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<title>未来樹ラボ</title>
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<description>「心と未来を整える」サポートをしています。</description>
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<title>なにをやっても裏目に出てしまう、それで困っていませんか</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20261004/12/miraijulabo/25/bb/j/o0640042715828271870.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20261004/12/miraijulabo/25/bb/j/o0640042715828271870.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>やってみたもののいつまでたっても思うようにいかない、そのような経験は</p><p>ないでしょうか。<br>頑張っているのにそのような状況では、どうしても苦しくなりますよね。<br><br>長年仕事に就いていても、今とは別の仕事をやってみたいと思うことがあります。<br>そこで、意を決して未経験ながらも応募した結果、採用されることがあるものです。<br><br>最初は、未経験ながらも何とかなるだろうと楽観的に考えていることから余裕</p><p>があります。<br>しかし、思っていたよりも難しく感じられ、なかなか仕事を覚えられないこと</p><p>もでてきます。<br>そうなると、早く覚えなければなどと焦りを感じるようになるものです。<br><br>しかも、時間が経つにつれ分からないことを、仕事が出来ないと思われる、</p><p>毎回聞くのは気が引けるなどといった思いから、聞くに聞けなくなっていく</p><p>ことがあります。<br>そこで、自分でなんとかしようにもどうにもならず、ますますミスを誘発して</p><p>しまい悪循環に陥ることになります。<br><br>それでも、早く覚えようとはするものの、焦っている状態ではなかなか頭に</p><p>入らなくなります。<br>そうすると、あれほどやってみたかった仕事も仕事自体が苦痛になり、もしかして</p><p>自分には、この仕事は向いていなかったのではなどと思い始めたりするものです。<br><br>このように、余裕がなくなる状況では、いろいろなことが空回りしてしまい、</p><p>上手くいかない状態になります。<br><br>でも、どうして余裕がなくなると焦ってしまうのでしょうか。<br><br>人は、思うように進まないことがでてくると、なんとかしなければとの思いが</p><p>強くなります。<br>すると、どうしてもそのことだけしか考えられなくなっていきます。<br>そこでいくら考えても、その状態ではどうしていけば良いのか見えてくる</p><p>ことはありません。<br>見えてこないかぎり、そのまま時間だけが過ぎていくように感じられるものです。<br><br>時間だけが過ぎていくように感じられると、今までの遅れを取り戻そうとします。<br>そうすると、本来なら問題なく出来ていた事も間違ってしまう可能性すらでてきます。<br>すると、ますます状況が悪化していくのではなどと思うものです。<br><br>焦っている時は、どうしてもいまの状況がずっと続くように感じられます。<br>そこで早くなんとかしなければと、目の前のことに集中してしまうことから、</p><p>全体が見えなくなっていくものです。<br>そうなると、なにをやっても裏目にでることがあります。<br><br>焦っている時の特徴とは、全体が見えなくなって、目の前のことしか見えない</p><p>状態になってしまうことなのかもしれませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12980585433.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Oct 2026 06:12:06 +0900</pubDate>
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<title>変化に対応できない、はたしてそうでしょうか</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260920/07/miraijulabo/1a/25/j/o0640042715823643163.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260920/07/miraijulabo/1a/25/j/o0640042715823643163.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>このままではどうしても上手くいかない、そのような状況に直面した経験は</p><p>ないでしょうか。<br>これまで習慣として身についたことを変えるのは、簡単なことではないですよね。</p><p><br>長く一人暮らしをしていると、すべてが自分のペースで生活ができ、誰にも</p><p>気兼ねすることなく暮らせることが快適に感じられ、次第に自分の生活スタイル</p><p>が確立されていくものです。