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<title>自分史上最高の自分になる❣️</title>
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<description>会ったことのない自分に会う為に人生は一度きり宇宙と繋がってらくらく限界突破</description>
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<title>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その27</title>
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<![CDATA[ <p>皆さま、こんにちは😃</p><p>お盆の日曜日をいかがお過ごしですか？</p><p><br></p><p>昨夜は台風8号が伊豆半島に上陸という情報で、私の住む街でも警戒の広報が流れていましたが、何とか強めの雨と雷で収まりました。</p><p><br></p><p>災害が心配される地域の皆さん、どうかご注意ください🙇‍♀️</p><p>そしてどうか何事もなく過ぎますように</p><p><br></p><p>さて、前回は父の逝去の事で思い出すことが多々あってそれを綴りましたが、その前の「その25」の時に産後うつになった事に触れたので、今回はウツ病の話をしたいと思う</p><p><br></p><p>結婚した翌年に長男が生まれ、アトピーと喘息の上に脊柱管狭窄症のハンデを抱えながらも育児が楽しく、私って人並みに育児ができるんだと思っていた。</p><p>しかしその2年後に次男が生まれて状況は一変した</p><p><br></p><p>今考えると、長男の育児では孤軍奮闘ワンオペでムリをしていた上に何とかカツカツで成り立っていた毎日だった</p><p>自分の状態を知らなさ過ぎて過信して、なんでも一人で背負って、できた気になっていただけだった</p><p><br></p><p>ちょっとしたストレスが加われば、私のように気の強い、ウツとは無縁の性格でもカンタンにウツになれる。</p><p>超低空飛行の飛行機が、ちょっとした横風でカンタンに墜落したということだ</p><p>どっちみちいつかは墜落していただろう</p><p>考えようによってはウツで良かったかもしれない</p><p>人生一発退場の病気でなくて良かったかもしれない</p><p><br></p><p>人はなぜ病気になるか？</p><p>本当にザックリ結論から言ってしまうと、、、</p><p><br></p><p>☆ 栄養＝ストレス<br></p><p>　今の健康状態をキープ</p><p>☆ 栄養＜ストレス</p><p>　遅かれ早かれ病気（精神疾患を含む）になる</p><p>　この状態が長く続くと「生活習慣病」になり、重　大な病気に繋がる</p><p>☆ 栄養＞ストレス</p><p>　健康状態は良くなる</p><p>　この状態をキープできると「究極の健康」になれ</p><p>　る（想像以上の健康体）</p><p><br></p><p>うつ病の原因とされるのは</p><p>とにかく「不眠」</p><p>私もご多聞に漏れず「不眠」からウツになった</p><p><br></p><p>《不眠の原因》</p><p>⚫︎ 物理的に睡眠時間が少ない（私がコレ）</p><p>　激務で寝る時間が削られるとか、夜中の授乳が頻　繁で睡眠を妨げられるとか</p><p>　私の場合は、私のアトピーを受け継いだ次男が痒　がって夜泣きが酷く、１時間半おきに起きなけれ　ばならなかったのが直接の原因だった</p><p>⚫︎ ストレスが多い</p><p>&nbsp; &nbsp; 睡眠には栄養が必要。</p><p>　充分な栄養がないと睡眠の質が下がって不眠に　　なる</p><p>その理屈は、、、</p><p>私たちの体はストレスがかかると自動的に抗ストレス物質を作ってストレスに対抗してくれるが、抗ストレス物質を作るにはたいそうな栄養が必要。</p><p><br></p><p>栄養が足りないと抗ストレス物質が作られず、セロトニンなどの抗うつホルモンも作られないし、働かない状態になる😱</p><p>抗うつホルモンのセロトニンは主に睡眠時に働くので、ストレスが多いのに睡眠が取れないとセロトニンが働けずウツまっしぐらになる</p><p><br></p><p>つまり「不眠」は私たちの体の最高精鋭部隊を全く機能不全にし、丸腰でストレスと戦わざるを得ない状態にしてしまう</p><p><br></p><p>そこへ持ってきて日本の文化は、よく寝ることや休むことに対して手厳しい文化で、</p><p>睡眠時間を削って頑張った、とか</p><p>育児に疲れているお母さんこそ育児を頑張ってる、</p><p>みたいな風潮があり、それがどれだけのウツ病を引き起こし、どれだけのうつ病患者の回復を遅らせているかを知るべきと思う</p><p><br></p><p>私が1年半かかってウツ病から生還できたのは、</p><p>「休む」をしたから</p><p><br></p><p>１週間に１日で良いから、全く何もしない、子どももいない日を作ったことが一番回復に近づけた</p><p><br></p><p>夫が日曜日に長男（3歳）を連れて出かけてくれて、私を次男とだけでいさせてくれた（それだけでもだいぶ違う）</p><p>その日は食事も作らなくてよい、掃除も洗濯もしなくてよい。ただ次男に授乳するだけの日にしてくれた</p><p><br></p><p>それは主婦だったからできた事かもしれない</p><p>会社勤めの家族持ちのお父さんは会社をすっかり休むのは非常に難しいかもしれない</p><p><br></p><p>でもそこが考えところで、その仕事が本当に１週間も休めない仕事なのか</p><p>自分の一生と仕事を天秤にかけて、尊い一生に勝る仕事が本当にあるのか？</p><p><br></p><p>本当の本当のどん底のウツになると、そんな事さえ考えられなくなってしまう</p><p><br></p><p>だからもし今、寝付きが悪い、うまく寝られないという状態なら、休息をとるようにして欲しい</p><p><br></p><p>そしてそれと並行して「ちゃんとした栄養」をとる事でもっと速くウツ病から脱出できる</p><p>というか、どんなに過酷な状況でもウツ病にならないでいられる唯一の方法が、「栄養を摂る」ことだ</p><p><br></p><p>今はありがたいことに栄養の事を知る機会があって、私の30年前のウツ病は「栄養」を摂っていれば１年半もかからずに回復できたと確信している</p><p><br></p><p>それは私たちの体の精鋭部隊を働かせるには</p><p>「充分な栄養」</p><p>「休息（睡眠）」</p><p>が必要だからだ</p><p>その二つが揃っていれば、相当なストレスがかかっても耐えられるように、私たちは作られている</p><p><br></p><p>私がなぜ敢えて産後うつとしないでウツ病と言っているかと言うと、「産後うつ」というと、私は関係ないと思う人が多くいると思うから</p><p><br></p><p>うつ病は誰にでも起き得る事で、栄養不足にストレスがかかれば軽いウツから始まって不眠になり、知らぬ間にのっぴきならない重症になる恐ろしい病気なのだ</p><p><br></p><p>ここで重要なのは、誰も今の自分が「栄養不足」とは思っていないこと</p><p>そして自分が感じているストレスは大したことないと思っている事</p><p><br></p><p>つまり自分はまだまだイケると思っている事</p><p>イケると思っているから更に頑張らなきゃと思っている事</p><p>体のサインを丸ムシして、まだまだ頑張れると思っていること</p><p>これが大きな落とし穴なんです‼️</p><p><br></p><p>特に日本人はウソみたいにマジメ❗️</p><p>ありえない勤勉さ‼️</p><p><br></p><p>それがワクワクから発しているならストレスが全くない状態なので健康状態はむしろよくなるが、社会通念からだったり、要は自分の「好き」から発していなければそれは全てストレスで、病気の元になるのだ</p><p><br></p><p>当時の私が正にそれだった</p><p><br></p><p>色んな病気を経験して思うのは、病気を受け入れた時から本当の回復段階になるということ</p><p><br></p><p>まさか私がうつ病だなんて</p><p>何がいけなかったのか？</p><p>どうしてこんなことに？</p><p><br></p><p>最初はそんなことばかり考えていた</p><p>受け入れられなかった</p><p><br></p><p>受け入れられないと必然的に自分を責める様になる</p><p>それがウツを更に悪化させる</p><p><br></p><p>最初はあんなに子どもが可愛くて育児を楽しんでいた私が、徐々に育児を億劫と感じる様になった</p><p><br></p><p>長男がオマルにしたオシッコをトイレに流しに行くのが本当に億劫で、何時間も放置することがあった。</p><p><br></p><p>ふと我にかえり、そんな自分はどうかしてる、悪い母親と責める</p><p>でもとにかく全てが億劫で体がサッと動かない</p><p><br></p><p>そのうち、朝起きるのが泣きたくなるほどつらくなった</p><p>眠いからではないのだ</p><p>得体のしれない不安</p><p>ものすごく強烈な、魂を絡め取られる様な不安</p><p>出勤する夫に、行かないでと泣きつきたくなる不安</p><p><br></p><p>私を一人にしないで</p><p>不安と一日ひとりぼっちで向き合うのが恐怖になった</p><p><br></p><p>朝が怖かった反面、夜になると元気になる</p><p>やっと一日が終わった</p><p>今日一日何とかやり過ごせた</p><p>そんな些細な安堵感を得ることができるのが夜だった</p><p>しかしその夜も不眠が続く</p><p>寝ては起き、寝ては起きで睡眠とは言えない</p><p><br></p><p>そして恐怖の朝がくる</p><p><br></p><p>でもそんな自分はウツなんだと知るよしもなかった</p><p>なぜそんな気持ちになるのか全く分からないので、恐怖は計り知れなかった</p><p><br></p><p>そんな時、何日ぶりかに母から孫の様子を聞く電話があり、二言三言会話したら突然母が</p><p>「アンタ大丈夫なの？ちゃんと寝てる？」と聞いてきた</p><p>母は当時精神科の看護師長をしており、うつ病などの精神疾患の専門だったので、普段「黙ってろ！」と言っても喋り続ける様な私が、その時は全く話すことなく、力なく合槌をうつ声に不穏なものを感じたらしい</p><p><br></p><p>私はその時大丈夫だと言うつもりだったが、頬に水が付いているのに気がついた。</p><p>それを母に言ったのが運命の分かれ道だったと思う</p><p><br></p><p>「お母さん、私、泣いてるみたい」</p><p>と言ったのを覚えている</p><p><br></p><p>すると母が「分かった！あと２日なるべく休んで、家事などしないように。あさって（日曜日）お母さんそっちへ行くから。それまでとにかく変な気を起こさずに」とだけ言った</p><p>その後母は夫にも連絡をした様で、後から聞いた話では当時の私は一切の感情が停止している、かなり重症のうつ病だったそうだ。<br></p><p><br></p><p>うつ病になると全面的に家族の協力が必要になる</p><p><br></p><p>夫は大学病院勤務で寝に帰るだけの生活だったが、それ以降は日曜日は子どもを連れ出したり協力してくれた</p><p><br></p><p>あの時、栄養の知識があって栄養を摂る事をしていたらもっと回復は速かったと思うが、人にはそれぞれべストなタイミングがあるんだと思う</p><p><br></p><p>今栄養の知識を得られた事で、あの時のうつ病の正体がよく分かった</p><p><br></p><p>夫や母、父にもそして周囲のたくさんの方のお陰で克服できた</p><p><br></p><p>自分一人で何とかできると思っていたら悪化していったろうし、助けてくださった周りの人に感謝する事もなかった</p><p><br></p><p>そして、こうしてうつ病とは？病気とは？を考える機会もなかったし、どなたかのお役にたてる事もなかったと思う</p><p><br></p><p>全てはうまく行っている👍</p><p><br></p><p>受け入れられない経験があってこそ、受け入れることの大切さを知る事ができる</p><p><br></p><p>どんな経験も宝物</p><p><br></p><p>病気やケガも受け入れられたらしめたもの<br></p><p>そして受け入れる勇気を持てたあなたは必ず克服できます</p><p><br></p><p>今はお盆で、ご先祖様からも応援してもらえてます</p><p><br></p><p>応援の花火が上がってる😆</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220814/14/misatana88/0f/40/j/o0300040015160472556.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220814/14/misatana88/0f/40/j/o0300040015160472556.jpg" border="0" width="400" height="533" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/misatana88/entry-12758764719.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Aug 2022 14:32:06 +0900</pubDate>
