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<title>ゾラリオン</title>
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<description>ダンサー祖楽の日々の綴り。</description>
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<title>変貌の土地に或る</title>
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<![CDATA[ 久々に更新です。<div>新しい生活が始まり、ちょっとずつ慣れてきました。</div><div>人生のサイクルというか、流れ。</div><div>それについて考えていると、いまも昔もずっとずっと変わらぬ世界にいるなあと思います。</div><div><br></div><div>きっと悠久の時代のどこかで、私はいつも流れる川のように、吟遊詩人として世界を渡り歩いていたのでしょう。</div><div><br></div><div>誰かに何かを伝えたい</div><div><br></div><div>その気持ちはきっと根底に、血潮のごとく流れたゆたうものであると思います。</div><div>しかしながら、誰かに何かを伝えたいという想いは同時に、自分へ向いているものだと理解・解釈することもできるのだと伺い知れます。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>ずっと、ベリーダンスを通して、人に魅せるダンスを踊ってきました。</div><div>いつも大切な想いを抱え、溶かしながら。音楽と一致を試みながら。</div><div>そしてそれが技術的な、ヒエラルキー、歴史の中での位置付けを意味付け始めた時、私の中で何かが崩れ去り、己の望むものは、ヒエラルキーを否定したもの。個々の有り様だけ、魂の数だけ、魂の叫びや踊りが存在して当然なのだとわかる・理解できました。</div><div><br></div><div>いままでは偽善的に理解していた。</div><div>でもいまは、それすらない。呼吸になった。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>私はおそらく、変貌の土地にいる。(或る)</div>
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<pubDate>Mon, 23 May 2016 13:26:47 +0900</pubDate>
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<title>暖かな時間を過ごしました</title>
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<![CDATA[ とても良い時間を過ごしました。<div>いつの間にか、自分自身にはがんじがらめの何かが絡まっていました。</div><div>それは、一つ一つ溶けていき、ほぐれていき、また一つの海になりました。</div><div>お母さんの羊水の中で溺れていたあの頃に戻りました。</div><div>わたしにとって躍りとは躍動であり、輝きであり、魂であり、命である。</div><div>いろいろ様々なものを吸収しここにいるならば、それはあながち嘘ではない。</div><div>あなたは、あなたが真実であり魂であり、あなたが芸術だ。</div><div><br></div><div>今日、先生はわたしにおっしゃいました。</div><div>あなたはあなた自身が芸術作品であると。</div><div>素晴らしい、わたしは忘れていました。</div><div>すぐに忘れてしまうもんですから、たまったものではありませんね。</div><div><br></div><div><br></div><div>素敵な時間でした。</div><div>夏の公演は日差しが差し込む暖かなものになるでしょう。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>みなみ</div>
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<pubDate>Tue, 17 May 2016 23:08:42 +0900</pubDate>
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<title>躍りが好きだ</title>
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<![CDATA[ この間のデザインフェスタで久々に躍り、やはり自分は躍ることが好きだなぁと改めてしみじみしました。<div><br></div><div>なんというか、生きた気がする。</div><div>躍りの中では。</div><div>水を得た魚というきもち。</div><div><br></div><div><br></div><div>今日はそれが興じてか、舞踏を本格的に学びに行く。舞踏はレッスンでなく稽古と呼ぶ。</div><div><br></div><div>なんかいいなぁ。古風な感じ。</div><div>舞踏は世界に誇る日本の伝統。前衛芸術。</div><div>はあ～～もう頭の中が躍りしかない！</div><div>躍りしかできない幸せを味わい尽くし、噛みしめている。。。</div><div>なんということだ！変態的！万歳！