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<title>enjoy my life</title>
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<description>自分の人生を自分で決めて生きる。内面成長記録ブログです。</description>
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<title>ありのまま</title>
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<![CDATA[ 「ありのまま」ってどういうことか考えていた。<br>ずーっと考えていたら、「ありのまま」から遠い所にきてしまったようだ。<br><br><br>この数ヶ月の間に色んな過去世を思い出し、<br>神聖な人、かわいそうな人、強い人、弱い人、だめな人、普通な人などを<br>色々と体験してきた私。<br>その時代が作り出す2元性を感じ、その枠に囚われなくなってきていた。<br>人から「良い」「悪い」と聞くと違和感があった。<br>視野が広くなったことは多面的に物事を考えるようになったので<br>気持ち的に楽になっていたけど、<br>まさか2元性を自分が否定していたことに気がつかなかった。<br><br><br>2元性が存在していることは「ありのまま」の状態だった。<br>それを否定したところで状況はなくならないし、<br>むしろ無くそうとすることが「不自然」なことではないだろうか。<br><br><br>私は母に「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われ続けた。<br>子供ながらに「姉」だからって理不尽だと感じていた。妹はいいなって。<br>（大人になってから母に謝られたけれども）<br>でも私が「姉」という事実は変わらない。<br>家族の中の位置は一生変わらない。<br>それが「ありのまま」なんだ。<br><br><br>世の中にも私の中にも「良い」「悪い」が存在する。<br>これが「ありのまま」なんだ。<br>一般的な「いい人」になることは私にとって不自然なこと。<br>一般的な「嫌な部分」がある私を「悪い」ととらえて否定している私も「ありのまま」<br>（「いい人」じゃないと「愛されない」と思う条件付けが私にはあることを知っている）<br><br><br>現実を否定して「悪い」が存在しない理想郷を描いていたんだと気付いた。<br>一生懸命働いてボロボロになった私を否定していたんだ。<br><br><br>今私にもっとも必要なことは「どうしたいのか」という1点だけ。<br>自分の内側に問いかけ、自分で選択すること。<br>すべては「ありのまま」に存在しているのだから。<br><br>
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<pubDate>Wed, 30 Nov 2011 12:19:02 +0900</pubDate>
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<title>子供の頃の私</title>
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<![CDATA[ 子供の頃の感覚が少しずつ戻ってきました。<br>誰かと比較することもなく、優劣なんてことも考えない、<br>こうすべき、こうなりたいと思っていない自由な私。<br>楽しいことを毎日していたと思う。<br>どうして好きなのって聞かれたら逆に「なんで？」って返してしまうような<br>好きなものは「好き」って感覚で過ごしていました。<br>喜怒哀楽が「いい」「悪い」という基準ではなく、ごく自然に表現していた頃。<br><br><br>その頃を思い出すにつれ、<br>今の自分を冷静にみれるようになった気がします。<br>色んな条件付けを背負ったな～ってしみじみ思っていました。<br>2元性の中で右往左往し、<br>常にジャッチしながら自分の足下をみて、<br>依存しながら生きている。<br>誰かに認めてもらいたいし、愛されたいと願っている。<br>そして、それを「悪いこと」ととらえている自分がいます。<br><br><br>少しずつ少しずつ意識化にあげていき、<br>今はこういう自分を見つめていようと思います。<br>今ここにいる自分を肯定も否定もしない。<br>何をいつも感じているのか身近で「観察」してみます。<br>
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<pubDate>Thu, 24 Nov 2011 22:28:14 +0900</pubDate>
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<title>マヤ暦最後の日</title>