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<title>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その26</title>
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<![CDATA[ <p>皆さま、こんにちは</p><p><br></p><p>梅雨が早々と明けたものの、雨続きの毎日をいかがお過ごしですか？</p><p><br></p><p>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その26</p><p><br></p><p>前回から１ヶ月半のご無沙汰です</p><p>というのも、6月は色々ありました、、、</p><p><br></p><p>父が87歳で天の人になりました</p><p><br></p><p>前回のブログを書いたその数時間後に、父が施設から救急搬送されたと弟から連絡があり、その後数日間はいつどうなるか分からない状況でした</p><p><br></p><p>6月４日（土）の未明に心不全で亡くなりました</p><p><br></p><p>父の人生は壮絶でしたから、これで心安らかに天に召されたのだなぁと思うと悲しみというより、「お父さん、楽になれて良かったね。お疲れ様」という気持ちです</p><p><br></p><p>父を偲んで、父の人生を振り返ろうと思う</p><p><br></p><p>父の人生は波瀾万丈で、それだけでも十分小説になると、かつて何人もの友人から言われた事がある</p><p><br></p><p>昭和9年10月22日に石川県の片田舎の漁村に生まれた。</p><p>両親は父親が紳士服のテーラーを営み、母親は家庭の主婦だった</p><p>妹2人の3人兄妹</p><p><br></p><p>小学生の時に中国の開拓団とかで一家で天津に移住したらしい</p><p>その前だと思うが父親が召集され、中国では相当な苦労があった様だ。</p><p>ある時中国人の子どもに請われて服の交換をしたら、年長の子どもに父の服を着た中国人の子どもが酷くいじめられたそうだ</p><p>イジメなどという生やさしい環境ではなく、一歩間違えれば日本人は命の危険に晒される様な環境だったらしい</p><p><br></p><p>その後終戦を迎え、父の一家（父の母親と父と妹の3人）は引き揚げ船で帰国の途に着くことになる</p><p><br></p><p>引き揚げ船では毎日の様に誰かが死んだそうだ</p><p>船から遺体を放り投げる光景を何度も見たそうだ</p><p><br></p><p>船底の雑魚寝の部屋の劣悪な環境で何日もかかって帰国したらしい</p><p><br></p><p>私が小学生の頃に、見知らぬおばさんと涙声で昔を懐かしんで話していた事があったが、その人は病弱で引き揚げ船ではいつこの子は死ぬかと言われていたのに、お互い命があって家庭も持てて本当に良かった、良かったと肩を叩きあって再開を喜んでいたことがあった</p><p><br></p><p>父の経験を知らなければ、旧知の友人との再会というところだが、死ぬか生きるかをくぐり抜けて来た者同士の奇跡的な再会だったんだと思う</p><p><br></p><p>空腹と不衛生と希望などない雰囲気の中でも、父は子どもだったからか先の事など考えず淡々と生きて来たのだろう</p><p>戦時中の話をする時の父はどこか他人事で、淡々としていた</p><p>むしろ悲惨な事もあっけらかんと話していた</p><p><br></p><p>やっと引き揚げてきて、元の土地に住み始めたものの、父親は戦地で、母親と妹との3人の生活は貧困を極めた</p><p>農業を父と母親（私の祖母）の2人でやるしかなかった</p><p>農閑期には、祖母は近くの温泉宿で中居としても働いたらしい</p><p><br></p><p>程なく父親（私の祖父）が復員してきてやっと極貧生活から抜け出し、人並みの生活が送れるようになった</p><p>そして一番下の妹も生まれ、家庭に平和が戻ってきた</p><p><br></p><p>しかしそれも長くは続かなかった</p><p>父が小学高学年の時に父親が家を出て、まもなく両親が離婚することになる</p><p><br></p><p>理由は、戦時中には戦友の死を遺族に語る制度みたいなものがあったらしく、それを遺族に話しに行った父親（私の祖父）が、そこの3人の子連れの戦争未亡人にほだされたようで、それきり帰ってこなくなった</p><p>その未亡人は祖父より年上だった</p><p><br></p><p>しばらくして帰郷した父親は、なんと母親（私の祖母）に離婚届けを見せて「助けたい人がいるのでそっちが落ち着いたら必ず帰ってくるから、お願いだからこれに判を押して欲しい」と言ったそうだ</p><p><br></p><p>祖母はそれを真に受け判を押してしまった</p><p><br></p><p>それからどれだけ待っても祖父は帰ってくる気配もなく、父が中学生くらいの時に祖母はわずかなお金と汽車の切符を渡して、祖父のいる九州に行って帰ってくる様に言うんだよと父と小さい妹を送り出した</p><p><br></p><p>父は母親から渡された住所を頼りに九州まで行ったそうだが、父には会えたものの、けんもほろろに断られ、土産を持たされて返されたらしい</p><p><br></p><p>父はずっとその事を恨みに思っていた</p><p><br></p><p>なぜなら自分達実の子はほったらかしで、成さぬ仲の未亡人の3人の連れ子を可愛がっていたから。</p><p>そして何より幸せそうだったんだと思う</p><p>それがショックだったんだと思う</p><p><br></p><p>祖父の名誉の為に言うと、祖父は寡黙で優しい人柄で、優秀なテーラーだった</p><p>しかし気の強い祖母が祖父をいつも責めたて、家庭に居場所がなかったようだ</p><p>祖母の気性の激しさは親戚でも有名だったそうで、家庭に向かない人の様だった</p><p><br></p><p>それきり父と祖父は父が30代半ばで家を持つまで会うことは無かった</p><p><br></p><p>その後の父の一家はまた極貧に逆戻り</p><p>父親がいないと様々な差別も受けたと思う</p><p><br></p><p>祖父が復員してきたのは誰でも知っているので、父親がよそに女を作って出て行ったという噂の的にされ、どれだけの苦渋を味わったかと思う</p><p>自分のせいではないのにだ</p><p><br></p><p>父は頭が良かった様で、中学ではいつもトップか落ちても2番、3番だったそうだ</p><p><br></p><p>しかし極貧生活ゆえ祖母から勉強より働いて欲しいと強制され、大人も３日で根をあげる浜の砂利運びをして日銭を稼いだ</p><p>晩年腰痛に悩まされ続けたのは、その時の無理が祟ったからと言っていた</p><p><br></p><p>高校進学もままならない経済状態だったが、教育委員会の人が訪ねてきて、「成績優秀なのでぜひ高校に進学させてやって欲しい。市から学費は出します。」といわれた祖母は、「息子の稼ぎがなければ一家は餓死する。高校へ行かせる訳にはいかない」と断固拒否で、それならと教育委員会の人が、夜間高校に進学させる事を条件に祖母から父を高校に行かせる許可をとった</p><p><br></p><p>しかし昼間はキツイキツイ浜の砂利運び。その後夜間高校に通う生活は厳しく、それでも高校卒業の資格はきっと何かになるだろうと頑張っていたそうだ</p><p><br></p><p>ところが市の方も内部事情が変わったのか、学費を出してくれる話はなくなってしまう</p><p>父も体力的にキツかったので夜間高校は中退を余儀なくされた</p><p><br></p><p>そして昼も夜も休みなく働く生活になった</p><p><br></p><p>必死に働いて、働いて、家族を10代の頃から養ってきた</p><p>その後どうやって学費を貯めたのか、自分には学歴がないからと数々の資格を取ったらしい</p><p><br></p><p>レントゲン技師の資格を取って、金沢の病院に勤めている時に看護師として働いていた母と出会って結婚にこぎつけた</p><p>その後親戚の会社に勤める事になり、上京した</p><p><br></p><p>父の人生は仕送り人生で、社会に出ても給料の大半を家に送金し、2人の妹を高校に行かせた</p><p>すぐ下の妹（私の叔母）は高校卒業後市役所に勤め、結婚して2人の男の子をもうけたが、長男6歳、次男３歳の時に乳がんで亡くなった。33歳だった</p><p>その時の父の落胆ぶりは酷かったそうだ</p><p>父は丸山ワクチンを求めて仕事の合間に奔走し、勤務先から忠告を受けた事もあったらしい</p><p>私を一番可愛がってくれた叔母さんだった</p><p><br></p><p>父が取った資格はクレーン操縦とか、簿記とか、ジャンルを問わず色々持っていた</p><p>またいつ収入が途絶える事になるかという不安から資格を取り貯めたのだと言っていた</p><p><br></p><p>母との結婚は難儀を極めた</p><p>母の母（私の祖母）が猛反対し、父の勤務先まで娘と別れろと怒鳴り込んできた事もあったらしい</p><p>理由はやはり祖父のことで、あまり良い噂が聞かれなかったからと後年話していた</p><p>でも父はその祖母と晩年2人で旅行もしている</p><p>父の母を家庭を思う気持ちが通じたんだと思う</p><p><br></p><p>そんな事もまるで笑い話の様に話していた父は、今にして思えば戦争で生死を潜り抜け、父親から見捨てられるという計り知れないショックと、極貧生活を乗り越えてきた経験があったからだと思う</p><p><br></p><p>父は、とにかく幸せな家庭が欲しかった</p><p>それだけを切望していた</p><p>だから母との生活は極楽だったと言っていた</p><p><br></p><p>とにかく毎日違う食事が出てくる</p><p>二人の子どもにも恵まれて、いっそう働き甲斐があったと話していた</p><p><br></p><p>レントゲン技師の頃、家庭がせめて普通なら医者になれたかもしれないと思っていたらしい</p><p><br></p><p>時代は学歴社会となり、夜間高校中退の父は色んな意味で悔しい思いもあったと思う</p><p><br></p><p>私が高校入学時に出す書類に、父親の職業のみならず学歴まで書く欄があって父はたいそう憤慨していた</p><p>父は定時制高校の「定時制」は要らないよな？と舌を出しながらニヤッと笑って言ったことがある</p><p>たぶんその調子だと中退ではなく「卒業」と書いたかもしれない(^^;;</p><p><br></p><p>父が30代で世田谷に家を建てた時、私たち子どもは祖父は戦死したと聞かされていたのに、急に今度お父さんの方のおじいちゃんが来るからね、と母が言うので訳がわからなくなった</p><p><br></p><p>その頃小学校低学年の私は父と祖父の会話のよそよそしさをはっきりと覚えている</p><p><br></p><p>祖父は丸顔の優しい人という印象だった</p><p>父は他人行儀な話し方をしていた</p><p>人見知りの弟が祖父のアグラにスポッと収まって嬉しそうにしていた</p><p>弟は家族で唯一丸顔で、誰に似たのか？と不思議だったが、祖父の顔を見た時に出どころがどこかすぐに理解した</p><p><br></p><p>父が後で話していたのは、家庭を持って、家も建てて、アンタが捨てた息子はアンタがいなくたって立派にこうやって生きていますよと知らしめたかったそうだ</p><p>勝利宣言をしたかったんだと思う</p><p><br></p><p>祖父はその未亡人とには子どもを作らず、成さぬ仲の3人の子供はちゃんと高校や大学までやらせたそうだ</p><p>父にしてみればこれほどの裏切りはなかったのだろう</p><p><br></p><p>それきり私は祖父と会うことはなかった</p><p><br></p><p>そして祖母は、ずっとそんな祖父の帰りを待っていたフシがある</p><p><br></p><p>祖父が88歳で亡くなったと聞いて、祖母は認知が入っていたのに「ほうか〜」と言ったそうだ</p><p>なんとその2ヶ月後に祖母は亡くなった</p><p><br></p><p>人の一生ってなんと深淵な、なんと不思議なものだろうと思う</p><p><br></p><p>父はその後も家族のために働いた</p><p>お母さんの作る飯が美味すぎて糖尿病になっちゃったよ、と冗談を言っていたが、その糖尿病が原因で足が壊死をおこし、それによって心不全で亡くなった</p><p>かつてキンキンこと愛川欽也さんが、「オレの夢はね、畳一畳分の餅にかぶりつく事だよ」と言っているのを見て父が「よく言った！