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<title>みみずひつじの腎移植</title>
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<description>２０１７年４月に母をドナーとして生体腎移植を受けました。別の場所に書き溜めて来たものを少しずつこちらにも載せてみます。ブログの説明を入力します。</description>
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<title>2017/04/09,2017/04/10</title>
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<![CDATA[ <p>※５年前の日記です<br><br>４／９<br>明後日が手術。<br>術前の毛ソリ、麻酔科の先生の説明。<br>いっきに術前感が出て来ました。<br>麻酔科の先生、信頼できるすてきな先生でしたが、話の内容が怖すぎて……。<br><br>免疫抑制剤の吐き気、朝は吐き気度目を飲んでもけっこう来てしまい、<br>朝ご飯が食べられませんでした。<br>朝は薬が１錠多いので（グラセプターです）それのせいのような…。<br>７時に飲んで、１１時頃まで気持ち悪かったです。<br><br>明後日が手術。。<br>びびりの私は、既に震えてます。。<br><br>～～<br>４／１０<br>いよいよ手術前日です。<br>恐怖で朝５時に目が覚めて寝られなくなりました。<br><br>午後からはドナーでアル母に加えて他の家族達もいっしょに<br>術前の最終説明を聞きました。<br><br>夕方頃からは、メンタルなのか何なのか、体がだるくなって動くのがおっくうになって来ました。<br><br>主治医先生も麻酔科の先生も<br>「あなたは頑張らなくていいんですよ、僕たちが頑張ります」<br>と温かく力強いお言葉。<br>すてきなスタッフの皆様に囲まれて、そういう面では不安無く明日を迎えられそうです。<br><br>しかし…怖いなぁやっぱ。<br>だめ子でいい、痛いとか怖いとかしんどいとかいっぱい言おう。<br><br>♪♪５年経ってひとこと♪♪<br>何決意してるんだか…。<br>わざわざそんな決意しなくても充分痛がりだったよって言いたいです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mimizuhitsuji/entry-12739451262.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Apr 2022 23:00:00 +0900</pubDate>
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<title>2017/04/08</title>
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<![CDATA[ <p>※５年前の日記です<br><br>４／８<br>免疫抑制剤が始まりました。<br>今日から始まるのは知ってましたが、どうやって始まるのかなぁと思ったら、<br>普通に朝７時に「はいどうぞ」という感じで持って来られました。<br>初めての免疫抑制剤、恐怖で薬を出す手が震えました。<br><br>その後１時間ほどして吐き気が。<br>それでも、じんわりとした吐き気だったので耐えてましたが…昼食が壊滅的に食べられる気がせず。<br>吐き気度目をもらって飲んだらすっと効いて、ご飯もたくさん食べられました。<br><br>夜の内服の後は軟口蓋の辺りに違和感を感じて…。<br>これも副作用かなぁって感じです。<br><br>今日から始まったのは、<br>朝７時にグラセプター５mg（１錠）とセルセプト７５０mg（２５０mg×３錠）、<br>夜７時にセルセプト７５０mg（２５０mg×３錠）です。<br><br>毎日いろんな看護師さんと話をしますが、<br>皆さん「一週間は痛いよ」とか「つらいけど頑張ろうね」とおっしゃいます。<br>誰一人「大丈夫だから～」みたいな気楽なことはおっしゃいません。<br>どんだけヤバイんだ。。<br>怖すぎる。<br><br>♪♪５年経ってひとこと♪♪<br>免疫抑制剤の内服が急に始まったのは、私が前日に外泊していて先生とお会いしなかったからな気がします。<br>しかし…既に怖がりを爆裂発動させてますね。<br>痛がり怖がりは５年経ってもまったく治っていません。。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mimizuhitsuji/entry-12739450881.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Apr 2022 23:00:00 +0900</pubDate>
