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<title>12年前の私から今の私へ</title>
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<description>12年前、パリで生活していた27歳の私は恐ろしい現実を突きつけられた。ホジキンリンパ腫の宣告。病気と闘ったあの頃の私に今の私は胸を張れるのかな。日記を読むと12歳も若い私にダメだしをされた気分になる、でも励まされる。あの頃も今も人生は喜びにあふれてる。</description>
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<title>性別の違いは大きい</title>
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<![CDATA[ <p>実は26日の放射線科の診察は女医さんだった。</p><p>私は意を決して、検査着もなく男性技師さん２人の前で胸をはだけて照射してもらわないといけないのかと聞いてみた。</p><p>「ほんとうに、それは申し訳ないと思っているんです」</p><p>と先生は言った。もうだいぶ前から女性の技師さんの受け入れを要請していて、やっと数日後に入ることになったらしい。</p><p>「ミミさんの場合は喉と鎖骨の上が出ていればいいのだから、胸から下に何かかけてもいいですよ」</p><p>だって。今さらだ…</p><p>そんなの今さら遅い。そんなこと最初から知っていればこんなに悩まずに、ストレスにならずに住んだのに。やっぱり女性にしか女性の気持ちはわからないんだなあ、とつくづく感じた。</p><p>じゅりあんは、私があまりに嫌がっているのでこう言った。</p><p>「技師さんはいつものことで気にしてないから大丈夫だよ」</p><p>ぜんぜん違う、そういうことじゃない。技師さんたちがどうこうじゃないんだ、彼らがどう思うかはどうでもいい。問題は私が嫌だと感じること、裸で仰向けで固定される気分は当人にしかわからないのかもしれない。</p><p>もっと早いうちに女医さんに相談すればよかった。でも、それもわがままになってしまうと思って、今まで我慢してきた。もしそういう相談をしたら技師さんが先生に何か注意されてしまうんじゃないかとか考えると言えなかった。それに今さら、急に胸にタオルをかけるようになったらおかしいのではないかとも思う。プロの技師さんたちの気分を害すかもしれない。こういう時にすら自分の気持ちを優先できない自分の性格がうらめしい。</p><p><br></p><p>そしてついに先日、女性技師さんがやってきた。私の治療は残すところあと1回のみ。あまり意味ないな…</p><p>でも照射する部屋に男性技師さん2人と私だけより、女性がもう1人いるだけで安心感が違った。こういうことなんだな、と思った。うまく言えないけど女性からすると男性は威圧感がある、力では絶対的にかなわないという動物的な感覚というか。例えば夜道で出会えば怖いと思うのと似ている。男性にもそういう逆の感覚はあるのかもしれないけど、女性の私にはわからない。でも世の女性は少なからずそういう感覚は日常生活で感じているものだと思う。</p><p>病人は本当にもろい。精神的に壊れやすい。だから健康な人には大したことでないこと、異性にはわからないこと、年齢の違いでんからないこと、そういう小さな積み重ねでまいっていく。病気と闘うって本当に簡単なことじゃない。痛みや不安だけでなく、ごく小さなひっかかりに心が蝕まれたりする。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12293413269.html</link>
<pubDate>Mon, 29 May 2017 20:27:00 +0900</pubDate>
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<title>理由づけという防衛術</title>
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<![CDATA[ <p>生きている意味を考え出したら、それは精神がまいっているという証拠。力尽きた…そんな感じ。</p><p>疲れちゃったよ。</p><p>「あと少しだからがんばるよ」</p><p>なんて周りの人には言ってるけど、本当の私はボロボロで白旗をとっくに揚げている。</p><p>生きている意味なんて存在しない。人を好きになることに理由がないのと同じだと思う。でも人は生きている意味を知りたがる。不安になると、つい意味や理由を求めたがる。自分を正当化して、自分自身が安心するための理由づけ。生きることに疲れたり、苦しい時に意味を知りたくなる。見つけたその意味と理由をかみしめて、だから乗り越えようと自分を奮い立たせる。</p><p>理由なんてすべて後づけにすぎない。人間が自分の決断の後押しをするために、自分を正当化するためにする行為。</p><p>人間だけが見つけた自己防衛術なんだと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12293409887.html</link>