オレも同じだ」と手を叩いて喜んでいた</p><p>共に昭和9年生まれらしい</p><p><br></p><p>父は子煩悩で、母にしつこ過ぎるとたしなめられるほどだった</p><p>自分勝手で、空気を読むなんてことは全くなく、生きたい様に生きたのは、それまで家族のために必死だった反動だと思う</p><p>子煩悩なのも自分が父親に可愛がってもらいたかった思いからなのかなと思う</p><p><br></p><p>私の3人の子どももとっても可愛がってくれた</p><p><br></p><p>意識がもうろうとしている、亡くなる５日前に娘が結婚したよと話しかけると、うっすらと目を開けて「おめでとう」と言ってくれたと娘が感激していた</p><p><br></p><p>娘が「おじいくんにはひ孫もいるんだよ」と言うと、うなずいたそうだ</p><p>それを聞いて安心した</p><p><br></p><p>あんなに父親より一日でも長生きしたいとそこに執念を燃やしていた父だったのに、祖父より一年早く逝ってしまったと残念に思っていたが、母が言うには祖父は数えで88歳だったから満年齢だと87歳だということで、フタを開けてみると父の方が長生きだった</p><p>人生の最後の最後で大どんでん返しがあるなんて父らしいなぁと思ってしまう</p><p><br></p><p>今日は父の四十九日です</p><p>父の供養のつもりで書きました</p><p>家族の中で一番父に似ていると子供の頃から母に言われ続けていたので、たぶん父とは前世で強い縁があったんだと思います</p><p><br></p><p>実はアトピーも喘息も脊柱管狭窄症もすっかり父親ゆずりです</p><p><br></p><p>何か大きな視野で私が出来ることが明らかになっていく予感がしています</p><p><br></p><p>写真は結婚前後の27歳頃の父と、64〜5歳の頃の父</p><p><br></p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220716/18/misatana88/ba/0a/j/o0921129915147494470.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220716/18/misatana88/ba/0a/j/o0921129915147494470.jpg" border="0" width="400" height="564" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220716/18/misatana88/94/2b/j/o0960132215147494477.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220716/18/misatana88/94/2b/j/o0960132215147494477.jpg" border="0" width="400" height="550" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/misatana88/entry-12753735130.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Jul 2022 18:13:36 +0900</pubDate>
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<title>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その25</title>
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<![CDATA[ <p>皆さま、こんにちは😃</p><p><br></p><p>今日、明日は特別暑いそうですが今のところ爽やかで良い気分</p><p>良い季節になりましたね</p><p><br></p><p>でもアトピーと喘息だった私にとっては、5月はアレルギーが頻繁に起きる月でもあり、苦手な季節でした</p><p><br></p><p>遠足や修学旅行の季節でよく箱根や高尾山に遠足に行きましたが、木の芽どきで木の汁だか花粉だか何だかにアレルギーを起こして真から楽しめなかった思い出が、、、</p><p><br></p><p>6月に入ると梅雨の湿気で喘息が起こりやすくなるので、真夏までは悶々としていた記憶があります</p><p><br></p><p>今は新緑の5月を満喫できることに感謝です💝</p><p><br></p><p>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話</p><p>その25</p><p><br></p><p>結婚生活編</p><p><br></p><p>高校生くらいから親子の共通認識で、私は『結婚以外の方法で一人で人生を組み立てる方が良い』というのが暗黙のうちにあり、そのための大学進学、そのための人生設計をせざるを得なかった</p><p><br></p><p>それはとりもなおさず、『アトピーと喘息、腰痛』をかかえて家庭を持つというのは難しいだろうという親の愛情からの発想だった</p><p><br></p><p>なので大学に受かった直後から英語関連のビジネススクールに行かせてもらったり、資格を取る専門学校に行くことも考えていた</p><p><br></p><p>大学に入学して祖父から囲碁を勧められた時も、囲碁を嗜む若い女性なら社長や役員秘書に採用される確率が高いと、当時会社役員をやっていた祖父から聞かされたからで、一生一人で食べて行くつもりで就職に有利だからと打算で入った囲碁部でまさか夫と出会うとは😅</p><p><br></p><p>人生って何が起きるか分からない</p><p><br></p><p>ただし、私は妄想だけはしていたんです！</p><p><br></p><p>進学指導で諦めろと言われた超進学校を目指している時は、ちゃんと勉強についていけてる入学後の楽しい毎日を</p><p>厳しい練習と体力自慢の友人ばかりのバレー部に入った時は、スポーツができる自分に酔いしれている姿を</p><p>腰痛で30分と座っていられない受験生の時は、大学に行ったら素敵な理系の彼氏とデートしている自分を妄想して、それを励みに頑張っていた（なぜ理系の彼氏かと言うと、自分が文系だから😁）</p><p><br></p><p>今の時代は、根拠のない自信とか</p><p>ありありとイメージする事で実現のスピードが速まるとか言われる</p><p><br></p><p>私は知らないうちに妄想しては夢を実現してきたんだなぁと今思う</p><p><br></p><p>夫との結婚生活はほのぼのスタートした</p><p>知り合いも親戚もいない環境だったけれど、夫の上司の医長先生のご家族に良くして頂き、栃木の田園風景は癒しだった</p><p><br></p><p>心なしかアトピーや喘息も改善されていたと思う</p><p>程なく長男の妊娠が判明した</p><p><br></p><p>それまではいつものアトピーと喘息の対策をしていれば良かったが、妊娠となると子どもへの影響を考えなくてはならなくなる</p><p><br></p><p>妊娠初期の頃は、喘息発作で咳込み流産する可能性を指摘され、発作が起きない様にと言われたが、そんな事ができたらとっくにやってるよ！とツッコミを入れたくなった</p><p><br></p><p>第一、本当に喘息発作が起きたら咳き込んだりしない</p><p>ひたすら呼吸困難になるだけで、咳き込めるのは発作になる前段階か、回復傾向にある時だけだ</p><p><br></p><p>こんな馬鹿げた会話って医療機関でも良く行われたりする（もっともこう言ったのは産科の先生で、呼吸器内科の専門医ではないから仕方ないんだけど）</p><p><br></p><p>自分の健康を守れるのは自分だけ</p><p>喘息の実践的な対処の仕方を一番知っているのは患者本人なのだ</p><p><br></p><p>よく病気になったら病院の先生が何とかしてくれるって言うけど、それは非常に危険なこと</p><p>医療過誤や誤診を招く確率が高くなる</p><p><br></p><p>自分の体を良く知っておこう</p><p><br></p><p>体はあなたの一番の応援団で、あなたの中の精鋭部隊があなたを色んな物から守ってくれている</p><p>そしてあなたの色んな希望を叶えてくれている</p><p><br></p><p>過信せず、なおざりにせず、一番の応援団のあなたの体に感謝して、体が本当に必要とすることをしてあげてください</p><p><br></p><p>人と結婚すればまずはその人の事を配慮し、子どもができればプラスその子の幸せを望み、それまで自分の都合だけで生きてこれた人生から、自分に関わる身近な家族の幸せを思う毎日へと変わった</p><p><br></p><p>当時は若かったので、愛情があるから子どもを可愛がることも、夫に気を配ることも当然やれると思っていた</p><p><br></p><p>自分にはアトピーや喘息のハンデがあるが、それと愛情は別ものと思っていた</p><p><br></p><p>が、わたしの体はそうは捉えていなかった</p><p><br></p><p>自分一人なら、喘息の予兆があっても気管支拡張剤をシュッとやれば難なく何でもできたが、気管支拡張剤は奇形児の可能性があるとかで使用禁止になった</p><p>という事は、発作に自力で耐えねばならない</p><p>アトピーで掻きむしるのを防ぐのにステロイド軟膏を塗りたくても、経皮毒を考えるとそれも避けなければならない</p><p><br></p><p>そういうストレスは愛情だけでは乗り越えきれないと知った</p><p><br></p><p>加えて周囲の無理解が本当に辛かった</p><p><br></p><p>自分の病状を言わないと辛く当たられるので、仕方なく症状を言うと可哀想ぶってると言われたり、その反対に「あ〜、良かった、私はそんなアレルギーじゃなくて」と勝手に優越感に浸られたり</p><p><br></p><p>アレルギーじゃなくてよかった、そんな病気にならなくて良かったと言って良いのは、自分の体に感謝している人だけだ！</p><p><br></p><p>私はアトピーと喘息のお陰で、周りの人の本質も見極める事ができたと思う</p><p><br></p><p>でも当時は、結婚して子どもを産んで、私はまだ若かったから理想の母親をやりたくてハンデを持つ自分を脇に追いやってしまった</p><p><br></p><p>長男は、例の私の妄想のお陰で元気なまるまるとした理想の赤ちゃんだった</p><p>男の子なのに病気はほとんどしなかった</p><p><br></p><p>それに妙な自信を持ってしまった私は</p><p>日常をこなせている体に感謝することを忘れ</p><p>ハンデを忘れて無理をし</p><p>無理が祟って体調が悪くなるとイライラし</p><p>イライラをぶつけている自分は母親失格と自分を責め</p><p><br></p><p>今の時代では常識の、やってはいけない３大悪</p><p><br></p><p>完璧主義</p><p>感謝しない</p><p>自分責め</p><p><br></p><p>これをしっかりやっていた😱😱</p><p><br></p><p>そして母親とは妻とはそういうものとばかりに何も気付けなかった私は、3年後に次男を出産した時に人生最大のピンチ　ウツ病に罹ることになる</p><p><br></p><p>今は体のことを知る機会に恵まれ、栄養のことを学ばせてもらい、わたしたちの体の毎日の営みがどれだけ偉大なプロセスを踏んで命を支えてくれているかを知ることができて、自分の体に感謝できる様になった</p><p><br></p><p>人間は魂と意識と体で成り立っているそうだ</p><p><br></p><p>この3次元世界で体をまとって生きている以上、体のことを考えないで生きていく事は不可能だし、危険だと思う</p><p><br></p><p>わたしのアトピーも喘息も栄養を揃えることで劇的に改善した</p><p>あの時の産後うつも、今なら理由が分かるし対策もできる</p><p>ウツにならずに済むし、ウツから脱出できる理屈も分かる</p><p><br></p><p>思い込みやイメージや宣伝文句からでなく、正しい知識に基づいて体が必要とすることをしてあげるだけで体は応えてくれる</p><p>自分が思う以上に、体は数百倍も優秀だ</p><p>それを知れば体に感謝できる</p><p><br></p><p>感謝しないではいられなくなる</p><p><br></p><p>感謝の気持ちが湧けば魂が喜び、意識も変わってきて全部がうまく回り出すんじゃないかな</p><p><br></p><p>そんな気持ちで、栄養に関する情報を毎週土曜日21時から無料でシェアしています</p><p><br></p><p>ここまで読んでくださってありがとうございます🙇🙇‍♀️</p><p>皆さんも素敵な季節を満喫してくださいね😆💖</p><p>京都　天龍寺　新緑の美しい庭</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220528/14/misatana88/23/f1/j/o1080081015124498212.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220528/14/misatana88/23/f1/j/o1080081015124498212.jpg" border="0" width="400" height="300" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><div><br></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/misatana88/entry-12745187963.html</link>