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<title>2017/04/06,2017/04/07</title>
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<![CDATA[ <p>※５年前の日記です<br><br>４／６<br>主治医先生から、免疫抑制剤を１時と１３時に飲んでいいと許可をもらう。<br>コーディネーターさん、薬剤師さん、看護師さん、どなたからも「どうかなぁ」と言われていたので嬉しい。<br><br>午前の最後から術前教育（？）がスタート。<br>何度も読んでいる冊子ですが…気づいたことを聞いたりしながら看護師さんの音読を聞きます。<br><br>愛猫が倒れ、帰宅許可をもらって病院を飛び出しました。<br>その後電話して外泊許可も頂き、予想外に自宅で一晩過ごすことに。<br>パジャマ、枕、充電器…<br>全部病院に置き去りだったので自分の家なのに無い物づくしでした。<br><br>～～<br>４／７<br>愛猫と過ごす貴重な時間。<br>病院に戻る夜７時まで、めいっぱい堪能しました。<br>明日からは免疫抑制剤。<br>もう何があっても一ヶ月近く帰れない。。<br>危篤の愛猫。。<br>もう会えないかも。<br>そばにいられないもどかしさ。<br>彼の人生の中で最も大事なときに、私は何をやってるんだ…。<br>病院のベッドに腰を下ろした瞬間、涙が溢れました。<br>沢山話を聞いてくださった看護師さん、感謝です！<br><br>♪♪５年経ってひとこと♪♪<br>このタイミングで外泊の許可を出して頂けたこと、本当にありがたかったです。<br>一生忘れられない時間となりました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mimizuhitsuji/entry-12739449994.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Apr 2022 23:00:00 +0900</pubDate>
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<title>2017/04/05</title>
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<![CDATA[ <p>腎臓病になってからずっと、コロニーな生活の自由帳に日記を書いていて、<br>移植入院中は『２０１７腎移植の記録』というタイトルで<br>１日１ページずつ更新していました。<br>その日記を順番に張り付けみます。<br><br>※ここから５年前の日記です<br>４／５<br>ついに術前入院に突入。<br>少し小さめの病院ですが、ホットすぎる皆様の対応に初日から感激。<br><br>採血＆膀胱造影<br>膀胱造影は排尿できなさすぎて苦痛でした。<br><br>その合間に、担当の看護師さん、薬剤師さん、栄養師さん、主治医先生のサポート先生、移植コーディネーターさん、と続々といらっしゃいます。<br>それに看護師さんのバイタルチェックが加わって、１日目は飛ぶように過ぎました。<br><br>今朝家を出るとき、愛猫との別れがつらすぎて……<br>そして手術への恐怖もじわじわと。。<br>コーディネーターさんから「一週間はそうとう痛いです」と改めて聞き…。<br>わかってますけど、、想像以上に痛いに違いない。<br><br>♪♪５年経ってひとこと♪♪<br>なんだか初々しい。<br>緊張していたのと、入院に出発する６時間ほど前に愛猫が倒れたのが心配すぎたのと、様々入り混じった一日だったと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mimizuhitsuji/entry-12739449586.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Apr 2022 23:00:00 +0900</pubDate>
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<title>移植前の検査</title>
