<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>minの働くママブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/minorigohk/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>海外在住の新米ママ。40すぎの高齢出産に挑んだ働くママが日々の生活をつづります。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>近頃のSNS</title>
<description>
<![CDATA[ <p>何年かぶりの投稿。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の記録のために。</p><p>&nbsp;</p><p>ここ数年で、少しずつ変化してきた、</p><p>SNSを使いこなし、</p><p>うまく付き合うための</p><p>距離感について</p><p>近頃思うことを書いていきます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>海外在住という</p><p>特殊な生活環境の中で、</p><p>義家族との付き合いかたや</p><p>文化や言葉の違いからくる</p><p>生活上のもどかしさや</p><p>ローカルグルメ・お得情報</p><p>などを分かち合える</p><p>国際結婚した海外在住の</p><p>日本人妻グループなるものに</p><p>参加していたこともありました。</p><p>&nbsp;</p><p>子どもを授かってから、</p><p>初体験のことばかりで</p><p>赤ちゃんのお世話から、</p><p>病気のときの対応、</p><p>身長体重以外に</p><p>成長の指針となる、</p><p>ことばや表情、遊び方、</p><p>果ては早期幼児教育など</p><p>悩みは尽きなかったものです。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな子ども関連の話題を中心に</p><p>情報交換や、気持ちを分かち合える</p><p>（と思っていた）</p><p>一時期は”ママ友”なるものを</p><p>持ったこともありました。</p><p>&nbsp;</p><p>2年前に転職のため</p><p>にアジア内で移住しましたが、</p><p>間もなくコロナ渦に突入したので、</p><p>そうした”ともだち”の輪を</p><p>広げる機会も多くないため、</p><p>むしろおうち時間が増え、</p><p>家族の繋がりが強くなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そんな人生が回っていく中で、</p><p>知人・友人、果ては見知らぬ人と</p><p>SNSでの繋がりも増えていきました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>SNSの利点だと思う点は、</p><p>&nbsp;</p><p>1.旧友との近況報告：</p><p>あえて連絡を取らずとも、</p><p>SNS上で近況を投稿し合い、</p><p>直接・間接的にお互いを</p><p>知りえることができるところ。</p><p>&nbsp;</p><p>2.間接的な知り合いと繋がれる：</p><p>ひょんなことから、友達の友達と</p><p>つながっていたことが判明して</p><p>そこから簡単にSNS上でも</p><p>繋がるようになれること。</p><p>&nbsp;</p><p>3.レアな人脈に活用：</p><p>単発のイベントや勉強会、セミナーなどで</p><p>ご一緒した縁で</p><p>普段ならなかな知り合うことのないだろう方々と</p><p>SNS上で繋がっていられること。</p><p>&nbsp;</p><p>4.同志のつながり：</p><p>SNS上で共通の趣味や境遇の方と</p><p>グループを作成して情報交換したり、</p><p>悩みを解決しあえたりできるところ。</p><p>&nbsp;</p><p>5.ブログ読者として繋がれる：</p><p>ロックのかかっていないブログで</p><p>いいねやコメントを開放している</p><p>ブロガーさんと</p><p>ブログ読者として繋がれる。</p><p>&nbsp;</p><p>などが上げられるでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そのような利点もある反面で、</p><p>最近思うところがあって、</p><p>次第に違和感を覚えているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>私が思うマイナスな点は、</p><p>&nbsp;</p><p>1.希薄：</p><p>表面上でしか知りえないし、</p><p>その人となりは判断できない</p><p>&nbsp;</p><p>2.独りよがり：</p><p>SNSで上げられる投稿やブログは</p><p>基本的には個人の思いや悩み、</p><p>人に見せたい日常を</p><p>写真や動画を取り入れながら</p><p>つづっています。</p><p>本来なら個人的に記し、</p><p>それを思い出としての記録や</p><p>もしかしたら内省に利用できるであろう</p><p>つれづれ日記を、</p><p>見ず知らずの他人に晒している</p><p>ということです。</p><p>&nbsp;</p><p>3.時間泥棒：</p><p>2.に関連して、それを</p><p>読んでいる側からすると、</p><p>そのための時間を割いていますので、</p><p>読者（または友人・知人）にとって</p><p>何の利益も享受できないと思えば、</p><p>それは単なる時間泥棒です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>マイナス点については</p><p>辛辣なことを書きましたが、</p><p>実はこれは私が</p><p>最近少しずつ</p><p>違和感を覚えていることなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>この時間があれば、</p><p>もっと有意義なことに使えただろう、</p><p>と思うことが多くなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで、SNSの断捨離を行い、</p><p>とあるSNSグループからの脱退、</p><p>友達解除、</p><p>ブログのフォロー解除をして</p><p>大分すっきりしてきました。