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<![CDATA[ 私はスピリチュアルなことに携わることを<br>特別なことだと感じていたことに気がつきました。<br>人から認められたい願望を転嫁させていました。<br>他の人が知らないことを知っているような優越感です。<br>今もまだ心の中に存在しています。<br>存在していることに気がつけてよかったと思います。<br><br>私はそのことに関わることを選択して転生して来ただけなんだと認識できました。<br>ただひとつの選択肢の中の一つだと思えたことが<br>私には大きな気づきになりました。<br>私の視野が大きく広がったようです。<br>そしてゆったりとした流れを感じます。<br><br>「大海の1滴」を実感できたのだと思いました。<br>私がそこにただ「在る」ことが、みんなが「在る」ことが大事。<br>そこには集合でありながら、個性が存在します。<br>その個性を光り輝かせること。<br>私にしか出来ない何かを探し出すこと。<br>そしてそれを信じ抜くこと。<br>そういう意識を実践していくと「大海」はどう変化するのでしょうね。<br><br>私は私を輝かせることを実践していきます。<br>今ここをハートで体全体で魂で感じて<br>この人生をするめのように噛み締めていきますよ。<br><br><br><br>今日でマヤ暦が終了します。<br>（コールマン博士の説を信じているからなんですが…。）<br><br>明日からは新しい時代。<br>私のオーラソーマレベル2が始まる日です。<br>新しい時代へようこそというメッセージが来ました。<br>心が開いていくような感覚。<br>可能性に満ちたわくわくするような毎日を<br>ミルフィーユのように日々積み重ねていきます。<br><br>
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<pubDate>Fri, 28 Oct 2011 11:24:49 +0900</pubDate>
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<title>コンサル＆瞑想ルーム準備中</title>
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<![CDATA[ オーラソーマレベル1しか受講していない私ですが、<br>コンサル＆瞑想ルームを着々と具体化しています。<br><br>新しいスペースがほしいな～っと漠然と考えたいたのが8月初旬。<br>このぐらいなら払えるけどそんな安いルームあるのかな～っと考えていた8月中旬。<br>突然会社の隣が空くことになったので、とっても安い家賃で借りれることとなり<br>30帖もあるスペースを8月下旬に契約しました。<br><br>こんなに広いスペースをどう使っていいのかわからず<br>（しかも2部屋に分かれている）<br>ぼんやりと考えていた9月初旬。<br>コンサルルームと瞑想ルームに分けようと考えが降りて来て<br>具体的に何をどこに配置するか考え始めました。<br>一般的なスピリチュアルなイメージは神聖な気持ちにさせる作用もあると同時に<br>自分の生活と離れたイメージにとられやすい。<br>毎日をスピリチュアルに生きることを普通のこととして<br>受け止めてもらえるようにしたいとハートから思いがあふれてきて<br>それを実行しようとネットで色々と検索し始めた9月中旬。<br><br>ほっと出来て癒される、時間がゆったりと流れる空間にしたい。<br>来てくださる方が癒されるにはまず自分が癒される空間じゃないと絶対無理。<br>自分の好きなインテリアにしようと、<br>今まで可愛くても高くて買えなかったものを<br>この際だから買ってしまおうと清水寺から飛び降りる勢いで色々と購入。<br>好きなものを選ぶって本当に楽しい。<br>どういう部屋にするか決めていないのに<br>私は小物から購入し始めました。<br>でも色々と揃ってみると意外と共通点があり、<br>私は自然が大好きなんだと改めて実感。<br>私が買いそろえたのはまさに空や水や動物や植物。<br>インテリアで部屋を「自然空間」にすることを目指していたのでした。<br>色も自然と白、アイボリー、グリーン、オリーブ、ターコイズ、ブルーと<br>気持ちのいい色ばかり。<br>ボトルでいうと大天使ジュレミレルのようなイメージでした。<br>それに気付いたのは10月初旬かな。<br><br>先のことは一切見えなかったけれど<br>何かしたいと思ったことや楽しいことはまず実行してみるべきなんだと実感。<br>どんどん状況が変化していって自分のことがよくみえるようになる。<br>点と点をを結んでいくことによって意味があったことなんだと思えるようになる。<br><br>現在7割は完成。<br>あとの3割はこれから来てくれる方と一緒に作って行ければいいかもなって<br>自然と思えたので、余白を残して隠れ家的にスタートしようと思います。<br>少し広めなスペースが必要な方からレンタルしたいとのお話も頂いているので<br>レンタルスペースとしても色々と考え中。<br>いろんな可能性が眠るスペースなので多くの方と分かち合うことを<br>あくまで自分のために望んでいます。<br><br>次はルーム写真を載せようと思います！
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<link>https://ameblo.jp/mindobedient/entry-11055273074.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Oct 2011 02:26:26 +0900</pubDate>
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<title>スティーブ・ジョブズ伝説のスピーチ</title>
