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<title>美佐子の毎日徒然日記</title>
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<description>アラカン専業主婦。定年退職した夫と、チワワの小太郎と暮らしています。老後のお金、夫婦のこと、体のこと、孫のこと……60代のリアルな日常を、きれいごとなしで書いていきます。「うちも同じ」と思ってくれる人に届けば。</description>
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<title>チワワの小太郎は10歳。ペットロスが怖くて、ちゃんと向き合えていない</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260522/16/misako-nikki/56/30/p/o1672094115784981826.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260522/16/misako-nikki/56/30/p/o1672094115784981826.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>先日、かかりつけの動物病院で小太郎の定期健診があった。</p><p>診察台に乗せると、先生がいつものように体を触りながら、「うん、元気そうですね」と言ってくれた。</p><p>体重2.5キロ。数値は安定している。心臓の雑音もまだない。</p><p>歯石は少し気になるけれど、「この年齢にしては優秀です」と言われた。</p><p>&nbsp;</p><p>なぜか、その言葉で少し泣きそうになった。</p><p>帰りの腕の中で、小太郎の温かさを感じながら、私はずっとそのことを考えていた。</p><p>「この年齢にしては」という言葉が、じわじわと胸に染みてきて。</p><p>&nbsp;</p><p>小太郎は今年で10歳になった。</p><hr><h2>10歳って、どういうことなんだろう</h2><p>チワワの10歳は、人間に換算すると56歳前後だと聞いたことがある。ということは今の私より少し若いくらい。</p><p>そう思うとなんだか可笑しいような、でも全然笑えないような、不思議な気持ちになる。</p><p>&nbsp;</p><p>うちに来たのは小太郎が生後２ヶ月のときだった。</p><p>まだ手のひらに乗るくらいの大きさで、目だけがやたらと大きくて、何をするにもいちいち大げさで。</p><p>&nbsp;</p><p>姿見に映った自分に向かって本気で吠えて、でも相手が引かないから困り果てていた。</p><p>あの頃のことを思い出すと、今でも顔がほころぶ。</p><p>&nbsp;</p><p>10年、経ったんだな。</p><p>別に何かが変わったわけじゃない。ご飯はよく食べるし、散歩に出ればまだ鼻をクンクンさせながら元気よく歩く。</p><p>寝ている時間は確かに増えたけれど、私が台所に立てば起きてくる。名前を呼べばこちらを見る。私の隣に来たがる。</p><p>でも、確かに何かが変わった気もする。うまく言葉にできないけれど。</p><hr><h2>「老い」という言葉を、小太郎に使いたくなかった</h2><p>ソファに飛び乗るのを、失敗した。</p><p>&nbsp;</p><p>先月だったか、小太郎がいつものようにソファに飛び乗ろうとして、前足だけかかって、ズルッと落ちた。</p><p>本人はケロッとしていたし、怪我もなかった。でも私はその瞬間、息が止まりそうになった。</p><p>一度きりだった。</p><p>その後はまた普通に飛び乗っている。</p><p>だから「たまたま」だと思う。思いたい。</p><p>&nbsp;</p><p>でも頭の中に、その光景がこびりついて離れない。</p><p>たった一回の「ごくまれな失敗」に、こんなに動揺している自分に気づいて、少し驚いた。</p><p>思えばずっと、そうだった。</p><p>&nbsp;</p><p>一応、脚のことを考えて布で出来た階段をソファの前に置いている。<br>だが見事にスルーして飛びのるし、飛び降りる。<br>ちゃんと使うようにしつければよかったか。後悔が胸をよぎる。</p><p>&nbsp;</p><p>10歳という年齢の節目が近づいてきたとき、なんとなくネットで「チワワ 平均寿命」と調べかけて、途中でやめた。</p><p>数字が出てきたら、なんか怖くて。知りたいような、知りたくないような。</p><p>こういうとき、自分の都合のよさが嫌になる。</p><hr><h2>ペットロスという言葉が、急にリアルになってきた</h2><p>友人のTさんが、柴犬を亡くしたのは10年以上前のことだ。</p><p>当時のTさんは本当に大変そうだった。ご飯が食べられなくなったと言っていた。</p><p>朝起きると犬がいないことを思い出して、毎朝泣いたと言っていた。半年以上、立ち直れなかったと。</p><p>&nbsp;</p><p>正直に言う。</p><p>そのとき私は、あまりよくわかっていなかった。</p><p>話は聞いたし、気の毒だとも思った。</p><p>&nbsp;</p><p>でも「そんなに？」という気持ちが、心のどこかに確かにあった。</p><p>ごめんなさい、Tさん。あのときの自分に言い聞かせたい。</p><p>&nbsp;</p><p>あれから10年以上経って、小太郎が来て、今の私はTさんの気持ちが怖いくらいわかる。</p><p>「ペットロス」という言葉は前から知っていた。</p><p>でも、知っているのと、自分ごととして感じるのはまるで別の話で。</p><p>最近、小太郎が丸くなって眠っているのを見るたびに、ふと頭をよぎることがある。</p><p>この子がいなくなったら、どうなるんだろう。</p><p>考えたくなくて、考えてしまって、それで気持ちが落ち着かなくなって、結局小太郎を抱き上げてしまう。</p><p>温かい。生きている。それだけで少し、ほっとする。</p><hr><h2>夫は「そういうことは考えるな」と言う</h2><p>先日、夫に「小太郎のこと、ちょっと心配で」と話しかけた。</p><p>夫の返事は「元気そうじゃないか。考えすぎだ」だった。</p><p>……うん。まあ。</p><p>夫はああいう人だから、それ以上追いかけなかった。</p><p>悪意があるわけじゃないと知っているし、夫なりに「余計なことを心配させたくない」という気持ちもあるのかもしれない。</p><p>でも正直、少し肩すかしをくらった感じはあった。</p><p>&nbsp;</p><p>小太郎は夫にもよくなつく。</p><p>散歩も週に何回かは夫が連れていく。</p><p>一見すると仲良し3人暮らしなんだけれど、こういう気持ちの話になると、なぜかいつも私ひとりで抱えているような気がしてしまう。</p><p>まあ、そういうものらしい。</p><hr><h2>怖いのは「別れ」だけじゃない、と気づいた</h2><p>ペットロスへの怖さを掘り下げていくと、純粋な「悲しみ」とは別のものが混じっていることに気づく。</p><p>小太郎がいなくなったら、私の日常はどうなるんだろう。</p><p>朝起きて、まず小太郎のトイレを確認して、ご飯をあげて、散歩に行く。この流れが私の一日の土台になっている。誰かのために動く、ということ。誰かが待っている、ということ。その感覚が、実は私のリズムをずいぶん支えていたんだと、最近になって気づいた。</p><p>息子たちはとっくに独立している。夫は……まあ、いるけれど。</p><p>言葉を選ばずに言うと、小太郎が私の毎日のアンカーになっている。錨、みたいなもの。この子がいるから、朝ちゃんと起きる。この子がいるから、散歩がてら外に出る。この子がいるから、一人でいても一人じゃない気がする。</p><p>その錨がなくなる日のことを、ちゃんと想像できない。</p><hr><h2>今できることをしよう、と思い直している</h2><p>暗い話を書いてしまった、と自分でも思う。</p><p>でも、これが正直なところなので。</p><p>獣医さんに「この年齢にしては優秀」と言われた帰り道、抱っこひもの中で丸まった小太郎の頭に顔を埋めながら、私はこっそりこう思っていた。</p><p>——もうちょっと、長生きしてほしい。</p><p>当たり前すぎることを、真剣に祈っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>今できることはある、とも思った。</p><p>定期健診をきちんと続けること。</p><p>食事に気をつけること。</p><p>散歩を絶やさないこと。</p><p>それから、抱っこできるうちに、たくさん抱っこしておくこと。</p><p>&nbsp;</p><p>大げさかもしれないけれど、「今この瞬間」を大事にする、というのがこんなに難しいと思わなかった。</p><p>頭ではわかっているのに、日常の忙しさの中でいつの間にか流れてしまう。</p><p>ちゃんと向き合えているかと聞かれたら、まだ向き合えていない気がする。</p><p>小太郎が元気でいてくれることに、少し甘えている部分がある。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、これがうちの今の現実で。</p><p>小太郎は今日も、ソファの端っこで丸くなって寝ている。</p><p>時々、夢でも見ているのか、足をぴくぴくさせながら。</p><p>その寝顔を見るのが、好きだ。</p><p>まだ慣れていない、この怖さに。</p><p>でも、怖いということは、それだけ大切だということだと、少しずつ思い直している。</p><hr><p><i>美佐子</i></p>
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<link>https://ameblo.jp/misako-nikki/entry-12966966442.html</link>
<pubDate>Fri, 29 May 2026 09:14:36 +0900</pubDate>
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<title>一人で映画館に来るのが、何年ぶりかわからなかった・・・</title>
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<![CDATA[ <h2>特に理由もなく、行ってしまった</h2><p>映画を見に行こうと思ったのは、本当に突然のことだった。</p><p>夫がソファでテレビをつけっぱなしにしたまま居眠りをしていて、小太郎は丸まってその足元で寝ていて、台所の片付けも終わっていて、でも何かをする気にもなれなくて。そういう、どこにも行き場のない午後だった。</p><p>&nbsp;</p><p>スマートフォンで何となく映画の上映時間を調べていたら、ちょうど一時間後に始まる作品があった。</p><p>タイトルも、どんな内容かも、よく知らなかった。でも気づいたら財布を持って、玄関に立っていた。</p><p>「ちょっと出てくるね」</p><p>夫は返事をしたのかしていないのか、よくわからなかった。小太郎だけが、ぱっと顔を上げてこちらを見た。</p><hr><h2>一人で映画館に来るのは、何年ぶりだろう</h2><p>映画館自体は久しぶりというほどでもない。夫と何度か来ているし、何年か前に息子家族と来たこともある。</p><p>でも一人で来るのは、本当に久しぶりだった。</p><p>チケットを買いながら、そのことに気づいた。</p><p>&nbsp;</p><p>最後に一人で映画館に来たのはいつだろう、と考えてみたが、まったく思い出せない。</p><p>子どもたちが小さいころは当然一人では来られなかったし、結婚前は夫と来ていた。<br>もっとさかのぼれば友人と一緒に見に来ていた。</p><p>「一人で映画に行く」という発想自体、頭にあったかどうかすら怪しい。</p><p>ポップコーンを買うかどうか少し迷って、キャラメル味を買ってみた。</p><p>夫と来るときはいつも買わない。夫があまり好きではないから。<br>ちなみに子供が小さいころは、塩味だったと思う。多分、キャラメル味って売ってなかったように記憶している。</p><p>そんなことをぐるぐる考えていて、少し可笑しくなった。</p><p>たったポップコーンひとつのことなのに。</p><hr><h2>暗くなった瞬間の、あの感覚</h2><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260505/17/misako-nikki/fb/3f/p/o1672094115778847648.png"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260505/17/misako-nikki/fb/3f/p/o1672094115778847648.png" width="420"></a></div><p>席は空いていたのでわりと自由に選べた。真ん中より少し後ろ、通路に近いところにした。隣には誰もいない。</p><p>照明が落ちて、予告編が始まった。</p><p>その瞬間、何かがほどけた。</p><p>うまく説明できないのだが、なんというか、「自分のためだけに時間が流れている」という感覚が、胸のあたりにすっと入ってきた。</p><p>当たり前といえば当たり前のことなのに、それがひどく新鮮で、少し怖いくらいだった。</p><p>&nbsp;</p><p>誰かに気を遣わなくていい。夫の好みを考えなくていい。</p><p>途中でトイレに行きたくなっても、一人だから気にしなくていい。</p><p>リアクションを合わせなくていい。ただ、ここにいる。それだけ。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな状態で映画を見るのが、こんなに久しぶりだったのかと思ったら、映画が始まる前から、もう目が潤んでいた。</p><hr><h2>泣いたのは映画のせいじゃない</h2><p>映画そのものも、悪くはなかった。</p><p>途中で感動的な場面もあって、涙腺が刺激されたのは確かだ。</p><p>でも私が本当に泣いたのは、そこではなかった気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>泣いたのは、予告編が終わって本編が始まるまでの、あの数秒の暗闇の中だ。</p><p>「あ、私、こんなに長い間、自分のためだけに何かをしていなかったんだ」</p><p>&nbsp;</p><p>そう気づいたとき、じわりと涙が出た。声が出るほどではなく、ひっそりと、マスクの中で。</p><p>子育てをしていたころは、子どもたちのことが最優先だった。</p><p>それは当たり前だし、後悔もしていない。</p><p>仕事をしながら家のことをしながら「自分」というものをどこかに置いてきたのは、あのころから始まっていたのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>子どもたちが巣立ってからも、気づけば夫のペースに合わせた生活になっていた。</p><p>夫が定年退職してからは、それがさらに色濃くなった。</p><p>夫の昼ごはん、夫の健康、夫の機嫌、夫のテレビ。</p><p>悪い人ではない。