<pubDate>Sun, 28 May 2017 20:11:00 +0900</pubDate>
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<title>ひからびていく夢</title>
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<![CDATA[ <p>何がそんなに悲しくて、腹立たしいのか。何で涙が出てきて絶望感にかられるのか。自分でもよくわからない。</p><p>髪の毛が１ミリ伸びたことを喜び、もっと早く伸びないかと鏡を見ていら立つ。早く治療が終わって運動がしたいとか、副作用がなくなったらあれが食べたいこれが食べたいとか。自分の欲求、求めるものの次元が１年前のものとはまったく変わってしまった。誰とも話が合わない。人に会いたくても話すことなどない。病気の話はつらくなるし、次元の違う欲求の中で生きている相手の話を聞けるほど私の器は大きくない。私がやりたくても不可能なこと、そんなことを話す人の話を笑顔で聞くほどの余裕はない。みんなでお酒を飲んだとか会社でこんなことがあったとか、旦那や子供がどうだとか、みんなには普通のことがどんなにがんばったて今の私には手に入らないもの。不可能なことだから、だから諦めもつきそうなものなのに、つかない。うらやましくてしかたがない。だって、私にはたくさんのやりたいことや夢があったから。やりたいことだらけで目をキラキラさせて生きていたんだろうな。そしてそんな夢たちは私の中にまだ居座っている。悲しいくらい、惨めなくらいに残っている。私以外の人と接すると、そういうことを実感してしまう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12285909557.html</link>
<pubDate>Sun, 28 May 2017 20:08:00 +0900</pubDate>
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<title>腫れ上がった喉</title>
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<![CDATA[ ほぼ1週間前の診察で一番弱い精神安定剤と一緒に喉を保護する液体の薬をもらった。ちょうどその頃から食べ物を飲み込むのが困難になり出していた。まるで風邪の喉の痛みがひどくなったような感じ。先生からは予め、飲み込みにくくなる程度の副作用があると言われていたから「ああ、ついに来たな」と思っていた。でも嫌な予感はしていた。今までの治療の副作用は先生から説明されていた程度を上回ってきた。そして案の定、日に日に喉の痛みは増し、喉から食道付近にまるで大きなボールが引っかかっているかのように飲み込む時に異物感がある。痛みも限界を超えて、飲み物を飲むだけでも涙が勝手に流れるほど。唾を飲み込むのも一苦労。<div>今日は放射線治療15回の中で定期的に行われる診察の日だった。</div><div>「先生、まったく飲み込めません。痛みもひどいんです」</div><div>「そんなにひどいの？じゃあ、何を食べてるの？」</div><div>って、ほとんど食べてません、というか不可能なので。先生はどうにもならないので我慢をしてくれと、先週と同じ保護液のような薬を出した。この液体はドロっとしていて、飲み込んでも流れ込むのに時間がかかる。ただでさえ飲み込もうと喉を動かすと激痛が走るのに、そのあとゆっくりと水あめのようなものが流れていくんだからつらい。その速度の遅さに喉が耐えきれず吐き気が出てくる。味もとってつけたような嫌味な甘さで、バリウムを彷彿とさせるこの薬は先週もらったものも飲みきれずに残っているのに。こんなに大きなボトルが不気味に2本も家にある。抗がん剤治療中はこんなに辛い副作用は他にないと思っていたけど、この喉の痛みもけっこうつらい。もちろん抗がん剤の副作用よりは遥かに耐えうるものなのだけど、抗がん剤と違って吐き気がない分、お腹が普通にすくし食欲もあるから食べられないのはきつい。まあまあの生き地獄。喉の非現実的な異物感と痛みは治療が終わればなくなるらしいけど、数年くらいはいがらっぽさとか残ることも多いらしい。</div><div>やっぱり放射線って強烈なんだなあ、とつくづく思う。たった数分を何回かあてただけなのに。がんを殺すためにやるんだもんね…。元気な普通の細胞は大丈夫なのかな、やられないのかな。</div><div>相変わらず、夜の頻尿もひどくて眠れない。喉は乾くし、痛いしで眠っても目が覚める。そして昼間は精神的なアップダウンが激しく自分でも疲れる。怖くて精神安定剤はほとんど飲んでいない。早く治療を終わらせたい。早く、この心と体の痛みから抜け出したい。</div>
