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<title>切迫妊婦☆三人目体験記</title>
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<description>一人目二人目妊娠時、切迫流産・早産で安静になったミナ。三人目の天使ちゃんがお腹に宿り、無事に出産できるのか！？自分への応援と記録のために始めました。同じように切迫で安静となっている方にも少しでもお役に立てれば幸いです。</description>
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<title>寝たきりの生活へ…</title>
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<![CDATA[ 病院を後にし、とりあえず、当直明けで家で寝ていたダンナに報告…。<div>話しながら涙がまた出てきて「ごめんね…」とあやまりました。<br><div>ダンナもまさかこんなことになるとは思いも寄らず、でも「仕方ないよ、とりあえずお義母さんに連絡しよ？」と言ってくれました。</div></div><div>母はすぐ電話に出てくれて、ことの状況を説明し「だから今日から実家に帰らせてもらってもいいかな…」と聞くと、「いいよいいよ！帰っておいで！！」と快く受け入れてくれました。実家は母と祖母の二人暮らし。祖母は79歳ですが、特に不自由もなく母が働いてる間は一人で身の回りのことなどはしているので、日中は高齢の祖母にお世話になることに…。本来なら逆の立場なんですが、仕方ありません…。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。</div><div><br></div><div><br></div><div>着替えや荷物をまとめ、ダンナと実家へ。</div><div>母も仕事を抜けて帰ってきてくれて、部屋の準備をしてくれました。とりあえず２日後、病院で経過をみて入院するか自宅安静で済むのか、決まることになりました。</div><div><br></div><div>寝たきり生活スタートです。</div>
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<link>https://ameblo.jp/mina-20150610/entry-11991842673.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Feb 2015 12:12:16 +0900</pubDate>
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<title>切迫早産…！？</title>
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<![CDATA[ 28週の健診のとき、私は「トコちゃんベルト」を買いました。先輩の奥さんが産院に勤めていて、妊娠初期に「すごくいいよ！」と言われたもののすっかり忘れてようやく思い出したのでした。<div>初日はつける位置を間違えて帰って腰痛になったりしましたが、間違いに気づいてからはとってもいいかんじ♡早産予防の効果もあるというこのベルトは三人目妊娠中の現在も使い続けています。</div><div><br></div><div>「妊娠後期になると、陣痛の練習でお腹がよく張るようになる」という本の言葉を読んでいた私は、お腹がグーっと張っていても「おお、これが例の張りか！」と感動こそするものの、異常とは感じていませんでした。そして30週の健診には４Dエコーをやってもらうため、妊娠してから初めて若先生の診察にいきました。</div><div><br></div><div>４Dエコーはもちろんやってくれて、顔を見せようと若先生もがんばってくれて満足♡さて内診で終わりか～と内診台に上がると空気が一変。</div><div><br></div><div>「え、もう子宮口開いてきてるやん！？君、仕事してるの？？もう仕事なんて無理だよ！明日から休んで！！」</div><div><br></div><div>…え？？</div><div><br></div><div>内診台から降りて診察室へ。</div><div><br></div><div>「いまもう子宮の入口が１cm開いていて、子宮頚管は1,5cmしかありません。この時期にこの状態は危険です。切迫早産です」</div><div><br></div><div>…え？？</div><div>だって今までずっと順調だったのに？？</div><div>と言いたいけど声にならない。</div><div><br></div><div>「お腹の張りは感じてなかったの？」</div><div><br></div><div>ここでようやく</div><div>「少し感じてましたけど、もう後期だからフツーのことなのかと思ってました…」</div><div>と声が出た。</div><div><br></div><div>「フツーであればこのまま入院だけど…。実家はどこなの？」</div><div><br></div><div>「すぐ近くです…」</div><div><br></div><div>「もし実家に帰って安静にできるのであれば、とりあえず実家で経過をみましょう。それでダメならすぐT病院に入院してもらいます」</div><div><br></div><div>「はい…」</div><div>と返事をすると、ポロポロ涙が出てきた。