本当に。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、気づいたらそうなっていた。</p><hr><h2>映画の内容より、帰り道のことを覚えている</h2><p>上映が終わって、明るい場内に戻ってきたとき、少しぼんやりしていた。</p><p>映画の感想よりも、「一人でいたこの二時間」のことを考えていた。</p><p>&nbsp;</p><p>ロビーに出ると、カップルや家族連れが多くて、一人でいる自分が少し浮いているような気もしたが、それほど気にはならなかった。</p><p>昔なら恥ずかしかったかもしれない。でも今は、まあいいかと思えた。なんとなく。</p><p>&nbsp;</p><p>帰り道、遠回りをした。特に目的もなく、ぶらぶらと歩いた。</p><p>お茶でも飲んでいこうかと思ったが、結局やめた。「一人でカフェに入る」というのが、まだ少しだけハードルが高かった。</p><p>映画館の暗闇と違って、カフェは明るい。</p><p>一人でいることがよく見える。それがなんとなく、まだ慣れていない。</p><p>&nbsp;</p><p>いつか平気になるのだろうか。</p><p>なるかもしれないし、ならないかもしれない。</p><p>そういうものらしい。</p><hr><h2>家に帰ったら、小太郎が出迎えてくれた</h2><p>玄関を開けたら、小太郎が廊下の奥からちょこちょこと走ってきた。</p><p>その姿がいつ見てもおかしくて、可愛くて、なんだか少し泣けてくる。今日は特に。</p><p>「ただいま」</p><p>そう言ったら、小太郎が足元でくるくると回った。</p><p>&nbsp;</p><p>夫はまだテレビの前にいた。</p><p>「おかえり。どこ行ってたの」</p><p>&nbsp;「映画」&nbsp;</p><p>「映画？　一人で？」</p><p>&nbsp;「うん」</p><p>&nbsp;</p><p>夫はそれ以上何も言わなかった。興味がないのか、驚いたのか、よくわからなかった。</p><p>でも別に、説明しなくていいかと思った。</p><hr><h2>「自分のための時間」を、もっと持っていいんだと気づいた</h2><p>映画を一本見ただけで、何かが劇的に変わったわけじゃない。</p><p>翌日もいつも通りの朝ごはんを作って、いつも通りの一日が始まった。</p><p>でも、何かが少しだけ変わった気がした。</p><p>&nbsp;</p><p>「これをしたい」と思ったとき、誰かの都合を考える前に、少しだけ自分の気持ちを優先していい。</p><p>そのことを、映画館の暗闇の中で、体に教えてもらった感じがした。</p><p>大げさかもしれない。映画一本でそんな話をするのも、ちょっとおかしいかもしれない。</p><p>でも63歳にもなって、そんな当たり前のことをやっと少しわかってきたということなのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>「また行こう」と思っている。一人で。</p><p>次はチュロスを頼もうかな。</p><p>それだけで、ちょっと楽しみだ。</p><hr><p>美佐子</p>
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<link>https://ameblo.jp/misako-nikki/entry-12965195011.html</link>
<pubDate>Tue, 05 May 2026 17:40:49 +0900</pubDate>
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<title>60代ではじめてジムに入会した話、続いているのか正直に報告</title>
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<![CDATA[ <p>春になりましたね。（すみません、1か月くらい前に下書きした記事を、いまさら公開します）</p><p>テレビをつければ「新生活」「新しいチャレンジ」みたいな言葉が飛んでくる季節で、私みたいな年齢の人間には、正直あまり関係のない話だなと思っていました。</p><p>思っていたんですけど。</p><p><br>春に向けて、私もひとつ、新しいことを始めてしまいました。</p><p>ジムです。</p><p>63歳にして、ジムに入会してしまいました。</p><p>自分でもちょっと信じられていないんですが、会員証がかばんの中にあるので、現実なんだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260426/14/misako-nikki/4e/41/p/o1672094115775458051.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260426/14/misako-nikki/4e/41/p/o1672094115775458051.png" width="420"></a></p><h3>なぜ今さらジムなんか</h3><p>きっかけは情けない話で、膝が痛くなったからです。</p><p>去年の秋口から、階段でときどきピリッとくるようになって。</p><p>冬の間は特にひどくて、でも面倒だから病院には行かずにいたんです。</p><p>夫に「早く行きなよ」と何度か言われたんですが、あの人に言われると余計に行く気が失せるというか。</p><p>そういうものじゃないですか。</p><p>&nbsp;</p><p>結局2月になって、さすがにもう無視できないな、と。</p><p>近所の整形外科に行ったら、先生に「年相応の変形ですね。筋肉をつけて膝を支えるようにすると、だいぶ楽になりますよ」と言われました。</p><p>&nbsp;</p><p>筋肉。筋トレ。</p><p>その瞬間、私の頭の中に、自分がジムでダンベルを持っている絵が浮かびました。</p><p>どう見ても似合わない絵でした。</p><p>&nbsp;</p><p>だって運動なんて、高校の体育が最後みたいなものです。</p><p>それ以来、スポーツクラブとかフィットネスとか、まったく縁のない人生を歩んできた。</p><p>それが、なぜか、2月の終わりにチラシを手に取ってしまったんですよ。</p><p>&nbsp;</p><p>ポストに入っていた近所のジムの広告で、「60代からの運動習慣を」みたいなことが書いてあって。</p><p>最初は苦笑いしたんですが、なんか、その日の気分だったんでしょうね。</p><p>冬が長かったし、毎日が単調で、体は痛くなるのに気分は晴れない。</p><p>そういうときに限って、変な勢いがついてしまうんです。</p><h3>入会当日のこと</h3><p>「ちょっと見てくるだけ」と夫に言って出かけました。</p><p>本当に、見るだけのつもりだったんです。</p><p>ところが受付のお兄さんが感じのいい人で、施設を案内してくれながら「この時間帯は60代以上の方が多いんですよ」と教えてくれて。</p><p>見ると確かに、私と同じくらいか少し上くらいの女性がマシンで運動している。</p><p>「あ、こういうジムもあるんだ」と思ったら、気づいたらテーブルに座って登録書を書いていました。</p><p>&nbsp;</p><p>年齢の欄に「63」と書くとき、少し躊躇いました。べつに年を隠したいわけじゃないんですが、自分の手で書くと、改めて「ああ、そうか、63歳なんだ」という感じがして。なんか妙なものですね。</p><p>帰ってきて夫に報告したら、「え、ほんとうに？続くの？」って言われました。</p><p>&nbsp;</p><p>「続くの？」</p><p>その一言が、なんともカチンときました。そんな言い方しなくても、と思いながら、「続けます」と答えました。</p><p>あの瞬間の悔しさが、最初の一ヶ月くらいは原動力になっていたかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>小太郎は、私が見慣れないかばんを持って出かけようとしたら、ずっとついてきて、玄関でじっとこちらを見ていました。</p><p>「ジムに行ってくるのよ、お母さん」と言ったら、首をかしげていました。</p><p>私もまあ、自分でもよくわかっていなかったので、似たようなものです。</p><h3>最初の2週間はよかった</h3><p>初回は、スタッフの方にマシンの使い方を教えてもらって、軽いストレッチをして、</p><p>それだけでもう全身がじんわりと疲れました。</p><p>この体、動いていなかったんだなあと、しみじみ思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>週3日、火・木・土で行こうと決めて、最初の2週間はわりと楽しかったんです。</p><p>ジムの中の空気感が新鮮で、同じ年頃の女性たちがそれぞれマシンで黙々と運動している光景が、なんかよくて。</p><p>若者のためのジムじゃなくて、おばちゃんたちのためのジムというか、そういう場所が存在するんだなと思ったら、妙に安心したんですよ。</p><p>ジムから帰ってきて「ただいま」と言うと、小太郎が玄関でお出迎えしてくれる。</p><p>その繰り返しの中に、なんか「ジムに通う自分」という、うっすらした自己像が生まれた気がしました。</p><p>大げさに聞こえるかもしれないけど、本当にそういう感じがしたんです。</p><h3>3月の終わりごろから、怪しくなる</h3><p>4月に入ったあたりから、少しずつ行かない日が増えてきました。（そしてこの記事を公開しづらくなりました…）</p><p>理由ならいくらでもあります。</p><p>雨が降った、なんとなく億劫、夫の「今日ジム？」という確認がやたら気になる、同じマシンを同じ順番でこなすことの単調さに気づいてきた。</p><p>それに、膝の痛みがちょっとよくなってきたら、そもそも行く動機がぼんやりしてきて。</p><p>&nbsp;</p><p>思えば私、ルーティンが苦手なんですよ。</p><p>仕事をしているときは、嫌でも決まった時間に決まった場所に行かないといけなかったから、習慣が身についていたんですが。</p><p>今は「行く」「行かない」を自分で決められる。</p><p>そうなると、「火・木・土に行く」という決まりが、いつの間にかプレッシャーになっていました。</p><p>気づいたら週2ペースになっていました。</p><p>そういうものらしいです、こういうのは。</p><h3>正直なところ</h3><p>タイトルに「続いているのか正直に」と書いたので、正直に答えると、細々とは続いています。</p><p>週3は守れていないけど、週1から2は行っています。</p><p>やめるつもりはないし、かといって「ジムで人生が変わった！」とも全然言えない。</p><p>&nbsp;</p><p>体重は変わっていません。筋肉がついたかどうかも、自分ではわかりません。</p><p>膝の痛みが楽になったのは、筋トレのおかげなのか、単に暖かくなったからなのか、それも正直わかりません。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、ひとつだけ言えることがあって。</p><p>週に2、3時間、夫とも小太郎とも関係のない、完全に自分だけのための時間が存在する、ということが、私には思った以上に大事だったみたいです。</p><p>「美佐子さん、今日は火曜日ですが」みたいなことを言ってくる人がいない時間。</p><p>自分のペースで、自分の体だけのことを考えている時間。</p><p>それが、ジムという場所でしか今のところ手に入らないんですよ、私には。</p><h3>ジムで出会う人たち</h3><p>行くようになってわかったことがあります。同じ時間帯に来る人たちって、だいたい決まっているんです。</p><p>朝9時台に来るグループ、昼間に来る人たち。</p><p>毎回同じ顔を見かけるけど、名前も知らないし、深い話をしたこともない。</p><p>ロッカーで目が合ったら会釈するくらいの、それだけの関係。</p><p>でも不思議と、その人が来ていない日は「あ、今日はいないんだ」と思ったりする。</p><p>&nbsp;</p><p>中に、ずっとそこにいる感じの年配のおばあちゃんがいます。</p><p>80代じゃないかと思うくらい。淡々とマシンを使って、淡々と帰っていく。</p><p>見ていると、「あ、続けるってこういうことなんだな」とぼんやり思います。</p><p>何かが劇的に変わるんじゃなくて、ただ、来て、帰る。それだけが積み重なっていく。</p><p>まだ慣れていないけど、そういうものなのかもしれないと、少しずつ思い始めています。</p><h3>思いがけない変化</h3><p>ジムに行くようになってから、夫婦間に意外な変化がありました。</p><p>私がいない時間、夫がちゃんと自分で何かをするようになったんです。</p><p>読書したり、ニュースを見たり、ごそごそしたり。</p><p>&nbsp;</p><p>以前は一日中どこかに気配があって、それがじわじわ気になっていたんですが、週に数時間、物理的にいなくなることで、夫も自分の時間を持つようになった。</p><p>離れる時間があると、戻ってきたときの関係が少しだけ軽くなる。実感しています。</p><p>こんなことがジムの効果になるとは、整形外科の先生も教えてくれませんでした。</p><h3>それで、続けるのか</h3><p>続けるんだと思います。週3は守れなくても、週2くらいは行き続けるんでしょう。</p><p>いや、週1もやっとかもしれないけど。</p><p>やめると、また毎日が同じになる。</p><p>それが怖いというか、なんか嫌なんです。</p><p>惰性でもいいから、ジムに行く日がある、という生活の形が、今の私にはちょうどいい。</p><p>&nbsp;</p><p>帰ってきたとき、玄関で小太郎が待っている。</p><p>「おかえり」みたいな顔で見上げてくる。尻尾をぶんぶん振って。<br>それが毎回なんかいいんですよ。</p><p>ジムに行ってきた、という事実だけで、一日が少し違う色をしている気がして。</p><p>&nbsp;</p><p>まだ慣れていないけど、気づいたらこういうことになっていました。</p><p>これが63歳の、正直なところです。</p><hr><p>美佐子<br><br><img border="0" height="1" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fwww.rentracks.jp%2Fadx%2Fp.gifx%3Fidx%3D0.30676.379532.4090.6125%26dna%3D84975" width="1"><a href="http://www.rentracks.jp/adx/r.html?idx=0.30676.379532.4090.6125&amp;dna=84975" rel="nofollow noopener" target="_blank">ちなみに私が入会したフィットネスクラブはここ。</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/misako-nikki/entry-12964217937.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Apr 2026 14:42:37 +0900</pubDate>
