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<title>祭りの跡</title>
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<description>稚拙な文ですが、アニラジやアニメそしてその他いろんな物事を書いていこうと思います。</description>
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<title>久しぶりに</title>
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<![CDATA[ このところ眼の調子が悪く殆ど文章とか読めてなかったけど、今日は少し良かったからダ・ヴィンチ１月号掲載の『ヒヨコノアルキカタ』(あさのますみ先生・文、あずまきよひこ先生・絵)を読んで思った事を少々。<br>確かに厳密に言えば自然界の法則に任せるのが本来の選択だし、そこに人間の手が入るのは許されるべき事じゃないのかもしれない。しかし、それは本来の自然や野生の話であるんじゃないかな？<br>既にそこは商店街という人間が手を加えた場所であるし、周りに公園や森林があったとしても、それは人工の自然とでも言うべきだと思う。野生動物の保護や救助活動、そして人工的に繁殖させて野生に返す活動は世界的にも盛んに行われてると思うけど、それは絶滅の恐れがあったり学術的に貴重だから、若しくは人間が生息地の環境を破壊してしまった場合が殆どだと思う。でもこのエッセイに書かれている行為が「犯罪」というのならば、そのような活動だって「犯罪」、そして人間が勝手に線引きしてるだけで、動物自体を勝手に区別してるだけじゃないかと。<br>例えばカラスが増え過ぎてゴミを漁って迷惑だからと駆除したり、ムクドリの鳴き声が五月蝿いからって撃退したり…それだって人間が自然に手を出してる「犯罪」と言うべき事ては？<br>それが「犯罪」じゃないならば、今回のあさの先生の行為は「犯罪」と呼ばれる行為では無いし、それを責める事は何人たりとも許されないと思う。<br>この話は一つの助からなかった命を、一人の女性が救いの手を差し伸べたって事だけにしとくだけでいいんじゃないかと。<br><br>誤解のないように言っとくけど、だからといって健康な普通の状態の野鳥を勝手に捕まえて飼う行為は「犯罪」ですからね、お間違えの無いように。<br><br>ではまたいつか。
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<pubDate>Tue, 10 Dec 2013 00:03:50 +0900</pubDate>
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<title>久しぶりの…</title>
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<![CDATA[ 今年初更新…<br>年末から眼の不調で前回飛ばしてしまったが､ダ・ヴィンチ連載中のあさのますみ先生のエッセイ『ヒヨコノアルキカタ』より｡<br><br>色んな事柄に直ぐに影響されるのって､実はいい事だと思う｡<br><br>騙されない限りは(笑)<br><br>何にでも興味を持ち関心するのはそれだけ自分を成長させる事だろうし､その中から少しずつ必要なのを吸収していけばいいんだろう｡<br><br>物事に影響されないってのは無関心・無感動な実は空っぽなんじゃないかと｡<br><br>ただ､熱しやすく冷めやすいって事でもあるのかな？<br><br>何にも持続出来ないで中途半端になってしまわないようにはしないと｡
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<link>https://ameblo.jp/mike-19/entry-11467011279.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Feb 2013 17:16:08 +0900</pubDate>
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<title>パンでお顔といえば・・・</title>
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<![CDATA[ ア○パンマンですよね♪<br>えっと、これじゃ何言ってるかわかりませんね(笑)<br><br>今月のダ・ビィンチの、あさのますみ先生のエッセイ『ヒヨコノアルキカタ』06幼稚園見学<br><br>確かに自分に子供がいない限り、なかなか子供達と触れ合う機会は無いし、今の社会ってそういうのを排除してる感もあると思う、学生なんかだと結構機会あるのかもしれないが。<br><br>おうちごっこ。これ何の事だかわかります？<br>おママゴトを今ではそう呼ぶらしいですね。多分ママって部分が女性を表すからだと…看護婦とかスチュワーデス等の表現を変えたのと同じなんでしょうね。<br>今回の本題はそこではないからこれ以上は書きませんけど。<br><br>で、子供の(供←この字も教育的には使ってはいけないらしいんだけど)感性は大人には理解し難いし、自分が子供時代に感じてた事を今理解しよとする、また同じ目線になるのは非常に困難だという事。<br><br>で、あさのさんの子供時代。<br><br>動物を象っていたり描かれてたりする食べ物、あれが可哀相で食べる事が出来なかったという。