじめに ～ルーン文字～</title>
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<![CDATA[ 近年、占いやファンタジーゲームなどで、ルーン文字という言葉がみられます。そこでは、よく「魔法の文字」や「呪詛」などの意味に使用されていますが、はたして本当にそのような効果はあるのでしょうか!?<br><br>この効果を検証する前に、まずルーン文字とは何なのかを理解する必要があります。ルーン文字とは、キリスト教化され、現在のラテン文字を原型とする北欧諸国の言語以前に使用された、古代北欧ゲルマン民族の共通文字のことです。全24文字からなり（時代によっては16文字）、ラテン文字を見習って創られたと考えられます。しかし、ここで問題となるのが、いつ・どこでこの文字が創られたのかが、未だに不明な点にあります。<br><br>有力な説としては、紀元1世紀頃に東部ヨーロッパに居住していたゲルマン民族の一系統である東ゴート族によって創られたという説があります。当時、ポエニ戦役により宿敵カルタゴを滅亡させたローマ帝国は、ガリヤ地方からブリタニア、さらにはライン河北東部に至るまでその勢力を拡大し、属州地の開発と防御線の構築に力を注いでいました（因みに、タキトゥスの名著「ゲルマーニア」もこの時期に書かれています）。そんなローマと勢力線を挟んで対峙していた東ゴート族では、当然ローマからのさまざまな文化が入り込んできます。当然ラテン文字との接触があるわけで、そこから派生した言語であると考えられています。<br><br>ただ、具体的にどういった経路で北欧へ伝わっていったのかは不明な点が多く、今後の研究課題として残されています。<br><br>さて、その魔法の効果ですが…。まあ、確かに神話上では呪術的な要素も確認できますが（オーディンの槍付き木吊りの話など。詳しくは北欧神話の専門書をお読みいただければわかります♪）、<br>一般的には何の変哲もない日常会話でよく使用されていました。なんで、ルーン文字の魔法効果については、話し半分に受け取られた方がよろしいのではないかな…と思いますw
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<pubDate>Tue, 16 Apr 2013 07:26:00 +0900</pubDate>
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<title>はじめに ～神話について～</title>
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<![CDATA[ 今日、アイスランド人の大部分は、キリスト教プロテスタントの一派であるルーテル派に属しています。それと同時に、キリスト教伝来以前に北方ゲルマン民族が有していた、異教時代の神話（いわゆる北欧神話）を、民族の文化として大切に扱っています。19世紀のドイツ人詩人ハインリッヒ=ハイネは、著書「流刑の神々」の中で、キリスト教によって排斥されていった異教の神々について、民俗信仰の立場から論じています。ハイネが憂いた消えゆく異教の神々を、アイスランド人は、キリスト教を信仰しつつも、決してその存在を否定しませんでした（因みにアイスランドのキリスト教化は西暦1000年前後といわれています）。<br><br>北欧神話にみられる古代ゲルマン神話の神々への信仰は、かつてはライン河以北の北ヨーロッパを中心に、かなり広範囲の地域で行われていました。しかし、現在の北欧地域以外では、文字によってその神話内容を記述する前に、古代ローマ帝国からもたらされたキリスト教に改修してしまいました。そのため、北欧以外に住むゲルマン人の神話は、残念なことに現在まで伝えられていません。よって、北欧に伝わる古代ゲルマン民族の神話を、今日我々は北欧神話と呼ぶことになりました。この北欧神話を後世に伝えるべく、文献として記録し、その保存に努めたのが、13世紀のアイスランドの政治家・スノッリ=ストルルソンです。この人物については、後の章でより詳細に述べたいと思いますが、スノッリはアイスランドが急速にキリスト教化されていく中で、かつて祖先達が信仰していた神々を記録し、一冊の書物として残しました。この書物は、後に「スノッリのエッダ」とよばれ、その内容は現在まで伝えられています。よく、テレビゲームやファンタジー小説などに登場するオーディンやトール、フレイヤといった神々は、この書物と、後に発見された「古エッダ」と呼ばれる作者不詳の書物から見出だされています。
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<pubDate>Sun, 31 Mar 2013 11:34:00 +0900</pubDate>
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<title>はじめに ～アイスランドって？～</title>
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<![CDATA[ 1944年6月16日、未だ大戦の砲声が響く中、北大西洋に浮かぶ一つの島国が、新たな歴史を歩むべく誕生しました。その名はアイスランド共和国。国名の通り、国土にはオーロラに光り輝く雄大な氷河を抱き、その大部分が火山地帯に属する、世界でも類を見ない大変ユニークな国です。<br><br>その一方で、人々が生活していくなかで必要となる農作物、家畜用の牧草を収穫できる耕地面積は、全国土のわずか1％しかありません。その影響からか、現在でも人口は約30万人ほどに抑えられております。過去には、幾度の疫病や飢饉に襲われ、一時は旧宗主国であるデンマークへ、全アイスランド島民を避難移住させる計画もあったほどです。しかし、ヴァイキングの血を受け継ぐアイスランドの人々は、この様な過酷な状況を真正面から受け止め、見事に克服してきました。更に、古来より受け継がれてきた北方ゲルマン民族の伝統を後世に伝えるべく、祖先達の栄光を伝える「サガ」、ゲルマンの神々を伝える「エッダ」を、大切に守り抜いてきました。詳細は後述しますが、今日、我々が過去の北欧の歴史や文化、神話などを知り得るのは、実は彼らのお陰なのです。<br><br>1944年、デンマーク支配から独立する際に行われた国民投票では、投票率98.6％、独立賛成票率99.5％という驚異的な数字を残しています。辛い過去が続くアイスランドの歴史の中にあっても、常に彼らは自主独立を貫く信念をもっていることが、この結果からお分かりできるかと思います。彼らは、少なくとも11世紀～12世紀頃には、他の北欧諸国とは隔別した国（地域）であると認識しはじめ、ながらく続いたノルウェー→デンマーク統治下でさえも、この考えは改まりませんでした。民族系統で考えるならば、デンマーク・スウェーデン・ノルウェーとは、もとは同じ北方系ゲルマン民族であり、言語も古ノルド語を共通使用していました（ただし、同じ北欧でも、フィンランドだけは別系統になります）。ですが、共通点の多い両国の支配を受けながらも、アイスランドはアイスランドとして生き続ける道を選んできました。この背景となる、国家とはどうあるべきか、強いては国とは一体何なのかを、アイスランドの歴史から掘り起こして考察していきたいと思います。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mie6990/entry-11501486323.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Mar 2013 21:48:00 +0900</pubDate>
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