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<title>新学期が始まったことすら知らなかった私の4月—「自分の時間」はどこに消えたのか</title>
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<![CDATA[ <h1>子育ても終わって、「私の時間」のはずなのに、私の人生どこにあるんだろう</h1><p>スーパーのレジに並んでいたとき、ふとそんなことを考えた。</p><p>前の列で、レジの店員さんとお客さんが話していた。</p><p>「お子さん、まだ春休みですか？」</p><p>「いえ、もう新学年が始まりましたよ。今週から」</p><p>「あら、早いですね」</p><p>なんでもない会話だ。聞き流せばいい。でも私はそこで、少し止まってしまった。</p><p>&nbsp;</p><p><em>そうか、もう新学期が始まっているのか。</em></p><p>&nbsp;</p><p>息子たちが小学生だったころは、春休みがいつ終わるか、入学式はいつか、</p><p>そんなことを私は誰より把握していた。</p><p>カレンダーに書き込んで、何か行事があれば張り切って前日の夜から下準備をして。</p><p>&nbsp;</p><p>あの頃の自分の生活は、子どもたちの学校のリズムで回っていた。</p><p>それが今は、新学期がいつ始まるかも、春休みが何日あるかも、気にしたことすらなかった。</p><p>知らないまま、4月になっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>べつに悪いことじゃない。</p><p>子どもたちはとっくに独立して、私が学校行事を追いかける必要なんてないんだから。</p><p>でも、なんだか妙な気持ちになった。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の生活から「子どもの時間割」が消えたのはわかっていた。</p><p>じゃあ代わりに、何が入ったんだろう。</p><hr><h2>「手が離れたら自分の時間ができる」はずだった</h2><p>子育て中は、ずっとそう思っていた。</p><p>息子が二人いて、上の子と下の子は三歳差。</p><p>それぞれ手がかかる時期が違って、やっと下の子が高校を卒業したときには私はもう50代になっていた。</p><p>「ここからが私の時間だ」と思ったのを覚えている。</p><p>&nbsp;</p><p>でも実際は、そんなにすっきりしなかった。</p><p>下の子が家を出てしばらくは、なんとなく張り合いがなくて、逆に体がだるいような日が続いた。</p><p>やりたいことをやろうと思っても、何がやりたいのかがよくわからなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>長年「誰かのため」に動いてきたせいで、「自分のため」に何かを選ぶ感覚が錆びついていたんだと思う。</p><p>それでも、パートの仕事もあったし、友人との付き合いもあったし、「まあそのうち」と思いながら過ごしていた。</p><p>そして夫が定年退職した。</p><hr><h2>夫が家にいるようになって、静かに消耗していった</h2><p>去年の春のことだ。夫が会社を辞めて、毎日家にいるようになった。</p><p>最初は「まあしょうがない」と思っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>でも正直に言うと、日に日にじわじわと、何かが削られていく感覚があった。</p><p>昼ごはんを作らなきゃいけない。お茶を出さなきゃいけない。</p><p>「今日どこか行くの？」と聞かれる。</p><p>テレビのチャンネル権を静かに奪われる。</p><p>&nbsp;</p><p>家にいるだけで存在感のある人間というのがいて、うちの夫はそのタイプだった。</p><p>子どもたちのお世話が終わったら、今度は夫のお世話が始まった——そう言うと言い過ぎかもしれないけど、感覚としてはそれに近かった。</p><p>「私の時間はどこにいったんだろう」と思う夜が、何度かあった。</p><p>&nbsp;</p><p>誰かに言えるような不満でもない。</p><p>夫が特別ひどいわけじゃないし、怒鳴るとかそういうことも全然ない。</p><p>ただただ、自分のための時間と空間が、ずっと誰かに使われてきたような気がして。</p><hr><h2>小太郎だけが、何も要求してこなかった</h2><p>そんな中で、救いだったのは小太郎だった。</p><p>うちのチワワ、10歳、2.5キロ。</p><p>小太郎はソファの定位置で丸まって、私がため息をついても特に何も言わない。</p><p>「どうしたの？」とも聞かないし、「何か作って」とも言わない。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、こっちがそばに行けば、少しだけ目を細めて、また眠る。</p><p>それが、妙にありがたかった。</p><p>何も要求してこない存在って、今の私の生活の中で、小太郎だけなんじゃないかと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>べつに夫が意地悪なわけじゃない。</p><p>息子たちだって、そんなに頻繁に連絡があるわけじゃない。</p><p>ただ「家族」って、知らないうちに互いを消費し合っているところがある。</p><p>&nbsp;</p><p>小太郎は消費しない。ただ、いる。</p><p>その「ただいる」に、何度助けられたかわからない。</p><hr><h2>「私の人生どこ？」と思った夜のこと</h2><p>正直に書くと、去年の秋ごろだったと思う。</p><p>夫はリビングでテレビを見ていて、私は台所で洗い物をしていた。</p><p>いつもと変わらない夜だった。</p><p>&nbsp;</p><p>それなのに、突然、「あれ、私はこのために生きてきたのかな」という気持ちが、ぽっと出てきた。</p><p>子どものために生きていた時代がある。</p><p>夫の仕事を支えながら家を守っていた時代がある。</p><p>&nbsp;</p><p>それはそれで、やりがいもあったし、大事な時間だったと思う。</p><p>でも、それが全部「終わった」あとに、私の側に何が残ったんだろう。</p><p>夫の定年後の生活を整えることが、また新しい「役割」になっていた。</p><p>自分の番が来たと思ったのに、また誰かの番を回していた。</p><p>&nbsp;</p><p>泣いたわけじゃない。</p><p>怒ったわけでもない。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、洗い物をしながら「あれ」と思って、それをうまく言語化できないまま、その夜は寝た。</p><hr><h2>「やりたいことリスト」が書けなかった日</h2><p>少し前に、自分のためにやりたいことを書き出してみようとしたことがある。</p><p>ノートを開いて、ペンを持って、さあと思ったら——全然出てこなかった。</p><p>旅行に行きたい、は出てきた。</p><p>&nbsp;</p><p>でも「どこに」と考えると、特にパッとした場所が思い浮かばない。</p><p>何か習い事をしたい、も出てきた。でも何を習いたいかと考えると、これもよくわからない。</p><p>&nbsp;</p><p>「やりたいこと」って、自分の中に勝手に湧いてくるものだと思っていた。</p><p>でも案外そうじゃなくて、「やっていい状況」「やれる余白」がないと、そもそも出てこないのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>長年、余白をふさいで生きてきた。</p><p>誰かのスケジュールに合わせて、誰かが食べるものを考えて、誰かが困らないように先回りして。</p><p>そういう生活の中で、「自分が何をしたいか」を考える筋肉が、どこかでなまってしまったんじゃないかと思う。</p><hr><h2>4月、また誰かの「新しいスタート」を横目に</h2><p>スーパーでのあの会話に戻る。</p><p>新学期が始まった、という話を聞きながら、私は少し羨ましかったのかもしれない。</p><p>べつに学校に戻りたいわけじゃない。</p><p>子育ての大変さをもう一度味わいたいわけでもない。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、「新しいステージ」というものが、自分にもあればいいなと、ぼんやり思った。</p><p>&nbsp;</p><p>4月って、何かが始まる季節だ。</p><p>桜が咲いて、制服を着た子たちが歩いて、街全体が少しそわそわしている。</p><p>でも私の4月は、去年と同じように始まった。</p><p>夫の朝ごはんを作って、小太郎の散歩に行って、買い物に出かけた。</p><p>&nbsp;</p><p>それが悪いとは思わない。本当に思わない。</p><p>ただ、それが「私の選んだ4月」なのかどうか、まだよくわからないでいる。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260417/21/misako-nikki/66/13/p/o0936062415772462702.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260417/21/misako-nikki/66/13/p/o0936062415772462702.png" width="420"></a></p><hr><h2>「まだわからない」でいることにした</h2><p>答えを出さなきゃいけないわけじゃないと、最近は思うようにしている。</p><p>「私の人生どこ？」という問いは、まだ宙ぶらりんのままだ。</p><p>&nbsp;</p><p>やりたいことも、これといって見つかっていない。</p><p>夫が家にいることへの微妙な感情も、きれいに整理できていない。</p><p>でも、その「わからなさ」を、以前ほど焦らなくなった。</p><p>&nbsp;</p><p>60代になって気づいたのは、人生の答えって、考えれば出てくるものじゃないということだ。</p><p>動いているうちに、気づいたらそうなっていた、という感じで少しずつ変わっていくんじゃないかと、うっすら思っている。</p><p>&nbsp;</p><p>スーパーのレジで、見知らぬ人の「新学期」の話を聞いた日。</p><p>帰り道、小太郎が玄関で待っていた。しっぽを振りながら、いつものように。</p><p>「ただいま」と言ったら、くんくんと鼻を鳴らして、また丸まった。</p><p>私の4月も、とりあえず続いている。それでいいのかどうか、まだわからないけど。</p><hr><p>美佐子</p>
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<link>https://ameblo.jp/misako-nikki/entry-12963328593.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Apr 2026 21:44:17 +0900</pubDate>
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<title>夫婦二人きりになって気づいた。この人と、ほとんど会話がない。</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260411/17/misako-nikki/5a/d5/p/o1536102415770304699.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260411/17/misako-nikki/5a/d5/p/o1536102415770304699.png" width="420"></a></p><p>息子たちが巣立ち、夫が会社を辞め、家の中に私たち二人だけが残された。</p><p>それがこんなに静かなことだとは、正直、思っていなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>ご飯を食べながら、テレビを見ながら、夕方の散歩から帰ってきながら</p><p>——気づいたら何も話していない。</p><p>話しかけようとして、でも別に用件もないから、そのままにしておく。</p><p>そういう時間が、じわじわと増えていった。</p><p>べつに、喧嘩しているわけじゃない。不仲でも、ないと思う。ただ、会話が、ない。</p><h2>子どもがいたころは気づかなかった</h2><p>息子たちが家にいたころは、家の中にいつも何かしら音があった。</p><p>二人ともそれほどおしゃべりなほうではなかったけれど、</p><p>「ご飯できたよ」</p><p>「今日学校どうだった」</p><p>「明日何時に帰る？」</p><p>——そういうやりとりが一日にいくつもあって、それだけで家の中は十分ににぎやかだった。</p><p>&nbsp;</p><p>夫との会話が少なかったとしても、そこに子どもたちの声や気配があれば、家は家として成立していたのだと思う。</p><p>私も夫も、そのことに気づかないまま何十年も過ごしてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>夫が会社に行っていたころも、同じようなものだった。</p><p>朝は慌ただしいし、夜は夫が帰ってくる時間に合わせて夕食を作ることで頭がいっぱいで、深く話す余裕もなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>週末も、息子たちの部活の送り迎えだの、買い物だの、それぞれのことで動いていたから、夫婦でゆっくり向き合う時間なんてほとんどなかった。</p><p>それが「普通」だと思っていた。いや、それが「普通」だったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>でも今は違う。</p><p>子どもは独立し、夫は退職して、毎日家にいる。</p><p>朝から晩まで、二人きりの時間がある。</p><p>&nbsp;</p><p>こんなに夫と「一緒にいる」のは、結婚以来初めてかもしれない。</p><p>なのに、会話がない。</p><h2>気づいた日のこと</h2><p>いつだったか、夕食の準備をしながらふと気になって、「今日、夫と何か話したっけ」と思い返してみた。</p><p>朝、「おはよう」と言った。昼ごはんのとき、「これ、冷蔵庫に残ってたやつ」と言いながら皿を出した。</p><p>夫は「うん」と言って食べた。それだけだった。</p><p>それだけ、だった。</p><p>&nbsp;</p><p>一日中、同じ家の中にいて、顔も何度も合わせているのに、実質的な会話はゼロに近かった。</p><p>そのことが、なんとも言えない気持ちで胸のあたりに引っかかった。</p><p>悲しいとか、怒っているとか、そういうはっきりした感情じゃない。</p><p>ただ、なんか、変だな、という感じ。</p><p>&nbsp;</p><p>この人と私は何十年も一緒に暮らしてきて、こんなに話すことがないものなのか、と。