</p><p>&nbsp;</p><p>本当に繋がっていたいと思える人とは</p><p>他のツールで連絡を取ることもできますし、</p><p>むやみやたらに、不必要に、</p><p>晒しすぎることもなく、知りすぎることもなく、</p><p>大人の距離感が取れていると感じます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>また、子どもが6歳、3歳8か月になって</p><p>大分手が掛からなくなり、</p><p>仕事に、自分の将来に、</p><p>有益なことに時間を</p><p>使えるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>たまには息抜きでそういった</p><p>SNSを閲覧したり、</p><p>たまには私も投稿していますが、</p><p>心がけていることがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>違和感を持ち始めたら、</p><p>その気持ちを吟味して</p><p>SNSの繋がりの棚卸をすること。</p><p>自分が投稿するときは、なるべく</p><p>閲覧した方が少なくとも、</p><p>アンハッピーになるようなことは</p><p>載せないこと。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この記事はきっと</p><p>読者はついていないので、</p><p>もし何かのきっかけで</p><p>読むことになった場合、</p><p>違う意見をお持ちなら、</p><p>嫌悪を抱かれるかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>それは私の意図することでないのですが、</p><p>人はみな同じではありませんので、</p><p>仕方のないことですね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>どれが良い、悪い、と</p><p>言い及ぶこともしませんが、</p><p>私は、、、この思いが強くなってきたので、</p><p>自戒も込めて記しておくことにします。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12702036895.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Oct 2021 21:19:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>十何年ぶりの〇〇からの解放、不思議な体験</title>
<description>
<![CDATA[ 先週から日本の家族が娘に会いに来ていた。<br>子供っぽくて我が道を貫く、要求の多い面倒な父と、<br>物静かで穏やかで、家事や育児に積極的に手助けしてくれる弟の二人を、<br>観光ブックには載っていない、<br>自然溢れる土地へハイキングに出かけたり、<br>夜景の素敵なレストランで、美味しいものを堪能したり、<br>私なりに知恵を絞って、6日間のアテンド終了。<br><br><br>アテンド後に疲れが出ることを見越して、<br>3日間の自分のための休みを取っていた。<br><br>しばらく行けなかったフェイシャルやマッサージ、ネイルの手入れに費やした。<br>また、2,3年後のキャリア準備のため、<br>あるシニアマネージャーと対話する機会を設けることもできた。<br><br><br>週末に入り、通常の子育て中心の日々を過ごし、いつもより張り切りすぎて、娘を遊ばせたためか、左肩を痛めてしまった。<br>また長い付き合いになる肩こりとも相まって、夜には吐き気を催すほどの痛みになってた。<br><br><br>遊び疲れてぐっすり眠ってしまった娘を傍らに、久しぶりに旦那と話す時間があった。<br><br><br>今抱えている不安、取り巻く環境、近い将来の計画などについて語り合った。<br><br><br>夕飯も早めに済ませ、余裕があったので、短いヨガストレッチをし、ゆったりと眠りについた。<br><br><br>今朝起きると、不思議なことに、あれ程酷かった肩こりと左肩の痛みが消えていた。<br>いつもと何が違っていたのか、前日の寝る前のプロセスを思い返してみた。<br><br><br>1.夕飯を早めに済ませた<br>2.ヨガストレッチをした<br>3.旦那と語り合った<br>4.ケータイをいじらなかった<br><br><br>これらがいつもの夜とは違うことだった。<br>どれも科学的に検証はできないが、<br>効果があったので、是非シェアしたい。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12210543885.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Oct 2016 13:04:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>幼児の病気の対応</title>
<description>
<![CDATA[ 昨日、日系スーパーで旦那と買い物していると、突然初老のご婦人が声を掛けてきた。<br><br>あの、すみません。<br>日本語が聞こえてきたものでお聞きしたいのですが、<br>こちらに長くお住いの方なんですか?<br>と。<br><br>聞けば、実の娘が東京出張中、孫の世話を頼まれ日本からやってきたのだが、<br>孫が風邪をひいたらしく、日本の薬を販売している薬局を知りたいとのこと。<br><br>確かにベビーカーには幼女が座っており、<br>コンコンと咳をしている。<br><br>とりあえず、不確かだが販売しているかもしれない薬局を教えて別れた。<br><br><br>しかし、幼女のことを思うと心配になり、<br>旦那も同じ気持ちだったので、<br>まだ店内にいらっしゃるであろうあのご婦人を探し、<br>一緒に近所の小児科医院に付き添い、通訳しましょうかと、声を掛けてみた。<br><br>すると丁重にお断りされた。<br>理由は、余計なことをして実の娘に叱られるから、とのことだった。<br>なんでも、孫が朝方から発熱していたので、出張中の娘に伝えたところ、<br>あと二日後に帰宅するので、それまで医者には行かず様子を見ていてくれと言われた、と。<br><br>土地勘もなく、言葉も不自由しているご婦人が、あの後どうなったのかは知る由もない。<br><br>ただ思うのが、素人判断で幼児の症状を風邪と断定し、様子を見るということが<br>どれだけ危険を孕んでいるか、よく考えて欲しかった。<br><br>実際、以前娘のかかっていた小児科医院で見かけた1歳くらいの女の子は、<br>見た目はただの風邪の症状のようだったが、医師から大病院に即入院手続きを取りなさいと言われていた。<br><br><br>ちまたにはインターネット情報が氾濫している。<br>例えば、子供は本来免疫力があり、薬に頼らず自然治癒させることがよいとか、<br>とても良く似た症状でも、重軽度の全く異なる病気の検索結果が出たりする。<br><br>どの情報も、信じて最終的に判断するのは自分だ。<br>闇雲に医者を盲信するのも行き過ぎだが、少なくとも私達が冷静に観察した症状を医者に正しく伝えれば、医師が診断してくれるのだ。<br><br><br>情報も病院も、私達が賢く選択しなければ。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12207842363.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Oct 2016 19:59:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ワーキングマザーのジレンマと揺らぎ、そして決意</title>