大人なら先ずなんの疑問も無く平気に口にするだろうし残酷とも思わないけど、子供には大人が忘れてしまっている色々な感性がある、そしてたまにハッとさせられるんじゃないかと。<br><br>ますみんは自分の事をウソっこの「せんせー」と書いてますけど(幼稚園見学というより職業体験的な)ここで一緒に遊んだ子供達は多分この事を大人になったとき先ず覚えてないかもしれないけど、本当の意味での記憶の奥底に残ればいいし、そしてますみんも子供達から教わった何かしらをこれから多少なり糧になるんじゃないかと。<br><br>しかし、人は幼き時にあった感性を忘れて経験によって成長していく筈だけど、それは逆に素直な心で物事を見るのが出来なくなるって事かもしれない。生きていく為には仕方ないのかも、だけど悲しい事なのかも。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mike-19/entry-11399358973.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Nov 2012 11:24:43 +0900</pubDate>
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<title>スポーツの秋</title>
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<![CDATA[ この言葉は大嫌いだったw<br><br>小中学生の時のスポーツ関連イベントがあるたび熱出ないかなあ風邪引かないかなあ…<br><br>と、願っても先ず病気になる事なく参加する羽目に…<br><br>運動が苦手、つまりは運動音痴略して運痴(笑)<br><br>理由は自分がふとましかった、はっきり言うとデブだったから(今も小デブ？だけど)w<br><br>でですね、なんでこの話題かというと…<br><br>今月の『ダ・ヴィンチ』のエッセイ、あさのますみ先生の『ヒヨコノアルキカタ』<br><br>ますみんも子供時代学校の体育でつらい思いをしてきたみたいだ。しかも転校してきた小学校が「体力づくり推進校」<br><br>俺だったら確実に登校拒否になってるな(笑)<br><br>大体徹底的に教育の名の元によって物事を半強制的にさせようとしたって、人の能力にはある程度の差はあるし、成長力だって人それぞれ。<br><br>なのに画一的に課題を与えて、それにより落ちこぼれにさせられた人達を貶したり責めたりされるのはね…<br><br>でも、却って過剰に優しくされたりするのもいやだし(笑)<br><br>俺も小６の一学期だったかな？(若干記憶が曖昧w)運動能力が劣ってた他の数人と共に、学校のクラブ活動(因みにサッカークラブ)に強制参加させられて数回練習させられたけど、途中でなんか方針が変わった(若しくは練習の都合だったかも？)からか、参加しなくてもいいようになったという(笑)<br><br>で、何が言いたいのかというと、ほんの少しの反抗しても結局は子供の頃は殆ど選択する余地は無いのだけど、それでもそれによって少しでも自分の自由さを、そして自分が出来る事を探せる将来に希望を見つける事が出来るんじゃないかと。
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<link>https://ameblo.jp/mike-19/entry-11374243177.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Oct 2012 11:33:30 +0900</pubDate>
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<title>憧れ</title>
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<![CDATA[ 恒例月イチ更新(笑)<br><br>あさのますみ先生が『ダ・ヴィンチ』に連載中のエッセイ『ヒヨコノアルキカタ』第４回スーパーマン<br><br>子供の憧れるヒーロー、それは助けを呼べば無類の強さと爽やかを兼ね備えて何でも解決してしまう。<br>自らをそんなヒーローに当てはめて強くなったような気がしてた子供時代。<br><br>しかし大人になると自らの力では解決出来ないような事が起きる、そして救いにやってくるヒーローはいない。<br><br>そして自ずから解決しようとすると実は自分の心に負担がかかるし、嘘の部分が出てくる。それがどんな理由からであっても。<br><br>でも本当はそんな自分の行いを知り、実は救いの手を出したつもりが逆に自分が救われた…自らがヒーローにならなくてもいい、救いは意外と身近にあるんじゃないかと。<br><br><br>なんか書いててますみんがいいたい事と全然違う気がしてきた…何時もの事ですね(笑)
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<link>https://ameblo.jp/mike-19/entry-11347674669.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Sep 2012 16:48:01 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして。</title>