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<![CDATA[ <p>５年前に書いていた検査の記録を掘り出しました。<br>この頃はクレアチニンが７を超えていて、私生活も仕事も忙しくて、<br>そんな中でこのスケジュールだったのかとちょっと驚きです。<br>痛がり怖がりを発動させまくっていた記憶があります。<br><br>※以下全て２０１７年です。<br><br>２／１<br>レシピエント：採血（腫瘍マーカー含む）・尿検査・胸部レントゲン・負荷心電図<br>↑負荷心電図、階段を上ったり下りたりが倒れそうにしんどかった<br>ドナー：採血・尿検査・胸部レントゲン<br>↑まさかの出だしの採血で母のクレアチニンが高めなことがわかる衝撃の転回<br><br>２／７<br>ドナー：イヌリン検査<br>↑まず先に母の腎機能を詳しく調べてドナーになれるか確認することに→無事通貨<br><br>２／１３<br>レシピエント：ＨＬＡ検査（採血）<br>ドナー：ＨＬＡ検査（採血）・不可心電図・肺活量・造影ＣＴ<br><br>２／１４<br>レシピエント：糖負荷検査・上部・腹部単純ＣＴ（？）<br>↑炭酸苦手で糖負荷検査に苦戦<br>ドナー：糖負荷検査・出血時間検査・レントゲン・移植意思の確認（他科の先生による面談）・歯科（地元のクリニックへ、手術直前まで複数回）<br><br>２／１７<br>レシピエント：子宮がん検診・乳がん検診（マンモグラフィー・触診）・消化器内科診察（胃カメラを受けるため）<br>↑地元の病院（腎臓内科でかかっているところ）で実施<br><br>２／２０<br>レシピエント：胃カメラ<br>↑同じく地元の病院で。よだれと涙がいっぱいでふらふらになったような…<br>ドナー：乳がん検診・子宮がん検診<br>↑地元かかりつけ医にて実施<br><br>２／２１<br>レシピエント：乳腺エコー<br>↑同じく地元の病院にて。<br><br>２／２２<br>レシピエント：心エコー・ＥＢＩ検査（血管の硬さを測定）・肺活量・循環器診察・耳鼻科診察・便潜血提出<br>ドナー：腎レノグラム・ソーシャルワーカーさんと面談・便潜血提出<br><br>２／２７<br>レシピエント：歯科受診<br>↑はじめましての地元の歯科へ、長時間の治療は体力が持たないため3/10まで３回に分けて受診）<br><br>２／２８<br>ドナー：胃カメラ<br>↑地元かかりつけ医院にて実施<br><br>３／１<br>レシピエント：動脈採血・安静時採血（この二つは低カリウムのせいかなと今になって思う）、出血時間検査・骨塩定量（骨密度測定）・糖尿病内科（糖負荷検査でひっかかった）・ＭＲＩ（腸骨動脈）<br>↑最難関のMRI、検査技師さんが枕元に付き添ってくださったおかげで乗り切れた<br>ドナー：腹部エコー（肝臓に何かあった？）・消化器内科受診（大腸ファイバーを受けるため）<br><br>３／６<br>ドナー：大腸ファイバー<br>↑最後の最後に便潜血でひっかかった母、散々検査したのに移植できないかもしれないと本気で思った<br><br>３／８<br>ドナー：心エコー（軽い不整脈がみつかったため）・循環器受診（心エコーを受けて）<br>レシピエント＆ドナー：移植入院に向けての説明を受ける<br><br>「予定」だった移植を受けることや手術日が確定した日、こんな日記を書いていました。<br><br>～～<br>2017/3/8<br>ついにこの日が訪れました。<br>ようやく二人揃って検査を突破し、母から腎移植を受けることが決まりました。<br>決してスムーズではなかった道のり、何度もあきらめそうにもなりました。<br>そして訪れたこのときだっただけに、もう少し感激するのかと思いましたが…<br>恐怖心というかなんというか…呆然とする気持のほうが先でした。<br><br>ほんとに、ほんとに私は移植するんだ。。<br>願ってきたことで、望んで来たことでもありますが、<br>なぜかずっと遠くにアルものと思っていた話が、ついほんとに目の前に来て<br>口では人に「腎移植するんです」と言っていても、<br>実のところは実感なんてなかったんだなと、今に鳴って思います。<br><br>一生続ける免疫抑制療法への不安、そしてもちろん手術への不安。<br>本当にそのときはやって来るのです。<br>どこかずっと未来のことだった移植、でももう違う。<br>今のことなんです。<br><br>５週間後の今頃は術後２日目の夜だなんて…信じられますか…？<br>その前に、次に電車に乗って病院に行くときは、移植のための入院のとき。<br>やっぱり衝撃だ。<br>～～<br><br>次投稿からは移植入院中の日記を貼り付けます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mimizuhitsuji/entry-12739095290.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Apr 2022 20:23:01 +0900</pubDate>
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<title>下り坂の先に</title>