<description>
<![CDATA[ <p>働くママでも専業主婦ママでも、悩む内容に違いはあれど、</p><p>ママなら誰でも、子供の成長の節目ふしめで悩みを抱えるのが常だろう。</p><br><br><p>私はフルタイムで働くママで、いわゆる"仕事と育児の両立"に大いに悩みを抱えている。</p><p>というより、やりたいこととやらなければならないことが</p><p>頭では理解できていても、腹を据えられないといったところだ。</p><br><br><p>私は元来仕事が大好きで、</p><p>いつでも現役でバッターボックスに立ち、フルスイングで真っ向勝負をしていたいタイプ。</p><p>それが４０を過ぎて授かった娘ができた途端、生活が一変した。</p><p>子供中心の生活になることは容易に受け入れられるだろうと予測はしていたものの、</p><p>１２０％の力で仕事に打ち込みたい衝動に駆られ、それができないでいることにどうしても焦ってしまう。</p><br><br><p>今日のランチで、同僚女性二人が"最近とっても疲れてるの"と、</p><p>目の下にクマを作り、化粧のりの冴えない面持ちで話していた。</p><p>それが私の目にはすごくまぶしく映っていたのだ。</p><br><br><p>一人は独身、もう一人は既婚で子供なし。歳は３０代前半で、まさに</p><p>仕事にも恋愛にも、習い事にも遊びにも、好きなだけたっぷり時間を費やせ、</p><p>体力的にも女性の魅力的にも十分脂ののっている年代だ。</p><br><p>彼女たちは、どんな問題解決や面倒な調査や会議にも率先して手を挙げ、</p><p>積極的に仕事に取り組んでいる。</p><p>もちろん、上司からもとても頼りにされているし、仕事を任されることも多い。</p><br><p>一方で彼女達から見たら、私など気楽なワーキングマザーに映っていることだろう。</p><br><p>多忙期を除きほぼ毎日６時には退社し(上司も了解済み)</p><p>自分の中では８０％程度にセーブして必要な仕事だけこなし、</p><p>愛する家族と一緒に過ごす時間に比重をおいている。</p><br><p>約3か月間の産休明けには、離乳食が始まる月齢までの間の授乳を理由に、</p><p>特別措置として3カ月間の半日出勤を取らせていただき、</p><p>その間も、日常通例業務以外の仕事からは外してもらっていた。</p><br><br><p>理解のある上司に、協力的な同僚、いつでも全力で支えてくれる夫、</p><p>すくすくと太陽のように明るく元気に育っている娘、</p><p>これ以上の何を望むというのだろう！</p><br><br><br><p>あるママ友の一人が今日、FBにこんな投稿をしていた。</p><br><p>パートタイムとフルタイムの中間くらいの立場で仕事を始めたいと思っているが、</p><p>上の子は地元の幼稚園に通い、下の子は日中フィリピン人の住み込みのお手伝いさんに見てもらい、</p><p>土曜はママと過ごし、日曜日は家族で過ごすという中で</p><p>子供たちの言語が統一されず、母国語である日本語が疎かになり、</p><p>どれも中途半端になるのではないか、と懸念している。と。</p><p>また、日本人小学校・現地の小学校・インターナショナルスクール、どこに入れようか、</p><p>でもお金がないからインターナショナルスクールは無理だから、</p><p>今から悩んでいる、と。</p><br><p>それに対して他のママ友たちのコメントが続く。</p><br><p>私も同じ悩みを抱えている、今度みんなで相談会しよう！</p><p>私も！わたしも！</p><p>うん、そうしよう！と。</p><br><br><p>かく言う私も国際結婚で、子供の言語については生まれる前から悩むところであったので、</p><p>気持ちはよくわかるつもりだ。</p><p>家庭、学校、社会、それぞれで違う言語を話していて子供が混乱し、</p><p>どれも中途半端になって大人になってから言語で苦労するのでは、とか、</p><p>どの学校に進学させたらいいか、お財布事情も考慮しながら決めないといけない、など。</p><br><br><p>ただ私は産前に良書に出会うことができたと思っている。</p><p>毎日30分の語りかけが子供の言語教育のみならず、絆を深めることにも役に立つとあった。</p><p>父母間で母国語が違う場合、それぞれの母国語で一人ずつ子供に話しかける時間を設ければ、</p><p>一歳までには母国語特有の発音をそれぞれ身に付けられる、と。</p><p>その良書を信用し日々継続してきたわけだが、</p><p>私と接する実質時間は他の言語より少ないにもかかわらず、</p><p>娘は私たちの母国語を理解しているようだし、現地人のベビーシッターさんにもよくなついている。</p><br><br><p>この事実を鑑みて上記のママ友の投稿を読むと、</p><p>子供の言語が統一されないことが果たして子供の混乱を招き、ママの悩みにまで発展する事柄なのか、</p><p>私には疑問に思えてしまった。</p><p>それに、仕事が大好きな私からしたら、このママ友の、まだ就職活動もしていないうちから</p><p>仕事に対して中途半端な姿勢をとっていることが、どうしても共感できないのだ。</p><br><br><br><p>今日、こうした二つの出来事が重なり、</p><p>私にとって仕事と育児の両立とは何なのかよく考えさせられた。</p><p>そしてこんな決意をすることができた。</p><br><p>仕事とは、、、自己実現の場ではなく、生活上必要な手段。</p><p>育児とは、、、子供を一人前の大人として世に送り出すための、親としての責任。</p><p>私のやるべきこと、、、真っ当な経験者から良い情報を取捨選択し、親としての責任を全うする。</p><p>これからの私、、、家族の時間を最優先し、健康に留意して人生を楽しく過ごす。</p><br><br><p>仕事に熱中するあまり、目の下にクマを作り、休日でも遅寝遅起き、</p><p>ストレスからジャンクフードに手を伸ばしては吹き出物を増やす、なんていう疲れた母親はどうだろう？</p><br><p>解決の糸口を探すわけでもなく、同士でつるんでは夫の悪口大会を楽しむ、その場しのぎの母親はどうだろう？</p><p>&nbsp;</p><br><br><p>仕事は他の誰かに交代できても、娘にとって母親は私一人なのだ！</p><p>いつか、いつの日か、この日々が私の血肉となって深みのある人間になれたらいいな、と思う。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12199686648.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Sep 2016 20:54:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>育児のプレッシャー</title>