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<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12283462422.html</link>
<pubDate>Fri, 26 May 2017 21:53:25 +0900</pubDate>
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<title>心が破たんする寸前</title>
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<![CDATA[ <p>自分の心が自分のものではないように感じる。ちょっと離れたところに行ってしまって、そんなところで不安になったりイライラしたりしている。だから自分の手に負えない。どんなにコントロールしようとしても届かない、でも感情を感じられなくなるほど心は遠くには行っていない。とにかく不安定、このひと言につきる。</p><p>もうダメだなと思った。これはこのまま放っておくと、大変なことになる。限界を悟った感じだ。もしかすると１秒後にはまったく自分の理性ではどうすることもできなくなるかもしれない。まだ危ないと思えている今はコントロールがかろうじてできているのだから、今のうちに何とかしないと。</p><p>とにかく、放射線治療は私にとってものすごい負担。精神的苦痛でしかない。治療自体に痛みがない分おそろしく感じる。何が体に起こっているのか、実感がない分だけ不安でたまらなくなる。毎回毎回、裸のまま仰向けになり鎖骨辺りを男性技師さんに触られて位置確認をされて、ウエストあたりを持って微調整される。そして10分くらいそのまま耐える。照射されている時間は短いけど長くて仕方ない。裸になることに抵抗があるのは当たり前のことだけど、私は治療で９キロほど突然太ったから余計にストレスを感じる。２か月ほどで自分でも驚くほど体に肉がついた。薬の影響は自分ではどうにもできない、だから悔しくてつらいし悲しい。髪もない、眉毛もない、まつげもない、顔色は悪い、体はブクブク。とにかくストレスだらけだ。女性、いや自分にとっていかに外見というものが大切かを知った。もちろんもともとの自分の外見が好きなわけじゃないけど、この変わり果てた見た目は悲しすぎる。鏡なんて直視できない。追い込まれちゃったなあ。</p><p>心のよりどころはじゅりあんだけど、でもそうでもないのかもしれない。ずっと彼のことを思っているのも苦しい。こんな恋愛ならしたくないとも思うし、会いたいとか声が聞きたいとか思うことも疲れる。</p><p>無条件ですべてを聞いてくれる人がほしい。ただ「うん、うん」って聞いてほしい。「よくがんばってるよ」ってほめてほしい。でもそういう人はまわりにはいない。だってみんな私情が入るから、私を知る人は平静を装って聞いてはいられない、彼らもまた苦しんでいるから。励まそうとしたり、一緒に嘆いたり、そして空回りする。互いにまったくわかりあえず、ただ愕然とする。</p><p>&nbsp;</p><p>放射線治療のあとに先生に相談した。すると先生はよくあることというように副作用のない一番軽い精神安定剤を処方してくれた。正直、こういう薬には抵抗があるけど、このまま放っておくよりも飲んで夜くらいは眠ったほうがいいのかもしれない。</p><p>心はもろい。あっという間にガラガラと崩れるものなんだな。今の私はボロボロになった心をなんとか、なんとか両手でこぼさないように包んでいる感じだ。</p><p>強くなりたい。なんでこんなに弱いんだろう私は。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12281040708.html</link>
<pubDate>Sat, 20 May 2017 20:12:30 +0900</pubDate>
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<title>1万キロのすれ違い</title>
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<![CDATA[ <p>じゅりあんとスカイプした。他愛もない話や彼の仕事の話をして、また治療の話になった。自分だって仕事で疲れているのにいつもじゅりあんは「体はどうなの？治療はどう？」と気を使ってくれる。私は精神的にマシなときは病気の話はしないように心がけているけど、やっぱりいつも病気の話になって、最終的に何一つ彼には伝わらない。彼からも何も伝わってこない。じゅりあんのかけてくれる言葉は空回りする。私の心には入ってこない、時には突き刺さることもある。そして自分勝手に不愉快になる、傷つく。そのたびにもうじゅりあんと病気の話をするのはやめようと思う。でもやっぱり彼に頼りたくなる、甘えたくなる、知ってほしいと思う、こんな時だからこそ彼にしか見せられない私がいる。自分でもよくわかっているんだ。これはお互いを思う気持ちの度合いの違いからくるものだって。私が投げるボールはことごとくワンバウンドさせてからキャッチされるような感じ。