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<![CDATA[ といっても、私の事ではなく(笑)、声優、そして作家のあさのますみ先生＆漫画家の畑健二郎先生のサークル 『はじめまして。』の事ですね♪<br>そして夏コミ初参加になる今回、同人誌第２弾『それが声優！』 <br><br>普通の人々の声優さんのイメージといえば、多分アニメの声をやってるってのが大多数だと思う。<br><br>でも様々な声を使った表現のスペシャリスト、例えばドラマCDやナレーションや映画の吹き替えetc.<br><br>その中でラジオのパーソナリティというのがありますが、一番我々が声優さんを身近に感じる事が出来る貴重な媒体で、もっと沢山の人々が認知して聴いて欲しいと思います。<br><br>この作品は３人の駆け出し女性声優がラジオに対して、もがきつつ少しずつ進んでいこうとしてる様子を描いた良作です♪<br><br>特に前半部分の消されるって部分は原作者のますみんの実感がこもってるんじゃないかと。<br><br>特に生放送だと自分の不用意な発言に取り返しがつきませんからね。<br><br>まあますみんには魔法の言葉『いい意味で！』があるから平気なんですが(笑)いやいや…<br><br>早く双葉ちゃんも習得出来ますように(笑)<br><br>そして後半ではある作品のドラマCDからのアニメ化によって起きる出来事… <br><br>実はこの業界にとっては様々な理由によってよくある事だけど、駆け出し声優さん達にとっては辛い事…<br><br>でもそれを乗り越えていく過程、先輩からの手助けもありつつ…<br><br>というような声優さんの表に現れない色々なあるあるがわかりやすく描かれてる、作画担当の畑先生の本気(？)も見える 素晴らしい仕上がりだと思いますよ♪<br><br>そして冬に続く…
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<link>https://ameblo.jp/mike-19/entry-11335192265.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Aug 2012 20:58:03 +0900</pubDate>
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<title>引き出し</title>
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<![CDATA[ っても机のじゃありません(笑)<br><br>心？いや頭の中に残ってる色々体験した事の記憶？<br><br>あ、今回もあさのますみ先生(と、あずまきよひこ先生)のエッセイ『ヒヨコノアルキカタ』03 ひきだし<br>声優さんは様々や役をこなして、しかも基本的には声だけで(舞台等顔出しもありますが)表現していかなきゃいけないので、色んな事に対して興味を持って体験したりして役柄に対する演技の幅を広げなければならないのです。でも役によっては無機物だったり空想上の産物だったり実際には体験する事は不可能の場合だってありますね。そういう場合は本(マンガだっていい)を読んだり、映画などの映像作品や芝居などを見たり…<br><br>それを元に自分の中でイメージを膨らませていかなきゃならない。<br><br>で、それって声優さんに限らず普通？の我々だって色んな事に興味持って自分を高めていくのって非常に有意義なんじゃないかと。<br><br>何事に対しても無関心無興味で日々を流されて暮らしてたら…<br>自分はそうかも…
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<link>https://ameblo.jp/mike-19/entry-11321809815.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Aug 2012 20:02:35 +0900</pubDate>
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<title>少し遅れて…</title>
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<![CDATA[ け､けして忘れてたワケじゃないんだからねっ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m"><br><br>嘘です､発売日覚えてませんでした(笑)<br><br>勿論､あさのますみ先生のエッセイ『ヒヨコノアルキカタ』が掲載されている『ダ・ヴィンチ』の事ですよ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/320.gif" alt="音符" class="m"><br><br>今回は連載２回目<br><br>『天体観測』<br><br>宇宙を意識する事柄は人それぞれだと思いますが、私は子供の頃に読んだ、そして観てた『銀河鉄道999』じゃないかなと。<br><br>色々な不思議な星々を巡り、別離と出逢いを繰り返し成長していく…<br><br>そしてこの宇宙に置ける時の流れ…<br><br>今でもたまに、急に自分の周りの存在が希薄になって宇宙に吸い込まれていく？いや違うな、本当の闇という感じかな…上手く表現できないけど。<br><br>そして心の奥底から怖くなる…逃れられない時の流れから、そして宇宙にとっての自分の存在とか…<br><br>やっぱり上手く表現出来ないなあ…<br><br>兎に角、一生の内に体験出来る事は限られてるけども、なるべくなら少しでも多くの事柄に触れていければ…<br><br>でも自分は出来てないなあ…<br>