</div><div>私は涙腺が強く、人前で泣くことなんてまずないんだけど、この時は自然と涙が出た。</div><div><br></div><div>何がダメだったんだろうと考えても、思い当たることが多すぎた。自分は優秀な妊婦だ！と思い込んで調子に乗りまくっていた。私は仕事でNICUの赤ちゃんたちをいっぱい見てきた。このお腹にいる赤ちゃんもそうなるのかもしれないんだ。現場を知ってるだけに、リアルに想像できてしまう。</div><div><br></div><div>涙が止まらない私に、先生が</div><div>「大丈夫だよ、泣くことじゃないから」</div><div>と言った。先生の言い方のせいか、少し落ち着いて診察室を出た。</div><div>この時の先生の言葉は二人目の時にも何度も思い出すことになる。</div><div><br></div><div>30週、推定体重1500g</div><div><br></div><div>今すぐ生まれたとしてもNICUの中では大きい方だ。無事に卒業できる可能性は高いだろう。…頭ではわかっていても、やっぱりツライ。会計を待っている間に新生児健診にきてる赤ちゃんたちが目に止まり、「私の赤ちゃんはこんな風に元気に生まれてくるのかな…」</div><div>なんて考えてしまってまた涙…。</div><div><br></div><div>ここからが私の切迫ライフの始まりでした。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/mina-20150610/entry-11990788394.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Feb 2015 21:13:38 +0900</pubDate>
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<title>自信過剰！な妊婦生活</title>
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<![CDATA[ 初めての妊婦生活、私が最も恐れていたのは「体重増加」でした(｡-_-｡)<div>元々ちょいぽちゃで太りやすい体質。</div><div>きっと大変なことになるだろうと怯えまくっていたからか？８ヶ月に入っても体重は５kgしか増えず、血圧もずっと通常通り。</div><div>貧血もまったくなく、便秘もなし！！</div><div><br></div><div>妊娠後期に入る頃には、私は自分のことを</div><div>「私はなんて優秀な妊婦なんだ！」<br></div><div>と思ってましたσ(^_^;)調子にのって旅行にも行き(一応車で行ける範囲で近くの病院をリサーチしてはいましたが)旅行先の美術館で３時間以上歩きっぱなしだったり、買い物に行ってはダンナのビール６缶セットと米を両手に抱えてたり。<br></div><div>いま思えば「何に挑戦してんの？」ってくらい、妊婦としての限界に挑んでおりました。ほんとにバカです。</div><div><br></div><div>28週。ここのクリニックは４Dエコーができるはずなのにちっともやってくれないので、いつものおじいちゃん先生に</div><div>「４Dエコーはいつになったらやってもらえるんですか？？」と聞くと、</div><div>「あれは若先生が上手だから、若先生ななやってもらって～」と言われ、そこで「もしやこの先生できないのか！？」ということに気づきました…(｡-_-｡)</div><div>あー失敗だった！！次からは若先生の日にこよ！なんて考えながら、診察室を出る扉をあけようとした時に、先生が思い出したように「あ、ちょっと赤ちゃんが下がってきてるからあんまり無理しないようにね」と言われ、「はーい」とだけ答え、優秀妊婦と自分で思い込んでいた私は特に深く考えることもなく翌日からも通常通り仕事。</div><div><br></div><div>そして２週間後の検診で事態は大きく変わるのでした…。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/mina-20150610/entry-11980024272.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Jan 2015 21:56:28 +0900</pubDate>
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<title>東日本大震災</title>
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<![CDATA[ 2011年3月11日<br><br>関西在住の私はいつも通りお仕事。<br>午後になって突然機械がエラーを起こし、「なんだ？」と思ってはいましたが、再起動するとすぐに復旧。この時は原因はわからなかったのですが、しばらくすると事務のおばちゃんが「ちょっと！えらいことになってるで！」とやってきました。待合室のテレビを見ると、何これ映画？と思ってしまうような光景が映っていました。田畑や家をどんどん飲み込む津波。でもまだ事の深刻さはわからず、すごいなこれ、ヤバイやろ…と思っただけでした。<div><br>東北には縁もゆかりもない私が唯一東北と言えば思い起こすもの。それは今や国民的アスリートとなった羽生結弦くんのことでした。フィギュアスケートオタクの私は羽生くんは大丈夫なのか、彼の住む仙台市泉区が沿岸部なのか内陸なのか通っていた小学校から割り出して必死に調べました。