ダイレクトにはキャッチしてもらえない。私は逆に彼の暴投もどんなことをしてもダイレクトにキャッチする。</p><p>今日は我慢できずに不平をもらした。自分の感情を優先してしまった。そしたらケンカみたいになった。</p><p>「いつもそんなふうに思ってたの？」</p><p>そういうわけじゃない。でもうまく表現できない。だってじゅりあんと私には気持ちの違いという大きな溝とそして、健康かそうじゃないかというさらに大きな溝がある。</p><p>「治ってくれよ」</p><p>そう言ったじゅりあんの声はいつもと違った。泣き声のようにも聞こえた。私はその声をしてはっとした。伝わらないのは私からだけじゃなかったんだ。伝わらないのは当たり前のこと、求めすぎているのは私で、彼の精一杯を私はこれっぽっちも受け止めていなかったのかもしれない。</p><p>「愛を感じない？」と彼は言った。</p><p>正直、彼の言ったその言葉の神髄は私にはわからなかった。愛を感じないと言ったらウソになるけど、でもだからと言って感じられているわけでもない。私は気づかないふりをしたり、もしくは病気の自分がさらに惨めにならないように自分の頭にフィルターをかけているから。ただ、彼が意識的に私の支えになりすぎないようにしているのは感じている。</p><p>「期待されてもそこまでは応えられない」とも彼は言った。</p><p>それは直接的には闘病人の私をパリから支えることの限界を意味していたけど、奥底に気持ちの違いというものも含まれているのもよくわかった。私は初めて、じゅりあんに心の中にある不信感とかマイナスのものを吐き出してしまった。私が感じ続けていた劣等感や苦痛を言葉にしたから、うまく表現できなかったし選択した言葉は間違っていたかもしれない。だから、すべてがもう終わったと思った。</p><p>「私やっちゃったね。嫌われた」</p><p>「そんなことで嫌いにならない」</p><p>私には理解できない。じゅりあんの心がまったくわからない。きっと私にはない感情を彼は持っている人なんだ。人間すべてが同じ感情の種類を持っているわけではないのかもしれない。少なくともじゅりあんが私に対して抱いている感情を私は持っていない。だから理解できないのだと思う。</p><p>どのくらい話したかな。いっぱい泣いた。東京の小さな部屋の中の小さなＰＣの前で泣いた。そしてパリの部屋のやっぱり小さなＰＣに向かって彼はその声を聞いていた。</p><p>でも私たちが笑顔でふつうの会話ができるようになるまでそんなに時間はかからなかった。もしかすると少しだけお互いにスッキリしたのかもしれない。隠し続けていた心の部分を少しだけ出すことができて、知ることができてよかった。</p><p>「どっかに行きたい。スペインに行けるようになるのはずっと先だから、治療が終わったらどっかに行きたい」</p><p>「温泉でも行こうか」</p><p>温泉行きが決まった。治療が終わったころ、じゅりあんが一時帰国してくれる。私に合わせて休みを取ってくれる。すごくうれしかった。</p><p>でもこの温泉ですべてが決定的になってしまう気がした。終わる気がした。</p><p>もうすぐ会えるという喜びだけに浸れたらどんなに幸せだろう。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12279496224.html</link>
<pubDate>Thu, 18 May 2017 22:30:00 +0900</pubDate>
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<title>この先の人生</title>
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<![CDATA[ <p>最近特に人と接することに不安や面倒さを感じる。相変わらず人の目を見られない。</p><p>どうせ誰にもわかってもらえない、私は違う世界にいるのだから。いつみんなと同じ世界に戻れるのだろう。いや、昔の私のようには戻れない。例え同じ世界に戻ったとしても決定的に違う。私はがんの再発や二次的発生、副作用を気にして一生を生きていかないといけない。私はそういうことをいまだに受け入れられていない。ここまできても信じたくないだけなのかもしれない。</p><p>そんなことを考えずに夢を膨らませることができたあのころの自由をどうしても忘れられない。世の中に存在する病気は数知れない。病気に苦しむ人、命を奪われる人、そして病気ではないほかのことで苦しむ人もいる。私はそんな中ではきっとラッキーなほうなんだと思う。人の苦しみは外からは見えないことがほとんどだから。</p><p>私はそんなにかわいそうじゃないんだ。でもそれでもこれから先、日常の小さなこと、人生の大きなことの中で今回の治療で負ったリスクを忘れて生きていくことはできない。がんという言葉に拒否反応を示したり、健康を気にするあまり食べる物も気になる。読む本も観る映画も病死という悲劇ならば異常な嫌悪感抱く。子宮や卵巣が受けたダメージを考えると毎月の生理ですら切なく感じる。友達の子供を素直にかわいがれないかもしれない。人を好きになることもこわくなって、結婚だって出産だってしていいのかわからない。いや、こわいというよりも私がこの先病気になることで迷惑をかけたり、心を痛めさせてしまう人をこれ以上増やすのはやっぱりいけないことのような気がする。今ではがんは治る病気。でもだからといって簡単にやっつけられる病気でもない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12279488703.html</link>