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<link>https://ameblo.jp/mike-19/entry-11298443721.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Jul 2012 19:55:55 +0900</pubDate>
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<title>ヒヨコノアルキカタ</title>
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<![CDATA[ 前回いつだったっけ(笑)<br><br>で､久しぶりの今回はあさのますみ先生文・そしてあのあずまきよひこ先生絵のエッセイ<br><br>『ヒヨコノアルキカタ』<br><br>『ダ・ヴィンチ』という雑誌の７月号から連載が始まりました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/320.gif" alt="音符" class="m"><br><br>今まで読んだ事なかったけどね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる" class="m"><br><br>これは注目度高いと思う<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/039.gif" alt="ビックリマーク" class="m"><br><br>今回は01『目からウロコ』<br><br>その内容はおしりがパンツを食う…はっ､ますみんお得意の下ネタか(笑)<br><br>じゃなくて､ますみんが子供の頃様々な物体に魂が宿ってると信じてた頃､自分の体の一部のおしりでさえ自ずからの意志とは関係ない､つまり自分ではどうする事も出来ないと思い込んでたのが､ふとしたきっかけでポロッとその事について知ってしまうという｡<br><br>そして､人生はそれの繰り返しなんだと｡<br><br>でも､かって知らなかった事というか､出来ると思ってた事柄は懐かしく､そして本当は実現出来るんじゃないかとも思えるんじゃ？なんて｡
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<pubDate>Fri, 08 Jun 2012 21:45:11 +0900</pubDate>
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<title>最後の愛書探訪</title>
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<![CDATA[ あさのますみ先生の夕刊讀賣新聞毎月土曜日連載『愛書探訪』<br>とうとう一年間が経ってしまいました…<br><br>最終回の今回は､宮下奈都著『よろこびの歌』<br><br>何でも出来る何にでもなれると信じてた幼き頃､しかし世間を知り始めるとそれは単なる思い込みで自分には無い物を周りの人々が持ってる､出来ない事を出来る｡<br><br>そして自分には何にも無くなんてちっぽけなんだろうと､自分の出来る事は自分では気付かなくなっていく｡<br><br>様々な出来事によって起こる挫折感｡<br><br>でもその挫折した事柄が他の原因によって再び自分の糧になっていき､そして自分の出来る事に気づき､自分を取り戻していく｡<br><br>人は誰でも挫折感や劣等感から他人を羨み､時には嫉ましく思う｡<br><br>この世の中は不公平だと｡<br><br>でもそれは他の人々も思ってる事だし､事柄の多少の違いがあったとしても実は公平なんじゃないかと｡<br><br>でもそれは平和(だと思える)な現代日本や一部の地域の人々だから思える事で､世界の大多数の人々から見たら公平とか不公平とか感じてる事も出来ないのかも知れない｡<br><br>人間は結局は誰でも死ぬんだから平等だとかいう考え方があるが､やっぱり生まれた地域や国とか環境によって生きていける長さの可能性が違うし､日々の暮らしの苛酷度も違うだろう｡<br>だからこのある程度恵まれた(と思われる)環境にいる我々は､自分の受けた挫折感や不公平感にめげずにその凹んだ事を糧にして､自分を形作っていけばいいんじゃないかと｡<br><br><br>相変わらずの稚拙でよくわからない文でしたが､今までお付き合いしてくれて(誰も読んでないでしょうがw)ありがとうございました｡<br><br><br>そしてあさのますみ先生こと浅野真澄様､一年間の連載お疲れ様でした｡<br><br>このコラムを読んだ人々､そして浅野さんもこれからも様々な素敵な本に出逢いますように｡<br><br><br>それでは｡
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<link>https://ameblo.jp/mike-19/entry-11195946152.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Mar 2012 09:14:09 +0900</pubDate>
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