</p><p>小太郎が足元をうろうろしながらこちらを見上げてきたので、「そうだよねえ」と話しかけたら、夫が「何が？」と聞いてきた。「小太郎に言ってたの」と答えると、夫は「あ、そう」と言ってまたテレビに目を戻した。</p><p>……まあ、そういうことである。</p><h2>「何か話さないと」という焦りと、その無駄さ</h2><p>それから少しの間、意識して夫に話しかけるようにしてみた。</p><p>「最近、何か見てる？ドラマとか」&nbsp;</p><p>「そういえば、あそこのスーパー、リニューアルしたみたいよ」</p><p>「〇〇さんのこと覚えてる？年賀状来なくなったのよね」</p><p>夫は「ふーん」とか「そうなんだ」とか「知らないな」とか、一言か二言は返してくれる。</p><p>&nbsp;</p><p>でも会話は続かない。</p><p>私が何か言う、夫が短く返す、沈黙、また私が何か言う</p><p>——そのパターンを繰り返していると、なんだかインタビューをしているみたいな気分になってきて、途中から面倒くさくなってしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>もともと夫はそういう人だった、と言えばそうなのかもしれない。</p><p>無口というほどではないけれど、自分からあれこれ話す人ではない。</p><p>仕事のことも、あまり家では話さなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>「今日どうだった？」と聞けば多少は答えてくれるけど、こちらが聞かなければ自分からは言わない。</p><p>それが四十年近く続いてきたわけで、今さら変わるわけもない。</p><p>&nbsp;</p><p>わかっていたのに、なぜか「夫婦二人きりになったら、逆にゆっくり話せるようになるかもしれない」という淡い期待を、どこかに持っていたらしい。</p><p>我ながら、おめでたいと思う。</p><h2>「会話がない夫婦」は不幸なのか</h2><p>こう書くと、ずいぶん寂しい話に聞こえるかもしれない。</p><p>でも正直なところ、常に会話があればいいかというと、それもよくわからない。</p><p>&nbsp;</p><p>友人の話を聞いていると、旦那さんが退職後やたらとしゃべるようになって、かえってしんどい、という人も少なくない。</p><p>一日中あれこれ話しかけられて、テレビを一緒に見ながらも逐一コメントされて、息が詰まりそうだと言っていた。</p><p>それと比べると、うちはむしろ静かで快適、とも言える。</p><p>言えるのかな。</p><p>……微妙なところだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、これは個人的な話だけれど、私はもともとひとりでいるのが苦じゃないほうだと思う。</p><p>家事をしながら自分のペースで考えごとをしたり、好きな時間に好きなものを読んだりするのが性に合っている。</p><p>だから夫が静かにしていてくれること自体は、ありがたい部分もある。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、それとは別のところで、何か一緒に話せるといいのにな、とも思う。</p><p>この人と私は、一体どんな話ができるんだろう、という素朴な疑問が、頭の隅にある。</p><h2>小太郎が橋渡しをしてくれる、たまに</h2><p>面白いのは、小太郎がいると少し違うということだ。</p><p>「小太郎、おなか出して寝てる」と夫が言い、「ほんとだ、暑いのかな」と私が返す。</p><p>「この前ドッグフード変えただろ、食いつきいいな」「そう、前のやつより気に入ってるみたい」——</p><p>そういう会話なら、わりと自然に続く。</p><p>&nbsp;</p><p>小太郎を介すると、夫も少し口数が増える気がする。</p><p>直接私に話しかけるのと、小太郎に向けた言葉が自然に会話になるのとでは、何かが違うらしい。</p><p>夫の側も、意識せずにしゃべれるのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>片手で軽く抱きかかえられるくらいの小さな体で、この子はよく我が家の雰囲気をつないでくれている。</p><p>本人はそんなつもり、まったくないだろうけど。</p><p>&nbsp;</p><p>ご飯を食べ終えてソファに移動してきた夫の隣に、なぜか小太郎もすとんと座って、二人（一人と一匹？）でテレビを見ていることがある。</p><p>そういう光景を台所から眺めながら、「まあ、これはこれで悪くないか」と思ったりする。</p><h2>で、これからどうするのかというと</h2><p>正直、何かを変えようとは、あまり思っていない。</p><p>夫に「もっと話してよ」と言ったところで、おそらくどうにもならない。</p><p>性格というのはそう簡単に変わらないし、無理に話させようとしても、お互いしんどいだけだろうと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>かといって、「うちの夫婦はこういうもの」と完全に割り切れているかというと、それも怪しい。</p><p>何十年も経って今さら、この人のことをよくわかっていなかった、と気づくのは、ちょっと妙な気分だ。</p><p>驚いているというより、ぽかんとしている感じ。</p><p>&nbsp;</p><p>よく「老後は夫婦の会話が大切」「定年後は夫婦で趣味を持つといい」みたいな話を見かける。</p><p>そういう記事を読むたびに、「そうなんだろうけど」と思いながら、自分たちのことを思い浮かべて、少し遠い話のように感じてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>夫が定年退職して、二人きりの生活が始まって、そこで初めて「会話がない」という現実を目の前に突きつけられた感じがする。ずっとそうだったのに、気づかなかっただけで。</p><p>気づいたらそうなっていた、というよりも、最初からそうだったものが、やっとはっきり見えてきた、という感じだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>さあ、どうしよう。</p><p>……とりあえず、今日の夕飯は何にしようか、のほうが先かな。</p><hr><p>美佐子</p>
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<link>https://ameblo.jp/misako-nikki/entry-12962684454.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Apr 2026 17:53:35 +0900</pubDate>
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<title>60代で白髪染めをやめた。勇気とかじゃなく、ただ疲れたというだけの理由で</title>
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<![CDATA[ <h1>鏡を見るのが、少しずつ嫌になっていた</h1><p>やめようと思ったのは、特別な理由があったわけじゃない。</p><p>ある朝、洗面台の鏡の前に立って、自分の生え際を見ていたら、なんとなくため息が出た。それだけのことだった。</p><p><br>根元から一センチくらい、白いものが出ている。染めてから三週間も経っていないのに。</p><p>もう何年も、このサイクルを繰り返している。美容院に行って、髪を染めて、きれいになったと思ったら、すぐ根元が気になりはじめる。<br>また行かなきゃと思いながら、予約を先延ばしにして、気づいたら一ヶ月以上経っていて、鏡を見るたびに少し憂鬱になる。</p><p>なんのために染めているんだろう、と思ったのはその朝が初めてじゃなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、その日は少しだけ気持ちが違った。</p><p>窓の外では野良のインコがうるさく鳴いていて、小太郎がベランダ越しにそれを熱心に見ていた。<br>片手で軽く抱きかかえられるくらいの小さな体なのに、ああいうときだけは妙に堂々としている。</p><p>なんとなく、そのまま美容院に電話するのをやめた。</p><hr><h2>「グレイヘア」という言葉を知ったのは、わりと最近のことだ</h2><p>白髪染めをやめた人の話を、ここ数年でよく見かけるようになった。</p><p>雑誌でも、SNSでも、同世代の女性が「グレイヘアにしました」と報告しているのを目にする機会が増えた。</p><p>&nbsp;</p><p>正直に言うと、最初はあまり興味がなかった。</p><p>素敵だとは思う。でも自分には関係ない、という感じで眺めていた。</p><p>白髪をそのまま伸ばすって、よほど骨格がよくないと似合わないんじゃないか。</p><p>それか、強い意志がないとできないのかな、とか。</p><p>なんとなく、自分には敷居が高い話のように思っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>染め続けることに疑問を持ちはじめたのは、たぶん六十を過ぎてからだと思う。</p><p>若いころは、白髪は「老けて見える」ものだった。</p><p>隠さなきゃという感覚がどこかにあった。</p><p>でも六十三になった今、何から何を隠そうとしているのか、だんだんよくわからなくなってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>白髪があって当然の年齢なのだ。</p><p>隠すというより、なんというか、毎月せっせと嘘をついているような気分になってきた。</p><p>誰に対して、ということもないんだけれど。</p><hr><h2>やめると決めた日のこと</h2><p>やめよう、と決めたのは、本当に突然だった。</p><p>いつも行っている美容院から「そろそろいかがですか」というDMが来た。</p><p>それをぼんやり眺めながら、今回はやめておこうかな、と思った。</p><p>&nbsp;</p><p>やめておこう、というのが染めることをやめる、という意味だと気づいたのは、その後しばらく経ってからだ。</p><p>染めるのをやめよう、と大きく決意したわけじゃない。</p><p>なんとなく今回はいいや、と思っただけが、気づいたらそういうことになっていた。</p><p>大きな決断というより、小さな保留の積み重ねで、気づいたらそうなっていた、という感じが正確かもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>夫には特に相談しなかった。</p><p>相談するほどのことでもない気がしたし、相談したところで「好きにすれば」以外の返事は来ないだろうとわかっていた。</p><p>それを責めているわけじゃなくて、たぶん夫はそういう話に口を出すべきでないとちゃんとわかっているから、それはそれでいい。</p><hr><h2>移行期間というものがある</h2><p>グレイヘアにする、と決めたとして、すぐにそうなるわけじゃない。</p><p>染めた部分が伸びてきて、根元の白髪と染まっている毛先が混在するという、なかなか見苦しい時期が続く。</p><p>これがどのくらいかかるのか、髪の長さにもよるけれど、私の場合はボブくらいの長さなので、一年かそれ以上はかかるらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>始めてみて初めてわかったのは、この移行期間がかなり精神的にしんどいということだ。</p><p>根元は白くて、毛先は茶色で、なんとも中途半端な状態が続く。鏡を見るたびに「大丈夫かな」と思う。</p><p>美容院で聞いたら、移行期間はハーフアップにしたり、ヘアバンドを使ったりして乗り越える人が多いと言われた。</p><p>そういうものらしい、と思いながら、ヘアバンドをいくつか買ってみた。</p><p>白髪染めをやめるのは簡単だけど、それがきれいに見えるようになるまでの道のりは、思ったよりずっと長い。</p><hr><h2>夫の反応</h2><p>何週間か経って、夫が初めて気づいた。</p><p>「なんか、頭変わった？」</p><p>ものすごく語彙の少ない言い方だったけれど、気づいたこと自体は正直ちょっと意外だった。</p><p>そういうことにはまったく頓着しない人だと思っていたので。</p><p>&nbsp;</p><p>「白髪染めやめたの」と言ったら、「あ、そう」と言って、それで終わった。</p><p>否定もしない、肯定もしない。良いとも悪いとも言わない。まあ、そういう人だ。でも「なんでやめたの」とも聞かれなかった。理由を説明しなくていいのは、楽と言えば楽だった。</p><p>&nbsp;</p><p>少し経って、食器を拭きながら「白いの、思ったより多いな」とぽつりと言われた。</p><p>どういうニュアンスなのか少し考えたけれど、悪口を言うつもりじゃないことはなんとなくわかったので、「そうでしょ」とだけ返しておいた。</p><hr><h2>友人たちの反応はさまざまで、それが面白かった</h2><p>同世代の友人に会ったとき、自分から「白髪染めやめてみたんだよね」と話すことにしていた。</p><p>言わなければ気づかないかもしれないし、言ったほうが話題になるかな、という軽い気持ちで。</p><p>&nbsp;</p><p>反応は、本当にいろいろだった。</p><p>「えっ、やめたの？　勇気あるね」という人もいれば、「私もずっと迷ってるんだよね」と言う人もいた。</p><p>「似合いそう」とすぐ言ってくれた友人もいたし、「うーん、まだ早くない？」と首をかしげた人もいた。</p><p>&nbsp;</p><p>正直に言うと、「勇気あるね」と言われるのが一番ピンとこなかった。</p><p>勇気が必要なことなのかな、とその都度思う。</p><p>染めることをやめるのは、勇気というより、もう少し地味な動機からだった。</p><p>疲れた、とか、面倒になった、とか、そういう話だ。</p><p>そこに勇気という言葉を当てはめると、少しかっこよくなりすぎる気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>「私もやめようかな」と言った友人には、移行期間が長いから心の準備はしておいたほうがいいよ、と伝えた。</p><p>すると「それがちょっと怖くて」と言っていた。気持ちはわかる。</p><hr><h2>美容師さんに相談してよかった</h2><p>染めるのをやめることにしたとき、美容院をやめるつもりはまったくなかった。</p><p>カットはするし、移行期間の扱いを相談できる人が必要だと思ったから、担当の美容師さんにすぐ話した。</p><p>四十代くらいの方で、グレイヘアに移行するお客さんの話をよく聞いているらしく、いろいろと教えてくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>移行がきれいに見えるコツとして、まずカットで全体のバランスを整えることが大事だと言われた。</p><p>伸ばしっぱなしにせず、定期的にカットしながら白い部分を増やしていくほうが、途中の見苦しい時期が短く感じられるらしい。</p><p>あとは、トリートメントをちゃんとすること。</p><p>白髪は染めた髪よりも乾燥しやすいから、ツヤをキープする手入れが大切だと言われた。</p><p>&nbsp;</p><p>「白髪ってきれいに光を反射するので、うまく育てると本当に素敵になりますよ」と言ってくれた。</p><p>育てる、という言い方が少し面白かった。植物みたいだな、と思いながら聞いていた。</p><hr><h2>今の状態と、正直な気持ち</h2><p>&nbsp;</p><p>やめてから、今で数ヶ月が経った。</p><p>根元から白い部分がだいぶ伸びてきた。</p><p>毛先はまだ染めた色が残っていて、全体としてはまだ途中感がある。</p><p>鏡を見て「まあこんなものか」と思う日もあれば、「やっぱり変かな」と思う日もある。</p><p>&nbsp;</p><p>正直、まだ慣れていない。</p><p>自分の頭を見て、これが自分だ、と思えるまでにはまだ時間がかかりそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、染めていたころの憂鬱さは消えた。</p><p>三週間ごとに根元が気になって、なんとなく焦って、また染めに行く、というループから外れた。</p><p>それだけでも、少し楽になった気がしている。</p><p>&nbsp;</p><p>きれいになりたいという気持ちは、今もある。</p><p>でも、きれいの中身が少し変わってきた気がする。</p><p>若く見せるきれいさより、自分の年齢に合ったきれいさのほうに、自然と興味が移っている。</p><p>それが意識的な変化かと言われると、そういうわけでもなくて、気づいたらそうなっていた、という感じだ。</p><p>&nbsp;</p><p>先日、小太郎を抱っこしながら窓の外を見ていたら、夫が「そのうち板についてくるんじゃないの」と言った。</p><p>何の話をしているのか一瞬わからなかったけれど、たぶん髪のことだと思う。</p><p>そういう言い方をするんだな、と思いながら、まあそうかもしれない、とだけ思った。</p><p>板についてくるかどうか、しばらく続けてみないとわからない。</p><p>でも、少なくとも今のところは、やめて後悔はしていない。</p><hr><p>美佐子</p>