<br><br>そんな長い一人暮らしも、出会いがあり縁が合って結婚することになると、</p><p>二人での生活が始まります。<br>しばらくは、今までの暮らしとはまた違った生活も、いろいろな発見があり</p><p>楽しく暮らせるのではと思います。<br><br>でも二人の生活も長くなるにつれ、次第に生活習慣の違いに戸惑うことが</p><p>出てきます。<br>すると、どうしても自分のペースが乱されてくることがあります。<br>それでも、このままの状態には出来ないこともあり、合わせる必要性が</p><p>出てきます。<br><br>だからといって、すぐに合わせることはなかなか出来ず、慣れない生活で</p><p>ストレスも溜まり、もしかして結婚したことが失敗だったのではなどと頭を</p><p>よぎることがあるものです。<br>でも、一人に戻りたいわけではなく、これから二人で生活していくためには</p><p>どうしても慣れていく必要があります。<br><br>このように、長年培ってきた習慣も、状況の変化により見直さざるを得ない</p><p>事態に直面することがあります。<br><br>でも、なぜ素直に見直すことは難しいのでしょうか。<br><br>人は、長年の積み重ねで確立した習慣を、手放すことは簡単ではありません。<br>手放せない以上、どうしても環境が変わることを避けたい気持ちがでてきます。<br>しかし、自分の意思とは関係なく環境が変わる可能性がでてくるものです。<br>当然、環境が変わることで、いままでの習慣が通用しなくなっていきます。<br><br>通用しなくなったことを受けて、いきなり自分を変えようとしても長続きは</p><p>しないものです。<br>続かなくなると、どうしてもその現実から目を背けたくなります。<br>そうなると、いまの現状を受け入れることが苦しくなり、ますます見直す</p><p>ことを避けます。<br>避けてしまうことで、これから先どう向き合っていけば良いのか分から</p><p>なくなります。<br><br>だからといって、そのままの状態にしておくことで状況が改善されるとは</p><p>かぎりません。<br>また、たとえ変わる前に戻れたとしても、また違う変化を求められることが</p><p>でてくるものです。<br>しかし、いつまでも見直すことを避けているわけにはいかず、ではどうすれば</p><p>良いのかと考える必要が出てきます。<br><br>変化に対応できなくなると、どうしても問題を大きく捉えてしまいます。<br>問題を大きくしてしまうと、すべてを見直さなければと考えてしまいますが、</p><p>大きく見ていた問題を小さく見ることで、すべてを見直す必要はなくなります。<br>すると、どこで折り合いを付ければ良いのかが見えてくるものです。<br><br>変化の受け入れ方とは、大きくしてしまった問題を、小さくすることから</p><p>始まるのかもしれませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12979223615.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Sep 2026 08:48:42 +0900</pubDate>
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<title>どちらも選べない、そんなときどうしていますか</title>
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<![CDATA[ <p>どちらが自分にとって最善なのか、いくら考えても答えが出ないそんな経験は</p><p>ないでしょうか。<br>でもどうすればよいのか、考えれば考えるほど分からなくなっていきますよね。<br><br>誰もが、会社員として働いているかぎり、その会社の働き方に合わせている</p><p>ことと思います。<br>とはいえ、毎日の通勤、遅くまでの残業、そして帰宅する頃にはクタクタに</p><p>なっているものです。<br>しかし、毎月決まった給与が振り込まれるのは、なによりも精神的に安心できます。<br><br>それでも長く会社に在籍していると、拘束される働き方を辞めてもっと自分で</p><p>自由に決められる働き方をしてみたいという気持ちがでてくることがあります。<br>現実はなかなか出来ないものですが、それでも環境が整いやっていけると判断</p><p>するとフリーランスの道を選ぶことがあります。<br><br>ただ、当然すべてが自己責任のため、仕事があれば収入があり、もちろん無ければ</p><p>収入がありません。<br>それでも、毎日の通勤からは解放され、長時間拘束されることもなく自分の采配で</p><p>決められる自由な働き方に満足するものです。<br><br>そうはいっても、フリーランスとしての働き方はやはり収入の不安定さが気に</p><p>なるところです。<br>そこで、いろいろと手を尽くしてみるものの、個人での仕事の継続は思った以上</p><p>に厳しいことを実感します。<br><br>そうすると、会社員時代が頭をよぎり、不安定な現状を鑑みて安定していた昔が</p><p>懐かしく感じられるのも否めません。<br>懐かしく感じられると、どうしても現在と比べてしまうのも自然なことです。<br><br>しかしどちらにもメリットとデメリットがあり、このまま続けるべきかなのか</p><p>それとも会社員に戻ったほうが良いのか悩ましい問題に直面します。<br><br>このように、どちらにするのが一番良いのか、どちらも決め手に欠けること</p><p>があります。<br>そうなると、なにを基準にして選べばよいのか分からず時間だけが過ぎて</p><p>いくものです。