<description>
<![CDATA[ 生真面目な性格で、自分で満足が行かないとイライラしたり、<br>一番身近な夫に八つ当たりしたりプチ切れする、タチの悪い私。<br><br>自分でもよーおく理解しているつもり。<br><br>こんな性格ゆえ、母になることにとっても抵抗があった。<br>私の中の母親像は自分の母そのものだったので、私になんか母になれないと思っていた。<br><br>私の母は働き者で、外ではいつも微笑みを浮かべて穏やかで、波風立てず、御先祖の御参りや、近所さん、お世話になった人への御礼を欠かさない、律儀で奥ゆかしい女性だった。<br><br>家では、娘である私にはとても厳しかった。私はおてんばで男の子のような動き回る子供だったので、将来を案じていたのだろう。<br>所作の一つ一つ、礼儀などには特にうるさかった。<br><br>母はいつも自分のことは二の次にして、夫である私の父を立て、子供のことをいつも心配し、私が物心つく頃から働きながら育児と家事もこなしていた。<br><br>私が国際結婚することも、海外に移住することも、全く反対することなく送り出してくれた理解のある母だった。<br><br><br>私は結婚は早かったが、子供を持つまで10数年かかった。妊娠の準備をしようと思ったことはあったが、さほど本気で取り組まなかったし、夫が乗り気でなかったのもあって、時を逸してしまった。<br>というより、漠然と母になることー母のような立派な母になることーへのプレッシャーがつきまとっていた。<br><br><br>私は子供を持つことを本気で考え始めた時、仕事上でも岐路に立たされていた。<br>どうにも気持ちの整理がつかず、心が折れそうになっていた頃、カウンセリングを受けた。<br><br>カウンセラーからの背中を押す言葉に、自分をがんじがらめにしていた呪縛から、すーっと解放されるようだった。<br><br><br>minさんはminさんのままでいいんですよ。<br><br><br>子供が出来ても出来なくても、minさんはminさんのままです。<br><br><br>ママになったminさんもminさんのままでいいんです。<br><br><br>それからというもの、憑き物が落ちたかのように全てが動き始めた。<br><br><br>娘を出産後、もちろん楽なことばかりではなかった。<br>おっぱいを嫌がったり、噛まれて血が出たり、ミルクを飲んでオムツも替えたのに泣き止まず、夫から他人事のように'何で泣いてるの?'と質問攻めにあったり、<br>娘が風邪をひいて鼻水が酷く、仰向けで寝たがらないので朝まで抱っこしながら寝る日々が続いたこともあった。<br><br><br>それでもどうにか育児のプレッシャーから押しつぶされずにいるのは、<br>私は私のままでいい、立派な母のような母にならなくていいんだ、という言葉を言い聞かせているからだ。<br><br><br>自分のできる範囲のことを精一杯やって行きたいものだ。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12175367817.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Jun 2016 21:43:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>妊活</title>
<description>
<![CDATA[ ある有名人夫婦の妊活記事を読み、<br>思い立ってブログを書くことにした。<br><br><br>最近では有名人も妊活を公表して<br>妊娠までの道のりや、妊婦生活の様子、<br>出産シーンの放送、出産後の育児生活など<br>いろんな媒体を通して一般の方に披露している。<br><br>それ自体は特にコメントするつもりは無い。<br><br>ただし、それが私達に身近に感じ過ぎて、<br>まるで誰でも一定期間少し頑張れば妊娠でき、順調に妊婦生活を過ごし、<br>何もかもコピーできると勘違いしてしまいがちだ。<br><br><br>しかし、彼らが私達に見せているー見せられるーのはほんの一部に過ぎない。<br>その裏にある事情など晒されることもないだろう。<br><br><br>私の在住国の有名人男性は、数年前に50歳にして一児の女児のパパになった。<br>奥様は当時40代後半だった。<br>その後どうしても男の子が欲しかった有名人男性は、今年、体外授精にて奥様が妊娠に成功。<br><br><br>この報道は、世間の高齢妊娠に挑んでいる、または二度足を踏んでいた方たちを勇気づけただけでなく、<br>一部の方たちには、50歳になっても妊娠できるんだと、間違えた安堵感を植え付けてしまったかもしれない。<br><br><br>彼らが陰でどれくらいの時間と労力とお金を費やしたか、それを自分もできるだけの余裕があるか、<br>一歩下がって考えてみよう。<br><br><br>妊活を不妊治療と定義付けるなら、<br>まず1年以上自然妊娠が不能で不妊検査を受け、<br>何らかの原因があった場合と不明の場合を含め、医療的な措置をとることとする。<br><br><br>不妊検査は女性側は、<br>血液中のホルモン測定検査、<br>超音波で部位に異常がないか検査する方法、<br>子宮卵管造影検査、<br>男性側は精液を採取し、精子濃度や運動率、奇形率を検査する方法がある。<br><br><br>男性側はいつでも都合のいい時に検査ができるし、検査結果も比較的早く受け取れる。<br><br>ただし女性側は、どの検査も生理のタイミングに合わせてせねばならず、また段階を踏んで検査するので、すべての検査を終えるのに3ヶ月程要することがある。<br><br><br>費用も1件数千円ー数万円だ。<br><br><br>不妊治療にもいくつか段階と方法があって、<br>タイミング法、排卵誘発法、人工授精、体外受精、顕微授精となり、その混合もある。<br>例:排卵誘発剤を服用/注射してタイミングをはかるなど。<br><br>治療費用はその内容ごとに一回数千円ー数十万円。<br>その他、治療に伴う検査費、通院費や注射手技料、もちろん期間が長ければそれだけ費用はかさんでいく。<br><br><br>多くの不妊治療者は約1年治療を継続し、100万円以上かかるそうだ。<br>治療内容も高度になれば、それ以上かかることは想像に難くない。<br><br><br>不妊検査も不妊治療も時には痛い思いをするし、副作用もある。指定された時間に検査を受けたり注射を打ったり服用せねばならず、日常生活に大分縛りが出てくることがある。<br><br><br>普段仕事にあけくれ友達と毎晩飲み歩いていたダンナを、不妊治療に積極的に取り組ませるのには、夫婦間の強い意志と協力が必要だ。<br><br>仕事の忙しい働く女性も、仕事の合間に不妊治療のために通院しなければならない。<br>通院理由を会社に正直に伝え、周囲の温かい理解と協力を得られる職場ばかりとは限らない。