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<link>https://ameblo.jp/misako-nikki/entry-12962028559.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 12:10:51 +0900</pubDate>
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<title>ランチ仲間が、突然がんになった。</title>
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<![CDATA[ <p>連絡が来たのは、去年の秋、何でもない平日の午後のことだった。</p><p>&nbsp;</p><p>スマホを見たら、由美子さん（仮名）からLINEが届いていた。<br>由美子さんはランチをよく一緒にする友人で、同い年の六十三歳。</p><p>近所に住んでいて、月に一、二度、駅前のファミレスか中華のお店でご飯を食べる仲だ。</p><p>&nbsp;</p><p>メッセージを開くと、短い文章が入っていた。</p><p>「実は先月から検査していたんだけど、乳がんって言われた。</p><p>早期だから大丈夫って先生には言われてるんだけどね」</p><p>&nbsp;</p><p>読んで、しばらく画面を見ていた。</p><p>何を返せばいいのか、すぐにわからなかった。</p><hr><h2>「大丈夫」という言葉を、どう受け取ればいいのか</h2><p>乳がん。早期。大丈夫。</p><p>その三つの言葉が、頭の中でうまく整理できなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>早期なら大丈夫、というのは本当のことだと思う。</p><p>医学的に、早期発見であれば治癒率は高い。それは知識としては知っている。</p><p>でも、だからといって「よかった、早期で」とすぐに言えるものでもない気がした。</p><p>&nbsp;</p><p>由美子さんが「がん」という言葉を受け取ってから今日まで、どんな気持ちで過ごしてきたのかを思うと、軽々しく「よかった」と言うのが違う気がした。</p><p>&nbsp;</p><p>かといって深刻にしすぎるのも、本人が「大丈夫」と言っているのに水を差すようで違う気がした。</p><p>しばらく考えて、「教えてくれてありがとう。会って話せる？」と返した。</p><p>既読がついて、少しして「うん、話したかった」と返ってきた。</p><hr><h2>会って初めて、由美子さんの顔を見た</h2><p>数日後、いつものファミレスで会った。</p><p>由美子さんはいつも通りの格好で来て、席についてメニューを開いた。</p><p>ふだんと変わらない様子に、少し拍子抜けした。</p><p>もっと元気がなかったり、何か変わって見えたりするかと思っていたから。</p><p>&nbsp;</p><p>「思ったより普通でしょ」と由美子さんが笑った。</p><p>「私もそう思ってる。自分がそんな顔してるとは思えなくて」</p><p>がんと告知された日のことを、由美子さんは淡々と話してくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>検査結果を聞いた瞬間は頭が真っ白になったこと。</p><p>家に帰ってから、ひとりで泣いたこと。</p><p>翌日、娘に電話したら娘も泣いていたこと。</p><p>夫には伝えたら、むっつりと黙って、それきりその話をしなくなったこと。</p><p>「夫ってそういうもんよね」と由美子さんが言ったから、私も「そうよねえ」と言った。</p><p>&nbsp;</p><p>手術は来月に決まっていると聞いた。</p><p>入院は一週間程度の予定で、その後は経過を見ながらということらしい。</p><p>早期の乳がんなので、ステージとしては軽いほうに入るのだという。</p><p>&nbsp;</p><p>「でもさ」と由美子さんが言った。「軽いって言われても、がんはがんじゃない。なんか、自分の体の中にそういうものがいたって思うと、やっぱり気持ち悪いっていうか、怖いっていうか」</p><p>「そうよね」と私は言った。それしか言えなかった。</p><hr><h2>私は何もできない、という無力感</h2><p>家に帰って、夕飯の支度をしながら、由美子さんのことを考えていた。</p><p>何かしてあげられることはないか、と思った。でも、考えれば考えるほど、何もできないことがわかった。</p><p>手術は決まっている。入院の準備は本人と家族がやる。</p><p>お見舞いは、入院中は感染対策もあるから難しいかもしれない。</p><p>退院後に顔を見に行くとか、ご飯を食べに行くとか、そういうことしかできない。</p><p>&nbsp;</p><p>結局、私にできることは「待っている」ということだけだった。</p><p>&nbsp;</p><p>それがなんとも、もやもやした。友人として何かしてあげたい気持ちと、でも何もできないという現実の間で、しばらく宙ぶらりんになっていた。</p><p>小太郎がトコトコと台所に入ってきて、足元をうろうろした。</p><p>ご飯の時間だった。「そうね、ご飯ね」と言って、フードをよそった。</p><p>&nbsp;</p><p>小太郎が黙々と食べる姿を見ながら、この子は何も知らないんだな、と思った。</p><p>由美子さんのことも、私が今どんな気持ちでいるかも。</p><p>それが妙にほっとした。</p><hr><h2>六十代って、そういう年齢なんだと気づいた</h2><p>由美子さんの話を聞いてから、しばらくの間、ぼんやりと考えることが増えた。</p><p>六十代というのは、こういうことが起きる年齢なのだ、と改めて思った。</p><p>&nbsp;</p><p>友人ががんになる。知人が倒れる。</p><p>そういうことが、少しずつ「人ごと」ではなくなってくる年齢。</p><p>二十代や三十代のときは、そういう話は遠い世界の出来事のように感じていた。</p><p>五十代でも、まだ少し遠かった。</p><p>&nbsp;</p><p>でも六十代になると、急に輪郭がはっきりしてくる。</p><p>&nbsp;</p><p>考えてみれば、思い当たることはほかにもあった。</p><p>数年前に、別の友人が子宮の手術をした。</p><p>去年は夫の同僚が心筋梗塞で倒れたという話を聞いた。</p><p>&nbsp;</p><p>私自身も、健康診断の数値がじわじわ動いている。夫の薬も増えた。</p><p>でも由美子さんのことは、なぜかそれまでとは違う重さで受け取った。</p><p>ランチを一緒に食べて、どうでもいい話をして、笑って、それだけの仲だと思っていた人が、がんと診断された。</p><p>そのことが、じわじわと自分の中に染み込んできた。</p><p>&nbsp;</p><p>あの人も、私も、同じ六十三歳なのだ。</p><hr><h2>手術が無事に終わったと聞いた日</h2><p>由美子さんの手術が終わったのは、LINEで連絡をもらって三週間ほど後のことだった。</p><p>娘さんから「無事に終わりました」という短いメッセージが届いた。</p><p>由美子さんのスマホから送ってくれたらしかった。</p><p>&nbsp;</p><p>思わず「よかった」と声に出した。誰もいない部屋で、一人で。</p><p>小太郎が顔を上げてこちらを見た。「なんでもないよ」と言ったら、また丸まった。</p><p>&nbsp;</p><p>その日の夜、なんとなく気持ちが落ち着かなかった。</p><p>よかった、という気持ちと、でもまだこれからなんだという気持ちと、それから、なぜか自分のことが少し怖くなる気持ちと。</p><p>自分の胸を触ってみた。何でもなかった。</p><p>でも、ふだん気にしたことのなかったことが、急に気になった。</p><p>次の検診をちゃんと受けなければ、と思った。</p><p>そう思ったのは、はじめてかもしれない。</p><p>今まではどこか「まあ大丈夫だろう」でやってきたけれど、由美子さんのことがあって、初めてそれが脆い前提だったと気づいた。</p><hr><h2>退院後、また三人でランチをした</h2><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260329/20/misako-nikki/11/e3/p/o1536102415765738256.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260329/20/misako-nikki/11/e3/p/o1536102415765738256.png" width="420"></a></div><p>由美子さんが退院して少し落ち着いた頃、もう一人のランチ仲間である幸恵さん（仮名）も誘って、三人でご飯を食べた。</p><p>由美子さんはやっぱりいつも通りに見えた。「元気そうでよかった」と幸恵さんが言って、由美子さんが「元気よ、そんな顔で見ないで」と笑った。</p><p>&nbsp;</p><p>手術の話も少し聞いた。</p><p>思ったより体の負担は大きかったこと、最初の数日は動くのがしんどかったこと、でも思ったより早く回復できたこと。</p><p>由美子さんはさらっと話してくれたけれど、私にはそれがどれほどのことだったか、実感としてはわからなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>「でもさ、こういうことがあると、いろいろ考えちゃうよね」と幸恵さんが言った。</p><p>「自分も検診ちゃんと行かなきゃって思った」</p><p>「私も」と私は言った。</p><p>「そういうこと言ってあなたたち、行くの？」と由美子さんが少し意地悪い顔で聞いた。</p><p>「私もずっとそう思ってて、行ってなかったんだから」</p><p>&nbsp;</p><p>三人で笑った。</p><p>笑いながら、少しだけ目が熱くなった。</p><p>うまく言えないけれど、この人たちと笑えることが、当たり前じゃないんだなと思ったからかもしれない。</p><hr><h2>日常の中の、変わらないものと変わるもの</h2><p>あれからも、由美子さんとは時々ランチをしている。</p><p>がんの話が出ることもあるし、出ないこともある。</p><p>ふだん通りに近所の話や夫の話や、どうでもいいことを話す。</p><p>&nbsp;</p><p>そのどうでもいい時間が、今はとても大事なものに感じられる。</p><p>ただ、何かが変わったことも確かだった。</p><p>&nbsp;</p><p>以前は、ランチの約束をするとき「来月あたりにでも」とのんびり言っていた。</p><p>それが、由美子さんのことがあってから、少しだけ「早めに会っておこう」という気持ちが生まれた。</p><p>大げさでなく、ほんの少し。</p><p>会える時間を、前よりも軽く扱わなくなった気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>それが正しいのかどうかはわからない。</p><p>「死を意識して生きろ」みたいな話はどこかで読んだことがあるけれど、そんな大げさなことではなく、もっと地味な変化だ。</p><p>ただ、今日ご飯を食べながら笑っていることが、次もそのまま続くとは限らない、という感覚が、少しリアルになった。</p><p>&nbsp;</p><p>それだけのこと。</p><hr><h2>私にできることは、一緒にいることだけ</h2><p>結局、私は由美子さんに何かしてあげられたわけじゃない。</p><p>励ましの言葉も、気の利いたプレゼントも、たいしたことは何もしていない。</p><p>ただ話を聞いて、一緒にご飯を食べて、笑って、それだけだ。</p><p>それで十分なのかどうか、今もよくわからない。</p><p>&nbsp;</p><p>でも由美子さんは先日、「あのとき連絡してよかった」と言っていた。</p><p>「美佐子さんに話したら、なんか楽になった気がしたんだよね」と。</p><p>私は「そうだったの」と言って、それ以上うまいことは言えなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>人間関係って、案外そういうものかもしれない、と思う。</p><p>何かをしてあげることより、ただそこにいることのほうが、意味を持つことがある。</p><p>うまくそれを言葉にはできないけれど、由美子さんとのやりとりを通して、なんとなくそう感じた。</p><p>&nbsp;</p><p>六十三歳になって、やっとわかってきたことが、まだこんなにある。</p><p>そういうものらしい、と、最近は思うようにしている。</p><p>それだけのこと。</p><hr><p>美佐子</p>
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<link>https://ameblo.jp/misako-nikki/entry-12961315341.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Mar 2026 20:53:59 +0900</pubDate>