<pubDate>Sat, 28 May 2022 14:51:52 +0900</pubDate>
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<title>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その24</title>
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<![CDATA[ <p>皆さま、こんばんは🌕</p><p><br></p><p>今日は皆既月食を伴うさそり座満月🌕という事で、満月パワーがさらにアップ⤴️⤴️のすごい日ですって❣️</p><p>夢が叶いますから、ぜひ叶えたい夢を完了形で書いてくださいね</p><p>お財布の月光浴もして金運アップ⤴️⤴️</p><p>17日（火）13時まで有効です😄</p><p><br></p><p>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　</p><p>その24</p><p><br></p><p>イギリス語学留学から帰国して、結婚編💖</p><p><br></p><p>たった2ヶ月の語学留学だったのに、帰国したらしばらくは浦島太郎ほどのカルチャーショックだった</p><p><br></p><p>今朝のクラブハウスで、英語には人を褒めるポジティブな言葉が豊富と言っていたけれど、本当にそうだと思う</p><p><br></p><p>日本には、人を褒めるのは返って失礼みたいな文化があるのかなぁ</p><p><br></p><p>その後夫と海外旅行をした時に気づいたのは、海外では挨拶の後にたいてい何か褒め言葉を付け加えている</p><p><br></p><p>覚えているのは、お店の女性店員さんが、50代位の男性の常連さんに</p><p>「こんにちは。今日のそのセーターの色がとっても似合っているわ」</p><p>常連さん「ありがとう。君のヘアスタイルいい感じだよ」</p><p>こんな会話は普通に行われている</p><p><br></p><p>かくいう私は良くも悪くもどっぷり日本人で、褒めるのが照れ臭くてできないタイプ</p><p><br></p><p>心の中で「素敵だなぁ」って思うだけでなかなか言えないタイプだった</p><p><br></p><p>最近では言えるようになった</p><p><br></p><p>褒め言葉を言ってみると案外喜んでくれて、こちらも幸せを感じる経験をしたからと思う</p><p><br></p><p>他人の良いところ探しって言うけど、意識して良いところを探すつもりでいないとチャンスはどんどん逃げていってしまう</p><p>そして良いところが見つかったら口に出す❣️</p><p><br></p><p>それを意識して繰り返していると普通に言えるようになってくる</p><p>幸せのシェアがスムーズにできるようになったら幸せ度もぐんぐんアップすると思う</p><p><br></p><p>それと同時に自分の良いところも意識して探す、認めることができたらカンペキ👍</p><p><br></p><p>夫との結婚は、当時学生だった私にしたら学生気分のお付き合いの延長としか理解できていなかった。</p><p><br></p><p>ところがお互いの両親に認めてもらう段になって初めてことの重大さに気づく事になる</p><p><br></p><p>結婚式はあくまで結婚する本人達の物だと思っていたが、40年近く前は本人達より周囲の大人達の物だった。</p><p><br></p><p>実際「ヨメ」の立場にある私には発言権はなかった</p><p><br></p><p>いつどこで式を挙げるのかも私たちの一存ではできなかった。</p><p><br></p><p>（今娘達が式を挙げる時になって、自分達で自由に式を考えられる風潮になったのは素晴らしいと思う）</p><p><br></p><p>その上アトピーと喘息、腰痛のストレスも重なった</p><p><br></p><p>結婚式当日の朝に喘息発作が出るとかなり厄介だ<br></p><p><br></p><p>当時は和装の時はカツラを被り、顔から首回りまで白く塗るのが普通だったが、アトピーには毛穴を塞ぐことは厳禁なので、白塗りをして痒みや腫れが出ないか何度もテストをした</p><p><br></p><p>それでも式の当日に赤みが出ないように、式の１週間前から顔と首周りを決して掻かないようにと言われて、そう言われた瞬間から首を掻きたくなった記憶がある😅</p><p><br></p><p>結婚式は5月</p><p><br></p><p>私のアレルギーはスギ花粉もさることながら、新緑の頃、若葉が芽生える時がけっこうヒドイ</p><p><br></p><p>そう‼️つまり結婚式を挙げる5月は一年で一番アレルギーが出る時期なのだった😱</p><p><br></p><p>という訳で、100点満点中55点位の体調で当日を迎えた</p><p>（首と目はしっかり3日前に掻きました😭担当の美容師さんからドン引きされました）</p><p><br></p><p>大学を卒業してすぐの結婚だったので小学校から大学の時の友達に来てもらって本当に嬉しかった😄</p><p>あの時ご出席くださった皆さま、本当にありがとう❣️</p><p>感謝の他ありません💖</p><p><br></p><p>結婚式の日はそういう訳で自分が当日マトモに務まるか？だけで精一杯でみんなに感謝しきれていなかったです、すみません</p><p><br></p><p>私と夫を間接的に引き合わせてくれた祖父も、体調が万全ではない中参列してくれてありがたかった</p><p><br></p><p>結婚式を計画している最中ではだんだん面倒くさくなって、こんなことなら簡単に、いやむしろ式なんて挙げなくてもと思ったりしたが、実際結婚式を挙げてみると、結婚式って今まで支えてくれた方たちや、お祝いに来てくださる方達に感謝する日なんだと知った</p><p><br></p><p>両親にも感謝だった</p><p>山梨から駆けつけてくれた叔父にも感謝</p><p>小さい頃から高校、大学と、私を支えてくれた友達に感謝</p><p><br></p><p>みんなありがとう〜💖💕</p><p><br></p><p>実際の私たちの様子はと言うと、私と夫との身長差があまりないので、ドレスにぺったんこのヒールの靴というあまりないコーディネートで（係の人が参列者は靴まで見ないから大丈夫と言っていたが、やっぱり分かるよね😅）、写真は全て私は座らされており、和装のカツラを被ると私の方が偉そうになってしまうという数々の問題もありながらの結婚式だった</p><p><br></p><p>普通ドラマなんかで、さほどでない花嫁さん（失礼）でも必ず「綺麗ね〜」と言ってもらえるのが花嫁さんだと思っていたので、綺麗と言ってもらえるのを楽しみにしていたのに、最後まで誰からも「綺麗」と言う言葉を聞けず、最後の最後になって夫の気の良い叔母さんから「ミサちゃん、立派なお嫁さん」と言われた時は、「立派ですか⁉️」と即効ツッコミを入れたくなるほどだった。</p><p>やっぱり何かしらオチのある私の人生にふさわしい結婚式といえばそうなのだが、、、</p><p><br></p><p>そんなこんなの結婚式も無事終わり、夫の勤務地の栃木県矢板市というところで新婚生活が始まった。</p><p><br></p><p>新居は東北本線のすぐ近くのアパートで、夫が月に2回位当直がある時は、東北本線を走る電車の音が寂しく聞こえる夜をひとりぼっちで過ごす事になる</p><p><br></p><p>さぞかし心細いだろうと心配されるところだが、小さい頃から喘息発作が起きないようにと引きこもり同然の留守番ばかりしてきた私には本領発揮で、本を読んだり、編み物をしたりとぼっち夜を満喫した👍</p><p>栃木の田園風景は新鮮で、栃木弁もたちまちのうちにマスターした😆</p><p><br></p><p>夫の上司にあたる医長先生の奥様が元看護士さんで話が合って仲良くして頂き、よくお茶をしたり、奥様の故郷の秋田の話を聞いてワクワクした。</p><p><br></p><p>東北には行ったことがなかったので（大学のスキー合宿で会津磐梯山には行ったけど、スキー場しか知らない）、いつか東北巡りをしたいと思った</p><p><br></p><p>その医長先生が住まわれる官舎の隣に住む、別の科の先生の奥様は医者の奥さんを鼻にかける人で、婚約指輪を普段使いにしていたり、私が良く行く庶民的なスーパーは田舎臭くてとても行く気になれないからと外車を走らせて遠くのちょっとマシなスーパーへ行っていた</p><p>「あそこなら芽キャベツやエシャロットがあるから便利なのよ」と言っていたが、エシャロットって何のことか分からず聞きたかったけど、この人にだけは聞きたくないと知ったかぶりをしたが、何とも居心地が悪かったなぁ</p><p><br></p><p>そういえば高価な指輪を普段使いにしている人が他にもいた❣️</p><p>それは私の母方の祖母😅</p><p><br></p><p>婚約指輪より高価な指輪をはめて米を研いでいて、「おばあちゃん、指輪に米が挟まってるよ。なんでそんな指輪して米を研いでるの？」</p><p>と聞いたことがあったけど、その時の祖母の返答が</p><p>「あの世まで持って行かれんから今のうちに堪能しておこうと思ってね。」だった😅</p><p><br></p><p>指輪を堪能する＝指輪をして米を研ぐ</p><p><br></p><p>ちょっと変わった理屈だけど、その理屈で考えると、あの時の鼻持ちならない医者の奥様は、婚約指輪をしてお洒落してお出かけする予定はなかったのかなぁと少し気の毒な気分になった</p><p><br></p><p>その私の祖母は、祖父が亡くなった後は私の両親と海外旅行三昧で、例の高価な指輪をはめてフェアウェルパーティーにも参加したりしていた</p><p>おばあちゃん、指輪を本当の意味で堪能できて良かったね〜😆</p><p><br></p><p>そんな訳で、いろんな意味でオモロイ新婚生活が始まったのだった</p><p><br></p><p>ここまで読んでくださってありがとうございました😊</p><p>満月🌕パワーを大いに楽しんでください</p><p><br></p><p>ちょいちょいアトピーと喘息の心配は出てくるものの、捉えようによってはいくらでも人生バラ色になるってことで、近くの公園のローズガーデンから🌹</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220516/23/misatana88/76/24/j/o1078144015119019929.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220516/23/misatana88/76/24/j/o1078144015119019929.jpg" border="0" width="400" height="534" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/misatana88/entry-12743170232.html</link>
<pubDate>Mon, 16 May 2022 23:23:04 +0900</pubDate>
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<title>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その23</title>