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<![CDATA[ スタンフォード大学での Steve Jobsのスピーチ内容です。<br>とても素敵でぐっとくるスピーチなので<br>多くの方に知ってほしい。<br>長いけれどどうか読んでくださったら嬉しいです。<br><br><br><br>ありがとう。今日は世界で最も優秀と言われる大学の卒業式に同席できて光栄です。実は私は大学を出ていないので、これが私にとって最も大学の卒業に近い経験になります。今日は私の人生から３つのストーリーを紹介します。それだけです。大したことありません。たった３つです。<br><br><br><font color="#00BFFF">最初は、点と点をつなぐ話です。</font><br>私はリード大学を６ヶ月で退学しましたが、本当に辞めるまで18ヶ月ほど大学に居残って授業を聴講していました。ではなぜ辞めることになったか？<br>その理由は私が生まれる前に遡ります。私の生みの母親は若い未婚の大学院生でしたので、彼女は私を養子に出すことを決めていたのです。彼女は育ての親は大学を出ているべきだと強く感じていたため、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることになっていました。ところが、私が生まれる直前に、本当に欲しいのは女の子だと。そういういきさつで、養子縁組を待っていた今の両親は夜中に「予想外に男の子が生まれたので欲しいですか？」という電話を受けたのです。彼らは「もちろん」と答えました。しかし、生みの母親も後で知ったことですが、母親は大学を出ていない、父親は高校も出ていませんでした。そこで、生みの母親は養子縁組の書類へのサインを拒みましたが、何ヶ月か経って、今の両親が将来私を大学に行かせると約束してくれたので、気持ちが整理できたようです。これが私の人生の出発点になったのです。<br>17年後、実際に大学に入りましたが、私はあまり深く考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったので、労働者階級の親の収入のほどんどは大学の学費に使われていました。半年もすると、私はそこに何の価値も見出せなくなっていたのです。人生で何がやりたいのか私自身に考えがなかったですし、それを見つける手助けを大学がどうしてくれるか思いつきませんでした。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を使い果たしている。だから退学を決めたのです。それが全てうまく行く道だと信じて。もちろん当時はかなり怖かったです。ただ、いま振り返ると、これが人生で最良の決断だったのです。というのも、退学した時点で興味ない必修科目は受けなくてもよく、自分にとって面白そうな授業に集中できたからです。<br>寮には自分の部屋もなく、夢を見れる状態ではありませんでした。夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、食費のためにコーラ瓶を店に返して5セント集めしたり、日曜夜はハーレクリシュナ寺院のご飯を食べに７マイル歩きました。これが私の楽しみでした。こうした自分の興味と直感に従うだけの多くの体験があとになって値段がつけられない価値に変わったのです。ひとつ具体的な話をしてみましょう。 <br>リード大学には、当時おそらく国内でも最高のカリグラフィ教育がありました。見渡せばキャンパスにはポスターから戸棚に貼るラベルまで美しい手書きのカリグラフィばかりだったのです。私は退学したのですから普通の授業はとる必要もないのでカリグラフィの授業を受けて手法を学ぶことにしたのです。私はそこでセリフやサンセリフの書体について習ったり文字と文字のスペースを変えていく概念についてつまり異なる文字のコンビネーション手法など素晴らしいフォントの作り方を学問として学びました。フォントは、美しく、歴史的にも、芸術的にも、科学で把握できないほどの緻密さでしたのでそれは私にとって魅力的な発見となったのです。 <br>フォントは、人生の役立つという期待すらありませんでした。しかし、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する時にその知識が役に立ち、マックの設計に組み込むことにしました。こうして初めて美しいフォントを持つコンピュータが誕生したのです。もし私が大学であのコースを寄り道していなかったら、マックには複数の書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるマネに過ぎないのでこうしたパソコンがいま世界に存在しないかもしれません。もし私が大学を退学していなかったら、あのカリグラフィの授業に寄り道することはなかったしパソコンには素晴らしいフォント機能がないかもしれない。もちろん大学にいた頃の私には、未来を見据えて点と点をつなげることはできませんでした。しかし10年後に振り返えると、とてもハッキリ見えることなんです。<br><font color="#00BFFF">もう一度言います。未来に先回りして点と点をつなげることはできない。君たちにできるのは過去を振り返ってつなげることだけなんだ。だから点と点がいつか何らかのかたちでつながると信じなければならない。自分の根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自信を持って思うままに生きることができます。