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<title>健康診断の数値が、じわじわ悪くなっている。</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260323/08/misako-nikki/67/86/p/o1536102415763440830.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260323/08/misako-nikki/67/86/p/o1536102415763440830.png" width="420"></a></p><p>毎年、市から封筒が届く。</p><p>特定健康診査、いわゆる「特定健診」の案内だ。</p><p>40歳から74歳まで受けられる、あの健診である。</p><p>&nbsp;</p><p>私はもう何年も、この時期になると同じことを繰り返している。</p><p>封筒を受け取って、しばらく食器棚の上に置いておいて、夫に「そういえばあなたも行く？」と聞いて、二人でのんびり予約を取る。流れ作業のように、毎年。</p><p>でも今年は、封筒を開けたときに少しだけ手が止まった。</p><p>なんとなく、今年の結果が怖い気がしたのだ。</p><hr><h2>前日に去年の結果票を引っ張り出した</h2><p>去年の結果票を引っ張り出してみたのは、健診の前日のことだった。</p><p>引き出しの奥にしまってあった封筒を開けると、A4の紙に数字がずらりと並んでいる。</p><p>中性脂肪、HDLコレステロール、LDLコレステロール、血糖値、HbA1c……。</p><p>何度見ても覚えられない項目名が、きれいな表になって印刷されている。</p><p>&nbsp;</p><p>去年の私の結果は、正直なところそんなに悪くはなかった。</p><p>「異常なし」が多くて、「要注意」がいくつか。</p><p>でも「要精密検査」はなかった。それで安心して、また引き出しにしまった。</p><p>今年も同じ流れになるといい、と思っていた。</p><hr><h2>健診当日、終わったらすぐどうでもよくなった</h2><p>健診当日。</p><p>朝ごはん抜きで病院に向かった。採血があるから前日の夜から何も食べてはいけない。</p><p>これが毎年しんどい。私はわりと朝ごはんをちゃんと食べるほうなので、空腹のまま電車に乗るのが地味につらい。</p><p>&nbsp;</p><p>受付で問診票を出して、身長・体重を測って、血圧を測って、採血して、心電図をとって。</p><p>一通り終わると、「結果は後日郵送します」と言われる。それだけである。</p><p>&nbsp;</p><p>終わった後、病院の近くのコンビニでサンドイッチを買って食べた。</p><p>空腹が満たされると、急に健診のことがどうでもよくなった。</p><p>まあ大丈夫だろう、という気持ちに切り替わるのが自分でも笑える。</p><hr><h2>三週間後、封筒を前にして手が止まった</h2><p>結果が届いたのは、三週間ほど後のことだった。</p><p>封筒を持ったまま、しばらくダイニングテーブルのところに立っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>小太郎が足元をうろうろしながら見上げてくる。「なに？」という顔をしている。</p><p>「なんでもないよ」と言って、封を切った。</p><p>&nbsp;</p><p>最初に目に入ったのは、「LDLコレステロール」の欄だった。</p><p>去年より、上がっていた。</p><p>「要注意」の文字。去年は「基準値内」だったのに。</p><p>&nbsp;</p><p>次に「血糖値」。</p><p>これも去年より少し高い。HbA1cも、昨年とほぼ同じだけれどギリギリのライン。</p><p>中性脂肪は今年も問題なし。血圧も正常範囲内。</p><p>「要精密検査」はなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、なんとなく、去年より全体的にじわっと悪くなっている。</p><p>数値ひとつひとつはそれほど深刻ではない。</p><p>でも、並べてみると、確実に方向性がある。</p><p>下がってほしいものが上がっていて、上がってほしいものが下がっている。</p><p>六十三歳の体は、静かに、着実に、変化しているらしかった。</p><hr><h2>五十代まで、健診結果なんて気にしたことがなかった</h2><p>思い返せば、五十代の前半くらいまでは、健康診断の結果なんてほとんど気にしたことがなかった。</p><p>毎年「異常なし」ばかりで、結果票を見ても「ふーん」で終わっていた。</p><p>もらった紙にどんな数字が書いてあったかも、翌日には忘れていた。</p><p>&nbsp;</p><p>それがいつごろからだろう。</p><p>少しずつ、「要注意」が増えてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>最初に引っかかったのは、確か五十七か五十八の頃だったと思う。</p><p>コレステロールの数値だった。</p><p>「女性は閉経後にLDLが上がりやすいんですよ」と医師に言われて、そういうものなのかと思った。</p><p>食事に気をつけてください、運動してください、と言われて、「はい」と答えて帰った。</p><p>&nbsp;</p><p>帰ってから二、三日は気をつけた。</p><p>揚げ物を控えて、野菜を多めにして、少し早足で歩いた。</p><p>でも、一週間もすれば元通りだった。</p><hr><h2>痛くないと、本気にならない</h2><p>人間というのは、痛くないと本気にならないものなのかもしれない。</p><p>「要注意」の文字があっても、日常生活に支障がなければ、どこかで「まあいいか」になってしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>頭ではわかっている。</p><p>このまま放っておけば、じわじわ悪化する。</p><p>&nbsp;</p><p>数値というのは、ある日突然崩れるんじゃなくて、毎年少しずつ積み重なって、ある日「要精密検査」になるのだ。</p><p>そういう仕組みになっているのだと、頭では理解している。</p><p>&nbsp;</p><p>でも体は元気なのだ。</p><p>少なくとも自覚症状がない。</p><p>膝が痛いわけでも、頭痛がするわけでも、食欲がないわけでもない。</p><p>朝は普通に起きて、ごはんを食べて、小太郎の世話をして、夫の分のコーヒーも淹れて、それなりに一日が過ぎていく。</p><p>そのギャップが、たぶん危ない。</p><hr><h2>夫婦そろって、同じ方向に向かっている</h2><p>夫に結果票を見せた。</p><p>「ふーん」と言いながら、じっと見ていた。</p><p>「LDLが上がったの」と言ったら、「俺も去年上がったぞ」と言った。</p><p>&nbsp;</p><p>そういえばそうだった。</p><p>夫も去年、コレステロールを指摘されていた。</p><p>しかも「要注意」を超えて「要精密検査」で、内科に行って薬を出してもらっていた。</p><p>私はそのとき、「あらたいへん」とは思いつつ、どこか他人事だった。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の数値が上がってみて、初めてじんわりとリアリティが増した。</p><p>夫婦そろって同じ方向に向かっているということか、と思うと、なんとも言えない気持ちになる。</p><p>笑えるような、笑えないような。</p><p>&nbsp;</p><p>「食事、気をつけないといけないね」と夫に言ったら、「そうだな」と言った。</p><p>翌日の夕飯は、焼き魚と野菜の煮物と豆腐の味噌汁にした。</p><p>夫が「いい献立だな」とめずらしく言った。</p><p>三日後には唐揚げを作った。</p><p>&nbsp;</p><p>夫がリクエストしたから。</p><p>私も食べた。おいしかった。</p><hr><h2>5年分の結果票を並べてみたら、矢印が見えた</h2><p>気を取り直して、過去の結果票を並べてみることにした。</p><p>手元に残っているのは、ここ五年分だ。</p><p>それ以前のものは捨ててしまっていた。</p><p>並べてみると、なるほど、確かにじわじわと動いている。</p><p>&nbsp;</p><p>LDLコレステロール：五年前は105。それが108、112、116、そして今年は121。</p><p>基準値の上限が120だから、今年初めてはみ出した計算になる。</p><p>血糖値も、五年前は91だったのが、今年は103。HbA1cは5.4から5.7へ。</p><p>&nbsp;</p><p>どれも、一年で見ると「少し動いた」程度だ。</p><p>でも五年並べると、向かっている方向がはっきりわかる。</p><p>矢印がある。そしてその矢印は、良いほうには向いていない。</p><p>&nbsp;</p><p>これを見ているとき、なんとなく足元がふわっとする感じがした。</p><p>怖い、というより、現実を改めて確認したときの、あの感覚に近い。</p><p>そうか、そういうことか、という。</p><hr><h2>薬を飲むことへの抵抗感が、少し変わった</h2><p>友人に話したら、「うちも同じだよ」と言っていた。</p><p>「去年から薬飲んでる」と。コレステロールの薬だそうだ。</p><p>「飲んだら数値がすぐ落ち着いた、すごいよ薬って」と言っていた。明るい口調で。</p><p>&nbsp;</p><p>薬を飲むことに抵抗があった時期が、私にもあった。</p><p>できれば食事と運動で改善したい、薬に頼るのは最終手段、という気持ち。</p><p>でも友人の話を聞いていると、そんなにこだわるものでもないのかなという気にもなってくる。</p><p>先生が必要と判断して出してくれる薬を、素直に飲む。それだけのことかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>まだ私は「要精密検査」ではないから、今すぐ薬、ということにはならないと思う。</p><p>でも来年また上がっていたら、一度ちゃんと内科で相談しようと思っている。</p><p>たぶん。</p><hr><h2>小太郎の健診には、真剣に向き合えるのに</h2><p>小太郎は今日も元気だ。</p><p>健診の結果票をテーブルに広げていたら、興味を持ったのかトコトコと近づいてきて、紙の上に前足を乗せた。</p><p>2.5キロの体重が、全部前足二本に集中した。</p><p>&nbsp;</p><p>「こら」と言ったら、ちょっと耳を倒した。</p><p>この子の健康診断は、年に一回、かかりつけの動物病院でやっている。</p><p>先生には「10歳はシニア期です、定期的な血液検査をおすすめします」と言われていて、素直に従っている。</p><p>&nbsp;</p><p>人間の自分の健診より、よほど真剣に向き合っているかもしれない。</p><p>小太郎のためにはできることが、自分のためにはなかなかできない。</p><p>これは何なのだろうと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>自分のことは後回しにしてしまう癖が、六十三年生きてもまだ抜けていない。</p><hr><h2>数値は、感情も言い訳も関係なく、そこにある</h2><p>健康診断の数値というのは、ある意味正直だと思う。</p><p>自分でどんなに「大丈夫」と思っていても、どんなに「まだ若い」と感じていても、数値は淡々とそこにある。</p><p>&nbsp;</p><p>去年より上がった、去年より下がった、基準値をはみ出した。</p><p>感情も言い訳も関係なく、ただ数字が並んでいる。</p><p>&nbsp;</p><p>それを見て一喜一憂するのも、見て見ぬふりをするのも、自分次第なのだけれど。</p><p>&nbsp;</p><p>今年の私は、去年より少しだけ、ちゃんと見ようとしている気がする。</p><p>全部を受け入れて何か劇的に変わったわけではない。</p><p>唐揚げも食べたし、夜のチョコレートもやめていない。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、数値を並べて、方向を確認した。</p><p>それだけでも、去年の自分よりは前進だと思っておくことにした。</p><p>&nbsp;</p><p>来年の健診で、せめてLDLが少し下がっていたら、それだけでいい。</p><p>全部完璧にしようとすると続かないのが自分でもわかっているから。</p><p>小さな目標を、ひとつだけ。</p><p>そういうやり方でしか、私はたぶん動けない。</p><p>&nbsp;</p><p>それが自分というものらしい、と、六十三年かけてようやくわかってきた。</p><hr><p>美佐子</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/misako-nikki/entry-12960619138.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Mar 2026 08:36:14 +0900</pubDate>