</div><div><br></div><div><br></div><div>というか、久々にいいなぁと思うベリーダンサーにであった。</div><div>Amar gamal。なんか、なにがいいか詳しく言えないけれど彼女の踊りが好きだ。</div><div>癒される。存在も好きだ。全部好きだ。</div><div>ベリーダンサーに関して、ベリーダンスに関して、もういろいろとあったけど、わたしは好きだと思うベリーダンスを踊ればいいんじゃないかと思ってきた。</div><div>もちろん伝統は大事だけれど、個性が光るものは、やはり個性を潰さないように発展させていくのは大事だと思う。</div><div>無理なんだ、集団が無理とか所属できないとか、合わせられないとか、そういう人間てここにいるからさ。</div><div><br></div><div><br></div><div>なんか上手く言えないけど、女としてアイデンティティー出せるダンスってやはりベリーダンスは特化していると思う。</div><div>それでもベリーダンス見たいと言ってくださる方もいる。ありがたいことだ。</div><div>わたしはなにダンサーなのかわからないけど、特段意識もしてない。</div><div>ただ、芸術家だと、芸術を愛する凡人と思っている。できれば、愚妻、愚妾でいたいが。縁を切ったとはいえ、きれてはいない。いつも、芸能の神はそこにいる。</div><div><br></div><div>だからただ流れに呑まれ、ボーッと過ごす。流れを楽しみながら、ただ躍る。</div><div>それがわたしの愛すべき人生譚。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>ぞらぞらぞら</div>
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<link>https://ameblo.jp/minamizorazora/entry-12161309876.html</link>
<pubDate>Tue, 17 May 2016 19:01:50 +0900</pubDate>
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<title>踊り</title>
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<![CDATA[ <div><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/491.png" alt="宇宙人しっぽ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/492.png" alt="宇宙人からだ" width="24" height="24"><img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/493.png" alt="宇宙人あたま" width="24" height="24"><br></div><div>ようやっと、新しい生活に慣れてきました。</div><div>そしてようやっと、踊りの予定です！</div><div>あさって！</div><div><br></div><div><a href="http://designfesta.com">デザインフェスタVol.43</a><br></div><div><br></div><div>の、パフォーマンスするとこで踊ります。</div><div>なんとたったの５分間。</div><div>でもね、前に私はとある偉大な方から教わったのだよ。</div><div>人間の集中力はせいぜい続いて8分だ。</div><div>だからその間でやるのが一番いい。</div><div><br></div><div><br></div><div>じゃあ、5分で充分じゃあないか！</div><div>と思い立ったわけです。</div><div>今回は新しいチャレンジをするお。</div><div>なにかは見てからのおたのしみ。</div><div><br></div><div>だって、説明しようがないじゃんね。</div><div>やっぱりね、踊りってのはね、なにかしら進化がないと、変化がないと飽きちゃうわけよ。</div><div><br></div><div>ずっと同じ動きしても、命のリズムを刻むことも忘れずにいれるか。</div><div>はたまた、音楽を置き去りにできるか。</div><div>音楽にひきづられ、飲み込まれた踊りは見るに耐え難い。</div><div>あまり好きでなく、飽きてしまったんだな。</div><div><br></div><div><br></div><div>だからこそ！</div><div>踊り主体の踊りを生きることが新しいこころみである。</div><div><br></div><div><br></div><div>お時間許す方ぜひ。</div><div>ぞらは、14:45～14:50に踊ります。</div><div>あなたの人生と、リンクします。</div><div><br></div><div><br></div><div>ぞら</div>
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<link>https://ameblo.jp/minamizorazora/entry-12160077136.html</link>
<pubDate>Fri, 13 May 2016 23:32:13 +0900</pubDate>