たとえ人と違う道を歩んでも、信じることが全てを変えてくれるのです。</font><br><br><br><font color="#00BFFF">２つ目は、愛と敗北についての話です。 </font><br>自分が何をしたいのか人生の早い段階で見つけることができたことは幸運でした。実家の車庫でウォズとアップルを創業したのは、私が２０歳の時でした。私たちは仕事に没頭し、１０年間でアップルはたった２人の会社から４千人以上の従業員を抱える２０億ドル企業に成長しました。私たちは最高傑作であるマッキントッシュを発表しましたが、そのたった１年後、３０歳になってすぐに、私は会社をクビになってしまいました。自分が始めた会社を首になるなんて不思議ですが、こういうことなんです。アップルの成長にともなって、私は一緒に経営できる有能な人間を雇い最初の１年はうまくいっていました。しかし、やがて将来ビジョンについて意見が分かれ、仲たがいに終わったのです。取締役会は彼に味方し、私は３０歳にして会社を去りました。まさに社会的に追放された感じでした。私の人生のすべてを注ぎこむものが消え去ったわけで、それは心をズタズタにされた状態になりました。<br>数ヶ月は本当にどうしたらいいのか分かりませんでした。自分が前世代の起業家の実績に傷をつけてしまい、手渡されたリレーのバトンを落としたように感じました。私はデイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスに会いひどい状態にしてしまったことをお詫びしようとしました。まさに社会的脱落者となりシリコンヴァレーから逃げ出そうと考えたほどです。しかし自分がやってきたことをまだ愛していることに少しづつ気づきました。アップルの退任劇があってもは私の気持ちは全く変わらなかったのです。私は会社で否定されても、私はまだ好きだったのです。だからもう一度やり直すことに決めたのです。<br>その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは、自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者の重圧が消え、再び初心者の気軽さが戻ってきたのです。あらゆるものに確信はもてなくなりましたが。おかげで、私の人生で最も創造的な時期を迎えることができたのです。<br>その後の５年間に、私はネクストという会社とピクサーという会社を設立しましたし、妻となった素敵な女性と恋に落ちました。ピクサーは世界初のコンピュータによるアニメーション映画「トイ・ストーリー」を創りました。いま世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。思いもしなかったのですが、ネクストがアップルに買収され私はアップルに復帰することになり、ネクストで開発した技術は現在アップル再生の中核的な役割を果たしています。さらには、ロレーヌと私は素晴らしい家庭を一緒に築いています。<br><font color="#00BFFF">ここで確かなのは私がアップルをクビになっていなかったら、こうした事は何も起こらなかったということです。それは大変苦い薬でしたが、患者には必要だったのでしょう。人生には頭をレンガで殴られる時があります。しかし信念を失わないこと。私がここまで続けてこれたのは、自分がやってきたことを愛しているからということに他なりません。君たちも自分が好きなことを見つけなければなりません。それは仕事でも恋愛でも同じこと。これから仕事が人生の大きな割合を占めるのだから、本当に満足を得たいのであれば進む道はただひとつ、それは自分が素晴らしいと信じる仕事をやること。さらに素晴らしい仕事をしたければ、好きなことを仕事にすること。もし見つからないなら探し続けること。落ち着かないこと。心の問題と同じで、見つかったときに分かるものですし、愛する仕事というのは、素晴らしい人間関係と同じで、年を重ねるごとに自分を高めてくれるものです。だから探し続けること。落ち着いてはいけない。</font><br><br><br><font color="#00BFFF">３つ目は、死についての話です。</font><br>私は１７歳の時、こんな感じの言葉を本で読みました。「毎日を人生最後の日だと思って生きてみなさい。そうすればいつかあなたが正しいとわかるはずです。」これには強烈な印象を受けました。それから３３年間毎朝私は鏡に映る自分に問いかけてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だしたら今日やる予定のことは私は本当にやりたいことだろうか？」それに対する答えが「ノー」の日が何日も続くと私は「何かを変える必要がある」と自覚するわけです。<br>自分がもうすぐ死ぬ状況を想像することは最も大切な方法です。私は人生で大きな決断をするときに随分と助けられてきました。なぜなら、他人からの期待、自分のプライド、失敗への恐れなど、ほとんど全てのものは…死に直面すれば吹き飛んでしまう程度のもので、そこに残るものだけが本当に大切なことなのです。自分もいつかは死ぬと思っていれば、何か失うのではかないかと危惧する必要はなくなるので、私の知る限りの最善策です。失うものは何もない。思うままに生きてはいけない理由はないのです。<br>今から1年ほど前、私は癌と診断されました。朝の７時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。