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<title>チワワの小太郎が、いちばんの話し相手になっていた。</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260318/08/misako-nikki/45/d2/p/o1536102415761700191.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260318/08/misako-nikki/45/d2/p/o1536102415761700191.png" width="420"></a></p><p>うちのチワワ、小太郎は今年で10歳になる。</p><p>体重は2.5キロ。</p><p>生まれたときから小さかったけれど、大人になっても小さいと思う。</p><p>片手で軽く抱きかかえられるくらいだ。</p><p>&nbsp;</p><p>その小太郎に、私は毎日話しかけている。</p><p>「今日は寒いね」</p><p>「ごはんはどう、おいしい？」</p><p>「ちょっと待って、もうすぐ散歩行くから」</p><p>&nbsp;</p><p>これくらいなら、まあ普通だと思う。</p><p>犬を飼っている人なら、だいたいそんなものだろう。</p><p>でも最近気づいたのだけど、私が小太郎に話しかける量は、</p><p>夫に話しかける量をとっくに超えている。</p><p>&nbsp;</p><p>たぶん、3倍くらいは超えている。</p><hr><h2><strong>夫が家にいる、という状況</strong></h2><p>夫が定年退職してから1年以上が経った。</p><p>最初のうちは、「せっかく二人の時間が増えるんだから」と思っていた部分もあった。</p><p>子どもたちが出て行ってから夫婦二人きりの生活になって、でも夫は毎日会社に行っていたから、</p><p>実質的には一人暮らしみたいな日々が長かった。</p><p>&nbsp;</p><p>だから退職後は、もう少し会話が増えるかもと、うっすら期待していた。</p><p>うっすら、だけど。</p><p>&nbsp;</p><p>現実はどうだったか。</p><p>夫はリビングのソファに座って、テレビをつけるか、スマホを眺めるか、そのどちらかをしている。</p><p>私が台所で何かしていても、とくに話しかけてくる様子はない。</p><p>私もそんなに積極的に話すタイプではないから、お互いにそのまま、午前中が終わる。</p><p>&nbsp;</p><p>会話がないわけじゃない。</p><p>「今日の昼、何にする？」とか「あの番組、昨日の続きある？」とか、</p><p>生活に必要な言葉は交わしている。</p><p>&nbsp;</p><p>でもそれは会話というより、業務連絡に近い。</p><p>結婚して40年近く経つと、そういうものらしい。</p><hr><h2><strong>小太郎だけには、なんでも言える</strong></h2><p>&nbsp;</p><p>小太郎は私が台所に立つと、ちゃんとついてくる。</p><p>とくに理由はないと思う。</p><p>食べ物の匂いがするから、とか、私がいる場所にいたい、とか、そういう本能的なものだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>でも私にとっては、その小さな存在が足元にいてくれるだけで、なんとなく気持ちが落ち着く。</p><p>「今日ね、なんか疲れた気がする」と言うと、小太郎はこちらを見上げる。</p><p>返事はしない。当たり前だ。</p><p>&nbsp;</p><p>でもその目が、ちゃんと聞いてくれているみたいで、なんとなく続きを話したくなる。</p><p>「夫がさ、また台所に入ってきてあれこれ触るんだよね」</p><p>「息子から連絡ないなあ、元気なのかな」</p><p>「なんか最近、自分が何をしたいのかよくわからなくなってきた」</p><p>&nbsp;</p><p>口に出したそばから、我ながら他愛ない話だと思う。</p><p>小太郎には意味などわからないし、アドバイスもしてくれない。</p><p>でもそれがかえって、気が楽なのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>正解を求められない。</p><p>評価されない。</p><p>ただそこにいてくれるだけ。</p><p>&nbsp;</p><p>夫に言えないことを、小太郎には言っている。</p><p>気づいたら、そうなっていた。</p><hr><h2><strong>夫に言えない理由</strong></h2><p>べつに夫のことが嫌いなわけではない、と思う。</p><p>40年近く一緒にいるのだから、嫌いだったら続いていない。</p><p>&nbsp;</p><p>でも夫に「なんか最近疲れた気がする」と言うと、</p><p>「どこか悪いのか？病院行ったほうがいい」と返ってくる。</p><p>そういうことじゃない。</p><p>&nbsp;</p><p>「自分が何をしたいのかわからなくなってきた」と言うと、「急にどうした」と心配される。</p><p>それも違う。</p><p>&nbsp;</p><p>心配してくれているのはわかるのだけど、ただ聞いてほしいだけのときに、</p><p>夫はいつも「解決策」を出そうとする。</p><p>40年経ってもそこは変わらない。変わらない、</p><p>というかたぶん、これからも変わらないだろう。</p><p>そういうものらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>だから言わなくなった。</p><p>小太郎はそういう返し方をしない。</p><p>ただ聞く。</p><p>&nbsp;</p><p>正確には聞いているのかどうかもわからないけど、</p><p>少なくとも「病院行ったほうがいい」とは言わない。</p><p>それだけで、十分だったりする。</p><hr><h2><strong>散歩中の15分間</strong></h2><p>朝と夕方、一日二回、小太郎の散歩に行く。</p><p>夫も最近たまに一緒に来るようになったけれど、基本的には私一人と小太郎の時間だ。</p><p>この時間が、実は一日の中でいちばん好きかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>小太郎は歩くのが遅い。</p><p>匂いを嗅いでは止まり、また歩いて、また止まる。</p><p>10歳になってからはさらにペースが落ちた。</p><p>急かしても意味がないので、私もただ待つ。</p><p>&nbsp;</p><p>その間、頭の中がぼんやりする。</p><p>昨日のことを考えたり、夕飯のことを考えたり、</p><p>あるいはなにも考えなかったり。</p><p>&nbsp;</p><p>都会の住宅街の朝は、それなりに人が歩いているし車も通るのだけど、</p><p>小太郎と歩いているときだけは、不思議とそういう喧噪が遠くなる。</p><p>&nbsp;</p><p>「ね、今日も来たよ」</p><p>いつも通り過ぎる家の前に、小さな植え込みがあって、小太郎はそこで必ず立ち止まる。</p><p>別の犬が来た痕跡でも残っているのか、毎回念入りに確認している。</p><p>私は小太郎が満足するまで待ちながら、空を見上げる。</p><p>&nbsp;</p><p>こういう時間が、自分には必要なんだと思う。</p><p>誰かと話すでも、スマホを見るでもなく、</p><p>ただこの小さな生き物のペースに合わせて歩く時間。</p><hr><h2><strong>10歳という年齢のこと</strong></h2><p>小型犬の10歳は、人間で言うとだいたい56歳くらいらしい。</p><p>まだ私より若い。</p><p>でも調べてみたら、12歳になると人間換算で64歳になるそうで、</p><p>つまりあと2年で小太郎は私を追い越す。</p><p>&nbsp;</p><p>なんだろう、この感じ。</p><p>うちに来たときはあんなに小さくて、手のひらの上でぷるぷるしていたのに。</p><p>それが2年後には、年齢だけ私を追い越していく。信じられない、というより、なんとなく怖い。</p><p>年を追い越されることが怖いのか、</p><p>それとも12歳、13歳と数えていくこと自体が怖いのか、</p><p>自分でもよくわからない。たぶん両方だと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>まだ元気だし、ごはんもよく食べるし、散歩も嫌がらない。</p><p>でも若い頃に比べると、昼間寝ている時間が長くなった。</p><p>階段をのぼるときに少し慎重になった。</p><p>そういう変化を、日々じわじわと感じている。</p><p>&nbsp;</p><p>あまり先のことは考えたくない。</p><p>考えても仕方がないし、今この子が元気でいてくれているならそれでいい、と思うようにしている。</p><p>&nbsp;</p><p>でも夜中に小太郎がぐっすり眠っているのを見ると、ときどきふと、怖くなる。</p><p>この子がいなくなったとき、私は誰に話しかけるんだろう。</p><p>夫には言えない話を、誰に言えばいい。</p><p>&nbsp;</p><p>……なんて、考えすぎなのはわかっている。</p><p>まだ10歳で、小型犬は長生きだし、うちの子はたぶん丈夫だし。</p><p>自分でも、少し笑えてくる。</p><p>でもそれくらい、小太郎は私の生活の中心になっている。</p><p>なっていた、というより、気づいたらなっていた、という感じが正しい。</p><hr><p><strong>話し相手の条件</strong></p><p>良い話し相手というのは、的確なアドバイスをくれる人のことではないのかもしれない、と最近思う。</p><p>ただ聞いてくれる。</p><p>否定しない。</p><p>急かさない。</p><p>自分のペースを乱さない。</p><p>そういう相手が、人間の中にどれだけいるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>夫はそうじゃない、とわかった。</p><p>友人とはそれなりに話すけれど、毎日というわけにはいかない。</p><p>息子たちはもちろん忙しい。</p><p>&nbsp;</p><p>小太郎は、毎日そこにいる。</p><p>朝起きると、もうこちらを見ている。</p><p>寝ようとすると、そばに来る。</p><p>私が台所に行けばついてくる。</p><p>&nbsp;</p><p>必要とされているのか、</p><p>なんとなくそこにいるだけなのか、犬の気持ちはわからない。</p><p>でも私のほうは、完全に必要としている。</p><p>&nbsp;</p><p>2.5キロの、小さな話し相手。</p><p>返事はしない。アドバイスもしない。でも聞いてくれる気がする。</p><p>そういうものらしい、と今では思っている。</p><hr><p>美佐子</p>
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<link>https://ameblo.jp/misako-nikki/entry-12960093810.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Mar 2026 08:53:35 +0900</pubDate>
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<title>60代でやりたいことリストを作ってみたら、意外と出てこなかった話。</title>
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<![CDATA[ <p data-pm-slice="1 1 []" id="a314a3a9-fff6-4da0-9d80-4cdb1492e7b2" name="a314a3a9-fff6-4da0-9d80-4cdb1492e7b2"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260316/14/misako-nikki/9e/49/p/o1200063015761125228.png"><img alt="" height="221" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260316/14/misako-nikki/9e/49/p/o1200063015761125228.png" width="420"></a></p><p data-pm-slice="1 1 []" id="a314a3a9-fff6-4da0-9d80-4cdb1492e7b2" name="a314a3a9-fff6-4da0-9d80-4cdb1492e7b2">きっかけは、何気なく見ていたSNSの投稿だった。</p><p id="676a5a0c-98d9-4ff7-8674-a885a3e2dec7" name="676a5a0c-98d9-4ff7-8674-a885a3e2dec7">&nbsp;</p><p id="676a5a0c-98d9-4ff7-8674-a885a3e2dec7" name="676a5a0c-98d9-4ff7-8674-a885a3e2dec7">同世代くらいの女性が、「60代でやりたい100のこと」というリストを公開していた。<br>海外旅行、ピアノを習う、ジムに通う、着物を着る、陶芸をやってみる……<br>びっしり100項目が並んでいて、「すごいな」と思いながらスクロールした。</p><p id="ad7dbf9e-ca65-44e1-b4c0-b6077167cfdb" name="ad7dbf9e-ca65-44e1-b4c0-b6077167cfdb">&nbsp;</p><p id="ad7dbf9e-ca65-44e1-b4c0-b6077167cfdb" name="ad7dbf9e-ca65-44e1-b4c0-b6077167cfdb">そして、なんとなく自分でも作ってみようと思った。</p><p id="4bd876b9-157e-4dc7-aff8-eca49af47516" name="4bd876b9-157e-4dc7-aff8-eca49af47516">ノートを開いて、ペンを持って。「60代でやりたいこと」と上に書いた。</p><p id="04b14378-1575-4610-823e-96d983d5af9e" name="04b14378-1575-4610-823e-96d983d5af9e">そして、止まった。</p><h2 id="9a5f8bac-b86f-4e79-859d-a2171f334dbf" name="9a5f8bac-b86f-4e79-859d-a2171f334dbf">10個も出なかった</h2><p id="54fe8c5a-0cb9-4cf0-a1ef-0e3bd8c7cb9e" name="54fe8c5a-0cb9-4cf0-a1ef-0e3bd8c7cb9e">正直に書く。</p><p id="41c1a42d-ca6a-480d-8379-77abfb2f4ba1" name="41c1a42d-ca6a-480d-8379-77abfb2f4ba1">30分ほど考えて、出てきたのは7つだった。</p><p id="41c1a42d-ca6a-480d-8379-77abfb2f4ba1" name="41c1a42d-ca6a-480d-8379-77abfb2f4ba1">&nbsp;</p><p id="e2fd2859-ee4e-4877-9b7c-d0d95f21798f" name="e2fd2859-ee4e-4877-9b7c-d0d95f21798f">旅行に行きたい（どこかは決まっていない）、<br>美味しいものを食べたい（具体的には浮かばない）、<br>もう少し体を動かしたい（何をするかは未定）……</p><p id="e2fd2859-ee4e-4877-9b7c-d0d95f21798f" name="e2fd2859-ee4e-4877-9b7c-d0d95f21798f"><br>書いてみると、どれもぼんやりしていた。SNSで見た100項目の女性とは、雲泥の差だ。</p><p id="f4ed5443-1749-4be3-9eb5-78c1452b9533" name="f4ed5443-1749-4be3-9eb5-78c1452b9533">「私、やりたいことがないのかな」</p><p id="1cd1a17f-280d-4f02-80ec-dc818878863d" name="1cd1a17f-280d-4f02-80ec-dc818878863d">そう思ったら、少しだけ怖くなった。</p><h2 id="8aaa3e2c-4054-4cee-b2e0-82151bbc3ccc" name="8aaa3e2c-4054-4cee-b2e0-82151bbc3ccc">なぜ出てこないのか、考えてみた</h2><p id="bd11b585-80e9-439b-923f-3d41575e82e8" name="bd11b585-80e9-439b-923f-3d41575e82e8">7つしか出てこなかった自分を責めるより、なぜ出てこないのかを考えてみることにした。