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<title>寛容の世界</title>
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<![CDATA[ ”否定”の世界から抜け出そうと思います。<div>同時に、”人間ごっこ”もやめます。</div><div>なにを言っているかあまりわかりませんが、そういう気持ち、なのです。</div><div><br></div><div>人間は人間で。</div><div>否定は本来の意味では不必要。</div><div>需要も非需要も、本来は需要。</div><div>寛容。</div><div><br></div><div>受け入れるが常。</div><div>その中でのエネルギーの変遷だと思う。</div><div>エネルギーは常に水のように変わる。</div><div>良い時も、乗らない時もある。ただそれだけで、波を乗りこなすには一生かかるものである。</div><div><br></div><div>寛容は難しい。</div><div>良いといいながら良いと思わない人もいる。その塩梅が、大変に、難しい、</div><div><br></div><div>ただわたしは寛容の世界に行きたいと、生きたいとふと思ったのだ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>ぞら</div>
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<pubDate>Sun, 08 May 2016 14:30:25 +0900</pubDate>
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<title>hennaをおすすめする。</title>
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<![CDATA[ 大学時代、思想学という学問をしていたことがある。思想学とはいわば、人間は思考によって作られ、それが全てをおさめるというものであったが、最近まさにそうだなと自分を通して痛感することが多々ある。<div><br></div><div>私は今全身が痛い。</div><div>これは比喩だが。なんというか、心も体も全てが痛い気がする。全身の皮がずるむけ、傷だらけの肉がむき出しになっているような気持ちだ。</div><div><br></div><div>それは、踊りに対して、抜けきらない何かにぶつかっていることが一番の原因であると考えられる。</div><div>打開策はあるが、すぐに実行できないところに深いもどかしさを抱えている。</div><div>だからこうして、気持ちを吐き出しておくことも大事かと思っている。。。</div><div><br></div><div>昨日はスピが嫌いだと言ったが、まず何を定義してスピというのかが謎だ。</div><div>個人的に言えば、私はある時から化学染料で髪を染めることをやめた。インドの自然植物染料のhennaに変えた。それからというもの、気分的なのか事実なのかわからないが、身体が健康になり、素になった気がした。実際hennaは頭皮を健康にし、血流も良くなるという。髪の毛は美容師がみとめるほどコシが強くなり、自分でもわかるほどすこし太くたくましくなった。</div><div>毛の一本一本が生命力に満ち溢れている。</div><div>実は今もhenna中なのだが、hennaに関しては本当みんなやればいいと思う。</div><div>私は単に、髪が細いのが悩みで、髪を太くし健康にし、将来ハゲ無いようにとはじめたのがきっかけなのだが、私自身のなにかも芯のようなもの、が太くなり素になりはじめたようだ。</div><div>hennaは断然、おすすめする。</div><div><br></div><div>hennaだってある意味一種のスピだ。</div><div>だからスピどうこうでなく、気持ちの問題であり、私はどうやら舞踏というツールを見つけたので、スピと踊りを結びつけることが嫌になったようだ。</div><div>自分は成長が著しい。非常に、ついていくのが大変である。</div><div><br></div><div><div id="37FC4F48-7795-41E5-8ADB-47D75209545E" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160503/08/minamizorazora/fe/7e/j/o0480064013635482554.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160503/08/minamizorazora/fe/7e/j/o0480064013635482554.jpg" border="0" width="400" height="533" alt="{37FC4F48-7795-41E5-8ADB-47D75209545E}"></a></div><br><br></div>
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<pubDate>Tue, 03 May 2016 08:59:50 +0900</pubDate>
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<title>踊りに関する迷い。</title>