短期限定ならまだしも、いつ成功するかも長期戦になるかもしれない治療を、バカ正直に伝える義務もないだろう。<br>ほとんどの場合、それ以外の理由をつけて遅刻・早退・中抜けをして少し後ろめたい気持ちで治療に励むことになるだろう。<br><br>そんなこんなで、精神的にも体力的にもタフで居続けなければならない。<br><br>例えばこうだ。<br><br><br>検査薬で治療が失敗したのを確認しては落ち込む。<br><br>夫に成功しなかったことを伝えると、<br>まるで他人事のように、また? <br>いつまでやるの? とでも言いたげに溜息混じりに素っ気なく、'そう、じゃあまたやり直しだね'、とケータイをいじりながら答える。<br><br>そうね、と答え、自分を奮い立たせてまた治療に挑む。<br><br>直ぐに病院に予約をし排卵誘発剤をもらい、<br>次の生理開始から誘発剤の注射を毎日決まった時間に打ち、卵胞の大きさが排卵に近づいたか、数日間通院しエコーで確認する。<br>その後も排卵予定日まで、増量された排卵誘発剤を毎日打ち続け、<br>排卵予定日前の指定日に夫は病院で精子を採取し、遠心分離器にかけた精子を子宮へ注入する人工授精を行う。<br><br>この方法が効果が出やすいと言われているのは5回目まで。<br>これで妊娠に至らなかった場合は、体外受精や顕微授精を受けることになり、培養した受精卵を子宮へ注入するのには人工授精以上に痛みが伴う。<br><br>これを平均1年続けるのだ。<br><br><br>病院選びも重要だ。通院しやすい立地と診療時間であることと、病院の実績や信頼度、医療体制や病院・医師陣の治療に対する考え方に賛同できるかなど総合的に判断する。<br><br>費用と夫婦の財布事情も考慮しなければならない。<br><br>検査薬で妊娠が確認できたとしても、<br>着床が続かなかったり、胞囊を確認出来ても成長しないなどの化学流産をすることもある。<br><br>排卵誘発剤の影響で多胎児妊娠になる場合もある。<br><br>また、胞囊が無事成長し安定期に入るまで2週間毎に検診を受ける。<br>高齢妊娠の場合、妊娠4-5ヶ月の間にダウン症の検査も受けることになるだろう。<br>安価で検査できるエコーでも、胎児の首の厚さや鼻の高さなどから判断できることもあるが、母体の血液検査で約98%の割合で判定できる検査方法は10万円以上する。<br><br><br>妊娠成功までがゴールではなく、その後も気の抜けない日々が続くのだ。<br>こうして見ると、全てがそう簡単にはいかないことが想像つくだろう。<br><br>それに、いくら妊娠成功率が〇〇%ですと言われても、病院側の過去の臨床実績であって、私たち個人個人の条件から計算された成功率ではないのだ。<br><br><br>こんなことを言ってはスピリチュアルにも程があると怒られそうだが、<br>私自身子供を持ってみて、やはり子供は授かりものだと実感する。<br>あの時期にお腹に宿ってくれたのも、あのタイミングで生まれてきたのも、彼女が選んで来てくれたと思えるようなことが多い。<br>私の周りで自然妊娠できた人たちの中で、気が張っているうちはなかなかできなかったけど、ちょっと緊張がほぐれた時に妊娠した、という人が多い。<br><br><br>さて、有名人のような妊活を本当にする必要があるのだろうか。<br>もっと人生設計を早くから考えて妊娠準備ができれば、高齢の諸リスクを負うこともない。<br>やむを得ず妊活を始める場合、精神的・体力的・経済的に覚悟はできているのか胸に手を当てて考えて欲しい。<br><br>妊娠も子育ても、基本的には有給休暇付きではない。ママの負担は想像以上だ。<br><br><br>私もまだ8ヶ月の新米ママ。<br>正しい情報を吟味して落ち着いた子育てをしていきたいものだ。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12174760683.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Jun 2016 01:11:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>子供のいる人生か、なしの人生か?</title>
<description>
<![CDATA[ 少子化社会と言われるようになって<br>一体どれくらい経つだろう。<br>結婚年齢も年々上がってきているし、<br>ましてや結婚しない方も増えている。<br><br>結婚したカップルの中でも<br>子供を持たないと決めている人達もいる。<br><br>かくいう私もかつてはその、<br>'子供を持たないと決めている人達'に入っていた。<br>しかしある時から、<br>子供のいる人生と、ない人生と、<br>どちらがどのように違うのか、<br>また、私達はどちらを選択したいのか、<br>それにはどんなリスクや負担がかかるのか、<br>といったことを、夫婦でとことん話し合った。<br>何度もなんども。。。<br><br>結果、子供のいる人生を選択すると決めたわけだ。<br><br>決定するまでに時間がかかったのは、<br>心の準備というか、腹を据える覚悟が必要だったからだ。<br><br><br>私達の場合結婚はとても早く、当初はお金の余裕はなかった。<br>夫の母国での新生活を始め、目まぐるしく変わるハイスピードの環境になれることや基本的な生活を自力で行えるようになること、<br>厳しい就職活動の中で提示された酷い採用条件(妊娠したら産休前に自主退職ーもちろん雇用法違反)、<br>平和ボケした生温い国から来た外国人の私を騙そうとするショップ店員、<br>なかなか現地の言葉を話そうとしない私に向けた、義兄弟からの心無い言葉、など、<br>逃げ出したいくらい悔しい思いをしたこともあった。<br>どんなに悔し涙を流しても、<br>信じ合い支え合いながら乗り越えてきた。<br><br>お金にも余裕ができ生活も安定してきた頃、母から子供を早く持つよう説得された。<br>しかし夫はまだ子供を持つ気にはなれず、話は決裂。<br><br>そうこうしているうちに私は仕事が忙しくなり、子供を持つ準備などできる状況になかった。もう妊娠適齢年齢を過ぎてしまった。<br>そこへ、ひょんなことから転職する機会に恵まれ、ワークライフバランスのとれた会社に入社。<br>そこから夫婦の今後の人生のあり方について、話し合うようになったのだ。<br><br><br>もう40歳だった。<br>高齢妊娠への大挑戦の始まりだ。<br><br><br>どのくらいの期間挑戦すればいいのか、<br>方法は? 費用は?<br>その間も妊娠できてからも、仕事をしながら体力は持つのか、<br>共働きでの子育てはどんなサポートが必要か、不安は尽きなかった。<br>それらについて調べ、ある程度納得したところで腹を括り、とにかく体当たりでやれるだけのことをして後悔はしないようにしようと決めた。<br><br><br>人生のうちの重大な選択は、あらゆる場面で迫られる。<br><br>就職、結婚、妊娠、出産、離婚、未婚で居続けること、子供を持たないこと、など。