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<![CDATA[ <p>移植を目指したい！と決めたからには数値が末期に達するまでに今やりたいことをいったん全部やろう、<br>移植後に生活しやすいようにくらしや仕事も整えよう、<br>と気持ちの焦点が合いすぎてしまった私。<br>その後２年かけてやろうとしていたことを１年に詰め込みました。<br>きっとそのせいだと思うのですが、クレアチニンもスパートして上昇。<br>２０１５年末に５を超え、２０１６年末には６を超え、<br>２０１７年の１月が7.2。<br>腎機能は下り坂を転がり落ちるように落ちて行くと何かに書いてあったのを読んだ記憶があるのですが、<br>これはほんとにそうでした。<br>無理しすぎない生活をしていたらもう少し違った転回だったかもしれませんが…。<br><br>体調にどんな変化があったかなぁと今振り返って考えてみると、<br>クレアチニンが５を超えた辺りから時々息切れやめまいを感じるようになり、<br>６を超えてからは、かなり気を付けていたのに何回も鼻風邪を引いてしまったりしていました。<br>移植直前のクレアチニンは８でしたが、自覚症状少なく移植しているほうだと思います。<br><br>クレアチニンが上昇している間に腎移植をテーマにした市民公開講座に参加したりするうち、<br>移植施設を自分で選びたい、自分に合った移植施設を探してみたい、と考えるようになりました。<br>そして、紹介された大学病院ではなく、他府県の公立病院へ。<br>突然越境して受診した私を当時のコーディネーターさんも移植医の先生も（今の私の主治医の先生です）温かく受け入れてくださり、<br>感動と興奮を憶えた初受診の記憶は今でも鮮明です。<br>そして、「この先生なら絶対大丈夫と思って安心してお任せしました」という体験談を聞いて、私はそんな気持ちになれるだろうかと内心不安だったのですが、<br>そんな心配は無用でした。<br>主治医の先生を信頼する気持ち、この病院の雰囲気が大好きな気持ち、<br>これは移植する前から５年経った今もずっと変わりません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mimizuhitsuji/entry-12738560286.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Apr 2022 19:40:17 +0900</pubDate>
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<title>え？もう？</title>
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<![CDATA[ <p>腎臓病がわかって約２年、２０１５年の１月に突然<br>「移植の話を大学病院に聞きに行ってみますか？」<br>と先生に言われました。<br>母の親友は生体肝移植をしておられて、脳死の方からの臓器提供が可能となったニュースも記憶に鮮明だったので、<br>私が腎臓病になったときから、我が家では「いつかは移植するんだよね」というのが暗黙の了解のようになっていました。<br>特に母は「私の腎臓を必ず渡します！」と先生に公言しており、私は既に移植を希望する患者という扱いでした。<br>なので、治療選択の話を飛ばしてこのご提案、というのは納得なのですが、<br>タイミングが…突然すぎて…。<br>いつかは末期となることをもちろん頭でわかってはいても、<br>その月のクレアチニンは4.4で、体調もまったく変わりなかったので、<br>そういうことはずっとずっと先の、遠い未来の話だと思っていたのです。<br>でも、このタイミング、今思い返すとすごくありがたい！<br>とても穏やかな先生だったのですが、このことは感謝していることベスト３に入ります。<br>今でこそ翌日の手術の同意書に急にサインできたりしますが、<br>この頃は一つ一つのことにとにかくすごくためらいがありました。<br><br>まず思ったのは、透析のことも移植のことももっと詳しく知らないといけないな、ということ。<br>様々調べる中で、仕事面で私が目指していることをやるにはやはり移植できるのが一番いいのかな、と考えるようになりました。<br>しかし、拒絶反応や免疫抑制剤の副作用は、結局やってみないとわからない的なところがあり、<br>そんな大きな賭が私にできるのか？と今度は足がすくんでしまいました。<br>そして、未来のことだと思っていたのが急に現実味を持った話になったことにもまだ戸惑っていて、気づいたら鬱に。。<br>どんどん食事が取れなくなって、人生初、メンタルクリニックに通ったりもしました。<br>ゆっくりじっくり気持ちの焦点を合わせて「移植の話、聞きに行ってみたいです」と返事ができたのは８月。<br>今の感覚だとびっくりの遅さで、なんだか無駄に先送りしたような気もしますが、<br>この頃の私には必要な時間だったのかな、と思っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mimizuhitsuji/entry-12736237894.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Apr 2022 20:38:50 +0900</pubDate>
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<title>知ること、大切</title>