<br><br>でもはたして、どちらかを選ぶことが解決につながるのでしょうか。<br><br>人は、どうしても思い描いた通りにいかないと、もう一つの選択肢が</p><p>気になります。<br>しかし、どちらも決め手に欠ける状態では、なかなか選ぶことが出来ません。<br>たとえ、もう一方を選び直したとしても、また迷いが出てくる可能性が</p><p>あります。<br>そうなると、当然迷いからますます抜け出せなくなるものです。<br><br>迷いから抜け出せなくなると、どちらかの選択肢しか考えられなくなります。<br>でもどちらの選択肢もこれが正解ということはありません。<br>そこでなにを基準にすれば良いのか、またどうすれば良いのか分からなく</p><p>なっていきます。<br>すると、モヤモヤした状態だけが続いていくことになるものです。<br><br>そのような状態も時間が経つにつれ、冷静さを取り戻し自然と整理されて</p><p>いくこともあります。<br>整理されると、自分は今後どうしていきたいのか見えてくることがあります。<br>でも、どちらを選ぶかだけに意識が向いたままだと、どうしても根本的な解決</p><p>には繋がりにくくなります。<br><br>迷いが強くなると、原因そのものよりも、それを含む全体で捉えようとします。<br>しかし、原因があいまいな状態では、いくら比較しても迷いは無くなりません。<br>また、どうしても思い描いた通りにいかないと、現状から目をそらしたくなります。<br>目をそらしたくなると、選択肢に答えを求めてしまうものです。<br><br>迷いが強い時の対処とは、比較することではなく、しっかりと現状に目を向ける</p><p>ことで、解決の糸口が見えてくるのかもしれませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12978431737.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Sep 2026 06:08:45 +0900</pubDate>
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<title>なにげない小さな変化、なんとなく見過ごしていませんか</title>
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<![CDATA[ <p>なんとか近づきたいと思い、いつかその機会が訪れることを期待した経験が</p><p>あるのではないでしょうか。<br>でも、いつ訪れるのかそれとも訪れないのか分からないのも、やきもき</p><p>しますよね。<br><br>誰もが、会社と家の往復で、変わらない毎日を送っていることと思います。<br>そのような日常において、心の拠り所があると生活に張りがでてくるものです。<br><br>その心の拠り所となる出来事も、会社の中など案外身近なところにあります。<br>もちろん会社には様々な人が働いていて、たとえ同じ会社とはいえ部署が違えば、</p><p>なかなか接する機会がありません。<br>しかし業務を通じて、普段接することがない人と接する機会が訪れることが</p><p>あります。<br>そこで、長く接していくうちに同僚のことが気になり、しかも一度意識し始めると、<br>段々と気持ちが抑えられなくなって、なんとかもっと近づきたいと思うのも自然</p><p>なことです。<br><br>そこで、誘ってみようかなと思いつつも、なかなか行動に移せないものです。<br>もう相手が居るのかな、無理に誘って嫌われたくない、断られたら気まずく</p><p>なりそう、などいろいろな感情が押し寄せると、どうしても踏み出せなくなります。<br><br>でもある日、別の同僚から、実は親密な相手がいると聞かされることに動揺を</p><p>隠せません。<br>それでも態度には出さず、気持ちは隠しつつも、今まで通り接することになります。<br>もう諦めようと思いながも、なかなか諦めきれない日々に疲れ、気持ちに蓋を</p><p>したまま区切りをつけようと仕事に没頭することで忘れようとします。<br><br>そのような日々のなか、なんとなく最近、元気がないような様子が見受けられます。<br>なにかあったのかななどと気になり、そこで声を掛けると最近相手と上手くいって</p><p>いないことを聞かされます。<br>その話を聞いて、一度は区切りをつけたものの、なぜか気持ちがざわつくのを</p><p>覚え始めます。<br>すると、この際もう蓋をするのを辞めて、誘ってみようかと考えることがあります。<br><br>このように、一度は諦めたことも、思いがけない出来事により、可能性が開けて</p><p>くることがあります。<br>そのような思いがけない出来事も、なにげない小さな変化から始まるものです。<br><br>それはもしかして、可能性につながる知らせだったのでしょうか。<br><br>人は、少しでも可能性を見いだせないかぎり、むやみに動こうとはしません。<br>しかし、状況によっては思わぬ可能性が出てくることがあります。<br>最初はその状況もはっきりとした形で現れることはなく、むしろ気付かないこと</p><p>があります。<br>たとえ気付いたとしても、その時点で可能性に繋がるかどうかは断定できません。<br><br>その断定できない程度の小さな変化も、普段から意識していなければ見過ごして</p><p>しまいます。<br>どこかで意識しているからこそ、その変化に気付くことが出来るといえます。<br>さらに、それをそのまま見過ごすことなく行動を起こすことで、少しの可能性</p><p>が見えてくるものです。