医師たちは私に、これはほぼ確実に治療ができない種類の癌であり、余命は３ヶ月から６ヶ月と言いました。そして家に帰ってやるべきことを済ませるよう助言しました。これは医師の世界では「死」を意味する言葉です。それは、子供たちに伝えた１０年分のことを数カ月で済ませておけ、という意味です。それは、家族が心安らかに暮らせるよう全て引継ぎをしておけ、という意味です。それは、さよならを告げる、という意味です。<br>私はその診断書を一日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方に生体検査を受けました。喉から内視鏡を入れ胃から腸に通してすい臓に針を刺して腫瘍の細胞を採取しました。私は鎮静状態でしたので、妻の話によると医師が顕微鏡で細胞を覗くと泣き出したそうです。というのは、すい臓ガンとしては珍しく手術で治せるタイプだと判明したからなんです。こうして手術を受け、ありがたいことに今も元気にです。<br>これは私がもっとも死に近づいた瞬間で、この先何10年かは、これ以上近い経験がないことを願います。こうした経験をしたこともあり、死というのが有用だが単に純粋に知的な概念だった頃よりも、私は多少は確信も持って言えます。<br>誰も死にたいと思っている人はいません。天国に行きたくても、そこに行くために死にたい人はいません。それでいて、死は誰もが向かう終着点なのです。かつて死を逃れられた人はいない。それはそうあるべきだから。なぜなら「死」は「生」による唯一で最高の発明品だから。「死」は「生」のチェンジエージェントだから。つまり古いものが消え去り、新しいものに道を開ける働きです。いまの時点で、新しいものとは、君たちのことです。でもいつかは、君たちもだんだんと古くなり、消え去るのです。あまりにドラマチックな表現なのですが、それが真実なのです。<br><font color="#00BFFF">君たちが持つ時間は限られている。人の人生に自分の時間を費やすことはありません。誰かが考えた結果に従って生きる必要もないのです。自分の内なる声が雑音に打ち消されないことです。そして、最も重要なことは自分自身の心と直感に素直に従い、勇気を持って行動することです。心や直感というのは、君たちが本当に望んでいる姿を知っているのです。だから、それ以外のことは、全て二の次でも構わないのです。</font><br><br>私が若い頃、全地球カタログという驚くべき出版物があった。私の世代の必読書の一つだった。スチュアート・ブランドという人物が、ここからそう遠くないメ ンロ・パークで制作し、詩を思わせる作風を施して世に送り出した。1960年代後半でパソコンもそれによる印刷もなく、タイプライターとはさみとポラロイドカメ ラだけで作られていた。グーグル誕生の35年前のペーパーバック版グーグルのようなものだ。理想に満ちていて、巧妙な道具や偉大な概念が溢れている。<br><br>スチュアート達は全地球カタログの版を幾つか重ね、自然な成り行きとして最終版を迎えた。それは70年代半ばで私は皆の年齢だった。最終版の裏表紙は朝の 田舎道の写真で、冒険好きがヒッチハイクをしていそうな場面だ。その下にこんな言葉がある。「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」。これはスチュアート達が活動を終えるに当たっての別れの言葉だ。ハングリーであり続けろ。 愚かであり続けろ。そして私は常にそうありたいと願ってきた。そして今、皆が卒業して新たに歩みを始めるに当たり、皆もそうあって欲しいと思う。<br><br><font color="#00BFFF">ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。</font><br><br>ご静聴どうもありがとう。
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<link>https://ameblo.jp/mindobedient/entry-11039910226.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Oct 2011 18:43:59 +0900</pubDate>
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<title>steve jobs</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111006/17/mindobedient/74/32/p/o0800053711529568383.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111006/17/mindobedient/74/32/p/t02200148_0800053711529568383.png" alt="$enjoy my life-steve jobs" border="0"></a><br><br><br>「明日死んでも後悔しないように<br>毎日を生きる」<br><br>「今日やることは明日死ぬことになっていたとしても<br>本当にすることなのかを考える」<br><br>日本に禅の修行にくるかmacを作るかで<br>悩んでアップル社を立ち上げたsteve jobs<br><br>真理を追求して人生をいきた人<br><br><br>大失敗も大成功もしてるsteve jobs<br>かなりの損益をだしてしまい会社を一度追い出されて<br>再度アップルに戻って来た時は、<br>アップルは死にかけそうな会社だった。