<br>どんな選択をしても途中で変更可能だが、こと妊娠、出産、子育てについては基本的にはそれができない。<br>また女性にとっては現実的なリミットがあり、いつか時期が来たら、とも言っていられない。<br><br><br>子供を持つか持たないか、いづれの選択をしたとしても、自己責任において決定することだ。<br>自然に子供に恵まれたとしても、産むと決めたのはあなただ。<br>子供を持てなくなってしまったとしても、子供を持つ選択をしなかったのはあなただ。<br><br><br>間違えの選択などない。<br>間違えた! と思うのはきっと、がむしゃらに向き合わなかったから後悔したんだ。<br><br><br>子供を持ったなら、現実的にも精神的にも親になっていく覚悟をしよう。<br>理想的ないい親になれというのではなくて、子供の保護者としての責任を取れる親になろう。<br><br>子供のない人生を送るなら、老後の生活を見据えて地に足をつけた生活をしよう。<br>一人になった後でも本当の意味の独りにならないよう、夫婦以外の友好な人間関係を築いていこう。<br><br><br>後悔のないように。。。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12173767066.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Jun 2016 17:57:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母乳保育って?</title>
<description>
<![CDATA[ 私のお世話になった公立病院は、<br>母乳保育を奨励していることもあって、<br>妊婦検診の待合室では、母乳保育に関する映像を流していた。<br><br>臨月に入った時の検診時は、<br>看護師が、8人ほどの妊婦を1グループとして、<br>母乳保育講習をしてくれた。<br>私は英語での講習希望だったので、<br>一番最後にマンツーマンで行ってくれた。<br><br>しかし、出産直後から母乳が豊富に出る人は多くはなく、<br>私もその例外ではなかった。<br><br>朝の母乳の出が一番多い時間で、最高90milにも満たないくらいだった。<br>これが新生児(生後1ヵ月未満)には一日3時間ごと、計6回与えるので<br>母乳も生成が追いつかず、午後からだんだん出が悪くなる。<br>妊娠前からお世話になっている産婦人科の先生によると、<br>赤ちゃんの吸引力は強力で、実際は搾乳機で出したより多く出ているそうだ。<br>また、あらゆる文献を読んでも、<br>赤ちゃんに与えれば与えるほど母乳が増えていく、とあったが、<br>黄疸が引かずにいたのもあって、ミルクと混合保育をしていた。<br><br>また、夜中の授乳は体力的に厳しいので、<br>口うるさい母のような、ベビーシッターのアドバイスもあり、<br>住み込みのお手伝いさんに、ミルクを上げるようお願いした。<br>結局、仕事に完全復帰するまでの5ヶ月間、母乳を与えた。<br><br><br>なぜそこまでして母乳にこだわったかというと、<br>母乳には、科学的には生成不可能な栄養分を含んでおり、<br>それが赤ちゃんへの免疫効果があるというからだ。<br><br>事実、お母さんから受け継いだ免疫が切れると言われる6ヶ月頃、<br>娘が鼻風邪をひいてしまった。<br><br><br>ママ友には完全母乳保育を全うした方もいるし、<br>1ヶ月足らずで母乳が出なくなってしまい、<br>ミルク保育をしていたママもいる。<br>私のようにミルクと混合保育をしているママも多い。<br>ミルクが出すぎて詰まってしまい、<br>おっぱいマッサージを受けたママもいる。<br><br>これは体質によって違うし、<br>その人に合った保育をすればいいと思う。<br>ママが心身健やかに赤ちゃんのそばにいることが、<br>一番肝心なことだ。<br><br><br>ある日のニュースで仰天したことがあった。<br>現代らしい事件といえばそうなのだろう。<br><br>ある新米ママが母乳が出ず、<br>買います売りますといったサイトで他人から母乳を購入したが、<br>実はその購入した母乳はただの市販のミルクだったというのだ!<br><br>見ず知らずの他人から、母乳を手に入れようとする行為や、<br>そういうママを逆手に取って、詐欺をする輩。<br>〇フ〇クなどで、iPhoneやバッグや洋服を売買する感覚で、<br>こうした人様の命に関わる、口に直接入れるものを簡単に売買するなんて!<br><br><br>たしかに子育ての中で手を抜けることはあるが、<br>その線引きは母親がしっかり持っていないとね。<br>子供を守れるのは親だから。<br><br>この事件のママはもしかしたら、<br>誰かに頼らず、独りで赤ちゃんの面倒を見る事情があったのかもしれない。<br><br>先人の知恵を上手く利用する意味でも、<br>肉親や親戚、ママ友、両親学級での学びや<br>有資格のベビーシッターなどから正しい情報を適切に吟味して受け取ることも必要だ。<br><br>その上で、自分の体質と体力などを鑑みて熟慮し、<br>母乳保育、ミルク混合保育、ミルク保育を状況に応じて決めていくのがいいだろう。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12172271644.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Jun 2016 14:55:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>出産後ー３か月</title>
<description>
<![CDATA[ <p>出産後、会陰切開の縫合や赤ちゃんの基本的な測定や検査が終わると、</p><p>赤ちゃんを小脇にくるんだ状態でベッドに横たわり、別病棟へ移動した。</p><br><p>小一時間ほど前までは、陣痛に耐えながら</p><p>こうして生まれたばかりの赤ちゃんを</p><p>いとおしそうに小脇にくるんだママたちが分娩室から出てくるのを、</p><p>横目で見ていたのが、まるで随分以前のことのようだった。</p><br><p>大部屋に移され、６時間以内にたくさん水を飲むように言われ</p><p>その頃合いに看護師がやってきて、ベッド上で容器に用を足した。</p><p>まだベッドから降りることは許されなかった。</p><br><p>看護師から、赤ちゃんのおしっことうんちの色やおむつの交換時間と</p><p>母乳を与えた時間をチェックリストに記入するよう指示される。</p><p>また母乳保育を希望していたので、母乳保育コンサルタントがやってきて</p><p>母乳の与え方を教示してくれた。</p><br><p>しばらくして、看護師から自力でトイレに行く許可が出て立ってみたものの、</p><p>身体全体が激しい筋肉痛に襲われて、呼吸も浅くせざるを得ず、</p><p>さらに会陰切開の傷口が痛み、陣痛から出産まで徹夜で大仕事を終えた身には</p><p>とてもこたえた。</p><p> </p><p>まるで交通事故にでもあったような感覚だ。