<br><br>可能性が見えてくると、さらに進めてみようと思う気持ちが芽生えます。<br>最初は小さな変化に気付いたに過ぎないことが、やがて大きな可能性を</p><p>秘めたチャンスに変わっていきます。<br><br>状況というのは絶えず変化していくものです。<br>チャンスというのは、その変化する状況から可能性を感じ取ることで</p><p>生まれます。<br>その変化する状況も最初は小さな変化から始まり、それに気付くことで</p><p>今後の展開も違ってきます。<br>また、はっきりとした形となる頃では、違った状況に変化している可能性も</p><p>否めません。<br><br>チャンスの前兆とは、大きな変化だけに目を向けるのではなく、小さな変化</p><p>に目を向けることで気付くことなのかも知れませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12977763526.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Sep 2026 06:16:29 +0900</pubDate>
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<item>
<title>上手くいかない、それはズレていませんか</title>
<description>
<![CDATA[ <p>当たり前に思っていることが、時代の流れとともに当たり前でなくなって</p><p>いることに、気が付かなかった経験が少なからずあるのではないでしょうか。<br>一度染みついた認識を、すぐに変えるのは安易ではないですよね。<br><br>誰もが、まっさらな状態から社会人として新しい職場でスタートを切ること</p><p>になるものです。<br>そこで仕事のいろはを教わることで一人前になっていくことと思います。<br>しかもその職場での経験がゆくゆくは仕事に対しての価値観に影響を与える</p><p>ことがあります。<br><br>その中には、今では考えれない職場環境も昔からあったりするものです。<br>そこでは上司の叱責を受けながら鍛えられていくことになり、そのように</p><p>育てて貰うのが当たり前になっていきます。<br>また、その厳しい環境を耐え抜き、実績を積み上げた経験が、このやり方が</p><p>「正しい」との認識に繋がっていくものです。<br><br>その後、自分が上司の立場になり部下を持つ頃には、職場を取り巻く価値観</p><p>も変わっていることがあります。<br>それに気付かず、成績の悪い部下に対して厳しく指導することも自然な</p><p>なりゆきです。<br>厳しく叱責することが成長に繋がると当たり前に思っていることに、まさか</p><p>部下が精神的に追い詰められているとは、まったく本人は気付かないものです。<br>そうすると、当然コミュニケーションも上手く機能せず、誰もが委縮しギスギス</p><p>した職場になるのではと思います。<br><br>でも当の本人からすれば、最近の若者は根性が足りない、自分が若いころは、</p><p>などと自分は間違ったことは言っていないと思うものです。<br>なので、ギスギスする職場環境などの原因も分かっておらず、ますます周り</p><p>との隔たりが大きくなるのも否めません。<br><br>このように、自分の認識が時代の流れと合っていないことが起こります。<br>昔は通用していたことが、現在では通用しなくなっていることを自覚する</p><p>のは難しいものです。<br><br>でも、なぜ自分の行いが正しいと思っていても、上手くいかないのでしょうか。<br><br>人は、経験を通じて一度染みついた認識を疑うことはしないものです。<br>疑わない以上、自分が正しいと思っているかぎり、自分の認識を見直そう</p><p>とはしないものです。<br>その一方で、自分を取り巻く価値観は時代の流れや環境の変化に左右されて</p><p>いきます。<br>すると、どうしても自分の認識と取り巻く環境にズレが生じてきます。<br><br>当然ズレが生じていくことで、さまざまな弊害が出てくることがあります。<br>それでも改善すべきは周りであるという自分なりの理屈があるため、自分の</p><p>言動を振り返ることはありません。<br>振り返ることがないため、なにが原因で弊害が起きているのか分かって</p><p>いないものです。<br>そうすると、なにも解消されないまま周りが我慢を強いられていくこと</p><p>になります。<br><br>だからといって、本人の認識を変えることは容易ではありません。<br>ただ周りが我慢することで成り立つ関係では、いずれ行き詰る可能性</p><p>はあります。<br>でも、本人の認識に影響を与える出来事が起こることで変わっていく可能性</p><p>もあります。<br><br>自分の認識とは、その時代その環境での見方でしかありません。<br>その一方で、時代の流れや環境の変化は、いきなり切り替わることでも、</p><p>目に見えるものでもありません。<br>しかし、確実に途切れることなくゆっくりと変化していくものです。<br>それに合わせて、一度染みついた見方も変えていく必要があります。<br><br>流れに逆らってしまうことは、変化している周囲に対して、自分が正しいと</p><p>思っていた認識を見直すために必要だったのかもしれませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12977055726.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Aug 2026 06:14:57 +0900</pubDate>