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<![CDATA[ <p>皆さま、こんばんは</p><p><br></p><p>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　</p><p>その23</p><p><br></p><p>ゴールデンウィークが終わり、日常が戻ってきました。</p><p>昨日は母の日</p><p>私は昨日が母の日とは知らず、よって母には何もせず、自分の子どもからも丸無視されるという、そりゃそうだよね、な日でした😅</p><p><br></p><p>夜になって母に『お母さん、母の日おめでとう』とラインをしたら、85歳の母から『母の日？今は5月だっけ？あら、ありがとう。知らなかったよ』と返事が来た。</p><p>この親にしてこの子ありで、うちはうちなりにハッピーです👍</p><p><br></p><p>という訳で前回のイギリス語学留学の続きで、いよいよ帰国と夫との結婚のお話✈️</p><p><br></p><p>成人式の振袖代りの2ヶ月のイギリス語学留学はあっという間に過ぎ、いよいよ帰国の日を迎える頃となった</p><p><br></p><p>ホームステイ先で一緒だった、スイス人のゲイのピーターさんには、ミサがいないと寂しくなると何度も言われて切ない気持ちになった</p><p>私の英語への意欲を掻き立ててくれた恩人のピーターさん（たぶんピーターさんは私の恩人になってるなんて認識してないでしょうけど^^;）</p><p>彼の写真家の彼氏は、たぶんイギリス人だと思うけど、その割にピーターさんの英語力はあんまり上達しておらず、人間のコミュニケーションって言葉だけじゃないのかなとその奥深さを感じた。</p><p><br></p><p>ホームステイ先の奥さんは30代前半でまだ若くて、ご両親の代でスペインから移住してきたので、時々奥さんのお母さんが来て孫の子守りをしていたが、スペイン訛りの英語で、『奥さまは魔女』のサマンサのお母さんとそっくりだった。</p><p>綺麗な、文法的に正しい英語が英語なんだと思っていた固定概念が崩され、表現したい事を表現すれば良いんだと思えた</p><p><br></p><p>何かのジョークで、イギリス人（アメリカ人？）がドイツに旅行して、バーでドライマティーニを注文したらマティーニが3本出てきた（ドイツ語でドライdreiは３の意味）とか、</p><p>日本の寿司屋で「お手頃価格」の意味でエコノミーと寿司を注文したら、「お好み」ととられてバカ高い値段を請求された、とか</p><p>外国語がうまく喋れない、伝わらない体験も、良い思い出やジョークのネタにしてしまう😃<br></p><p>そんな大らかさが私を緩やかにしてくれた</p><p><br></p><p>たくさんの宝物をもらえたイギリス語学留学から、行きと同じ南回りの飛行機で帰国した</p><p><br></p><p>4月の日本は蒸し暑いと感じた</p><p>この湿気では喘息とは縁が切れないだろうなと自分の体のハンデを思い出した。</p><p><br></p><p>当時付き合っていた今の夫は医学部６年生になっており、翌年の国家試験に向けて勉強一筋の生活のハズが、結構デートするヒマもあったりだった</p><p><br></p><p>高校時代からうちの一家では、それとなく私は結婚は考えない方が良いという教えだったので（喘息やアトピー、脊柱管狭窄症では主婦や子育てはムリだろうという理由）、夫は勉強の息抜きに私とデートしているだけで、それ以上の意味はないだろう位に思っていた。</p><p><br></p><p>母にはデートする人ができたと話した。</p><p>するとどんな人かとうるさいので、静岡出身の医学部の人とだけ伝えた。すると意外な返事が</p><p>「医者は気をつけた方がいいよ。言い寄られて遊ばれた看護婦がたくさんいるんだから」</p><p>だった(^_^;)</p><p>当時看護師長をしていた母は、地方からリクルートしてきた純朴な若い看護師を東京の良からぬ男から守るのも仕事のうちだった。</p><p>特に、そっちのスジの人（893さん）と研修医には要注意だったらしい。</p><p><br></p><p>どうも夫のイメージと、母が言う悪い医者のイメージとが一致しないので「そんな事ないと思うよ」と言うと、「そうだと良いけどね。気をつけなさいよ」だった</p><p><br></p><p>で、夫には母とのそんな会話は内緒にして、母のことを話すと母に会ってみたいと言い出したので、会ってもらうことになった</p><p><br></p><p>夫と会った後の母の感想は　</p><p>「医者らしくないから良いんじゃない？」だった</p><p>ちょっとフクザツな気分だったけど、付き合うのを認められたのは良かった</p><p><br></p><p>翌年国家試験に受かった夫は大学病院で研修となった</p><p>当時は給料は手渡しで、医局の事務のおばちゃんの都合で給料日にお給料をもらえないなんて事が良くあったらしく、明らかにしょぼ〜んとしている時はもらえなくて金欠の時だった（分かりやすい）</p><p><br></p><p>その翌年の秋に遠距離恋愛の最中に婚約をした。</p><p>今思えば夫から正式なプロポーズの言葉をもらっていないが、当時かなりの激務だったようで</p><p>「早く60歳になって年金でミサとのんびり暮らしたい」と言っていたので、それがプロポーズの言葉ということになっている、私の中では。</p><p>ロマンチックのカケラもないプロポーズの言葉だが、ないよりマシ(-｡-;</p><p><br></p><p>夫があの時憧れていた60歳は４年前に過ぎて、私も今年60歳になる。</p><p>時の経つのは速いなぁ</p><p>夫は60歳を過ぎてより一層忙しくなり、年金でのんびり暮らす夢は叶っていないけど</p><p><br></p><p>結婚など予定になかった私が結婚し、体調の事を考えたら子どもを育てる自信も持てなかった私が3人の子どもに恵まれた</p><p><br></p><p>何か導かれるようにこうなった気がする</p><p><br></p><p>今思うのは、アトピーさえなければとか、喘息さえなければと思っているうちは何もかもうまくいかなかった</p><p>臭い、あっちへ行け、気味悪い、不潔女、様々な言葉や態度で嫌がらせを受けていた</p><p>遠足や修学旅行の班編成では、どこからも引き取り手がない子の中にいた。</p><p><br></p><p>ところが小学校５年生のある日、なぜか猛烈に両親に心から感謝した時から、アトピーや喘息の事で自分をおとしめるのはやめようと決めたんだと思う</p><p>それはどんなに大変でも私のために一生懸命になってくれた両親に申し訳ないと思ったから</p><p><br></p><p>その後も相変わらずアトピーや喘息はあったけど、さらに脊柱管狭窄症にもなったけど、</p><p>だから結局は何もうまく行っていなかったけど、でも私は少なくとも持病のことばかりを気にして悲観している自分ではなくなった</p><p>そこだけが以前と違っていた</p><p><br></p><p>後に夫に、私のどこが良くて結婚したの？と聞いたら「ミサは病気とか全然気にしてないところが良かった」と言ってくれた</p><p><br></p><p>今は、アトピーや喘息などの病気を体験した私だからこそできる貢献があると思えるようになった</p><p><br></p><p>自分が変わるとガラッとステージが変わることを身をもって経験した</p><p><br></p><p>コンプレックスはコンプレックスで終わらさない。</p><p>それは産んでくれた両親や、この世に送り出してくれた大いなる存在に失礼だと思う。</p><p>コンプレックスは最強の武器になる</p><p><br></p><p>私の場合はコンプレックスなんてもんじゃない、どう考えてもマイナスの塊だったけど、それでも自分の尊厳だけは誰からも傷つけられない。</p><p>自分さえ傷つけたりしなければ</p><p><br></p><p>今日もここまで読んでくださってありがとうございました😊</p><p>イギリス留学中にお世話になったホームステイ先の奥さんのお母様に似ている、『奥様は魔女』のサマンサのお母さんです（左端がお母さん。中央ダーリンとサマンサ、サマンサの娘タバサ）</p><p>『奥様は魔女』は留守番ばかりだった小学生の頃に良く見たドラマで、大好きでした😘</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220510/00/misatana88/05/2f/j/o1080139615115651051.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220510/00/misatana88/05/2f/j/o1080139615115651051.jpg" border="0" width="400" height="517" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/misatana88/entry-12741937662.html</link>
<pubDate>Tue, 10 May 2022 00:26:02 +0900</pubDate>
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<title>栄養マメ知識　ズームセミナーやってます</title>
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<![CDATA[ <div>皆さま、おはようございます😃</div><div>皐月晴れの素晴らしい日をいかがお過ごしですか😃</div><div><br></div><div>さて、去る5月1日（日）21時〜22時 、『第5回　栄養マメ知識』のズームセミナーを開催しました。</div><div>ご参加の皆様から嬉しいお言葉を頂戴しました</div><div><br></div><div>☆Ｉ様</div><div>　今晩は。ありがとうございました。初めてファイトケミカルスと言う言葉をしりました。</div><div>活性酸素は知ってましたが。</div><div>わかりやすくお話ししていただき有難うございました。</div><div><br></div><div>☆ Ｓ様</div><div>　ありがとうございました😊</div><div>いつも解りやすい解説で、ありがたい💕</div><div><br></div><div>☆ Ｈ様はご主人様と聞いてくださいました。</div><div>口頭で、栄養の大切さが分かりましたとおっしゃってくださいました</div><div><br></div><div>☆ Ｈ様（私の母😅）</div><div>　講義はとてもお上手でしたよ。専門的な内容を解りやすく解説して興味を引き出すテクニックも備えてました。ご活躍が想像出来ました。</div><div><br></div><div>☆ Ｓ様&nbsp;</div><div>　スマホで失礼しました！店頭に無農薬野菜が適量並ぶ社会になるような消費者になります</div><div>大変ありがとうございました！</div><div><br></div><div>皆さま、嬉しいご感想をありがとうございました😄</div><div><br></div><div>今、私たちがどんな物を買って、どんな物を口にするかで、健全か、疲弊した未来かが分かれます</div><div><br></div><div>「安い物にはウラがある。高い物には意味がある」</div><div><br></div><div>むやみに安い物は日本の未来を病気まみれにしてしまいます。</div><div><br></div><div>なぜ栄養が必要か？が分かれば何を選ぶのが良いかがより明確になる、をテーマに、心身共に健康な日本を目指そうと思います</div><div><br></div><div>次回、第6回　栄養マメ知識は</div><div>5／14（土）21時〜22時&nbsp;</div><div>『ガッツリ栄養素解説シリーズ　タンパク質』をズームで開催します</div><div><br></div><div>実は、年齢が上がるごとに必要になるタンパク質です。</div><div>その理由を解説します😃</div><div><br></div><div>植物にしか含まれないファイトケミカルス👇</div><div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220504/09/misatana88/54/03/j/o1080062015112434718.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220504/09/misatana88/54/03/j/o1080062015112434718.jpg" border="0" width="400" height="229" alt=""></a></div><p><br></p></div>