</p><p> </p><p>陣痛から出産までは約６時間ほどと、初産の平均よりだいぶ下回るにもかかわらず、</p><p>こんなに体力が消耗するとは、考えもしなかった。</p><br><p>食事の時間帯と、赤ちゃんの検診の時間帯になると看護師がやってきて</p><p>会陰切開の傷口の痛み止めを処方し、赤ちゃんの黄疸が出ていないか、</p><p>おむつの交換時間と母乳の飲み具合を確認していた。</p><br><p>３時間おきに母乳を与えるのだが、母乳を与える時間が合計３０分、</p><p>次の母乳の時間までの２時間半の間におむつの交換があり、</p><p>また、赤ちゃんが泣けば抱っこしてあやさなければならず、</p><p>産後直後からほぼ寝る時間もなくお世話をする。</p><br><p>翌日の早朝、母乳を与えた後、激しい眠気に勝てず４時間も寝てしまった。</p><p>その間、娘はおむつが気持ち悪くて泣いていたかもしれない、</p><p>お腹を空かせていたかもしれない、と思うと</p><p>お世話を放棄してしまった自分を猛省した。</p><br><p>産後入院二日目の朝、いつものように看護師が黄疸のチェックをしにやってきて</p><p>顔色が変わった。数値がよくないようだ。</p><p>医師に相談するので、退院の許可が正式に出るまで待機するよう言われた。</p><br><p>午後になると、母乳保育コンサルタントがやってきて、</p><p>怒ったような面持ちで、黄疸が出ている、数値が著しく上昇して</p><p>医療処置が必要になるだろう、と。</p><p>その他、新生児のうんちの色の変化や母乳の与え方などについても再度触れ、</p><p>母乳はどの程度出ているか測定できないので、</p><p>カップに母乳を絞り出して直接与えてみなさい、と教示された。</p><br><p>乳房が真っ赤になるほどしごいてやっとの思いで絞り出した母乳は</p><p>１メモリの半分にも満たなかった。</p><br><p>産後の不眠と初めての新生児のお世話、</p><p>慣れない医療英語で看護師やコンサルタントと意思疎通をすることで、心底疲れ果て、</p><p>さらに追い打ちをかけるように、母乳が足りないせいで娘に黄疸が出てしまった、</p><p>という事実は、私を奈落の底につき落とした。</p><br><p>夕方、母乳保育コンサルタントがやってきて、</p><p>医師と相談したところ、やはり娘は医療措置が必要になるので、</p><p>あなたも一緒にいたければこのまま入院を継続するか、</p><p>新生児だけ預けてあなたは一旦退院するか、決めなさいと言われた。</p><br><p>旦那ちゃんは夕方の面会時間にやってきて、</p><p>再度看護師と状況確認をしたところで</p><p>私も心底疲れてしまったので、娘には申し訳ないが退院したい旨伝えると、</p><p>すぐに退院手続きをとってくれ、荷物をまとめて病院を出た。</p><br><p>妊婦検診で通い続けたときには、おなかの重みで多少、歩行に不自由を感じていたものの、</p><p>産後の体力が著しく低下した状態での歩行は、思いのほか酷だった。</p><p>タクシーを待つ間でさえ、支えなしでは真っすぐ立っていられないほどだった。</p><br><p>娘を連れずに、しぼんだお腹でダンナちゃんと二人きりで帰路につく間、</p><p>会陰切開の傷跡の痛みに耐えながら、心底侘しい気持ちになった。</p><br><p>帰宅は夕飯時間だった。</p><p>義父が作っておいてくれた妊婦用の夕食をほおばりながら、</p><p>知らず知らずのうちに涙があふれて止まらなかった。</p><p>もう食事どころではないくらい大泣きしていた。</p><br><p>産後うつなのだろう。</p><br><p>初めての、しかも海外での出産で、立ち合い予定の夫なしで一人で行った心細さ、</p><p>初めての新生児のお世話、</p><p>激しい体力の低下、</p><p>娘を連れて帰れなかった後ろめたさ。</p><br><p>そして、出産後しばらく後になって分娩室に入ってきた夫が、</p><p>珍しい景色でも見るように赤ちゃんと私の写真を撮りまくり、</p><p>超スピード出産を、まるで当たり前かのように受け流していたことが</p><p>酷く私を軽視し、傷つけたように感じ、許せなかった。</p><br><p>夫に、滝のようにそれらを放出し、慰めの言葉をもらっても、</p><p>それでも悔しくて許せなくて侘しくて</p><p>ベッドに入ってからもずっと泣き続けた。</p><br><p>それから二日後に、やっと病院側から連絡があり、</p><p>娘を退院させることになった。</p><br><p>その間、夕方の指定された時間に母乳を与えに病院へ通った。</p><p>透明の容器の中で、眼帯を付けて、青いライトに当たって黄疸の治療をしている</p><p>他の赤ちゃんに混ざって、わが娘もそこに居た。</p><p>こんな小さい体で治療を受けている姿が、いたたまれなかった。</p><br><p>娘の黄疸は、消えるまでに約３か月かかった。</p><p> </p><p>母乳を与えられている赤ちゃんは、黄疸が消えるのが遅いということだったが、</p><p>通常の定期検診に加え、黄疸のフォローアップのために</p><p>保健所と病院に何度か足を運んだ。</p><p> </p><br><p>会陰切開の傷口は約１週間ほどで治ったが、</p><p>心が晴れない日が続いた。</p><br><p>新生児のお世話と、産後の肥立ち、</p><p>住み込みのお手伝いさんとの同居、<br>それに、日中お手伝いに来ていた義父と、<br>産後のママの食事と新生児のお世話を１か月半専門にしてくれるベビーシッターの</p><p>合計３人の他人が狭い家にいて<br>頑固な義父と口うるさいベビーシッターの存在が、さらに憂鬱にさせた。</p><br><p>産休は自分の有給と併せて３か月ちょっと。</p><p>年明けから仕事に復帰した。</p><br><p>産休中の娯楽といえば、夫との外食や映画鑑賞、</p><p>美容院へ行ったことくらいだった。</p><p>回数にしたら数える程度だったが、それでもその娯楽で</p><p>産後うつが和らいでいったようだった。</p><br><p>産後の諸々のつらさは、体験したからこそ理解できたが、</p><p>私と同じようなつらさを感じない人もいるかもしれないし、または</p><p>私よりもっとつらい思いをしている人が多いかもしれない。</p><p>男性は特に、このようなつらさは分かり得ないだろう。</p><br><p>こと、日本の子育ては母親に一手に担われ</p><p>実家の母や姉妹などにしばらくはお世話になれるかもしれないが、</p><p>その後の子育ては、海外での子育てとは比べ物にならないほど大変だ。</p><br><p>私の場合は、多少生活に息苦しさを感じつつも(お手伝いさんとは生活動線が被ったり、</p><p>お願いしたことが期待通りにいかないことが多く、ベビーシッターが口うるさい(苦笑))、</p><p>お手伝いさんとベビーシッターにお願いする手段を選んだ。