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<title>急いで答えを出す前に、必要なこととは</title>
<description>
<![CDATA[ <p>思い切って環境を変え心機一転しようと思っていたのに、なぜかふと立ち止まった<br>経験があるのではないでしょうか。<br>ずっとこのまま割り切れない気持ちを抱えたままでは先へは進まないですよね。<br><br>誰もが就活するにあたって、希望する仕事に就き活躍しているイメージが</p><p>あるものです。<br>その希望する仕事に就くために、いろいろと情報を集めて会社選びをすることと</p><p>思います。<br><br>その苦労もやがて無事採用となり社会人としての一歩を踏み出すことになります。<br>そこで、研修を受けそれぞれが各部署に配属されることになるものです。<br>そこは会社の思惑もあり、配属先も希望する職種に就けない可能性があります。<br><br>たとえ希望する職種に就けなくても、会社の決定に従わざるを得ないため、</p><p>仕方なく受け入れるのではと思います。<br>そうはいっても、なかなか気持ちを切り替えるのは難しいですよね。<br>それでも与えられた業務をこなす日々を送りつつも、なにか割り切れない</p><p>気持ちを抱えているものです。<br><br>そんなとき、昔の仲間に会う機会があり、近況報告を聞くことになります。<br>みんな希望の職種について熱く語っていたりする姿を見ていると輝いて</p><p>見えるものです。<br>自分だけが取り残されているようで、なんとも言えない気持ちが芽生えます。<br>そうなると、いっそう仕事がつまらなく感じたり、ここでは自分の力を発揮</p><p>出来ないと思うようになるものです。<br>自分のいる場所はもっと別にあるのではないかなどと思うのも自然なことです。<br><br>すると次第に辞めたい気持ちが大きくなりこのまま辞めてしまおうと思いつつも、<br>果たして本当にこのまま辞めても良いのだろうかなどの気持ちも出てきます。<br>そこで迷いが出てくると、一度冷静になって考えてみようと思うものです。<br><br>このように、何かを決断しようとするとき、迷いが出てくることがあります。<br>迷いが出てくると、冷静に考えてみようと一旦立ち止まることがあるものです。<br><br>でも、ここで立ち止まることに意味はあるのでしょうか。<br><br>人は、何かを決断しようとするとき、早く答えを出したくなります。<br>そのため、どうしても目の前のことしか見えない状態になることがあります。<br>そうなると、両極端な思考になって判断しようとしますが、それでも決めきれずに<br>迷いが生じ、次第に決断できなくなります。<br>決断できなくなると、そこで一度立ち止まることになるものです。<br><br>しかし立ち止まることで、今まで見えていなかったことを考える時間が生まれます。<br>すると、はたして本当に今の考えで良いのだろうかなどと思うようになり、<br>そこで初めて、感情だけでは見えていなかった別の選択肢が見えてきます。<br>その選択肢の中からなにが自分にとって一番良いのかを選ぶことになるものです。<br><br>そうして冷静になったことで、このような気持ちで辞めてもまた同じことを繰り返す<br>のではと思い、今の仕事を納得するまでやってみることでなにか見えてくるもの<br>があるのかも知れない、などと考えられるようになります。<br><br>でも実際は、ただ立ち止まっただけで、現実はなにひとつ変わっていません。<br>変わったのは、一つの方向性しか考えられなかったことが、別の選択肢も考えられる</p><p>ようになっただけに過ぎません。<br>それだけでも、余裕が生まれ冷静に物事を受け止めることが出来るようになります。<br><br>立ち止まることは前に進むことを止めるのではなく、進む方向を改めて確認する</p><p>時間を作る意味があるのかもしれませんね。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12976436167.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Aug 2026 06:08:58 +0900</pubDate>
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<title>当たり前に思っていること、それは正しいのでしょうか</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今まで当たり前だったことが、突然予期せぬ出来事に遭遇することで</p><p>それを境に変わっていった経験があるのではないでしょうか。<br>何かをきっかけにして、そのような変化は自分だけではなく周りからも、<br>驚かれるものですよね。<br><br>誰もが、受け持っている仕事に対して、職責を全うしていることと思います。<br>そのためには、仕事を優先して他を犠牲にしながらも会社に尽くしている</p><p>ものです。<br>そのような姿勢が、会社にも評価され、ますます頑張らなければと張り切ります。<br><br>でも、なにか身体の調子がおかしいと感じても、特に支障がないとそのままに</p><p>なりますよね。<br>仕事もそうそう休んでいられないし、ましてや病院にいくほどでもないと思う</p><p>ものです。<br>ただ疲れているだけかもと思い、そのまま多少無理をしてでも仕事をすること</p><p>になります。