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<title>弟子日和</title>
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<description>　アーティスト見習いの、ざっくばらんな見聞録です。</description>
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<title>心掛ける事</title>
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<![CDATA[ <div style="color: rgb(51, 51, 51); font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;, &quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;, &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;, Helvetica, Arial, sans-serif; font-size: medium;"><div class="_3Cy-NzCk" style="font-size: 1rem; line-height: 1.7; margin-top: 1.5rem; margin-bottom: 1.5rem; min-height: 150px; position: relative;"><div class="_3Lyg0PZS PhotoSwipeBlock"><p>　宮城道雄の生涯が気になって、調べてみた時、｢急死｣と言う最期に驚かされた。電車からの転落死。神様は酷い事をするものだと思った。</p><p>　偉人であっても一般人であっても変わらない。"人はいつ死ぬのか分からない"と言う、不変の理。理不尽だなと思った。</p><p>　それからと言うもの、芸の練習に取り組む時、意識する様になった事がある。</p><p>　それは、"敬愛する人々が、明日も生きていると思うな"。と言う事だ。</p><p>　極論と言われれば極論だけれど、馬鹿には出来ないと思う。そう言う現世やし。</p><p>　今、私に芸を教えてくれている師匠は、明日も生きているだろうか？　<span style="font-size: 16px;">事故に遭ったら？　通り魔に遭ったら？　自然災害に巻き込まれたら？　急病を患ったら？　考えると恐ろしい。</span></p><p>　｢明日は我が身｣。先人達は、とんでもない言葉を遺してくれた。</p><p>　だから私は稽古を受ける時、"これが師匠から受けられる、最後の稽古になるかも知れない"、と思う様になった。</p><p>　そして自主練の時は、"これが最後に授かった芸になるかも知れない"、と思いながら取り組む。</p><p>　師匠達のコンサートに行ったりすると、友人や知人から、｢ちゃんとお師匠さん達の演奏を聴きに行って偉いね｣って言われるけど、んなこたぁない。私は只、怖いだけだ。</p><p>　師匠達のコンサートは元々好きで、都合が合えば行く様に心掛けてた。しかしこれにも変化が表れた。</p><p>　"これが、師匠の最後のコンサートになるかも知れない"。と言う鑑賞のし方。1度意識すると、頭から抜けなくなった。</p><p><br></p><p>　"敬愛する人々が、明日も生きていると思うな"</p><p><br></p><p>　これが、私の芸能上達の糧。</p><div><br></div></div></div></div>
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<pubDate>Tue, 03 Jan 2023 19:12:10 +0900</pubDate>
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