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<pubDate>Wed, 04 May 2022 09:46:04 +0900</pubDate>
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<title>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その22</title>
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<![CDATA[ <p>皆さま、こんばんは</p><p><br></p><p>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　</p><p>その22</p><p><br></p><p>3月頃から『究極の健康を目指して』というテーマで栄養の事をズームでお話することをやっていて、そちらの勉強や準備でこの投稿も滞りがちでした😅</p><p><br></p><p>と、言い訳とズームセミナーの宣伝を兼ねるというね😆（あっズームセミナーは無料です）</p><p><br></p><p>言い訳で思い出したけど、人ってなんで言い訳をするんでしょうね(^^;;</p><p><br></p><p>私の尊敬する方がおっしゃっていたんだけど、相手が言い訳するのは</p><p><br></p><p>言い訳するその人が言い訳がましいのではなくて、あなたの問いかけが批判がましかったのだと思った方がよい</p><p><br></p><p>良く「お母さん怒らないから正直に言いなさい」って言われて正直に言う子はいない。</p><p>で、必ず言い訳になる</p><p>「◯◯ちゃんが行こうって言うから行ったんだよ」</p><p>で、「そんな言い訳が通るハズがないでしょ❗️アンタが行きたくて行ったんでしょう❗️（既に怒ってる約束違反😅）」</p><p>という事で、最初から批判がましい（相手を責める気マンマンの）問いかけをすると相手は言い訳を言ったり、最悪ウソまでつくというね</p><p><br></p><p>投げたボールが返ってくるということ😫</p><p><br></p><p>それと先日のあるセッションで分かったことは、言い訳はその人が持つ『信念』がその人の行為を許そうとしないから、自分を責める自分から逃れるために言い訳をするということ（結構自分の解釈も入ってますが😅）</p><p><br></p><p>約束の時間に5分遅れてしまった事にやたら言い訳をする人がいたとしたら、おそらくその人は約束の時間の10分前には絶対到着すべきというその人なりのルールがあって、それを守れていない自分が許せなくて言い訳をしてしまう。</p><p>でもその相手は5分の遅刻なんて何も気にしてなかったりするのに、その言い訳は誰に向けられたものか分からないまま過剰な言い訳を聞かされるというね(^^;;</p><p><br></p><p>という事で自分の持つ『信念』（自分を縛るものは何か？）をチェックしてみるのも生きやすくなる術かもって思う</p><p><br></p><p>私の冒頭の言い訳の正体は、３日置きくらいに投稿するつもりでいたのが（私の信念）10日ぶりになっている自分（現実とのギャップ）が許せなかったということかな</p><p><br></p><p>言い訳のメカニズムを思い出してみました</p><p>他にもメカニズムがあったら教えてください😃</p><p><br></p><p>前回の続きで、イギリス語学留学で得たこと</p><p><br></p><p>成人式に誂える振袖の予算が150万円という事で、振袖を誂える代わりにイギリス語学留学を選んだ私は、大学1年の終わりの春休みに人生初の海外、人生初の飛行機、人生初の一人旅を経験した</p><p><br></p><p>語学学校では様々な国から学びに来ていて、そこでは色々な文化に触れられる、私の人生でも最も充実した時間の一つになった</p><p><br></p><p>語学留学生活も終わりに近づいた頃、授業で自分の国を紹介するエピソードを制限時間の中で話すというのがあった</p><p><br></p><p>いかにその国に魅力を感じ、興味が湧く様なスピーチをするか？が問われていた様だが、スピーチの何たるかを全く教育されていない私は自分が勝手に話したい事を選んで話した。</p><p>それが結果的にとってもウケた✌️</p><p><br></p><p>話したのは、『二条城のウグイス張り』</p><p>中学の修学旅行で二条城に行った時に、鶯張り（ウグイスばり）といって侵入者を察知するため床を歩くとキュッキュッと音がする様に作られた板張り廊下の説明を聞いて面白いと思ったので、それを話した</p><p><br></p><p>結果は、内容はクラス一番。説明も分かりやすくクラスの人からの質問と関心もたくさん引き出せて、そこまではトップの内容</p><p>アメイジングとかマーベラスとか賛辞をもらえた</p><p><br></p><p>のだが、最終判定はバツ❌</p><p><br></p><p>え〜〜‼️なんで⁉️</p><p><br></p><p>実は、あと数日で帰国という時で、先生やクラスのみんなに感謝とお別れの挨拶を最後に伝えたのだった</p><p><br></p><p>日本人ならそうするのは不思議ではないし、感謝を述べることは悪い事ではないハズ</p><p><br></p><p>ところが、</p><p>① テーマとは何の関係もない事を話した</p><p>② その関係のない話で制限時間を確か1〜2分オーバーした</p><p><br></p><p>これが大幅な減点対象になったのだ‼️</p><p><br></p><p>もういったいなんなの？</p><p>そんな展開になるなんて‼️</p><p>その時の私は事態を全く理解できずにいた</p><p><br></p><p>そういえばクラスのみんなも、私が挨拶を始めたら不思議そうな顔をしていたっけ</p><p><br></p><p>スピーチの何たるかを教わった一軒だった</p><p>そういえば討論というのもあったな</p><p><br></p><p>自分が何が言いたいのかをはっきりさせ、人との意見の違いを浮き彫りにして、自分の意見を表明する</p><p><br></p><p>討論とスピーチができないと海外では評価されにくい。</p><p>その前に自分はどう思うか、どうしたいのかがハッキリしていないとスピーチにも討論にもならない</p><p><br></p><p>重要な事を学んだ時間だった</p><p><br></p><p>でも最後に先生から、お褒めの言葉や、私がいなくなったら寂しくなるわねと言ってもらえて、とっても優しい笑顔を向けてくれたことは今も忘れない。</p><p><br></p><p>でも、あなたのスピーチは今回は良い点をあげられないわとニヤリとされた</p><p>2ヶ月もいるとイギリス人のクセも分かってくる</p><p>それがイギリス人🇬🇧（とっても良い意味で）</p><p>ありがたい2ヶ月間だった</p><p><br></p><p>下宿先のご家族もとても良くしてくれた</p><p>当時30代のご主人は夕食の時に疲れている風だったので、私がマッサージしましょうか？と言うととても喜んで今やって欲しいとの事で、夕食後にダイニングチェアに座ったまま私が肩を揉んであげるのが日課になった</p><p><br></p><p>マッサージは、喘息発作の後に筋肉をほぐすのに母が良くやってくれた</p><p>そのお礼に母にしてあげていたのが功を奏した</p><p><br></p><p>人生何が役立つか分からない</p><p><br></p><p>どんな事も必ず幸せに繋がっている</p><p><br></p><p>その時はショックだったり、理解に苦しむ事も、大きな人生の絵画には必要な1ピースなんだと後々分かる日が必ず来る</p><p><br></p><p>ここまで読んでくださってありがとうございました😊</p><p>4月ももうすぐ終わりますね</p><p>どんな5月にしたいですか？(^-^)</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220427/23/misatana88/da/00/j/o1080109415109268628.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220427/23/misatana88/da/00/j/o1080109415109268628.jpg" border="0" width="400" height="405" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/misatana88/entry-12739783742.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Apr 2022 23:45:58 +0900</pubDate>
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<title>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その21</title>
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<![CDATA[ <p>皆さま、こんばんは</p><p>昨日から今日にかけて満月🌕だそうです</p><p><br></p><p>満月のパワーで願い事が叶うので、紙に願い事を書いてみてくださいね</p><p><br></p><p>そんな事で願いが叶うなんて😅</p><p>とお思いの、そこのアナタ❗️</p><p>私もそう思っていましたよ（それをこのタイミングで言う⁉️）</p><p>でもお友達から続々と叶ったという報告が❗️</p><p>私も実は叶っています😆</p><p>嘘だって何だってワクワクすればなんでも叶う🎉🎉</p><p><br></p><p>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　</p><p>その21</p><p><br></p><p>前回からずいぶん時間が経ってしまって、なんの続きから始めたら良いか分からなくなってます😅</p><p><br></p><p>イギリスに語学留学🇬🇧した話の続き（思い出せて良かった😄）</p><p><br></p><p>ロンドンの語学学校では、よく格安旅行の案内が掲示板みたいな所に張り出されていた</p><p><br></p><p>それでウェールズという所にバス旅行するツアーを申し込んだ</p><p><br></p><p>お恥ずかしい話だが、イギリスはUKという事で色んな国が集まってできているのに、当時の私の頭の中ではウェールズ地方とかスコットランド地方なんて感覚だった</p><p><br></p><p>要するに、日本で言う関西地方とか東北地方なんていうイメージ💦</p><p><br></p><p>ちょっと方言の違いがだけ、なんて感覚だった</p><p><br></p><p>ところがウェールズは地方ではなくて、もともと別の国だったと知ることになる</p><p><br></p><p>まずウェリッシュというフランス語によく似た言葉があり、街の道案内の看板にはウェリッシュと英語の併記がされていたし、文化も風習も違うということだった</p><p>当時は小学校までウェールズ語を教えていたそうだ</p><p><br></p><p>日本人の私にはイメージできない話だった</p><p>私の人生初の海外生活は、世界を肌身で捉える事ができる貴重な時間だった</p><p><br></p><p>ウェールズ旅行では、港町に行った</p><p>あるお土産物屋にいくとナイスミドルの紳士が日本人か？と聞くのでそうですと言うとにっこり笑って、自分は海軍の仕事か何かで横須賀に行った事があると話してくれた</p><p><br></p><p>イギリスに限らず、海外ではとにかく目が合うとにっこりしてくれる</p><p>そして話しかけてくれる</p><p><br></p><p>日本では目が合うと視線をそらすか、あやふやなニヤニヤ笑いをするかのどちらかだ</p><p><br></p><p>感じが良くて、人の心を明るくするのはにっこりする方だと思うんだけど</p><p><br></p><p>確か教職課程の心理学だかで習った事を思い出す</p><p><br></p><p>赤ちゃんはみんなあやすと笑顔になるわけではない</p><p>周りで笑顔でいる人を見ることで笑顔を覚えるそうだ</p><p><br></p><p>笑顔の表情も全て、親や周囲の人から学んで笑顔になれているそうだ</p><p><br></p><p>やっぱり人間って環境の動物なんだな</p><p><br></p><p>親がいつも機嫌良くしている環境って大事だと思う</p><p><br></p><p>親御さんが子育てを楽しめる世の中になったらいいな</p><p>そのためにできる事は何かな？