<br><br>そうしていくうちに、どうも以前より悪くなっていることに気付き、このままに</p><p>していてはまずいのではとの思いから、そこで病院にいくことになります。<br><br>いろいろと検査をした結果、病気が発覚したことを告げられ、入院すること</p><p>を余儀なくされると、もう頭が真っ白になり途方に暮れるものです。<br>そこで、なんでこんなことになったのだろうと嘆きたくなる気持ちが芽生え</p><p>ますよね。<br>でもいくら嘆いても事実は変えられないことで、次第に落ち着きを取り戻します。<br>すると、この先どうなるのだろうかなどと不安になるのも自然なことです。<br><br>考える時間が出来ると、はたして今までの働き方で良かったのだろうか、</p><p>などの疑問を感じるようになり、今まで他を犠牲にしてまで優先させてきた</p><p>仕事に意味があるのだろうかなどと、もしかして仕事だけが人生ではないのでは</p><p>と気付くことがあります。<br>すると、今まで仕事一辺倒な自分がいたことや、家族や健康の大切さなど、</p><p>なにが大事なのかを考え始めます。<br><br>このように、なにかをきっかけにして当たり前だったことに疑問を感じる</p><p>ことがあります。<br>また、その疑問を感じることから自身の考えが変わっていくことになるものです。<br><br>でも、なぜ疑問を感じることで考えが変わっていくのでしょうか。<br><br>人は、当たり前に思っていることに対して、疑問に思うことはありません。<br>また人から指摘されても疑問に思わない以上、考えを変える必要性を感じない</p><p>ものです。<br>必要性を感じない限り、今までのおこないも見直すことがありません。<br>それが予期せぬ出来事に遭遇することで、考えざるを得ない状態に置かれます。<br><br>すると、それまで当たり前に思っていたことは、はたして本当に正しかったのか</p><p>と疑問に思うようになります。<br>そこから、自分にとって大切な事とはいったいなんだろうなどと考えるものです。<br>そこで初めて、これまでの生き方そのものを見直すことになります。<br><br>そうして考えた結果、病気になったことをきっかけに働き方を見直し、<br>ひいては退院後に以前とは違う生活を選ぶことがあります。<br><br>転機というと、出来事があったから考え方が変わったように見えるものですが、<br>実際は、その出来事によって「今まで当たり前だったもの」に疑問を持つことで、<br>見直さざるを得なくなり、それが転機につながることになります。<br><br>でも、なにが転機となるかは、人それぞれ置かれた状況によって変わってきます。<br>またその転機となる出来事に疑問を持つか持たないかでも、その後の展開が</p><p>違ってきます。<br><br>人生の転機とは、出来事が変えてくれるものではなく、自分が変わっていくことで、<br>以前とは違う景色に見えるだけなのかもしれませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12975831622.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Aug 2026 06:11:33 +0900</pubDate>
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<item>
<title>思い通りにいかない、それは選択が悪いからなのでしょうか</title>
<description>
<![CDATA[ <p>あれほど事前に調べて選んだのに、もしかしてこの選択は間違いだった</p><p>のではと戸惑いを覚えた経験が少なからずあるのではないでしょうか。<br>それが、思い描いていたこととかけ離れるほど、自分の見る目の無さを</p><p>嘆きたくなりますよね。<br><br>誰もが現在、何かしらの仕事に就いて、毎日を過ごしていることと思います。<br>でも、慣れれば慣れるほど、なにも刺激がない毎日に退屈を感じるものです。<br>それはそれで居心地が良い半面、なにか物足りなさもあります。<br><br>しかも、このままここで過ごすことに、もし不測の事態が起こったとき、</p><p>自分にはなにも価値がなく途方に暮れるのでは、などと漠然とした不安を</p><p>感じるのも否めません。<br><br>そこで、今の安定した環境を手放すのは持ったいないと思いつつも自分の</p><p>価値を高めたい気持ちが次第に大きくなり、いざ転職することになります。<br><br>そして転職を決意し、新しい会社へ転職することになり、心機一転頑張ろう</p><p>と思うものです。<br>最初は、いろいろな事に戸惑いつつも、なんとか苦労しながらも次第に慣れて</p><p>いきます。<br>しかし、慣れていくに従い、今まで見えて来なかった事が見えてくるように</p><p>なってきます。<br>そこで、この会社は思っていたことと、なにか違っていると思うことが</p><p>ありますよね。<br><br>そこは、会社が違えば、当然そのような戸惑いも出てくるものですが、</p><p>それでも決定的ななにかが出てくると、これは失敗したとの後悔が頭を</p><p>よぎります。<br><br>すると、なにかと前の会社と比較してしまう気持ちが出てくるようになり、<br>あのとき辞めなければ良かった、戻れるならば戻りたいなどの気持ちが</p><p>芽生えます。<br>そこで、前の会社の同僚などへ愚痴を言ってみたり、実際に合って会社の</p><p>様子を聞いたりするのではと思います。