他のフィギュアスケート選手がTwitterで泉のリンクの子はみんな無事らしいとつぶやいてくれ、ホッと一安心。<br>ところが、これはそんなものではなかったのですね。日が経つにつれ判明するあまりにも大きな被害状況。海岸に打ち上げられた遺体の数に遠く関西からもショックで毎日信じられない思いでした。<br>生まれも育ちも関西の私は、阪神大震災を経験しています。あの時の揺れは今でも鮮明に思い出せます。幸い私の住む地域では住宅被害も大きくはなく、近くのマンションの上の方では食器が全部割れたとかくらいで、小学校でもむしろ被害の大きかった地域へ文房具を送ったりしたくらいでした。それでも忘れられません。<br>そして、自分が妊婦ということで同じ妊婦の人たちはどんなに不安だろうかと考えずにはいられませんでした。しかし妊婦であればボランティアに行くこともできず、募金くらいしかできない自分に歯がゆい思いでした。ボランティアの人達ががんばっておられるのを見ると、胸が痛みました。</div><div><br>さらに福島第一原発事故があり、放射線を扱ってはいるものの原発はまったく別分野なので、当初は発表されている線量などを鵜呑みにして、大したことではなさそうだな、なんて思っていました。線量などは放射線分野共通なので、特に問題ないと考えてはいましたが、それは私が放射線のことを知っているからで、知らない人達、特に妊婦さんや小さな子供を抱える人が心配する気持ちはわかりました。わからないということは恐ろしいことですし、自分だけの問題でなければ責任を感じて最善を尽くそうと奔走するのは当然です。東北のニュースや東京のスーパーで物がなくなっているニュースを見て、関西でフツーに不自由なく暮らして妊婦生活を送れていることに改めて感謝を感じると共に、同じ妊婦できっととてつもない状況に置かれている人のことを考えると申し訳ない気持ちでいっぱいになる日々でした。<br><br>今年の成人式で成人した子達は、阪神大震災の年に生まれたということが関西では大きく取り上げられていました。東日本大震災の時にお腹にいた赤ちゃんも無事に生まれていれば3歳ですね。３月になるとゆずを見ながらあの時の気持ちを思い出します。ゆずの成人式の時には、この子達は東日本大震災の年に生まれたんだよって思い返されることと思います。</div>
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<link>https://ameblo.jp/mina-20150610/entry-11977741418.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Jan 2015 04:16:19 +0900</pubDate>
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<title>妊娠報告</title>
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<![CDATA[ ２週間後。<br>まだ心拍は確認できなかったものの、順調に大きくなってきているということでした。<br><br>「心拍が確認できて流産の可能性が減ってくる10週くらいで職場などに報告するのがよいでしょう」などと妊娠出産本には書いてあるのですが、私にはそうできない事情がありました。<br><br>私の仕事というのは放射線を扱っていまして、放射線をどれくらい浴びているのかを常に線量計を身につけて測定しています。妊娠するとその基準値が変わるため、妊娠が判明した際には法令で速やかに報告することが義務付けられています。まぁそんな法令を無視したからってどってことはないのですが、放射線の影響が最も大きいのは心拍確認前からなので、できるだけ浴びない持ち場に変えてもらう必要があるのです。元々線量計も数値を表示しないほど微量しか浴びてはいないのですが、やはり気分的に何かあった時後悔したくありません。<br><br>ということで、今回妊娠継続できていたら職場に報告するということは決めていました。<br>するとなぜ職場の人が知っていて、親や大事な友達が知らないのだ？と思ったりしてしまい、結局親友と双方の親には伝えることにしました。どちらの親ももちろん喜んでくれて、無事に育ってくれればいいなと改めて思いました。<br><br>翌日に職場に報告。<br>この職場には一年二ヶ月前にやってきて、この部署には女子は私一人だけ。まぁみんなもピチピチ独身20代前半なら驚きもあったでしょうが、結婚3年目のアラサーですからそこまでの驚きもなく、持ち場も変えていただけました。同じ仕事をしていても、イヤミを言われたり変えてくれないところもあるようですから、本当にありがたいことです。<br><br>そしてさらに、間の悪い(！？)ことに、ちょうど大学のグループの一人が新居を建てたということで、みんなで集まって新居祝いをやる予定になっていました。<br>実は半年ほど前に、このグループのAちゃんにゴハンに誘われ二人でゴハンを食べにいきました。Aちゃんはとても明るくておもしろくて、結婚もグループでは一番早くて私とほぼ同時期にしていたのですが、お互い子供はナシ。そして二年遅れて結婚したBちゃんが結婚とほぼ同時に妊娠が発覚したところでした。<br>「ミナちゃん、子供のこととかどう思ってるん？」と聞かれ、ベビ待ちしていた私は正直に「欲しくて基礎体温とかも測ってるんやけど…なかなかできへんねん」と言うと「私もやねん！でもBちゃんがすぐできたやろ？めっちゃ焦ってさ～」と意気投合！！ダンナの非協力的な態度をどうすれぼいいかとか、うちらってできにくい体質なんかな？