と思う</p><p><br></p><p>話がそれてしまった😅</p><p><br></p><p>語学留学では他にもパリへバス旅行に行った</p><p><br></p><p>ドーバー海峡の海底トンネルはまだなくて、フェリーだかでフランスに行った</p><p><br></p><p>人生初のおフランス🇫🇷</p><p>何が驚いたって、バスの運転手さんのドライブスキル❗️</p><p><br></p><p>イギリスでは日本と同じ左側走行だが、フランスに入ると反対になる</p><p><br></p><p>左に曲がるのに対向車がいる❗️</p><p>もう私の頭の中はしっちゃかめっちゃか😱</p><p><br></p><p>なのに運転手さんは慣れたもので自然に右側通行をやっている</p><p>さすがプロ‼️</p><p><br></p><p>フランスでは一緒に行った日本人の留学生がノートルダム寺院広場でさっそくスリに遭って財布を盗まれてしまった</p><p><br></p><p>私は彼女の分まで全て支払いをする事になり、あるレストランで飲み物を頼むお金が心配で、ミネラルウォーターを頼んだら、コーヒーの倍の値段でヒヤヒヤものだった</p><p><br></p><p>そういえばバスの中で注意事項みたいな事を言っていたけど、実際には案外と何もできないんだなと思った</p><p><br></p><p>経験しないと学べない</p><p><br></p><p>この言葉の意味をキョーレツに知った出来事だった</p><p><br></p><p>フランスでは実はあまり良い思い出がない</p><p><br></p><p>地下鉄の切符の順番を待っているとスルッと横入りされたり、英語で話しかけると無視されたり</p><p><br></p><p>ところが約30年後にフランスの田舎を旅行した時はとても親切にしてもらえた</p><p><br></p><p>結局のところどの国の人も、心無い人もいれば、慈愛に溢れた人もいる</p><p>みんな同じ</p><p>知らないから不安になり、相手を悪く思ってしまうのかな、と思う</p><p><br></p><p>帰りのドーバー海峡を渡る船では、年配の紳士に夕飯をご馳走してもらった</p><p>日本人の女友達と船内のカフェテリアで何を食べようか話していて、列の最後の支払いのところでお金を払おうとしたらあちらの方がお支払い済みですと言われた。</p><p>びっくりしてお礼を言うと、笑顔で楽しんでみたいな事を言ってくれた</p><p><br></p><p>その後、船内で酔っ払った男性に話しかけられたが、仲間がすぐに飛んできて私たちに平謝りだった。</p><p>どうやら酔って話しかけて不快な思いをさせて申し訳ないということだったようだ</p><p>日本人は酔っ払いに寛大なので大丈夫だけど、こう言う礼節は素敵だなぁと思った</p><p><br></p><p>そういえば、何も予定がない暇な時はタダで入れる大英博物館に行っていた</p><p><br></p><p>そこでちょっとクラシックな英国紳士風の人に声をかけられた</p><p><br></p><p>その人は日本語を勉強していて、日本人に話しかけて日本語をマスターするつもりで大英博物館に来る日本人観光客に話しかけているのだが、皆相手にしてくれず逃げてしまうと愚痴っていた</p><p><br></p><p>私の事を、すぐ近くにいたJALのツアー客か？と聞くので違うと言うと安心したように色々話してくれた</p><p>その人のノートも見せてもらったけれど、まじめに日本語を勉強しているなぁというノートだった</p><p><br></p><p>彼からはミイラは英語でミミーという事を教わった</p><p><br></p><p>次に大英博物館に来るのはいつか？と聞かれたけど、気まぐれで分からないといってそれきりだった。</p><p>今あの人はどうしているだろう？</p><p><br></p><p>日本語が上達したいなら日本人の彼女を作れば良いよって今なら教えてあげられたのに😁</p><p><br></p><p>私は当時今の夫と付き合っていたからお役に立てなかったけどね</p><p><br></p><p>旅行ではないけれど、語学学校にはスペインからたくさん学びに来ていて、陽気なスペイン人からスペイン語を教えてもらった</p><p>でもその意味が「私はあなたをとても愛しています。キスしてください」だったので全然使えなかったけど</p><p><br></p><p>そんなわけでイギリス語学留学は世界を感じる事ができた宝物のような時間だった</p><p><br></p><p>留学中はアトピーと喘息はほとんど縁がなかった</p><p>それは乾燥していたし、時期が寒かったから</p><p><br></p><p>4月に入って帰国して最初に感じた事は</p><p>「蒸し暑い」だった</p><p><br></p><p>そしてドアを押さえて次の人を通してあげても無言で通る、どこへ行っても無言、にっこりしても無視される日本を知った🥲</p><p><br></p><p>今はだいぶ変わってきていると思う</p><p>女子トイレの並び方もあっという間に変わったし</p><p><br></p><p>色んな国の良いとこどりをして、みんなが快適に暮らせると良いですね</p><p><br></p><p>ここまで読んでくださってありがとうございました😊</p><p>まだ満月が綺麗かな</p><p>良い夢を🌕</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/misatana88/entry-12738018738.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Apr 2022 00:31:05 +0900</pubDate>
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<title>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その20</title>
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<![CDATA[ <p>皆さま、こんばんは🌙　</p><p>お元気でいらっしゃいますか？</p><p>私はお陰様でとても元気です</p><p><br></p><p>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　</p><p>その20</p><p><br></p><p>これを書き始めてつくづく思うのは</p><p>なんだかんだ大変なこともあったけど</p><p>マトモな体でのスタートではなかったけれど</p><p>とにかく普通の生活をするのが夢なんてレベルだったけど</p><p><br></p><p>全ては幸せに繋がっていたんだな</p><p><br></p><p>と感じるのです</p><p><br></p><p>どんな理不尽な事も</p><p>もう諦めようかと思うしかない時も</p><p>自分の運命を恨みたくなる時も</p><p>人がひたすら羨ましかった時も</p><p>人が信じられなくなった時も</p><p><br></p><p>全ては幸せになるためのネタ、前振りだったんだな</p><p><br></p><p>高校の地理のＴ先生の言葉を思い出す</p><p><br></p><p>『苦しい時が伸びる時』</p><p><br></p><p>何度となくこの言葉に励まされた</p><p><br></p><p>ジグソーパズルの一つ一つのピースにはつまんない絵柄もあるけれど、そのつまんない絵柄が１ピースでも欠けていると壮大な人生の絵画は完成しない</p><p><br></p><p>全ては幸せに繋がっているし、幸せになる為に必要だったのだなと今は思う</p><p><br></p><p>イギリスの語学留学は、制約の多かったそれまでの生き方を大きく変えてくれた体験だった</p><p><br></p><p>病気が長引くとどうしても硬直した考え方になりがちと思う</p><p><br></p><p>「ねばならない」や、「〜してはいけない」に支配されてしまう</p><p><br></p><p>でも海外に行くと実にさまざまな考え方があって、あまりにも今まで生きてきた世界と違いすぎて抵抗する気にもなれない</p><p>ひたすら「へえ〜」と感心するばかりだった</p><p><br></p><p>イギリスでの「へえ〜」体験</p><p>① 私がイギリスに行った今から40年ほど前は、国営のブリティッシュレイルがまだあって、あまりに時刻表無視の運行状況でよくジョークのネタにされていた。</p><p>「今日は珍しく時間通りに来たなと思ったら昨日の電車だった」</p><p>私が驚いたのは、地下鉄が地上に出てしばらくしたら突然止まってしまい、「オールチェーンジ」と連呼する人が現れて乗客全員待機していたバスに乗せられ、バスで目的地まで行くなんてことが2度あった</p><p>乗客が乗務員に詰め寄る事もあったが、皆肩をすくめて諦めた様子なので、結局理由はよく分からない</p><p><br></p><p>② ①の流れで、日本に駐在し始めたイギリス人のジョーク</p><p>「日本では電車の到着時間で時計合わせができるんだ」</p><p>日本は世界一時間に厳しい国なのかなと思う</p><p><br></p><p>③ 超合理主義</p><p>ダイアナ妃がご結婚されたセントポール大聖堂に行った時、丸い柱の前の方半分だけ白っぽくペンキが塗られていた</p><p>なぜ半分？と聞くと　「ご成婚の時に世界中にこのセントポール大聖堂が映し出されたんですが、どうせ前方半分しか映らないので、半分塗っておけばいいいんです」だった</p><p>日本でそんな仕事したら、宮内庁が許さないんじゃないかな😅</p><p><br></p><p>③ あり得ない皇室風刺人形劇😩</p><p>皇室で思い出したが、テレビ番組で皇族の面々を人形で風刺する番組があって、もうその時点で目がテンなんだけど、英語が分からないから何を言ってるか分からないけど、明らかに皇室をバカにしてる内容というのは分かった</p><p>なにしろチャールズ皇太子の人形が酷くデフォルメされていて、エリザベス女王なんてイジワルな魔女の様で、時々笑い声が入るのだが、それも不謹慎じゃないの？大丈夫？みたいな笑い声</p><p>会話も普通の下世話な内容らしく、時々ホームステイ先のご主人が死にそうに笑ってて、本当に良いんですか？こんな番組流しちゃって、みたいなのが平気で人気番組になっていた様だ</p><p><br></p><p>③ 大英博物館はタダ</p><p>これは常識なんでしょうけど、当時の私には衝撃だった</p><p>日本の部屋では根付けブームのせいか、一番端の目立たないところにあったのに入れ替わり立ち替わり人が来ていた</p><p><br></p><p>④ 必ず話しかける、時々ジョークも言う</p><p>国際電話をかける場所があって、電話をかける先の国などを告げて電話を繋げてもらう</p><p>そこにいるおじさんが、必ず「お母さんにかけるのか？良い時間を」と言ってくれる</p><p>何か一言つけ加えるのが人間味があって良いな</p><p>でもうちの近所でも話好きのおばちゃんがいて、聞いてもいないことを教えてくれたりしたな</p><p>今はみな無言が多い気がする</p><p>黙って店に入ってきて、無言で去っていくのは必ず日本人なんてジョークまであるらしい💦</p><p><br></p><p>⑤ テレビは一日中放送していない</p><p>テレビ局の数も少なかったみたいだし、一日中やっていない</p><p>年配の人は昼間はパブでおしゃべりしていた</p><p>テレビよりリアルなおしゃべりの方が楽しいらしい</p><p><br></p><p>⑥ 男性は女性に気に入ってもらう様に振る舞う</p><p>私がスーツケースを持って階段を上がっていると、通りすがりのカップルの男性がスーツケースを持ってくれた</p><p>その間女性の方はニコニコ顔で、「どう？私の彼は女性に優しくできる紳士なのよ」と言いたげで、私には新鮮だった</p><p>男性は女性を喜ばせることに注力する</p><p>女性を大切にできる男性こそ真の男という事らしい</p><p><br></p><p>⑦ コーヒーはいつもカップになみなみ</p><p>カップになみなみにコーヒーを注ぐのが相手に対する礼儀だそう</p><p>その為にカップ&amp;ソーサーのソーサーがあるらしい</p><p>ソーサーにコーヒーがこぼれる升酒状態がベスト</p><p><br></p><p>⑧ イギリスで生野菜のサラダを食べるのは至難の業</p><p>イギリスは土地が痩せていて気温も低いので野菜が摂れない</p><p>イタリアンレストランにでも行かないとサラダは食べられないと言われた</p><p><br></p><p>⑨ 公衆の面前で酔うのは恥ずかしい</p><p>もともとヨーロッパ人は日本人より数倍お酒に強いらしいが、人前で酔っ払うのはマナー違反</p><p><br></p><p>⑩ イギリス人は食に対する興味が薄い</p><p>とりあえずお腹に物が入ればいい、みたいに食事に対する情熱が薄い</p><p>なので食事の出来もそこそこ😅</p><p><br></p><p>という訳で、イギリス語学留学のアレコレを書いてみました</p><p><br></p><p>素晴らしい１週間を💕</p><p>写真はセントポール大聖堂</p><p>ダイアナさんは今生きていたら61歳</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220406/00/misatana88/57/3f/j/o1080081415098572659.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220406/00/misatana88/57/3f/j/o1080081415098572659.jpg" border="0" width="400" height="301" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/misatana88/entry-12735871109.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Apr 2022 00:35:51 +0900</pubDate>