<br><br>このように、人は何かを選択する際、選択した先の明るい未来を想像する</p><p>ものです。<br>でも、なかなか自分が思い描いた通りに進むことはあまりありません。<br>するとどうしても、こんなはずではなかった、自分には合っていなかった、</p><p>などと思い始めます。<br>すると、どうしても選ぶ前のことが頭をよぎります。<br>選ぶ前の状態が良ければ良いほど、選んだ後が思い描いた通りに進まないと、</p><p>これは間違えたのではと思うものです。<br><br>でもはたして、本当にこの選択は間違っていたのでしょうか。<br><br>人は思い通りにならない出来事が起こると、選択を誤ったばっかりに、</p><p>などとその原因を選択そのものに求めてしまいます。<br>しかし、選択したことと、その後に起きる出来事は必ずしも同じではありません。<br><br>得てして新しい環境では、想像していなかった問題が起きるものです。<br>それにどう向き合うかは、選択とはまた別の問題なのです。<br>だから選択を間違えたのではなく、その環境で初めて知ることがあっただけ</p><p>なのかもしれません。<br>間違った選択があるのではなく、選んだからこそ見える景色があります。<br><br>人は結果が思い通りにならないと、選択そのものを否定してしまいます。<br>しかし、その選択があったからこそ知ることができたことも少なくありません。<br><br>選択に正解か不正解があるというより、その選択をどう生かしていくかのほうが、</p><p>その後の人生を大きく左右するのかもしれませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12975059638.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Aug 2026 06:15:19 +0900</pubDate>
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<title>流れを変えたいと思ったとき、最初に変えるべきものとは</title>
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<![CDATA[ <p>このまま、この状況が続くことに、なんとかしなればと思いつつもそのまま</p><p>過ごした経験はないでしょうか。<br>いつも自分だけが我慢を強いられる状況というのは、つらいものですよね。<br><br>誰もが、転機を迎えるにあたり新しい環境で過ごすことが多くなることと</p><p>思います。<br>当然、そこには新しくいろいろな人達と接する機会が多くなります。<br>最初は挨拶程度で接していた人達でも、時間が経つにつれ親しくなって</p><p>いきます。<br>すると、その中でも、意気投合する人が出てくることもありますよね。<br>そして気が付いたら、親しい付き合いが始まっているものです。<br><br>やはり新しい環境でそのような相手が出来ることは、大変心強いことです。<br>そうなると生活にもゆとりが生まれ、毎日が充実していきます。<br><br>でも親しくなるにつれ、当然、何かをお願いされることがあります。<br>最初は軽い気持ちで、引き受けることになっても引き受けたあとで、お礼</p><p>を言われると悪い気持ちはしないものです。<br>むしろ、役に立てて良かったと嬉しい気持ちになったりします。<br><br>しばらくして、またお願いされることになって快く引き受けてはみたものの、<br>今度は、なにもお礼もなく当然のような対応をされると、とたんになんだか</p><p>モヤモヤした気持ちが芽生え始めます。<br>でも、そのモヤモヤを解消しないまま交友関係は続いていきますよね。<br><br>そんな気持ちでいるのに、そこへお構いなしに、またお願いされることが</p><p>あると、嫌と言えないまま、また引き受けてしまうことに、何とも言えない</p><p>気持ちが出てきます。<br>次回、お願いされたらどうしようかと悩むことになるのも自然なことです。<br>またこのまま我慢を続けていくのもなにか違うのではないか、とも思い始めます。<br><br>そこで、このまま関係を続けていくことは良くないのでは、本当の友人なら</p><p>断っても関係は壊れないのではないか、実際断るのは怖い、などの考えが頭を</p><p>よぎりますが、それでも、あえて次は断ろうと決意することになります。<br><br>このように、いつのまにか我慢を強いられることになった関係を続けていく</p><p>ことはつらいものです。<br>いくら我慢を重ねていても、少しも状況は変わることはありません。<br>でも、悩んだ末に断ろうと決意した瞬間から実際には何も起きていないのに、<br>自分の中では何かが変わり始めることがあります。<br><br>ではなぜ、決意した瞬間から、流れが変わっていくのでしょうか。<br><br>人は決意すると、いろいろな迷いから解放され、物事にも動じない気持ち</p><p>が芽生えます。<br>すると、あれほどどうするべきか思い悩んでいたことも気にならなくなって</p><p>いきます。<br>だからといって、すぐに現実は変わるものでもなく、もちろん流れもすぐには</p><p>変わりません。<br>変わったのは、今まで左右されていた自分からブレなくなった自分になった</p><p>だけです。<br><br>また決意したことで、「嫌われたくない」という気持ちよりも、</p><p>「自分を大切にしたい」という気持ちが少しずつ大きくなっていきます。<br>すると、相手の返答よりも自分の気持ちが優先されます。