とか○○がいいらしいとかで盛り上がり、Aちゃんは「お互いがんばろうね！もしできたら言いにくいとか思わんと絶対言ってね！」と言ってお別れしました。<br>私はウソがつけない性格で、新築祝いの際、自分から言わないことはできても「ミナちゃん赤ちゃんは？」と聞かれれば正直に言ってしまうだろうとわかっていました。そのため、赤ちゃん作りを共にがんばろうと話していたAちゃんには事前に伝えておくべきでは…と考え、数日前にメールで伝えました。先にできてごめんねなんて言うのもおかしいし、フツーに明るく「実は赤ちゃんできたみたい！まだ心拍とかも確認はできてへんからなんとも言われへんけど！」みたいに送ったと思います。Aちゃんからの返事も「えー！おめでとうー！！」みたいにフツーだったと思います(何せ４年前なのであいまい)。<br>ところかが、なんとAちゃんはその集まりに欠席…∑(ﾟДﾟ)<br>風邪だということでしたが、もしかして…私と顔合わせなくないのかな…という気持ちがよぎりました。新居建てた主催のCちゃんもベビ待ちだったので、AちゃんはCちゃんにはほんとのことを言っていたのが、風邪みたいという説明の時の表情がパッとしなかったような…。と疑心暗鬼になってしまいました。妊娠中のBちゃんは車好きで、大きなお腹でBMWをぶっ飛ばしてやってきました(笑)やはり流れで赤ちゃんについて聞かれてしまい、正直に話しました。これだけ書くと、なんかドロドロした女子の世界みたいなかんじですが、そういうわけではないんですけどねー！！<br>結局Aちゃんには数ヶ月後、Cちゃんには一年半後に赤ちゃんができて、今ではほぼ毎日LINEで仕事や子育てについてダベっています( ´ ▽ ` )ﾉ<br><br>ともあれ、とりあえず言わなければいけないところには一通り報告できたのでした。
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<link>https://ameblo.jp/mina-20150610/entry-11977739351.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Jan 2015 03:19:48 +0900</pubDate>
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<title>マタニティライフスタート！</title>
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<![CDATA[ 産院でみてもらうと、<br><br>「まだ妊娠４週くらいの大きさで、妊娠していることは間違いないけれど、心拍が確認できるまではなんとも言えません。また２週間後にきてください」<br>ということでした。<br><br>この産院は元々おじいちゃん先生が一人でしていてお産はしていなかったのですが、数年前に息子先生が継ぎ、全面改装してお産を再開したばかり。私が住んでいる地域はNICUがある病院が近くに二つもあり、いざとなればすぐ紹介や転送もしてもらえるので、とりあえずはクリニックで十分だというのと、何人もの知り合いからよかったという評判を聞き、一度子宮がん検診にきて生むならここだな、と決めていました。<br><br>今回の診察ではたまたまおじいちゃん先生の日で、基本的には○週間後にきてと言われる通りに行っていたのでずっとおじいちゃん先生でした。後でこの事を少し後悔することになるのですが…。<br><br>とは言え、待ちに待ったマタニティライフが始まりました！！<br><br>まずはダンナに報告です。<br>晩御飯の仕度をして、帰ってくるのを今か今かと待ってると、こういう時に限って遅いんだな～(´Д` )<br>ようやく帰ってくると、明らかにお疲れ顔。<br>とりあえず座ってもらってご報告。<br><br>「あんな…実は…赤ちゃんができたみたいやねん」と言うと、<br><br>「ほんま！？」<br><br>とひとこと発して無言…。<br>なんと感動してポロリと涙が！！<br><br>うちのダンナは男らしい人なんやけど、こういう感動の涙は流してくれるんだよね。<br>結婚式の時も、私が指輪の上下がわからずテキトーにつけて、控え室に戻った瞬間フツーに「それ逆かもしれんから見といて～」って顔見たら泣いててビックリしたっけ(笑)<br>私は逆に泣かせるドッキリでも泣けないかわいくない女子なので、うらやましいな。<br>泣いてるダンナ見ながら、「こんな反応なら品川庄司の品川の奥さんみたいに隠し撮りしとけばよかったな～」なんてまたドライに考えてしまった私なのでした( ´ ▽ ` )ﾉ<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mina-20150610/entry-11976644049.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Jan 2015 12:03:26 +0900</pubDate>
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<title>初めて見た陽性の検査薬！</title>