</p><p id="b8e4cc34-7212-479d-857c-9c29ed70b050" name="b8e4cc34-7212-479d-857c-9c29ed70b050">ひとつ思い当たったのは、<strong>長い間「自分のやりたいこと」より「やらなきゃいけないこと」を優先してきた</strong>ということだ。</p><p id="5450fadf-fad9-442b-9f9a-05c1be3223e8" name="5450fadf-fad9-442b-9f9a-05c1be3223e8">子育て中は子どもが中心で、自分の時間なんてほぼなかった。<br>子どもが独立してからはパートに出て、家のことをして、夫の定年前後はそれなりにバタバタして。気づいたら63歳になっていた。</p><p id="5450fadf-fad9-442b-9f9a-05c1be3223e8" name="5450fadf-fad9-442b-9f9a-05c1be3223e8">&nbsp;</p><p id="5e636050-aa36-43f2-830f-417f9f92ab5a" name="5e636050-aa36-43f2-830f-417f9f92ab5a">「やりたいこと」を考える筋肉が、すっかり衰えていたのかもしれない。<br>長い間使っていなかった筋肉は、急に使おうとしてもうまく動かない。<br>そういうことなんじゃないかと思った。</p><p id="5e636050-aa36-43f2-830f-417f9f92ab5a" name="5e636050-aa36-43f2-830f-417f9f92ab5a">&nbsp;</p><p id="e5def113-8bfb-45ba-bf13-37558ce33c6f" name="e5def113-8bfb-45ba-bf13-37558ce33c6f">もうひとつは、<strong>「やりたいこと」と「できそうなこと」を無意識に混同していた</strong>ことだ。</p><p id="417f4bc2-ac36-4b99-8127-562011466b80" name="417f4bc2-ac36-4b99-8127-562011466b80">頭の中で「やりたいこと」を考え始めると、すぐに「でも膝が痛いし」「でもお金がかかるし」「でも夫が」という声が割り込んでくる。</p><p id="417f4bc2-ac36-4b99-8127-562011466b80" name="417f4bc2-ac36-4b99-8127-562011466b80"><br>純粋に「やりたい」と思う前に、現実のフィルターがかかってしまう。</p><p id="65ffe8c5-d1f1-43d5-91c2-28ce54d9d0bc" name="65ffe8c5-d1f1-43d5-91c2-28ce54d9d0bc">それでは出てくるものも出てこない。</p><h2 id="c5f022a7-80e2-4297-a680-fddde3e4efcc" name="c5f022a7-80e2-4297-a680-fddde3e4efcc">「楽しかったこと」に書き換えてみた</h2><p id="42f3fedd-29c0-4e25-8b37-1f32aa7048df" name="42f3fedd-29c0-4e25-8b37-1f32aa7048df">行き詰まったので、少し視点を変えることにした。</p><p id="421174d2-6136-42a3-a77d-f3c1891cf5e0" name="421174d2-6136-42a3-a77d-f3c1891cf5e0">「やりたいこと」ではなく、「これまでの人生で楽しかったこと」を書き出してみた。</p><p id="421174d2-6136-42a3-a77d-f3c1891cf5e0" name="421174d2-6136-42a3-a77d-f3c1891cf5e0">&nbsp;</p><p id="72484751-72e3-4c85-bab4-a75b1e22aca6" name="72484751-72e3-4c85-bab4-a75b1e22aca6">するとこれが、わりとすらすら出てきた。</p><p id="406cbc2a-e69e-4485-862d-b159c6a196ca" name="406cbc2a-e69e-4485-862d-b159c6a196ca">昔よく行っていた映画館のこと。<br>子どもが小さい頃に家族でやっていたキャンプのこと。<br>パートを始める前に通っていた料理教室のこと。<br>友人と行ったあの温泉旅行のこと。</p><p id="406cbc2a-e69e-4485-862d-b159c6a196ca" name="406cbc2a-e69e-4485-862d-b159c6a196ca">&nbsp;</p><p id="2e368fd4-6f09-490c-afbb-ce1a9d26e495" name="2e368fd4-6f09-490c-afbb-ce1a9d26e495">書いているうちに、「あ、そういえばあれ楽しかったな」という記憶がぽつぽつと出てきた。</p><p id="c57fb760-1c47-4767-975e-eac135a95749" name="c57fb760-1c47-4767-975e-eac135a95749">そしてそれを眺めながら、「また映画、一人で行ってみようかな」「料理教室、また探してみようかな」と思えてきた。</p><p id="d610f92d-28bb-4363-b480-392e8980290e" name="d610f92d-28bb-4363-b480-392e8980290e">「やりたいこと」は未来から降ってくるものじゃなくて、「楽しかったこと」の延長線上にあるのかもしれない。<br>そんなことを、ノートを前にぼんやり思った。</p><h2 id="169c9fab-750a-4e20-82f1-ff9c69b9d4fe" name="169c9fab-750a-4e20-82f1-ff9c69b9d4fe">リストは7つのまま、でもいい気がしてきた</h2><p id="c8a22f8a-f14e-4ff1-bbd4-a401be58b910" name="c8a22f8a-f14e-4ff1-bbd4-a401be58b910">結局、リストは7つのままだ。</p><p id="fbf610db-c308-4980-9277-b2cd9b5b5a77" name="fbf610db-c308-4980-9277-b2cd9b5b5a77">100項目の女性みたいに、びっしり埋めることはできなかった。<br>&nbsp;</p><p id="fbf610db-c308-4980-9277-b2cd9b5b5a77" name="fbf610db-c308-4980-9277-b2cd9b5b5a77">でも今は、それでいいかなと思っている。</p><p id="f1c48cb3-dd0b-4023-8a3f-a7e4bf34b5b1" name="f1c48cb3-dd0b-4023-8a3f-a7e4bf34b5b1">やりたいことが100個ある人はその人で素敵だし、7個しか出てこない私は私で、それが今の正直なところだから。<br>&nbsp;</p><p id="f1c48cb3-dd0b-4023-8a3f-a7e4bf34b5b1" name="f1c48cb3-dd0b-4023-8a3f-a7e4bf34b5b1">嘘をついて100個書いても、意味がない。</p><p id="14a37656-da59-4dfb-9ab1-d0949458579d" name="14a37656-da59-4dfb-9ab1-d0949458579d">それに、リストというのは増えていくものかもしれない。<br>&nbsp;</p><p id="14a37656-da59-4dfb-9ab1-d0949458579d" name="14a37656-da59-4dfb-9ab1-d0949458579d">今は7つでも、来月は8つになるかもしれないし、映画を一人で観に行ったらそこからまた何か広がるかもしれない。</p><p id="936b8552-26ac-4aa5-8546-cec9a73de66b" name="936b8552-26ac-4aa5-8546-cec9a73de66b">「やりたいことがない」のではなくて、「まだ思い出せていない」だけな気がしてきた。</p><h2 id="ede146c2-b8ae-4eb7-96bf-1cbf519be4fb" name="ede146c2-b8ae-4eb7-96bf-1cbf519be4fb">小太郎と過ごす時間も、リストに加えた</h2><p id="95e30f25-c076-42fb-8756-0b8c9c901db6" name="95e30f25-c076-42fb-8756-0b8c9c901db6">ふと思い立って、8つ目を書き加えた。</p><p id="c5488186-52d1-4887-a987-20ac3cc48e56" name="c5488186-52d1-4887-a987-20ac3cc48e56">「小太郎ともっといろんなところへ行く」。</p><p id="c5488186-52d1-4887-a987-20ac3cc48e56" name="c5488186-52d1-4887-a987-20ac3cc48e56">&nbsp;</p><p id="b4f0f693-9349-4dda-8cc4-a55d07e200d6" name="b4f0f693-9349-4dda-8cc4-a55d07e200d6">チワワは10歳で、犬の年齢でいえばもうシニアの入り口だ。<br>元気なうちに、行けるところへ連れていってあげたい。<br>ドッグカフェでも、近所の公園でも、なんでもいい。<br>小太郎が喜ぶ顔が見たい、ただそれだけだけど、それも立派な「やりたいこと」だと思った。</p><p id="74e4fb53-4066-45a4-a814-6d4eeffdee61" name="74e4fb53-4066-45a4-a814-6d4eeffdee61">&nbsp;</p><p id="74e4fb53-4066-45a4-a814-6d4eeffdee61" name="74e4fb53-4066-45a4-a814-6d4eeffdee61">8つになったリストを見て、少しだけ気持ちが明るくなった。</p><p id="6f677c5c-1f44-4ed8-934a-6c0a615125ca" name="6f677c5c-1f44-4ed8-934a-6c0a615125ca">大したリストじゃないけど、正直なリストだ。</p><p id="6a997ed9-def1-439a-8354-bb151fb3c2e6" name="6a997ed9-def1-439a-8354-bb151fb3c2e6">&nbsp;</p><p id="6a997ed9-def1-439a-8354-bb151fb3c2e6" name="6a997ed9-def1-439a-8354-bb151fb3c2e6">60代のやりたいことリストは、まだ8つしかない。<br>でもまあ、そういうものらしい。</p><p id="5c9edd60-4c0f-4b38-82e1-d9fddcc9ab69" name="5c9edd60-4c0f-4b38-82e1-d9fddcc9ab69">きっとこれから少しずつ、増えていくんだと思うことにした。</p><hr id="f7a57417-e35a-43bc-b187-a97ade822679" name="f7a57417-e35a-43bc-b187-a97ade822679"><p id="aede4b81-97cc-4651-b696-11070f2a0f90" name="aede4b81-97cc-4651-b696-11070f2a0f90">美佐子</p><p id="aede4b81-97cc-4651-b696-11070f2a0f90" name="aede4b81-97cc-4651-b696-11070f2a0f90">&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>老後の生活も、少しずつ楽しんでいきたいですよね。</p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" contenteditable="false" style="display:inline-block;max-width:100%"><a class="ogpCard_link" data-ogp-card-log="" href="https://katanami.net/rougo-enjoy/" rel="noopener noreferrer" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" target="_blank"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">老後の生活を楽しむ方法｜趣味・健康・人間関係の3本柱でシニアライフを充実させよう | 定年後の教科書</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">老後の生活をどう楽しむか、多くの方が一度は考えるテーマではないでしょうか。 本記事では、趣味・健康・人間関係の3つの視点から、シニアライフを充実させるための実践的な方法をご紹介します。 「何か始めたいけれど、何から手をつければいいかわからな</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img alt="リンク" class="ogpCard_icon" height="20" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%" width="20"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">katanami.net</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img alt="" class="ogpCard_image" data-ogp-card-image="" height="120" loading="lazy" src="https://katanami.net/wp-content/uploads/2026/02/social_contribution.png" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)" width="120"></span></a></article></div><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 16 Mar 2026 14:07:14 +0900</pubDate>
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