<pubDate>Wed, 17 May 2017 20:50:00 +0900</pubDate>
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<title>アロマテラピー検定を受ける</title>
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<![CDATA[ <p>今日は日曜日。放射線治療はお休みだ。</p><p>そして今日はアロマテラピー検定１級の試験日だった。</p><p>実際のところ、今日まで満足するほど勉強はできていない。独学は難しいかもしれないから通教で勉強しようかとも思って資料を取り寄せてみたこともあったけど、高すぎた。治療費のかかる私にはまったく手が出ない。だから吐き気のない時期にエッセンシャルオイルの香りを覚えたり、体調のいい時に効能なんかを覚えていった。</p><p>でも一番大変だったのは今日試験会場へ行くことだった。これは検定を受けようと思ったころの自分にはまったく想像できなかったこと。こんなにも世界に入り込むことが難しいとは思わなかった。自分だけがまるで洋服を着忘れたかのように、恥ずかしくて、ひとりだけ浮いているように感じた。体調も放射線治療を始めたばかりですぐれない。極度の倦怠感で体は思うように動かない。喉の渇きもひどいし、何よりも精神的にまいってる。放射線治療はたった４回にして私を追い込みつつある。</p><p>だから余計に外へ行くのがこわかった。みんなと何も変わらないフリをして試験を受けるのは、まるでいけないことをしてるように感じられた。</p><p>場違いな私。</p><p>それでもここで行かなかったらダメになる気がしたから勇気を振り絞って行ってきた。</p><p>自分を褒めてあげたいと思う。あんなにたくさんの人の中によく入って行けたと思う。パニックを起こさずに平常心で試験を受けた。そして問題もほぼ正解を答えられたと思う。</p><p>今日は何だか見られたくないものを世界中の人に見られたような感覚。それでも行ってよかった。だって、これから先の私はこういうことを１つ１つクリアしていかないと普通の生活に戻れないのだから。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12277898068.html</link>
<pubDate>Mon, 15 May 2017 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>活字という凶器</title>
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<![CDATA[ じゅりあんから「気分はどう？」というメールが来ていた。一応、気にはかけてけれているらしい。<div>私はこの治療がすごくストレスになっている。治療自体ではなく、治療を受けるかっこうやシステムが嫌。だからあと十数回あると思うと気分が悪くなる。じゅりあんに助けてほしい。やっぱりそう思ってしまう。鏡を見ると自分でもドキッとするほど鎖骨のあたりにマジックのマーキングがしてある。その黒い線を見ると、治療中であるという現実の闇にあっという間に引き戻される。</div><div>きっと私はじゅりあんにかわいそうだと思ってもらいたかったんだと思う。厳密に言うとかわいそうとはちょっと違うんだけど、それに近い感覚。前にじゅりあんが言っていた。「実際の治療をしているみみを見ているわけじゃないから、わかってあげられない」と。たしかにそうだと思う。首にマーキングされてしまった写真を送った。黒い線がはっきり服からはみ出て見えている。こんなふうに書かれちゃってショックのんだよって伝えたかった。ひどいね、女の子なのにこんなふうにマジックで書かれちゃって…って単純に私の気持ちをわかってほしかった。</div><div>でも、返ってきたメールは「こわ…」だった。メールが苦手な彼なんだから、わがままを言ってはいけない。あんな写真、なんて言えばいいかだって悩んだだろう。でもメールって送り手の思いをそのまま伝えられないことも多い。活字は鋭く意味だけを浮き上がらせたりする。すごくリアルに響く。時にはとても冷酷になる。とにかく悲しくて悲しくて、そして何よりもショックなメールだった。</div><div>そうか、私の今の姿は他人には怖いものなんだ。すべての事情を知っている人でさえそう思うんだもん、そう出ない人たちは…。この返信をもらってから私は部屋で1時間くらい泣いた。とにかく悲しかった。</div>