<br>そこから当時にはハイセンスなimacを<br>低価格でつくり、家庭に一台を実現させ<br>一気にアップルを蘇らせた。<br>そこからは音楽を課金制ダウンロード方式で定着させたり<br>ipod ipad iphonなどなど<br>世界に与えた影響は計り知れない。<br>実はピクサーの創始者でもあり<br>（アップル社を追い出された後）<br>トイストーリーやファインディングニモも<br>手がけている。<br><br><br><br><br><br>私はmacユーザー<br>macの創造性やユーモア<br>そして機能的なのにデザインがシンプルなところがとても好き<br>たまに調子が悪くなるけど<br>そこもまた人間ぽくって<br>愛着をもって接することができて好きだった。<br>誕生日にはハッピーバースデイ画面が出て来たり、<br>マシンが調子悪い時のsad macとか（泣いてるmacアイコン）<br>一部の人しか使えないパソコンから<br>みんながわかりやすく使えて、<br>家族のように親しみがもてるパソコンを<br>パソコンがなかった頃から思い描き、<br>macとして実現させた。<br><br>私は仕事を通して長い時間を過ごしてきた相棒。<br>この相棒がいなかったら私はこの仕事についていなかった。<br><br>だからこのmacを生み出してくれた<br>steve jobsにとても感謝しています。<br><br><br><br>ありがとう<br><br>やすらかにお眠りください<br>
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<link>https://ameblo.jp/mindobedient/entry-11039864939.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Oct 2011 17:57:14 +0900</pubDate>
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<title>虹</title>
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<![CDATA[ 虹を見ました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/026.gif" alt="虹"><br><br>10/1にふと窓を見ると<br>見てと言わんばかりの<br>2重になった大きな虹がかかっていました。<br>そして生まれて初めて虹の麓を見ました。<br>いつもは遠くにかかっていて麓なんて見れないのですが、<br>今回は川を挟んで対岸にあるホテルよりも手前に虹が見え<br>川から上っていくキレイな虹に感動<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/026.gif" alt="虹"><br>マゼンタも入っているように感じました。<br>何かのメッセージだな～って思っていたら<br>私にとって大事なことも知る日でした。<br>知ることが出来てよかったです。<br>私に教えてくださっためいさん、ありがとうございます。<br><br><br>そして、雨は一度も降らなかったのに<br>今日虹を2度みました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/026.gif" alt="虹"><br>これも生まれて初めて。<br>過剰虹というたくさん色が見える虹。<br>もう差し迫って来たんだと実感。<br>私の中でも一つのゴールまで最終段階です。
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<link>https://ameblo.jp/mindobedient/entry-11038959249.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Oct 2011 18:22:45 +0900</pubDate>
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<title>お庭広くなりました〜</title>
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<![CDATA[ <div style="WIDTH: 325px"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110914/08/mindobedient/0d/c7/p/o0320024011482018615.png"><img alt="ピグライフ スナップショット" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110914/08/mindobedient/0d/c7/p/o0320024011482018615.png" border="0"></a><div style="TEXT-ALIGN: right"><a href="http://pigg-life.ameba.jp/user/mindobedient/" target="_blank">→ピグライフのお庭へ</a></div></div><br><br>遊びに来てね～