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<![CDATA[ <p>嘔吐で失った電解質を補充するのと検査をするのが目的で、<br>救急車で行ってそのまま入院となりました。<br>当時の日記を読むと<br>今私はなぜ入院しているのかわからなくて不安、<br>透析をするための準備をするのかな<br>と書いています。<br>嘔吐しすぎて先生とまともにお話もできなかったのだと思うのですが、<br>ほんとに何もわかっていなかったようです。<br><br>そして数日後に嘔吐が収まって、腎生検の提案を受けるのですが、<br>そのとき無駄に承諾を遅らせています。<br>当時の私は「検査して原因がわかったら治療のためにずっと入院し続けることになるのだとしたらいやだな」と思ったらしく、<br>数か月先のスケジュールやらいろいろを心配してためらったと書いています。<br>「あんたの病気は治療法無いから安心せい！」と言いたいです。<br><br>そう、腎生検の結果を聞くまでの私は、治療したら治るのだとなぜか思い込んでいました。<br>それで「どうすれば治りますか？」と真顔で質問したのです。<br>今のところ治療法は無いこと、数値が少しずつ悪化していつかは末期となることを知ってかなり落ち込みました。<br>これも、腎臓病には治療法の無いものが多くあること、そういう場合は対症療法でしのぐのだと結果を聞く前に知識として知っていたら、<br>この時の落胆は抑えられた気がしています。<br><br>病名はネフロン癆。<br>これ、病名間違ってるんじゃないかな、という話に移植後になるのですが、それはまた追々。<br>腎臓病は糸球体から壊れて行くことが多い中、私の場合は尿細管から壊れて行くこと、<br>そのため尿タンパクが出ていなかったりむくみがなかったりカリウムが低かったりすることを聞きました。<br>それからこの当時のクレアチニンは3.5前後、7か8辺りで末期となるが、<br>末期になるまでおそらく自覚症状は殆ど出ないだろうとのことでした。<br><br>何もわからなかったこの頃のことを思い出す度、<br>知らないと余計な想像して不安になったりするので、知ることは大切だなと思います。<br>いつのまにか、わからないことは先生に聞く、本を読んだりセミナーに参加したりして知識を増やす、ということを積極的にするようになりました。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mimizuhitsuji/entry-12735975424.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Apr 2022 19:08:03 +0900</pubDate>
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<title>腎臓ってなんですか？</title>
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<![CDATA[ <p>今から１０年前、２０１２年の秋。<br>食後に吐き気を感じて嘔吐することが多くなりました。<br>一日一回だったのが毎食後に、そして食事中にどんどん吐き気がして来て食べられなくなる。<br>殆どご飯が食べられないまま日々の予定をこなしていたら、<br>一週間後くらいについに嘔吐が止まらなくなりました。<br>一日中嘔吐し続け、さすがにこれはおかしいと思って人生初の救急車。<br>救急車なんてたいそうなのでためらいましたが、既にそのときにはふらふらで立てなくなっており、<br>外来で長時間並ぶのはどう考えても無理そうだったので呼びました。<br><br>救急車の中でも病院に着いてもとにかく嘔吐し続け、<br>どれくらい時間が経った頃か「腎臓が悪いのはご存じですよね？」と言われました。<br>知りません！<br>というか腎臓ってなんですか？<br>腎臓悪いとどうなるの？<br><br>当時の私のクレアチニンは3.5くらいだったと思います。<br>まったく自覚症状がありませんでした。<br>しかも私の病気は尿タンパクが出ないため、<br>大学卒業するまでおそらく毎年あった尿検査には一度もひっかからず。<br>更には保育園時代から皆勤賞コレクターで、自分は健康だと思っていて、<br>大学を卒業して会社員になったわけでもなかったので、採血をする機会もありませんでした。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mimizuhitsuji/entry-12735974822.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Apr 2022 17:04:46 +0900</pubDate>
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