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<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12277607012.html</link>
<pubDate>Sat, 13 May 2017 08:07:15 +0900</pubDate>
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<title>精神的にしんどい放射線治療</title>
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<![CDATA[ <p>初めてで本当に怖かった。この不安は何て表現したらいいのか。</p><p>だから、じゅりあんに一緒についてきてもらってるつもりで行ってきた。そう思えば少し安心な気がしたから。実際に同じ東京にいたら彼がついてきてくれたかは怪しいところだけど。そういう意味でこの東京－パリの１万キロという物理的距離は都合がいいのかもしれない。</p><p>エレベーターで地下２階に下りる。上階の病棟と地下をつなぐ全部で４基あるエレベーターのうち２基のみがこの放射線科へつながっている。要するにそんなにこの地下２階へ下りる人はいないということ。そして私がこの地下２階へ向かうエレベーターに乗ると病院スタッフの人に必ず「下ですけどいいですか？」と聞かれる。私はどう見てもお見舞いに来た人に見えるのだと思う。ウィッグさえつけてしまえば、まさか放射線科にかかっている患者には見えない。</p><p>地下２階は独特の雰囲気がある。陰気とかそういうのではないのだけど、でもここへ下りてくる患者あはみんな似ている気がする。少なくとも、大学病院であるこの病院の薬待合いや会計、総合診療科などで待っている患者の多様性とは異なる。とっても特殊な雰囲気を醸し出している。10～15分おきに次々と患者さんが呼ばれ、入って、出て、呼ばれ、入って、出て。技師さんに呼ばれると密閉できる金属の最新っぽい自動扉の中へ入っていく。あの中には何があるのか、何がどうなっているのだろう。待ち時間は私をどんどん不安にさせた。</p><p>そしてついに私の番になった。呼ばれて中に入ると、別に恐ろしい機械があるわけでもなかった。やっぱりCTのような横になれる台がついた機械がある。そこには先日私の型を取ったあの物体があった。</p><p>検査着的なものはやっぱりなかった。ただ広い部屋の入り口の隅っこに気休め程度にあるパーテーションの内側で上半身裸になった。脱がないといけないらしい。指示されるがままに台の上に仰向けになり、鎖骨の中央と体側に照射位置をはっきりさせるためにまたマッキーで印をつけられた。</p><p>「ああ、そんなに大きく書かなくていいよ」</p><p>と別の技師さんがマッキーで私の体に線を書いている技師さんんい言った。どちらもまあまあ若い男性の技師さんだ。煌々と蛍光灯が照らす台の上で上半身裸のまま仰向けで、男性２人にマジックで線を胸に書かれる気持ちは例えようもないくらい気分が悪かった。しかも体は動けないように固定されている。仰向けって、敗北感がすごい。自然界においてお腹を簡単に見せる動物がいないことに妙に納得する。発狂しそうなほど恥ずかしいし、屈辱的だった。もちろん彼らの仕事だし、慣れていることで何も気にしていないのはわかっているけど、私が嫌なのだから仕方ない。乳がんとかなら胸を出さないといけないのは分かる。でも私は血液のがんだし、照射位置も鎖骨から上なのに。</p><p>照射はあっという間だった。ものの数分だ。痛くもかゆくもなく、熱くも冷たくもなく何ともない。ただ赤い光が照射部位に当たっていて、プーという大きい音が鳴り続けていた。途中で照射角度を変えるのか、放射線を照射する機械が体の周りをぐるっと回った。そしてまたプーっと始まる。本当に緊張した。</p><p>照射が終わり、服を着てびっくりした。何でさっき「そんなに大きく書かなくていい」と言っていたのか。洋服を着てもマジックのマーキングが首にくっきりと見える。これで外を歩いたら、確実に通りすがりの人たちに２度見される。でもマーキングが消えてしまうと照射位置が正確ではなくなるから、ゴシゴシ体を洗わないようにと言われている。もう暑くなってきているけど、当分はストールでも巻くしかなさそうだ。</p><p>あと14回。副作用が出るのままだ先だけど、気が重いな。それに毎回、裸で仰向けになるのも本当に嫌だ。</p>
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</description>
<link>https://ameblo.jp/mio12years/entry-12275430976.html</link>
<pubDate>Wed, 10 May 2017 20:35:00 +0900</pubDate>
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