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<link>https://ameblo.jp/mindobedient/entry-11017400323.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Sep 2011 08:54:06 +0900</pubDate>
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<title>家族の座</title>
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<![CDATA[ 昨日、家族の座を初体験。<br><br>自分や自分の家族がどういう関係を築いているのか<br>今、自分や家族がそれぞれの家族をどう思っているのかを<br>そこに参加した数人の方と一緒に感じて<br>客観的にみていくというものでした。<br><br>だんなさんとの関係をみたのですが、<br>ばっちりと正面切って向かい合ってる関係でした（笑）<br><br>先生が「これは苦しいね～」と一言<br><br>そう、確かに苦しい（笑）<br><br>監視し合って目を背けない関係って<br>お互い気が抜けない。<br>だって本当に24時間一緒の生活だったのだから（笑）<br><br>9月に入って仕事場を自宅に変え<br>少しお互いにとっていい距離にして<br>私はオーラソーマを始めて<br>私の心に新しいスペースが出来始めたところでした。<br><br>とっても家族の関係がわかりやすく<br>どういう関係に自分がなりたいのかも<br>理解できました。<br><br><br>スピリチュアルなことは<br>神秘的で不思議なイメージがありますが、<br>本来はただ普通に今の生活をしていくことが既にスピリチュアル。<br>スピリチュアル系の本は私にとっては言葉が難しく<br>本当の意味で理解するには時間がかかります。<br>もっとわかりやすい言葉で日々の生活の中から<br>伝えられるスピリチュアル。<br>それが私が目指している所なんだと<br>家族の座を体験してみて実感しました。<br>素敵な体験をさせてくれてありがとうございました。<br><br>先生に出会わせてくれた高次元スタッフ達にありがとう。<br>家族の座で関わってくれた方々に感謝します。<br>私に色々な体験をもたらしてくれる私と出会ってくれた方にありがとう。<br>私の鏡である大切な家族、私に大事なことを教えてくれて感謝します。<br>本来の自分らしさに気付くことが出来た私自身にありがとう。<br>
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<pubDate>Thu, 08 Sep 2011 08:24:36 +0900</pubDate>
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<title>ダブルレインボー</title>
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<![CDATA[ 感動<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/026.gif" alt="虹"><br><br>本当にキレイな半円を描く2本の虹を見ました。<br><br>見てたら嬉しくて嬉しくて涙が流れました。<br>「うれしい、ありがとう」と言って泣く私は不思議だと思うけど、<br>ここ数ヶ月、虹の到来を待っていた私は本当に感動です。<br><br>家の窓から見てと言わんばかりに姿を現した虹は<br>本当にキレイでキレイで…。<br>川の真上に見えたかなり大きな虹はどこも途切れることなく<br>堂々としてとっても立派で美しい。<br><br>写真にはキレイに映らなかったけど<br>心のシャッターは切りまくりました。<br>この時の時間を大切にします。<br><br><br>今回の雨で氾濫していた川の上に<br>あんなキレイなダブルレインボーが現れるなんて<br>なんてメッセージ性が強い現象だろう。<br><br>浮かんだボトルは<br>セラピスベイ<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110906/19/mindobedient/6f/0e/j/o0083014311466494948.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110906/19/mindobedient/6f/0e/j/t00830143_0083014311466494948.jpg" alt="$enjoy my life-セラピスベイ" border="0"></a><br><br><br><br>浄化と虹の戦士<br><br>セラピスベイがボトルの中に現れた時は<br>人生における重大な何かが明らかになる時。<br><br>虹を見る時は目覚める時だと思っていました。<br>私にとうとう目覚めの時、到来です。<br><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 06 Sep 2011 18:25:02 +0900</pubDate>
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