<br><br>そこで、嫌々ながら引き受けていたことも、どのような結果になろうと</p><p>自分の気持ちを優先させてみると、相手の反応は様々ですが、自分の気持ち</p><p>を大切にしたことで、無理を続けなくてもよい関係へと変わっていくこと</p><p>があります。<br>そして、お互い無理のない範囲で付き合える関係が築かれます。<br><br>なんとかして流れを変えなければと思うと、なにか思い切ったことを</p><p>考えますが、人はブレなくなるだけで、それまで流されていた自分に</p><p>気が付きます。<br><br>自分が変わると、相手への接し方も、物事の受け止め方も少しずつ</p><p>変わっていきます。<br>その変化が、結果として人との関係や周りの状況にも影響を与えていく</p><p>ことがあります。<br><br>流れを変えるとは、周りを変えることではなく、自分の在り方が変わることで、</p><p>結果として見える景色が変わっていくことなのかもしれませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12974557016.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Aug 2026 06:02:29 +0900</pubDate>
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<title>待つことは、なぜこんなにも苦しいのでしょうか</title>
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<![CDATA[ <p>自分ではどうすることも出来ない状況が続くことに、早くはっきりして</p><p>ほしいと思った経験はないでしょうか。<br>いつもの時間に比べて、この時ばかりはひどく時間が長く感じられる</p><p>ものです。<br><br>誰もが、日々の仕事に従事していることと思います。<br>当然、慣れた環境に長く在籍していると、不満はありつつも充実して</p><p>いるものです。<br><br>でも、次第になにか物足りなくなっていくことがあります。<br>もっと、自分を高く評価してくれるところにいきたい、違う業種で</p><p>勝負してみたいなどとステップアップしたい気持ちが湧き上がって</p><p>いくのも自然なことです。<br>それでもいろいろな事情が重なりすぐには動けるものではありませんよね。<br><br>でも、湧き上がってきた気持ちも、そうそう抑えられなくなっていきます。<br>そこで業務の合間を縫って、転職エージェントなどを利用してみようかなと</p><p>思い登録することになり、いろいろと面談を通して活動するのではと思います。<br><br>そこから、自分の市場価値などを考慮しつつ、いくつかの企業をピックアップ</p><p>してもらい、面接をセッティングしてもらうことになります。<br>そして実際に、面接の日程までにはしっかり準備をして、いざ面接に挑むものです。<br><br>面接を受けるまでは緊張していたことも、終わった直後は解放感で満たされます。<br>実際、出来ることといえば結果が出るまで、あとは待つだけになります。<br>それもすぐに分かるものでもないため、しばらくは業務に専念することと思います。<br>とはいっても、やはり結果は気になりますよね。<br><br>でも日が経つにつれ次第に返事が来ないことに、不安を覚えます。<br>すると、いつにもましてメールを何度も確認したり、スマホの通知が</p><p>気になり始めます。<br>また当時の面接での振る舞いや言動も気になり、ちゃんと自分を出せたと</p><p>思いつつも、もっと違う受け答えがあったのでは、などといろいろ</p><p>考えるものです。<br>もう、常に心がざわついた状態となり、早く返事をしてほしいと</p><p>願う気持が自然と出てきます。<br><br>このように、面接の結果を待つ以外でも、自分ではどうすることも出来ない</p><p>状況に置かれることはつらいものです。<br><br>ではなぜ、人は待つことがこれほど苦しいのでしょうか。<br><br>それは「待つ」ということは、相手の返事や状況の変化を、自分ではどうする</p><p>ことも出来ずに待つことです。<br>当然、自分がコントロール出来ない状況となり、どのような結果になるか</p><p>予測が出来ません。<br>人は予測が出来ない状態が長く続くほど、不安になり苦しくなります。<br><br>もちろん、結果が分かれば不安は一旦落ち着きます。<br>でも、人は待つ時間の中で、自分ではどうすることも出来ない現実を受け入れる</p><p>ことになります。<br>そこで自分では変えられないものがあることを知り、その中で気持ちを整理する</p><p>時間にもなっているのです。<br><br>待つ時間とは、結果を待っているようでいて、実は自分の不安と向き合っている</p><p>時間なのかもしれません。</p><p><br>だからこそ、「待つ」という選択は何もしないことではなく、自分では変えられない</p><p>時間を受け入れながら、自分の心を整えていく選択なのかもしれませんね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/miraijulabo/entry-12973913432.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Jul 2026 06:17:54 +0900</pubDate>
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