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<title>アトピーと喘息でも人生をバラ色にできるお話　その19</title>
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<![CDATA[ <p>皆さま、こんにちは😃</p><p><br></p><p>今日から新年度スタートですが、な〜んと今日はおひつじ座新月でもあり、新しい事を始めるのに最適な日だそうです😆</p><p><br></p><p>やりたい事を紙に書くとスピーディーに叶う日でもあるそうなので、ぜひやってみてください</p><p><br></p><p>アトピーと喘息でも人生バラ色になるお話</p><p>その19</p><p><br></p><p>自分のふり返りと、今までの事に感謝する機会にしようと始めたのですが、読んでくださる皆さまのお陰で19回にもなりました</p><p>ありがとうございます💖</p><p><br></p><p>では、大学に入学してイギリスに語学留学した話の続き</p><p><br></p><p>まぁ何というか、どなたの人生でもそうだと思うのですが、「ひょんな事」や「たまたま」で人生って開けて行くんだなと思う様になりました</p><p><br></p><p>自分の意思で何とかしようと頑張っていた時はそれなりの成果はあるものの、後から考えると頑張ったよね〜というイメージしか残っていない事が多く、実際に運が開けたことは、最初は気乗りがしなかったり、たまたま自分に話が回ってきた事だったりするわけで、もうそれなら最初からあれこれ画策せずに、成り行きに身を任せた方がいいんじゃないの？と最近は思うわけです</p><p><br></p><p>私の語学留学も正しくソレで、、、</p><p><br></p><p>⚫︎本気で留学しようなんてホントはそれほど思ってなかった</p><p>⚫︎語学学校の面接の先生に褒められてちょっとその気になった程度</p><p>⚫︎イギリスならビートルズゆかりの地に行けるかも</p><p>⚫︎ダイアナ妃がご結婚された時で、なんとなく</p><p><br></p><p>なあ〜んて、とても人様に言えるような理由ではなかった</p><p><br></p><p>でもこのたった2ヶ月の語学留学がとお〜〜っても私の経験の幅を広げてくれた</p><p><br></p><p>当時（1980年前半）は日本経済が飛ぶ鳥を落とす勢いで、日本と日本人に関する情報が多かったと思う。</p><p>日本に関するイメージも良く、とても救われた</p><p><br></p><p>街を歩いていると良く声をかけられた</p><p>「日本人ですよね？」と聞かれ、そうですと言うと「日本に行った事があるがとても良い国でイギリスに帰りたくなくなった」とか、「親切にしてくれた」とか</p><p><br></p><p>通っていた語学学校の、ある男性の先生は東京に何年か住んでいたそうで、その時の住所がデカデカと書かれたリュックをその時も持ってきていた</p><p>その住所が漢字で書かれていて、なぜ住所を書くか？と言うと、日本人は親切だからウロウロしていると道案内してくれるのと、落とし物をした時に必ず連絡してくれるからというのが理由だった</p><p><br></p><p>海外では自分の住所を明かすなんて危険極まりないが、日本だけは大丈夫だそうだ</p><p><br></p><p>後で聞いたジョークで、「電車で居眠りできるようになったら自分も日本人になれたなと思う」</p><p>と言うのがあったけど、当時は電車で居眠りするのが普通じゃない国もあるんだとびっくりだった</p><p><br></p><p>とはいえ最初の２週間くらいはホームシックで毎日帰りたい、帰りたいと思っていた</p><p><br></p><p>それは英語に自信がなかったから</p><p><br></p><p>朝から晩まで苦手な英語でコミュニケーションを取らねばならない苦痛</p><p><br></p><p>大学受験したのだから文法はできるがとにかく会話が苦手❗️<br></p><p>相手が話そうとする瞬間から私の頭には「ムリ❗️」という単語しか出てこない。</p><p><br></p><p>それが一変したのが、スイスからきたピーターの存在だった</p><p><br></p><p>私のホームステイ先のコーウェアさんは、常に留学生を二人くらい受け入れていた</p><p><br></p><p>私が行った時は私しかいなかったが、半月ほどしたらスイス銀行に勤めているという、ドイツ語を話す男性がやってきた</p><p><br></p><p>コーウェアさんとにこやかに話している姿を見て、英語ペラペラなのになんで語学留学？と不思議だった</p><p><br></p><p>コーウェアさんに紹介してもらって同じ留学生同士ということでその後2人で話したんだけど、、、</p><p><br></p><p>ピーターさん、ビックリするほど英語が話せていなかった😱</p><p><br></p><p>え〜⁉️</p><p>さっきの英語ペラペラ感満載の雰囲気はなんだったの？</p><p><br></p><p>なんと英語苦手で会話はムリ❗️だったハズの私が単語を教えてあげたり、それはこう言う意味？と聞いて言い直してみたり</p><p><br></p><p>それでどーーーーんと英語に自信が持てたのだ❗️（我ながら単純すぎる😅）</p><p><br></p><p>ピーターさん、ありがとう😊</p><p><br></p><p>ところでそのピーターさんは実はゲイで、彼はそれを隠す様子もなかったんだけど、私はとにかく日本人の中でもとびきりの世間知らずだったので、口ひげに左耳ピアスがゲイの証という事を全く知らなかった</p><p>かれは口ひげ、左耳ピアスのどストライクのゲイだったけど、わたし的には女性っぽい話し方や仕草の人だなぁくらいの感じ</p><p><br></p><p>それが、ピーターさんってゲイ？と分かった時があった</p><p><br></p><p>それは夕食の時だったか、ピーターさんが「知り合いのカメラマンに撮ってもらったボクの写真があるの。とても綺麗に撮れてるからミサにも見てもらいたい」みたいなことを言って（なんせピーターさんの英語がイマイチなので要約）私が「どうぞ」と言う前に見せてくれた写真が、、、</p><p><br></p><p>ナント❗️彼が全裸でソファーにむこう向きに横たわってる写真🙄</p><p><br></p><p>私がえ〜〜っ⁉️と驚く顔を見て、嬉しそうに「どう💕綺麗でしょ❓彼は私を撮るのが好きなの。今度一緒に旅行もするのよ」みたいな事を言いながら少女の様に笑って何十枚も私に写真を見せてくれた</p><p><br></p><p>もしかしたらピーターさんって、オカマさん❓</p><p>とその時やっと気づいたのでした（遅❗️）<br></p><p><br></p><p>それにしてもそっち系の人は万国共通で「ピーター」なのかな？とか当時の世間知らずの私は思ったりして（日本のピーター・池畑慎之介）その事をピーターさんに話してみたら、ちょっと興味をもった様だった</p><p><br></p><p>どの国のどんな人も、自分の生きたいスタイルで生きているんだなと感じた</p><p><br></p><p>その後エイズが世界中で問題になった時、真っ先にピーターさんを思い出した</p><p>とても思いやりのある、女子より女性的な魅力の人だったけど、ご無事でいてくれることを祈った</p><p><br></p><p>語学学校のクラスでは、「自分は英語ができる」と自分に暗示をかけたらトップのクラスに入れたが、そのクラスには日本人はいなかった</p><p><br></p><p>スペイン、イタリア、フランス、ユーゴスラビアから来ていてアジア人がいないクラスで、みんな個性的で面白かった</p><p><br></p><p>ある時授業で、前回話したユーゴスラビアからの男性と組んでやるワークがあった時、あからさまにその男性がつまらない顔をするので、てっきり私と組むのが嫌なのかと思い謝ったら、、、</p><p><br></p><p>「なぜ謝ってるの？この授業は僕たちを軽んじてるとは思わないか？まるで中学生にする授業だよ」と言い出した</p><p><br></p><p>私は日本人根性丸出しで、ここは彼をなだめてと思い「先生には先生のやり方があって」みたいな事を言うと「ミサはこの授業で良いと思っているのか？」と言い出してますます面倒くさくなった</p><p>するとその彼が先生に直談判に行ったのだ</p><p><br></p><p>すると先生はみんなを止めて、こういう意見があるがどう思う？と問題提起をした</p><p>そうしたら出るわ出るわ色んな意見が‼️</p><p><br></p><p>「前に行った語学学校よりはずっとマシだ」</p><p>「まあそんなに気にするな。時には息抜きも必要だよ」など、など</p><p><br></p><p>一つ言えることは、「先生が一生懸命準備して下さったのだから大人しく従いましょう」という意見が全くなかったことだ</p><p><br></p><p>そもそもその前に、日本なら授業のやり方に意見することすらないと思う</p><p><br></p><p>そう言う訳で、ジッとみんなの意見（ジョークまがい）を聞いていた先生が憮然とした顔で</p><p><br></p><p>「要するに、みんなはこの授業を歓迎していないってことね」</p><p><br></p><p>と言って、その内容でやるのをやめて、何か違う事を始めた</p><p>その内容は覚えていないが、私はそんなやりとりにひたすら驚いた</p><p><br></p><p>自分の意見を持っていて、それを表現する事を躊躇しない</p><p>とにかくみんなジョークが好き❣️</p><p><br></p><p>それって関西人のノリと似ていると思った</p><p><br></p><p>母が京都出身で、母方の親戚がどっさり関西にいるのでどこか似ているなぁと思った</p><p><br></p><p>語学学校でのことはまた次回に</p><p><br></p><p>ここまで読んでくださってありがとうございました😊</p><p><br></p><p>今日は新月なので、24時間以内にやりたい事を書き出すと願いが叶うそうです</p><p><br></p><p>素敵な一日を❣️</p><p>写真はロンドンのウエストエンドのイーリングブロードウェイ駅</p><p>ここからセントラル線で語学学校に通った懐かしの駅</p><p>夫と8年前に訪れました</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220401/18/misatana88/51/04/j/o1080102215096311400.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220401/18/misatana88/51/04/j/o1080102215096311400.jpg" border="0" width="400" height="378" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/misatana88/entry-12735081797.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Apr 2022 18:20:19 +0900</pubDate>
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