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<![CDATA[ 2011年2月某日<br><br>風邪ぎみだった私は風邪薬を飲むのに<br>「そういえば生理遅れてるな～飲む前に一応チェックしとこっかな」<br>と軽い気持ちで妊娠検査薬を使用。<br><br>すると、うす～くですが陽性の線が！！<br>なんでなんで！？<br><br>疑問に思うのも無理はありません。<br>結婚して3年、私が転職を２回ほどしたためしばらく子作りできず、ようやく本格的に始めて1年半。毎朝基礎体温を測り、それなりにタイミングを狙ってがんばっていたもののできず…。元々回数が少ない上に月１回がんばればいいだけなのに「今日は疲れてるから無理やわ…」などと平気でのたまうダンナにイラつき、真っ白い検査薬を見るたびに落胆し、そろそろ病院に行った方がいいのかな…なんて思い始めていたところでした。<br>その矢先、新居購入がトントン拍子に決まり、共同ローンだったため不動産担当者から本融資審査のある年末は産休とかになってないように～と言われて、気持ちも煮詰まっていたし子作りは一旦休憩…にしてた翌月だったのです。<br><br>とりあえずいても立ってもいられず、原付ぶっ飛ばして産院に向かいました(←いま思うとありえない(/ _ ; ))
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<link>https://ameblo.jp/mina-20150610/entry-11976121699.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Jan 2015 02:29:17 +0900</pubDate>
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<title>ミナの家族</title>
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<![CDATA[ ミナ<br>昭和5○年生まれ、関西在住<br>仕事はキチンとしないと気がすまないが、その反動で家の中では別人のようにダラダラ。平日の家はぐっちゃぐちゃ(｡-_-｡)<br>フィギュアスケートオタク。<br><br>ダンナ<br>ミナの二つ上の夫。<br>天然で単純。記憶力がなく、結婚当初は何かの病気なのかも…と本気でミナを悩ませた。<br>忙しい仕事と合間をぬって家事や育児もがんばってくれている。<br><br>ゆず<br>30週で切迫早産と診断され自宅安静となったものの、結局予定日を過ぎて生まれてきた生粋のマイペース。三歳のおませな女子。女子力はミナより高い。<br><br>大ちゃん<br>19週で切迫流産と診断され入院→自宅安静に。どうせゆずのように予定日すぎるだろうと思っていたら37週ですぐ生まれてきた。しかし体重はしっかり3000オーバー！！ <br>１歳の男の子。あかんタレだけどやんちゃくれ。お兄ちゃんになれるのか…？？<br><br>ひーちゃん<br>ミナの実母。女手ひとつで四人を育てたすごい人。子供たちへの愛情はおしみない。ミナが尊敬してやまない人。
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<link>https://ameblo.jp/mina-20150610/entry-11975219838.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Jan 2015 21:02:00 +0900</pubDate>
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<title>三人目がやってきた！！</title>
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<![CDATA[ 2014年10月某日、三人目妊娠発覚。<br><br>うれしい気持ちはもちろんありましたが、それ以外にも私の心の中には複雑な気持ちが。<br><br>それは一人目も二人目も切迫流産・早産となって、長期間の安静となっていたからでした。<br><br>切迫流産・早産にはいろいろツライことがありますが、おそらく多くの切迫妊婦に共通することは<br><br>【自分はがんばれない】<br><br>ということだと思います。<br>がんばれない、というと語弊があるかもしれませんが、できることは安静にすることだけ。家事はもちろん、上の子がいれば上の子の送り迎えやお世話、その他もろもろをすべて周りの人にやってもらわなければなりません。自分ががんばってどうにかできることなら「がんばろう！」と思えるのですが、自分にできることは表面上ゴロゴロすること。もちろん怠けているわけではないのです。お腹の赤ちゃんをそうやって育てられるのは自分だけなんだから！でもやっぱり心苦しい…。<br><br>ごめんね、ダンナ<br>ごめんね、お母さん<br>ごめんね、子供たち<br><br>でも…幸いにもやってきてくれた赤ちゃんを元気に産んであげたい！！<br><br>そんないろんな葛藤をしながら過ごす妊娠生活。<br>自分ががんばっていくためにも、そして同じような境遇のママたちにも少しでも気持ちを共有できれば…と思い、ブログを始めました。<br>よろしくお願いします。
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<link>https://ameblo.jp/mina-20150610/entry-11974614145.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Jan 2015 10:25:16 +0900</pubDate>
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