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<![CDATA[ 本当にこんなことを書いていいのか迷うけど…ブログでは正直でいたいから書こう❗️<div><br></div><div>もうね、ベリーダンス踊っても心が踊らない。なんか心がスカスカ。すごくわかる、しかばねが踊ってるゾンビダンスだってことは。。。</div><div>なんでかな？</div><div>なんていうか、決まりごとや正解がある世界がひどくつまらなく感じてしまったんだ。ベリーの世界に生きるに連れくっついてきたスピ系のものとか、過剰なまでのプラス思考、傷を舐め回すような考え方。</div><div>正直、もうたくさんだよ❗️❗️❗️</div><div>これが私の本心。踊りながら美しくなるのは素晴らしいこと、素敵なこと。</div><div>でも自分の中の大切な部分見過ごして見えない何か、よくわからない過剰な憧れになることへのツールとして踊りがあるなら、私にはそんなもの必要ない。</div><div>巫女だとか前世とか、ちょっと拒絶反応。大切なのは、今じゃないの？？</div><div>今、人間として生きていることじゃないのかな？人間としての感情や熱を忙殺しちゃいけないと思うんだけど。。。</div><div><br></div><div>こういう憤りやモヤモヤが今の私をとり囲み、捉えています。</div><div><br></div><div>でも今日踊りながら得たものは、踊るとはただひたすらに、天に手を伸ばし続けることであるということです。</div><div>舞台は胎盤であり、自分は胎児。</div><div>そう、大切なことを忘れていました。</div><div>まだまだ、修行の日々です。</div>
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<pubDate>Tue, 03 May 2016 02:25:32 +0900</pubDate>
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<title>お金とアートのお話。(※毒舌)</title>
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<![CDATA[ ついに5月になりましたね。<div>時の流れって～のは早いもので。もう5月、あとちょっとで一年の半分。</div><div><br></div><div>最近考えたことがありまして。</div><div>なんていうか、私にとって踊ったり歌ったり絵を描いたり文章を認めたり、全て日常生活でしかなくて、大げさにすることでもないんだなと。</div><div>もう、なんか前までは一発当ててやる！的な血の気があったんですがいまは全くと言っていいほどないです。</div><div>お客様に関しても同じ。</div><div>もちろんたくさんいらしてもらいたい。</div><div>でもいらっしゃらなかったらなかったで別にいっかなっていう気持ちもある。</div><div>だってこれないならこれないし、行きたくないなら行かないもん。それでも行きたいなら行くだろうし、こだわりはない。</div><div>箱代なんて元々自腹だし、ギャラも自腹、全部自腹だからもう赤が当然というか慣れてしまっていて。(これ、ショービジネスとしてあかんやつやで！真似するなかれ。)</div><div>まあ、箱代を払ってやろう！黒にしてやろう！という気迫とか大事なんだけども、それ以前にとりあえず踊りたいから踊る場作るわってのがいつも強い。</div><div>私は過去に、特に去年参加させていただいたとあるイベントで主催者の方が1日目にして黒にしていて、その瞬間を目の当たりにして感動したね。あ、これがビジネスなんだ、っていう感激。半端ねえ！って震えたね。</div><div><br></div><div>だけどだからこそ、私はお金にはシビアです。当然。アートとお金は本来は関係ない、けどそこの縁をわざわざ切ろうとする啓発してるやつちょっとこっちこいって思うわけ。そんな考えでアートが汚れるっていう考え自体が古い、幼い。そんなんに負けるくらいのアートなのか、って悲しくなるよ。大丈夫か日本？って思うわけ。</div><div>私がイベントをキャンセルする理由は100%200%お金の話。契約違反、はじめと話違う、ってゆう類。基本プロ名乗ってるんだからこちらの意思で出演料払ってでも出たいブッキングやらイベントやら以外で主催ってのは基本基本基本100%ありえません。共同主催はポリシー外だから昔からやらない。基本自分主催ゲストお呼びする形のみ。</div><div><br></div><div>最近は常識ないのかそこらへんの説明を最初にしてるにもかかわらずいつの間にかゲストの枠飛び越えて責任問われる立場になるからもう本当に契約書ない企画には参加しません。時間の無駄。お友達ごっこじゃないんだから、その辺の理解はしてほしいな。お友達ごっこはお友達とやってください。私はプロですよ。</div><div><br></div><div>とまあ、吠えてみるけれども。なかなか難しい業界だよね。</div><div>私は私が意味があると思った発信は絶対やめないし止めないしやっていきます。</div><div>ありがたいことに、私の踊りを好きと言ってくださる方もたくさんいらして、本当ありがたいです。</div><div>まだまだ未熟なので精進していきます。</div><div><br></div><div>あ、すごく良い記事だと思ったリンク貼っておきます。これ、私が最近感じる世の中に対する違和感。↓</div><div><a href="http://kasakoblog.exblog.jp/24344037/">http://kasakoblog.exblog.jp/24344037/</a><br></div><div>何でもかんでも愛で片付ける人は、宗教怖いとか言ってらんないよ？笑 まじで。</div><div>フリークリスチャンの私が物申しました。</div><div>キリスト教の諭す愛はこういうちゃっちい愛とはスケールがちがうけどもね。愛、より憐れみだけども。</div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 01 May 2016 01:19:34 +0900</pubDate>