</p><br><p>日本では、まず赤ちゃんのお世話以外に家事もこなし、生活上の諸手続きから</p><p>旦那さんのお世話や親戚・友人、ご近所さんとのお付き合いもこなし、</p><p>自分のことが後回しになりがちだ。</p><p>そうしたことから鬱積し、自分で気付かないうちに</p><p>産後うつに悩まされていたりする。</p><br><p>ただ言えることは、つらさも時間がたてば消えていくし、</p><p>何より、周りの人に上手く頼って一人で抱え込まないことが一番だ。</p><br><p>気軽にお願いできる肉親のサポートが得られれば、それに越したことはないだろう。</p><p>でも時にはお金をかけて第三者に頼ることも一つの方法かもしれない。</p><p>自治体などでそのようなサービスを受けるのもいいかもしれない。</p><p>探せば方法は見つかるはずだ。</p><p>あとは、自分がそうすることに後ろめたさを感じないことが肝要だ。</p><br><p>また夫も、子供のたった一人の父親だという責任感を持ってほしい。</p><p>妻の手伝いをしてあげるのではなく、</p><p>直接的でも間接的でも、自分の子供のお世話をするのだ、ということを。</p><p>赤ちゃんは勝手に宿って勝手に生まれてきたのではない、ということを。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12172116535.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jun 2016 23:45:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>マタニティーマークって何？電車で妊婦に席を譲るか？</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今日、ある記事を読んで憤りを感じた。</p><p>記事の内容はこうだ。</p><br><p>ある日、妊娠7か月のマタニティーマークを付けた女性が、電車の優先席付近に立った。</p><p>ある人が女性に気づき、席を譲ってくれた。</p><p>しかし、優先席に座っていた別の５０代とおぼしき男性が、</p><p>"お前ただのデブだろ、俺は騙されねーぞ。偉そうにしやがって"と悪態をついてきた。</p><p>それは彼女が降りる駅に着くまでの、１０分ほど続いたという。</p><p>ちなみに男性は、酒に酔った様子ではなかったそうだ。</p><br><p>このマタニティーマークというのは１０年ほど前にできたらしい。</p><p>このマークを目立つところに付けることで、</p><p>交通機関や職場での配慮を求めたりするためとのこと。</p><br><p>私は１０数年ほど日本から離れ暮らしているので、</p><p>このマークのことを、私自身が妊婦となり、ほかの方から伺うまで知らなかった。</p><br><br><p>まず、マタニティーマークを目立つところに付ける必要があるのか？</p><p>交通機関で優先席を見るとそこには、</p><p>老人や小さな子供連れの親御さん、妊婦さん、けがをされた方に</p><p>優先的に席をお譲りください、となっている。</p><br><p>老人や小さな子供連れの親御さん、けがをされた方は</p><p>パッと見てすぐに判明できるだろう。</p><br><p>それでは妊婦さんはどうだろう。</p><p>確かに、妊娠前期の妊婦さんはまだおなかも目立たないし、</p><p>また、人によってはダボッとした洋服を着ていたら妊娠後期でも全く目立たない方もいる。</p><p>ただ、妊婦も他の優先されるべき方々と同じように、</p><p>おなかが目立つのですぐに判明できるはずだ。</p><br><p>ではなぜ、わざわざ目立つところに付ける必要があるのか？</p><br><p>おそらく日本では、こういった妊婦を、優先されるべき人と見なさない人たちがいるのだろう。</p><p>その人たちの言い分は、きっとこうだ、</p><p>妊婦は、けがをしているわけでも、病気なわけでも、著しく体力が衰えているわけでもない。</p><p>それに、男性は妊婦の不自由さをわかりえないし、妊婦経験のない女性もわからない。</p><br><p>でも、老人になったこともなければ、大きな怪我をした経験のない人が、</p><p>優先席を譲ることがあるのに、なぜ妊婦だけはそうではないのだろう？</p><p>また、子供連れの親御さんに対しても譲らないことが多いと聞く。</p><br><p>日本の昔ながらのお母さんは、</p><p>病気の時だって、妊娠中だって、嫁ぎ先の姑さんや家族、自分の夫に頼ることはできず、</p><p>家事をこなさなければならなかった。</p><p>小さな子供を抱えて、お使いに行ったりしていた。</p><p>そのイメージがこびりついているのだろう。</p><br><p>しかし、時代はかわっている。</p><br><p>妊婦にいいとされてきた食事の習慣や、子育てのノウハウは</p><p>全く違ってきていることも多い。</p><p>妊婦は動いた方がいい、と言われるけど、</p><p>それは妊娠後期になってお産を円滑にするために、安全な場所をゆっくりと散歩をすることであり、</p><p>決して、体に負荷を掛けた方がいいという意味ではない。</p><br><p>記事にあった５０代の男性だけではく、</p><p>私の友達で、骨折をした３歳の子供を病院で緊急に検査を受けさせたとき、</p><p>泣いて暴れる子供に対して、"病院は静かにしなけらばいけないよ！"と他の患者から</p><p>叱られたり、ジロジロと白い目で見られたと聞いた。</p><p>他にも同様の話をたくさんきいたことがある。</p><br><p>妊婦や小さい子供に大変厳しい。</p><br><p>そういう人たちの考え方や常識を塗り替えるのは、とても難しいだろう。</p><p>その人本人が、ずっと慣れ親しんできた"考え方や行動のクセ"だからだ。</p><br><p>この記事の５０代の男性に対しては、無視を決め込むべきだ。</p><p>また私の友達の病院でのケースでは、</p><p>"子供が痛がって声を上げるのは当たり前でしょう！"といってやればいい！</p><br><p>マタニティーマークをつけたり、痛がる子供に静かにするようにたしなめたりする必要は</p><p>そもそもないんではないか？</p><br><p>日本を離れていろんな事柄をみると、</p><p>日本の多くの人は他人を気にしすぎて窮屈になっているような気がする。</p><p>もっと空気を読みすぎることなく、自分の基準を持つべきだ。</p><br><p>特に妊婦さんになったら、自分だけの身体じゃない。</p><p>子供を守るためにも、また、育てていくためにも、自分の基準ははっきりさせた方がいい。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/minorigohk/entry-12171675948.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Jun 2016 18:43:25 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