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<title>意志のある芸術</title>
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<![CDATA[ <div>《意志のある芸術》</div><div><br></div><div><br></div>生きるためにどんな使命があるとか、どんな意味があるとか、そういうのもいいけれど実はもうそんな考え方はほどほどにしたほうが良いと思う。<div><br></div><div>人に使命があるとしたら、それは確実に確固たる意志に乗せねばならない。</div><div>なぜなら意志のない人間の使命は、ただ周りを巻き込むだけになるからだ。</div><div><br></div><div>私は芸術を愛している。ゆえに、芸術に同情を用いることを決して許さない。</div><div><br></div><div>私はよく、情で舞台に上がるな、と言う。</div><div>それは、舞台や芸術における神聖な場に、個人の情を用いれば神聖さが汚れるからだ。</div><div><br></div><div>作品とお客さんとの間に生まれる、一対一の神聖な空間。そこに、アーティスト側の情はいらない。それは情でなく、意志であり主張であり叫びである必要がある。</div><div>それでこそ作品が意志を持ち、相手に届く。きちんとしたエネルギーで相手に響く。</div><div><br></div><div><br></div><div>芸術家が芸術家たるためにはまず、そこからだ。</div><div>情を捨てよ。甘えるな。きちんと自分の足で立ち、目を見開き、拳を握り、前を見据え、内蔵で感じ、心臓を出せ。</div><div><br></div><div>ダンサーは音楽を耳でなく内蔵で聞かねばならない。体に、血肉に響いていない音楽など一切表現できない。</div><div><br></div><div><br></div><div>激的な渦の中にいる自分を甘んじているうちは、決して本来の意味など見出せない。妥協はいらない、決して妥協しない意志が必要なだけだ。芸術は意志だ。</div><div><br></div><div>私はもっと意志のある芸術を感じたい。</div><div>自分においても、他人においても。</div><div><br></div><div><div id="7373A232-1E84-4311-955C-B513C3FD1581" style="text-align:left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160418/02/minamizorazora/a2/5d/j/o0480064013622951382.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160418/02/minamizorazora/a2/5d/j/o0480064013622951382.jpg" border="0" width="400" height="533" alt="{7373A232-1E84-4311-955C-B513C3FD1581}"></a></div><br><br></div>
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<pubDate>Mon, 18 Apr 2016 02:01:53 +0900</pubDate>
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<title>本当の悲しみを知らない。</title>
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<![CDATA[ 私はまだ、本当の悲しみを知らない。<div>いや、知っていても、蘇らせる方法を知らない。どうしたら人の心を打つ踊りができるのか。</div><div>そんなことを悶々と考えているうちはできない。</div><div><br></div><div>もっと、大野さんが言うような、魂が先行するような踊り。極めなければ。肉体と魂が一緒にいるような…</div><div><br></div><div>とらわれてはダメだ。</div><div>音楽は所詮雑音に過ぎない。音楽は大事だが音楽にあわせたらダメなんだ。</div><div><br></div><div>もっと根底の命のリズムがある。空気、お客さんと私との命のリズムに、魂で音を乗せなければ、崩れる。</div>
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<link>https://ameblo.jp/minamizorazora/entry-12151354161.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Apr 2016 01:20:48 +0900</pubDate>
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